・Scene 47-2・
「しかし何ていうか、シュリフォン人ってお祭り好きだったりするのかね?」
森の王国シュリフォンにしては、かなり開かれた平地が広がる、王都均衡の練兵場。
その中心辺りに設置された二機のコクーンを遠めに見るようにグルリと円周上に、大勢の見物人たちの姿があった。一様に浅黒い肌の、それは王都で暮らすダークエルフの民達である。
凛音たちは、コクーンを中心に挟んで向かい合うように設置されたテントの片方の下で、人々が歓声を上げる様を眺めていた。
「平原の民の国に比べて娯楽が少ないから、確かにたまの祝祭であれば盛り上がる事は否定せぬが」
「妾としては、これほど民に愛された王家と言うのは羨ましい限りじゃな」
直属の配下の人間から受け取った資料を見ながら応じるアウラの隣で、長椅子に座って呑気に観戦モードに入っていたラシャラがぼやいた。
「アース皇家に関しては、それほど低い評価では無かったと思いますが……」
「どうだかな。先皇后が相当商家連中に恨まれていたのを、私は知っているぞ」
苦笑交じりに言うキャイアに、ダグマイアが鼻を鳴らして応じた。エメラは、そんなダグマイアの傍に控えて沈黙を貫いていた。
予想外―――あえて見ないようにしていた方向から口を挟まれたキャイアが反応しきる前に、凛音が突っ込みを入れた。
「……なんで居るの、ダグマイア君?」
「観戦武官だ。精々足掻く様を楽しませてもらおう」
「―――踏み潰されても知らんからな……」
長話をするだけで疲れてきそうだという気分で、凛音はダグマイアの存在を黙殺した。どうせいざとなったらエメラが何とかするだろうと思っている。
とりあえず、聖機人にだけは近づけないようにしようとだけ、数少ない手勢の老人に指示を出しておく。
「ユキネさんは間に合わない、か。せめてワウが居てくれればなぁ」
「殿下があと四日ほど早くお目覚めなされば宜しかったのですがな」
ぼやく凛音に、老人が冷静に言葉を返す。
ワウアンリーがシュリフォンを出立したのは今日から丁度六日前の事だった。つまりそれだけの日数の間に進める距離に居る筈のユキネが、普通に考えてこの場所に参上できる筈も無い。
「まぁ、出来る範囲で仕込みはしたさ。―――後は、出たトコ勝負かな」
もう行けと老人を手で払う仕草を下あとで、凛音は少し離れた距離にある対面のコクーンの元に広げられた天幕に居る人物を伺った。
仮の玉座に腰掛けて、腕を組み瞠目している偉丈夫。ゆらりとオーラでも立ち上っていそうな、静かな覇気を纏っていた。
「―――やる気じゃの、向こうは」
「まぁ、娘さんの将来が掛かってるとなると、ねぇ」
「それ、将来を奪う側の人間が言えること?」
「悪党なんて、コレくらい言って丁度良いのさ」
律儀に突っ込んでくるキャイアに、凛音は肩を竦めて応じる。顔をしかめるキャイアに薄く笑いかけた後で、アウラの方へと歩み寄った。
「―――どう?」
心持ち、低い声で問いかける。
「八割七分と言った所か。民間人はほぼ全て集まっている筈だ」
「じゃあ、残っているのは政府、軍関係者だけか」
「―――あとは、仕込みの連中だな。逆にそちらは、増える一方なのだが」
アウラの言葉に、凛音は軽く安堵の息を漏らした。
「今の所は、上手くいってるって考えて平気かもな……んでも、よく殆どの住民を引っ張り出せたね」
「ああ、偽勅を出した」
意外だという風に尋ねる凛音に、アウラはあっさりととんでもない言葉を返した。
流石の凛音も、目を剥いて尋ねた。
「……マジ?」
「大マジだ。父上の出立と併せるタイミングで、王都全域にあらゆる作業を中断して此処に集合するように父の名を記してな。―――愚かにもアウラ王女に求婚してきたハヴォニワの王子を懲らしめてやる、と書いたものを」
楽しそうに言われては、凛音としては呻くしかない。
「何時からそんな、自分の評判まで武器に使うような人になったのさ」
「初めからに決まっているだろ? ―――何度も言っているが、お前は女性に対して幻想を抱きすぎだ」
「夢を見れない人生なんか楽しくないって……」
笑うアウラに、がっくりと項垂れる凛音。女は強いと、文字通りの光景だった。
「民達の希望通りに、精々派手に負けてやるのも為政者の義務かも知れんぞ?」
「勝てば美人の嫁さんが手に入るって解ってるのに、そう簡単に負けてやれないって」
冗談交じりの言葉に、それこそ冗談にしかならない言葉を返して、凛音は身を起こした。
アウラもそれに続く。彼女が現状で出来る事は既に全て終わっていたから、あとは流れに乗るしかないのだ。
自然、同じ方向を向く形となった二人の顔は、冗談めかした空気が全て消えていた。
「シュリフォン王ってさ、強い?」
「我が国の王とは、即ち我が国最強の勇者と言うことだ。自分でぶつかって、確かめてみるんだな」
「国民の過半数が聖機師の資格があるって羨ましい話しだよね。男性聖機師利権なんてアホなものが殆ど生まれないんだから。―――にしても、国王先頭で軍を率いるって訳か。馬鹿正直に殴り合ったら、あっさり負けそうだな」
リズム良く会話を重ねながら、端からその会話の内容を忘れていってしまいそうなほど、それは何の意味も持たない会話だった。
意味の無い会話と言うのは、存外長続きしないものだ。
歓声を遠くに聞きながら、一時、彼等の周囲は静寂に包まれた。
「―――出来る事はやった筈だな」
自身に言い聞かせるように呟くアウラに、凛音はゆっくりと頷く。
「昨日の今日で頑張ってくれたと思う」
「またしても、時間が敵に回ってしまっているのが、忌々しい限りじゃったがの」
いつの間にか傍にやってきていたラシャラが、そっと言い添えた。これからの展開を想像してか、その言葉は非常に重い。
「キミ等が二人して、最悪の展開を想定して動こうって言うんだから、僕のせいじゃないぞ」
「真実ほど耳が痛いという言葉もある。それをわざわざ告げてくれたヤツの事を、多少恨みつらみしたところで、問題あるまい」
「同感だな。―――と言うか、流れ的にお前がリチアに連絡を取った辺りがターニングポイントだったのだから、やはりお前のせいと言う形になるんじゃないか?」
「痛いところ突くな、畜生」
真実が耳に痛い凛音だった。尤も、女性陣の気が晴れるというのなら、道化を演じるのも何も気にしない男でもあったが。
微苦笑交じりにテントから一歩進み出て、対面のテントの様子を伺う。
やはり、腕を組んで座したままのシュリフォン王の姿が、そこにあった。
「―――落ち着いてるな」
「父上か?」
何か気になることでもあるのかと尋ねるアウラに、凛音は肩を竦める。少しの悪戯心で、顔を近づけて耳元に口を寄せる。
「―――おいっ?」
頬を赤らめ一歩引きそうになるアウラに、薄く笑って告げる。
「これだけあからさまに娘といちゃついているのにさ、まるで目に入らない感じじゃないか。―――今日の目的から考えれば、おかしな話だろ?」
「―――む」
おかしな話だねと、ちっともおかしく無さそうな口調で言われれば、アウラとしては黙るしかない。とりあえず、至近距離によってきた凛音の足を踏みつけるくらいしか出来る事が無かった。
「ま、伊達に王様やってないって事だよね。―――ただの親馬鹿じゃ無くて安心したよ」
「そりゃ、三国の中で唯一未だに安定しておる大国の王じゃしの。敏さ多分に持ち合わせておるじゃろうよ」
苦笑混じりに言う凛音に、ラシャラが何を今更と呆れ声で応じた。
「報酬に上乗せした方がいいかな、コレ」
「気付いてないふりをしてやり過ごすというのも手といえば手じゃぞ。―――不義理ではあるが」
「でもさぁ、何かコレ、”子供の我侭に気付かない振りして付き合ってもらってる”みたいな形になっちゃってない?」
「ああ、スマン。―――それは事実だ」
半笑いで言う凛音の言葉を、アウラが申し訳無さそうに肯定した。凛音は若干頬を引き攣らせた。
「やっぱりかー。嫌だな、コレが終わった瞬間縛り首とかだったら」
「応対さえ間違えなければ、それは無いと思うが」
「既に謀ってしまった段階で、思いっきり躓いておらんか」
ナム、と聖印を切るラシャラの他人事さ加減が、いっそ妬ましかった。
―――その時、ワァと、一際大きな歓声が鳴り響いた。
シュリフォン王が、仮の玉座から立ち上がっているのが凛音たちからも見えた。
「化かしあいの一発目は、僕の負けか。―――幸先悪いな、コレは」
「なんのなんの、コレが厄落としできたと思えばよかろうて」
だらしなく大口開けてため息を吐く凛音の背中を、気合を入れるようにラシャラは引っ叩く。
「同感だな。それに、失敗したら失敗したで、どう頑張ってもお前だけの責任には出来ないからな―――精々、共に地獄行きと言うことで良いではないか」
「洒落になってないよそれ。―――まぁ、ハネムーンは地獄でってのも、それはそれで面白いか」
パン、と洒落た仕草でアウラと手を打ち合わせて、凛音は真っ直ぐに向かい合うコクーンの元へ踏み出した。
シュリフォン王も同様に、テントから歩みだしコクーンへと近づいていく。
※ 何か今回短いですね。久しぶりに上手く切れる場所が見つからなかったせいなんですが。
……でも、当初はこのくらいの長さがデフォだった筈なんだよなぁ。
100話くらいじゃ終わらないって気付いた辺りから、だんだんタガが外れてきてるような気がします。