・Scene 47-1・
『と言うわけで、明後日。王宮中庭の特設会場な』
「了解はしましたが……幾つか聞きたい事があります」
『手短になら、聞くよ』
面倒だけどと言う態度を隠そうともせず、小型通信端末の上に表示されたアマギリ・ナナダンの立体映像は肩を竦めた。
手のひらサイズの投影装置の上に表示されたバストアップのアマギリの映像は、何故か顔が赤らんでいるように感じられて、ユライトは眉間に皺を寄せざるを得なかった。
まだ夕方にもなっていないというのに、何故酒精を入れたかのような顔色になっているのか。
本当にコイツに賭けて大丈夫なのか?
またぞろ、疑念がわきあがってくる。
内面を読ませない不真面目な外面が、どうにもユライト―――特にネイザイにとって、生理的に好きになれるタイプではないのだ。若さに見合わぬ老獪さ、少年的な陽性の前向きな情熱など一切感じさせない現実的な態度。
実際非常時には頼りになるのだろう。問題は、ソレが齎す結果が、ユライトにとって予想外なものになるのが予想できることで。
「―――まず剣士君をそちら側に引き渡したとして、ガイアの束縛を解除する手段は本当にあるんですか」
『あるよ?』
無いわけ無いだろうと、馬鹿にしたような言葉。口調があまりにあっさりとしすぎていて、信用できない。
「破綻寸前、少しでも刺激を加えれば崩壊してしまうようなボロボロに壊された精神を復元しようなどと―――具体的な方法は?」
『企業秘密。―――にしても、やっぱりそこまで酷い状態なのか。それだけガイアも剣士殿を恐れてるって事なのかな。反抗される危険性より使い物にならなくなる道を選ぶなんて』
由来との言葉尻を拾って冷静に解釈を進めるアマギリに、苛立ち混じりに重ねて問う。
「……教える気は無いと?」
『ある訳無いだろう』
「貴方の迂闊な行動が剣士を今度こそ本当に失わせる事になるかもしれないのですよ?」
『ろくな説明もなくただ”剣士殿を聖地に連れて来い”って強請りを掛けてきたのはお前だろ? 何他人事みたいに言ってるんだ』
共通の敵を出し抜くために手を組むべき相手に、にべも無い。普通、心の中でそう思っていても、面には出さないものだろうに―――まったく、この傍若無人な男を育てた人間の顔が見たいものである。
『―――で、質問はソレで全部?』
もう通信を切って良いかと言う顔で聞いてくるアマギリを大声で怒鳴りつけたい気分になりながらも、ユライトは首を振り払って堪えた。
「……いえ。もう一つ。明日はこちらの都合上ドールも向かわせねばなりません。貴方はドールを……」
『ああ、メザイア・フランならこっちにも都合があるからな。―――殺さずには済ます。と言うか、いずれこっちに渡してもらうぞ』
今回は無理だけど。
何時ぞやは確実に殺しに行っていたのに随分と甘い方向へとシフトしていた。
信用していいものか、はっきり言って信用できないが、信用するより道は無いのだろう。
「なら、良いでしょう。明後日は貴方の要望どおり、教会施設の地下にある転位装置を用いて、剣士君とドールを、シュリフォン王都へ奇襲に向かわせます」
『そして僕は罠を仕掛けた場所に剣士殿を誘導し、無傷で捕獲。―――簡単な仕事だ。アンタがしくじりさえしなければね』
「その言葉をそっくりお返ししますとでも言えば貴方は満足ですか? 精々、その過信が足元をすくわれないように気をつけて欲しいですね」
駄目だ、話していると苛立ちが湧き上がってくると、ユライトは半ば捨て台詞な言葉を残して一方的に通信を切断した。
後には静寂が残される。
「―――本当に、何処で道を間違ったのか……」
あんな男と協力をし合わねばならないなんて、不覚以上の何物でもない。そもそも、元はといえばあの男の存在から剣士がガイアの手に堕ちるなどと言う異常事態が発生しているのだ。
「剣士がラシャラ女王達の元に戻った段階で、速やかな排除を試みるべきでしょうか」
薄暗い自室で、ユライトはじっと瞠目しながら、呻くように呟く。
―――彼は、自分の言動に疑問を覚えない。
ガイアを破壊し、ジェミナーを救えるのは、自らの導きだけなのだと―――まるで誰かに強く言い聞かされたかのような頑迷さで、改めて自らの心に言い聞かせる。
―――彼は、自分の言動に、疑問を覚えないのだ。
「父上、少し宜しいでしょうか」
「む、―――アウラか。明後日の事ならば……」
「ええ、そのことで少し。アマギリ王子から書状を預かっています」
執務室に訪れた娘の纏う、些か酒気の混じる空気に眉根を寄せながらも、シュリフォン王は何も言わずに娘が差し出してきた封書を受け取った。
「アマギリ王子、な」
勢いで殴り飛ばしてしまい―――ついでに、明日も思い切り殴る予定のハヴォニワの王子の顔を思い出して、顔をしかめる。
飄々とした―――飄々としすぎた態度。果たして何処までが演技で、本音なのか。果たしてあの会話の中では理解できなかったから、結局解りやすい手段を選ぶことになった。
「決闘の予定は撤回せぬぞ」
拳を交わせば何か解るだろう。戦時においてそんな暇も無いだろうにと思わないでもないが、彼の王子の要望を聞き入れるか否かに、シュリフォンの未来に対する一定の指針が与えられてしまうのだと思えば、やって損もあるまい。
「例え嘘か真でも、な」
「父上」
ニヤリと笑みを浮かべてみせると、娘は少し驚いたように目を瞬かせた。
「賢しすぎる態度と言うのは、余り私は好ましくないと知っておろうに」
「―――ヤツの仕切りですゆえ、ヤツの流儀に合わせて見たのですが」
「男同士で付き合うには、中々に興味深そうではあるが。女であるお前が深入りしすぎるのは、父としては不安なものだな。―――アレは、平時に乱を呼び起こす性質に見えた」
裏返した封書を留めた封蝋が、何故かシトレイユの国章が刻まれていた事に一瞬目を剥きながらも、シュリフォン王は親としての最低限の責務とばかりに、娘に忠告じみた言葉を贈った。
父の言葉に、娘は微苦笑を浮かべた。
「いえ、アレで中々、紐で引っ張ってでもやれば言うことも聞きますから。―――その役目につく人間は苦労を強いるでしょうが」
「その役目の主が我が娘でない事を祈るより他無いか。―――フム。なるほど、な。よかろう」
封蝋を見なかった事にして中の便箋を取り出し目を通したシュリフォン王は、一つ頷いた。
「堅物の娘をして面白いと表するような男の提案だ。乗ってみようじゃないか」
「堅……、宜しいので?」
父の言葉に一瞬言葉を詰まらせたあとで、娘は些か申し訳なさそうな口調で尋ねた。
父は、娘の気持ちを察してか、穏やかに微笑んだ。
「平時に乱では無いかも知れぬが、この乱に更なる乱を呼び込む事だけは間違いないようだな」
「―――それは」
「よい。責めている訳ではない。ガイアの事も考えれば、何時までも我が国だけが穴熊を決め込んでいる訳にも行かぬというのも事実。いずれは決断せねばならない事だった」
些か予定外ではあるが、やむ終えないだろうとシュリフォン王は重い口調で告げる。娘は一度だけ深々と頭を下げた。
「見定めるには丁度良い―――と言うには、民たちに申し訳が立たぬかも知れぬがな」
「不必要な犠牲は、可能な限り出さないように努力すると告げていました」
「”絶対”の言葉が無いことをあざとい生き汚さと見るか、それとも真摯な態度と見るべきか……」
自分の目的のために、他国に平然と乱を持ち込める男のようだから、判断するには微妙な所だった。正直は美徳、と一言で言い切れない事だけは事実だろう。
「何は無くとも、明日には解るか」
シュリフォン王はそう結論付けて、深々と息を吐いた。
「我がシュリフォンが聖地のようなことにならないことを祈るばかりだが……」
「それだけは、絶対に無いから心配するなと言っていましたが。―――その、弾切れだから、そうしたくても出来ないと」
「フン、言ってくれるな」
気まずそうな顔で付け足された娘の言葉に、苦笑を浮かべてしまう。
恐らくあのハヴォニワの王子は、他人の情に訴えかけるやり方と言うものが好きではないのだろう。
それゆえに、他者を安心させるための方策として、極めて即物的な理由付けを行う。
「それでは敵ばかり増やすだろうに、難儀な生き方をする」
「アレは趣味のみに没頭して生きているようなところがありますからな。根本的な部分で、他人の目などどうでも良いのでしょう」
最近は少しだけ、見栄を張る事を覚えたようですが、と楽しそうに続ける娘の将来が、若干シュリフォン王には不安だったりする。言ってみれば、親元を離れていた娘が、悪い友達と交流していたという事実を久しぶりの帰郷時に聞かされた気分だった。
現実問題―――朝の玉座の間での会合で語られた言葉が事実だったとして。
あの時は割と条件反射で殴り飛ばしてしまったが、後から娘の性格や昨今の情勢を鑑みてみれば、方便として利用していたのだと解る。長く玉座についていたのだから、そのくらいは判断できなければ王と名乗る資格も無い。
ただ、方便としてとは言え自身に似て実直な気風を有していた娘が、あのような言葉を口にするのだから、色々と考えてしまう事もある。
頭の回転は速いのは見て取れた。おそらくはシュリフォンの王たる自身以上に。
では武芸はと見てみれば、不調明けのせいか、多少のぎこちなさが見えたがその所作は洗練されたものだった。余り鍛えているように見えない細身の体つきからすれば、目を疑ってしまうほどに。
加えて教会未登録―――コレに関してはハヴォニワのフローラ女王に色々言いたいところもあるのだが―――の異世界人である。異世界人であるから、当然聖機師としては優秀と分類されるのだろう。
娘の語ったところによると、自分で体を動かすよりも、余程良く動けているとの事とである。復活したガイアに対してすら一定以上の戦果を上げていたと、聖地から救助した者達が調書の上で口をそろえていたようなので、どうやら事実らしい。
―――ただ、やはり何処まで行っても性格に難あり。
これで真っ直ぐな気性の明朗快活な少年であったのならば、こうも不必要な悩みを抱いたりせず、むしろ積極的に娘の背中を押すような真似もしただろうが。
いっそ、この封蝋に刻まれたとおりにシトレイユの女王が引き取ってくれれば、いらない悩みを背負わなくて済みそうなのだが、先にシトレイユ女王と会合をもった折に、女王本人から丁重にお断りをすると言うような言葉を聞いてしまっていた。
何でも、アレと結ばれても世界制服くらいしかやる事が思い浮かばないから、止めた方がいいとの事である。
発言の不吉さも然ることながら、語っていた女王の目が本気そのものだったことも、冗談じゃなく恐ろしく思えた。
しかし、あの金銭的感覚に非常に敏感なシトレイユの女王が、何のためらいもなくハヴォニワに替わってシトレイユの土地を好きなだけくれてやるから、好きにやらせてやれと頼んでくる程度には、人望があるらしい。
所詮、国を追い落とされた女王の言葉である、その場しのぎの空手形を切って見せただけか―――と思わせて、今手元にあるハヴォニワの王子から渡された封書には、シトレイユの国章が刻まれている。
つまり、本気でハヴォニワの王子を支援するつもりはあるらしい。子供らしい先走り、余り気に止める必要も無いだろうというには、シトレイユの女王も聡明な少女だったから、迂闊な判断も出来ない。
「見てみぬフリが出来ればよかったのだがな……」
「視界に映ると、何故か印象に残りますからね、アレも」
良くも悪くもと語る娘の顔は、何処までも楽しそうに見えた。きっと、この父があの男にどのような評価を下すのか、楽しみで仕方が無いのだろう。
楽しそうなのは、何よりだ。特に、この二週間沈んでいた所を散々に見せられていたのだから。
しかし――――――。
「やはり、自分の目で見定めるしかないのだろうな」
「それが宜しいかと。個人的な意見を言わせてもらえれば、長い目で見てこそ、と言うタイプではありますが」
「では、その価値があるかどうかを、まずは見極めさせてもらうとしよう」
「シュリフォン、か……」
空を飛ぶ船の上。
月明かりの下、甲板で眼下一杯に広がる森を眺めていた。
「何か、気になることでもあるの剣士?」
いつの間にか背後に、少女の気配。チラリと視線だけで振り返って見てみると、夜闇に溶け込むような漆黒のドレスを纏った少女が居た。
何処を見るともなく、何処か遠くを見ているかのような視線を、空に向けている。
「うん、アウラ様の母国だなーって」
聖地ではだいぶ世話になっていたアウラ・シュリフォンの母国。
ダークエルフと言う種族が暮らす、森の王国。
「―――明日は王都を攻めるそうよ」
「うん」
めんどくさそうに言う少女に、剣士は気楽な気分で頷いた。
「真面目にやらないと、ユライト先生にまた怒られるよ?」
「どうでも良いわ、そんなの」
「ドールらしいや」
あっさりと言ってのける少女に、剣士は苦笑する。
少女がやる気に欠けているのは何時もの事だ。言われたとおりの成果を出す事は稀で、消極的に適当に暴れているのが、常だった。
でも、少女はそれで良いと、剣士は思う。
だって。
「じゃあ、俺が、ドールの分も頑張るよ」
―――そう、誓ったのだから。
※ 決戦前夜的な。
展開的にはこの辺から10巻の展開って感じでしょうか。
まぁ10巻であるなら活躍する人も自然と……ねぇ?