・Seane 6-4・
手のひらが痺れ、握っていたものの感触が薄れたと感じたその一瞬。
身体が突然浮き上がったかと思うと、視界に天井が移り、そして暗転した。
背中に強い衝撃。痛みとショックで呼吸は詰まっている筈なのに、身体はしっかりと横転して追撃の突き落としと避けていた。
無様に砂地の上を転がりながら、肘を浮かす反動で身体を浮かし、バックステップで距離をとり、相手の姿をうかがう。
氷のような感情の無い瞳で観察する襲撃者の姿を視界に納めたところで、そこまで、と言う妹の言葉が剣戟の修錬場の端から響いた。
「うわ、木刀にヒビ入ってますよ。上手くいなしたつもりだったのに、道理で手が痺れたと思った……」
やれやれと、くたびれた緊迫感のかけらも無い声を上げながら、アマギリは取り落とした自身の得物を拾い上げた。
ユキネはそんなアマギリに近づいて、その背に付いた砂を払い落としている。
「おわっと、すいません」
「良い。……平気だった? ……背中」
「ええ、何とか。ちょっと受身取りそこないましたけど」
手首をつかまれて返す反動で脚を払われ転ばされた。息が止まりそうな結構な衝撃だったが、それを言わないのは、男の見栄という奴だろう。
「それでユキネ、いかがでした?」
マリアが砂で埋め尽くされた修錬場に似つかわしくないヒールの高い靴で二人に近づいてきて、尋ねた。
なんてことは無い、思いのほか一方的に決着の付いてしまった聖機人での模擬戦の後で、聖機人は強い事がわかったけど、生身での戦闘はどれほどのものなのか、とマリアが言い出したのがアマギリが砂地に転ばされた事情だった。
「……弱くは無い。基礎は出来てる。……後、致命傷だけは絶対避けるって姿勢は高評価」
言外に、強くもないけどと言う感情がこもっていそうな、ユキネの言葉だった。
とりあえず一回合わせてみようとルール無用で打ち合ってみたら、数合打ち合った後投げ落として終わり、と言う事だったので、ユキネの感想は割と妥当な意見だと言えた。
「死ななきゃ、とりあえずそのうち勝てるって、昔誰かに言われた気がしてましてね」
「間違っては居ない、けど……勝ち気が足りな過ぎる」
「聖機人に乗っていた時はあれだけ軽快な動作をしてらっしゃったのに、何と言うか生身の時は、その、泥臭い動きになってましたしね」
地面を転がっているのを思い出したのか、マリアが口元に指を添えて考えていた。
ユキネの聖機人を叩きのめした後、限界稼働時間ギリギリまで聖機人でアクロバティックな飛行を繰り広げていた人物の戦いにしては、随分ドンくさい物に見えた。
「……まぁ、聖機人のときも不意打ちくさかったから、現実はこんなものかもしれませんわね」
「いやぁ、機動兵器の操縦と生身を使った戦闘技術を同列に比較されても」
辛らつな結論に至った妹に、髪にかかった砂を払いながら、アマギリは苦笑いする。
無茶言わないでくれと言っているようなアマギリの言葉に、マリアは眉をひそめた。
「機動……ようは、聖機人のことですわよね。でも、聖機人は聖機師の思い描く動作を完璧に再現できるんだから、聖機人で強力な戦闘力を発揮できるなら、生身でも戦えるのが普通なのではなくて?」
「そうですかぁ? むしろ、機動兵器戦も出来るのに、生身でもアレだけ強いユキネさんを褒める部分だと思うんですけど」
「そうでもない」
微妙にかみ合わない意見を兄妹が交わして首をひねっていたところに、黙ってアマギリの服に付いた砂を払っていたユキネが口を挟んだ。
「そうでもない」
「と、言いますと……?」
繋げて一つの言葉を述べる兄妹に、ユキネは最後にアマギリの頭を二、三度撫で付けた後で、頷いた。
「アマギリ殿下の聖機人の動かし方は、ユニーク。……普通じゃない」
「……まぁ、見た目からして、普通じゃないですものね」
考えをまとめるようにゆっくりと意見を述べるユキネに、マリアはそりゃそうだと頷いた。
何せ、御伽噺に搭乗するような龍の写し身だ。常識では測れないだろう。
だがマリアの言葉を、ユキネは小さく、そうじゃなくて、と呟きながら否定した。
「中身は、普通の聖機人と同じ。……なのに、聖機人の動きじゃなかった」
「……? よく、解りませんわね。ああいう見た目なのですから、動かす時はあの時の様に空を泳ぐように動くのが当然なのではないですか?」
「あ、そう言う事ですか」
首をひねって問い返すマリアに反応したのは、黙ってユキネの話を聞いていたアマギリだった。
「そういう事とは?」
どう言う事ですかと問いかけるマリアに、アマギリは頷いた。
「ようはこの星の人たちって、機動兵器に自分の可能な行動をトレースする事しかしないって話ですよね」
答えを返す形で、最後だけ問いかけるようにユキネに話を振った。
ユキネは自身とアマギリの発想の違いにあるものを考えるようにしながら言葉を選んで言った。
「聖機人を動かす時は……自分の。……自分の身体の動きをイメージして動かすのが、普通」
「ですわよ、ねぇ。生憎私は聖機人を動かしませんから詳しい部分には疎いのですが。聖機人の操縦システムと言うのは、人間の、達人の動作を完全に再現できる優れたものなのではないのですか?」
何を訳のわからないことを言っているのだと言う体で、マリアはアマギリに問い返した。
下手な事を言ったらお仕置きでも始めそうな妹の態度に、アマギリは二度三度言葉を捜すように無言で口を開いては閉じた後で、言った。
「何って言うか……ええと、聖機人って言うのは聖機人であって、人間ではないんですよね」
「……意味が解りかねるのですが」
「ああ、えっと何て言うかな。聖機人は人に似てるけど……ああ、つまりそう。アレは単純に人型の機動兵器ではあるけど、人間ではないんですよ」
ようやくひねりだした、と言うようなアマギリの言葉も、マリアには何を同じ言葉を繰り返しているんだと言う風にしか理解できなかった。
だが、ユキネは理解できたらしい。教室で、教師に解答を求められた生徒のような緊張した口調で、アマギリに尋ねた。
「聖機人は、人間じゃない。……人間じゃないから、人間と同じ形をしてても、人間の動きは……出来ない」
ユキネの言葉に、アマギリは我が意を得たりとばかりに楽しげに頷いた。
「そう、まさにそれです。聖機人って言うのはあくまで全長二十メートルの人の思考を汲み取って動く人型兵器ですけど、それだけなんです。極論になりますけど、人型をしているからと言って、人の動きをさせる必要もないんですよ」
「人の動きを完全に再現する事は不可能だけど、……だからこそ、人には実現不可能な動きも、出来る?」
「その通り。自在に飛行が可能なところとか正しくですよね。でも、あまりに自分の生身での行動にとらわれすぎちゃうと、逆に動作に縛りが出来ちゃうんですよ。ほら、剣戟を行う時とかって、大抵地面すれすれの場所で、脚をちゃんと地に向けて踏み込みを入れて斬撃を入れるでしょう? ……宙に浮いてるんだから、踏み込みの動作とかあまり意味がないのに。つまり、反射神経とか戦闘向きの直感を養うには、生身での戦闘訓練は有効なんですけど、それと空間機動兵器の操縦を一緒にするものじゃ無いんです」
まったく常識的ではない概念をそれが当たり前のように話すアマギリに、ユキネは首をかしげて問いかける。
「……殿下は、聖機人を戦車やエアバイクの延長線上で扱っている?」
「アナログな動作反応をしてくれる思念操作タイプを使っていますけど、マシーンはマシーンですからね。ペダル操作と根本的な部分は変わりませんよ。僕はほら、辺境の生まれで、惑星開発キットについてる大型のメテオマッシャーとか深海探査艇とか短距離ワープも可能なスペースクルーザーとかを小さい頃から乗り回したりしてましたし、その辺の割り切った考えが染み付いているのかもしれません。まぁ、そんな言い訳してたら闘士失格だって言われちゃうんでしょうけど。……って、マリア様どうかしましたか?」
「どうかしたかももなにも、貴方今……いえ、気づいていないなら、良いです」
どう考えてもこの世のものとは思えない単語を次々と口にしていたのだが、どうやら本人は無意識のうちの事だったらしい。
こいつは絶対異世界人で確定だな、とマリアは確信していた。
しかも、今までにジェミナーの住人が接触した事がないような、高度文明の生まれだ。
ただの朴訥そうなお人よしにしか見えないこの少年。その実、有り得ない機動概念で聖機人を操り、その聖機人すら常識では有り得ない形状をしている。
叩けば何が出てくるか想像も付かない、びっくり箱のような人間。
「どうかしましたか、マリア様?」
「何でもありません。―――此処は砂っぽくて良くないですね。湯浴みでもして、さっぱりする事にしましょう」
考え事をしていたらじっと見つめていてしまったらしい。不思議そうな顔をしていた兄に首を振って、マリアは修錬場の出口へ歩を進めた。
その後ろに、主と同じく考え込んでいる風のユキネが付き従う。
「……早めに、既成事実を作って首輪を増やした方が良いかも知れませんね」
そうでもしなければ、全てを思い出した彼が、どのような動きをするのか、まったく予想が付かない。
わざと聞こえるように言ったマリアの言葉に、背後のユキネが、肩を震わせたのが感じられた。
それをクスリと笑いながら、マリアは悪戯っ子の笑みを浮かべて、遅れて付いてきたアマギリに振り返って言葉を投げかける。
「なんでしたら湯殿までご一緒しますか、お兄様?」
※ 因みに主人公の聖機人は邪神兵が元ネタで正解。色的にも。まぁ、動いてるのは見た事無いんですが。
だからといってダグマイア君の聖機人の剣がドリルのように回転しだすとかは、特に無いかなー。