・Scene 45-3・
「なに?」
「なんと……」
眦を寄せて問うアウラに、アマギリは隙の無い顔で断言した。
驚きを浮かべるアウラとシュリフォン王を他所に、アマギリは自身の胸元に手を添えながら、言葉を続けた。
「”最低限”―――まさか剣士殿を送り込める程度にはこっちの状況が認識できていて、艦内施設の機能なんかを追加してくれる筈も無いだろう。航行システムの修復……動力部の不調の改善。あわよくば、出力の完全制御。―――ともかく、そのどれか少しでもあれば充分だ。後はやり方さえ考えれば、”ジェミナーを壊さずに”ガイアだけを確実に破壊できる。最低でも、それだけは確実に保障するよ」
重ねるように成功を保証するアマギリの態度は、アウラには今ひとつ信用できなかった。
とくに、”最低でも”と言う辺りが。聖地での一件を思い出すに、それを許すと酷い事になるのは目に見えていた。
だがここまで言うからには、その”修正パッチ”とやらが本当に必要なのは確かなのだろう。
それを入手するための労を厭う事はしないのだろうなとも、アウラは理解した。
「一度言い出したら、基本的に曲げんもんなぁ、お前……」
「……そんな、駄々を捏ねた子供を見るような目つきで言われるのも結構心外なんだけど」
「それ以外の何だと言うんだ」
このヘタレの格好付けがと、アウラの言葉はにべも無かった。保護者担当のハヴォニワ勢が揃って不在のため、自分が確り言い聞かせないと駄目だと感じているらしい。
「で、とりあえずその修正パッチとやらが手に入ったとして、結局どうやってガイアを破壊するんだ?」
「ん? だから、詳細は直った部分によりけりだけど―――まぁ、太陽で丸焼きか、ブラックホールに叩き落すか、ベークライトで硬化するか、後は、光鷹翼で原始の一欠けらも残さずに消滅させるか、辺りになるんじゃないかな。まぁ、個人的には一番最後の選択しを選びたいんだけどね」
「―――どれも、聞くからに力押しのように思えるのは、気のせいか?」
「結局、暴力にはさらなる暴力で報いるのが一番って事じゃないかな」
特に容赦してやる理由も無いしね、とアマギリは額に手を当てているアウラに、あっけらかんと告げた。
「しかも、最後に言ったやり方だと、結局女神の翼だよりと言うことにならんか?」
「でも最後のやり方が多分一番後腐れが無いからね。ああいう自己再生する輩は、一撃で完全に消滅させるのが一番だし。―――多少の無茶は、仕方ないよ」
他のやり方では万が一、と言う場合も考えられるからと、アマギリは微苦笑を浮かべながら言った。
アウラは深々とため息を吐いた。
「―――他に方法が思いつかない、反論をしてやれない自分に呆れるな」
「喧嘩なんてさ、男に任せておいてくれるくらいが丁度良いって」
「そういうところが、お前は女に幻想を抱きすぎだと言う事だ。あくどい手法なら、いっそ女性の方が思いつくものだぞ?」
肩を竦めて話を締めようとするアマギリに、アウラは隣に父親が居るとは思えないくらい女性的な笑みで反論する。
その顔に、と言うよりもその顔の横で眉根をピクピクと動かしていたシュリフォン王の顔に、アマギリはたじろいた。普段の気分でアウラと話していたら、玉座の上の人の存在を半ば忘れ欠けていた。
「ええと、まぁ、そう言う訳でして」
ゴホンと、わざとらしい咳払いをした後で、アマギリは気分を切り替えた。
「ハヴォニワの王子として、異世界人・柾木剣士の奪還作戦に正式にシュリフォン王に協力を要請したいのです。詳細は追って説明しますが、作戦に用いる人材と物資。そしてシュリフォン国内の山岳地帯の一部の提供を、要求したい」
「……む」
「本来ならば我が国、我が兵と国土を用いて行うべきなのでしょうが、ご存知の通り現在我が国は西部方面の大半をシトレイユ賊軍に占領されている状態です。加えて王政府が行方不明で、僕の意思も中々行き届かせづらい状況にあります。しかし、ガイアの再活動まで、おそらく幾許の猶予も無いでしょう。それまでに、柾木剣士を取り戻し、ガイアを破壊する算段を整える必要があります。―――是非、ご協力を頂きたい」
返答や、如何に?
問われた所で、シュリフォン王としては言葉に詰まるより無いだろう。
目の前の少年は何しろ、正確な意味ではハヴォニワの王子ではない。
ただの異世界人である。本人が幾ら言った所で、それは動かしようが無い事実。
それがあえてハヴォニワの名を語り、シュリフォン王たる自身に人と物と場所を要求している。
―――おそらく、全てまともな形では返ってこないだろう物を。
「―――我が国が、国境線でシトレイユとにらみ合っているのは、当然……」
「存じています。ですが、天然の要塞たる森林に囲まれている以上、シトレイユも積極的な攻勢に出てきていないでしょう。むしろ、破壊された関の修復にこそ注力しているのではないですか?」
「……起きて二日目だろうに、頭が回る。―――フローラ女王が気に入る訳、か」
「最高の褒め言葉ですな、それは」
優雅に一礼してみせるアマギリに、シュリフォン王は大きく息を吐いた。
ほんの先日まで昏睡状態でこのシュリフォン王城の離宮で眠り続けていたというのに、自国どころかシュリフォン国境付近の正確な状況まで把握している。
ならば、幾ら本格的な侵攻が無いからとは言え予断を許さぬ解っていながら、それでも自身の目的のために無茶な要求をしているということだ。
シュリフォン王個人としてならば、柾木剣士と言う異世界人の少年の事も娘の友人と聞いているが故、それを取り戻すというのであれば手助けしてやりたい気持ちもある。
だがそれに掛かる負担として、国防に掛かる貴重な人材を要求されてしまえば―――それも、他国の王族から。言葉尻から察するに、一部の部隊を指揮下に寄越せと言っているのだろう。非常時だからと安易に約束してしまえる問題ではなかった。
他国の、王族?
「何故わざわざ、キミはハヴォニワの王子としての要求を行うのだね。教会に認められたただの異世界人としての要望で在るなら、幾らか考慮する余地もあると言うのに」
このジェミナーでは異世界人と言う存在は最高待遇で歓待すると言う習わしもあるのだから、むしろそちらの線から要求を通した方が早いだろうと、シュリフォン王は疑問を抱いた。
しかし、アマギリはそれは良くないと首を横に振った。何故と首を捻るシュリフォン王に、苦い顔で言う。
「作戦のためにお借りする兵は恐らく、―――少なくとも聖機師は、確実に死ぬでしょうから」
「なにっ!?」
ガタンと玉座を揺らして立ち上がるシュリフォン王に、アマギリは首を横に振って話を続ける。
「柾木剣士の力は強大です。ただでさえ戦うには強すぎるそれを、”生かして捕獲する”何ていう真似をしなければならないのですから、その困難は恐らく想像を絶するものになるでしょう。僕が考えた最善と思える作戦であっても、かなりの人数の聖機師を半ば捨て駒として扱わねばなりません」
そのくせ、自分は生き残る予定だというのだから、浅ましい事この上ない。
「個人の要望に応えた形として戦略兵器たる聖機師と聖機人を失うのは許されないでしょう。それゆえに、ハヴォニワの王子としての立場です。―――シュリフォン国境から隣接する肥沃な穀倉地帯、鉱山資源、海への道。返礼としての割譲が可能となる、いえ、します。貴方が私を王として立ててくれるのであれば。縦しんば、母や妹達が生存していたとしても。それだけは確約します。―――それだけしか、確約出来ないのですが。命を金で買おうとしている、と罵られても否定できませんね」
最後、自嘲気味にアマギリは笑った。
それでも自分の言葉を撤回しない辺りに、シュリフォン王は彼に王としての資質見た。
目的のために必要な犠牲で在るならば、躊躇せずに受け入れる。そこから逃げようとしない。為政者として重要な部分である。
まだ十代と言う若さに見合わぬ苛烈さは、些かシュリフォン王の好みとは合わないが―――まだ若いのだから、理想ばかりが先走るくらいが丁度良いと彼は思っていた―――国家の代表として対等の立場で付き合ってやっても良いと言う気分にはなる。
ここで縁を結んで―――早い話、貸しを作っておけば、今後のシュリフォンのためにもなるだろう。
だがそのためには、確実にシュリフォンの戦士の命を犠牲にしなければならない。
ガイアの打倒が肝心だという事も理解している。
なるべくなら速やかに排除しなければならない危険な存在―――シュリフォンに、だけではなくこのジェミナー全ての存在に対して。
「―――それで、ガイアの打倒は確実に成るのか?」
「ええ」
重い響きのシュリフォン王の言葉に、アマギリは一つ静かに頷いた。
自身の言葉の一片をも疑っていない、済んだ眼で応じられてしまった。
―――しかし、シュリフォン王にとっては、彼の言葉のみをもって信用するには、些か関係が薄すぎた。
それゆえに迷う。
果たして彼の裁可によって生まれるシュリフォン人の犠牲は、この世界に対して良き物となれるのか。
それとも、詐欺師の戯言に騙された愚者の烙印を押されてしまうのか。
それゆえに悩む。
時間は限られていると、解っているというのに。
「確認したい事がある」
王が黙り、そして少年が口を閉じたまま少しの時間が空いた所で、黙って二人の会話を見守っていた少女が口を開いた。
その視線は、少年に向いていた。
何かなと、視線だけで尋ね返すアマギリに、アウラは一つ頷いて口を開いた。
「シュリフォンの助力が得られなかった場合―――お前は、どうするつもりだ?」
その問いに、アマギリは一瞬目を瞬かせた後で、薄く笑って応じた。
「そうだねぇ。本国に戻って兵をかき集めるってのが正しいのかもしれないけど―――生憎、ウチにそんな余裕は無い。何処までいってもウチは統制を失った都市国家の集合体、宰相以下挙国一致のシトレイユとの国力差は絶望的だもの。国内に踏み入ったが最後、誰が敵で誰が味方かも解らないまま、背中を刺されてジ・エンド、みたいな事も容易に想像できるからね。その辺りも踏まえて、お母様方も中々表に出て来れないんだろうし。―――だからまぁ、そうだね。今ある手持ちの駒を上手く使って、何とか自力でやるしかないかな。場所はこの際、無断拝借だ」
「―――当然、その手駒とやらの中には?」
最後おどけて言うアマギリに、確認するようにアウラは鋭く言葉を挟む。アマギリは降参、とばかりに手をひらひらと振った。
「優秀な聖機師の参加は大歓迎だ。森の中でも自在に動けるダークエルフだったりするなら、尚更ね」
それでも名前を出そうとしない辺りが、アマギリの最後の意地なのだろう。アウラもそれで言質をとったと解釈して、それ以上の追及はしなかった。
「―――ならば、良い」
替わりに、満足そうに一つ頷く。そして、真剣な顔でアマギリを真っ直ぐ見つめて、アウラは問うた。
「それから最後に一つ聞くが―――シュリフォンの助力は必要か?」
誤魔化しは許さないと、その目は確かに語っていたから、アマギリも一度だけ瞠目して、それからアウラに確りと視線を併せて応じた。
「―――必要だ」
「解った。―――ならば、良い」
何故も、どうしても問う必要はなく、確かな意思と共に明確な求めを得られたという事実だけがアウラには重要だった。
それからの行動は、アマギリをして予想外だっただろう。
「アウラ?」
アウラは父の呼び声にも応える事無くアマギリの傍まで歩み寄り、そして玉座に座る父に向かって、振り返り、言った。
「父上、私からもお願いします。どうかアマギリの願いをお聞き入れ下さい」
「は?」
「なん、と―――」
優雅な仕草で頭を下げる少女を置いて、驚くのは男二人。
言われた側も、見ている側も、驚き、訳が解らないと視線を交し合ってしまった。
それで何が解決する筈も無く、アウラは男達の戸惑いを気にする事もなくゆったりとした動作で顔を上げた。
再び、父親と視線を絡める。
娘の視線に気圧された―――などとはシュリフォン王とて思いたくない。愛娘の頼みだからと納得する訳にもいかないと自らを奮い立たせて、一度喉を鳴らした後で口を開く。
「だがな、アウラよ。いかなお前の頼みとて、こと国防に関わる大事とあっては、迂闊に賛同する事も出来まい」
それはお前にも理解できるだろうと、威厳を保つ努力をしながら言う父に、アウラはゆっくりと首を振った。
「確かに犠牲は避けられぬでしょう。しかもそれが他国の王族の企てに賛同したが故に生まれたなら、その結果として土地を割譲した等とあっては、民達が納得せぬであろうことも道理。迂闊に賛同できぬというお言葉も理解できます」
「ああ、そうか。そういう考え方があったか」
アウラの語りに、アマギリが参ったなと眉根を寄せた。
民達が覚えるかもしれない悪感情。
どうしても現実として存在する”利”のみを重視してしまう所のあるアマギリには、発想し切れなかった部分だったのだ。
これは失敗したなとため息を吐くアマギリを横目に見て少し微笑んだ後で、アウラは改めて父と向き合う。
しかし。
まずはその一言から始まった。
「このアマギリは何れ、我が夫としてその生が果てるまでシュリフォンに奉仕する事になるのですから。シュリフォンの繁栄に向けての先行投資と思えば、何を惜しむ必要も無いでしょう」
沈黙。
その意味をかみ締めるための空白。
刹那、と表するには些か掛かりすぎた時間の後。
「何だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――!!??」
絶叫が、謁見の間に響き渡った。
耳を塞ぐタイミングを完全に逸したなぁと、アマギリは玉座から立ち上がり叫び声を上げるシュリフォン王を見ながら、現実逃避気味な思考に没頭した。正直、隣に立っている女性の方は見たくなかった。怖い。色々な意味で。
「ど、ど、どどどどどどどどどどどっ、どぉ言う事だ、アウラ!?」
同様そのままに言葉を震わせるシュリフォン王。しかし、アマギリの傍によって立つ女性の声は、実に涼やかなものだった。艶やかと表しても構わないかもしれないくらいだ。
「何のこともありません父上、簡単な話です。―――報告が遅れていましたが、私とアマギリは、既に”幾度もの夜を、同じ寝室で共に過ごすような間柄”なのです」
「ん、な――――――――――――――――――っっっっっ!!?」
勿論、昨夜も。
戯れごとのようにそう続けるアウラの言葉を、アマギリは無理やり他人事のような気分で聞いていた。
絶句するシュリフォン王の姿を、若干羨ましいなと思いながら。
なるほど、確かに。
アマギリの寝室にアウラが訪れるのは良くある事だし、それが夜中ばかりなのも何時もの事だ。
そして、昨夜も彼女は、少し大げさにも思えるはしゃぎ具合で、彼の寝所に上がりこんでいた。
間違っていない。
そう、何も間違っていない。
アウラの述べた事は全て正しく、アマギリには彼女の言葉を否定する要素は何処にも無い。
「うん。間違ってないけど……無いけどさ。でも、どう考えても、間違っているだろ?」
「ア・マ・ギ・リ・ナ・ナ・ダ・ン~~~~~~~~~~っっっ!!」
呟きは誰にも聞こえる事無く、目の血走ったシュリフォン王の眼光の鋭さだけが、彼の記憶に残る全てだった。
・Scene 45:End・
※ このネタがやりたいがために、アウラ様は頑なに親友ポジションだったのさ……。
いやー、長いネタ振りだったわ。