・Scene 44-6・
逃げる、隠れる、潜む―――隙を突く。時間を稼ぐ。
どう頑張っても正面から勝てないからと、それでも立場を羨んでか、しょっちゅう喧嘩を売られる事が常だったから、考え出して鍛え上げた結果が先ほどのキャイアを瞬殺した時のような戦闘方である。
意表をついて一撃必殺―――もしくは、中てて驚いている間に逃げる。逃げる、中てる、逃げる、中てるを繰り返して時間を稼ぐと―――貴様は卑怯と言う言葉を辞書に記し忘れているなと、後ろ指刺されるようになったが、アマギリなりの”負けない”戦闘方である。
ただし問題があって、負けないを念頭に置きすぎたため、”勝ち辛い”と言うか”勝ち気が足りない”と言う駄目な側面も生まれてしまった。
―――その結果の一つが、聖地攻略戦の結末だろう。
負けなかった。それは事実。だが―――勝ってない。
いや、どれだけ誤魔化そうが、アレは負けだ。
殴りかかってきた無機質な瞳を思い出して、苦いものが湧き上がる。
「―――他人を励ましてる暇があったら、自分に気合入れなくちゃ、な」
朝も昼も夜も―――夕は除くが―――女性達に心配をかけてばかりだったから。
アマギリは、そろそろ夜の終わりに差し掛かった空を見上げながら、大樹の枝の上で深いため息を吐いた。
「同感ね。―――その前に、是非反省を覚えてもらいたいけれど」
フ、と。
森の中から音が止んだ。痛いほどの静寂の中で、その声は確かにアマギリの耳に届いた。
―――背後から。
薄い金属が風を切る耳障りな音と共に。気配も無く参上した夜の色よりも深い影が、アマギリを襲う。
ギィッ……ン!
「なにっ!?」
混乱は女の叫び。
突如として現れた襲撃者の女の放った一撃は、アマギリの首筋に届く前に、何者かによって遮られた。
「誰……だ、いえ……これは」
大樹の枝の先端辺りに立ったアマギリと、幹に近い位置を足場とした襲撃者との間に、一人の厳つい男―――男、らしきものが存在していた。
獣を狩る猟師の様な服装。手にしているのは、邪魔な枝を払う鉈だろうか。
歳は四拾絡みの、無精ひげに散切り頭と言う、特徴の無いいでたち。
シュリフォンでは流石に少ないだろうが、何処の国であろうと、こうした山の中にはこの手の狩猟を生業にした人間が存在している。
珍しくない。全く持って珍しくない筈である―――唯一つ、”半透明で奥が透けて見える”と言う事実が無ければ。
「ガーディアン……まさか、力場だけで構築しているって言うの?」
「そう、護衛力場体。光鷹翼を出すのと違って、これは予め決められた”型”に決められた力を流し込んでいるだけだから、余り苦労せずに作る事が出来る。―――熱出して丸ごと全部忘れる前までは、コイツを働かせて飢えを凌いでたんだ。言わば、僕の育ての親って処だな」
襲撃者―――予想通り、覆面の女の姿だった―――に振り返り、アマギリは肩を竦めて言った。
そして、手を軽くはらう仕草を持って、半透明の猟師の姿を消去する。
「―――本当に、無茶苦茶なのね貴方は」
手にしていた小刀を袖口に納めた覆面の女が、呆れたように言うのを、アマギリは鼻で笑った。
「好き勝手やってる人造人間に無茶苦茶と評されるのは、気分が良いね。―――そう言えば、貴方の名前をまだ聞いていなかった気がするんだけど」
「ネイザイ・ワンよ。―――それより、良く私が人造人間と解ったわね」
ごねるかと思ったら、案外とあっさり返事が帰って来たことに、アマギリは少しだけ驚いた。無論、それを顔に出す事はなく、呆れたような態度で質問に応じる。
「教会に僕の生存―――じゃないか、復活? を報せたのが丁度今日……もう昨日ですかね、夜の辺りでしたし。そろそろ来るかなって思ってましたから。ついでに、剣士殿のアストラルパターンに近い人間が近づいてきたら迎撃するようにってガーディアンを待機させておいたんで」
つまりは、負けないための準備を整えて待ち構えていたのである。
「殺さないまでも、どうせ一発くらい殴りかかってくるって解ってましたし」
ニヤニヤとわざとらしく嫌らしい笑いを浮かべると、ネイザイが覆面のまま顎を引いたのがわかった。きっと、挑発にいらついていることだろう。
「他人を怒らせて笑うなんて、いい趣味とは言えないわね」
「背後から他人に切りかかる人間にだけは言われたくないね」
即答したら、ネイザイは再び口を噤んだ。拳を握り締めている。
「―――で? 怒ったからそろそろ帰るって言われても僕は怒りませんけど、どうします?」
「貴方は―――本当にっ!」
苛立ちを無理やり吐き捨てて、ネイザイは頭を振った。そして、一度俯いた後で、顔を上げる。
「剣士の話をしましょう」
「情報を小出しにしてる暇があったら速やかに引き渡せ、としか返せないな」
「まさか貴方、自分が全ての情報を受け取れるほど信頼の置ける人間だとでも思ってるの?」
「姿偽った挙句に覆面まで被る人間よりは、信頼できるんじゃないかね?」
「名前も経歴も偽りだらけの人間が、良く言うわ」
話にならなかった。
おそらく第三者がその現場を見たらそう評するしか無いだろう、最悪の空気だった。
ため息を吐いたのはどちらが先立ったろうか、それは割とどうでも言い話で、次の口火を切ったのはアマギリが先だった。
「―――ところで、否定しなかったという事はアンタがユライト・メストという事で良いんだな?」
「―――っ!」
しまったと、ネイザイの覆面の奥からその空気は確かに伝わってきた。
状況から判断してそれこそ今更、と言う話なのだろうが、あえてそうであると言ってやる理由は無かったのに、自らそうであると確信させる材料を与えてしまっていた。
アマギリは、自分の言葉が女にもたらした反応にまるで構いもせずに、言葉を続ける。
「良く生きてたね、あの爆発の中で。もう人間辞めてるババルンはともかく、アンタは……ああ、アンタも同類か」
「―――下衆な想像はやめて欲しいわね。ガイアと違って、私達は普通の聖機師と何も変わらない存在だわ。―――だいた貴方、その言葉を剣士の前でも言えるの」
「言わないけど?」
間違いなく痛いところをついた筈だというのに、アマギリは微塵も堪えたような態度を示さなかった。
それどころか、ネイザイの言葉など殆ど聞いていない風に、何か呟いている。
「……ただの聖機師と変わらないか。なのに、無事。なのに、剣士殿たちを任されたまま。―――ヤツにとってそれほど重要でも無いのか、それとも……いや、何れにせよあまり情報を出しすぎる訳にもいかないか」
―――こいつ、敵だし。
「何を言っているの?」
口元に手を当て自身の思考に没頭しかかっていたアマギリに、ネイザイが苛立った声で問いかけた。
アマギリは思考を払うように頭を振った。
「いや、何も―――出来れば、ユライトの姿に戻ってもらいたいんだけど」
「何故?」
その頼みが本気の響きを含んでいたため、ネイザイは首を捻った。
「だってほら、流石に見覚えの無い女の顔面に拳入れるのは気が引けるじゃない」
「―――冗談にしては、笑えないわね。さっきキャイアの頭を地面にたたきつけていた人間の発言とは思えない恥知らずなものだわ」
「やるとなったら、相手が親でも子供でも容赦するなって、昔から教育されているんだ」
「何処の外道に教育されてきたのよ、貴方は……」
一瞬喉を引き攣らせた後で吐き捨てるネイザイに、アマギリは薄ら笑いを浮かべて応じた。
「少なくとも、アンタよりはマシな人間である事は確かさ。―――だいたい、アンタまさか、自分が殴られる謂れの無い潔白な人間だとか思ってないだろうな?」
「その言葉、そっくりお返しするわ。貴方は一度か二度は刺されて死ぬべきよ?」
「女性に刺されて死ねる様な人生なら、きっと幸せでしょうね。僕がそうなら、誇らしい事です」
「―――……っっ、本当に、何でこんな男が……」
苛立ちを隠そうともせず言葉を漏らすネイザイを見ながら、アマギリはその人となりを観察していた。
ユライト・メストである事はどうやら間違いないらしいが、どうにも性格が違うように見える。
ドールとメザイアも、あれで容姿以上に性格が正反対に見えたから、人造人間と言う物はこういうものなのかもしれないが。
偽装状態と正体との性格の違いとは対照的に、人造人間としての正体を見せたネイザイとドールは、何処か似ているらしい。少し怒らせるだけで子供のように直情的になる。
生まれながらにそういう性質なのか、それとも、生活環境の果てにそうなったのか。
人造人間としての共通の要素だとすれば―――剣士との対決の時に、有用な情報となるだろう。
「―――んで、何時頃こっちに来る予定なの、剣士殿は?」
一つ良い情報が仕入れられたのならば、それ以上高望みはしない。もともと不仲の人間との会話であるから、嘘を混ぜられても困るだろうと、アマギリは早々に会話を切り上げる事に決めた。
もうお前との会話に興味が無いと言う態度を隠そうともしないアマギリに、ネイザイは戸惑ったような仕草を取った。
「今までの話の流れから言って、私が貴方にあの子を託せると思っているのかしら?」
そんな自分を恥じてか、気を取り直して強い口調で言葉を返す。だが、アマギリは動じない。
「思うだろ、普通に今までの流れから判断すれば。アンタが剣士殿を手元においていても宝の持ち腐れにしかならないし」
自分の目的思い出してから言えよ、とでも言いたそうな小馬鹿にした口調が、尚更ネイザイの額に青筋を浮かべさせる結果となった。
覆面を被っているせいで怒りの形相を見せられないのが、返って悔しかっく感じる。
「他人の逃げ道塞いで自分だけ得するように仕向けて、そういう態度平気で取っておいて、良くあの子達に嫌われないわね、貴方」
「ああ、いやそれは僕も割りと不思議だけど……、まぁ、アンタにはどうでも良いだろうそれは。僕は剣士殿を取り戻す必要があるし、アンタも剣士殿をガイアに操らせたままにして於ける筈が無い。立ち位置的に自分の手元に置き続けるわけにもいかない。―――こっちの受け入れ準備は殆ど整っている。後はアンタの決断だろう」
一瞬、普通の少年の様な顔になりかけながらも、アマギリは酷薄な態度を崩しきらずに、言い切ることに成功した。
「私の、決断……」
「”甥っ子”可愛さに決断長引かせる訳にも行かないんだろ?ガイアが何時完全に復活するかも解らないんだからな」
有無を言わせぬ口調に、ネイザイは嫌そうに頭を振った。
懇願には程遠く、当たり前だが、人に協力を求めようとしている態度とは思えない。真実、命令に等しかったならば、益体も無く反発したくなるのも当然だろう。
「―――そうは言うけど、貴方はガイアと敵対する意思はあるの? 貴方には関係ない事で、貴方は自分の関係ないことは好んで首を突っ込むような真似はしないでしょう?」
「まぁ、そうだね。係わり合いになりたくない問題には、基本無関心を貫きたいかな」
そしてアマギリは、ネイザイの想像通りの言葉を返してきた。
やはりこの男は、何処まで言っても個人の好き嫌いでのみしか動かないのかと、ネイザイの眉間の皺が深まる。
剣士を、ジェミナーの最後の希望を託されるという事は、必然ジェミナーの未来を託されると同義語なのに―――きっとこの男は、”世界”などと言う把握しきれない広すぎるものには興味を示さないだろう。
信用しきれない。
個人の思惑でのみ振るわれる力は暴力―――彼女が尤も忌むべきものとしか、ならないから。
少しの間続いた沈黙を、アマギリは何と感じたのだろうか。
顎を持ち上げ、青みがかった空を見上げた後で、どうと言う事も無いように言った。
「剣士殿に手を出した以上、僕はガイアは確実に滅ぼすぞ。出来ればお前も―――と言いたいところだが、ドールとかいうヤツも含めて、ウチの姫様達がそれは望まないだろうから、我慢してやる」
嫌われたくは、無いからな。
アマギリは自身の行動の基準を、端的に説明した。
それを聞いてネイザイは―――馬鹿馬鹿しいと、はっきりきっぱりとそう思った。
世界の命運や自分達の命を、そんな”女の子に怒られるのが怖いから”なんて基準で語られても、頭痛しか沸いてこない。先ほどまでとは別の意味で、コイツにだけは託したくないと言う気持ちが湧き上がってくる。
「―――どうすればいいのかは、もうリチアにでも聞いているのでしょう?」
だが現実、コイツに任せるしかないのだ。
何処で世界が間違ったのか、各国の代表的な姫君たちが一様にこの男の周りに集まってしまっているから。
彼女達を動かすためには、この男を巻き込まざるを得ないのがもう、間違いようの無い現状だ。
諦観。
先史文明の最後、ガイアに一番初めの肉体を破壊された時ですら覚えた事が無かったものを、長い歳月を経て辿りついた今の今まで覚えたことの無いものを、ネイザイは実感せずにいられなかった。
「準備が整ったのなら、呼びなさい。方法は任せる。―――その時、剣士と共に行くわ。そして、貴方を見定めさせてもらう。異世界の龍」
ネイザイの物言いに、アマギリは一瞬、何を偉そうにと言う気分を覚えたが、それもまた自分の負債が生み出したものだと甘んじて受ける事とした。
「剣士殿は返してもらう。必ず。―――ウチの小さい女王様を、これ以上沈んだ顔にさせとくわけにもいかないからな」
―――結局、それすらも、そのためなのか。
最早何の言葉を返す気力も沸かずに、ネイザイは無言のままで彼の前を去った。
取り残されたアマギリは、会話の中から必要な情報だけを拾い上げて、他は全て忘却する事にした。
殴り飛ばせる、きっと最後の機会だったんだろうなぁと、少しの無念を思いながら。
「―――個人の問題ばかりで高望みしててもしょうがないか。それに……」
ふと思いついたことが事実だった場合、また面倒な事になりそうだ。
まったく、何もかも思い通りに進んでくれないものだと、アマギリは苦笑と共に空を見上げた。
やる事は変わらないのだからと、自分に確りと言い聞かせる。
みんなのために、みんなの事を。世界なんてどうでも良いけれど。重要なのは、それだけだ。
「そのためにもまず、剣士殿を、だな。―――メザイア・フランは、どうするかなぁ……」
漆黒の帳も剥がれ落ち、青が世界を覆う。夜明けが近い。
再び、戦いを始める時が―――。
・Scene 44:End・
※ ガーディアンの伏線張ったのって凄い前だった気がする……。
まぁ、順調に収穫の時季に来てるって考えれば良いのかなー。
と、言う訳でアンニュイな時間は終了で次回から少しテンション上げてはっちゃけていく感じで。