・Scene 44-2・
「それじゃあ北部辺境第十三軍から聖機人一個大隊抽出して西部戦線に合流。西部最前線に居た第七、第八、は解体した後再編して中央に投げつけてやれ。代わりに第九軍を押し上げえろ。―――中央に戻せば、向こうで勝手に何とかするだろ」
「ですが、王政府、中央議会ともに壊滅状態で連絡が取れませんが……」
「んなもん知るか! この忙しい時に隠居なんかさせられるかって―――のは、伝えなくて良い、そんな感じだから、良い、送っとけば流石に働くって」
「形だけでも心配して差し上げませぬと、へそを曲げそうですがな」
「あーもう、それじゃあ、マリアにだけ期待してるって伝えておいて」
「邪魔するぞ―――っと、なんじゃ、本当に邪魔になりそうじゃの」
「おやハニー。お見舞いかな?」
「どう見ても半刻前まで意識不明だった重病人には見えんの、お主」
なにやら高級そうな客間のベッドの上で、そこに似つかわしくない資料の山を積み上げて、だらしなく病人着のまま胡坐をかいてそれを捲っているアマギリの様子を見て、ラシャラは呆れたようにため息を吐いた。
「ウチの陛下がどっかに引きこもっちゃったみたいでさ。表向きは僕が、”亡命ハヴォニワ政権”の中心だよ。それなりに国家機能を維持してるのに亡命ってのもおかしいけどさ」
「うむ? 王都の壊滅したハヴォニワの臨時執政府を名乗る集団が、先ほどシュリフォン王に謁見を求めておったぞ?」
「ああ、それさっき豚箱に送るように言っておいた。―――拙速は道を過つとか、知らないのかねあの手合いは」
「半死人だった割りに、本当にフットワークが軽いの、従兄殿……。欠片すら、所在不明のフローラ叔母達を心配していない辺り、流石と言うべきか外道と罵るべきか……」
侍従―――ハヴォニワの人間だった―――に何やら指示の書かれたメモ用紙を渡していた老執事に見舞いの品の詰まったバスケットを手渡しながら、ラシャラはアマギリの様子をじっくりと眺める。
老執事は主達の会話にならぬようにと、一礼した後客間の寝室を辞した。
シュリフォンで合流してから既に二週間。
広域の通信封鎖も回復し、方々と連絡を取り合い状況の確認、行動指針の策定などをしていればあっという間に過ぎてしまう時間だった。
どうにもこうにも後手に回り、旗色悪い状況だと性格に理解できるにつれ、重たい気分が沸きあがってきて―――久しぶりの、吉報と言えば吉報だったのが、眠り続けていたアマギリの目覚めだった。
内臓器官の一部に損傷、軽度の打撲、及び血が足りないと言う以外は特別重体だったと言うわけではない筈なのだが、アマギリは眠り続けていた。体温を自ら下げ、生理機能を減退させ、まるで冬眠でもしているような様子だったのだ。
今は、目的を持って何処かへと出向いているらしいワウアンリーの言葉によれば、本当に冬眠しているような状態だったらしい。アストラルが三次元世界との繋がりを減少させ―――云々。難しい事は解らないが、何やら超常的な力を発揮して、体と言うよりは、”心”を休めている、との事。
―――人はどれだけ背伸びをしたって、神様にはなれませんから。もし神様になれた人が居たら、多分その人は元から神様だっただけって話なんですよ。
そして、アマギリは違うと。神様な筈が無い、と。
女神の翼―――”女神”の翼。
人を超えた神の力を使用した代償が今のこの状況で、今後も悪化する事はあっても改善は無いだろう、とワウアンリーは暗い瞳で薄い笑みを浮かべながら話してくれた。
詳しいな、と誰かが尋ねると、本人に聞きましたからと言う実にシンプルな回答が用意されていた。
つまり、今ラシャラの目の前でだらしの無い態度で敵性国家に蹂躙されている国家の運営をしている男は、そうなると解っていて女神の翼を使用したのだ。
それを聞いておけば、装甲列車でのアマギリの行動も理解できる。何故、限界ギリギリ、それこそ列車の外装が焼けとけるまで絶対無敵の防御力場たる女神の翼の使用を控えていたのか。
脱出用の小型車から振り返ってみた、黒い聖機人との戦闘の様子でもやはり、アマギリは殆ど女神の翼を使おうとしなかった。
「……自己犠牲精神など、似合わぬ事を」
「―――いや、平気かと思ったんだけどね、ホントに」
思考の淵から洩れてしまった言葉の意味を確りと理解したのか、アマギリが苦笑交じりに肩を竦めていた。
「まぁ、できると思って格好付けたらこのザマって感じだよ」
「だとしても、事前に方策を説明するなり、もう少し他者の力を利用しようとするなり、色々やりようがあったじゃろうが。全部が全部、自分に責任が帰結するようなやり方をされては、あの場に居た妾達全員に存在価値が無かった様に感じられる」
「―――面目次第も無いね、それは」
咎めるような言葉に苦い顔で応じる男を見て、ああ、同じ状況なったらまたコイツは同じように動くなと、ラシャラは正確に理解した。
馬鹿は死に掛けても馬鹿。死ぬまで馬鹿。死んでも馬鹿。
オマケに手綱を握ってくれそうな人間が端から居なくなっている辺り、割と現状救いが無いなとラシャラは諦念交じりに思った。
アウラ辺りの活躍に期待したいところである。あの少女は逆に二人して悪ノリを始めそうで恐ろしい所もあるが。だからと言って、自分にその役目を押し付けられるのも御免だが。
ハヴォニワ王都壊滅以来、行方不明―――アマギリ曰く、引きこもっている―――らしい、フローラ達の復帰を早急に期待したいところである。
「と言うか、叔母上達は本当に平気なのか? お主妙に落ち着いていて、逆に見てる方が不安になってくるのじゃが。―――ハヴォニワ、現在進行形で侵略を受けておるのじゃろ?」
「うん。キミの国からね」
「……攻め入ったのはそなたの国の方が先じゃぞ」
「お陰で出掛けに僕が管理していた地域は、あらかた潰されちゃって面倒な事になってるよ」
眦を寄せて問うラシャラに、アマギリは肩を竦めて応じた。心底、まったく家族の安否に関して心配していないようである。
聖地襲撃に際して行った、ハヴォニワ側から越境しての陽動攻撃に関しての報復も兼ねてか、通信封鎖時にアマギリが管理する事に成功していた地域一帯は、シトレイユ―――ババルン軍により、徹底的に叩かれている。既に主要陸路、航空路、及び聖地横断鉄道への連結路線まで押さえられてしまい、シトレイユ側の聖地への関所への経路は、完全にふさがれた形だ。現在は後退戦を行いつつ、戦線を再構築しなおしているような状況である。
そして、その攻撃と同期するかのように、ハヴォニワ王国王都、一部国軍を糾合した軍事クーデターの後始末に追われる王宮及び政府中枢に対して、シトレイユのものと思しき聖機人による奇襲攻撃が敢行された。
結果、王宮は陥落。政府首脳陣、並びに女王一家は行方不明と言う非常事態に陥り、現在ハヴォニワは、政府機能は麻痺状態となっている。
アマギリが目覚め、彼の手元に残されていた情報局本部が漸く機能し始めたため、現在急ピッチで戦線の再構築と国家運営機能の修復を行っている段階である。
―――女王以下行方不明者の捜索は、全く指示をしていない。
ともすればこの状況を利用しての”アマギリ王子”による権力奪取の行動ともとれるのだが、無論本人にはその気は無い。
アマギリはあの母と妹が死んでいるわけが無いと確信していた。
「”行方不明”ってトコがね。僕だったら敵国の君主を殺害するなり捕らえるなりに成功したら、大々的に発表する。―――特に連中は、現行の世界情勢そのものに喧嘩を売った、もう引き返せない立場の連中だからな。士気を高めるためにも戦果の発表は重要だ。―――なのに、敵側の発表で”行方不明”だよ? これじゃあ、”生きてるから安心してくれ”って言ってるようなものじゃないか」
「―――誤って殺害してしまって、誤魔化しているというのは?」
「ああ、その可能性は否定できないね」
説明の流れになるほどと納得しつつも、一つの疑問を投げつけたラシャラに、アマギリはあっさりとそれを肯定した。ラシャラの目が一瞬見開く。
「否定、出来ぬのか?」
「生きてる”かもしれない”って言う状態をとどめておけば、その後の動作がどうしても遅れるからね。いっそ解りやすく死んでてくれたほうが、指揮系統の建て直しは容易くなるから。でも、まぁ―――今回に関しては、その可能性は限りなく低いな」
「―――希望的観測、など間違ってもしておらぬじゃろうな?」
楽観的な態度を見せるアマギリに、この二週間で出会った人々の陰鬱な影の拭えない顔ばかりを思い出して、ラシャラは疑り深く問い質す。
何せこの男、つい数刻前に目覚めたばかりなのである。
夢と現の狭間で判断力が鈍っている可能性もあるのだ―――まして、激闘の結末が結末だったから。
しかし、アマギリはラシャラの疑り深い視線もまるで意に介さず、何時もどおりに論理飛躍を繰り返しながら応じる。
「単純に言えばさ、人的被害が低すぎるんだよ。なにせ、死傷者が殆ど居ない。ついでにインフラに対する攻撃も少なすぎるし、ライフラインを掌握しようと言う行動すら見せていない。―――首都への奇襲何ていう大それた行動を取っているのに、やってる事が消極的過ぎる」
お粗末と言うよりは、不自然。
アマギリは、ハヴォニワ王都への奇襲攻撃に関して、そう切って捨てた。
「あのロンゲ野郎、僕に見せしめでもしてるつもりなんだろうさ」
「ロンゲ……とは、もしやユライトのことか?」
不機嫌そうに口元を歪めてはき捨てるアマギリに、ラシャラは若干唖然として応じる。
「ラシャラちゃんも良く他人事みたいな気分で居られるな」
しかし逆に、そのラシャラの態度にアマギリが唖然としていた。
「と言うと?」
確かにユライトの行動は些か目に余るところがある。しかしラシャラにとっては怒りと言うよりは困惑、疑問が付き纏う人間だった。ユライトの思惑が読みきれないのだ。
敵と断ずるにも難しい立場立ったから―――そんな風にラシャラが首を捻っていると、アマギリが冷徹な顔で口を開いた。
「―――あのロンゲ、ウチの皇子に手を汚させているんだぞ」
万死に値する。
夏の昼間の、森の中から届く風が生み出す涼やかな空気が、一瞬で肌に突き刺さるような極寒のような凍りつく空気へと変貌した。
「―――皇子、とは……剣士のこと、じゃな?」
喉を一つ鳴らした後で、ラシャラは意を決して問い質した。アマギリはそれまでの軽薄さが嘘のような重たい―――二週間の間に出会った誰よりも重たい空気を感じさせる態度で、応じた。
「そう、我等樹雷の皇家の血に連なるれっきとした―――なんでこんな所に居るんだろうな、そう言えば。ひょっとしてアレか。皇太子の武者修行ってヤツかな」
主家のお偉方の考える事は良く解らないと、アマギリは一人自分で言ったことばに首を傾げ始める。
「よう解らぬが、つまり、剣士は今はユライトの傍にあると言うことか?」
「そう。そして―――ハヴォニワ王都を奇襲したのが、剣士殿だ」
存外あっさりと、アマギリは重要な事実を言い切った。ラシャラはその言葉に目を見開き驚きを―――示さなかった。
「……やはり、そうか」
「まぁ、ウチの近衛を壊滅させて、揚々と空飛んで引き上げられるウデのある聖機師なんて、剣士殿くらいしか居ないだろうしね。樹雷の闘士―――それも皇族ともなれば、その力は計り知れないよホント」
ついでに相方がついていたんだろうから、鬼に金棒だろうとアマギリはやれやれとわざとらしく首を捻りながら言った。
「しかし、剣士の聖機人の色は白のはず。王都を襲ったのは”二体の黒”じゃったのじゃぞ」
「光は容易に闇に堕ちるってヤツだろ。ドールの方もそうだけど、アレも姿を偽装してる時は聖機人の色が違った。おそらく、人間性を減退させて人造人間としての側面を強く出すと、あの黒い聖機人となるんだろう」
それに動きからして、剣士で間違いないはずだと、何時の間に映像資料を確認したのやら、アマギリは結論付けていたから、ラシャラとしても苦い顔で頷くしかない。
解っていた事だが、こうしてこの男から確定的な口調で言われれば、やはり気分が重くなる。
柾木剣士。
ラシャラにとっては―――必要な人間だった。こうして傍から居なくなって、だからこそ、それが良く解る。
戦いの途中までしか聖地に居なかったが故、結末は人づてに語られたもののみで知ったのだが、語るものたちの一様に沈んだ態度ともども、精神的に随分と来るものがあった。
「動き、か。―――確かに、キャイアもそのような事を言っておったの。あの”見た事の無い”黒い聖機人の動きは、剣士が示したものそのままだったと」
「……そういえば、キャイアさんはどう?」
その時の気持ちを思い出して、俯き沈みかけたラシャラに、アマギリがふと思い出したように尋ねた。
「キャイア?」
「状況的に、ね。あの子が一番気落ちしてそうな感じだけど」
聖地での戦いの最終段階、桟橋でのババルン達との邂逅を思い出して、あの場で一人だけ倒れ伏していた少女の姿を思い出して、アマギリは尋ねた。
「そうじゃの、酷く沈んでおる。剣士のこともそうじゃが―――従兄殿も知っておろうが、メザイアの事も、あるからの」
「メザイア・フラン。―――人造人間ドール、か。剣士殿と同様、あの人形もババルンの支配下に置かれてるってことなのかな」
「気持ちはわからぬでも無いが、人形と言う呼び方は止してやってくれぬかの。長い付き合いであるが故に、妾たちにとってはあのものにも情を覚えておる」
困った風に語られるラシャラの頼みに、アマギリは首肯するだけで同意を示した。
これは、ドールの排除は無理になったなと、内心忸怩たる思いも沸きあがっているが、頼まれては仕方が無い。
怒られるのは構わないが、嫌われるのは好ましくなかったからだ。
「キャイアの事は、正直妾では無理じゃ。今はマーヤ達に良く見ておく様に言ってあるが……だが実際の所、剣士ほどの度量が無ければ、あの者を支えきるのは無理じゃろう。―――もしくは、お主が強引な手段で荒療治するか、であろうな」
「そりゃ御免だね、恨まれた挙句、肝心のタイミングでボロが出て再起不能、みたいな気がするし」
「同意じゃな。―――とにもかくにも、剣士が居ないと言うのはいかんの。あの者の清純な空気は、周囲に伝播して場の雰囲気を良いものに変えるが―――一度それに慣れてしまうと、居ない時に場が重たくなりすぎるわ」
お陰で、救出に成功した聖地学院の生徒達の落ち込み具合が悲惨な事になっていたと、ラシャラは苦笑交じりに言った。
アマギリも、それに関してはラシャラと同様の気分だった。
「まぁ、その辺りが剣士殿が”選ばれた”所以なんだろうけどね。―――話を戻そうか。ともかく、僕の不甲斐なさが高じて剣士殿は敵に奪われた」
「主ばかりの責任では無かろうよ。妾たちも、少し他人事であり過ぎた」
慰めとも自戒とも取れるラシャラの言葉に、アマギリは微苦笑で応じた。
「こんな馬鹿な遊びに君等が責任感じる必要は無いのさ。―――でだ、ハヴォニワ王宮に”二体の黒い聖機人”を用いて奇襲。機械的に議事堂と政府、城だけを破壊して帰還。死傷者数が少なかったのは、まぁウチの緊急避難計画が優れていたせいもあるんだけど―――それは別としても、この敵さんの実に大雑把な攻撃の仕方にも理由がある」
「取りようによっては、人的被害を最小限に食い止めようとしているようにも映る……? 確かに、まともな戦線を構築している北西部の状況とはだいぶやり方が違うの」
ベッドの上に広げられていた、ハヴォニワの現状が記された戦域図に目を落としながら、ラシャラは頷いた。
電撃的な王都奇襲と言う判断は良い―――その後の戦局を優位に進められるのだから。
だが、このような短期的な実害の無いやり方では、むしろ仕掛けたほうの失敗にも見えて、戦争計画に問題が出てきてしまうだろう。
そして、ハヴォニワ王都奇襲のあったその日の戦線は、何故かシトレイユ側で不自然に足並みの乱れがあった。
まるで、その日に起こった異常事態に、戸惑っているかのようだったのだ。
「ウチの北西に展開されている勢力の軍略と、今回の王都襲撃は完全に無関係だ。オッサンとしてはそもそも、今やってる戦争自体が、瓦礫に埋もれたガイアのコアユニットと聖機神の発掘に割く時間を作るための時間稼ぎに過ぎないだろうから、テキトーに暴れててくれれば後はどうでも良い。だから、複数の戦線で、それぞれの指揮官が勝手矢鱈に動いていて、横のつながりが出来ていないというどうしようもない状況になっていたとしても―――それすら、どうでも良い。むしろ混沌としていて返って助かるんじゃないか」
だから、王都襲撃は、戦果拡大以外の目的がある筈だと、アマギリは決め付けている。
「これはさ、僕に対する脅迫なのさ。家族を傷つけられたくなければ―――家族に人を傷つけさせたくなければ。今すぐ居場所を明かして、取り戻しに来いってね」
どうやらバベル倒壊の巻き添えにしようとしたのが、相当腹に据えかねているみたいだねと、アマギリは薄ら笑いを浮かべていた。
「まぁついでに、あの人なりにババルンから剣士とドール―――メザイア? とにかく、二人を引き離しておきたいってのもあったんだろうから、こういう時間稼ぎの奇襲に使うからとか何とか言って、引っ張ってきたんだろうよ」
「あの者も、中々面倒な立場であろうな。八方敵しかおらぬとあらば、手段も選べはしまい。―――それで、乗るつもりか?」
何に、とはラシャラは言わなかった。理解できていて当然だからだ。
「当然、乗るさ。向こうも周りの目があるだろうから本気でやってくるだろうし―――万全の準備を整えて、ね。今度は準備も出来るし、場所もこっちが選べるんだから、精々鼻を明かしてやる。そして、我等が皇子には多少強引な手段を持ってしてもご帰還を願うさ」
アマギリは自らの覚悟を決めるかのごとく、拳を握り締めながら告げた。
それは、ともすれば剣士と戦場で鍔競り合う事すら厭わないと―――その目が、そう告げていた。
戦いが明け、逃げおおせたと思ったら、また戦い。
「―――今度は、一人でやりきろうな度と考えるなよ?」
「保障できないなぁ、そればっかりは」
あっさりと肩を竦めてそう返すアマギリに、ラシャラは深々と息を吐いた。
駄目だ、妾には止められんと―――むしろ、止めずに背中を押したくなるような気分だった。
アマギリにとって剣士が大切な存在であるのと同様、ラシャラにとっても剣士は必要な人間だ。
心を奪い利用しようなどと言うやからには、天誅を下してやらねば気がすまないのはアマギリと同様だった。
「どうせ徹底的に、やるのじゃろ?」
「勿論。向こうだって僕だけは殺しても構わないって思ってるだろうしね―――容赦はしないし、元より、出来ない」
「―――ならば、良い。妾は座して成果を期待させてもらおう」
「期待してくれて良いよ、ハニー」
そうして、二人して愛の一欠けらも感じられないような笑みを向け合った。
馬鹿は死に掛けても馬鹿。死ぬまで馬鹿。死んでも馬鹿。それから、―――傍に居るのも、馬鹿ばかり。
※ 平時に結ばれていたら、暇つぶしに乱でも巻き起こしそうな組み合わせだよね。