・Seane6-3・
「……脚が、無い」
雪音なる流麗な自身の名に相応しい、優美なシルエットを持った聖機人に搭乗して錬兵場で待機していたユキネの前に姿を現したのは、蛇の尾のような半身を有した、見た事も無い異形の聖機人だった。
色は塗装の無い地金のようなくすんだ鉛色。天を覆うかのごとく左右に広がる牡鹿のような角が、その特徴的な下半身に負けぬ禍々しさを引き立てている。
それが、格納庫の中から、地を這うように尾を蠢かしながら近づいてくるのだから、流石にこの状況は予想できなかったユキネからしてみれば恐怖の光景だろう。
恐怖を振り払うためにも、聖機人に持たせた剣で、今すぐ切りかかりたい衝動に駆られる。
『つまり、これが理由と言うわけですか、お母様……』
『そぉよぉ。名づけて龍機人。凄いでしょぉ』
『凄いとかそういう問題じゃないでしょう! ど、どうなってるんですかあの脚!! ……いえ、尻尾?』
コアユニットに備わったスピーカーから、無線機越しに主君親子の声が届く。
学院に居た時にあった通信では教えてくれなかったから隠していたのかと思っていたのだが、どうやらマリアもあの異形の存在を理解していなかったらしい。
ユキネも、彼―――アマギリ・ナナダンの事は、女王フローラが何処かから拾ってきたどうやら異世界人らしい、とまでしか聞いていなかった。
異世界人という存在は、ユキネの知る限り聖機人に対して極めて高い適正を示すと聞いていたから、食堂から聖機人の格納庫に移るに当たり模擬戦を行うよう主命を賜った時も油断をするようなことは無かったが、流石に目の前のコレには意表を突かれた。
高い適性を持つ聖機師の操る聖機人には、尾が生える。王女専属の聖機師という栄誉を賜る程の才を秘めたユキネの操るそれも、例に漏れず”尻尾つき”であったが、流石に下半身が全て尾に変化するような事はありえない。
『一体どういうことなんですかお母様! い、異世界人というものは、あの、ああいう物なんですか!?』
『あらマリアちゃん。異世界人なんて何処に居るのかしら』
『冗談を言ってる場合じゃないでしょう! あんな状態、通常の機体ではバーストモードにしてもなるはずがありません!』
『……そういえば、龍機人のバーストモードはまだ見た事が無いわね。一体あそこからどう変化するのかしら』
『お母様!!』
主家親子の会話から得られる断片的な情報は、いまいち事情を図りかねるものしかなかった。
ユキネは聖地学院の課外授業の時に出会った老いた異世界人の男の事を思い出していた。なんとも率直な意見を言うのも憚られる、好まそうとは言えそうも無い嗜好の持ち主だった。人間性に於いては突っ込みどころ以外の何ももつものが無いような困った老人だったが、記録映像―――本人の解説、つまりは自慢話つき―――で見た現役の時の戦闘記録は、流石の一言と言うほか無い凄まじいものだった。
暴力が形を持って戦場を駆け巡っている。そういうほかの無い、他を圧倒する超戦力。
だがそれとて、目の前のコレと比較してしまえば、あっさりと霞むだろう。
常識的な感性を持つユキネは、何故あの少年が王室に迎えられるなどと言う異常な事態に至ったかを理解した。
確かに、女王陛下はこういう一般人が避けて通りたくなるようなものが好みだろうから。見知ってしまえば、手元に置きたくなるのも道理だろう。
『え~っと、それで、この後どうしましょう』
眼前の異形からの通信だと解る少年の声が、スピーカーから響く。
解っていたけれど、ユキネには驚かずにはいられない事実だった。あの聖機人の中に居るのは、あの異形をコントロールしているのは、あの困ったように笑う笑顔が印象的な少年なのだ。
異形の聖機人は、その腕に格納庫の建設資材のような長槍を所持していた。長大な全長を誇るその機体が、片手では振り回せないような長槍を水平に構えている様は、いっそ冗談のような禍々しさだった。
格納庫の中で、何故あんな扱いづらいオーバースケールな槍を得物に選択したのかと本人に尋ねたところ、少年は”脚を踏ん張れないので剣に体重が乗せられない”と言ういまいち要領を得ない言葉を返していた。
今なら、ユキネにも解る。威力を込めて剣を振るうために軸足に力を込めようにも、そもそもあの機体には脚が無い。
ならば槍を振り回すのも同様に不可能なのではないかと思えるが、あれは恐らく、空中から落下時の加速を加えて打ち落とすように使うつもりなのだろう。相手の攻撃範囲外からの、一方的な突きの連打。あの巨大な機体の重量も加わって、脅威だと推測できる。
『先に説明したと思うけど、稼動限界の耐用年数を迎えた機体を纏めて教会に戻す、大掛かりな機体交換の時期が近いから、それに乗っかって稼動限界ギリギリの聖機人を使って、多少壊れてもかまわないから龍機人の近接戦闘のデータ取りがしたいのよ。ユキネちゃんは聖地学院の仕組み上まだ見習いだけど、ウチの国じゃトップクラスに強い聖機師なんだから、丁度良いでしょう?』
『近接戦闘って……殴り合いなら、ほらその、何ていうか。”一番初め”にやりましたよね。近衛の皆さんを相手に』
『確かにそうだけど、あの時はほらぁ、みんな龍機人の見た目に驚いちゃってまともな戦闘にならなかったでしょ? だから、一度正面からぶつかった時の情報が欲しいの』
少年が拾われた経緯という奴はユキネもマリアから聞いていた。
偶然聖機人を動かして、捕獲に現れた近衛の聖機人八機中四機を叩き潰したと聞いた時は、そんな無茶な話があるかと思ったが、なるほど、この化け物と初見で戦場で遭遇すれば、驚いて反応が遅れる事もあるだろう。
眼前で対峙しているこの状況でも、ユキネには相手がどのような機動を見せるのか判別付かなかったから、緊張状態の戦場では尚更そうだと言える。
さて、実際のところはどうなんだろうとユキネは首をひねる。
朝の出会いから観察してみたところ、体の動かし方自体は知っているようだったが、達人、と呼べる人たちほど洗練された部分は見られなかった。思念操作が大きい部分を占める聖機人に於いて、自身の生身での技を磨く事は聖機人の動きを洗練させるためにも必須事項と言えたから、格闘戦に関しては自身に分があるのではないかとユキネは考えた。
とは言え、相手はとても常識が通じそうに無い見た目の、アレである。
実際にぶつかってみなければ、解らない。
『それじゃあアマギリちゃん、ユキネちゃんも。覚悟は良いかしら?』
小型ウィンドウの向こうで微笑み尋ねてくるフローラに、ユキネは決意を持って頷いた。
『……どうぞ。いつでも良いですよ』
緊張を交えたアマギリの声が、ユキネの返事に続いた後で、フローラはにこりと笑って宣言した。
『それじゃあ、は~じめ』
「……ユニーク過ぎる」
首から右肩にかけて、襷掛けでそぎ落とされたままコクーンに戻った自身の機体を格納庫内で見上げながら、ユキネはマリアの問いに答えた。
「そりゃあ、どうこう言う以前に、普通に生きていたら思いつかないような行動を取られてはね……」
「初見でアレを見切るのは、不可能に近い」
コクーンの真下、下腹部に大きく開いた穴に視線を落としながら、ユキネは追従してきた主君に言葉を重ねた。
一方的な結果だった。
アマギリの聖機人―――フローラに龍機人と呼べと言われた―――は開始の合図と同時に跳躍。エナの喫水線ギリギリでユキネの聖機人を待ち構えたと思ったら、下から切り払うようなユキネの斬撃を、あろうことか”喫水線より上空”へ避けて見せて、その異様に彼女が意識を奪われた一瞬を付いて、戦闘前の予想通りに槍を突き出してきた。
完全に回避の遅れたやりはユキネの聖機人の腹を貫き、地に縫いつけ、そして何とか身を起こそうとしてみれば、肘で身体を持ち上げた瞬間に、襷掛けに手刀で首から腕まで切断されて、戦闘不能に押しやられた、
「お母様が気に入るわけです。こんな隠しだまを有していたなんて……」
「……聖機人が喫水外で動けるようになれば、それはとても凄い事。革命的」
「この能力が遺伝するとすれば、戦場の有り様が変わるでしょうね。……それに、異常な動作ばかりに目を奪われがちですが、瞬発力や加速性能も非常に高いようですし。たかが王位継承権を与えるだけでそれを取り込めるなら、安い買い物と言えるかもしれません」
ユキネとマリアは揃って破壊された聖機人を見ていた視線を横に向ける。
ユキネの聖機人の隣には、無傷だったはずなのに何故か形質劣化を引き起こしてひび割れたコクーンが安置していた。内側に見える素体の脚部にも、無数の皹が走っているのがわかる。
その下では、つなぎ姿の整備員に何かの質問をされている、困り笑顔が印象的な少年の姿があった。
あの異常を引き起こしたとは思えない、朴訥な顔の少年。
その横顔を、ユキネはない交ぜな気持ちで眺めていたが、ふと、マリアが自身を見上げている事に気づいた。
母フローラのように、マリアは薄く笑っている。
首をかしげて、ユキネは主君の言葉を待つ。
「アマギリ―――お兄様の特異性は、果たして遺伝するのか否か。確証も取れぬ前に、他国の娘と子をなすような事があったら困りますわよね」
悪戯っ子のように笑いながら、マリアはそこで言葉を切ってユキネの顔色を伺う。
理知的な亜麻色の視線に写った、ユキネは自身の顔の色がどうなっているか気になった。
「まずは、国内の信頼できる女性聖機師との間に子を成して見る事から始めてもらう―――というのは、どう? お母様が考えそうな事じゃない?」
※ 熱出して倒れてたんで更新休みました。
データ取りたいと言ってるのに全力で仕留めに行く辺りこの主人公大人気なさ過ぎると思った。
因みにこの章書いてるときはまだユキネさんの聖機人が登場してなかった頃なので、微妙に描写が曖昧だったり。
マントがつくとは思わないよね。まぁ、シュリフォン王のジェロニモスタイルには負けるけど。