・Scene 43-2・
「何が起こっているの!?」
天変地異の前触れかとすら思わせる轟音と、巻き起こる衝撃波。
ハンガーに固定されている筈のスワンすら揺らすような凄まじい振動、周囲にあった固定していないコンテナが、遠く向こうの中庭に植えられていた街路樹がなぎ倒され、草花と塵、砂埃が突風と共に押し寄せる。
突然背後の空が明るくなった事に驚き、慌てて視界の広いスワンのテラスまで上がってきたリチアは、舞い上がる砂埃の向こうに見える聖地学院校舎の更に置く、屹立するバベルの傍から、凄まじい閃光が斜め上方へと向かって迸っているのを目撃した。
「これは……っ、何なの!?」
一瞬また、アマギリがインチキを使ったのかとも考えたが、射角から考えてあの恐ろしい閃光はバベルの―――敵側の方から放たれている。
「解らないけど、凄い、良くない感じがするよ、あれ!」
先にテラスで戦場を見守っていた剣士も、何処か緊張した声で返した。
天に立ち上る白い閃光。視界全てを埋め尽くすような、曇天の空を切り裂きそうなほどの極光は、彼らが見届ける先で、やがて細く絞られていき、消えた。
熱量により焼き尽くされたからなのだろうか、突風により頬に掛かる大気は、何処か生暖かい、饐えた匂いが混じっていた。
「止んだ……?」
「今のは何だ!?」
リチアが呟く背後、テラスから続くブリッジの中にアウラの焦り声が響く。慌てて階段を駆け上がってきたらしい。その背後に、ワウアンリーも続いていた。
「どう考えても碌でもないことが起こったとしか……剣士、此処に居たのか」
アウラはテラスに居た剣士達の存在に気付き、傍に近づいてきた。
「アウラ様、これって……」
「やっぱり剣士は来るべくして来た人間なんだね」
振り返りアウラに尋ねる剣士の態度を見て、ワウアンリーが呟く。
「それは、どういう?」
「感じたんでしょう剣士。あの空の下に何かが”居る”事を」
ワウアンリーが核心的な口調で剣士に尋ねる。突然問われた剣士もまた、何処か核心的な顔で頷いた。
「凄く、良くないものの気配がした。―――違う、今もしているんだ」
あの向こうに。
校舎の向こう、屹立する傷ついたバベルの元を振り仰いで剣士は言った。
「剣士が嫌な感覚を覚えるもの……それって、まさか」
探るようなワウアンリーの言葉から導き出された真意に、リチアは戦慄を覚えた。
アウラが目を細めて呟く。
「―――ガイア」
轟、と。
アウラの呟きに、少女達が理解した真実を答えと告げるかのように、此処に居るのだと示すかのように、二度目の閃光がバベルの元に集い始める。
「じゃあ、あれはガイアの攻撃って事?」
「だとしたら、攻撃を受けているのは、当然―――」
遅れて出てきたリチアの震える言葉に、アウラは目を見開く。
攻撃は、打倒すべき敵の存在が無ければ放たれる筈が無い。
そしてアレがガイアのものであるとすれば、攻撃すべき対象は、勿論決まっている。
「ラシャラ様がっ!!」
「待て剣士、こんな場所から動いても何も出来ん!」
滾る戦慄に突き動かされて駆け出そうとする剣士を、アウラが肩を掴んで押し止める。
「だけどっ!」
「二度目の攻撃を放とうとしていると言う事は、一撃目は防げたか外れたかした筈だ! あの男の事だ、一度凌ぎきれば確実に対策は練れる! ―――筈、だ」
自分でも何の気休めにもならない事を口にしていると解っているアウラは、流石に語尾が怪しいものとなった。
しかし、此処に居て、広い聖地の両端にそれぞれ位置しているという位置取り上、今から何をしようとしても間に合わないだろう。
「逃げるにしろ、防ぐにしろ、我々にできる事は無い。我々は我々で、やるべき事をやらないと―――」
「―――二発目がっ!!」
何かに言い訳するかのごとく言葉を重ねるアウラに被せるように、リチアが悲鳴のような声で叫ぶ。
集い、蓄えられていた光が、一気に奔流となって、伸び上がる。
回避など不可能な、天を切り裂く絶死の極光。仰ぎ見る少女達の胸に、絶望すら去来する。
目を覆いたくなるような光度で瞬く破滅の光―――その先で。
「―――天地兄ちゃん? いや、これは……誰?」
濁流とも言うべき光の波が、ある一点で壁にでも叩きつけられたかのように、押し止められていた。
「―――今度は、な、何!?」
「あの位置、角度は確実に……」
「装甲列車―――ですよね。でも、あの列車の防御システムでも、幾らなんでも……」
聖地の存在する台地とは対岸の、喫水外の崖に向かって放たれた、恐らくガイアの力と思われる攻撃。
破滅的な威力を持った粒子の奔流は、しかし、一撃目で抉り削られた崖の向こうで塞き止められている。
その先にあるものが、彼女達が先ほどまで居た、彼女達が安否を願う者達が居る装甲列車である事は間違いない。
「……いや、あれは」
気付いたのは、やはりダークエルフとして優れた視覚を有するアウラが尤も先だった。
光の奔流を塞き止める、その先にある存在に、彼女は気付いた。
花開くように三方向へと広がった、生物的な意思を感じさせる光り輝く翼のような力場。
翼のような力場を中心として、いなかる作用を発しているのか、装甲列車側面全てを包み込むように強力な防御力場が形成されているらしい事が解る。
「―――女神の翼」
かつて神話に語られるような時代に、聖地へ降り立った龍が、名も無き女神より賜ったとされる光輝なる力。
「女神の翼……じゃあ、あれをやっているのは」
そして現代。わずか数年ほど前の近い過去に、聖地には再び龍が降臨し、そして翼を天に広げていた。
「殿下……」
ワウアンリーが不安そうな面で呟く。
破壊の本流を塞き止める光の翼は美しく、しかしその反面、翼に満ちる生命の如き煌きは、到底人の力で贖えるものとは思えない危うさを覚えたのだ。
「何か無茶をすると思ってはいたが……独力のみで全て解決するつもりか。無茶も過ぎるだろう、流石に」
「あの格好付け、本当に自分の事は考えないんだから……っ」
傍によってきて囁くアウラに、ワウアンリーも苦い顔で頷く。
彼女等の見ている先で、翼ははためく様に一瞬大きく広がった瞬間、ガイアのものと思える攻撃は押し返されるように消滅した。
「平気、ってこと、なのかしら……?」
再び曇天の下に戻った空を見やって、リチアが呆然と呟く。ミサイル―――と言う名称すら彼女は知らないのだが―――でバベルの外壁を吹き飛ばした時から感じていた事だが、常識外れもそろそろ極まってきたなと思っている。
「自分でやりきるって言ってたんだから、やりきったんだと思いましょう。―――あたし達は、自分達のやるべき事をやらないと」
解釈の違いからか、若干棘混じりの口調になりつつも、ワウアンリーは少女達を急かした。どのみち、此処で見ているだけでは何も出来ないのだから。
「とは言え、出港準備はほぼ終了しているが、この後どうするのだ? アマギリは確か、”とても解りやすい脱出の合図”をするとか言っていたが……」
アウラが不気味な沈黙を始めた空の向こうを眺めながら、困った風に言う。
聖地からの脱出艇として用いる予定のスワンは、既に殆ど出港準備を終えている。
下からあった避難計画に隙が無かった事もあってか、周辺警備の人間達を除いて、残りの人間達は全て乗船していた。
「生徒の乗り入れはほぼ全て終了してるわよ。学院職員と、あと、身元の怪しい人たちも纏めて……」
「なんだ、その身元の怪しい人たちと言うのは?」
「多分、各国の情報機関に所属してる人たちじゃないかなーと」
「流石にあんなに居るとは思わなかったわよ、私。―――バベルの接近当初に暴れる素振りを見せた男性聖機師たちも、拘束して船倉に放り込んであるし、教職員だって、学院長先生が……」
ダグマイアの思想に賛同していた生徒達が、予定に無い事態だったとは言えバベル―――ババルン・メストの勢力が聖地に現れたのを見ておっとり刀で反乱を企てたと言う経緯があったが、それらは全て”身元の怪しい人たち”の暗躍によりすぐさま防がれていた。現在は明らかに何かの薬物を投与されたとしか思えない心神喪失状態で船倉に抑留されている。
「後背を気にする必要も無い―――とすると、やはり後は合図待ちか」
アウラが話を纏めるように簡潔に言った。
「―――メザイア姉さんが見当たらないって、どういう事ですか!?」
「あれ! 殿下の龍機人!?」
落ち着きかけた空気を乱すような叫び声が、テラスとブリッジ、二つに位置で同時に響いた。
遠雷のように鳴り響く、金属同士のうち合わさる響き。弾け合いながら高速で位置を変えていくエナの波動。
「聖機人戦に持ち込んだのか。―――いや、初めからそのつもりだったのか?」
「あの、相手のほうの黒いのってやっぱり……」
ぶつかり合い、次第に聖地上空にまで接近してくる二つの機影。
片や異形の龍。もう片方は、悪魔的装いをした大鎌を持った黒い聖機人。その姿を確認して、剣士が呟く。
「あれ、ひょっとしてドールなんじゃ……」
「知っているのか? ―――いや、知っていて当然か。あの晩の襲撃に参加していた聖機人だな」
四月の頭、スワンが襲撃を受けた翌晩に圧倒的な戦闘力でアウラの聖機人を追い詰めた黒い聖機人。
当時、スワン襲撃グループに参加していた剣士なら、それが何者か知っていてもおかしくなかった。
「そうだよな、ドールはまだ、向こうに居るんだよな……」
何処か苦い顔で剣士は呟く。置き忘れていた大切な荷物の存在に、今更気付かされたようだった。
「あの黒い聖機人と殿下が戦闘中って事は―――ひょっとして、アレにガイアのコアユニットが搭載されてるって事なんでしょうか」
「あの巨大な盾じゃないの―――、どうやら、本当にそうらしいな」
アウラが言った傍から、黒い聖機人が左手に掲げた巨大な盾から、収束されたエナの砲撃が解き放たれる。
聖地上空、バベル直下の位置で解き放たれたその一撃は、龍機人が突き出した右腕から先に広がった光り輝く三枚の力場によって苦も無く弾かれていた。
「女神の、翼か」
「ガイアの攻撃を完璧に弾いている。―――けどあれ、本当に平気なの?」
並みの聖機人であれば確実に沈んでいるであろう砲撃を、龍機人は完璧に防いでいる。頼もしいというよりも、その無茶な光景は不安を掻き立てる。
「解らん、が……此処に居て何か出来ることも無い。今はもう一つの問題の方を片付けないと拙そうだ」
不安げな面持ちを隠そうとしないワウアンリーをそっと促して、アウラはブリッジ内での言い争いに意識を向けた。
「勝つは勝つでしょうけど……心配しても、今更ですか」
止められなかったあたしが悪いと嘆息した後で、ワウアンリーもアウラに続いた。
※ 尺の都合上男性聖機師連中の出番が……。
まぁ、出てきても白いのに狩られるだけだし、良いか。