・Scene 42-5・
「ド、ドール……そして敵聖機人、共に、沈黙しました」
「ガイアの盾、学院教職員塔に落着を確認! 回収急げ!」
「ドール、意識レベル最低値を観測! 通信は……くそっ、封鎖中だよ!」
管制官達の騒然とした声が、幾度もの攻撃を受けて些か機能の低下した感のあるバベル管制室に響く。
当然だろうなと、ユライトは玉座の脇に立ち、静かな表を浮かべたままで黙考していた。
モニターに映る映像は、主君の齎すであろう栄光に引かれてこの”義挙”に参加した全ての将兵の希望を粉々に打ち砕くような光景だったから。
先史文明末期に開発された最強の人造人間ドールと、そして封印からとかれたガイアのコアユニットの組み合わせを以ってすれば、並みの聖機人では太刀打ちする事など不可能な筈だったのだから。
二度の粒子砲を防ぎきった事すら目を疑うような事態だったのだから、ボロボロに打ち砕かれて地面に仰臥する光景は、彼らを恐慌状態に陥れるには充分だった。
―――それにしても、不完全な形とは言え、勝利を収めるとは。
こちらの予定を悉く打ち崩す行動ばかり取るハヴォニワの王子に、内心忌々しく感じていたユライトにとっては、此れは意外な成果を見せられた気分である。
積年積み重なった執念でガイアの打倒に邁進してきたユライトにしてみれば、アマギリの迂闊にしか見えない行動など、何も知らぬダグマイアのそれ以上に愚かなものとしか映らなかった。
ガイアの恐ろしさを全く理解できぬ、中身の無い空虚な自信―――そんなものだと、思っていたのに。
「女神の、翼……」
先史文明の技術に明るいユライトを以ってしても、まるで理解不可能な超常的な力の発露。
ガイアの粒子砲を苦もなく防ぎ、ドールの修羅の如き攻撃を意にも介さず凌いで見せた。
なるほど、あんなものが使えるのであれば、あの調子に乗りすぎた態度にも頷かざるを得ないと、ユライトは再び自身の構想を滅茶苦茶にしてくれた異世界人に対して、恨み心地だった。
―――本当にこの状況から何をどうしろって言うんだ。
ユライトとしてではなく、その半身ともいえる女性―――人造人間ネイザイ・ワンとしての思推として思う。
完全にガイアの人造人間の意志に取り込まれているババルンと違って、ユライトには、ユライト・メストと言うこの時代の青年としての意識と、アストラル体のみとなっている先史文明最後の人造人間の一人であるネイザイ・ワンとの意識を共有している。
ユライトは聖機工だった父の手によって埋め込まれたそのアストラル体の意思に同意し、共犯者としてあらゆる手段を以ってしてもガイアを破壊すると誓い、そしてここまで計画を進めてきていた。
両者の意識は常に意識化では並列して存在し、表に出る側も自在にコントロールが可能なのだ。そして、表に出ているアストラルに引かれて身体は身体構造を作り変え、ユライトのときは男性として、ネイザイの時は女性として存在する事が出来る。
その性別の切り替えを利用しての隠密行動は、ババルン―――ガイアにその正体を悟られる事なく、秘密裏に打倒のための計画を進めることに役に立っていた。
打てる手は打てるだけ打って―――そして、遥か先史文明の時代に別れた姉妹、使命を帯びて異世界へと旅立った最後の人造人間レイア・セカンドが送ってくる筈の救援を待っていた。
レイアと異世界人とのハーフ。最強の力を有した、単独でガイアを打倒しうる能力を持った聖機師の存在を。
当然ことながら、目的を持って人を送り出したのであれば、連絡手段、帰還手段共に確保してあった。
無論のこと、それに加えて連絡を取る手段も。尤もそれに関しては、SOSの信号を”向こう側”に一方的に送るだけの心もとないものだったが。
ガイアの人造人間を、よりによって今代の寄り代に選んだユライトの兄の中に発見し、そしてそれを行った彼ら兄弟の父の残した研究データから、ガイアはあっさりと自身のコアの位置を知り、その封印をとくための活動を開始した。
ならばユライトとしては猶予無く、向こう側への救援要請を発すると共に自身もガイア―――ババルンの傍に近づき、状況の把握と遅滞に勤めなければならなかった。
そして待った。向こう側にいるレイアが送り届けてくれる筈の、最高の援軍を。
それはユライトが望んだ再考のタイミングで現れた。
間違いなくそれだと解る、レイアの面影を宿した少年、柾木剣士。
ユライトは彼―――ネイザイのみが知る、レイア送還のための施設で発見したのだ。
召喚施設の中心で眠り続ける少年を見つけたときから既に、ユライトはその後その少年をどう扱うべきか決めていた。
ガイアの聖機師であるババルンは、父親の残した知識を元に人造人間の制御方法を知り得ている。
ユライト達とほぼ同時期にこの世界に蘇っていた人造人間ドールは、その技術によりババルンの支配下に置かれてしまった。
ユライト自身は、ユライト、ネイザイと言う二重存在を利用した巧妙な立ち回りで、ババルンに人造人間である事実を掴ませていない。
だが、この少年はどうだろうか。今、呼び出されたばかりで全てを説明してしまったら―――迂闊なところの在ったレイアに良く似た少年だったから、ユライトが不安を覚えるのは無理もない。
故に、全て秘密のまま、何も知られぬままに動いてもらう事とした。
知らぬ間に中心に位置し、知らぬ間にやるべき使命を果たしてもらう。
ユライトが彼に望んでいる事は唯一つ―――聖機神ガイアの破壊。
かつて取った手段、つまり時間切れを利用した聖機師のみの打倒ではなく、聖機神ガイアのコアユニットを完全に破壊する事こそが、剣士の使命だ。
最強の能力を有した聖機師である。ガイアを倒すためのその力を、ガイアの手に渡す訳には行かない。
―――秘密裏に、巧妙に立ち回ってガイア打倒まで誘導しなければならない。誰にも悟られぬまま。
そしてユライトは策を弄して、柾木剣士をダグマイアの元に送り、そしてダグマイアを唆してラシャラ・アースを攻撃させ―――いくらかの幸運と、ユライト自身のフォローにも助けられ、剣士を自身の出自すら知らぬ無垢のまま聖地へ、全ての中心へと立たせることに成功した。
各国の王侯貴族、その子弟達の集う学び舎、聖地学院へと。
そこには何れ次代に於いて世界を動かす立場となる姫君たちが全て揃っており―――ラシャラの従者と言う保証された身元の元で、剣士はその姫君たちと交流を深める事が可能だ。
親しく、深い仲へと進んでいけば―――例えば、互いに困った事があったら、協力し合う関係となるだろう。
例えば、世界の危機が訪れたとしても。
後は裏でうまく立ち回って事態の発展を急ぎ、剣士を中心としてガイア打倒のための戦力の集約を完成させるのみだった。表面上はあくまで人間達が自身の意思で大同団結すると言う形を作り、そしてその後詰めとしてユライト―――ネイザイが先史文明からの因縁の全てを終わらせる。
そうする事により人は、英雄の下に統一を果たし、過去から脱却し新たな未来を切り開く―――。
―――その筈なのに、あの、邪魔者が。
剣士のために用意された舞台を、主役登場を待たずに荒らし尽くした。
何処で覚えたのやら、歳に見合わぬ―――と言うか、そもそも本当に見かけ通りの年齢なのかも解らぬ、知識や能力を有する正体不明の異世界人。
アマギリ・ナナダン。
ハヴォニワの女王の気まぐれにより、剣士の登場する数年前に唐突にこのジェミナーの舞台に立った少年。
予定されて送られてきた剣士と違って、本当の意味でイレギュラーの異世界人。
彼の存在により、彼が舞台の中心に座り込んでしまったために、事態は予想外の方向へと進み始める事となった。
アマギリは誰が敵かも解らぬくせに行動力だけは一人前で、その常にふら付いているような落ち着きのなさを発揮して四方八方の行動を無闇矢鱈に妨害しては、薄ら笑いを浮かべている。
当たり前のように存在していた勢力図をボロボロに寸断し、自身の好みで再構築して、誰にも先を読む事を不可能なほどの状況を生み出した。
意味があってやっているのかと彼の行動を注視してみても、どう考えても愉快犯としか思えない。
たまにすれ違った時にユライトに対して鼻で笑うような視線をぶつけてきていたから、恐らく間違いないだろう。
お前が気に入らないからお前のやろうとしていることを妨害してやると、きっと物凄い低レベルな感性で―――忌々しいくらいに高度な情報戦を仕掛けてくる。
どれほど陰険で邪悪な人間に教育を受けたのか、一度アマギリ本人に聞いてみたくなるほど、陰湿で大規模な、それでいて緻密で繊細な情報操作を水面下で繰り広げてくれた。
ハヴォニワの女王フローラですら、あそこまで上手くはやれないだろうと思わせる見事な手腕だった。それを評価しての、聖地内へのハヴォニワ王国情報部本体の移動だったのだろう。あの女王もまた、学生時代から容赦と言う言葉を忘れている所があった。
―――その挙句、混沌とした状況に引っ張られるように、ババルンまでユライトには予想外のタイミングで動き出すのだから、もうたまらない。
内心ユライトは、アマギリを千殺しても有り余るほどに怒りにハラワタが煮えくり返ったりしていた。
剣士―――主役が、英雄が舞台の中央に居ない時に、演目が始まってしまう。剣士どころか、主演となるべき各国の王女達の一人の姿も無い状況は、流石のユライトを以ってしても、額に青筋を浮かべなければやっていられない様な対処不能の状況だった。
聖地占拠。聖機神奪取。ガイア復活。
どれもこれもが、一方的に成功されてしまった。
ユライトは表の立場があるから―――自身が大っぴらに立ち回るのは本当に最後の手段としなければならなかったから、状況が絶望的な方向へ加速していくのを眺めている事しか出来なかった。
とにかく一旦、状況を再設定して自身の手元に手繰り寄せなければならない。
決心は早く、行動は拙速とも言えた。
具体的に言えば、普段なら絶対にやらないような”脅迫”―――しかも有り得ない位程度の低い―――を行ってまで、演者達を舞台の上に強引に引き上げるくらい。
一応、人質扱いの生徒達には兵員は余り策必要が無いと指示しておいたから、その辺りは上手くやってくれると、今となっては信じたい。尤も、もとよりガイア打倒のためならばある程度の犠牲は考慮していたのが、ユライトとネイザイだったが。
兎角、ユライトはアマギリを行動するように強請り―――そして彼は、動いた。
―――再び予想外な行動で。いや、途中までは予想通りだった。局地的に入手した権力を活用しての陽動から襲撃。一応予定通りの行動を取ってくれたのにユライトは内心安堵した。
だが奇襲を仕掛けようにも、バベルは強靭で”普通の手段”では目覚しい効果を与える事は難しい筈。ましてや喫水外の射角が限られた位置取りからの砲撃程度では、両者無駄な損耗が増えるだけだ。
ならば後は、ユライトがリークした情報を元に人質を救出して、一気に離脱―――そして仕切りなおしするしか他は無いだろう。
ついでに大地下に存在している聖機神にもある程度のダメージを与えてくれれば尚良い―――目鼻効くアマギリならば、それもするだろうとの公算があった。
ついでに、作戦実行中にアマギリが不慮の事故にでもあってくれれば―――いや、此れは願望に過ぎる。
ともかく。そうすれば一先ず状況をリセットして、計画の起動を修正することが出来る。当初のユライトの計画に近い物を取り戻せる筈だった。
それなのに、アマギリはその期待を悉く裏切ってくれる。
普通作れても使おうとは思えないような、本来ジェミナーには存在しない大量破壊兵器を情け容赦なくぶっ放しバベルに大打撃を与え、ババルンが本気にならざるを得なくして、ドールとガイアを戦線に引きずり出した。
ドールの聖機人は、予定では今頃には既に行われていたであろう追激戦で、剣士と鍔競り合う程度になる筈だったのに、ガイアを用いての全力射撃である。
砲撃の力は先史文明の時代から全く変わる事の無い凄まじい威力を発揮し、僅か二度の砲撃で完璧にハヴォニワの装甲列車を粉々にしてしまいそうだった。
あそこに剣士が居たら悲惨な事になる―――ユライトがそう考えて肝を冷やしていると、アマギリは更に予想外の行動を見せる。
正体不明の力場―――女神の翼の力を用いて、ガイアの砲撃を防ぎきってしまったのだ。
抗えない滅びとして存在していたガイアの攻撃を、見るからに苦も無く防いでいるその様は、まるで悪い冗談のように思わせられた。
そしてその後の展開も、予想外に過ぎる。
最強の聖機師であるドールに対せるのは剣士だけだった筈なのに、何故かアマギリ当人が前線にしゃしゃり出て来て、しかも勝った。
剣士抜きで、ユライトにとっては最後の希望抜きで、アマギリはかつて先史文明の代にネイザイとドールが二人掛りで勝ち取った成果に近いものを奪い取ってしまった。
もう予定も計画も何もあったものではない。
理不尽な暴力を更に理不尽な力で押しつぶしたようなものだ。
お前、勝てるんだったら初めから勝てるって言っておけよと、勝手な文句を言いたくなるくらい、余りにも理不尽な光景だった。
女神の翼。
今時文明の黎明期に突如として虚空に現れた、正体不明の龍―――を、思わせる、恐らくは宇宙船だろう船影が有していたものと同様の、計測不可能な力場体。原始的な生活水準にまで落ち込んだジェミナーの人々が、天を仰ぎ見てその威容に恐れ戦いた、輝く翼。
ユライト―――当時はまだユライトでは無く別の誰かだったネイザイの視線で見れば、恐らくは異世界の高度文明の技術だと思わせられた。
光の翼を持った龍の影は、暫くジェミナーの空に留まっていた後、何事も無かったかのように空へ帰った。
何を目的で現れたのか。ネイザイには理解が及ばない事態だったが、一先ずは当時の低水準の文明レベルの最中に、余計なトラブルが発生しなかった事に安堵していた。内憂を払ったら外患に止めを刺されたなどと言う事態は笑うに笑えない。
亜法に拠り過ぎた、空へ上がる術を喪失した文明を築いてたジェミナー先史文明でさえ、銀河遍く世界には数多の文明が存在していると言う事は観測されていたから、恐らくはその文明のうちの一つが、何らかの意思を持って崩壊したジェミナーを観察しに来ていたのだろうと、ネイザイは判断した。
その行為が今後どのような影響を及ぼすのか、判断付かぬままに時は過ぎ―――そして再び、それは現れた。
相も変わらず、敵か味方か、目的の判別ができないままで。
「放置、観察だけに止めず、早めに始末しておくべきでしたね……」
※ ワン、セカンド、と来ればドールはやっぱサードとかゼロなんですかね。
親戚同士で当人そっちのけで親権争いしてるみたいになってきたなぁと、書いてて思ったり。
何かシュラ○ドさんみたいになってる……