・Scene 41-6・
「これ、がっ―――ガイアかっ!」
放たれた粒子砲を尤も近い位置で受けた装甲列車の先頭車両、亜法機関が停止して照明の落ちた戦闘指揮所内で、ラシャラが驚愕の呻きをあげながら体を起こした。
膨大なエネルギーの奔流が生み出した衝撃波は、まるでトルネードの直撃を受けたかのように車体を揺らし、結界式は軒並みオーバーフローを起こし、端末や壁に這っていた回線がショートして火花を散らした。モニターを攻勢していた液晶パネルは罅割れ、照明灯は弾け飛び、床も天上も、構成していた鉄板と柱に亀裂、ズレが発生しその凄まじい揺れに殆どの人員が椅子から投げ出されれば―――さながら大災害の後のような悲惨な光景が完成した。
「はっはははは、あのサイズでこの威力か。エネルギーの変換効率が狂いすぎだろ流石に。―――ちょっと楽しくなってきぞ、オイ」
「笑っておる場合か! どうするつもりなんじゃこの危機的状況!」
自棄になったかのように笑いながら体を起こしたアマギリに、ラシャラが焦って問いかける。
焦らざるを得ないだろう、何しろ照明も消えて当然モニターは何も映さず硬い―――硬かったはずの―――外殻に守られたこの戦闘指揮所は、殆ど暗闇に包まれているのだから。予備の非常灯の橙色の灯りが、いっそう状況の悪さを助長させるようで悪戯に焦りを呼び起こす。
「嫌だなぁハニー、そんなに慌てちゃって。―――予備システムの起動急げ! 結界式は全部放棄しろ! 送電システム接続開始!」
ラシャラに戯れ交じりの言葉で応じながら、アマギリはふらふらと起き上がった指揮所スタッフ達を急かせた。
亜法、エナによる動力系が全て死んだのであれば、持ち込んだ―――使い慣れた電装機器に使用を切り替えるのみだった。
命じると共に、自らも床面のパネルを跳ね上げてその内側を走っていた配線を弄り始める。
その顔は、何故か不思議なほど楽しげで、ラシャラは恐れを抱かずに居られなかった。
恐怖に駆られて狂気に落ちたのか、まさか、この男に限って。
「おい、従兄殿―――?」
「だからさ、そんなに慌てなくて平気だって。―――大体、僕の傍に居れば、いっそう危険が増すって事くらい解ってただろう? 」
「それ、は―――」
手作業を止めぬままにあっさりと肩を竦めたアマギリに、ラシャラは絶句してしまった。
「解ってながら、キミは戦後の事を考えて”危険な最前線に居た”って言う箔付けの欲しさにくっついてきたんだ。―――今更ゴチャゴチャ騒ぐべきじゃないね」
見苦しいよと言外に込められた言葉に、ラシャラの頬が紅潮する。
「んぐっ―――いや、しかし……危険はそりゃあ、承知しておったが、同時に、主の近くにおれば絶対安全であるとも考えて負ったのじゃから」
少しくらい、慌てても良いじゃないかと不貞腐れて様な言葉が口をついていた。我ながら言い訳がましいなと思う傍ら、アマギリが少し笑みを浮かべた。
「僕の傍なら、安全か―――さっきは危険から遠ざけるために皆を外に出したって言ってたのに、言ってる事が逆になってるじゃないか」
「お主、これを自分の女達と今生の別れにするつもりがまるで伺えんからな。―――当然、どれほどの危機に陥ろうと再会の算段を整えておるのと違うか?」
「なるほどねぇ」
アマギリはラシャラの推理に一つ頷いた後で、手にしていた日本のケーブルを、一本に結びつけた。
オォン、と微かな重低音の響きに応じて、照明が復帰し、各端末に灯りが戻る。動力の切り替えに成功したらしい―――無論、物理的に回線が切断されている部分も多々あったようで、若干暗くなった照明が照らす指揮所の光景は、正しく満身創痍のそれだった。
それでも一応明かりがついた事もあってか室内に居る人々は一様にほっとしたような顔をして―――それから、生きている端末へ向かい現状の把握を急ぎだす。
その光景を満足そうに眺めた後で、アマギリはゆっくりと立ち上がった。
「ま、七十点って処かな」
傍に立っていたラシャラの頭をポンポンと撫でながら、そんな風に答えた。
「忘れたの? 僕は元々、この作戦はそこで頭打って倒れてるやつと、剣士殿と三人でやるつもりだったって」
指揮官席に腰を落としながら、ラシャラの席の背後の壁際でうつ伏せで倒れ付している少年を指し示しながら、アマギリは言った。
そこでラシャラは漸く、ダグマイア・メストが気を失って倒れていた事に気付いた。
――― 一人だけ椅子に腰掛けずに突っ立っていたから、衝撃によるダメージが一番大きかったのだろう。
「―――随分大人しいと思ったら、気絶しておったのか。……まぁ、良いか。いやしかし、確かに主等男衆だけで片をつけるつもりだったとしても、ここに居る者達の面倒は見てやらねばならなかったじゃろ?」
ならば、一人増えた程度変わらないじゃないか―――そんな風にラシャラが尋ねると、アマギリはとても良い笑顔を浮かべた。室内で作業中のオペレーターたちを示しながら言う。
「ははは、あのねラシャラちゃん。この人たちは皆軍人さんだよ? 戦場で鉛玉を腹にぶち込まれてもがき苦しみのた打ち回りながら死ぬのだって、給料の内じゃないか」
「んぎっ―――」
言われた言葉が余りにも悪趣味に過ぎたため、ラシャラも顔面一杯に苦いものを浮かべる。
つまり、必要だから死なすつもりだったと言っているようなものだったから、当然ともいえる。
「本気で言っておるのか、お主」
「さて、どうかな? ―――でもこういう話もある。王に敗走は許されず、一度戦場に身を置いたならば戦って死すべし、なんてね」
軽い仕草で首を回しながら、ラシャラの問いにアマギリは微笑を浮かべて応じる。
まるで自身の言葉に後ろめたさなど抱いていないかのようなその姿は、何時も通りのアマギリそのもの過ぎて、ラシャラは恐れるよりも先に呆れそうになった。
「殿下。妃殿下とお楽しみの所申し訳ありませんが、敵聖機人に再びエナが収束し始めていると生き残った観測機から情報が得られました」
ラシャラを困らせて楽しんでいたアマギリに、主任オペレーターの女性が、苦笑混じり報告した。
「あ、マジ? ―――って言うか、言うねぇキミも」
絶望的な報告そのものよりも、アマギリはむしろ戯れ事の内容のほうに興味を持った。歳若くも優秀な主任オペレーターは、それに年上としての笑みで応じた。
「どうせもう直ぐ腹に鉛玉をぶち込まれてもがき苦しみのたうち血反吐を吐き臓器を腐り爛れさせながら死ぬ立場ですので、今更不敬を気にする必要もありませんもの。 ―――どうも、エナの収束が先ほどよりも遅いようなのですが」
「ああ、そりゃ大気中のエナが一発目で拡散してるから、集まりが悪いんだな。―――まぁ、いや、失敬。さっきのはフローラ様には是非ご内密に頼むよ?」
後が怖いから、と半ば本気交じりに続けたアマギリに、オペレーターの女性はニコリと微笑んで首をかしげた。
「あら、どうせ此処で死ぬ人間に口封じなんてする必要無いのでは?」
ラシャラは、女性が一瞬自身に視線を送ってきた事に気付いた。どうやら、先ほどはぐらかされた質問に関して助け舟を出してくれているらしい。
楽しげに会話をしているように見えるが、現実問題として状況は危険水準をとうに飛び越えている。
いい加減指揮官がどうするつもりなのかを知る必要があるのが実情だった。
「僕は人からの預かり物を使い潰す気は、無いよ」
アマギリは年上の女性から視線を外しながら、そんな風に言った。
此処に居るスタッフは皆、女王フローラが選りすぐった人材ばかりであるから、当然アマギリとしてはこんな所で死なせてやる訳には行かなかった。
戦場で死ぬのも仕事の内であると延べたのは紛れも無い本音だったが、死ぬとしてもせめて本当の主人の命令で死なせてやらなければ哀れだろうと考えている。
大体、何処の誰とも思えぬような者の思惑に付き合って死ぬ目に合うなど馬鹿馬鹿しい話だと、何よりアマギリ自身が強くそう思っていた。
で、在るならば―――生き残る算段を取らねばならない。
最早防衛システムも沈黙し、外部の様子も半端な液晶が洩れ始めたモニターのノイズ混じりの映像でしか捉える事が出来ないようなこの指揮所の中に居ては、生き延びる事など不可能である。
脱出。
それ以外に道は無かった。
「これでも、此処に集ったものたちは皆、真剣に殿下の臣であるつもりだったのですが」
困った風に笑う主任オペレーターに、アマギリは照れ混じりの口調で返した。作業中だったほかの女性達も皆、一様に頷いていた事に気付いたからだ。
「なら尚更、僕は自分の懐に入れた人間を無駄死にさせるつもりは無いね―――総員脱出用意! 特車管制、逃げる前にカタパルトにありったけのコクーンを乗っけて、カウント五十で自動発射させるようにセットしておけ! 火機管制官は生きてる砲塔に片っ端から弾をばらまかせろ! 観測、必要なデータ全部引っこ抜いて行くの忘れるなよ! 他の者は撤収作業かかれ!」
一息で言い放つアマギリの言葉に、オペレーター達は煤けた顔で元気良く返事をしていく。
ラシャラがその様子を見て、微笑を浮かべた。
「―――お主、結局女には甘いのう」
「美人は好きですから。年上で自立した女性なら尚更、ね。―――ラシャラちゃんも、そこで寝てる馬鹿と一緒にちゃんと逃げなよ? 立場に相応しく、立ったまま雄雄しく死のうなんて今時流行らないからね」
特にコイツそういうの好きそうだし、と倒れ伏せたままのダグマイアを指で示しながら言う。
「―――それ構わんのじゃが……」
アマギリの言葉に頷きつつも、ラシャラは何とか復旧した外部モニターから視線を動かせなかった。
そこには。
何処か暖かな空気に満ちた戦闘指揮所の空気を凍りつけるかのような。
破滅を齎す白い輝きが膨れ上がる様が映し出されていた。
初撃と変わらぬ程の閃光。今にも、二発目の粒子砲が黒い聖機人より放たれようとしている。
「些か判断が遅かったようじゃの……フム。辞世の句くらいは考えておくべきだったかの」
最早空元気で強がるくらいしか方法が無いという気分で、ラシャラは訪れるであろう黒い聖機人の砲撃に備えた。
立場に相応しく、立ったまま雄雄しく―――冗談が本気になってしまったかと苦笑していると、アマギリはそれこそ冗談だと鼻で笑った。
「カッコつけた諦めなんざ、馬鹿馬鹿しいよ。種の割れた手品なんて、今更怖がる必要も無いさ―――ホラ皆、手を止めてないでとっとと撤収準備終わらせろよ!」
流石に戦慄に震えていた室内の空気をまるで無いものとして扱うかのごとく、アマギリは面倒そうに手を振り払いながらオペレーターたちに指示を出した。
「り、了解……、側面装甲排除、脱出車両、電源起動します」
「全カタパルト、コクーン固定完了。タイマーセット、自動発射じゅ、準備よし!」
些か遅くなった手つきだが、優秀な女性オペレーター達は危機的状況にあっても主君の命を実行しようと最善を尽くしてくれた。
だが、それも。
その行動の何割が意味を理解してのものだったのか。
ほぼ全ての人間が、訪れる破滅を前にしての逃避の行動に他ならぬのではないだろうか。
「全車両、退避勧告発令! 最優先指令以外の作業を実行中の職員は直ちに……―――第二射、来ます!!」
通信管制官が、まるで悲鳴の如き叫びをあげる。
椅子が倒され体が持ち上がり、誰も彼もが液晶を零すモニターに向かい震えながら視線を送る。
「―――アマギリっ!!」
ラシャラが振り返り叫ぶ。
破滅を齎す白い光が、再び、モニターを埋め尽くすほどに大きく―――即ち、一直線に装甲列車目掛けて襲い掛かった。
「あれ、ラシャラちゃん」
そして彼は。
「そういえば、キミがその名前で僕を呼んだのって、ひょっとして初めてじゃない?」
ゆっくりと指揮官席から立ち上がる。
そのあまりの優雅な動作に、ラシャラは喉の奥を引き攣らせた。
「そんっ―――」
な事を、言っている場合ではないだろう。
最早モニタを埋め尽くす白い光は、車体を震わす大きな振動となってその存在を彼女達に実感させている。
もう間もなく。
もう間もなく―――消える。
間違いなく訪れるであろう死の予感に、ラシャラの全身が総毛だった。
「でも、少し残念かな」
カツンと、彼は罅割れた床板を踏んで一歩前へと踏み出した。
ラシャラの脇をすり抜けて、涼やかな声を残しながら。
「出来れば一月……いや、後半年くらい早く、その名前で呼んでくれれば嬉しかったんだけど」
振動は今や立つ事すら難しいほどに大きくなっている。
モニターがブラックアウトし、そして、外側から強い圧力を受けたのか、破片を撒き散らしながらひしゃげて飛んだ。
そして、黒く潰れた筈のモニターの向こうに、何故か、輝きが満ちるのを感じる。
「少し、遅かった。……その名前、好きだったけど―――でも」
破滅を齎す光、遂に外殻を破り指揮所にまで到達したそれと向かい合うかのように進み出た彼は、一度だけラシャラに振り返った。
寂しげな笑み。
笑顔と、それから―――。
「僕の名前は、そうじゃないんだ」
それから、光に向かって掲げ、伸ばされた腕と―――やっぱり、寂しげな微笑。
立ち尽くし、真っ向から光と対峙する事となったラシャラの見開いた瞳に映ったものは、それが全てだった。
否。
もう一つ。
ラシャラは見た。
爆裂し、ひしゃげてゆく指揮所の壁も、床も。悲鳴を上げる人々も。
この光の奔流の前には、最早何を成そうとも助かる可能性など零の以下にもありはしない。
それなのに。―――それなのに。
ガイアより放たれた粒子砲のもたらす絶対たる死の気配とは間逆の、生を象徴する意思を持つ光。
花の蕾が、綻ぶ様に。
光り輝く三枚の翼が顕現する様を―――その威容を、ラシャラは見たのだ。
・Scene 41:End・
※ ここに出てきてるオペ子さん達は皆一話辺りに出てきた人たちと同じと言う設定があったり無かったり。
……これだけ台詞あると、名前決めちゃった方が早かったか。