・Scene 41-5・
「快速艇、無事谷底に着艇したようです」
観測機を殊更つぶさに確認していた観測手が、上座に向かって報告した。
「まずは一安心、と言った所かの」
指揮官席の前に立つ主君よりも先に、その傍らに座る王妃―――ではなかった、ただの客人だし、良く考えれば主君は別に居る―――がほうっと吐息と共に呟いた。
「どうかな、ただ単に興味が無いから見逃してくれただけかもしれないし―――尤も、いざとなったら空間歪曲場でも電磁フィールドでも、好きなもの使って良いって伝えておいたから、どのみち無事じゃない訳がないんだけど」
肩を竦めて嘯きながら、現場指揮官、と言うかこの戦争を主導する立場に居るアマギリは指揮官席に腰を落ち着けた。
「何を持ち込んでおるんじゃお主は……」
「備えあれば嬉しいなってね。まぁ向こうは剣士殿に任せて置けば平気さ。―――それよりも」
呻くラシャラに軽く笑って応じた後で、アマギリはモニターの向こう、外部映像に視線を移して目を細めた。
視界を塞ぐために張った煙幕弾がゆっくりと晴れ渡り、対艦ミサイルの連撃によって抉られたバベルの姿が現れる。
「まだ撃ってくるのか―――つか、撃てるんだな。どんだけダメコン優れてるんだ。―――おい、次に砲撃の隙間が出来たら残りのミサイルぶっ放せ!」
「局地戦しかなくなった昨今、あの手の決戦用の巨大要塞は使い道に困る類のモノだったのじゃが……ウム、敵に回すと地味に厄介じゃの」
本体にどれほどのダメージを負おうと、底部、喫水に面している重力制御リングさえ無事ならば、姿勢維持に関して端にも問題が無いというのが、アマギリにとっては忌々しかった。アレだけ中ほどばかりが抉られれば、自重を支えられずに倒壊する筈なのに、それすらも”重力制御”の一言で防がれている。
正直、銀河最先端文明を知る身からしても、無茶が過ぎる光景だった。
「人質さえ居なければ反応弾で吹っ飛ばしてやれるんだけどなぁ……」
聖地ごと、と呟くアマギリの言葉に、ラシャラは頬を引き攣らせるとともに先の自身の思いつきに確信を持った。
「あからさまに大量破壊兵器としか思えぬ兵器等、間違っても持ち込むでないぞ」
「でも放射能汚染も重力変動もエナの中和作用で防げるらしいんだよなぁ。やっぱり戦争といったら一方的な蹂躙戦だと思わない?」
「持、ち、込、む、で、ないぞ?」
どうやら相当判断基準がずれてきているらしいと気付き、ラシャラは念を押すようにきつく言った。
元々、目的のためなら手段を選ばない―――多少の犠牲は仕方ないくらいに考えている節があったが、そのふり幅が酷い事になっている。
そりゃあ、銀河規模で戦争してるような輩からすれば、地上の片隅でせせこましく鉛玉を飛ばしあっている状況などまどろっこしくて仕方ないのだろう。
だからといって、この星で生まれそして恐らく死ぬ事になるラシャラとしては、”壊れたら別の星に移住すれば良いんじゃね?”等という想定不能な尺度で地形を捻じ曲げる行為を行われるなど全く以って御免な話である。
「頼むから、お前の女どもの前でまでそう言う態度は取らんでくれよ……」
庇いきれないからと、溜め息混じりに言うラシャラを、アマギリは鼻で笑い飛ばした。
「こんな刺激の強い話、あんな優しい子達のまでする筈ないだろ?」
「妾の前でも是非控えて欲しいものじゃがの」
「―――あれ? ラシャラちゃんはこういう話題、好きな方だと思ってたけど」
おどけたように返してくるアマギリに、ラシャラも呆れ混じりの笑みで応じる。
「好みであるからといって明け透けに語り合いたいと言うものでも無かろうて。嫌じゃぞ、妾は。実利ばかりを追い求めて、果てに無機質な仮面夫婦なぞ。妾の老後は、孫と財貨に囲まれて平穏に暮らすと決めておるのじゃからの」
「その金巡って孫達が骨肉の争いでも始めそうだけどねぇ」
「では死ぬ前に使いきってしまえば良かろうて。―――我先に枕もとの通帳を毟り取った孫達が、その残高を知り燃え尽きる様を、あの世から笑ってやるわ」
戦闘の途中に何をくだらない話をしているのか、おかしくて仕方が無いという具合にアマギリは笑った。
「笑って死ねるなら良いけど、死んだ後に笑っても―――いや、そもそも僕、死ねるのか……?」
「―――? 従兄殿?」
最後の呟きを聞きとがめて首を捻るラシャラに、アマギリは何でもないと肩を竦めた。
「自分で望んだ事だもの。何を今更、だよね―――」
相当の無理を通すためには相応のリスクを背負う。当たり前だ。
それを理解しながらも、迷う事無く選んだのだから。自身の命が既に自身一人で好きに使える物でもないことだって、ずっと前から承知済みのこと。
だから今は、この余暇の自由を少しでも楽しまないと―――。
最後のミサイルの斉射により更に外殻を破壊され、遂に砲撃が沈黙していたバベルに、変化が訪れたのは、アマギリがそんな場を弁えない黙考に浸っていた時だった。
「て、敵要塞、聖機人を発進させました!」
「おや」
オペレーターの緊張した声に、アマギリは気の抜けた声で応じた。
モニターを見れば、確かにバベルの底部が開放され、恐らく格納庫となっていたのだろう、聖機人がエナの海に飛翔していくのが映し出された。
当然のこと、その聖機人は喫水外の崖の上に陣取る装甲列車に向かって渓谷を飛んでいる。
「―――あれは、黒い聖機人……?」
「黒い……」
モニターを睨んでいたラシャラの呟きに、これまで父親との会話にも満たない邂逅に打ちひしがれていたダグマイアが反応した。
「おや、ダグマイア君復活したのか」
「何が復活だ! ―――私は少しも落ち込んでなど居ない!」
「聞いてないって、そんなの誰も。―――それよりアレ、何か知ってるの?」
茶化すような物言いに激昂するダグマイアに肩を竦めながら、アマギリは眼下を接近してくる黒い聖機人を指し示しながら尋ねる。
ダグマイアは一瞬忌々しげな表情を作った後で、かき集めた気力をそのまま叩きつけるように吐き捨てた。
「ドールだ。あの聖機人の聖機師は」
「どーる?」
聞きなれない単語に眉を顰めるラシャラとは対照的に、アマギリは苦い顔で納得した。
「人造人間か」
牢獄での会話で吐かれた単語を思い出す。
ババルン・メストが発見した先史文明期に製造された人造人間。
人造人間であるが故に、聖機神の操縦資格を持ち―――それ故、ババルンはガイア発掘を計画したのだとダグマイアは理解していた。
現実はババルン自身が人造人間と言う一種理解の外を行く展開だったのだが、それでも人造人間であるというのは脅威だ。
由来が何であれ人造人間である、と言うだけで優秀な聖機師であることが間違いないから、それが操る聖機人も強力なものになるであろう事は想像に難くない。
実際、四月の初めの晩に、アウラに助力するために剣戟を交わした際に、アマギリは当時は人造人間が操っていたとは知らなかった黒い聖機人の戦闘能力の一端を垣間見ていた。
殴りあうには、中々厄介な相手だったから、アマギリの判断は素早かった。
「対聖機人戦闘用意。電磁投射砲撃ち方初め」
「了解、全電磁投射砲起動。照準を黒い聖機人に固定。迎撃開始します」
情け容赦一切なく、反則ギリギリの手段で一方的に叩きのめす。
後部車両の一部の砲塔が引き込み、変わりに細い銃身をリング状に並べて固定した、ジェミナーでは見られない形状の―――ようするに、機関砲の銃身がせり出した。
そしてすぐさまその砲口は飛来する黒い聖機人へと向けられ、電磁誘導により加速された弾丸が高速で射出される。
火線と言うよりは最早光線に等しい軌跡を描きながら、凄まじい勢いで叩き込まれる。
「……容赦も何もあったもんでもないのぅ」
「そんな余裕無いしね。もうちょっとバベルが近ければ、コイツを直接叩き込んでやれたんだけど」
また変なもの持ち出しやがってと呆れるラシャラに、アマギリは平然と応じた。微妙に開き直りの心境に近かったが。
「この馬鹿と阿呆を丸めて煮詰めたような光景を見ていると、聖機師の理想なんてものが馬鹿らしく思えてくるな……」
流石のダグマイアを以ってしても一歩引きたくなるような惨い光景だったらしい。自身聖機師であるからこそ、あれほどの砲弾を叩き込まれれば聖機人は確実にミンチになると想像できてしまったからかもしれない。
「あまり、こやつの尺度を真に受けるものでもないと思うが……」
「酷いなぁ、一応僕も聖機師なのに」
作り笑いで抜け抜けと言い放つアマギリに、ラシャラは額に手をやって嘆息した。
「ならばもう少し聖機師らしい対応をせぬか。一方的にも程が―――む?」
「―――何?」
「……へぇ」
途切れる事のない弾幕が一斉に黒い聖機人に叩き込まれる。
元々運動性も高くしなやかな柔軟性を有した聖機人の装甲であるが、その分単純な衝撃には脆い部分がある。
それ故に、ワウアンリーが独自に開発した”カヤク”を用いた原始的な銃火器であっても、直撃すれば聖機人にとっては大ダメージである。
ならば、二世代三世代は超越した機関砲の銃弾の雨を叩き込まれれば聖機人がどうなるかなど、想像するまでもないだろう。
しかし。今まさに弾雨に晒されている黒い聖機人は。
「―――馬鹿な、無傷じゃと」
黒い聖機人。禍々しい、鋭角的な装甲を張り合わせた凶暴な意匠。右手に持つ大鎌と、―――そして、何より。
「あの盾で全て防ぎきっているのか―――?」
ラシャラについで、ダグマイアの驚愕の呟きが洩れる。
黒い聖機人は、その左手に持った身の丈ほどもある巨大な黒い盾を掲げて、弾丸の雨を退けていた。
「いやいやいや、それ以前にアレだけ撃ちこまれてるのに平然と前進してるってどうなんだよ。防御力場張ってるわけでもないだろうに、衝撃とかどうなってんだ?」
半ば遊びで作った武装による攻撃を防がれた事実にはあまり驚いていなかったが、別の意味で冗談染みた光景にアマギリも半笑いを浮かべるしかなかった。
「あの盾、なに?」
「―――不明です。膨大なエナを内包している……と言うか、コレは」
単刀直入に尋ねるアマギリに、観測手が疑念混じりの言葉で応じた。見てもらったほうが早いかと、アマギリの指揮官席の端末に観測情報を転送する。
アマギリはそれを見て眦を寄せた。
「―――盾自体が、高密度に圧縮され、物質化したエナそのものか」
「何だそれは? エナを内包した物質ではなく……エナそのものだと?」
理解に苦しむといった体で、ダグマイアが口を挟む。
「いや、圧縮された粒子が固体として固定化されるのは解るが―――あのサイズじゃぞ? 一体、どれほどのエナを圧縮すれば……」
「そりゃ、決まってるじゃないか」
ラシャラの言葉に、アマギリは何てこともないように応じた。
「先史文明の高度技術を、丸ごと賄えるような量、だろ?」
「な、に?」
何を今更、と言う顔で語るアマギリの言葉に、ラシャラは目を丸くした。その背後に立っていたダグマイアは、ラシャラより一瞬早くアマギリの言葉の意味を理解した。
「そう、か。”ガイアはエナを喰う”と言っていたな―――つまり、アレが」
口の中に溜まった唾を嚥下しながら、ダグマイアは緊張に眦を寄せてモニターに映る黒い聖機人を見やった。
正確には、その聖機人が持つ、何処か生物的なシルエットをした巨大な盾を、だが。
「あれが、ガイアのコアユニットか!」
叫ぶラシャラに呼応して―――まるで今更気付いたのかと彼女等を嘲笑うかのように、黒い聖機人は弾雨を退けていた盾―――ガイアのコアユニットを、装甲列車に向けて押し出すような仕草をした。
「―――む」
何を思ったのか、アマギリが立ち上がる。
「アマギリ?」
ラシャラの問いかけも、応じる事をせずにモニターの向こう、渓谷の狭間を一直線に装甲列車に向けて飛翔する黒い聖機人を睨む。
掲げ、突き出されたガイアのコアユニット、その黒い局面装甲が、中央から走る厚みを持った分割ラインにそって構成するパーツごとに変形していく。
中央部分から花開く―――そんな甘い言葉で済ませられそうにない、それは、猛獣が獲物に喰らいつく為に大口を開けている様を思い起こさせた。
「空間歪曲場、電磁障壁、電位強化装甲! 最大出力で全部起こせ!!」
総毛立つ恐ろしい予感に逆らわぬまま、アマギリは叫んだ。
念のため。
それ以上の意味を持たずに用意しておいた、このジェミナーでは絶対の防壁となるであろう防御システムの起動を次々と命じる。
「り、了解―――! 特秘防衛システム、起動!!」
防衛管制官がアマギリの焦りに従うままにシステムの起動手順を実行し、それについで、観測手が叫ぶ。
「て、敵聖機人の持つ”盾”に向かって、ば、莫大なエナが収束していきます―――これはっ!」
最早報告を聞くまでもない。モニターに映し出された黒い聖機人の掲げる盾に、集約するエナの燐光が満ちるのが解る。
突き出されたそれが、何を意味するのか。
秘匿されていた反応炉に火が灯り、本来喫水外では発揮できない莫大なエネルギーで以って、装甲列車は高密度の重力子による結界、電磁力場、そして特殊金属装甲による三層の絶対防壁を確立する。
本来ありえぬ超技術、それと相対するのは、先史文明の遺産。
モニターに映る黒い聖機人は、自身が持つ盾が放つ輝きにより、白く塗りつぶされ観測する事すら不可能。
此処まで、僅か数瞬に見たぬ間と言うのに、それを見ている者達に戦慄を走らせない事は在りえなかった。
白光に包まれ観測する事は不可能だったが、黒い聖機人の動作は酷く女性的で、そして丁寧なものだった。
そっと、恭しく、捧げるように盾を前へと。
前へと。
一瞬の静寂―――そして。
そして、齎されたものは圧倒的な破壊。
視認し得る全てを消し尽くさんばかりの、圧倒的な閃光の波濤。
この世界、在り得ざる粒子の存在により文明を成すジェミナーでなければ発揮する事は不可能であろう絶大な威力を秘めた極太の粒子砲が―――崖の上で防御を張る、アマギリたちの装甲列車に向けて、炸裂した。
展開された歪曲場は一瞬も堰き止めることすら適わず、電磁障壁は容易く貫通を許し、戦闘艦の外殻にも使用される強化装甲は鉄板に押し付けられたバターのようにドロドロに焼け爛れた。
しかし、”それだけ”の被害で済んだのは、防御システムがそれでも凌ぎきれたから―――ではなく、崖下からの砲撃と言う難しい射角の設定に黒い聖機人が失敗したが故だ。
ガイアのコアユニットから放たれたエナの圧縮粒子砲は、装甲列車の外殻を溶かしながら、僅かに天上に逸れていた。
だが、被害が甚大である事実は揺るがない。
莫大なエナの奔流が過ぎ去った余波は、装甲列車の主機関―――メインシステムである亜法結界炉、そして電子回路に等しい役割を持つ結界式の全てにオーバーフローを引き起こし、戦闘車両としての機能を喪失させた。
後付の反応炉は所詮は主機関の補助システムに過ぎず、生み出すはずのエネルギーも通すべき回路が破壊されていれば何の役にも立たない。
加えて、装甲列車の外部装甲を焼き溶かした粒子砲は、当然その射角を遮っていた崖を、線路を隠す森を破壊しつくした。
粉砕された岩壁は土砂崩れを起こし、森の木々は鉋屑が如く折れた幹を空に舞い上げ車体を叩き、飛散粒子を浴びた鉄道は焼け爛れて、列車を通すというその意味を消失した。
線路の断線は即ち装甲列車へのエナの送信の不可能を意味し、例え内部の結界式が復旧したとしても、動力を失った装甲列車には最早それを動かす術は無くなった。
たった一度の、それも射角を誤った砲撃だけで、ハヴォニワ王国が有する装甲列車は機能停止に追い込まれたのだ。
※ オリ主チート VS 公式チート
余裕で公式チートが勝つとか、ホンマ梶島ワールドは恐ろしいところだぜヨ……