・Scene 41-3・
「本来、バベルの運用利点と言うものは、船体の九割九分を喫水外へと排出していると言う、その特異な形状にある」
幾つかの断続的な振動音。統制され、一定の間隔に沿って響くその振動を乱すように、不定期に何か硬いものを撃ちつけられたかのような忌諱したい揺れが襲い掛かる。
「亜法振動の対策も兼ねて幾重にも装甲を張り巡らせた、重力制御リングのある強固な底面部には並みの砲撃では傷つける事適わず、本体―――屹立した塔の部分は、喫水外にあるが故に、攻撃手段は限られる」
縦揺れ、明滅するモニター。そして、天井の梁から人の手では落とせない塵が舞い落ちてくる。
「砲撃で崩すのが難しいのであれば―――やはり、弱点である底部の重力制御リングを直接攻撃により狙うのが選択肢として正しいのだろうが、しかして全方位死角無しのバベルの砲門群を掻い潜り底部重力制御リングまで到達する事は難しい」
「第十一番砲等沈黙! 外縁第三回路、予備に切り替えました!」
「後部動力車に損傷! 運行速度96%に低下しました!」
「敵要塞、再び砲撃正面を変更、―――破壊した砲門の一部が修復されています!!」
「―――まさしく、シトレイユの誇る難攻不落の要塞と言うわけじゃな。尤も、本来であればバベルの前に艦隊と聖機人を押し立ててこその絶対防衛線の構築となるのじゃから、バベル単独で正面激突と言うのはいかにも片手落ちなのじゃが……」
「―――オッサン、真面目に戦争する気が無いんだろ? あんな陽動にあっさり引っかかってくれるんだから」
指揮官席の肘掛にゆったりと体重を預けていたアマギリは、今正に正面から火線を定めあっている空中要塞バベルの説明を語っていたラシャラに、彼女の背後にいたダグマイアのほうを身ながら返事をした。
案の定と言うべきか、ダグマイアは憎憎しげに眉を顰めた。
「私は知らんぞ」
「―――知ってるよ」
肩を竦め視線を外部映像を映す正面モニターに戻すアマギリの耳に、歯軋りをするダグマイアと、ラシャラの微苦笑する音が伝わった。
「それにしても、叔母上肝いりの装甲列車も中々やるの。線路の上を走りながらこの威力の砲撃を―――しかも、喫水外で行えるとは」
「射撃の反動はあらかた重力制御リングで打ち消してるからね。亜法の反則ぶりも、実際便利は便利だよ。明らかにエネルギー保存の法則に反してる」
ラシャラの賞賛の言葉にアマギリは嘆息する。
普通―――彼の、つまり銀河文明に於ける標準的な―――方法を用いて同様の事を行おうと思えば、それ相応のエネルギーが必要になってくる。しかしこのジェミナーのエナを用いた亜法結界式を応用する事により、かかるエネルギーの大半をカットできるのだから、まともな気分ではやってられなかった。
「じゃなきゃ、あんな小型の反応炉なんか簡単に作れる訳無いもんなぁ……。軽巡クラスの出力を戦車に搭載可能とかチートにも程があるだろ」
所詮は極地的な環境で無いと使えない技術と言うのは理解できるのだが、こんな技術にならされてしまえばまともな文明の発達など当然阻害されるだろうとも思う。
いやむしろ、文明の発達を阻害したくなる人の気持ちが、実際アマギリにはよく理解できていた。
ちょっと知識のある異世界人がほんの少し”ハメ”を外しただけでこの様なんだから、世界規模で制限無しの技術開発を促進なんてしようものなら、それこそ先史文明の二の舞だろう。
必死こいて―――人質なんてものまで利用してその芽を阻止しようとする気持ちは、大変よく理解できる。
「理解できるからって、認められない事もあるって訳なんだけど……」
「この期に及んで侮蔑するか」
皮肉気な響きを伴ったアマギリの呟きに、ダグマイアが苦い口調で応じていた。
独り言のつもりだったのだが、ダグマイアには自分が言われたものだと感じたらしい。
面倒くさい男だなと、アマギリは苦笑交じりに思いつつも、取り合おうとはしなかった。
その代わりと言う訳ではないが、戦局図を確認しながらゆっくりと指揮官席から立ち上がる。そして一歩進み出て、階下に見える忙しなく戦闘指示を出しているオペレーターたちに尋ねる。
「そろそろか?」
「―――はい、間もなくアンカー射程圏内に入ります」
アマギリの質問に一瞬遅れて、主任オペレーターが返答した。その言葉に、アマギリは満足そうに頷いた後で、背後に振り返って笑みらしきものを形作った。無論、それを受け取った少年はそれが悪魔のような形相に見えたのは当然である。
「―――それじゃあ、感動の親子のご対面と行こうか」
「敵装甲列車、沈黙していた貨物車両のうち一機が開口しました!」
シトレイユが誇る空中要塞バベルの中央戦闘指揮所。そこに座する栄誉を得ていた管制官の一人が、緊張した面持ちで背後の―――円筒形の室内の中央、ひな壇のように競りあがった玉座に座る偉大なる彼等の盟主に進言する。
厳つい面持ちを歪んだ笑みに変えて、威厳たっぷりに至高の玉座に腰掛けたまま戦況をうかがっていたババルン・メストは、その管制官の言葉に唇の端を吊り上げた。
「ほう」
面白そうな声。吐息とさして変わらないようなその呟きだけで、戦闘指揮所に集った人員たちの間には心地よい緊張が走った。
この指揮所に集う、この要塞に搭乗する、この戦闘に参加する、この決起に参加する全ての人員は、玉座に納まった一人の男の事を等しく崇拝していた。
彼こそが至尊たる玉座に納まるに相応しい。
その一心でもって、彼らはこの決起に賛同したのだから。世がこの行為を悪と成そうとも、この行いこそが世界をよき方向へ導くと、この男こそが世界を栄光へと導くのだと、そう固く信じていた。
男の反応一挙手一投足こそが、それを得られることこそが彼らにとって歓喜に等しい。
―――尤も、何事にも例外はある。
「ただの撃ちあいだけで済むとは思いませんでしたが。いかがなさいますか、兄上」
戦に舞い上がる指揮所の中に、まるで冷静そのままの涼やかな声が響く。玉座のその傍らに立つ、包囲姿の男の声だ。
その声だけは、盟主に対する尊崇の念が殆ど感じられぬ不遜のものだったが、しかし盟主を奉る管制官達の間には、何故か怒りの一つも沸いていなかった。
ユライト・メスト。
盟主ババルンの弟であり、彼だけは唯一、この計画の賛同者ではなく”同盟者”なのである。
唯一盟主と並び立つ事が許された、盟主のただ一人の盟友。それ故に、ユライトのみはババルンと対等に位置することを許され―――許している。
「喫水外での撃ち合いもいい加減飽いてきた。―――まずは、あの王子の手並みは意見と行こうではないか」
主上の意向を図ろうなどと不遜に過ぎる物言いに、しかしババルンもまた、笑んだまま応じるのみだった。
「王子、ですか? あれはハヴォニワの女王座乗車両でしょう?」
で、あるならば今撃ちあっている相手は、ハヴォニワ女王フローラ・ナナダンではないのか。ユライトは穏やかな顔で兄に問いかける。定型文をそのまま読んでるかのようなその物言いは、無論のことではあるが本人自身も一片たりとも本気ではない。
「フローラ女王がハヴォニワ王宮で”掃除”に手間を割かれている事は既に報告を受けている。―――それを見越した上で、あの王子にフリーハンドを与えた事もな。内規の引き締めに忙しいあの女王に、外征を行う余裕などあるまい」
「ハヴォニワは元々小領の貴族達が集って作られた都市国家群の集合体。一つ火種を投げ入れれば、一気に燃え広がるとは解っていましたが―――あの王子の排除に失敗したのは、些か手抜かりだったかもしれませんね」
首を横に振り、形ばかりの悔恨の念を示してみせる弟に、ババルンは呵呵と豪快な笑いを浮かべる。
「良い。異世界の龍などと、残しておいても後の禍根になるだけだ。目前に出てきてくれたほうが潰すに困らぬ。―――ドールを出せるようにしておけ」
「……使うので?」
何を、とは出さぬままに、ユライトは目を細めて兄の様子を伺う。
「あの趣味の悪い鉄の塊も、的にするには丁度よかろう」
探るような弟の視線を意にも介さず、兄は豪気な態度で答えた。鉄の塊とは、モニターに映る装甲列車の事だろう。
一片たりとも視線を合わせようとしない兄弟のやり取りのさなかにおいても、戦闘は続く。
装甲列車の後尾に連結されていた貨物車を思わせる箱型車両の側面が開口し、内側から砲等ともとはまた違った意匠の物体が競りあがってくる。
円形のドラムを横に備えた、斜めに延びる細長い杭打ち機のような構造物。
それが、バベルの方へと尖った先端を向けてきた。その様子を観測していたもの達にとって、次に起こる現象は想像する必要も無かった。
「発砲―――いや、コレは―――いえ、発砲してきました!」
火花を撒き散らしながら打ち出された杭は、発射台の横に備わっていたドラムロールの中に押し込められていたらしいワイヤーと繋がっており、それを伸ばしながらバベルの壁面へと突き刺さった。
外部隔壁を打ち破り、その様子を確認する事は不可能だったが―――内部では杭の先端が変形し、内部から亜法式の端末が露出している。それが、バベルの多重装甲の隙間に張り巡らされていた亜法式に接続し、ワイヤーを通して繋がったバベルと装甲列車との間に有線通信を作り上げた。
一瞬、指揮所の照明、及び全てのシステムが完全に沈黙し、管制官達の間に戦慄が走る。
それもつかの間、灯りは非常灯に切り替わる事もなく元の照明へと復帰し、管制システムも不備無く再起動を果たした。そもそも、砲撃システムは全く問題なく動作していた。
しかし一つだけ異常が発生した。
誰の目にも解る事。壁面の大型モニターの一つに、見知らぬ―――この指揮所に似た構造をした空間が映し出されていた。
二階層をぶち抜いた構造となっている戦闘指揮所。その上階中央に座するのは、一人の少年の姿。
「これはこれは……」
その姿を視界に納め、ババルンは楽しげに笑った。
モニターの向こうでも、それと同様の笑みが浮かんでいる事に、指揮所に集う全ての人間は気付いた。ババルンの威厳を前にして、有り得ざるべき不遜の態度。
『宰相”陛下”、御機嫌よう』
「丁寧なご挨拶痛み入るな、アマギリ”陛下”」
何時ぞやの冗談の都築のようなやり取りから、まずは始まった。
「代王就任の件、まずはおめでとうと申し上げよう」
『いえいえ、こちらこそ、貴方のクーデターのご成功に祝辞をのべねばならないでしょう』
「心にもない事を」
肩を竦めて戯言を並べるアマギリに、ババルンも楽しそうに応じる。今尚放火を交えている両軍のトップが、心底楽しそうに冗談の応酬を続けている光景は、両方の戦闘指揮所に集った人員たちにしてみれば肝が冷える気分だろう。
『本心ですよ。―――でも酷いなぁ、誘ってくれれば、私も協力できたのですが』
『ちょ、オイ、従兄殿!?』
アマギリの軽妙な口調に、彼の座る玉座の隣に―――まるで、王妃の座るための席のように隣に並べられた椅子に座っていた少女が、泡を食って突っ込んだ。アマギリはそれを肩を竦めるだけで応じる。
『ははは、男は幾つになっても革命ごっことか好きだからさ。―――ですよね、ババルン卿』
「そうだな。愚者は生まれた時から愚者であり、死ぬまでそれは変わらぬ」
『自省の言葉と言うのは、何処で誰から聞かされても耳につまされますね』
「言ってくれる」
『……おぬし等、実は本当に仲が良いのか?』
そこで突っ込みを入れるべき状況でもないだろうに、余りにもリズム良く会話を重ねるババルンとアマギリの態度に我慢ならなかったラシャラが、ついに口を挟んでしまった。
ババルンが鼻を鳴らして笑った。
「おや、ラシャラ女王。そちらにいらしたのですか」
てっきり聖地で身動きが取れないのかと思っていたと笑うババルンに、ラシャラは忌々しそうに眉根を寄せた。
『お陰さまでな。―――妾が居らぬ間に随分と好き勝手やってくれるではないか、宰相よ』
「陛下が居らぬ間も常に国家繁栄のために尽くすのが私の仕事です故」
恭しく―――しかし玉座に腰掛けたまま、ババルンは映像の向こうのラシャラに頭を下げて見せた。
『抜け抜けと…・・・、国家繁栄じゃと? 貴様がやろうとしていることは、ただの』
『新国家の建設、ですよね?』
破壊じゃないかと続けようとしたラシャラの言葉を、アマギリが遮った。
『従―――!?』
腰を浮かせて批難の視線を向けてくるラシャラを、アマギリは一睨みで沈黙させる。
余計な事を言うんじゃないと、その目がはっきりと告げていた。
余計な事を言って何も知らない人間の目を覚まさせてやる必要は無い。
知らなかったから、俺は悪くは無いんだと―――あそこで消えていく命の殆どが、きっとそう言う事だろう。
だが、彼らには知る機会があったのだ。それを知ろうともせず、誰かの言葉に踊らされ、自ら考える事を放棄して―――しかしその結末だけは受け入れられないなど、今更―――そんな、恥知らずな事。
苛烈なる気性の持ち主である樹雷の鬼姫の薫陶を、アマギリは常に心のうちにとどめていたから。
出来れば自国民の目を覚まさせてやりたいと思うラシャラと、初めから殲滅すべき敵だと認識しているアマギリとの思惑の違いだろう。
そして、この場の優先権はアマギリにあった事は、ラシャラも良く理解していたから、それ以上何も言う事が出来なかった。
滅びに向かって突き進む兵隊達に哀れみを覚えるが、それを止める力も無い。
ただお情けでこの場に居るだけで、状況に介入する力はラシャラには無いのだ。
シトレイユの問題は、既に彼女の手を離れ始めている。蚊帳の外。自国なのに―――もう、自国ではないのだと、ラシャラははっきりと理解した。元々独立心の強い少女だったから、一度納得すれば割り切るのも早い物である。
『連綿と続くシトレイユの歴史を、愚かな宰相を任命した事により終わらせたと言うのは―――父王も晩節を汚したの。最早是非もなし。妾はハヴォニワの庇護の下で”シトレイユ公国”なる権利無き国家で余生穏やかに過させてもらうわ。―――宰相よ、貴様等の菩提を弔いながらの』
『未来の嫁さんもこう言ってくれてる事ですし―――愚者の夢路も此処で終いにさせてもらいますよ、宰相”閣下”』
気勢の入ったラシャラの言葉に、アマギリも便乗して言葉を重ねた。
宣戦布告。
最早総力戦に突入しつつある戦局において、それは遅すぎる宣戦布告に他ならなかった。
ババルン・メスト。己が―――真実、己のみのための野望に滾るその男は、厳とした態度でそれに受けて立った。
「ならば我等は後顧の憂い無く進ませてもらおう。立ち塞がるあらゆる要素を排除して。―――それでよろしいかな、王子”殿下”」
『ええ、勿論。これが閣下の最後のご奉公になるのですから、精々派手な花火を打ち上げる事ですな』
笑みを向け合い―――にらみ合う。
一回り以上も歳の離れた、この物語の主演達。対立者達の会話は終わった。
舞台の端に追いやられた姫君ですら、自ら進んで舞台から降りた。
後は行動で以って語るのみ。これ以上の会話は無粋。
『―――……父上』
それゆえ、尚も言葉を重ねようとするのは、壇上で自分の立ち居地すら忘れてしまった哀れな愚者のみだろう。
ハヴォニワ側、装甲列車の指揮所の、ラシャラの席の背後に立っていた少年が、憔悴しきった顔で言葉を漏らしていた。
ダグマイア・メスト。
この戦いが新たな時代を切り開くための戦いであったのならば、本来若き先鋒として舞台の中心に立つ筈だった少年である。
だが今は、会話の応酬に合って一言も口を挟む余地も無いほどに、脇に追いやられていた存在だった。
「―――ほう?」
ババルン・メストはこの時初めてその少年の姿を視界に納めたかのように、片眉を上げた。
「暫く見ないと思っていたが、随分と変わったところに居るではないか」
驚きを一片も含んでいない、感嘆にも似た吐息混じりの言葉を、ババルンは少年へと放った。
ダグマイアは、父の視線を受けて怯んだように後ずさった。
『父上、私は―――っ』
私は、何だ。
言おうとした本人にあとの言葉を見つけることは出来ず、そして、請うようなその響きをババルンは歯牙にもかけなかった。
どちらかと言えば彼の興味は、ダグマイアの言葉が始まってから口を閉ざしているアマギリの方にあった。
なにやら肘掛を一定リズムで叩いている。
何をするつもりなのか。ババルンの手元にある端末に表示されるデータから、その一端は見えた。
後部車両の一部に開口の気配。
父と子の対話と言う情感たっぷりの空気を意に介さず、戦局を有利に進めようとするその態度には感心する。
「器が違うという事か。―――まぁ良い、元々はスペアになるかと思って試し程度で作ったに過ぎん。その資格も満たせず、ましてやこの状況ならば最早スペアを用いる事も無かろう。精々好きにせよ」
どうでも良い話だ。
ババルンはそれで、息子であったはずの少年から、完全に興味をなくした。
『父う―――』
ババルンが腕を一振りしただけで、管制官の一人が強制的にい通信を遮断した。
映像が沈黙し、モニターは外部映像を映し出す。装甲列車の後部の車両の一つから、砲台のようなものがせりあがってきた。
砲台の上には、先の尖った円柱のようなものが乗っかっている。今度は、ワイヤーは付いていない。
見覚えの無い、しかしあからさまに”兵器”であると主張するシルエット。
ジェミナーで戦争に用いられる相手と向かい合い打ち合わせるための”武器”とは違う、まごう事無く、相手を一方的に殲滅するためのみに存在する”兵器”。
「異世界の龍……手段を選ばぬと言う訳か」
「我々の認識する異世界人よりも更に隔絶した文明の住人らしいですから。何をしてくるか想像もつきません」
通信が繋がっている間は黙って脇に控えていたユライトが、ババルンの呟きにそう応じた。
「何をしてきたところで驚く必要も無い」
ババルンは暗い響きの篭った弟の言葉を一笑に付したまま、立ち上がり宣言した。
「ガイアは既に目覚め、聖機神は大深度地下にて修復は続いている。―――今更何をやろうとも、最早悪足掻きにしかならぬ。翼をもいで蛇の如く地にのた打ち回らせてやれ」
了解。了解。了解と―――まるで歓声の如く次々と返答の言葉が響く。
唯一絶対たる主の言葉を受けた指揮所は、熱狂に包まれて突き進む。
破滅へと。
―――その熱気の中。
ただ一人、感情を凍結していた少女が居た。
少女は戦場の興奮に包まれる指揮所の端で、一人暗い瞳で立ち尽くしていた。
居るだけで、居場所が無かったから。
―――たった、今までは。
今は違う。暗い瞳の中、彼女は自身がやるべき事を明確に理解していた。
何故なら、唯一絶対たる主の存在を、彼女は遂に確認する事が出来たから。
主ではない男の思惑で使われるのは忌々しいが、それが主のためになるのであれば泥など平気で啜れてしまうのがその少女のありようだった。
それ故に。
少女は、人知れず指揮所から姿を消した。
※ ババルンさんは昨今と言うかこの21世紀には珍しい古典的な悪役像を持ってらっしゃるので、スケール感を出すのが大変。
一人で70年代の空気だよね、作品自体は90年代チックだけど。