・Sceane 6-1・
雪の降り積もる早朝の庭園。そこが、彼女との出会いの場となった。
偶然の出会い、と言うわけも無いだろう。黙って待っていれば必然として訪れた出会いだったろうから。
その日、自室と食堂をつなぐ回廊を歩いていたアマギリは、屋根を支える石柱の向こうに見える庭園の雪景色に目を奪われる事となった。
落ち葉と枯れ木の上に降り積もる山野の雪景色とは違った、人工的に象られた庭園と、自然の赴くまま不規則に降り注ぐ雪の調和が織り成す美に、心惹かれるものがあったのだ。
底冷えするような寒さゆえに、目覚めが早かったから、朝食まではまだいくばくかの時間があった。
だからアマギリは、傘代わりに雪避けの役割を果たすの小型の亜法風防結界式を展開して、庭園へと、踏み出した。
それから、少しの時間を雪の降り注ぐ光景を眺めるためだけに費やし。
アマギリはいつの間にか背後に存在していたその気配に気づいた。
「ユキネ・メアです」
雪色の髪をもつ女性が、彼に、そんな風に自らを紹介した。
雪音。
何故だかそんな解釈が頭に浮かんでしまい、そのまんまだなぁとアマギリは微笑んでしまう。その名の如き美しい旋律のような美貌―――などと、場末の宿場に登場する詩人のような文句を考えてしまった。
早い話が、好みのタイプの美人だったから、アマギリは自身の思いつきの行動がもたらした幸運に感謝していたのかもしれない。
「アマギリ・ナナダンです。―――此処に着てから二ヶ月過ぎてますけど、初対面ですよね?」
だから彼は、殊更―――普段とは違い、意識的に―――優雅な仕草で一礼した後微笑んで、女性に尋ねるのだった。
短絡的な男の見栄を丸出しにしてしまっているアマギリの態度の意味を知ってか知らずか、ユキネはすっと整った立ち姿を崩すことなく、頷いて見せる事で彼の言葉を肯定した。
「学院から、帰ってきて―――きました、から。今日……冬休みで」
その後、どうにもまとまりの無いか細い口調で、ユキネはポツリポツリと言葉を継ぎ足した。
目の前に居る少年が何者であるか正確に理解しているらしい、一応敬語だった。
「えー……っと。通っていたg区員が冬の長期休暇になったから、帰郷してきたって解釈であってますか?」
雪に埋もれた巣穴から顔をのぞかせるコロみたいだなと思いつつ、アマギリはユキネの言葉を噛み砕いて見せた。
ユキネ自身にも言葉足らずであるという自覚が合ったらしい。細い目を見開いて瞬きした後、満足げに頷いた。
「……凄い」
よく解ったね、と言外に継げているのだろうなとアマギリは理解しつつ、この女性がどのような性格かを理解し始めていた。
「マリア様―――あー……いえ。妹には良く、先読みが行き過ぎて気分が悪いと言われてしまいますがね」
王城内に居るから、侍従たちも何も言ってこないから大丈夫だろうと思いつつも、女性がどんな立場かわからなかったので、アマギリはあえてマリアの事を姫ではなく妹として訂正した。
「平気」
ユキネはアマギリの言葉に、ポツリと一言呟くだけだった。その後、何が? と言う風に目を瞬かせるアマギリに気づいて、言葉を付け足す。
「……知ってる。貴方の事」
「知っていると言うと……どの辺りまで?」
いろいろと問題があるので曖昧な言い回ししか出来なかったが、ユキネにはそれで通じたらしい。
「自称底辺者」
簡潔に、一言でそう返してきた。
アマギリはアマギリで、自身認める部分のある先読みの過ぎる思考で、ユキネの言葉を解釈した。
「女王陛下か姫殿下辺りから、報告が上がっていましたか?」
問われてユキネは頷いて、ポケットに入っていた通信結晶を開いて見せた。
「マリア様が。……お話してくれてる」
通信結晶を用いればエナの喫水以下であれば、かなりの距離を隔てていようとも双方向リアルタイム映像を介して無線通信が可能だった。
しかも、お話して”くれた”、ではなく”くれる”と言う言い回しなのだから、おそらく定期的に連絡を取っているのだろうとアマギリは解釈する。
王女と直接、定期的に会話を出来るような立場の人間と言う事は、軍や政府でそれなりの地位についているか、王家に近い位置で働いている人間と言う事か。
立ち居振る舞いは洗練されていて、体幹のゆがみもまったく無いと言う事は、文官と言うよりは武官に見える。
女性武官、ただし、まだ学生。
「……因みに、どちらの学校に通ってらっしゃるんですか?」
アマギリとしては自身の正体を知っている人間に対してまで敬語を使わずに話す理由が無かったから、殊更丁寧な口調でユキネに問うた。
表向きの事情しか理解していない人と話すときは、口調は丁寧のままでもそれなりに王子様らしく”上に居る”態度を作らなければいけなかったから、結構疲れるところがあったのかもしれない。
そんなアマギリの思いに気づいているはずも無いだろうが、下から持ち上げるような丁寧な言葉遣いも、ユキネは気にする風でもなく、マイペースに一言で返すだけだった。
「聖地学院」
聖地学院。
女神との洗礼が行われると言う聖地。即ち古代文明の遺跡の上に築かれたと言う、聖機師を養成するための学院園。
そこに通う事が出来るのは、上流階級の一握りの者たちと、聖機師の適性を持つ候補者たちのみだ。
「ユキネさんはつまり、聖機師ってことで良いんですか?」
アマギリの問いに、ユキネは頷いた。
「……正式な資格を得るのは、来年の新学期」
つまりは、まだ見習いと言う扱いらしい。ただ、候補生に選ばれて聖地で学ぶ事が出来たからとて、正式な聖機師として大成できるとも限らないから、資格を得られると既に言い切っているユキネは結構なエリートなのではないかとアマギリは思った。
そもそも王城内に入り込めるのだから。いや、マリアと個人的な通信が取れると言う事は、専属の聖機師となることが内定しているのかもしれない。
「エリートさんですね」
アマギリは理解したとばかりに頷いた。素直に感心しているアマギリに、ユキネが逆に首をかしげた。
「……貴方は?」
「僕?」
「……聖機師と聞いている」
ユキネは澄んだ瞳でアマギリに尋ねた。アマギリは短い言葉をつなぎ合わせて解釈する。
「つまり、僕も聖地学院に通わないのか、と言う事ですか?」
アマギリの言葉に、ユキネはコクリと頷いている。
「そう言われても……」
考えても見なかったというのが正直なところである。確かに、十台半ばの王侯貴族であれば、どこぞのパブリックスクールにでも入学して、同世代の者たちとともに勉学に励む場面だろう。
王城に来てから二ヶ月。専属でつけられた家庭教師たちの指導にも、特に無理なく―――理由は自分でも、今もって不明だが―――付いていく事が出来たし、アマギリは自身の立場上積極的に表に出て行く必要性を感じていなかった。
「でもそっか。聖機師、ね。全ての聖機師は、教会の情報に登録されているから……」
逆に言えば、聖機師として正式に認知されるためには教会の審査を受けなければいけないのだ。そのためには、当然教会がそれと認定する学校―――即ち、聖地学院に通う必要がある。
「僕も通う必要がありますかね、聖地学院」
「……?」
答えを求めぬアマギリの言葉に、ユキネも判断が付かないと首を傾げるだけだった。
「その件も含めて、お母様から話があるそうですわよ?」
降り積もる雪を散らすような強い意思を込めた言葉が、二人の間に割り込んだ。
はっとアマギリが視線を移すと、彼の妹姫が、寒そうに肌をさすりながら、頬を引きつらせていた。
「マリア様。……お久しぶりです」
「ええ、お久しぶりねユキネ。壮健そうで何よりだわ。……昼ごろの便で到着と聞いていたけど、随分早いわね」
「雪が積もって船が飛ばなくなると困るから、早いのに乗って……」
臣下の礼を見せるユキネに、マリアは満足そうに微笑んで答える。
臣下にして腹心の友との久しぶりの再会にひとまず満足した後、マリアはゆっくりとアマギリをねめつけた。
「何時まで経っても朝餉の場に姿を現さないと思ったら、こんなところで人の近侍を口説いているとは。すっかり王城の暮らしに馴染みましたね、お兄様?」
それはそれは恐ろしいもので、しかし半ば事実であるから反論も出来ぬまま、アマギリは食堂までの道すがら、マリアにたっぷりと絞られるのだった。
ユキネは背後に控えたまま、そんな兄妹のふれあいを、顔に出さぬまま微笑ましげに見ていた。
※ ユキネさんがエロかったとか以上に、閣僚っぽいおっさん達が原作にも出てたのが一番笑った。
やっぱスケール感を出すには、ああいうモブの人って必要だよね。
と、言う訳で。別に謀った訳ではないけどユキネさん登場回。
しっかし、10話で結界工房に着くと思ったら、次回か……。
残り三話。テレビで言えばまだ六話も残ってるし、締め切れるか?