・Scene 40-4・
「―――何故」
「最後に作られた三体の人造人間は、暴走を避けるために徹底的な心理制御を施されていたんです」
苛ついたように先を促したダグマイアに、答えを授けたのはワウアンリーだった。結界工房のナウア・フランから事情を聞くに至り覚えた当然の疑問を、彼女もまた抱いて、そして尋ねていたのだ。
そのときに返って来た言葉を、今伝える。
「そもそも先史文明の崩壊は人造人間の命令誤認から端を発しています。倒すべき対象、破壊すべき存在を取り違えて、世界そのものを破壊してしまう―――それを阻止するために完成させた人造人間たちは、暴走する事を許されなかった」
それ故に、厳密に精神調律は施され、倒すべき敵、守るべき事項は厳選され、遵守するように徹底的に仕込まれた。
「ガイア打倒のために人造人間を開発した先史文明の聖機工達は、何よりもその人造人間たちが暴走するのを恐れ―――暴走により、自身等が害されることを恐れて、まず真っ先に最優先命令として組み込んだんです」
そこでワウアンリーは一端言葉を切った。
そこから先、口に出すべき言葉の意味を、自分でも受け止めかねているが故に。
それでも、言わねば何も始まらぬと思い、一つ息を吐き、諦念交じりに先を続ける。
「”聖機工を傷つけてはいけない”。自分達―――聖機工には、絶対に攻撃してはならないと言う命令を」
「それはまた、何とも……?」
ラシャラは唖然として大口を開けて固まってしまった。
「と言うか、どうやって聖機工と一般人を区別するのだ?」
「アストラルの内包する知識領域の拡張具合とかじゃないの、どうせ」
アウラの当然の疑問に、アマギリが面倒くさそうに応じた。
たまにアマギリたちの会話の中に出て来る”アストラル”と言う単語が今ひとつ理解できかねていたアウラだったが、ワウアンリーに視線を送ってみても肯定の頷きが返ってくるのみだった。
「ようするに、文系と理系の人間とでは頭の使い方が違う、みたいなものか?」
「大体そんな感じ。ヒトをゼロから作る事が出来るんだから、当然アストラルに関しても先史文明人は明るかったんだろうし、それを測定する事によって人物を区別する事も可能だったんじゃないかな。自分達聖機工のアストラルの統計から、これだと思われる波長を抽出して、それを有している人間には攻撃してはいけないって命令を組み込んだんだと思う」
「解ったような解らんような。―――ようするに、他の誰よりも真っ先に自分達だけは必ず助かるシステムを組み込んだと言う訳だな」
関連付けが面倒そうだけどと続けるアマギリに、アウラは理解の及ぶ範囲で無理やり自分を納得させた後で、難しい顔で唸った。
いや、当時の聖機工たちの気持ちは理解できる。
当時の状況も在るのだろう。この期に及んで自身が作ったものに自身が殺されるのは勘弁ならないという気持ちは、大変良く理解できる。
理解は出来る―――が。
今のこの状況で仇となった。
ババルンは聖機工。家業として引き継いだそれは、覆しようの無い事実である。
「保身が世界を滅ぼす……と言うところか?」
アウラも微妙な顔でそう呟いた。
そもそも当時の状況からして、”後”にばかり気を回していられる状況ではなかった筈だから、そういう命令を組み込んでしまう事も考えられる。
まさかガイアの人造人間が、聖機師でもないただの聖機工を器として選ぶなどとは想像もしなかったのだろう。
だからこそ安易な保身を考えてしまった。
―――その結果、ユライトは命令により縛られて、ババルンを傷つけられない。
そして自殺でもして別の誰かに乗り移ろうにも―――ユライト自身とて、聖機工なのである。
自信を傷つけるような真似は、不可能。
「器の拠り代を自由に選べないのか、ひょっとして……」
会話の流れの中で思いついた疑問をポツリと呟くアマギリに、ワウアンリーが頷いた。
「殿下がご想像の程には、教会のシステムは完璧ではないんです。伝承は幾度なりと失われて、ユライト先生―――ああ、”今は”ユライト先生である人造人間も、長い教会の歴史の中で幾度もその姿を消しています。むしろ、登場していなかった時期の方が多いんです。元々人造人間には、人間を上位者として、命令に服従しなければならないと言う命令が刻み込まれていますから、行動の自由を狭める事になるその命令を回避するために、人造人間は自らの正体を濫りに明かせません。それ故に、拠り代が限界を迎えそうになったとしても、表立って次の拠り代を選ぶわけにも行かず―――だって、人にばれたら最悪服従を強制される事もありますから」
「―――なるほどねぇ。動けず、物言わぬ器である期間も増えるか。そして器のままでは目も見えず口も利けない。……偶然誰かに、拾われでもしない限り」
「近代に於いて、そのような奇矯な事を考える人物はそれこそ聖機工くらいじゃろうな―――ハッ。笑わせてくれるわ。それでは聖機工かその縁者が拠り代になるより他無いではないか」
呆れを含んだ笑いと共に、ラシャラはそう吐き捨てた。
「ババルンも聖機工、ユライトも聖機工。その父親も、その前も、当然。―――聖機工、先史文明に明るい技術者ってのは、得てしてそれ相応の地位についている可能性も高いから、ユライトのほうの人造人間にとってはそういう意味では都合が良かった部分はあるんだろうな。自分の目的を果たすためにも。でもそれが相手にとっても同じ、と言う事に思考が及んで居なかった辺りは―――」
「―――馬鹿らしいとしか、言えんな」
ダグマイアが、吐き捨てるように言い切った。アマギリも、大きく息を吐いて同意を示す。
「ダグマイア君と気が合う日が来るなんて、思わなかったね」
「それは私の台詞だな。―――と言うか、貴様まさか、そんな事情を本人から聞かされてそれを丸ごと信じているのか?」
「そんな訳無いじゃない」
馬鹿にするようなダグマイアの視線に、その質問を更に馬鹿にしたような口調でアマギリは応じる。
「……と、言いますと?」
聖機工としての師であるナウア・フランからの言葉だったため、ユライトにまつわるそれが真実だと理解していたワウアンリーは、アマギリの物言いに首をかしげた。
「”ワタシに逆らったらどうなるか解らないよ?”って思わせて、こっちの思考能力を狭める罠かも知れないなぁってね」
つまり、嘘をついているんじゃないか、とアマギリは言っているのだ。リチアがその言葉に慌てる。
「ちょっと待ってよ、それが本当だとしたらこんなに準備不足で急くような行動取る必要ないじゃない!」
聖地に残してきた友であり従者でもあるラピスを中心として、聖地学院の生徒達の事が心配で思考が硬化しかかっていたリチアは、動かない訳には行かないと考えていた。
それ故に憎憎しげにユライトを睨みつけていたアマギリに縋るような事をしてしまった。
どうか、どうかラピス達を助けて欲しいと。
その行動の危険を知りながらも、頼まずにはいられなかった―――そして、頼んだのであれば必ず聞き届けてくれるのだと、知ってしまっていた。
リチアが頼めば、アマギリは断らない―――例え、その真実に何が有るかを理解していても。
「ああ、リチアさんが責任感じるようなもんじゃないよ。―――って、言い方も問題あるか」
愕然とした表情から気分を読み取ったのだろう、アマギリが優しく宥めるように言った。
「……と言うと? と言うか、実際どう言う事なんだ。学院の生徒達は危険なのか、それとも安全なのか」
「危険です」
「―――まぁ、現実ババルンが聖地を占領してる訳じゃしの。危険は危険か」
アウラの疑問に一言で即答したアマギリ。ラシャラもそりゃそうだろうと頷く。
「それだけじゃなくてさ」
しかしアマギリは、更に嫌そうに続けた。
「ガイアの性質を考えるに、本当に危険なんだよ、聖地に居る連中は」
「ガイアの性質―――、破壊か」
ダグマイアが眉根を寄せて反応する。アマギリも苦虫を噛み潰した顔で首肯する。
「ガイアの性質は破壊。”全ての破壊”だ。そして今の聖地には全てが揃っている。ガイアの本体。ガイアの聖機師。―――そして、失われたガイアの体の代わりとなる体」
「体? ガイアは破壊不能だった核ともいうべき部分だけを残され解体されたと言っていたな。―――まさか、聖機人で代用可能なのか?」
「いいや、現代の聖機人ではガイアの本体が保有する膨大なエナに耐え切れないで崩壊してしまう筈だ」
動かすくらいは出来るかもしれないが、完全な力の行使は不可能だろうとアウラの質問にアマギリは答えた。
「と言うと……」
他に代替品があるのかとアウラが頭を悩ませたところで、ラシャラがポツリとつぶやいた。
「―――鉄屑、じゃな」
頭部も、コアも、片足すら失われている、しかし先史文明に製造された聖機神に違いないそれ。
「皮肉な話だよね。かつてガイアを滅ぼした聖機神が、今度はガイア自身となるんだからさ」
「あの聖機神、そういう曰くがあったのじゃな」
「いままでの話を総合すると、いずれは修復し剣士にでも使わせるつもりだったかもしれんな」
「ガイアが聖地……鉄屑の聖機神もまた、聖地。確か他にも聖機神用の亜法結界炉も発掘されたと聞いたことがある。聖地とは先史文明において決戦場となった場所とでも言うのか?」
ダグマイアの述べる推察に、アマギリは肩を竦めて応じた。
「流石にそこまではって感じだけど、まぁ、あの断崖絶壁の隔離された空間ってのはいかにも何かありましたって感じはするよね。―――とにかく、そんな訳であそこにはガイアが再起動するのに必要な全ての要素が揃っている。そして再起動を始めたなら―――やる事は、一つしかない」
「破壊。―――まずは、聖地から。聖地に居る人間から」
暗い表情で口元を押さえて、リチアが呟く。
避け様の無い現実を突きつけられ、絶望感が一気に背筋を駆け上がる。
準備の時間が足りなかったが故の、見切り発車の救出作戦。
失敗したらやり直し―――不可能。
「お客様の安全は私どもが完璧に保障いたします―――なんて言ってられる状況じゃないって事はこれで解ったろ? 死にたくなけりゃ、自分たちで脚の確保くらいはやって貰わないと、ホント、どうしようもないんだわ」
アマギリが疲れたように椅子に体を預けて、投げ出すように言い放った。
「ユライト・メストが言うには、ガイア本体の封印は既に解かれているらしい。そして、鉄屑の聖機神は現在ガイアの体となるべく聖地の施設を用いて各部を修復中。こちらに関しても、遅くとも二~三日の間……聖地占拠からこれまでの経過時間を考えれば、実質もう二日無いんだろうな。終了する。そしたらゲームオーバーだ。―――その前に、最低でも聖地に居る全ての人間の……いや、そうじゃなくても良い。皆が助けたいと思っている個人だけでも良いから、救出したい」
「最悪、親しい人間以外は見捨てろ、と?」
疲れた老人のような口調で告げるアマギリに、問い質すような視線でアウラが聞く。その意味を察して、リチアが肩を震わせた。
アマギリは瞼を閉じて椅子に体を預けた体勢のまま―――少しの間を置いた後で、誰にとも無く呟いた。
「僕が助けたいと思っている人間は、ここに居る皆と、王宮へ戻った家族達だけだな」
だからどうしたと、そんな事を言うつもりは無かったし、今の行動を止めるつもりもアマギリには無かった。
そして言葉を聞いた誰もがそれを理解していたから、何かを言う事は無かった。
室内を沈黙が満たす。
皆がこの、踊らされているような状況を受け入れるために、必要な間だったかもしれない。
「剣士殿はさ」
沈黙を破ったのもまた、アマギリだった。
唐突に、名指しで剣士の名を告げる。
「はい」
突然の事にも慌てる事無く、剣士は澄んだ眼で応じた。
瞼を閉じたままのアマギリの口元が、緩む。
「剣士殿は、誰を助けたい?」
その質問に意味があるのか。ある種、残酷な問いかけではないか。問われた少年に視線を集めた少女達は皆そう思った。
しかし少年は、怯えも恐れの一つも抱かずに、胸に抱くあるがままの自信の気持ちを口にするのだった。
「皆です」
一言、それだけ。
気負いの無い、純粋な言葉だった。
その一言に込められた意味に気付けない人間は居なかった。
それ故にその重た過ぎる言葉に、誰しもが言葉を失った。唖然とした、と言っても良い。
アマギリだけが満足げに頷きながら、瞼を開き、応じた。
「じゃあ、頑張ろうか」
「はいっ!」
※ 何ともこう、受動的なキャラを能動的に動かすのは大変だなぁと思ったり。
剣士君の真っ直ぐ揺るがなさ具合は実に助かると感じる今日この頃。