・Scene 40-2・
「それは―――いや、有効ではあるが。危険では?」
眦を寄せて問いかけるアウラに、アマギリは轟然と頷いた。
「そりゃ、危険さ。でも、別に僕等は無理して彼らを助ける理由は何処にもないんだ。脱出の機会は用意してあげるんだから、脱出方法くらいは自力で奪い返してもらいたいなと僕は思う」
「その苦々しい顔。全然自分の言ってる事が納得できませんって感じですよ殿下」
「そりゃそうじゃろ。このフェミニストが近しい人間を危険に巻き込むのをよしとする筈が無いわ」
「……近しい?」
「あ、ラピスが居ますもんね」
首を捻るアウラの横で、剣士が解ったとばかりに元気に言った。
「別に、ラピスさんだけ特別って訳じゃないさ」
「その言い方だと、誰かをむやみに危険に巻き込みたくないってのは認めてるようなもんですよ」
「五月蝿いよ従者」
不貞腐れた態度になったアマギリを見て、アウラが笑った。
「なるほどな。その前提条件で言えば、我等すらも危険な行動に付き合わせたく無い、と言う事になるか。―――朝からむやみに機嫌が悪いのは、それが理由か」
「何を今更って感じなんですけどねー」
好き勝手に言い出す女子たちに、アマギリは頬を赤くして怒鳴った。
「ああもう、だから剣士殿以外はお呼びじゃなかったんだよ、ホント!」
因みに本当に、剣士にだけ声を掛けていたのだが、何故か起きて―――しかも負の時間も越えていた―――アウラに気付かれ、更に押し問答の間にラシャラにも出発を悟られ、リチアは何時の間にか傍におり、ワウアンリーは列車の準備をしていて、気付いたら全員参加となっていた。
「……と言うか、剣士は良いのか、危険な目に合っても」
「いやさ、僕や剣士殿にとっては、この程度の危険は実家に帰れば日常茶飯事だし」
「いえ……流石にウチも、軍隊が立て篭もりなんて事態は日常的には起こりませんが―――あ、でも何度か警察が襲撃に来た事があるかなぁ。昔はもっと多かったて姉ちゃん達は言ってましたけど」
故に問題ない、とあっさりと言い切ったアマギリに、剣士が冷や汗混じりに呟く。アウラは日常的ではなければテロが起こるのかとか警察が襲撃とかおかしくないか、等と突っ込みたい気分だったが、恐ろしい話になりそうだったので控える事にした。
「と言うか、剣士殿を連れて来いってのが演出か直々のご命令だったもんでね。―――正直、気に入らないんだよ。あの人多分、剣士殿を連れて行かないと学院の生徒殺すとかやりそうでさ」
「―――なに?」
続くアマギリの言葉は、何処までも露悪的で、少しの間場を満たしていた戯れ混じりの空気をかき消すようなものだった。
「学院の生徒を……」
殺す。
そう言った。視線で問い正してみても、アマギリの冷めた表情は揺るがない。
アマギリの隣に居たリチアは、歯を食いしばったように何かを堪えているかのようだった。
「なるほどな。そういう可能性もあるか」
ダグマイアは混乱する少女達を他所に、一人納得して頷いていた。
ラシャラはそんなダグマイアをチラリと見やった後で、アマギリを問い質した。
「さしあたって一つ目。―――演出家とは誰じゃ?」
「ユライト・メスト」
即答が得られた。頷いて続ける。
「二つ目。―――昨日からの会話でガイア打倒のためのロードマップを敷いたものが居る事は理解できた。そしてそれがユライト・メストであると言う言葉にも納得しよう。しかし何故、ユライトが学院生徒を殺す? そういう話になる」
「余裕が無くなったから」
「―――具体的に」
再び即答したアマギリに、ラシャラは質問を更に重ねる。
アマギリは瞠目して何度か口を小さく開け閉めした後で―――息を吐いた。
「結局、全部説明した方が早いか。―――だから、説明の要らない人だけでやりたかったんだよなぁ」
面倒くさそうに言うアマギリに、アウラが微妙な顔で突っ込む。
「お前それ、剣士相手には特に説明する気が無かったと言う事にならないか?」
「さて?」
肩を竦めて薄く笑うだけで、答えは返さなかった。しょうがないなコイツはと言う気分でアウラは嘆息した後で、剣士のほうを見た。話題に上がったと言うのに、透き通る湖水の如く落ち着いた表情。
全ての状況を在るがまま受け止めて、そして確かに、そんな彼なら行動に疑問を覚える事はないのだろうなとアウラも思わざるを得なかった。
頼まれれば、必要とされれば剣士は動く。そこにそれ以外の言葉は要らないだろう。
―――そうすると。どうでも良い事にアウラは気付いた。
当初予定ではアマギリと剣士、そしてダグマイアの三名のみで事を実行するつもりだった事になる。
ある意味成功イメージしか浮かばないが、しかし成功した場合何故か酷い未来が待っているように思えて、アウラには耐えられそうになかった。
「アウラさん? 面倒だから一回しか説明する気無いから出来れば集中して欲しいんだけど」
思考を要らない方向に飛ばしていると、いつの間にかアマギリが自身を見ていた事にアウラは気付いた。
すまなかったと一言頷いて、話を聞く体制を取る。
時間も、人手も、何もかもが足りなかったから、情報くらいは頭に叩き込んでおきたかった。
そして、語られた内容は大雑把に言い切るとしても、真実味に欠ける内容だった。
語って聞かせる人間がアマギリだった事が尚信憑性を薄れさす。
隣でリチアが真面目な顔で俯いていた事実も、それを助長させた。
「人造人間、人造人間、そして今度もまた、人造人間か……。何でもかんでもその言葉をつければ解決するもんでも無かろう」
ラシャラが額を押さえて呻くように言った。
「それ、本人達にも言ってやれよ。馬鹿も休み休みってな」
「何より馬鹿らしいのは、そういう人造人間に踊らされ振り回されて居る我等人間だろうな」
投げやりに手を払って応じるアマギリに、アウラも苦い顔で頷いた。その後で気分を切り替えて口を開く。
「少し整理するか」
ここ二日以内で新たに入ってきた情報が多すぎて、正直理解がオーバーフローしかかっていた。
そもそも考えるのはアマギリたちのような人間の仕事で、自身は彼等の考えを信頼して与えられた役割を最大限力を果たせば良いとアウラは考えていた。短くない付き合いの間に出来上がった信頼関係によるものだ。
だが状況が状況で在るが故に、そうも言っていられない。
何しろ頭脳担当であるアマギリやリチアですら状況を完全に把握しかねているのだから、些か心細くはあっても、知恵はあって無いよりはマシだろう。
それ故にアウラは自身に出来る思考方向―――つまり、アマギリのような飛躍に飛躍を重ねるような大胆な答えの導き方ではない、地道で着実な聞き入れた情報を纏め、と言うやり方を行う事にした。
「人造人間とは先史文明において作られた聖機神を動かすための生命。彼等の生命の有り方は、自身の精神……アストラル、と言うのか? そう言った物を小さな器に封じ込める事によって存在している。そしてそれを―――本来なら空っぽのヒトガタに封入する事により文字通りの人造人間、となるのだが―――その器と言うものは、人造のヒトガタだけではなく我等普通の人類にすら移植する事が可能である、と」
そして現代―――現在において、その器を移植された人間は二名。
シトレイユ皇国宰相ババルン・メスト。そしてその弟である聖地学院教師ユライト・メスト。
「器に封じ込められた精神は、器を移植された人間の精神を凌駕し―――支配する事が可能。そしてババルン、ユライト共に現在はその人造人間としての意思でもって行動している―――ここまでは良いか?」
ゆっくりと整理するように情報を並べていくアウラに、アマギリは頷いた。
お先をどうぞと、手で示してくる。
「ババルンを支配した器は、元々聖機神ガイアの聖機師のものだ。それ故にババルンはガイア復活を目指す。―――何故か。それが目的で生み出されたからだ。人造人間と言うものは明確な目的を与えられて製造される、しかしその命令の解釈は酷く不完全で―――先史文明が聖機神によって滅んだのはそれが原因とも言える。先史文明を滅ぼした聖機神ガイアの目的は破壊。本来ならば敵の聖機神を破壊、程度の当然のものだったのだろうが―――現実はこの有様だ。ガイアは目的に従って全てを滅ぼそうとした」
「じゃが、当然そんなものを誰しもが望む筈も無い」
アウラが言葉を切ったのに合わせて、ラシャラが口を開いた。言葉を引き継ぐつもりらしい。
「聖機神ガイアの暴走を止めるために、先史文明人達は三体の聖機神とそれを操る人造人間を製造。―――結果、相打ち同然と言えどもガイアを活動停止まで追い込む事に成功した。尚、その戦闘に参加したのは製造された人造人間のうち二名。残りの一名はいざと言う時の可能性を残すためも考えて、異世界へと転位。異世界人との交配による高い能力を有する聖機師を誕生させると言う使命を負わされ―――そしてこうして、その混血児は現れた」
隣に座っていた剣士に視線を送りながら、アウラは一気にそこまで語った。
「で、まぁ問題はここからな訳だね」
ある程度の前提条件が出揃った所で、アマギリが口を開いた。
「そもそも、ガイアと言う聖機神は何が脅威なのか」
※ 消化試合にならないためにも少しガイアさんのスペックアップを図ってみようと思う。
原作だと高笑いしてたくらいしか印象が無いしねぇ……。