・Scene 40-1・
「作戦は簡単だ。三方向から陽動をかけている間に、工作部隊を内部へ潜入させ、人質の救出。ついでに聖機神の破壊。そして、脱出。―――以上」
何か質問は、とアマギリは聖地付近の地形図を広げた会議机の周りに集った一堂に尋ねた。
装甲列車はその間も進み続ける。半日と経たずに、聖地付近―――地形図に書かれたエリアに突入するだろう。
「……まずもって、この列車はこのまま聖地まで進めても平気なのか? 途中で線路が破壊されているのではあるまいな」
何かどころか、質問は溢れて止まなかったが、当面の問題だろうと言う事で、まずはラシャラがそんな疑問で口火を切った。因みに何故か、相変わらず一番上座についていた。
「線路は聖地の東南面―――ハヴォニワとシュリフォンの勢力圏を走っているからね。そも、線路がひかれてる場所が喫水外で攻め辛いし、シトレイユ側からの侵攻となると線路を潰そうと思ったらどうしても国境、関所を守護するシュリフォンかハヴォニワの軍勢と相対する事になる。線路に異常が出たらハヴォニワ国内のコントロールセンターに異常が伝わるようになってるけど、今の所そういう情報は入ってないから、多分平気だよ」
「多分、と言われると不安が残るのう」
「正確な情報伝達を不可能にして行動を躊躇わせるってのも、敵さんの狙いでもあるからね。―――仕方ないだろ、行き当たりばったりならざるをえないんだよ、もう。大体僕の趣味から言えば、こんな前か後ろへしか動けない鉄の棺おけなんかに使いたいとすら思えないよ」
「それをここで言いますか、殿下……」
本音をぶっちゃけたアマギリに、ワウアンリーが冷や汗を垂らす。アウラも苦笑していた。
「フローラ女王肝いりの聖地連結鉄道も、お前にかかれば棺おけ扱いか」
「あの人、こういうゲテモノ好きだからねぇ。むやみやたらと前線に出たがるし。まぁ、周囲の安全が確保されている平時の輸送用に便利なのは確かさ。―――でも、敵陣にコレで乗り込むってのは正直好みじゃないよ」
「―――でも、やるしかないのよね」
「そういうこと。コイツ以外の方法で聖地へ行こうとすれば、シトレイユ側の北の関所から侵攻したババルンの艦隊と正面からぶつからなければならないから。南のシュリフォン側の関所は、内側から封鎖、占領を果たしたババルン軍と、外のシュリフォン軍とがにらみ合いだし、北側なんてそもそもこの状況でシトレイユ国内に踏み込めるわけが無い。これ以外聖地へ近づく手段が無いんだよねー。三国の中じゃ、ハヴォニワ一番弱っちいから。何しろ、国内に聖地への関所無いし」
顔をこわばらせたリチアに、アマギリはあえて軽い口調で事実を伝えた。
真実アマギリの言葉どおり、ハヴォニワから空路で聖地へと侵入する場合は、北のシトレイユ側の関所か、南のシュリフォン側の関所を潜らなければならない。
その状況の解決への一環として作られたのが、このハヴォニワ国内――― 一部、シュリフォン領へと踏み込んでいるが―――のみで聖地へと連結を果たした、聖地連結鉄道である。
「シュリフォンは、軍を動かしていないのか?」
「通信がまだ閉ざされている関係もあるし、情報が錯綜しているんだろう。そもそもシュリフォンって国は外に対して興味が薄い国家だから、事情が飲み込めるまでは率先して踏み込もうって言う気が起きないんじゃないか?」
「―――それを言われるとな」
アウラは困った風に笑ってアマギリの言葉に頷いた。
天然の要塞となる深い森の中に存在するシュリフォンは、森を生活圏とするダークエルフの種族的性質上、他国へ対する領土的野心も薄い。積極的な攻勢用の軍を常備していないと言う事情もあった。
「なるほどのう。この棺おけを使わねばならぬ事情は理解した。―――が、しかしこの喫水外の森の中から、どうやって断崖絶壁の彼方に見える聖地へと人を送り込むのじゃ? 駅―――ロープウェイも封鎖されてるんじゃろ?」
鉄道終着点から聖地へは、通常崖の間を通されたロープウェイか、もしくは輸送船を用いて物資の運搬を行う。
「っていうか、ロープ切られてそうですけどね。―――せっかく寄付やらODAやらばら撒いて、漸く通したばかりなんだけどなぁ」
「ああ、そういえば、我がシュリフォンとも相当駆け引きがあったとか聞いたな」
「秘匿技術に関する何枚かのカードを切らされましたからね。―――亜法技術庁長官が泣いてましたよ」
「……因みに何の技術を渡したんですか」
技術屋の従者に尋ねられて、アマギリはあっさりと答えた。
「機工人」
「うそ!?」
「いや、事実だ。父王もそのように仰っていた」
「そう、アウラさんの言うとおりホント。と言っても第一世代の、動力も亜法結界炉仕様のヤツだから」
聖地内の森において縦横無尽に剣士を追い掛け回した事からも解るとおり、機工人は足場の安定しない難所に於ける作業用機械として非常に優れていると言う評価だった。それゆえの森の国シュリフォンへの技術譲渡である。
「それでもあたしに一言くらいあっても……」
「スポンサーってのは偉いんだよ。設計者なんかよりずっとね。―――ついでに、僕がゼロから図面引きなおしてるから、もう別物だし」
「開発者より技術持ってるとか、嫌な金持ちだなぁ、この人」
「王子様クビになったら実業家でもやろうかと思ってたからな」
そういえば何時ぞや、工房で図面を引いていたなと思い出しながらげんなりとするワウアンリーを、アマギリは適当にあしらう。
「―――それで結局、どうやって聖地へ兵を送り込むんだ?」
その様子を黙ってみていたダグマイアが、呆れたように口を挟んだ。
会議机の一角、隅の方に座って一応は会議に参加する形だったから、発言する事は問題ではないし、発言自体もまともだった。
だからこそ浮いているとも言うが。
急にテンションの下がる一同の中で、アマギリも同様に、何処か決まり悪げに息を吐いた後で、あえてダグマイアの方を見ないようにして応じた。
「後部車両に電磁カタパルトを用意してある。動力に機工人の核融合炉を使用した強力なヤツをな―――それでコクーンを一機搭載可能な快速艇を聖地へと向けて射出する。射出後、弾道起動でエナの海の中に入れば、そのまま飛行可能だから、後は搭載した聖機人による内部の敵勢力の陽動、そして快速艇の乗員たちにより人質の救出―――と、こっちは詳しい話は後で」
「電磁やら核融合やら、なにやらジェミナーらしくない単語ばかりが聞こえるのじゃが……」
「技術は日々進歩してるってことじゃない?」
「その進歩した技術の暴走した成れの果てが敵だったと記憶しているんだが……」
眉根を寄せて呟くアウラを他所に、最早諦め気味のワウアンリーが実務的な疑問を行う。
「どうでも良いけど、射出後暫く自由落下しか出来ないって、途中で撃ち落とされませんかそれ?」
「確実にされるだろう。恐らく聖地直上には戦略起動要塞バベルが設置されている筈だ。無数の砲門による精密射撃を浴びせられれば、糸の切れた凧など容易く破壊される」
ワウアンリーの疑問に淡々と答えたのはダグマイアだった。その言葉を受けて、ラシャラが目を見開く。
「バベルじゃと!? ヤツめ、自領内の兵だけではなく国軍まで動員しよったか」
「言っておくがな、ラシャラ・アース。我々―――いや、父上が国軍を動員したのではない。国軍が父上に賛同して勝手に協力を申し出てきただけだ」
頭を下げて要塞を差し出してきたと、ダグマイアは鼻を鳴らしながら言った。ラシャラの顔が忌々し気に歪む。
「ババルンこそがシトレイユじゃな。解っておった事じゃが……」
シトレイユ国軍が保有する最高戦力すら献上されてしまうというのだから、実権を奪われているとは言え女王としては立つ瀬がなかった。
「それこそ今更、じゃな。それでどうするつもりなのじゃ従兄殿。バベルの砲門は全方位において死角無しの強力無比なものじゃぞ。快速艇と言うと、何時ぞやの晩に使っておったアレの事なのじゃろうが―――砲火に晒されて耐え切れるほどの耐久力があるとも思えぬのじゃが」
「ああ、あの魚の骨のようなヤツか」
新一学期前夜のスワン襲撃の日の夜に見かけた奇妙な造詣の船の姿を思い出して馬鹿にしたような言葉を吐くダグマイアに、アマギリが肩を竦めて応じる。
「そう、ダグマイア君が見た瞬間に逃げ出したコワーイ魚の骨」
「―――逃げたのではない! 機を見て撤退しただけだ」
「”退いて”ると自分で言ってないか?」
「それは男のプライドが掛かる問題ですから言わない方が良いんじゃあ……」
激昂するダグマイアをわき目に、アウラとワウアンリーがコソコソと話し合う。昨日まではありえなかった言い争いに、奇妙な気分だった。
「皆の疑問の通り快速艇は確実に沈む」
一先ず状況が落ち着いた後で、アマギリはあっさりとそれを認めた。
「―――では、駄目ではないか」
「ひょっとして、囮にでもするんですか?」
「ダグマイア君外れ、剣士殿は半分正解」
一々はずれと言う必要も無いだろうに、気分が許さないのかアマギリはそう付け加えながら続けた。
「カタパルトは四基。撃ち出す快速艇は二機。コクーンも二機。ついでに多弾頭ミサイルに煙幕弾詰め込ん一斉射―――と、コレだけ言えば解るか」
「どれが本命やら、解らぬな」
状況を絵で思い浮かべてか、ラシャラがやれやれと呟く。
「ま、そういう事。因みに、一番罠っぽい快速艇が実は本物。―――だけど、皆様のご期待通りに崖下に墜落してもらう」
「……自殺志願者を募る気か?」
崖の底は森である。普通に考えて死亡コース一直線だった。性質の悪い冗談でも言われたのかと思い嫌そうな顔をするアウラの横で、リチアが伺うように言葉を漏らした。
「ひょっとして、それを利用してユライト先生が言ってたやつを……」
「ユライト? ユライト・メストか?」
唐突に出てきた名前に目を丸くするラシャラに、アマギリが頷いた。
「ええ、昨晩遊びに来まして」
「なんだとっ!?」
「ああ、そう言えば叔父上が来たとか言っていたな、確か」
驚くラシャラたちの横で、ダグマイアが牢での会話を思い出して納得していた。
「お陰でリチアさんとの楽しい時間が邪魔されて非常に不愉快だったんですけど、まぁ、色々と聞きたくもない真実とかが聞けましたからね。プラスマイナスゼロ―――じゃないなぁ、マイナスかな」
「アンタ、こんな時に何言ってるのよ」
「体力的にはプラスだから良かったんじゃないですかー」
顔を赤らめるリチアを横目に、ワウアンリーが面倒そうに言う。
しかし、惚気話は他所でやれよと声を大にして言いたそうな従者を放置して、アマギリの言葉は続く。
「まぁ、教師の長話に関しては後で書類に纏めるから各自適当に読んでくれって事で―――崖の下の樹海の中から、教会関係者しか知らない上への抜け道とかを幾つか教えてもらえたんだよね。むしろ、そこを使って聖地へ侵入しろって命令されてるようなもんなんだけど」
「ああ、それで不機嫌なんじゃな、従兄殿」
「と言うか……ユライト先生は味方と言う判断で良いのか?」
「あ、それは平気です。あたしが保障します。―――あの人は、”昔から”教会側の人ですよ」
疑問顔のアウラに、ワウアンリーが頷いた。昨日の情報交換が終了した後で、もう一度結界工房と連絡を取って詳しい事情を聞いていたらしい。
「ま、そう言う訳なんで、一度落とされたと思わせて、再突入のための準備をカタパルトで偽装している間に、秘密ルートで工作班が侵入。人質を救出の上―――」
そこまで言って、アマギリは言葉を切った。
「上で?」
ラシャラの疑問顔に、アマギリは苦笑してしまう。言葉に詰まるような内容ではない。少なくとも、現状を考慮すれば当然ともいえる選択肢なのだから。
だが、アマギリの好みではなかった。
チラリと、隣に居るリチアに視線を送る。強い瞳で頷かれた。
それで決心―――それより先に、諦めが付いた。こんなだから、気分が乗らないんだと思いつつも、ままよと一気に口を開く。
「救出した人質を全員戦力として組み込んで、港湾施設、そして停泊中の艦船を奪還する」
※ 承前の話。―――と言うか本当は一気に戦闘になだれ込みたかったりもするんですが、
如何せん説明する事が色々残っていると言う罠。
結構はしょってる筈なんだけど、中々減らないですねぇ。
……いや、微妙な独自展開で説明する量増えてたりもするんですが。