・Scene 39-4・
「……それでは、闇黒生徒会を始めたいと思います」
早朝、日の出始めるような時間帯。
外部映像を映し出すモニターは、雑木林と渓谷の景色が流れているのが見える。
集う事となった室内は、常に床部から微細な振動が伝わって来る。亜法振動による物ではない、鉄と鉄が高速でぶつかり合うが故に発する、文字通りの振動だった。
「―――それは構わぬがの、闇黒従兄殿よ。何ゆえ妾たちは朝っぱらから鉄道になんぞ乗せられておるのじゃ?」
「まぁ、軍用……と言うか、装甲列車ですしね。普通疑問に思いますよね」
偉そうに尤も高い位置の椅子に腰掛けていたラシャラが言うに続いて、ワウアンリーも欠伸交じりに言った。
彼女自身は状況に納得できているらしい。
装甲列車。
多数の砲門車両と前線指揮所を兼ねた機関車両を連結させた、ハヴォニワが誇る凶悪な移動要塞である。
「しかも、目的地はどう考えても聖地だな」
「聖地に装甲列車で乗り付けるんだもの。―――やる事は一つよ」
外の景色―――聖地へと続く森に挟まれた深い渓谷を見やって呟くアウラに、何処か険を含んだ口調で続けるリチア。
「ここって、でも喫水外ですよね。―――なんで結界炉で動く列車が走れるんですか?」
聖地への巡礼路が一本道である理由は、単純にそこへ至る他の地平が全て喫水外に位置しているからである。
で、あるならその喫水外の場所を通って聖地へと向かおうとしている装甲列車の中にあれば剣士の疑問も可笑しくない。
「そりゃ、簡単さ。喫水外で結界炉を動かす時にケーブル繋ぐだろ? この装甲列車の場合は、今走っているレールそのものがその役割を果たしているのさ」
線路そのものがエナを伝達させているのだと、アマギリは得意気に説明した。
「あ、送電線の代わりにレールで、って事ですね」
「うん、闇黒剣士殿は理解が早くて助かるね」
良く出来ましたと剣士の言葉にアマギリは満足そうに頷く。
「―――お主、説明する気は無いのか?」
「いや、ぶっちゃけキミを連れてくるつもりは無かったし。つか、勝手についてきたよねキミ」
げんなりとした顔で言うラシャラに、アマギリは急に冷めた態度に切り替わって応じた。
その代わり身に、ラシャラは上座の上でたじろく。
「僕は剣士殿だけが居れば良かったんだけど」
「剣士は妾の物じゃぞ? 剣士を連れて行くということは、必然妾が居なければ話になるまい」
「今回割りとシリアスな事になりそうだから、あんまりそういう戯言に付き合う気分でも無いんだけどな」
えへん、と胸を張るラシャラを、変わらずアマギリは冷静な態度で切り伏せた。
鉄製の倉庫を思わせる、寒々しい景観の指揮所が、それに相応しい冷たい空気で満たされる。
「―――殿下、ホントになんか怖いですよ?」
ワウアンリーが、場の空気に嫌気を感じて恐る恐るとした口調で言った。
「機嫌悪いんだよ、今。やりたくない事をやりたくないやり方でやらされてる感じでさ」
アマギリは態度を直しもせずにあっさりと真実を告げた。
「やりたくない―――では、やらないと言う選択肢はいかんのか?」
突然早朝に起こされて、あれよあれよと言う間に鉄道に乗せられ―――気付けば、聖地直行特急である。
何をしようとしているかは一目瞭然であり、それがアマギリ自身の発案から出てきたのであればアウラは乗るつもりがあったが―――そうでないと言うのならば、いまいちやる気が沸かないのが本音だった。
アマギリが好まない=勝算が無い。
そんな図式が頭を過ぎるからである。
「本当にそうなら今からでも引き返してほしい所なのだがな。―――今から成そうとしている事は、我等だけの問題で済ませられないと言うのは……」
「解ってるわよ」
「リチア?」
詰問するような口調のアウラに言葉を挟んだのは、何処か疲れたような顔をしたリチアだった。
「解ってるわよ―――解ってる。でも、動かざるを得ないわ。知ってしまえば」
自らを納得させるかのような口調で、繰り返す。ワウアンリーもそれに頷いた。
「そうですね。動きたくなくても、動くしかない。時間は有体に言って、あたしたちにとって敵ですから」
「なるほどの」
いぶかしむアウラを他所に、ラシャラは何かに気付いたかのように言った。
「それはつまり―――そこに、ダグマイアが居る事と何か関係が在ると言う事だな」
室内に集った少女たちの視線が、一斉に一箇所に集まる。
車両の後備、下層部への階段に程近い端壁に体を預けて、ダグマイアが腕を組んでいた。
「ダグマイア……」
今までじっと彼のほうを見て佇んでいたキャイアが、その名を呟いた。
それに呼応した訳でもないだろうが、ダグマイアは閉じていた瞳を上げて、ラシャラに視線を合わせる。
「私がこの場所にいることに、何か問題が?」
「……何か問題と言う以前に、お主がそのような気の効いた返しが出来るようになっている時点で、俄然問題じゃろう」
眉根を寄せて応じるラシャラに、ダグマイアは皮肉気に笑って見せた。
「なるほどな。そうと理解して知ろうと思えば、自身への評価の低さと言うものが良く解る」
「―――従兄殿、お主コイツに何をしたんじゃ?」
額に汗を浮かべて尋ねるラシャラに、アマギリは面倒そうに肩を竦めて吐き捨てた。
「精神的に追い詰めて操り人形にでもしようと思ったら、失敗してそんな風にウザったくなった」
「ちょっと何よ、その言い方は!!」
他の全員が苦笑交じりに頷いた言葉に、キャイアだけが激昂した。当然と言えば当然である。
アマギリがキャイアと気が合わないと感じているように、キャイア自身も相当同様のことを考えていたらしい。いつの間にか敬語を使うのを放棄していた。
アマギリも得にそれについては何も言わない。元より、自分が好きではない人間に何を言われようと根本的に気にしない男だった。
「事実を説明しただけじゃないか」
「その事実に問題があるって解らないの!?」
俄然、そんな二人を放置しておけば場の空気は悪くなる。立場的にストップをかけるのはラシャラだろうと、アウラやワウアンリーは早くも丸投げの視線を送り、視線の集う形となったラシャラは大きく息を吐いた。
「止めておくんだなキャイア。その男の戯言に付き合っても、時間の無駄にしかならんぞ」
「え?……ダグマイア」
ラシャラが止めに入る前に、ダグマイア自身が口を挟んだ。キャイアと視線を合わせることもせず、瞼を落としたまま、表情も変えずに。
当然だが、一方的に打ち切られた会話と言うのは、納得が出来なければ場にしこりを残す。
場の空気は益々重い物に変わった。
誰も彼もが微妙に表情を歪めながら、誰も率先して口を開こうとしない。
「―――それで、何でダグマイア様が一緒に居るんですか?」
剣士を一人、除いて。
空気を読めていないのか。いや、空気を読んでいるからこその、平然とした態度だろう。直感的な洞察力を働かせた、素直すぎる言葉だった。
それゆえに、場の空気が少し緩む。アマギリが肩を竦めた。
「コイツ個人は無能だけどさ、割と人受けする性格だからね、今から行く場所では使い道があるんだ」
嫌だけど、使えるものは使うと、アマギリは苦笑混じりに言った。ダグマイアは少し鼻を鳴らしただけで、何も言わなかった。
「そういえば殿下、前にエメラさんの事が欲しいって言ってましたね。―――リチア様やアウラ様よりも、よっぽどって」
アマギリの言葉を噛み砕いて理解したワウアンリーが、茶化すように言った。
「ちょっ―――待てコラ!」
「へぇ……面白い事を聞かせてもらったわ」
「いやいやいや、絶対言ってる意味理解できてるでしょう貴女!?」
ゾクリと寒気の走るリチアの言葉に、アマギリは必死で反論する。その様子を見て、何とか空気が戻ってきたかとアウラが笑った。
「エメラは万能を地で行く従者だったからな、確かに。これから行く場所、やろうとする事を考えれば有効に働くか」
「確かにの。ダグマイア・メストを完璧にサポートしきれるのだから、たいした物じゃよあの者は、実際」
「あの、お二方とも、ダグマイアが……」
ぬけぬけと言いたい放題の姫君二人の間で、キャイアがキョロキョロ視線を壁際に送りながら焦った声を掛ける。
しかし、壁際に背を預けた件の少年は、棘で突付かれる様な言葉の連続にも、自重の笑みを浮かべるのみで激昂する事が無かった。
「ダグマイア……」
その姿に、キャイアは呆然と呟いた。
悔しくないのか、こんなに言われて。
そう尋ねたかった。そう尋ねた所で―――きっと帰ってくるであろう、何の興味も無いねという言葉が怖かった。
昨日の今日。いや、その前からか。ダグマイアは変わってしまったのだ。そして今は遂にその変化が、キャイアの理解を飛び越してしまった。それだけのこと。
良くも悪くも、人は出会いや環境に左右されて変化していく。
アマギリと言う劇薬を投与されたダグマイアの変化が顕著すぎる事は、当然の結果と言えるだろう。
だが、アマギリからもダグマイアからも遠い位置に居るキャイアは良くも悪くも何一つ変化していなかった。
ここ最近で彼女に変化を与えたのは剣士の素直で奔放すぎる態度くらいだろう。
その変化は陽性のものに限り、彼女本来の魅力を更に増したという変化でしかない。
ほんの昨日知ったばかりの、知らざるを得なかったばかりの、ダグマイアの本質―――少なくとも、昨日までは確かにそうであった筈の部分ですら、まだ受け止め切れていなかったのに。
一晩が明け更なる変化を遂げていたダグマイアに、キャイアは遂に超え難い距離を認識せざるを得なかった。
一生かかっても、きっと届かないほどの、遠い距離。
ダグマイアは初めから陰に潜む性質であり、陽性に特化したキャイアとは相容れない。
何故、こんな風になってしまったのだろうか。
問いかけても応じてはくれないだろう。きっとそうだと、キャイアは想っていた。
だけど、何故かこの時だけダグマイアの視線がキャイアと絡んだ。何を考えているのかうかがい知れない瞳。
深みは無い。かつてと変わらず。
深みが無いくせに中身がうかがい知れなかったと言う事は、元から中身が無いせいだと―――そんな簡単な事実に、キャイアは今更ながらに気付いた。
今はでも、ほんの少しだけ違う。それは自分でも解らない”自分”を必死で見直そうとしている―――奇麗事を捨てて、泥臭い努力を選んだ人間だけが出来る瞳だった。
「一つだけ言っておく」
聞いている人間が居るかどうかは知らないが。
ダグマイアはそう付け足して、おもむろに呟いた。
「望んで私はここに居る。―――その事について、誰に何を言われる筋合いは……いや、誰が何を言おうと、知った事か」
キャイアはその言葉に、その突き放した態度に衝撃を受けた。
絡んだ視線はその言葉を投げつけられたその一瞬だけであり、後はまた、彼は再び瞼を閉じてしまった。
遠い。何処までも。
そしてきっと今、近づく事を拒絶されたのだと、キャイアは理解した。
「だから連れてきたくなかったんだよ……」
アマギリの不機嫌そうな呟きに、ラシャラも嫌そうに応じた。
「妾とて、来る前にここにダグマイアが居ると知れば、少しは考慮したわ」
「本人同士の問題だから、仕方が無いと言うのは解るが―――アマギリ、これで本当に大丈夫なのか? やはり引き返した方が良いのではないか?」
「あたしもちょっと、アウラ様に賛成したい気分になってきましたよぉ。戦う前から負け戦っぽいですよ、コレ」
ラシャラの座る玉座の近くに集まって、コソコソと喋り始める。そのいずれも、何処か不安を漂わせていた。
必然、この責任をどうしてくれるんだと、アマギリを責める視線が集中する。
前髪を掻き揚げながら、嫌そうに視線を振り払って、アマギリは逃げるように視線を室内にめぐらす。
キャイアは、剣士に言葉をかけられていた。無理やりにでも笑顔を作れているのなら、良いだろう。
リチアと合わさった視線は、信じているとも、縋っているとも思えるもので、アマギリは受け止めるしか出来ない。
ダグマイアが視界に入って―――偶然、視線が絡んだ。嘲るように唇を歪めているのが目に入った。
無様な。
舌打ちしたくなって、それこそ無様そのものだろうと堪えた。
厄日だな、きっと。そんな風に思う。顔には出さないが、これから始まる全てに、何処かで不安を覚えている自分が居た。
―――坊やのそれは、言ってみればESPの発露のような物さ。直観力、認識の拡大。繋がれる事により手に入れた、”上”からの視点。一種の未来視と言っても良いかもしれない。一つ上の視点から見下ろしているせいで、この次元に於いては先の時間にある未来を認識する事が可能なのさ。
そう言う時に限って、そんな言葉を思い出す。
胸騒ぎがする時は―――本当に危険なのだと、思い出す。
でも。
ちらと、めぐらす視線が再びリチアと絡んだ。
その視線を、裏切る気分にはなれない。例えアマギリ自身は彼女だけが居れば良いと思っていても、彼女の方はそうではない。それに、彼女だけでは彼女足り得ないのである。
彼女を構成する大切な要素が失われる危険が大きくなってきたのだから、阻止せねばならない。
「嫌だけど仕方が無いなんて、失礼だったな」
それを思い出して、アマギリは自嘲するように薄い笑みを浮かべた。
「―――そういう顔が出来るのなら、少しは勝算がでてきたか?」
「ああ、悪い顔になってきましたね。これなら行けそうかも」
「……キミ等、ホント最近僕の扱いがぞんざいだよね?」
いきなり掌返して好き勝手良い始めた従者と親友に脱力気味になったところで、傍にあったリチアの顔に笑みが見えたことが解った。
「日頃の行いのせい、でしょ?」
「そりゃあ、ご尤も―――じゃあ、気分入れ替えて行こうか!」
それに不敵な笑みを返して、アマギリは宣言するように言い放つ。
半ば以上にやけくそ。
空元気と、噛合わない歯車、そして足りない時間。
通信状況は回復せず、昨日別れた母と妹とは、未だに連絡が取れない。
―――無事にあるに決まってる。しかし、援護は期待できない。
状況は最悪以外の何ものでもなかった。
だからせめて、威勢だけは大きく行かないと、先が続かない。
「聖地攻略作戦の説明を始めるぞ! 目標は今も聖地学院に囚われている学院生徒及び教職員すべての救出、並びに―――聖機神ガイアの復活阻止だ!」
・Scene39:End・
※ 転入生を紹介するぞー!
……のノリで盛り上がる筈が、むしろテンションだだ下がりである。
まぁ、そういうポジションだよね、彼。