・Scene 39-3・
「……っ―――な、に?」
「だからさ、ババルン・メストは人造人間。それも、”聖機神ガイアの聖機師”である人造人間なんだ。だからさ、そういう事なんだ。ガイアを動かすために生まれた彼はガイアの復活を望むし―――その作られた目的に沿って、全ての破壊も望む。それだけの単純な話だ。国際政治とか、難しいパワーバランスとか、明日への展望とかそういうのはホントどうでも良いんだ、この場合」
混乱に脳が理解を拒絶する間にも、アマギリの説明は続く。
人造人間。ババルン。目的。破壊。
受け入れられる筈が、無い。それゆえにダグマイアは叫ぶ。当然の反射的行動の筈だった。
「出鱈目を! 証拠も無いのに出鱈目を言うな! 父が人造人間だと!? 馬鹿馬鹿しい! 何処からどう見ても人間だろう! 何処から、どう……」
―――見ても。
何故か、肺から零れた空気が喉の奥で掠れた音をたてるのみで、それ以上の言葉が続かなかった。
あの、ドール。
緑色の髪、黒いドレス。暗い瞳。唇が歪め形作るのは笑みと言う名の何か別のものばかりだ。
聖機人を操るに優れた物を発揮するあの人造人間が、”人間”以外の何に見える?
小賢しい、気分屋で、他者を敬わない、生意気な少女にしか見えないじゃないか。
只の人間にしか見えない少女が人造人間であるというのなら、只の父としか思えぬ人間ですら―――。
馬鹿馬鹿しいと怒鳴り返して、一笑に付すべき言葉。しかし、ダグマイアの口は閂をかけられた、頑迷に開くのを拒んでいた。
冷めた態度のアマギリから視線をずらせぬまま、幾許かの時間を置いて、ダグマイアがひねり出せた言葉は、結局は、ただの一言。
「証拠は、あるのか……?」
ダグマイアは何処か縋るような口調で、そう問いかけていた。
思えば後先を考え過ぎない今の父の行動に、不審を覚えていたのは事実。
下準備も出来ていないうちに兵を動かす愚を行うなど、父らしくも無い。これでは、後々先細りしてしまう危険性だってある。
―――だが、”後々の事”など初めから全く考えていないのであれば、頷ける話。
全てを無に返す。
無に返した後? 考える必要は無い―――元より、真に元より、考えていないのだ、初めから。命ぜられた目的に沿って、動いているだけ。
破壊し終えたら―――きっと、新たな命令でも待つのだろうか。それとも、自らも滅ぼす?
空恐ろしい真実。嘘だと言って欲しかった。しかし。元よりこの男がダグマイアの望みを叶える筈も無い。
アマギリは肩を竦め、面倒そうに頭を掻きながら口を開いた。
「さっき―――といっても、三、四時間前になるんだけど、キミの叔父君がこっちに遊びに来てね。色々話してくれたよ。ババルンの、教会の、そして―――彼自身の目的と、真実についても」
「叔父上が、だと?」
叔父。ユライト・メスト。病気がちな。父の同盟者でもあり、そして共犯者でもあるはずだ。
思えば父は説明をしてくれない人間だったから、その役目は全て叔父が行っていた。
人造人間、ガイア、それらの事に関しての詳しい事実も、そう。ダグマイアはユライトから聞いたのだ。
「あの人は元々教会側―――と言うか正確には、教会があの人側とでも言うのかな。まぁ、面倒な部分は全部避けるけど、ようするにあの人はガイアの破壊を望んでいる。そのために、何代にも渡り肉体を変えながら今日まで生きてきたんだから。ガイアを監視し、いずれ封印が解けたとき、”今度こそ”破壊する。そのためだけに、そういう目的を”与えられて”生きてきた。―――言ってる意味が解る?」
今度こそ。以前。目的。与えられた。
先ほどから幾度も出てきた言い回し。その後に続く説明も、既に想像できない筈も無かった。
「……叔父上、も?」
震える声で問うダグマイアに、アマギリはご賢察、と頷いた。
「そう、人造人間だ。ここでややこしい話になるけど、人造人間と言うのは、一つの小さな器にアストラルを封入する事により長く時を生きる。即ち、生身の肉体ではなく、器に入ったアストラルこそを人造人間と呼ぶのが正しい。そして、人造人間はその器の持ち主に干渉し、融合、助言、同調もしくは支配を行いながら、仮初の肉体として、世に潜み続けている。言ってみれば亡霊みたいなものだな。ユライト先生もババルン・メストも、ようするにその亡霊に取り付かれてその思念に命ぜられるままに生きているって言える。―――いやになるよねぇ、ホント。生きてる僕等の思惑無視してさ、亡霊どもが何時までも我が物顔で勝手気ままに暴れてるんだから」
気に入らない。
吐き捨てるように呟いたその言葉こそが、アマギリの行動原理とダグマイアは悟った。
彼はシンプルだ。
好きな物のために全力を尽くし、嫌いなものを全力で否定する。
彼はその存在を望まないが故にババルンと対立し、そして滅ぼすのだろう。
実現できるとは思えないが、少なくとも、そのつもりではあるらしい。
嘘か真か、と言うそれ自体も、どうでも良いのかもしれない。
聞き伝の話ばかりで、その真偽を確かめる術も持たぬと言うのに、彼は至ってシンプルだった。
詳細の如何がどうあれども、現実に自身の気に入らない状況が起こっているのだから―――それを打ち倒す事に疑問など抱くはずも無い。
大望なんて言葉で飾る必要は無い。
後先なんて気にしないし、力の行使を躊躇わない。自分の居場所を、疑わない。
そして、興味が無い事には一切興味を抱かない。無駄な事をしない主義なのだ。
だから、端から興味が無かったのだから、ダグマイアの事を視界に映す事も無かった。
ダグマイアの企みも、怨嗟の視線も、彼に一抹の不安も与えはしない。
―――興味が、無いから。
そして許しがたい事に興味が無いままに興味の無い物を粉砕する自力を、彼は有していた。
ダグマイアが終ぞ望んで、しかし何時まで経とうと得られない、望み赴くままに生きる力。
それを彼は当たり前のように有していた。
目的のためだけに生きる父と同様に、彼もまた。
お前など居ても居なくても、世の中は何も違わない。
その態度、生き方こそがそれを示している。
絶対に弱みを見せたくない男の前であっても、項垂れざるを得ない現実。
過去に亡霊に囚われた人間と、そんな事情すら歯牙にもかけない男の対決。
その間に挟まれて。現実は、その間に挟まれる権利すら与えられない。
我こそ主役であったなどと―――今や、思う事すら甚だしい。
無力に等しい、ダグマイアの現実だった。
「ここが、終着点か……こんな、こんな場所がっ、こんな現実が!!」
震える拳を握り締め、何かを、世界を、自らを罵るように、吐き捨てる。
ダグマイアに出来る、それが全てだった。たったそれだけが、全てだった。
涙すら出てきそうな惨めな現実。同情以外は差し挟む余地は無いその様を―――あろう事も無かろうと、アマギリ・ナナダンが意に介す筈も無い。
「あらら、随分堪えてるみたいだね。―――現実知って親に切り捨てられた事が解った程度で、そんなに凹む状況か?」
肩を竦めてアマギリは言った。簡単に。
軽い、余りにも軽すぎる言葉は、しかして真実以外の何ものでもなく―――認めがたい現実に、ダグマイアは吼える以外に在り様が無かった。
「五月蝿い!! 貴様に何が解る!!」
激昂する気力が、何処に残っていたのか。乾いた、割れた響きを鉄格子の向こうに叩きつけていた。
だがそれでも、アマギリの態度は少しも余裕のそれを崩さない。
予定調和の如き気安さで、アマギリは台本でも読み合わせるかのような口調で滔々と言葉を重ねる。
「解らないさ。―――だってダグマイア君、きみ、自分が他の男と違うって証明しようとしてるんだろ? ―――あ、”してた”になるのか? ……まぁ良いか。少し考えても見ろよ。親の言う事に唯々諾々と従ってみせるなんて、それこそきみが変えたいと願って止まなかった今の権力構造の縮図そのものじゃないか。漸くこうして切り捨てられて、そこから抜け出す事が出来たのに―――願いが叶って喜ぶべき場面で、一体何がそんなに不満なんだ?」
「―――なに?」
言われた言葉を、一瞬理解できなかった。
「願いが、叶った―――だと?」
ふざけた事を。いや、実際ふざけているのだろう。アマギリの顔には冗談以外の何一つ浮かんでいなかったから。
つまりは、そんな冗談を真に受けかねないほど、今のダグマイアは憔悴していたのである。
認めず、跳ね除けねばならないただの戯れごと。
戯れごとであるが故に核心を突いている―――だからこそ、跳ね除けねば今までの自分全てを。
―――それこそ、今更。
跳ね除けて、それでどうするのだと。
父は既に自身を切っているのだろう。つまりはこれまでのように後ろ盾も無く、そして檻の中で逃げ場すらない。
縦しんば逃げ出せたとして、自身が山賊と密会していたと言う現実―――山賊と契約しようとしていた事実は、消せない。完璧に抑えられた罪状だ。
庇護してくれる父も居らず―――これまでの話を総合すれば、父にダグマイアを庇護する理由が存在しない。
どの道、全てを破壊するつもりなのだろうから、あの父は。
父の理想の一助になろうと、努力を積み重ねてきたつもりだ。
それだけは真実で、きっとアマギリ・ナナダンとて、その積み重ねを否定する事はしないだろう。無駄な努力と肩を竦めるだろうが。
しかし全ては、今や無駄な事。今や、ではない。初めからずっと、無駄だった事。
父のために、父の目に適おうと、父の息子に相応しく。
しかし、父は初めからそんなものは期待していなかった。
子は親を継ぐもの。親は子に託すもの。託すべき何かがきっとある筈だから、人は子をなし、そして育てる。その筈なのに。
父の目的は破壊。破滅。消失。全てを零にする行為そのもので、そこに子が引き継ぐべき一欠けらも残しはしない。
父一人だけで終わらせる。父だけの目的。それが父の存在理由だ。
―――私は、無価値だ。
絶望に沈む必要すらなく、元よりその場所に居たのだと。ダグマイアは遂に気付いた。
辺りは奈落。暗闇の底。
暗闇の中で踊り狂えば恥も沸かぬし、暗闇にあっては周りの視線も届かないだろう、気付かないだろう。
―――”ふざけるな”と。
そう思えた自分に、ダグマイアは歓喜した。
奈落に住まう自分を笑うでもなく、恥じるでもなく、ただ憤怒する。
怒りを覚えた。その場所に居る事に、その場所に居続ける事に。
見下されるのは良い―――いずれ跳ね除ければ、踏みにじれば良いだけだから。
だけど、置き捨てられるだけは我慢なら無い。奈落へ一人。覗き込むものも無く。それだけは、許せないのだ。
今が許せないのならば?
許せない今を変えるために―――その気持ちが今までと何処も代わりの無い事が、ダグマイアには可笑しかった。
可笑しければ、笑う。鉄格子の向こうで怪訝な顔を浮かべている男の顔があった事が尚更可笑しくて、更に笑みを深くした。
―――良い気分だ。
此処は奈落。冥府の沼。蠱毒の筵。それ故に、ダグマイアにこれ以上落ちるべき場所はない。
ならば良い。後は昇るだけだ。
何処までも、自身が目指す所まで。出来ないなどと、今までと同様に欠片の一つも想像しない。
私には、出来る。
そのための第一歩は決まった。
鉄格子の向こうを睨みつける。
奈落の底ですら鼻歌交じりに歩き去るその男の―――その毒を、食らい尽し飲み乾し統べるのだ。
「貴方の言うとおりだ。何を今更、落ち込む必要も無い事だとも。そう、―――最早既に、私は自らが道化であると悟っている」
「そんだけ芝居がかった言い回しが出来るんだから、結構神経図太いよねキミも。―――まぁ、でもなきゃ人の家の庭先で山賊と濡れ場を演じる筈も無いかぁ」
ダグマイアにとっては―――精神的葛藤の果てに出てきた、悪魔との契約とすら思えるその言葉。
乾坤一擲のその一言を、しかしアマギリはあまり関心も理解も示さず、面倒くさそうにそれだけの言葉で応じた。
ガリガリと頭をかく。だらしの無い態度を隠れ蓑に、鉄格子の向こうでこちらを睨む瞳を観察する。
ダグマイアの目の奥に潜むものが変わった事に気付いた。
捻れた針金のような役立たずが、焼けた鉄棒のような迷惑極まりないそれに変わっている事に気付いた。
率直に言えば冷や水でもぶっかけてそのまま叩き折ってやりたい気分ではあるが―――そういう自分の趣味だけで動けるような状況ではない。
使えるものは道端に落ちた塵ですら使わないと難しい状況なのだから、諦めて―――安全手袋でもつけて、拾うしかない。
些か予定とは違うが、どうやら”やる気”だけはあるようなので、納得しよう。
―――無理やり自分にそう言い聞かせて、アマギリは口を開いた。。
「何にせよ、状況を受け入れてくれてるんなら良いさ。―――そんなキミに、話があるんだけど、どうだい?」
「聞こうじゃないか。―――どのように利用するつもりだ、この私を」
「……ホントに、状況を理解できているんだな」
ダグマイアの返しの言葉に、アマギリは眉をしかめた。
頭の良い馬鹿程扱いづらいものは無い。本当に面倒な事になったなと、アマギリは今後降りかかるであろう幾つかの面倒ごとを並べ立てながら嘆息した。
「自棄になってるって言うんなら、一昨日来いとしか言えないよ?」
これなら何も知らない馬鹿殿様で居てくれた方が楽だったなと言う気分を顔に隠そうともしないアマギリを、ダグマイアは何と恐れ知らずにも鼻で笑って見せた。
アマギリの額に青筋が走った。
「何もかも失った―――否、初めから何も以って居なかった事に気付いた男が、自棄になる以外にする事があるのか?」
「―――そりゃ、ご尤も」
「何も持たないが故に、確かに手に入った物もある。キサマの戯言の通りだ。私は自らの望みを果たした―――その結果何も手元に残らなかったなどと、気付いていなかったのは愚かだったが」
「ソレに気付いたんなら成長したって認めてやらんでもないけど―――まぁ、どうでも良いか。空元気でも元気のうちって言うしな」
駄目だなこれはと、アマギリはあっさりと白旗を振った。
自らを嘲る事。ソレを覚えただけで、ダグマイアは少しだけ成長したともいえる。
良くも悪くも。思考に厚みが付いた事だけは確かだろう。惑わすようなアマギリの言葉を、押されて圧し折られる事なく、受け止める事が出来るようになっていた。
軟な針金だって熱して捻じ曲げ踏み固めればそれなりに硬い鉄の塊にならない事も無い。
内部構造はボロボロで、ちょっとした衝撃で砕け散るに違いないが、残念な事に今のアマギリにそれを砕く楽しみは与えられて居ない。
諦めて、話を進めるしかなかった。
幸い―――何処が幸い何だか―――ダグマイアはやる気らしいのだから。
「自立への第一歩は親離れから始まる」
「それがどうした?」
「今までのキミは体制への反抗を謳っておきながら、その実親の言うがままに動いていた、まさに何処にでもある体制への迎合する姿に他ならない」
「なるほど。―――否定は出来んな」
―――目障りな度合いが数割り増しだなと、アマギリが顔に出さずにそう考えていた。
本当に、後先を考えずに調子に乗る前に潰してしまいたいが―――いやしかし、この男を調子に乗せるだけで”便利な駒”が自陣営に加わると言う利点は捨てがたい。
此処は我慢。
我慢するべきだと何度も何度も自身に言い聞かせる。
アマギリは、どうやら笑みらしき物を作っているらしいダグマイアの腹に蹴りを叩き込みたい衝動を抑えながら、言葉を続ける事とした。
「そこで一つ、提案だ」
今更かもしれないが、と繋げたあとで、更に言った。
「改革への第一歩として、まずは自らの内面から―――そう、ここは一つ、”親殺し”に挑んでみるのはどうだろう?」
※ ああ、うん。
マジ? とか思ってる人多いと思いますけど、マジでマジで。