・Scene 38-2・
「開けたぞ」
「そういう時は”開けるぞ”ですよね、普通!?」
「それじゃあ内職やってる現場を目撃できないじゃないか」
「それならせめて何も言わずにこっそり入ってきてくださいよ!! まだ諦めがつきますから!」
どたん、ばたん、がちゃん。
扉を開けて踏み込んだ先で繰り広げられていた光景は、つまりそんな騒音が絡むようなものだった。
普段は見覚えの無い先鋭的なデザインの機材を、大慌てで私物のバックの中に詰め込んでいる従者の姿がある。
「今更隠しても仕方ないだろうに」
「気分の問題ですよ、気分の……」
溜め息混じりのアマギリの言葉に、ワウアンリーも嘆息して返す。
”気付いていないふり”と”気付かれていないふり”すら最早欠片もする気が無いのが、いかにもこの二人の関係性を象徴していた。
「お前達、本当に仲が良いな」
アマギリと共にワウアンリーの私室に踏み込んだアウラは、礼儀正しく部屋の惨状については知らぬ存ぜぬを貫き、只苦笑するだけに留めていた。
「っていうか、アウラ様も一緒に入ってくる前に止めてくださいよ……」
「現在この国の一番の権力者に、只の客人がそんな指図は出来んさ」
「あ、やっぱりまだ通信状況回復してないですか」
冗談めかしたアウラの言葉に、ワウアンリーが仕方ないかと納得した風に頷いた。
フローラが、王宮へ帰還する前にアマギリに全権委任すると告げた事はワウアンリーもその場に居たから聞いている。
その後、通信の途絶などと言う異常事態が発生してしまったため、その冗談が本当になってしまい、これまでアマギリが方々に人を動かしていたのだ。
因みに、ワウアンリーは役職上後ろに立っていようとしたが、邪魔だと追い払われた。
現在も通信は回復していない。
それ故、現在女王の声が届かないこの別荘地内では、アマギリが最高権力者となっている。
「つまり、今やってた内職は、その辺に関しての話か?」
半開きのバックからはみ出ている、汎用の通信機より若干嵩張った形状の通信装置らしき物を指し示して、アマギリは尋ねた。ワウアンリーは苦い顔で視線を逸らす。
「いや~それは、その」
「どうせ結界工房と連絡とってたんだろ? ナウア師は何て? 教皇聖下達の所在は?」
「アマギリ、少し飛ばしすぎじゃないか?」
何時に無く遊びの足りない、直接的な言葉を畳み掛けているアマギリを、アウラが背後から肩を抑えて諌める。
アマギリはそれに煩わしそうに振り向いて―――それから、アウラに焦点を合わせる様に何度か瞬きをした後で、大きく息を吐いた。
そして、無言で傍にあったソファに体を投げ出して、大きく息を吐いた。
「悪い、ちょっと疲れてるらしい」
「目の下の隈が流石に凄いからな」
他人の―――それも女性の部屋に強引に踏み入って、あまつさえ三人掛けのソファに身を投げ出すなどと言う傍若無人な態度を咎めもせず、アウラは脇に寄せてあったティーセットを引き寄せてお茶の準備を始める気遣いを見せた。
「―――でも、殿下が寝不足なのってぶっちゃけ自業自得なんじゃあ」
昨日はお楽しみでしたよねと、部屋の主の威厳が欠片もないワウアンリーが突っ込みを入れる。
「それは言わないお約束だよ、おっかさん」
アマギリのどうしようもない返し方に、ワウアンリーがげんなりと呟いた。
「誰がおっかさんですか、誰が……」
「でも、確かワウって僕の四、五倍も歳食ってなかったっけ」
「あたしとしては殿下の実年齢の方が気になるんですけど……」
「アストラルの成熟ってのは接続している肉体の年齢に引っ張られるって聞いた事があるよ」
「その解釈だと、実年齢と肉体年齢が違うと宣言しているような物ではないのか?」
アマギリの前に甘い香りのするカップを差し出しながら、アウラが笑った。
どうも、とすら言わずに身を起こしてそれを受け取ったアマギリは、肩を竦めて言葉を返す。
「何となーくですけど、百年以上は確実に生きてる気がしてるんですよね」
「百……とはまた、大きく出たな」
「っていうか、それだとあたしより年上じゃないですか……」
素直に驚くアウラの横で、ワウアンリーがぼやくように言った。因みに彼女は、九十台後半だったりする。
「まぁ、僕は寿命ですらあって無きが如しの世界の住人ですから―――なんて、今は関係ない世界の事はどうでも良い。そろそろ、目の前の世界情勢に関わる話をしようか」
途中までは冗談を言う口調だった物が、突然重みを変える。
だらしなく、完全に背もたれに体を預けてカップの中身を啜りながら、その目だけは、少しも隙が無い物となっていた。
その暗い、隈が出来ているが故に普段よりも更に座った目で、ワウアンリーをねめつける。
「どっちが良い? 素直に自分から話すか、それとも拷問の上に強制的に吐かせられるか」
どちらでも構わない―――心底、それを思っている事を示すような目で、アマギリはワウアンリーに選択を迫った。
「無論、君の立場は理解している。ハヴォニワの王子に話せない内容もあるだろう。だから、例え話してくれなくても、僕が君を怨む事は無いのは確約する」
「……でも、強引にでも聞きだすつもりなんですよね」
「それは当然だ。君が立場に則った行動を取らねばならないように、僕にだって立場を踏まえた責任を要求されているからな」
その会話に、常の仲の良さを勘案する一切の要素は含まれていない。
情の深い人間が見れば、気分が悪くなるような薄気味の悪い状況だろう。
だが、アマギリは暗い瞳を溶かす事無く、ワウアンリーも少し困った風に眉根を寄せる程度だった。
そして一人枠から外れた位置に居るアウラは、まるで置物のように表情一つ変えず、目の前の一切の情景が映らないかのような態度で、自らの入れた茶を啜るのみだった。
にらみ合いと、僅かな陶器のカップがソーサーと擦れる音が響くだけの時間が、少しの場を満たした。
「話しますよ、別に。―――普通に聞いてくれれば、幾らでも普通に話すのに。殿下、そう言う所が解らない人ですよねぇ」
歳の離れた弟でも嗜めているかのような口調で、ワウアンリーは苦笑いを浮かべた。
「どうせ、止むを得ずに話さざるを得なかったって逃げ道を残してくれてるつもりなんでしょうけど、そんなだから、ちょっと過保護過ぎとか言われるんですよ?」
「確かにな」
滔々と続けるワウアンリーに黙りっぱなしだったアウラまで頷くから、アマギリとしては立つ瀬がなかった。
「人が気を使ってるのに酷い言い草だな、あんた等」
「そーいうの、気遣いじゃなくてお節介って言うんですよ」
「余計なお世話と言わないだけ愛があるな」
ワウアンリーの得意げな言葉に、アウラも深々と頷く。アマギリはげんなりとした顔で頭を振った。
「……どうしてどいつもこいつも、最近僕に対する扱いがぞんざいかなぁ。―――ああもう、んじゃ、給料減らされる前に知ってる事全部話せ、従者」
「仰せのままに、我が主」
照れ隠しの混じる投げやりの口調に、ワウアンリーは微笑みながら頷いた。
「……と言っても、何から話しましょうか」
「うわ、使えねぇ。そんなだから肝心の場面でユキネに活躍を取られるんだよ」
「酷っ!? っていうか活躍の場を振り分けたの殿下自身じゃないですか!!」
パワーバランスの変動が激しい主従だった。
喚く従者を放置して、アマギリはアウラに視線を向ける。
「アウラさん、何か知りたいことってありますか?」
「私か?」
突然話を振られて目を丸くするアウラに、アマギリはワウアンリーを親指で指し示して続ける。
「ええ、コイツこれで、世界の秘密とかの結構後ろ暗い部分にまで足突っ込んでますから、大抵の事は解ると思いますよ」
「―――間違ってないけど、嫌な評価するなぁこの主人」
「むしろその評価があったからこその、これまでの雇用契約があったんだが」
今更だけどと、下手をすれば関係性が崩壊するような言葉をきっぱり言い切る主に、ワウアンリーは疲れたように頷いた。
「ああ……やっぱそうだと思いました」
「理解が早い人は好きだよ」
「―――の割には、選んで気難しい人間とばかり関係を深めてないか、お前」
おどけて笑うアマギリに、アウラがどうでも良さそうに突っ込んだ。アマギリは図星を突かれた気分なのか、一瞬だけ肩を振るわせた後で、何事も無かったかのようにアウラに笑顔で尋ねた。
「それでアウラさん、本当に何かありますか?」
「そう―――だな」
問われてアウラは、腕を組んで考える。
そもそもアマギリにとってワウアンリーとの会話をアウラに聞かせるメリットは何処にもない筈だったから、単純にこれは彼の親切に寄る機会なのだろう。
案外、先の会話であったシュリフォンと連絡が取れないことを本気で申し訳ないと思っているのかもしれない。
自分の管轄する領域でほんの少しでも身内の人間に不便な部分があると許せないのか。
過保護な事だ、相変わらずと唇の端を持ち上げつつ、アウラは聞くべき事を見つけた。
「では、先に言っていた通信妨害の解除とか言うものは?」
「あれ、そんなんで良いの?」
もっと深い話を聞いても良かったのにといった口調で尋ねてくるアマギリに、アウラは苦笑いで応じた。
「世界の秘密など聞いたところで、私如きでは役に立たせられないからな」
「雑学知識として楽しんでおけば良いと思うけど―――まぁ、良いや。それじゃ解説の人、宜しく」
「はいはい、解説のワウアンリーですよ」
適当に返事をした後で、ワウアンリーは居住まいを正した。
「お気づきの通り、先ほどまで結界工房のナウア師と連絡を取っていましたが……」
「時流の乱れた最奥に引きこもってるのに、リアルタイムで通信取れるんだな」
「―――それを聞かれると、殿下こそ前にあたしの端末から直接最奥まで侵入してましたよね」
「擬似的な四次元ダイアグラム使えば結構簡単だぞ、ネットワーク上で時間を飛び越えるのは……んで?」
確実に現代ジェミナーの技術では簡単でない事を口にしながら、アマギリは先を促す。
「先に口挟んだのは殿下じゃないですか……、ええと、ですね。とにかく結界工房とのコンタクトに成功した結果、今回の通信妨害には襲撃された教皇庁にあった妨害振動波発生装置が使用された事が解りました」
「妨害振動波―――読んで字の如くなのだろうが、これほど大規模な通信妨害が可能と言うのはな」
「通信関連にしろ何にしろ、基幹技術は教会提供の万国共通のもの使用してますしね。どうせ、自分たちが渡した物を使って悪巧みを考えるようなヤツがいたら困るからって、初めから対策を用意してたって事じゃないですか?」
疑問顔のアウラに、アマギリが推察を述べる。口調に何処か敵意のような物が垣間見えるのは、彼の好き嫌いを良く示していた。
「後は、先史文明のテクノロジーってのは、割と現代では信じられないような馬鹿みたいなスペックを発揮する物が多いですしね、それを元にデチューンした物を各国に提供していたって考えれば、オリジナルを抑えられたら現代技術では太刀打ちしようもないでしょう。自力での技術革新を怠ったツケって処ですか」
「……あたしが説明する必要って無くない?」
「推論なんか幾ら重ねても意味ないからな。ぶっちゃけ、裏づけが欲しかっただけだし」
微妙な顔で言うワウアンリーに、アマギリはあっさりと言い切る。
二人のやり取りを楽しげに眺めつつも、初心を忘れていなかったアウラが口を挟んだ。
「―――それで、原因が特定できたとして、妨害の解除は可能なのか?」
「へ? ああ、出来ますよ。今すぐにとは言いませんけど、教皇聖下達が脱出するときに、ちゃんと教皇庁内の各種動力炉にトラップを噛ませて来たって話ですから。いずれ装置にエネルギーを送っている結界炉が勝手に停止するように仕向けてあります」
「ああ、やっぱ生き残ってるのか。いっそ……ってのはリチアさんの手前、拙いか。―――敵さん、亜法に関しては専門家だろ? 時限式のトラップなんて、解除されるんじゃないのか?」
「結界炉自体が地底深くに埋設されているものですから、ネットワークからアクセスする方法は全て破壊してきたらしいですし、平気だと思いますけど……」
「確証は、持てないか。―――最悪教皇庁にも派兵の可能性があるな、こりゃ」
最後を濁す事になったワウアンリーの言葉を、アマギリは懸念事項として脳内メモに書き留めた。
「で、その結界炉が停止するのは何時頃?」
「先史文明時代から動いているかなり巨大な代物ですから、停止に掛かる時間もそれなりって話です。それでも、二日三日以内には。――― 一度止めてしまえば、復旧するには現代基準で都市エネルギープラントが精製するレベルの膨大なエナが必要になりますから、後の心配は入らないと思いますし」
「―――戦後復興が逆に心配だろ、それだと……」
「それだけ、切迫した事態だと考えてください」
一種の自爆行為に近いやり方にアマギリが呆れ声で言うと、ワウアンリーが暗い響きで以って応じた。
「切迫した、か」
それも当然か、とアウラが呟くと、アマギリが薄く笑っている事に気付いた。
「アマギリ?」
「なるほどねぇ……やっぱ教会は知ってて放置してた部分もあるんだな。―――いや、情報の遮断もあったって可能性も有るか? それとも、ここでも更に対立状況って可能性も」
呼びかけるアウラに応じずに、アマギリは面倒くさそうに髪を掻き揚げて呟く。
「誰が敵で味方やら……まったく、面白みがない話だよ」
「……殿下?」
前髪を払った手でそのまま目元を押さえ、ソファに体を投げ出して天上を見上げた体勢のまま、アマギリはワウアンリーの方を見ようともせずに、言った。
「だってそうだろ? こういうのは順繰り問題をクリアして答えを見つけていくから楽しいってのに、全く、”まず初めに答えを知らない限り”ゲームを開始する事すら出来ないなんて、馬鹿馬鹿しい。ここ数年、無駄な時間を重ねた気分だ」
アウラとワウアンリーには、アマギリの口元が自嘲気味に歪んでいるのが見えた。
「これも、用意されていた脚本に強引に割り込んだせいって事なのかな―――そこの所、どうなんだ従者?」
「は? ―――ええと?」
突然声を掛けられて混乱するワウアンリーに、その態度が心底つまらないと言う風にアマギリは鼻を鳴らした後で、言った。
「面倒だから、全部話せ―――最初はまず、”聖地には何があるか”からだ」
※ 真面目な話をやる時は割りとこの三人が回しやすかったり。
で、ぼちぼちネタバレタイムに入ります。