・Scene 37-8・
「まぁ、バカンス先で、男が朝起きたら寝室に居なかったからって、責めるのは酷ってもんでしょう?」
まるで何処かの誰かの行動をフォローするかのようなその言葉を、額面通りに解釈すれば怒りが沸く人間も居る。
「いい加減にしてよっ!」
「落ち着かんかキャイア!」
「ですがっ!」
「従兄殿がこういう言い回しなのは何時もの事じゃろうが。少しは慣れぬかお主も」
声を荒げアマギリに掴みかからんとばかりに踏み出したキャイアを、ラシャラが止める。
しかし、キャイアの立場からしてみれば、アマギリの言動は許容できる話ではないだろう。
「殿下、ひょっとしてキャイアさんの事嫌いなんですか?」
流石に態度が目に余ったのか、アマギリの傍によってきたワウアンリーが、キャイアたちに聞こえぬように小声で尋ねた。アマギリは面倒そうに肩を竦めた。
「いや、特に。―――でも、理解している事を理解したくないみたいなタイプじゃない、あの人」
そういうの、見てて気に入らないんだよねと投げやりな言葉を口にすると、両隣から一斉に突込みが入った。
「―――アンタが言えた義理か、それを」
「ですわよねぇ」
彼女等が何を指していっているのかは、理解できていたが余り理解したくなかった。
「―――でも、ほら。自主的に出かけた人を、わざわざ無理に探しに良く必要も無いじゃない」
これ以上は薮蛇だと思ったアマギリは、率直に―――未だに回りくどい言い方だったが―――現実を口にした。
「自主、的―――?」
キャイアが戸惑ったように繰り返す。
「そんなこと、ある訳……」
山賊の襲撃を認知した後、他の者が集合した時に姿の無かったダグマイアの部屋へと救助へ向かったのはキャイア自身である。
そしてキャイアは、無人のダグマイアの部屋を踏み荒らした土足の足跡を確認していた。
金庫や据付の棚なども乱雑に開け放たれていたから、賊が踏み入ったのは確実である。
―――それを言うに事欠いて、自主的に出かけたなどと、納得できる言葉ではなかった。
本当にこの王子は、このままダグマイアを見捨てて、亡き者にしようと企んでいるのではないか―――キャイアにはそう思えてならない。
普段の言動から言って、そうとしか思えなかった。
「そんなにダグマイアの事が憎いの?」
「おいキャイア……」
睨み付けて問い質すキャイアに、ラシャラが背後から困った風に口を挟むが、キャイアは振り返る事は無かった。いい加減、人を混乱させるような言い回しばかりのアマギリに、我慢なら無かったのかもしれない。
良くも悪くも直情的だことでと、アマギリは妙な感心しながらも、冷めた表情を崩す事は無かった。
「別に憎くは無いね。常々、周りをちょろちょろと目障りでは在るけど」
「うわ……」
あっさりと言い切ったアマギリに、ワウアンリーが唖然と声を漏らした。
言葉の無残さにではなく、完全に仕事用の底の知れない顔つきになっていることに気付いたからだ。肩にバスタオル引っ掛けてるのが間抜けだなと、内心思わないでもなかったが。
「語るに落ちたわね……」
ドスの効いた声で唸るキャイアに、しかしその怒りの形相を物ともせずに、アマギリは態度を崩さない。
ああ、むしろ楽しんでるなこの馬鹿と、彼の隣に居る二人の助成は気付いていた。
「でも、事実だ。―――そもそもキャイアさん、何度も自分の暗殺を企んでいるような人間のこと、どうやって好きになれって言うのさ」
「そ、―――それは……」
エグイ言葉を直球で叩きつけるアマギリに、キャイアも怯む。事実―――キャイアですら知りえるような、残酷な事実だからこそ反論も出来ない。
アマギリの両隣の女性たちの眉間の皺が、深まった。
「それぐらいにして置いたらどうだ。言い方が露悪的過ぎて、空気が悪い」
「そりゃ失敬」
「反省ゼロだな」
「する理由も無いですし」
ため息を吐くアウラに、アマギリは肩を竦めて応じる。心底自分の言葉を信じているようだった。若干、先ほどまでの自業自得の状況を根に持っているのかもしれなかったが。
「先ほどまでもその神経の図太さを見せていれば、あそこまで弄られなかったろうに」
「大切な事を適当に流す性分は、無いんですよ」
諦観混じりのアウラの言葉に、アマギリは薄く笑って踵を返した。
壁一面のモニターを制御しているオペレーターの元へと向かう。
「従兄殿?」
「―――キャイアさんは僕の言葉は信用してくれないでしょうし、こういうのは、百聞は一見にしかず、ってね」
オペレータ(女性)の肩口から腕を伸ばし、アマギリは端末を操作していく。
「そこで女性の名前を引き合いに出すと、器が知れますよ」
「みみっちいわよね、知ってたけど」
「―――君ら、最近妙に仲良いよね?」
きっと呆れ顔で見ているんだろうなぁと思いつつも、振り返る事はしなかった。顔が近い位置にあったオペレーターが、微笑ましげな顔をしている事も、気にしないことにしていた。
「コレで……っと」
気恥ずかしさを振り切るように呟きながら、アマギリはコンソールを弾いた。
すると、大型モニターに表示されていた映像が切り替わる。
「コレは……」
「録画か?」
広角レンズを用いた俯瞰の風景。何処かの室内のようだった。
それが、モニター内に分割された映像として幾つも並べられている。同一の部屋を、それぞれ別角度で捉えた映像らしい。
「……ちょっと。コレ、ダグマイアの部屋なんじゃ!?」
キャイアが驚いたように叫ぶ。先ほど見てきたばかりの部屋なのだから、気付いて当然だった。
何よりも、湖の方を覗ける窓際に立つ、ダグマイア自身が映されていたのだから。
「全部で二十四個とは、また仕掛けたな」
感心するようなアウラの口調に、アマギリが端末を操作しながら応じる。
「さっき言いませんでしたっけ? ココはホラ、各国のお偉い様の人たちが他所様に知られたら拙いような人と会うのに利用するような場所でもありますから。まぁ、壁に耳あり障子に目ありってね」
「―――運営がハヴォニワの段階で、盗聴盗撮されてる事くらい、気付きそうなものじゃがの」
「ココ、一応表向きは民営ですから。結構有名なホテルグループの系列ですよ」
「詳しく会社を調べると、ナナダン家の財団が出資してる事に気付くけどね……」
ありそうな話しだと鼻を鳴らすラシャラに、マリアとユキネが注釈を付けた。
今回の旅行の場合、出迎えからしてフローら自らが行っていたから、気付きにくいところではあった。
「アマギリ、アンタまさか、他の部屋にまで……」
他、と言うかようするに自身の部屋にまで監視カメラが仕掛けられていたのではないかとリチアは顔を赤くした。アマギリも、今度は振り返って苦笑した。
「流石にカメラもマイクも切ってありますよ」
「―――ある事は否定しないのだな……」
「一度仕掛けると外すのって手間ですしね。まぁ、皆が寝てた場所は女王陛下が管轄の場所でもあるから、あの人の許可がないと録画映像も閲覧不可だから、心配無いかと」
「……撮られた可能性があるという心配は、無くなってないのではないか、その言だと」
僕も詳しくは解らないと言うアマギリの返答に、アウラもラシャラもげんなりとした気分になってしまった。
そもそもフローラのテリトリーである以上、そこに居るもののあらゆる行動は、全て彼女の掌の上だと言う事実は揺るがないから、諦めるしかないのだが。
「まぁ、その辺は後で女王陛下に聞いてくれとしか言えないんだけどね、実際。―――さて、この辺からかな」
「―――む」
「アレは―――」
『大人しく付いてくれば、痛い目に合わなくて済むよ』
映像に加えて、音声まで流れ始めた。
室内の一角。丁度、ダグマイアの居る部屋の入り口付近に、軽装の少女が壁に寄りかかっていた。
「山賊か」
「目的は元々、男性聖機師の誘拐って事だったらしいね。―――ついでに、その手の趣味な人に高く売れるって評判のダークエルフの女性とか」
アマギリの言葉に、少女達は一斉に眉を顰めた。場の空気を察して、ワウアンリーが言う。
「殿下、仕事モードですから口汚くなるのは解りますけど、回り皆若い女子なんですから、言葉選びましょうよ」
「ああ、失礼。―――で、まぁご覧の通り山賊さんはダグマイア君の事を丁重にお連れしようとしてるわけだけど……」
「ちっとも反省してないわよね、アンタ。―――まぁ、良いわ。でも、これだと自主的とは言えないんじゃないの」
口先だけの謝罪の言葉を切り捨てて、リチアは嘆息交じりにアマギリに尋ねた。結果は解りきっているけど、と言う投げやりな口調である。アマギリも肩越しに頷いた。
「ええ、ですから―――」
『お前達のリーダーに話がある、案内してくれないか?』
「え―――?」
「ほう」
「……フム」
驚きの声は、最初のキャイアのものだけだった。殆どの少女達は、納得といった顔で頷いている。
カメラ越し、映像の中のダグマイアは扉の脇に居る山賊の少女に振り返り、言葉を返していたのだ。
『お前達を雇いたい』
一番ダグマイアの正面に近いカメラが、彼の唇の動きを完璧に捉えている。映像の加工を疑うのも難しいだろう。
完全に、言い逃れで着ないくらいに、ダグマイアは山賊たちに交渉を持ちかけていた。
「で、次はこっち、と」
驚く―――若干名に留まっていたが―――少女達を他所に、コンソールを叩いてアマギリは映像を停止させた。
大画面のモニターが今度は外―――何処かの森の中の映像に切り替わる。
「今度はリアルタイムかの」
「―――あのトレーラーって、山賊ですか?」
幾つかのコンテナを牽引したトレーラーと、いかにもといった風体の男たちがうろつく姿。
それを、かなり離れた距離から望遠カメラで捉えているものらしい。
「因みに、セレス・タイト殿を救出した部隊の撮影です」
護送途中に奪還したらしいよと、脇に抱えていた資料をひらひらと振りながら、アマギリは言った。
尚、セレスたちはアマギリたちの会話が白熱している間に、ワウアンリーが目配せした剣士が外へと連れ出していた。
半分一般人に近い彼らには、この毒のある空気は辛すぎるだろうと言う配慮だった。
「で、映像と音声はあんまり関係なくて悪いんだけど……」
従者のさり気ない気遣いに気付いていながらも、まるで礼も言わないままにアマギリはコンソールを叩く。
『私を捉えてどれだけの金になる。国との交渉は面倒だぞ?』
何処か周囲に反響したような音が、ノイズ交じりに響く。
「―――洞窟、か。この響き方だと」
「あの、トレーラーが隠している岩壁の辺りですかね」
アウラの言葉に、ワウアンリーが頷いた。その横で、キャイアが震えたような声を漏らす。
「……何よ、コレ。―――ダグ、マイア?」
『こちらで用意した女と貴公とで子供を作らせるという手もある。そういう浪人なら幾らでも用意できますからね』
「んな―――っ!?」
「―――音声照合取れました。山賊団首魁の女で間違いありません」
遠くで会話の内容に驚くキャイアの声も聞こえないかのような冷静な声で、アマギリの耳元でオペレーターが呟いた。
それを耳ざとく聞きつけたラシャラが、額に手をやりつつ言った。やれやれ面倒なと言いたそうに、眦がよっている。
「従兄殿、お主ダグマイア自身にも盗聴器を仕掛けおったな」
「―――ははは、警備上の安全性を考えてってやつですよ」
「どちらの意味での安全性か、じっくりと聞いてみたい所じゃの」
わざとらしく笑うアマギリに、ラシャラも半笑いで応じた。
「これ―――つまり、山賊との直接交渉の現場って事?」
「―――と言うか、種の来歴を明かせない聖機師なんて生んだところで、引き取り手なんて早々見つからないのでは?」
「運良く男性聖機師が生まれるまで―――つくり、続けるとか?」
投げやりなマリアの言葉に、ワウアンリーが若干頬を赤らめつつ応じた。
その間にも音声のみの会話は続く。
『貴女も、その一人と言う訳だな』
『―――勿論』
「二人、黙って見詰め合う。―――ト書きなら、そんなところかの」
「落ち着いている場合じゃないですよラシャラ様! このままじゃ―――っ!」
「このままじゃ、何じゃ?」
「何―――何って、……その」
無音となった隙間に呟いたラシャラの言葉に、キャイアは真っ赤になって叫ぶ。
しかし何処か冷めた目で切り返してきたラシャラの言葉に、キャイアはたじろく事しか出来なかった。
このままなら、ダグマイアはどうなってしまうのか。
どうもこうも、ダグマイアがこの会話を主導しているのだ。
―――彼は、被害者ではない。
それが理解できてしまうが故に、キャイアは続ける言葉を持ち得なかった。
『我々を雇ってどうなさるおつもりで―――ッ!?』
「―――なに?」
「金属をこする音がしたな。誰か、刃物を抜いたぞ」
引き攣って止まった山賊の首魁らしい女の声に首をかしげたリチアに、アウラが推察の言葉を続けた。
「耳が良いですねダークエルフの人。―――会話の流れから言って、ダグマイア君が脅しに行ったってトコかな」
「ですわね」
「そん、そんな―――」
興味なさ気に考察するハヴォニワの兄妹に、キャイアは気が気ではない。
囚われた―――筈、その言葉すら最早難しいが―――ダグマイアが、逆に山賊を脅しているなどと。
『私は他の男とは違う。―――それを証明したいんだ』
信じたくはない。そんなキャイアの思いを打ち砕くかのように、ダグマイアは強い口調で言った。
熱の篭った、真剣な。最近キャイアの前で見せるような冷めた態度ではなく。執念の篭った口調だった。
「ダグマイア……」
置いていかれたような心境なのか、それとも何かに裏切られた気分なのか、何処か悲しげな口調で呟くキャイアと対照的に、場の空気は何処か乾いていた。
「―――わざわざ証明しなければ解らない段階で、既に他の男と対して変わらないって認めてるようなものじゃないのか?」
「あの言い方だと、証明したいのではなく、承認が欲しいってだけですわよね。他人に認められたいと」
「ダグマイア・メストらしいといえばそれまでだが―――何とも感想に困るな。……そういう虚栄心をあからさまにしては、簡単に他人に利用されてしまいそうだが」
「その辺りの脇の甘さが、正しくダグマイア・メストなんでしょ? 此処はそこの馬鹿のテリトリーだって言うのに、監視の一つも付いている事に気付かないんだから」
アマギリもマリアもアウラも、リチアですらも―――皆が皆、否定的な言葉しかなかった。
それら全てを、キャイアは混乱する思考の片隅で確かに聞いた。理解した。
そう、理解した。ダグマイア・メストを、キャイアは理解した。
彼らがそんなだから―――明らかに余人に換えがたい個性を持った彼らばかりが堂々と目の前を通り過ぎてゆくから、ダグマイアはこう言う生き方をせざるを得なかったのだと。
ダグマイアの言葉の意味、それを真実体現している彼らが、しかしそれを当たり前だと価値もない物の様に扱っているから。
必死の努力を重ねている人間にとっては、堪らないのだろう。
違いが解る程度の優秀さがあったのがダグマイアの不幸で―――それが認められないからこそ、足掻く。
足掻いて、足掻いて、そして―――違えた。
違えているのだ、彼は。悲しいほどに違えてしまっている。正道には最早戻れないのだろう。
認めがたい事だったが、キャイアはそう理解するよりなかった。
理解しても―――それでも。
『詳しい話をお聞きしたい』
『―――出来れば、余人を交えずにお話したい』
それでも、その思いを打ち砕くかのように、ダグマイアから放たれる言葉はキャイアにとっては残酷なものだ。
最早、手段など一つとして選びようが無い。
そんなところまで、彼は既に行き着いていたのだ。
「ダグ、マイア……」
折れそうな気持ちが、呟きに乗って、自然流れ落ちる涙と共に、キャイアの口から零れた。
それを聞いたから―――と言う訳でもなく、アマギリは音声を止めた。
その後の向こうの展開が、容易に想像できたからだ。
「これ以上は、もう良いかな」
「嫌よね、男って。結局最後は誰でも変わらないのかしら」
「そうならないために―――させないために、でしょうか。確りと手綱を握らなくてはと言う事なのでは?」
「―――言われると思ったよ、チクショウ」
ダグマイアたちの最後の会話、その後の展開を想像してのリチアとマリアの不機嫌そうな声に、アマギリが項垂れながら言った。前科持ちは辛いと思っている。後悔は全くしてなかったが。
「―――さて、と」
だがそれに囚われてばかりと言うわけにも行かないから、アマギリはコンソールから身を起こして少女達に振り返った。涙を流すキャイアに気付いていたが、見なかった事にして口を開く。
「まぁ、こんなだからダグマイア君は放っておいてもそのうち戻ってくるだろうし、朝から騒がしかったから一先ず解散と行かない?」
「どう考えてもあたし達が助けに来るの待ってますよね、あの人」
「寒いボケでツッコミを期待してるような人に、わざわざ応じる義理も無いし。しかも相手は男だぞ?」
「そこが重要なんだ……」
堂々と言い切るアマギリに、ワウアンリーは苦笑以外浮かばなかった。アウラも同様らしい。
「相変わらず同性には手厳しいな、お前。―――と言うか、建前上迎えに行かねば帰って来られないのでは無いか?」
アウラの突っ込みに、アマギリは面倒そうにまあね、と頷く。
そして建前上、アマギリ―――アマギリ・ナナダンとしても、ダグマイア・メストの救助は行わなければならないのだ。
実に馬鹿らしい話だが、建前上は仕方が無い。
一応二人はクラスメート。そして旅行に誘ったのはアマギリで、監督責任はナナダン家だ。
「じゃあ、面倒だけど―――」
「アマギリ様! マリア様!」
口を開きかけたアマギリを、背後に居たオペレーターが遮った。焦ったような声、突然呼ばれたマリアも目を丸くしている。
「―――何?」
嫌な予感以外の何物もしなかったが、アマギリはだからこそ冷静な態度でオペレーターに振り返った。
「これ、を―――」
オペレーターは、先ほどまで自分が読んでいたプリントを、震える手でアマギリに手渡す。
受け取るアマギリの傍に、マリアが近寄ってきた。当然、従者たち二人も傍に来る。
恐らくはハヴォニワ国内での緊急事態だろうと辺りをつけたほかの少女達は、しばし彼らから距離を取る。
興味はあるが、その辺りは立場もあって弁えていた。
「ダグマイア、何故……」
沈んだ声で呟くキャイアに、ラシャラは冷静な表情で告げた。
「何故も何もあるまい。ヤツは変化を望み、それ故に我等との対立が必定となった。求めるものが違えば争わざるを得ない、それだけの事じゃ」
「―――我等」
「その通りじゃキャイア。我が従者よ。―――あの会話の意味を吟味できぬお主ではなかろう。あのような者達を配下に加えてヤツが起こそうとする事はなんじゃ? 答えは当の昔から出ておった。ただ、対立を望んでいたのがヤツの父だけではなく、ヤツ自身もそう望んでいたという事がはっきりしただけ。―――直ぐにとは言わぬが、事の始まる前に割り切るのじゃな」
「―――ラシャラ様」
妾はとうに覚悟を決めていると、突き放すような主の言葉に、キャイアは呆然と言葉も無い。
対立。
ダグマイアと。
キャイアはラシャラの従者なのだから、当然、ダグマイアたちにとっては打倒すべき敵の一人と映るだろう。
ダグマイア自身が、既にそう望んでいるのだ。それは野心家の彼の父に命ぜられたからだけの理由ではなく、先の言葉どおり、彼自身が自らの証明を求めているから。
キャイアは、ラシャラの従者だ。
女王の従者としての責務を放棄するつもりはないし、職責を全うすると言う意思に些かの曇りも無い。
だけど、だからといってダグマイアに剣を向けられるだろうか。
解らない。解らないし―――答えを出すのが、怖い。
どんな答えを選んでも、きっと何かを失う事になるのだと、それが解ってしまうから。
「―――やられたね、コレは」
アマギリの声が、室内に響いた。
口調の軽さの割には、重い響き。傍に居る妹も、従者達も、その表情は厳しい。
「なるほど。それを利用して事を起こす―――じゃないのか、それ自体が、つまり目的なのか」
「アマギリ?」
「あークソ、こんなんなら、躊躇う事無く全部のデータぶっこ抜いておけば良かったか」
思考を高速で纏めるかのように呟き続けるアマギリに、アウラが声を掛けるが聞こえなかったらしい。
「おい、アマギリ―――っ」
二度目の呼びかけで、漸く視線が絡む。凍ったような目つきに、アウラはたじろいた。しかしそれも一瞬、アマギリは苦笑いを浮かべて、わざとらしく手をひらひらと振った。
そして何故か、キャイアの方を向く。
「おめでとうキャイアさん、どうやらダグマイア君との対決は無期延期のようだ」
「―――え?」
「いやいやいや、やってくれるよあのオッサン。流石に一人で大国廻してるだけあって割り切り方も上手い。―――ああ、くそ、やられた。何でこの可能性を思いつかなかったかな。馬鹿か僕は。ちょっと考えれば当然じゃないかこんなの」
「延期―――じゃと? 従兄殿、一体何を言っておる?」
キャイア以上に、傍に居たラシャラの方が混乱が大きかった。キャイアはむしろ、呆然として言葉の意味を理解できなかったらしい。
アマギリは今度はラシャラに視線を移した。おどけたような身振りが、ラシャラには何か恐ろしいものの予兆に感じられた。
「ラシャラ・アース女王陛下」
声も、その呼び方も、不吉以外の何ものもうつさない。アマギリの隣に居たユキネが、無表情に変わったことも、それを助長させた。
「―――何、じゃ」
ラシャラは、返事の声が震えなかったことに安堵した。その敬称と共に呼ばれた以上、ラシャラは弱い部分を見せるわけには行かなかったからだ。
アマギリは、ゆっくりと半直角の礼をした後で、言った。
「真に申し訳ありませんが、御身の身柄を拘束させていただきます」
「っ!」
「な、に―――え? いえ、突然何を―――!?」
驚愕に眼を揺らすラシャラの横で、混乱しながらもアマギリの言葉の意味を端的に理解したキャイアが、ラシャラを守るように一歩踏み出していた。
「ユキネ」
「はい、アマギリ様」
冷徹なアマギリの言葉。そして能面のようなユキネがそれに従い素早い動作でラシャラたちの傍による。
当意即妙。正に従者の鏡たる、主―――もう、違うじゃないか!―――に付き従う者たるを象徴した姿だった。
「ちょっと―――!?」
意味が全く理解できない行動だが、害意が含まれている事だけは理解できた。キャイアは咄嗟に私服のままでも携えていた短刀を抜こうとして、
「止めよキャイア! ―――従兄殿よ、そう焦るでない。妾は逆らいはせぬ」
その行動こそが危険を呼ぶと理解していたラシャラは、キャイアを鋭い声で制止した後に、アマギリの方へと自ら近づいた。キャイアがラシャラに続くより先に、無言のままのユキネがその間に割って入り続いた。
「……今の、普通はポジション的に考えてあたしにお呼びが掛かる場面なんじゃあ?」
「貴女の役割はそういう物ではないでしょう?」
「どうせ、各方面への繋ぎでしかないですよ、あたし……」
アマギリとユキネが、いっそ見事なコンビネーション過ぎて、本物の従者が微妙に凹んでいた。
「ご協力感謝の極み」
近づいてきたラシャラに手にしていたプリントを手渡しながら、アマギリは肩を竦める。それを鼻を鳴らしながら受け取って―――ラシャラは再び眼を揺らした。
「要らぬ世辞じゃな。どのみち此処はお主のテリトリーじゃろうて。言われれば逃げ場も無いゆえ、従うより―――っ!! これ、は」
ラシャラの手は明らかに驚愕で震えていた。
「ちょっとアマギリ、結局何が何なのよ」
「いい加減、我等にも解るようにして欲しいのだがな」
若干蚊帳の外に置かれていたリチアとアウラが傍によってくる。
アマギリは肩を竦めて応じた。
あっさりと。
誰にでも解るような簡単な言葉で。
「聖地がババルン・メスト率いる艦隊に占領されました」
・Scene 37:End・