・Scene 37-6・
「アマギリ様ぁ」
バン。
「何?」
ズガン、バタン。
「こんなゲリラの掃討戦みたいな事やってないで、アウラ様を連れてこの場を脱出した方が早くないですか?」
ドドドドド、ズガガガ、チュンッ。
「まぁまぁ、女性には色々準備があるもんだしさ、少しは待ってやらないと」
ドッゴォ―――ンッッ。
「うわぁ、一方的だなぁ……」
「武器は現場調達なんてアホなやり方してるから、あんな目にあうのさ。きちんと装備してから出かけないとね」
「装備してもひのきの棒じゃあ対人地雷と機関砲の面制圧には勝てないと思うんですけど……あ、死んだ」
オペラグラスを覗き込んで観測兵になりきっていた剣士が、森の中で地雷を踏んづけて坂道を転がり落ちる山賊の姿に思わず呟く。
「いや、ゴム弾だから。爆発も空気圧縮してた奴だから音だけだし」
因みに、銃弾その他はアマギリが述べたとおり全てゴム製であるため、とても運が悪くない限りは死なない。
死なないだけで、一瞬で死ぬ以上に痛い目に合わされるだろうが。
「コレで全部かな」
「みたいですね。―――まさか、こっちでサーモグラフィーとか見る嵌めになるとは思いませんでしたけど。いや、それを言ったら機工人に地雷埋設機能が付いてるのにも驚きでしたが」
機工人のコックピット内のデータウィンドウを覗き込んでいたアマギリの言葉に、周囲を見渡していた剣士も頷く。
若干引き攣った剣士の言葉に、アマギリは漸く機工人の本体上部からせり出していた機関砲の駆動を停止させる。
風光明媚な高級別荘地を騒がせる物騒な銃撃と破砕音が、漸く止まった。
「結界式関連の技術がもう頭打ちって感じだからさ、こういう対人探知システムとかがちっとも発達して無いんだよね此処」
「ああ、一番使える対聖機人用のレーダーがコロって時点で、解りそうな感じですね」
みゃーみゃーと鳴く、実家で姉の飼っていたペットに良く似た小動物を思い出して、剣士が頷く。
「そそ、まぁその辺は割りと意図的に技術出し渋ってるんだけど―――詳しく知りたいなら、ウチの従者にでも聞くと良いよ。きっと言葉を濁すから」
「それ、質問って言うか只の嫌がらせなんじゃあ……」
背後に控えた丘の上に立てられた個人用の別荘を見上げて、剣士が呟く。
その中に居るアウラ・シュリフォンを救出するために、剣士たちに遅れて到着したワウアンリーが中へと入っていった筈なのだ。
剣士は既に中に賊が入り込んでいたのに気付いていたので、誰よりも先に自分が飛び込もうと思っていたのだが、アマギリに止められてしまった。
曰く、女性の部屋に男がズカズカと踏み込むものじゃないとの事らしい。
先ほど”女性の部屋”で合流した人が言える言葉じゃないよなと剣士が曖昧な顔で笑っている間に、アマギリは送れて到着したワウアンリーに”グリップと円形のレンズのついた太い筒”を投げ渡して突入を命じた。
中で何度か炸裂音が響いていたのも、もう半刻ほど前のことだから、とっくにアウラの救出は済んでいる筈なのに―――遅い。
ワウアンリーもアウラも、未だに部屋から出てこない。
「中で、何か……」
心配になってコックピットの中から立ち上がった剣士の背後で、機関砲にケーブルを繋いで何かをチェックしていたアマギリが顔を上げた。
「ダークエルフってさ」
「はい?」
「何でダークエルフって言うか、知ってる?」
いきなりなんだろうかと視線を向けた剣士に、アマギリは作業を続けたままで質問をしてきた。
ダークエルフ。
「―――って、アウラ様の、アレですよね」
「そう、種族。優れた身体能力と感受性、後は特徴的な褐色の肌に何よりもまず、長い耳ってのだね。深い森の中でジェミナーの他のどの国とも違った独自の文化形式を築いている彼らを総称して、ダークエルフと呼ぶ」
「へぇ―――で、それがどうしたんですか?」
初めて聞く話に興味深い顔で頷いた剣士は、アマギリの質問の意図を理解できずに首を捻る。
「いやさ、森に住んでて耳が長くてそれを一般の人間と区別して”エルフ”って言うのは解るけどさ―――なんでわざわざ”ダーク”なんて頭につけているんだと思う?」
「ああ、―――そういえば」
言われて見れば、と剣士は頷いた。
現代日本人の剣士にとって、このジェミナーは所謂漫画やゲームやアニメ等に代表される創作物にあるような、”剣と魔法の世界”そのものと言っても良いものだった。
それ故、耳が長い人間の事をエルフと言うのも不思議ではなかったし、そして肌が黒ければそれがダークエルフであろう事を疑う筈もなかった。
「やっぱり、肌の白いエルフの人が居るんじゃないんですか?」
と、言うか居るものだと思っていた。違うのだろうかとアマギリを伺うと、首を横に振って笑っていた。
「残念ながら居ないんだ。”ダーク”なエルフが居るのなら、基準となるべき純なるエルフが居ると言う剣士殿の解釈が正しい筈なんだけど―――ジェミナーに、エルフと言う生き物は存在しない」
色々調べたから間違いないと、アマギリは断言した。
「―――じゃあ、何で?」
例え肌の色が褐色で、見た目からしてそうだろうと、他にエルフが居ないのであれば単にエルフと名乗ればいいんじゃないのか―――と剣士は思った。
その疑問に行き着くのを待っていたとばかりに、アマギリは気取った風に手を広げた。
「答えは単純。”彼らがそう自称したから”なんだよ」
「―――自称?」
言葉を繰り返す剣士に、アマギリは深く頷く。
「そう、自称。彼らは自らを指して”ダークエルフ”だと呼んだ。そしてそれまでこの”世界”には普通の人間以外のヒューマノイドは存在しなかったから、この世界の人々は彼らの事を”エルフの亜種のダークエルフ”ではなく単にダークエルフという一種族と認識する事になった、と言う訳さ」
「へぇ~~~」
面白い雑学を聞いたなという具合に、剣士は何度も頷いた。アマギリはそれに少し苦笑して続ける。
「今の僕の話に、気になるところは無かったかな?」
「へ?」
気になる。
何故こんな話を突然始めるのかと言うことが一番気になる問題だったが、他に何かあっただろうか。
この世界の人々は、彼ら自分たちとは違った種族を見て、何か名称をつけようと思った。
しかしその前に、その種族は自分たちをダークエルフと呼んだ。それ故に彼らはエルフがおらずとも此処ではダークエルフ。
「―――此処では?」
「気付いたか。そう―――つまりダークエルフの元居た場所には、確りと”エルフ”と言う括りの種族が居るんだ。それと区分して、彼らは自らをダークエルフと称していた」
「あれ、でもエルフは居ない―――いやでも、それは此処だけの話で、―――それだと、ダークエルフも居ないって事に―――あれ?」
何かがおかしい。それが何かがわかるような、解らないような。
喉元に小骨が刺さったような嫌な気分を剣士は味わっていた。
泣き出しそうなコロのような剣士の顔に、アマギリもそれ以上答えを引っ張る気が起きなかったらしい。
素直に口を開いた。
「正解は単純な話だ。彼らダークエルフは、元々このジェミナー発祥の生物ではない。つまり―――」
「我等もまた異世界人―――その末裔、そう言う事か?」
言葉は、機工人に乗っている二人の背後の別荘の方から聞こえた。
「アウラ様」
「おや、もう平気なの?」
嬉しそうに声を上げてコックピットから飛び降り、別荘の入り口ドアの前のアウラへと走りよる剣士に続いて、アマギリも砲座から立ち上がって声を掛けた。
「ああ、すまないなアマギリ、面倒な気遣いをさせてしまって。―――尤も、私などに気を使っている暇があったら、別の人間に気を使ってやれと言いたいところもあるが」
苦笑するアウラに、アマギリも肩を竦めて応じた。
「いや、まぁ。剣士殿を突入させるのもそれはそれで楽しそうだなーとは思ったんだけどね」
「楽しい……?」
「あー、そかそか、剣士は負の時間の事知らないのかー」
疑問顔の剣士に、アウラに続いて別荘から出てきたワウアンリーが言う。
「ふのじかん、ですか?」
知らない単語を繰り返す剣士に、ワウアンリーはどうしますかとアウラに視線を送る。
アウラは直接は答えずに、アマギリに視線を送った。
「先ほどの流れから我等の負の時間にまでどう話が繋がるのか、少々興味があるのだが」
「推測交じりですよ?」
「構わない。お前が無駄に知識量が豊富なのは理解している。ハヴォニワ王宮の書庫を制覇したと、マリア王女が自慢げに語っていたぞ」
アウラの言葉に、アマギリは一瞬だけ視線を明後日の方向に逸らした後で口を開いた。照れたらしい。
「まず―――ダークエルフの周囲の自然界に対する感能力に関してなんだけど、アウラ王女達が言う所の、”森の声が聞こえる”と言う奴は、現実的にはそんな夢のある感覚的な話しじゃなくて、銀河文明的な基準で言えばESPの感能力に値する物と言える」
「なんか、ファンタジーが夢も希望も無い単語に置き換わっちゃいますね」
「って言うか銀河……」
「発展した科学なんてそんなもんだよ。で、まぁダークエルフのコレは、本来なら周囲の自然環境に溶け込む―――言わば動植物の擬態の一種みたいなもので、自身と自然を同質のものへと調和させる能力なんだ」
「―――同質になるが故に、声が聞こえる?」
顎に手をやって問うアウラに、アマギリは然りと頷く。
「しかし問題になってくるのは、この能力はあくまでダークエルフが”元居た自然環境”に同化する為の能力であり、元居た場所とは違う環境とは、上手くマッチングできない。齟齬が発生してしまうんだ。―――例としてあってるかどうか解らないけど、惑星の自転と体内時計が一致してないとでも言うのかな」
「えーっと、つまり、一日二十四時間のつもりが、実際は二十五時間だったりとか、そういうズレがあるって事ですか?」
剣士の理解に、アマギリは良く出来ましたと応じて続ける。
「そういう事。―――そして、ダークエルフはそのズレを修正するために起床からの暫くの間……何ていうかな、まぁ、アレだ。低血圧の酷い感じのダウナーな気分になる……で、良いですかね?」
「そこまで言い辛そうにされると逆に私が困るぞ。まぁ、概ねアマギリの例えで間違っていない。朝方暫くは、正直な話、人前に出られる精神状態にはなれないと言うことだな」
「―――あ、ひょっとして前に昼頃登校されてたのは……」
一学期も初めのころ、まだ使用人として働いていた時期の出会いを思い出して問う剣士に、アウラはそうだと頷いた。
「ついでに、ダークエルフの負の領域ってヤツは、アレようするに本来のダークエルフの生存環境を周囲に強制的に感応する事により、ジェミナーの他の生物に適応できない領域とする能力なんじゃないかと思います」
補足するように付け足したアマギリに、アウラは苦笑して首を横に振った。
「学者と言うのは本人達ですら理解できないような事をつまびらかにしようとするから、適わんな」
「アマギリ様、物知りなんですね」
剣士も感心したように頷く。
しかしその横で、ワウアンリーが面倒くさそうに首を振った。
「感心しちゃ駄目よ剣士。このヒト、只時間稼ぎしてるだけだから」
「へ?」
「この田舎から上京した売れないビジュアル系バンドのピアニストみたいな服装はともかく、匂いは流石に誤魔化せないからねー。直ぐに会いに行って突っ込まれるのが怖いから、こうして時間稼いでるのよ」
「うるさいよ従者!」
「と言うかアマギリ。只の友人とは言え、女性を迎えに来る時に別の女性の匂いを撒き散らしているというのは、流石にどうなんだ……?」
「離れているのに鼻が利きますね、ダークエルフのヒトっ!」
どうしようもないほどグダグダになってきた状況に、剣士は半笑いで空を見上げた。
空の向こうで見ているのなら、家族達にとってはさぞ楽しい光景だろうなと、状況に相応しくないくだらない事を考えてしまう。
そして、ふと一つの疑問が浮かんだ。
ダークエルフも、異世界人。そして当然、地球人の剣士も、宇宙(?)人であるアマギリも。
異世界人は須らく聖機師として優れた資質を有しているとの言葉はユライト・メストより聞いていたものだが―――しかし、そもそも異世界人でなければ上手く動かせないような使いづらい”ロボット兵器”なんて、何でわざわざ使い続けているのか。
戦力の強化をしたいのならばそれこそ、此処に居るアマギリが用いたように汎用の誰にでも使える砲や車両などの技術を発達させれば良いのに。
力のある異世界人を呼び出して、聖機人に乗せて、そして自分たちは見物―――戦争行為を見世物みたいにして。
何処と言いようの無い、居住まいの悪い不自然なものを感じる。
「剣士殿? そろそろ行くよ?」
「あ、ハイ。すいません」
呼ばれて我に返り、コックピットに戻る。
「では、私が剣士の後ろか」
「ああ、香水の匂いが……」
「五月蝿いよ従者。救助が遅れたんだから給料分と割り切れ、頼む、後生だから」
「何か微妙に卑屈になってますよ―――っていうか、あたし一応真っ先に殿下の寝室向かいましたからね! 居なかったけど!!」
「何処に居たのか、実に興味があるが―――まぁ、その辺りの質問はリチアのために取っておくべきだろうな」
「怖いこと言わないで下さいよ……」
そう、真面目さが足りない―――例えば、この緊迫感の欠片もない人たちみたいな。
焼けた鉄板の上で火遊びをするような、それが当然だと考えていられるような感覚。
「まぁ、この人たちにとっては本当に日常なんだろうな……」
実家の騒ぎを思い出すような、騒々しさが常にやむ事はない日々。
あの温厚なセレス・タイトでさえ、恐れ交じりに声を潜めるような武勇譚の数々を有しているらしいし、きっとトラブルにトラブルを混ぜて、トラブルで固めたようなトラブルを常に乗り越えてきたのだろう。
笑いながら。
「どうかしたのか、剣士?」
「いえいえいえ、別にっ!」
機工人を発進させながら、気分を切り替える前に、最後に一つだけ、剣士はこう思った。
―――何でわざわざ、異世界人なんて呼び出すのだろうか。
※ 雑談タイムその2。しかも今回は本当に意味の無い俺設定的ウンチク話……に見せかけて、実は背後で恐るべき事態が。
自分がフラグ立てられなかったからって人がフラグ立てるのを妨害するのは正直どうかと思う。
因みに前回も、何気にコルディネ女史を葬りかけていたりする辺り、何処まで男には外道なんだろうか。
後、感想で幾らかあった『同人誌出の裏設定はどの辺りまで知ってるの?』と言うヤツですが、多分それなりに知ってるかと。
とは言え、このSSは基本、『映像から読み取れる物”のみ”が公式設定』と言う割り切り方でやってますので、
同人誌からの情報は知ってても意図的に見ないフリしてる事が多々あります。
拾い始めると割りと収集がつかない事になりますしね。
フローラ様とかフローラ様とかフローラ様の件辺りが特に。根底から覆されるわ!!
そんな訳で、裏設定は俺設定と混ぜ合わせて使ってたりするので、その辺りは、よしなに。