・Scene 35-5・
「あのぉ、俺がこういうこと言うのもなんだと思うんですけど」
樹齢数十年と言う巨木の林立する森の中。その中を更に太い巨木の根が地を這う大蛇のように地面よりせり出している。
「何? あ、そこのダッシュボードの奥、キーボード入ってるから解除コード打ち込んでくれる」
直径十数メートルは在りそうなその巨大な根の上を滑るように、赤い蜘蛛とも蟹とも見える機工人が疾走していく。
「あ、ハイ。何ていうかアマギリ様。みんなに合う前に、シャワーくらい浴びた方が良いと思いますけど。あれ、このテンキー、こっちの文字と違う?」
左右二本づつ、四本の脚が生えた卵上の胴体の前、作業用の二本の稼動腕の間に独立して保持された操縦席には、二人の少年の姿があった。
「あーやっぱ匂うか。まぁ、っていうか剣士殿、こういうの”解る”んだね。―――どうせ使うの僕だけだし、コッチに合わせる必要ないからさ、銀河標準規格の奴わざわざ作ったんだよ。コードは”Z”を続けて三つ押した後にエンターで宜しく」
操縦席に座り複雑に隆起した地面で、見事な操縦で機工人を疾駆させているのは、むしろ自身の脚でそこを駆けた方が似合いそうな野生の動物を思わせる少年である。
「ええ、その。ウチの兄ちゃんがたまにそんな感じだったりするんで、自然と。―――それにしても、トリプルゼットとか、何か凄い不吉な感じがしますね」
補助席から乗り出して辺りの様子を伺っているのは、肌蹴たシャツに乱れた長髪と言うだらしの無い格好、しかし着ている物自体は拵えの良いものだったから、そのまんま苦労知らずの貴族の御曹司のようであった。
「だらしのない遙照様って想像がつかないけどなぁ。―――それ、かえって簡単な方が解り辛いと思って適当に打った筈なんだけど、何故か銀河で一番不吉なパスワードっぽいよね、何故か」
会話の内容は十代の少年達がするには些か擦れすぎているようなものだったが、その滑稽さに反して二人の顔は殆ど笑顔が無かった。
機工人を操縦する剣士も、辺りの様子―――周囲で発生している結界炉の駆動音に聞き耳を立てているアマギリも、此処が今や戦場であるという事実を確り弁えていた。
「おし来た、メインエンジンロック解除、ジェネレーター連結、フォロニックディスプレイオープン!」
楽しそうに叫ぶアマギリの言葉に比例するように、機工人は本体後部の排気口から吐き出していた水蒸気の帯を留め、その代わりに赤い外殻を唸るように微細動を発生させた。その静かな振動が、逆に内側から発生しているパワーの大きさを思わせる。
操縦席内でも、原始的な機械式の操縦桿や計器類がガシャガシャと音を立てて奥へと引っ込み、未来的なアームスティックやデータスクリーンがせりあがってくる。
「―――って、うわ、何ですかコレ!? 突然五倍以上のゲインになりましたよ!?」
突然引っ込んだ操縦間の変わりに出てきたスティックを慌てて握り締めて、光写投影式のデータウィンドウに表示された機体パラメーターの数値を覗き見た剣士が目を丸くした。
「何か、どう考えてもこの機体の大きさに乗っけられる結界炉で出せる出力超えてるような気がするんですけど」
「そりゃそうだ、こいつ結界炉の代わりにボート級の宇宙船で使われる小型の核融合炉使ってるし。―――全兵装安全装置解除っと、火気管制、こっち貰うよ」
半透明のデータウィンドウをミラーグラスのように眼前に展開して、同じく補助席の両脇からせり出してきた操作盤に素早く指を走らせていたアマギリは、頬を引き攣らせる剣士に笑って応じる。
「レトロなスチームパンクが、突然SFスペースオペラにでもなった感じですね……」
「僕等異世界人なんだし、そっちの方が慣れてるだろ? ―――直線五十メートル先、森を抜けたら湖の脇に出るから道なりに峠の上だ。何とか、襲われる前に間に合えば良いけど……」
操作盤を動かし剣士の眼前にアウラの逗留している別荘までの地図を表示させたアマギリは、湖の上を走る高エネルギー体の反応に眉をしかめた。
「俺はアマギリ様と違って、ただの地球人なんですけど……この光点、ひょっとして聖機人ですか?」
跳ねるように機工人を操縦して森を飛び出した剣士は、湖面を走る巨大なヒトガタの姿を確認して、自身の言葉が正解だった事を理解した。
「地球って……確か船穂様の故郷で皇家の保護惑星だっけ? 何でそんな所で暮らしてるのさ。 ―――気付かれたな、面倒な。にしても、わざと手薄にしたとは言え、ホントに聖機人も盗られたとはね。予想以上にあの賊どもが使えるってことか? ……失敗したかな、倅君に渡したの」
「いえ、生まれも育ちも地球は日本の岡山ですけど。先に、やっつけちゃいますか?」
やる気あります、という感情を表すかのように稼動腕をガショガショと動かしてみせる剣士に、アマギリは軽く首を振った。
「僕がやるから、最短距離で突っ走る事だけしてくれれば良いよ。―――って地球、出身だと? ……って事は、アレか? 初代様の妹君の血統とか言う船穂様の同族の……何か、僕と剣士殿って微妙に認識にズレがある気がするするね」
操作盤の脇にあったレバーをアマギリが引っ張ると、機工人本体上部の装甲が中心に向かって谷折となって開かれ、その内側から巨大な砲塔がせりあがってくる。底部が可動式となって上下左右後と前自在な照準が可能なその砲塔は、現代ジェミナーで用いられる実体弾を放つための物とは見た目からして違った。
表面に鋸状の凹凸が刻まれた、二枚の板が合わさったような形状。
アマギリの操作に合わせて、その噛み合わさった二枚の板の間を紫電が奔った。
「アマギリ様って俺から見れば宇宙人なんですよね。一応宇宙にも親戚さんは結構居ますけど、俺は自分の事はただの地球人だと思ってますよ。―――何か、後ろで凄い音してません?」
「大丈夫、こいつコックピットむき出しだけど、エアフィルターだけは作動してるから。飛散粒子に焼かれたりしないって。―――只の地球人はそもそも宇宙なんか行かないと思うけど。確か、大昔に資料で読んだだけだけど、アレだろ、地球って。まだ初期段階文明にも達して無い、武器といえば槍とか弓。所謂最初期の産業構造、大量生産とか共通規格とかの概念すらない文明レベルだろ?」
「あー、どうりでさっきからスピード出してるのに風圧が来ないと……。そんな中世の戦国時代じゃありませんし、頑張れば月へ行けるくらいの科学力はありますって、地球。ウチは―――ラシャラ様にも言われましたけど、ちょっと変わってるみたいですけど」
納得、している場合じゃないだろうなと思いつつ、剣士は深く考えない事にした。
どうもこの異世界人の先輩、姉のマッドサイエンティストと同じ方向へはっちゃけている部分を持っている事を感じたからだ。この手の手合いは深く突っ込んだ方が負けである。
ずぎゃああああああぁん。
擬音にすれば、そんな感じの馬鹿らしいと言う他無いような凄まじい騒音。
剣士が考え事をしている間に、発射準備はとっくに完了していたらしい。
機体をぐらつかせるような衝撃が背後から襲い、そして凄まじい光量が発生している事を逆光となった視界で理解した。発生したエネルギーに驚き、剣士は思わずシートの上で体を顰めた。
眩さに細めた視界の端で、レーダーに映っていた光点が一個消失している事に気付く。
体を起こして湖の方へ頭をめぐらせると、こちらを目掛けて飛行していたらしい聖機人のうちの一機が、コアから上の両腕と頭部を消失して煙を上げていた。
「出力三割減ってトコか。……やっぱ、大気中のエナのせいでエネルギーの減退が予想より激しいなぁ。―――粒子砲の類はやっぱ封印かな」
「これで出力不足って、何を撃つつもりだったんですか……」
「いやぁそもそも、表に出す気無いしコレ。単にさ、モノ作るからには、常に最高のもの作りたいじゃない、やっぱ」
聖機人を一撃で葬るとか、明らかにジェミナーの文明内ではオーバーテクノロジー過ぎるブツを持ち出した事に頬を引き攣らせる剣士に、アマギリは研究者の狂気でもって答えた。
いきなり予想外の訳の解らない攻撃で破壊された味方機の姿に戸惑っている残りの聖機人に向かって、今度は散弾砲のように光弾の雨を叩き込む。
聖機人は光弾の雨に打たれて、その装甲に小さな穴を次々と穿たれていく。時間をおかずに行動不能になることだろう。
アマギリは、容赦と言う言葉は、既に何処かへ置いて来たらしい。
―――そういえば、室内で倒れ付していた山賊の人、明らかに事切れていたなと剣士は今更気付いた。平和な地球、日本とは違い命の軽い世界であるジェミナーなので、そうであっても咎める事はしないが、流石に平然とそれを行っている人を傍においていると気付けば、畏怖も沸く。
剣士も敵を倒す事に躊躇いは持たない方だったが、命を奪う事については、流石にためらいが先に立つ。
日常会話の延長線上で敵を容赦なく屠るような、アマギリほど明確な割り切りは出来なかった。
―――そう、この割り切り方。”宇宙に居る”親戚の人たちが身に纏う空気にそっくりだ。
笑顔で酒を飲み交わし、その脚で敵を征伐しに行く姿。競うように獲物―――最早戦闘ではなく”狩り”―――を屠っていき、しとめた数を、誇らしげに語り合う。
そしてアマギリの語る言葉から理解すれば、剣士もまた、それら親戚の者達と同様の立場に居る筈の人間らしい。
簡単な催眠術にかけられて誤魔化されていたが、確かに、只の日本の一般家庭にしては自身の家庭は異質に過ぎた。自身より小さい数百歳の姉とか、どう考えても地球じゃ製造不可能な宇宙船、それに山一面の人参畑―――は良いのか。いやでも、ペットと言われて納得していたけど、あんな動物自宅の裏山でしか見た事が無い。そもそも、只のペットは宇宙船を動かせたりはしない。
異常、だ。
元からそんな異常な場所に居たのだから、剣士にとってはそれが正常である。異常だからと忌諱する気持ちも全く無い。
だが―――そう思うと、異世界なんて場所でロボットに乗るような異常事態すら、割と正常な驚くべき事も無い事態に思えてくるから不思議だ。
何時もの姉達の誰かの悪戯、程度のものと今の状況はたいして変わらない。
悪戯、ならば―――。
何時もなら、剣士が困る様を何処かで見ているはずなのだ。今も、そうなのだろうか。
剣士は機工人を走らせるままに空を見上げた。視線なんか、感じる筈も無かったが。
「どうかした?」
顔を上に向けていた剣士に、アマギリが不思議そうに尋ねる。剣士は苦い笑みと共に応じた。
「いえ。―――その、俺は何で此処に居るのかなって、やっぱりまだ悩んじゃうんで」
貴方と違って。そんな風に思った事が顔に出ていたのだろうか、アマギリが微苦笑を浮かべる。
「僕だってそういう悩みはあるよ」
「―――あるんですか?」
「意外そうだね」
「いえ、なんか、アマギリ様ってあんまり悩みそうに見えないし」
暗に悩みの少ない能天気と馬鹿にされているとも取れる言い方だったが、アマギリはそこまで悪くは取らなかった。肩を竦めて鼻を鳴らす。
「そういうの、顔に出すと利用され易くなるって、昔誰かに言われて以来、気をつけてるからね。―――それに、その悩みに関しては、いつか時間が解決するだろうから、そのときに聞けば良いかと思っている」
「―――時間が?」
解決する、どういうことかと剣士は首を捻る。その悩みと言うのは剣士が言った、何故自分が此処にいるかと言うことだろう。
しかしアマギリは、剣士の疑問の視線に答える事無く、謎掛けのような言葉を返すのみだ。
「僕は、それが君なんじゃないかと思っているんだけど、ね」
「お、俺?」
前後で上手く繋がらない言葉が、剣士には理解できない。はぐらかされているのか、そういえば、こういう持って回った言い方が好きな姉やら親戚の偉い(らしい)人とかが居たなと剣士は思い出した。
大抵それらの人物達は、剣士自身が自分の答えを出すまで、解答を教えてくれないのだ。
「よく、わかりませんよ」
そうした言葉を剣士にくれた時に必ず浮かべていた意地の悪い笑顔を思い出して、剣士は不貞腐れたように呟いていた。
アマギリは、―――やはり、何処か意地の悪い微笑を浮かべて、それだけだった。
「アウラ王女の部屋も近いし―――どうやら、僕の出来の悪い従者も近づいているらしい。ジェミナーでするには相応しくない会話は、この辺りでやめておこうか。生まれは異邦と言えども、僕等が今はジェミナーの中に居るのが現実なんだから、内輪の話ばかりってのも良くないしね」
アマギリの言葉に周囲を見回した剣士は、背後の森の方から剣士たちのものと同型の機工人が飛び出してきたのが見えた。ワウアンリーが操縦しているのが見える。
「過去に囚われて今やる事を見失うのも馬鹿らしい。―――気分入れ替えて行こう」
「―――はいっ!」
アマギリの言葉に剣士は強く頷いた。
そうだ。今は危険の只中に居るのだ。剣士がではなく―――剣士が此処で出会った、大切な人たちが。
世話になっている人たち、守らなければならない人たちが。悩むのは後で、まずは目の前の事態に対して行動しなければならない。
俺は違う、外様だから等と言い訳して、見過ごすなんて事は出来ないのだから、同郷のものとの会話にだけ意識を向ける訳にはいかない。
「―――でも、明らかに向こうのテクノロジーを使いまくってるアマギリ様が言っても、余り説得力が無いですよね……」
「昔の人は言いました。他人は他人、自分は自分」
つまり、自分は特別に良いなどと。
―――なるほど、その強引な割り切り方は、故郷の人々を思わせるものだったから、剣士にはおかしくて仕方が無かった。
繋がっているのだと、故郷と。それが解ったから。
だから今は、此処で頑張ろうと、決心できた。
―――その前向きな決意の背後で、”旦那”云々の話題から逸らす事が出来て良かった、と胸をなでおろしている男が居た事には、残念ながら気付かなかったようだが。
※ 雑談タイム……の割には結構込み入った話のような。
一対一の会話は、そう言えば初めてなんですね、これが。