・Scene 37-2・
「……それで、バカンスですか?」
『そう、折角明日から夏休みだし、聖地に居る御友達も皆連れて、一度いらっしゃいな』
掌サイズの通信機に投影された女性の姿が、身振り手振りを交えて楽しそうに微笑んでいる。
ハヴォニワ王国女王、フローラ・ナナダン。毎度の事ながら、楽しそうな事だなとアマギリは思った。
ひまわりのような輝かしい笑顔、とでも言うのか。
夏に相応しいし、良い例えかもしれない。
―――そんな風に夏の蒸した空気にあてられて、のぼせたような考えをしてしまった自分に、アマギリは苦笑してしまった。
『何を笑っているの?』
「いえ、別に。―――まぁ、確かに避暑地で涼むのが必要な気もしてきたところです」
頭を冷やす意味も込めて。半笑いで答えたその内容を察せられてしまったのだろうか、フローラは、更に笑みを深めた。
『楽しそうね、最近』
「そうですか? ―――と言うか女王陛下もそれですか」
『あら、他の子にも言われたのかしら?』
「笑うようになったとか精神年齢下がってないかとか、何か会う人会う人そう言う事言われてる気がします、最近は」
いっそ照れ混じりのその笑いこそ、周りの意見の正しさを示しているのだろうに、アマギリ自身はそれに気付いていない。
フローラもそれを微笑ましく思いながら、指摘する事は無い。良い変化だと思っていた。
「ところで、バカンスって言いましたが何処で?」
余りにもフローラの笑顔が慈愛に満ち溢れていたものだったから、気恥ずかしくなってアマギリは話題を変えた。
すると、通信機の映し出す映像がフローラから何かの文章ファイルに切り替わり、彼女は音声だけの存在へと変わった。
『さっき貴方が避暑地が良さそうな事言ってたし、此処なんてどうかしら?』
「いや、近くに山か海でもあれば勝手に滝に撃たれるか飛び込むかしてくるから何処でも構わないですけど……って言うか、此処」
軽い気分で文章ファイルを読み進めていたアマギリは、その内容を吟味するに至り、頬を引き攣らせる事になった。
示された、ハヴォニワ国内有数の高級別荘地に関して、知識があったからだ。
高地に挟まれた狭い渓谷を抜けた先にある、森と湖に囲まれた風光明媚な土地。その自然は、天然の要塞ともなっており、外部からの何ものもの侵入を阻む。
「セキュリティ管理の行き届いた、富裕層御用達しの場所じゃないですか」
『そうよ? 貴方のご招待なんだから、来る子は皆立場のある子ばかりでしょうし、此処なら安心でしょう?』
資料の映像を脇に避けて、フローラが笑顔を覗かせる。
アマギリは苦笑して頷いた。
「安心は安心でしょうね。―――何をするにしても」
『遊ぶにはぴったりでしょう?』
「ええ、水場も近いですし、火遊びにも持って来いじゃないですか?」
『あら、だったら丁度良いから花火でもやろうかしら。貴方最近、そっちの方も研究しているらしいじゃない』
いつの間にか華の様な笑みが隙の無い笑みに変わっていた。
―――どちらも、共に。
「耳が早いですね。―――いや、目が良いって言うんでしょうか」
『貴方の手足は元々誰のものだったかしら』
「身も心も、僕は初めから貴女のものですよ、陛下」
見られて困るものでもないしと、常ならやらぬ気取った返し方をしてみると、何故か半眼で睨みつけられた。
『―――その割には、貴女この前リ……』
「いやいやいや、ちょっと待った!」
不穏当な響きが洩れ聞こえたのでアマギリは慌てて押し留める。
そして高速で思考を繰り広げる。
知られて困る話題では、無い。
―――と、思い込めないことも無い。余談だが妹が暫く冷たかったから肝を冷やした記憶があるが。
と言うか、先にフローラ自身が告げていた通りに、アマギリの手足となって動く配下の人間は、元々女王であるフローラに仕えている人間である。今でも主は―――命令の優先権は、フローラが先に立つ。付き合い方を考えれば、優先権を変更させる事も出来ただろうが、アマギリはあえてそれをしていなかったから、フローラの命令を優先する事についてはアマギリは特に思うところも無い。お勤めご苦労様、くらいのものだ。
―――けれども、流石に。
「……まさか、絵には残して無いでしょうね?」
『それは相手の子に悪いから、してないわよ』
「音でも駄目ですよ」
『外には出さないから安心なさい』
いや、全く安心できないと言うか僕には悪いとは思わない訳だなとか、短い会話の間に色々と突っ込みたい所が合ったが、全部薮蛇になるに違いないとアマギリは堪える事にした。
とりあえず後で家令長に相談しておこう、と決心する。尤も肩を叩かれるだけで終わりそうだが。
「―――まぁ、それは直接お会いした時にじっくりとお話しするとして、ですね」
『じっくり、しっぽりと、ね。―――バカンスですし』
「流し目送らなくて良いですから! ええと、”花火”に関してですけど」
旗色が悪すぎると、強引に話題を切り上げるアマギリに、フローラは不敵に笑って応じた。
『出来れば現物が見たいわ。―――ああ、情報開示を求める気は無いから、そこは安心して』
「別に欲しいなら図面ごとあげますよ? ロハで」
バカンスに物騒なものを持っていく事になりそうだなと思いつつ、火遊び予定ならば丁度良いかと若干投げやりな思いも込めてアマギリは答えた。
「在り合わせのモノでも出来るもので作ったものばかりですしね。―――未開惑星保護条約にも抵触しないと思いますから」
『モノがこの世界の物で出来ていたとしても、そういう形になる発想自体がこの世界の人間からは出てこないわよ。それに、教会に睨まれるのも面倒ですもの』
だから、遠慮しておくわとフローラは鼻を鳴らして応じた。
「教会、ねぇ」
不機嫌そうなフローラの様子に感づきつつも、アマギリはその言葉だけを拾っていた。元々話題を振ってきたのはフローラの方だったから、自分から取り成す気も起きなかったのだ。
「教会に関してですけど、その後何か解りましたか?」
『―――いいえ、別に。これだけ盗聴可能な会話を繰り返していれば、そのうち何かしらのアプローチでもしてくれるかしらと思ってたけど、全部外れ。転位装置もユライト・メストもメザイア・フランも今の所何も解らないわ』
世界的なネットワークを構築している教会は、その他を圧倒する高水準の技術力を以ってしてか、鉄壁の防諜体勢を有している。主君の適正ゆえか、情報戦に力を入れているハヴォニワを以ってしても、中々必要な情報を引き出せる物ではないらしい。
「秘密主義も徹底してますね、ホント……」
『案外、貴方が寝物語で聞き出したほうが早いんじゃない?』
多少の厭味を込めてのフローラの言葉に、アマギリは心底嫌そうに眉をしかめた。
「こういう遊びは向かない人ですよ、あの人」
言外に巻き込むつもりも無いと強い口調で切り捨てる。
その態度が逆にフローラには面白かったらしい、微笑を浮かべて言った。
『一度身内と認めると、過保護になるわよねぇ貴方も』
「……別に、そういう積もりも無いんですけど。―――うざったいですかね?」
言葉を詰まらせた後で、気まずそうな表情でアマギリは問い返す。フローラは処置なしと首を横に振った。
『若い子にとってはそういうの嬉しいんじゃないかしら?』
「じゃ、女王陛下には現状維持を貫く事にします」
投げやりな言葉には投げやりな返しで、そんな気分で適当に返事をしたら、その瞬間にフローラの顔が能面のようになった。
『―――それは、私に挑戦しているのかしら?』
「は? ……って、あ」
やっちまった、とアマギリは冷や汗を流した。
話の流れのままに受け取ってしまうと、”フローラが若くない”と言っている風にも取れる。
―――いや、でも”若い子”なんて表現を先に使ったのは、そんな言い訳はこういう場面では通用する筈も無い。
それぐらいの理解力はアマギリも色々と経験があったお陰で身に着けていた。
『最近どんどん男の顔をする場面が増えてきてたけど、まだまだ磨き足りないって事かしらね?』
「―――いや、その」
『やっぱり若い子に任せきりってのが良くなかったのかしら』
「だからその発言を自分からしておいて青筋浮かべるとか筋違いじゃね!?」
頬に手を当ててわざとらしくため息を吐くフローラに、アマギリは思わず無謀にも突っ込みを入れていた。
睨み一発で黙らされたが。
『原石は磨いてこそ。可愛い子には旅をさせろ。獅子は子を谷底へ……でもやっぱり、手元で丁寧に仕上げが必要なのかしらねぇ』
「アンタ、そんなつもりがあったのか……」
そういえば聖地に入学する当初にそんなような事を家令長から言われたような気がするなと、げんなりした顔でアマギリは思い出していた。
―――そういうの、調教とか言わない?
聞いたら酷い事になりそうだったので、聞くことはなかったが。
そんな風にアマギリが考えているうちに、フローラは勝手に納得し終えたらしい。再び笑顔になってアマギリに向き直った。
『バカンス、楽しみねぇ?』
「そう、ですね……」
頬を引き攣らせて、応じるより無かった。フローラは小悪魔―――小をつけるのは微妙に気合が要ったが―――のような笑みで、続ける。
『男の子の友達もちゃんと呼ぶのよ? もう、大歓迎だから』
「―――ああ」
アマギリは一度二度と瞬きする間に表情を改めて、納得の顔を浮かべた。
「剣士殿とはまだ直接対面していませんでしたしね」
『ええ。貴方の秘蔵の玉中の玉。楽しみにさせてもらうわ』
「―――といっても、ラシャラ女王に譲っちゃったんですけどね」
目だけは真剣な顔で頷くフローラに、アマギリは肩を竦めて応じた。
『会わせたくない?』
「と言うか、貴女とは”合わない”んじゃないかと。天衣無縫ってヤツですから、あの方も」
利用したいのなら期待しない方が良いと、アマギリは簡潔に答えた。
『そういう子は、今は貴方一人で手一杯ね、確かに』
「僕は割りと、鎖でつながれて地べた這いずり回ってますよ」
『それが解るようになっただけ、貴方も成長したわね。―――剣士ちゃんのことはそれでいいとして』
置いておいて、とフローラは手芝居を加えた後でニコリと微笑んで続けた。
『―――同級生の御友達も、是非ご招待なさいな』
※ ガチガチの前フリ回。
色々とまぁ、起こる事が起こる予定なので。