・Scean1-2・
聖機人。
古代文明の技術を用いて教会が開発した人型戦闘兵器。
巨大な人型を模した、亜法動力炉で起動する戦闘兵器。
起動中のその姿、形状は待機状態であるコクーンの内部で蹲っている骨格だけの待機状態のときから、大きく逸脱する事はない。
ただし、搭乗している聖機師の属性―――亜法波の波長特性とも言うか―――によって装甲の色彩、頭部を初めとした細部の形状が変わる。
例えば褐色でバイザー上の装甲で覆われた瞳、サイドに魚の鰭のようなものが生えた頭部を持つ機体があれば、野生の獣の如きむき出しの目に、額から大きく張り出した一本角を持った橙色の機体というものも存在している。
膨大な亜法波を放つ優秀な聖機師が操るそれには、それを象徴する”尾”が生える。出力制御機構を有するそれが存在しているという事は、その聖機人に搭乗している聖機師が優秀である事を証明しているといえよう。
その何れもが、両腕部に亜法動力炉を搭載し、人の身で鍛え上げた技そのままを使用することが可能な、人間のものをそのまま巨大なスケールにした装甲に覆われた両手両足を供えている。腹部には半透明の球状のコントロール・コアユニット。聖機師が直立したまま搭乗する操縦席だ。
それは、ジェミナーに、エナの海の中で暮らす誰もが知るであろう、厳然たる事実だった。
だが、それの姿は。
胴体を起こし、森の中から空へと浮遊していく、その姿。
曇り空に溶け込んだ、むき出しの地金を思わせる鉛色の装甲。天へ向かって枝を広げる大樹を思わせる、牡鹿のように左右に広がる二本の角。金の瞳。
何より特徴的なのは、腰部装甲から下、蛇腹のように張り合わさった装甲を繋げて伸びてゆく、一本の巨大な尾だった。巨大な、とても長大な、聖機人の全長の二倍は在りそうな、それは蛇を思わせる尾だった。
腰から下、半身全てが装甲で覆われた尾になっている。
「―――脚が、無い?」
戦闘指揮所の中で、誰かがポツリと呟いた。あるいはそれは、フローラ自身の呟きだったのかもしれない。
優秀な聖機人には尾が生える。それは誰もが知る事実で、だがそれは本来背骨から枝分かれするかのように背の中ごろから張り出しているはずだった。尾の形状には間々あろうが、基本的には変わらない。
だというのに、モニターに映し出されたその鉛色の機体の尾は―――否、あれを尾といっても良いのか?
「脚部が丸ごと欠損していた―――なんてことは無いわよねぇ?」
流石に心底判断に困った体で閉じた扇子で額を撫ぜるままに、フローラはオペレーターに尋ねた。
「そこまで損傷していたら、そもそも起動状態に持ち込めないと思うのですが……」
問われたオペレーターも、困惑したまま言葉を返す。そも、観測情報から得られた正体不明機の状況は全て”正常”を意味しているのだから、常識的な教育を受けてきたオペレーターにとって理解のほかだった。
聖機人は待機状態の球状のコクーンから起動状態に変更するとき、コクーン内部の素体がコクーンを構成するジェル状の形状記憶装甲を纏って変形する。
形状は搭乗している聖機師により様々、しかし、予め存在していた骨格だけの素体が装甲を纏うという形での変形なのだから、そこから大きく外れた形状になれるはずが無い。
本来どう変形しても脚がある筈のそれが、半身が蛇の化け物に姿を変えるはずが、無いのだ。
その化け物は戦場の片隅で浮遊したまま、何をするでもなくゆるりとした体勢を空中で維持したままに、左右に視線をめぐらせている。
まるでそれは、自分が何故そこにいるのかすら理解していないようだった。
「……通信、繋がらないかしら?」
「初めから反乱軍に所属していた機体なので、一方的な情報封鎖が掛けられているのではないかと思います。……難しいかと。そもそもアレは本当に、聖機人なんでしょうか?」
少し悩んだ後に尋ねたフローラに、オペレーターは端末に手を動かしながら答える。
識別信号を変えて一方的に封鎖されていた無線を、解除しようと試す。
フローラは言われずともやるというその姿勢に満足しながらも、さてどうしたものかとモニターに映る機体を眺めながら考えた。
戦況は、混乱する指揮所を余所に順調に推移している。
目の前の戦闘に注力する現場指揮官たちは、率いる部隊を効率的に運営して反抗勢力を鎮圧している。
圧倒的優勢。余力は充分。
ならば、と。
フローラ・ナナダンがフローラ・ナナダンたる悪戯心を発揮しても取り返しの聞く場面ではないかと、フローラは判断した。
自らの体の具合を示すように尾をくゆらせる化け物に対して、フローラは控えさせておいた予備戦力を用いて接触を図るように指示を出した。
待機部隊を率いる女性聖機師は主君の性格をよく知る思い切りの―――諦めの―――良い女性だったから、すぐさま自らの聖機人を起動させ、戦場の端のほうを移動しながら、正体不明機に対して接触を図る。
戦場図に記された待機部隊のマーカーが、膨大な亜法波を示す正体不明機へ接近していくのを見ながら、フローラは広げた扇子で口元を隠したまま、舌なめずりをして見送った。
きっと何か、面白い結果が出るはずだ。
彼女の勝負師としての勘が、そう告げていた。
正体不明機、半身が蛇の化け物は、自らに接近する巨人達に、気づいたかのように、みじろきした。
有体に言ってしまえば、彼は混乱していた。
彼が触れた球状の何かは、触れたその場所から発光を始めたかと思うと、瞬く間に彼を”中”に取り込み、変形を始めた。
膝を抱えていた両腕が自らを覆う球体を押しのけるように手を広げる。
下を向いていた頭部は、天を見上げるように首を擡げた。
もっとも特徴的な変化を示したのは腰から下の脚部であろう。
アゴが乗るほどの位置にまで折り曲げられていた両足が、膝をあわせて本来ありえない方向へねじくれ曲がり、形をゆがめながら、大樹の幹を思わせる野太い一本の尾へと変形していく。尾は本来の質量を無視して進捗しながらジェル状の形状記憶装甲を取り込み身の丈の二倍以上のサイズにまで伸び上がった。
変形を続ける正体不明の物体の中、無理やり押し込められた腹部の操縦席の前面の小型モニターに表示された機体情報を呆然と眺めながら、彼は未だに自身の状況を認識していなかった。
なんだろうか、これは。
人型とも、そうでないとも言える、半身蛇、雄雄しく広がった二本の角を持つ、機動兵器。
それが、どう言う訳か森の中に鎮座しており、彼を取り込み彼の意見を無視したまま起動している。
待機状態から稼動―――”戦闘”状態へ。
戦闘兵器というのは本来それを御しうる者が搭乗するものだから、内部にマニュアル等と言う物は存在しない。
彼は慌てて”コックピット”内を見渡し、それが銀河標準規格で使用されている接触型の思念操作タイプとさして変わりが無い事に見切りを付けた。
両サイド、腰の高さに備えられた半球形のコンソールパネルに手を置きながら、機体のコントロールを得ようと試みる。
その後で、銀河標準規格ってなんだろうかと自身の思考に疑問に思っていた。
凄まじい機動音を奏でる腕部マニピュレーターに備えられた亜法結界炉に酔ったのだろうか。
セルフチェック・オールグリーン。
測定限界稼働時間まで充分な余裕あり―――戦闘行動可能。
「……いや、何と戦えと?」
表示される情報を全く素人とは思えない滑らかな仕草で確かめながら、彼は頭を掻いていた。
そも、元は巨大な球体だったこれが、大気圏内用自在軌道型機動兵器であることすら、彼には予想外だったのだ。
特に考えもなしに機体を空に持上げるように操作しながら、彼はどうしたものかと思い悩む。その時、おそらく鏡面装甲を用いているのだろう前面モニターの片隅に小型ウィンドウが開き、足元に生体反応を感知したという情報を表示した。
映像に切り替え、表示開始。流れるような操作で指示を出しながら、彼はウィンドウに映された、足元の森の中の様子を伺った。
半裸といっても過言ではないような、薄い生地で作られたボディスーツを着た女性が、木に持たれて意識を失っているようだった。
直接の面識などあるはずも無いが、彼にはその女性が何者かは理解できた。
いつぞや獲物から剥ぎ取った毛皮を売るために降りた宿場の市で見かけた新聞で、それが聖機人を操る聖機師の戦闘衣だと記されていた事を思い出した。
それをはじめて知ったとき彼は、都会の人間は変わった衣装を好むのだな程度にしか思っていなかったが、現状、足元に聖機師らしき女性が倒れ付しているという状況から考察できることは焦りしかない。
辺境の森の片隅、山小屋で一人暮らしを送る少年である彼は、国家守護を担う聖機人というものを、正しく理解していなかった。
ともに暮らすものが誰もいないから、誰も教えてくれなかったし、そもそも日々の糧を得るためにそんなものの知識は必要い。
だから彼は、目の前に鎮座していた球体が聖機人の待機状態、コクーンであることを理解していなかったし、また自分の搭乗している―――搭乗してしまった機動兵器が聖機人であることも理解していなかった。
そも、辺境、田舎暮らしの彼に聖機人を見る機会などあろうはずも無いから。
山向かいで、ある日突然大規模な軍事演習でも起きない限り、一生知ることも無かったかもしれない。
だが不幸にも、はたまた幸運と呼ぶべきか、彼は必要もないほどに頭の回転が速い少年だったから、推測から真実を拾い上げる能力に過分は無かった。
「聖、機人―――近くに、あるのか?」
誤解をしたまま、正しく理解をしないまま。
彼は状況を理解した。
つまり。
「この”生体を使った機動兵器”が下で寝てる聖機師さんを捕らえて、多分、これに乗ってた人は何処かへ行っていたって事になるのか……なぁ?」
首をひねる。
あっているようで、何処かボタンを掛け違えているような、彼はそんな居住まいの悪さを味わっていた。
※ 需要があるのかどうか、そもそも元ネタを知っている人が何人居るのか。
とりあえずは、ダンバインとかサイバスターとか、あとラムネ&40とかデュアルとかが好きな人が書くお話。