「そう言えば、フェイトさん、バルディッシュはどうしたんですか?」
先程の凍りついた空気から一転、自分の好きな甘いお菓子談議になってからは非常に会話弾んでいた。
ユーリは2人の勧めでミルフィーユを頼み、今はケーキを転倒させないよう慎重に、集中して食べているところだ。
そんな中、フェイトが使用している通信端末が彼女のデバイス、閃光の戦斧“バルディッシュ”でないことにティアナは気づいた。
「うん、今ちょっと修理してもらってるんだ」
「え?どこか不具合でもあったんですか!?」
「ううん、違うよ。カートリッジチェンバーにちょっとガタが来てるかもってシャーリーから言われてね。
検査してみたら、ホントにちょっとだけどフレームが歪んでたから…一緒に全部メンテナンスしてもらおうってことになったんだ」
職人ってすごいよね、と笑みを浮かべてフェイトは紅茶を味わう。
少女のような無邪気さもあるし、大人のような気品も持ち合わせている表情。
これに見惚れない男がいるのだろうか…とティアナは思う。
作戦行動中、訓練中はどこまでも凛々しく、黄金の雷を自在に操り、目にも映らぬ速さで敵を圧倒していく一騎当千の武装局員だが、
一度その場を離れればどこまでも優しく、聖母のような暖かさと、時々小動物のような可愛さも併せ持つ女性へと早変わり。
まるでコミック誌から出て来たミスパーフェクトのような存在だ。
そんな彼女に憧れ、彼女のようになりたい!と武装隊に志願する女性訓練生も少なくないのは知っているが、ティアナにしてみれば「アンタたち、あきらめなさい」ってなところだ。
こんなものは訓練校時代の数年間と、その後の職場のスキルアップ程度で身につけられるようなものではない、生まれつきなのだ。
ティアナはそこの所はしっかりと身の程をわきまえていたり、かつて手厳しく“無茶すんな!”と教えられたので、自分らしく成長していこうと心に決めていた。
広域射撃魔法もマスターしなきゃ…なんて自分の将来について考えていたときである。
「このミルフィーユ美味しいですね!」
ユーリの若干興奮した声が優雅に思索にふけっていた時間をぶち壊した。
「でしょ。一回だけど、ここって雑誌に紹介されたことあるんだよ」
「へー…そりゃ、凄いですね」
「あー、フェイトさん…この能天気に付き合わなくていいんですよ」なんてティアナに言えるはずもない。
“有名人”を前に緊張せずに、食べ物についてフェイトと盛り上がれるユーリを見て、このマイペースさは普通に羨ましいと感じる。
というか、初対面なのに…自分とも会って数日しか経ってないのにこの馴染様は何?
まるで、いつもつるむ友人のように扱っていたが、そういえば顔を合わせたのは数日前での仕事でのことだ。
もっとも、過ごした時間の濃度は今まで自分が生きてきた中でトップクラスのものだったが…
ユーリのペースに巻き込まれつつある現状にティアナは少し危機感を覚えた。
「?どうかしました?」
自分の視線に気づいたらしい…ユーリが不思議そうにこちらを見ている。
ティアナは何でもないわよ、と一蹴し、時間を気にし始めた、夕陽がだんだんと落ち始め、辺りは暗くなる。
そろそろ仕事に戻らなくちゃ…と思ったその時である。
ティアナとフェイトのデバイスが一斉に鳴り始めた。
2人とも急いで、通信を開く。
『管理局本局からミッドチルダ西部にいる武装局員へ緊急連絡。
未確認生命体を発見!詳しいデータはデバイスへと転送します。至急向かってください!』
フェイトとティアナが顔を見合わせ頷く横で、ユーリの顔が強張っていた。
執務官の事件簿 2話 “変身” (中 その2)
「ごめんね!ちょっと緊急の召集があって…!」
フェイトは立ち上がり伝票を持ってその場を立ち去る。
その際に、ユーリを見つめているティアナを一瞥した。
ティアナは立ち上がったユーリの服の袖を強く掴んでおり、何かを言いたそうに彼を見つめている。
「早くね」
それだけティアナに言い残すと、フェイトは会計を済ませにレジへと向かった。
フェイトが遠くに行ったのを確認すると、ティアナも立ち上がり、ユーリの胸倉を掴み、顔をギリギリまで寄せる。
「なんのつもり…」
ティアナの目から、ユーリは目を逸らすことができない。
そんな彼は自分の思っていることを告げる。
「だって、未確認が出ているんですよね…!行かなくちゃ…」
それは着飾りのない、だからこそ無知でティアナを怒らせるには十分な言葉だった。
彼女は眼を一瞬だけ大きく見開くと、女性とは思えないほどの力でユーリを無理やり座らせる。
ドスン、という大きな音に周りにいた店の客はティアナの方を見る。
しかし、そんなことをお構いなしに、再びキスするのではないかと言うほど顔を近づけるティアナ。
「アナタには“関係のないこと”と言ってるでしょ…!これは私たちの仕事!アナタの仕事はもう終わったの!」
叫び散らしたくなる衝動を抑えて、まるで恐喝するかのような剣幕を見せる。
それに何も言い返せず、いや言いたいことはあるのだろうが、今自分がもっとも気にしていることを言われ、ユーリは黙り込むしかなかった。
彼の反応を見て、ティアナは一息つくと出口の方へ走って行った。
「関係ないか…」
一人残されたユーリは、カランカランとドアのベル音を聞きながら、今言われたことを反芻する。
確かに自分は部外者、関係ない人間だ。
しかし、ベルトを付け連中と戦う力を得、その専用の体になってしまった。
掌を握る。
怪物とはいえ、まだあの感触が残る。
骨と肉がぶつかり、お互いに抉りあう、自分の嫌いな感触…
だけど、それ以上に嫌いな感覚があった。
それは、湾岸部署での叫び声だ…
怪物におびえる悲鳴、自分の同僚が殺され涙も流せず、かといって目の前の恐怖に立ちすくんで碌に声もあげれず…
そんな苦しい声を彼は聞いてしまった、だから戦った…
“アナタには関係ない!”
思い出すと、胸がまた痛む…
「ゴメン、おやっさん…少し遅れちゃうかも…」
一人小さな声で謝罪すると、彼も椅子にかけておいた上着を手にとり、勢いよく店を出て行った。
『ティアナ…彼の…ユーリの事はよかったの?何か知ってたみたいだけど…』
現場へ向かう途中、フェイトから通信が届く。
今もなお、応援要請が呼び続けられている通信の音量を小さくするとティアナはフェイトに言葉を返す。
「問題ありません。彼は私達と一緒に未確認生命体に出くわしただけで、あとはただの部外者ですから」
自分でも思わないほど口調に棘が出てしまった…しまった、と思うがもう遅い。
デバイスを通じた音声のみの通話でも、フェイトが辛そうに息をのむ音が聞こえる。
一拍おいて、「そっか、変なこと聞いてごめんね」という通話を最後に通信は切られた。
「……」
ティアナはごめんなさい、と心の中で謝るとアクセルを踏み、スピードをあげた。
ティアナよりも先にフェイトが市街地からやや離れた倉庫街―現場-に着くと、そこは既に戦場だった。
デバイスを起動させ、杖を構えながら未確認生命体を取り囲む警官達と局員数名。
既に何人かその場で倒れ伏しており、出血の状態、そして傷の具合からもう命はないことが見て取れた。
先程、送られてきた未確認生命体1号・2号の画像を確認しながら、目の前の未確認を見る。
獣のように尖った耳、肉以上の物を噛み切れるかのような鋭い歯、瞑られているかのように細い目、そして何より特徴的なのは大きく尖った肘の刃とそこから広がる翼…
確かにティアナとスバルが戦っていたものとは異なっていたようだ。
「あれが第3号…セットアップ!」
確認すると、支給されたストレージデバイスを装備する。
愛着のない、しかもストレージデバイスを力量のわからない相手で使うのは危険極まりないことだが、緊急事態だ、仕方がない。
<stand by ready. SET UP>
いつもとは違うバリアジャケットを纏い、杖を取ると一直線に第3号へ飛翔した。
「はぁあああ!」
杖を勢いよく振りかぶり、第3号に突撃するフェイト。
「ン?」
警官達に気を取られていた第3号はフェイトが振りかぶる直前に気付き、咄嗟に腕でガードする。
片手でのガードではやはり力が入らないのか、少しバランスを崩され、後ろへと引っ張られる。
「ズゴジパ ダボギレゴグダバ…」
ダメージを与えたというのに、嬉しそうに訳のわからない言葉を発しては笑う第3号にフェイトは違和感を覚える。
戦うことが楽しい…?自分が一瞬で飛びこめる間を確認しながら、空へと飛翔する。
「ゴロギロギ!」
第3号は興味深々に上を見あげると、腕のツバサを広げ、予備動作も魔法陣の展開もなしに飛び上がった。
「飛べる!?」
フェイトは戦闘のリズムを崩され、すこし動揺するが、デバイスを持ち直すと第3号を迎え撃つ。
鋭い風切音とともに、目の前の敵から放たれる右の拳撃、フェイトはそれを空中で一回転をし、足でその軌道を逸らし、バランスを崩させると杖を振りかぶる。
後頭部に決める一撃、バルディッシュのサイズフォームではないにしろ、強烈な一打だ。
腹に力を入れ、仕留めるつもりで振り切った。
「!?」
しかし、第3号はバランスなど崩されていなかった。
それどころか、しっかりと両手で自分の攻撃を受け止めている。
デバイスの装甲が第3号の両手で歪められ、ミシミシと嫌な音を立てているのが聞こえる。
「どうして…!」
自分が振りかぶるあの一瞬でバランスを立て直したとしか思えない…
何という運動神経…フェイトは次の行動を考えるが、それを目の前の敵は許してくれない。
両腕で杖を掴んだまま、今度は第3号が上へとフェイトごと振りかぶる。
「ゴサ!」
そして、勢いよく投げられた。
飛行魔法で、落下速度は減衰させることができたが、勢いよく地面に追突し、周囲の者が巻き上がる。
地面に着地すると、そのまま真っ直ぐにフェイトが落下した方へと歩み寄る。
「させるか!」
先程いた警官達がフェイトを守る様に立ちふさがる。
第3号は少し立ち止まって、何かを考えるように指で顎をなぞると再び歩き出した。
それに反応して立ち向かう警官達…
第3号はつまらなそうに、一番最初に向かってきた警官の攻撃を受け止めると、彼を盾にする。
即座に判断した局員が急なブレーキをかけようとするが間に合わない。
盾にされた警官の影から、彼の腹部を殴り、遠方へと飛ばす。
それと一緒に吹き飛ばされる後ろから付いてきた警官。
その拳が出た隙を狙って、後ろから零距離からの射撃魔法を与えようとした局員が近付く。
しかし、狙いをつけてはなった一撃は何か目に見えない壁のようなものに阻まれ、霧散してしまった。
彼が目の前の光景に驚き、前後不覚になっている間に、第3号はお返しとばかりに蹴り飛ばし瓦礫の山へと彼を吹き飛ばす。
その後の警官達もあっという間に退けると、もう一度フェイトの方へ歩き出す。
「…っ!」
フェイトは立ち上がり、杖を構えた。
受け身も取ったし、ダメージも少ない。先程やられて倒れている人たちは意識はないが、生命反応はあるようだ。
呼吸を整えて、いつものデバイスのようにやや崩した正眼で構えるフェイト。
魔法陣を展開、どれだけこのデバイスが持つかは分からないが大技を放つために集中する。
すると、自分の持つ杖から奇怪な電子音と共に、火花が上がった。
それと同時に、魔法陣も消え、バリアジャケットも解除されてしまう。
「そんな…あの一撃で…」
支給品用のデバイスに未確認の一撃を防げるほどの装甲はなかったようだ。
フェイトは壊れた杖を持ち直し、後ずさる。
どうやら、こちらに完全に意識が向いているようだ。
今なら、そう思った彼女は第3号に背中を見せて走り出した。
それを追う、第3号。
しかし、所詮は女性の体、すぐに追いつかれ、投げ飛ばされてしまう。
壁に身を預けながら、それでも何とかしようと打開策を見出そうとするフェイト。
第3号が向かってくる。
その時、数発のオレンジ色の光弾が彼の周りを取り囲んだ。
「バンザ…!?」
それに見惚れるかのように立ちつくす第3号。
その瞬間、一斉にそれらが彼に直撃した。
「グ…!?」
第3号は膝をつき、肩で息をする。
怒り狂ったように、辺りを見回した。
そこで何かの気配を感じ、後ろを振り返る。
「ギダ…」
月夜に照らされて影になっているから表情までは読み取れないが、そこにはティアナ・ランスターが佇んでいた。
「ビザラザ!」
第3号は腕を広げ、一瞬でその距離を縮め、彼女に爪をつきたてる。
腕が彼女を通過し、第3号は笑みを浮かべた。
だが、その笑みはすぐに消えることとなる。
なぜなら…
<Ring Bind>
彼女の姿は光と消え、そしてその代わりに、光の紐が自分を縛っていたからだ。
「グ…!」
腕を思うように動かせずに苦しむ3号、そんな彼をよそに物陰から現れたティアナ・ランスターはフェイトへと近づいた。
「大丈夫ですか!?」
「何とかね…ありがとう、ティアナ…随分成長したんだね」
フェイトは痛みに顔を歪めつつも嬉しそうに差しのばされたティアナの手を取る。
ホッとする2人。しかし、フェイトの顔がすぐに引きつる。
「ティアナ!後ろ!」
「!?」
既にバインドを解いた第3号が、ティアナの背後で腕を振り下ろそうとしていた。
なんとか反応に間に合い。
それをダガーモードで受け止める。
「やっぱり、覚えたての魔法じゃ…駄目ですね。フェイトさん、少し下がっててください」
フェイトはその言葉に従い、ティアナから数メートルほど距離を置く。
その時に少し違和感に気づく。
ティアナは本来ツーハンドのはずだ…しかし、今使っているのは右腕のみ。
何かを隠している風にも見えない…
「まさか!?」
フェイトは少し立ち位置を変えてみる。そして自分の予想が当たっていたことに、暗闇を見た気がした。
ティアナの左腕は左わき腹を抑えていた。
銃形態すら使用できないほどの痛みらしい、彼女の顔は酷く歪んでいる。
「フン!」
そんな状態ではパワー負けするのも必然、ティアナは軽くあしらわれフェイトがいる所まで投げ出されてしまった。
苦しそうに息をするティアナ、しかし目はまだ諦めておらず、真っ直ぐと第3号を見つめていた。
フェイトはティアナを庇うように抱きかかえる。
その時、甲高いエンジン音が遠くから聞こえた。
それは段々と自分に近くなり、バイクと認識するまでに時間はかからなかった。
ティアナとフェイトのすぐそばで立ち止まり、運転手が慌ただしく座席から降りながら、ヘルメットを外す。
「アナタ!」
それは先程追い返したはずのユーリ・マイルズだった
彼はティアナとフェイトを見ずに、一心不乱に第3号に突っ込んでいく。
「うああああああ!!!」
棒立ちの第3号に、パンチやらキックやら我武者羅に決めていくユーリ。
すると、見ている2人の目の前で彼の姿がだんだんと変質していった。
右腕から、左足から…どんどん、その変化は体を侵食していき白い装甲が彼を包む、最後には黄金の角と赤の複眼のマスクが彼の顔を覆った。
「第2号…!」
「あの馬鹿…」
ユーリが第2号へと変わったこともそうだが、ティアナの零した発言に彼女を見つめ、フェイトは目をまるくする。
腕の中のティアナは悔しそうに、歯を食いしばっていた。
「フェイトさん…ありがとうございました…」
呆気にとられているフェイトに、ティアナは一言礼を告げるとヨロヨロと力なく立ち上がり、第3号とユーリの元へ小さく一歩一歩と歩き出した。
「らぁ!やぁ!おりゃああ!」
先程から何回も攻撃をする、しかし第3号に全く効いている気配がない。
確かに、後退はさせているが、全て受け流されているように手応えがないのだ。
何故かはわかる、自分が…この姿が本当の姿ではないから…
そうボンヤリとだが見える、赤い戦士が戦っているのが…古代の戦士が彼らと戦っている様子が見える。
だが、何が足りないのか分からない。どうすれば自分は赤の戦士になれる?
胸中にねっとりと沈殿物のように不安が渦巻く。そんな攻撃が第3号に届くはずもない。
「うおりゃあ!」
最後にもう一撃、大きく脇を広げ、今自分が出来る中で大きな攻撃を放った。
それはみごとに顔面にクリーンヒットし、流石に答えたのか第3号の足が少しふらつく。
確かに効いている、もしかしたら今ここで倒せなくとも退けることは出来るかもしれない、ティアナはそんな希望を持ち、次のユーリの手を待つ。
しかし、彼はそこで動きを止めてしまった。
それどころが自分の手を見つめ、何かに怯えるかのように肩を震わせている。
「やっぱり、アイツ…!」
ティアナは確信した。
ユーリは争うことが苦手なのではない、嫌いなのだ。
しかし、彼は未確認と戦うための力を手にしてしまった、それゆえの義務感で戦っているのだろう。
「誰もそんなこと望んでないのよ!」
この場に戦いたくない人間は必要ない、いてもそんなのは邪魔なだけだ。自分たちでやって見せる。
今なお脇腹が訴える痛みを彼女の矜持で無理やり黙らすと、クロスキャリバーを構え第3号に狙いを定めた。
ユーリが自らの拳に残る嫌な感触に絶望する間に、ゆったりと第3号は立ち上がった。
目の前にいる敵が何を怯えていることに違和感を覚えたが、再び彼は目の前の敵へと歩き出した。
自分が破壊の限りを尽くす…そしてその目標に最適なモノが自分の目の前にある、今の彼にはそれで充分だった。
「くッ!?」
ユーリが気づくよりも先に、第3号は彼の鳩尾に、拳をめり込ませる。
前のめりになりながら、胃の中のものが逆流する感覚を耐えたユーリは何とか体勢を立て直そうとした。
しかし、それよりも早く首元を掴まれてしまう。
「マンヂ デデンパ ボググスンザジョ」
第3号は見せつけるようにユーリの目の前に拳を握ると、そのまま軽く顔面に数発入れる。
一撃一撃が重い…呼吸がその度に苦しくなり、倒れそうになるがそれを第3号は許さない。
最後に、止めと言わんばかりに顎に痛烈なアッパーが放たれ、ユーリはフェイトの方へ吹き飛ばされた。
受け身も取れないまま、背中から鈍い音をして落下する。
そのまま無様に転がり続け、その内に未確認生命体第2号が先程まで喫茶店で談笑していた青年、ユーリ・マイルズに変わる光景にフェイトは口を開けて驚愕するしかなかった。
「う…あ…」
自分の数メートル先で痛みに苦しむユーリを見て、意識を覚醒させるフェイト。
今の自分のやるべきことはこんなところで呆けていることではない。必死にこの場からの打開策を考える。
今の自分に武器もない、それどころか、ティアナもユーリも大した戦力になりはしないだろう。
「そうだ…」
フェイトは何かを思いつくと、立ち上がる。
「ティアナ!少しの間でいい!時間を稼いで!」
そう言うと後ろを振り返り一心不乱に走り出した。
何が起こったのだか分からない第3号はフェイトを追おうと身構えた。しかし、その背中に緩い痛みを感じる。
気だるそうに、振り向くとティアナが銃口をこちらに向けていた。
軽口も叩けないのか、それとも怯えているのか、何も言わずにただこちらを見つめるのみ…
第3号にしてみれば、ティアナはもう遊び終わった玩具のようなものだ。
あとは、殺すのみ…対して興味のわかない存在だ。
だが、しかし、自分の道を阻められたことに納得がいかない。
ギリギリと不愉快な歯ぎしり音をたてるとティアナに向き合った。
「ボゾグ…」
静かに、しかしはっきりと第3号は宣言し、またも鋭利な爪を自慢するかのように顔の前でチラつかせた。
「執務官さん…」
その後ろで必死に立ち上がろうとするユーリ、だがこれまで受けた攻撃と顔面にもらった一撃が重く、立つことすらままならない。
ティアナはなるべくユーリから第3号を遠ざけようと、すり足ではあるが後ろに下がり、彼を誘導する。
その狙いに気付いてか気付かずか、第3号が翼を広げ高く舞い上がった。
「やっぱりそう来る…!」
先程までの局員や警官達との戦いで、空を飛べる人間もいるが、飛べない人間の数の方が圧倒的に多いと学んだのだろうか…
左腕が使えず、誘導可能なヴァリアブルバレットが僅かなティアナにとって、状況はますます悪い方向へ転がっていく。
そのまま第3号は彼女の周りを品定めでもするかのごとく、グルグルと飛び回り始める。
立っているだけでもスタミナを激痛によって消耗する彼女にとって、この長期戦は不利なことこの上ない。
時々、こちらを馬鹿にしたように首を横に振りながら、1周、2周、3周…とティアナの周りを飛び続ける…
周を増すごとにそのスピードは徐々に上がっていき、それもティアナのスタミナを大きく削る一因となっていた。
膝をつくことも、相手から目を話すことも許されずに周囲を確認する作業に、彼女の集中力はついに限界を迎える。
足がもつれかけ、体のバランスを崩しかけてしまったのだ。
しまった、と思うがもう遅い、第3号はこちらに向かって突進してきている。
「ふくっ…!」
左わき腹を抑えていた左腕を銃の上部に手を当てダガーモードの刃で爪による一撃を食い止める。
しかし、直撃は防いだものの、彼の桁違いな突進力を受け流せずに倉庫の壁に強く背中をうちつけた。
あまりの衝撃に声も漏らせず、肺の空気が口から抜けていく音しか出せなかった。
その振動で周りに積んであった、積み荷が崩れ落ちる。
彼女の手からクロスミラージュが零れ落ち、バリアジャケットも解けてしまう。
ティアナはそのまま立ち上がることも出来ずに、気を失ってしまった。
「フフハハハハ…」
卑下た笑みを浮かべながら、倒れ伏したティアナを見つめる第3号…
その時、一筋の光が自分達を照らす。
暗闇に目が慣れていたため、余りに強い光に目が眩む。
「なにを…?」
「アァ……ア…!」
ユーリが何が起こったのかを察知する前に、第3号が苦しそうな悲鳴を上げた。
まるで、光を恐れるかのように何もない所で手を振り払うようにして、苦しそうに悶えている。
「ハ……ァ…!」
体が痙攣し始め、段々とその動きが弱弱しくなり、ついに第3号は虚空へと飛び去っていった…
ユーリには何が起きたか分からずに、飛び去って行った方向を見ていると、後ろでなにかが力強く打ちつけられた音がした。
光りに慣れて来た目で、後ろを見ると、そこには車のドアを閉めたフェイトが自分と同じように第3号が飛び去った方向を見つめている。
ここで、ようやくユーリは光の正体が車のヘッドランプであったことに気付いた。
そして、数秒、何もないことを確認すると…
「ティアナ…!大丈夫!?」
フェイトは積み荷の山をどけると、気絶したティアナを抱きかかえる。
その返事に何も答えることができず、ただ、力なくフェイトにもたれかかるティアナ。
その光景をただ見つめることしか出来ないユーリは自分の不甲斐なさ、そして上手く戦えなかった後悔と、悔しさに苛まれながら倒れ伏すしかなかった。
<あとがき>
という訳で「中 その2」でした。
本当はこの話を「後」として終わらせるつもりだったのですが、自分の至らなさ故、また次回へと伸ばすこととなってしましました。
申し訳ありません。