11月25日 AM 11:00 時空管理局本局 医療局第7区内 病室
「ん…」
ユーリ・マイルズが目を覚ますと、そこには見知らぬ光景が広がっていた。
自分の部屋とは思えない綺麗な室内、ふかふかのベッド、窓から見えるは本局の姿…
ベッドの横の戸棚には美しい花を生けた花瓶が置いてある。
やけに重たく感じる体を起こし、自分の今着ている物を確認する。
白基調の綺麗な寝巻だった。寝巻にジャージを利用している彼には、いささか上品な代物だろう。
ユーリは以上のことを頭の中で整理し、寝ぼけた頭で考え込む。
そして、ひとつの結論に至った。
「天国?」
「なんでそーなる」
スパコーンと丸めた雑誌で後頭部から叩かれるユーリ。
驚きながらもゆっくりと後ろを見ると、ゴリスが仁王立ちをしていた。
「ったく…2日間も寝続けるとは良いご身分だな」
厭味ごとを言ってはいるが、声に安堵した表情が出てしまっている。
「2日間?俺そんな寝てたの!?」
「あぁ、あの怪物騒ぎの後、ワシの前に帰ってきたらと思ったらパッタリとな」
“2日間”という単語にキャビネの上に置いてある時計に手をかけ、日時の部分を確かめる。
そこにはしっかりと「11/25 11:09」と表示されていた。
寝ぼけていたのだろう…一度画面から目を外しもう一度見る、しかし、そこには同じ表示しかされていない。
「うそ…」
「ホントよ…」
ゴリスのものではない声に、顔を上げると、そこには黒の執務官服を着たティアナ・ランスターが立っていた。
執務官の事件簿 2話 “変身” (上)
「え…と、おはようございます…」
どうしてこの人がここにいるんだろう?という表情を隠せないまま、とりあえずの挨拶をするユーリ。
「ええ、おはよう。といっても、もう昼前だけどね」
あぁ、言われてみればもう11時過ぎだっけ…。
昼の奥さま向けのバラエティ番組ももう終わりの時間帯だ。
「それで、どうしてこちらに?」
「いくつか聞きたいことがあってね…」
ティアナはベッドの脇にあった椅子に腰かける。お土産、と言って果物がたくさん入ったバスケットを戸棚の上に置き、ユーリと向かい合った。
彼女の真剣な表情に気圧されながらも、ありがとうございます、と会釈をするユーリ。
「それで…聞きたいことって言うのは…」
少し躊躇っている様子のティアナに、自分からユーリは問いかけた。
「単刀直入に聞くわね。アナタ、蜘蛛頭の化物と…」
「ハイ、戦いました!」
ティアナが全て言い終わる前に、自分からユーリは結論を勢いよく切り出した。
予想外のストレートな展開に目を丸くして、目の前にいる男の顔を見るティアナ。
驚き1割・予想通りの答え2割・呆れ7割でその表情は構成されていた。
そんな彼女の心境なんざいざ知らず、“それがどうかしました?”的な表情を浮かべてティアナが喋りだすのをユーリは待っていた。
「…やっぱりアナタが未確認生命体第2号…」
「え?俺、今そんな名前になってるんですか!?ちょっと言いにくいな~…」
真剣に呟くティアナをよそに、ユーリは自分に付けられたもう一つの名前に関して子供のような感想を漏らす。
「やっぱり、あのベルトが原因?
というか、どうして自分がつけようとしたの!?」
「あの遺跡で俺、幻見たんですよ。あのベルトを着けた人が戦う所を…
それで、その通りにベルトつけたら、こう体に中に吸い込まれちゃいまして」
何だろうなー、あの感覚…と呑気に思い出そうとしているユーリにティアナはいら立ちを隠せない。
語調が強くなる。
「どうしてそんなことをしたの!」
「求められてる気がしたんですよ。あのベルトに、蜘蛛頭の奴と戦えって…
それでつけてみたら、実際その通りでした。俺、あんな姿になっちゃったでしょ?
それで確信したんです。“戦うための体になったんだな”って」
「なんともないの!?アイツと同類になる可能性だってあったのよ!?」
「それは大丈夫だと思います。多分ですけど!」
「そんな根拠のない…」
額を抑え、蹲るティアナ。呆れてものも言えない…物を言わずともそんなことは彼女の雰囲気から悟ることができた。
「そんなことより、執務官さん!」
今度はユーリが口を開く。
「あの蜘蛛頭の化物どうなりました?」
「アナタには関係のない話でしょ」
落ち込むティアナの体がピクリと震え、そこで自然と視線を逸らしてしまった。
それがユーリに答えを与えてしまう。
「やっぱり生きてるんですね」
キッとした表情でユーリを睨むティアナ。
「関係ないと言っているでしょ!
それより…ここを退院したらここへ向かいなさい。私の信用している医療関係者だから」
胸ポケットから手帳を出し、何かを書き込み、そのページを破いてユーリに押しつけた。
「え…ちょっと!?」
ユーリの制止の言葉も聞かず、ティアナは立ち上がる。
扉の前にいるゴリスに「失礼しました」と一礼をしてから扉に手をかけもう一度ユーリに振り向く。
「いいわね?」
そして、彼の答えも聞かずに、扉を閉め出て行ってしまうティアナ。
遠ざかる足音を聞きながら、渡された紙片を見る。
「管理局本局勤め、監察医務官 シャマル…?」
誰?と首をかしげていると、ティアナの座っていた席に今度はゴリスが座る。
「何か迷ってるなー…まぁ、悩みの種は大体想像がつくが…」
自分が未確認生命体第2号ということも知っており、なお且つ、武装隊を辞めた事情も知っているゴリスにはユーリの悩みは粗方分かっているようだ。
「まぁ、お前さんが両親に憧れて武装隊入りしようとしたのは分かるがな…
紛争地域に行って、力ない人々を守って…まさにヒーローだったもんなぁ…」
ゴリスは誰に聞かせるでも独り言をするように思い出話をする。
ユーリは黙り込んだままだ。
「ただなぁ、お前にはやっぱり向いてないんだよ。好きじゃないんだろ?
たとえ嘘でも“戦う”ってことが…」
まだゴリスは話を続ける。
「お前の訓練校の同期にたまに会うんだがな。防御や支援魔法訓練のときは活き活きしてるのに、体術や攻撃魔法になると急に元気がなくなってたって聞いたぞ。
賢しい知恵と野生の勘と運で陸戦Aマイナーを取得したのは凄いとは思うがな…所詮そこまでだったんだよ」
ユーリが苛立たしく、髪をかき乱す。
「遺失物保安部 に入ってから、色んな次元世界に回ったよな。
主に貧しい世界だったけど…そんな中お前はどこで覚えたのか分からねぇ、手品とか、サーカスの業だとかを見せてガキ共を喜ばせてやってよなぁ。
ありゃ、俺らは助かった…子供を味方にすると現地民と交渉がしやすいってもんだ…
お前は誰かの笑顔を見るのが好きなんだもんな。
武装隊よかはよっぽどコッチ側の人間だわ」
「わかってるよ。それに今は俺は武装隊員じゃない、遺失物保安部の人間だ!
おやっさん、何が言いたいんだよ…」
ユーリは開き直っているのか、それとも自棄になったのか、声を荒げる。
しかし、最後の方は声がかそ細くなり、かすれて聞こえない。
「そうさな…俺が言いたいのはただ一つだ…」
ポンとユーリの方に優しく手を置くゴリス。
ユーリはそれに顔を上げ、目を合わせる。
「中途半端はするなってことだ」
PM 12:12 ミッドチルダ湾岸部 高速道路
「…ッ!」
ハンドルを握りながら、脇腹を襲う痛みにティアナは顔を歪めた。
あのノーテンキな表情を思いっきり潰して、呼吸を整える。
「フー…ったくなんなのよ…!
自分が怪物になるかもしれないってのに、それを「大丈夫!」だの「多分!」とかで片づけて…
恩着せがましい言い方したくないけど、コッチはアンタの病室に見舞いに行くのさっきので4回目だったんだからね!」
「絶対にもう行かない!」手持無沙汰に指でハンドルを叩いていた動きがどんどんワイルドになり、最後は掌でバシバシ叩きつけるようになる。
しかし、そんな大きなアクションを取っていると…
「アタタタタタタタ…!」
完治しきっていない怪我が痛むのは当然のことだ。
なにやってんだろ、自分、と少し自己嫌悪を覚えていると、懐にしまってある自分のデバイスもとい、相棒が声をかけてきた。
<マスター大丈夫ですか?本日はもう仕事を休まれた方が…>
「ありがとう、クロスミラージュ。でも、大丈夫だから」
<しかし、先程からブツブツ独り言を言っては、ハンドルにあたりちらし、怪我の後遺症に痛み続けています。
今のでちょうど3回目です。これは何か成人びょ…>
「だ い じょ う ぶ だ か ら」
ティアナは一言一言を“丁寧に”区切って、クロスミラージュを“窘めた”
これ以上、何もいうまい…クロスミラージュは彼女の懐の中でそう思った。
PM 12:20 時空管理局湾岸部署
昨日騒いでいたマスコミの影も消え、今回はすんなりと臨時駐車場に車を止めることができたティアナ。
スバル用のお土産(アイス)を抱えて補修工事の始まっている1階ロビーを抜け、医務室のある棟まで足を運ぶ。
“医務室”などと軽く呼ばれているが、救助隊が所属しているこの部署には大学病院クラスとまではいかないが相当高度な医療設備が用意されている。
正式名称、高度救命救急センター。
その中の一室に入る。
8人一部屋のタコ部屋(もちろん女性のみ)で、プライベートは蛍光色の遮光性のカーテンで仕切られている。
そのカーテンに取り付けられている、名札を確認して、ノック代わりの声をかける。
「スバルー、入るわよー」
「あぁ、うん!いらっしゃーい!」
中から元気な返事が入ってきたので、お邪魔するティアナ。
右腕をギプスに固め、頬にガーゼを貼られた痛々しい姿のスバルが出迎えた。
「うわー、結構ひどくやられたわね」
「うん、アイツすっごい馬鹿力なんだもん。ホント、シールド張っても追いつかないよ」
ギプスに固められた腕を持ち上げてスバルは溜息をつく。
振動拳のダメージが相当応えたらしく、しばらくは絶対安静とのことだ
その診断結果を聞いた彼女は、当初は確かにへこんだ様子であったが、数分後には「じゃあ左腕を鍛えるしかないよねー」と苦笑いをしながらアスリート用の握力グリップ(60キロ)でトレーニングをし始めた。
メスゴリラの愛称が男性職員の間で密かに浸透し始めているのにスバルは気づいていない。
「まぁ、でもお陰でアイツ…未確認生命体1号の内に大きなダメージを残すことができて、私たちも生き残ることができたんだし。感謝してるわよ」
「まぁねー…」
それでも、どこか納得がいかない様子でスバルはギプスを優しくなぞった。
「あ、それでさ。1階フロアの様子どうだった?」
「んー、やっぱり酷くやられてるわね。現場の人たちが必死に修理してるけど完全に復旧するのはもうしばらくかかりそう…」
「そっか…ホント厄介な“熊”と“不発弾”だったよねー」
スバルが少し意地悪な微笑みを見せる。ティアナもそれにつられて少し笑ってしまった。
マスコミに公開されている湾岸部署での騒ぎ、これは熊と不発弾によるものだとされている。
これは未確認生命体というえも知れぬ恐怖に市民を巻きこまないため、そしてその間に各武装隊に心持だけでも覚悟させるための配慮であるともされている。
また、ユーリ――未確認生命体第2号―――が人間とともに戦って第一号の蜘蛛頭を退けたことは今のところ、全武装隊員へと情報は連絡されておらず、数少ない局員のみが知るところとなっていた。
「そういえば…」
世間話ついでに自分の持ってきたアイスを食べながらティアナは思い出したことがあった。
「ん…?何…!?この!!」
右腕が使えないため、左腕でスプーンを持ち必死に食べようとするティアナ。
中々、力の入れ方が難しいらしくアイスに悪戦苦闘中だ。
「あの時、私が白…じゃなくて未確認生命体第2号の味方をするって言った時あったじゃない?」
「あぁー、そんなこともあった……ね!!よし!」
綺麗にアイスが取れたのかご満悦なスバル。
いつものことだから、もう気にせずにティアナは話を進める。
「あの時、“そうだと思ってた!”って言ってたわよね?」
「あぁ、うんうん」
「なんで?」
スプーンを口に咥えたまま、そのままスバルの動きがフリーズする。
何か考え込んでいるようだ…
しばし、顎に手を当ててうなった後、スバルの出した答えは
「勘…かな…?」
「はぁ?」
ティアナは呆気にとられてスプーンに掬っていたアイスを落としてしまう。
「勘ってなによ?」
「だから勘だよ!
なんて言うのかな―、あの白いのからは蜘蛛頭みたいな悪い感じは全然しなかったんだよね…
オーラが違うって言うのかなー、こう優しそうっていうかさ…」
スバルが左腕をグネグネさせながらしゃべり続ける。
きっと“優しそうなオーラ”というのを体で表現しようとしているのだろう。
「そういえば、そんな子だったわよね。アンタは…」
本日二度目となる額を抑え蹲るポーズ。
「どしたの?ティアナ?」
そして、あっけらかんとしているその元凶。
「あ、そうだ」
元凶、もとい、スバルが
「その白いので思い出したんだけど……」
小動物のように身を萎縮させながらにスバルは左右を確認する。
そして手を口にかざし、ティアナに内緒話をするかのように小さな声でしゃべりだす。
何となく聞くことは予想できるが、耳を傾けるティアナ。
「マイルズさんの様子、どうだった?」
予想通りの質問ありがとうございます、ティアナは心中で礼という名の皮肉を告げると彼が今日目覚めたこと、ベルトが体内に吸い込まれたことなど、をスバルに説明した。
「へー、そっか良かった!良かった!」
「良かった!じゃないわよ…もしかしたら今後何らかの可能性で奴らと同じになる可能性だってあるのよ?」
「でもさ、本人が大丈夫っていってるんでしょ?なら大丈夫な気がするな。
なんていうかマイルズさん、そういうところ絶対に信用できると思うんだ!」
言っていることが抽象的すぎて分からない…似た者同士ということなのだろうか…
それとも自分の経験知不足?露骨に不快感を表情に出すティアナ。
なんにせよ、この話は早く切り上げたいところだ…
すると天から助け、彼女の懐に仕舞われ、だんまりを決め込んでいたクロスミラージュに通信が届いた。
ちょっとゴメンね、といい席を外すティアナ。
病室の外へ出て、通信OKと書かれているソファーが並んでいるフロアまで駆けていく。
この几帳面さ、真面目さが彼女の長所でもあり、また短所でもあるのだろう。
「ハイ、ランスターです。出るのに遅れて申し訳ありません」
音声通信ではなく動画通信のようだ、通話のコマンドを選択しながらも髪を少し整える。
『あ、ティアナ。ごめんね?ちょっと…忙しかったかな?』
そこに写っていたのは、かつて自分が目指した、いや今も追いかけている背中の一人であり、そして数年前まで自分が補佐として仕事を学んでいた人物。
「フェイトさん!?」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
美しい金髪と凛々しい容姿を備えた管理局のエースの一人だった。
<あとがき>
ハイ、という訳で2話(上)終了でございます。
お疲れ様でした。
色々考えて椿先生役はシャマルさんかなーと思い名前だけでも出してみました。
いかがだったでしょうか?