管理局湾岸部への道中のことだ。ふとティアナは後部座席に座っているユーリ、そして助手席に座っているゴリス、2人の関係に関心を持った。
ユーリはゴリスを「おやっさん」と呼び、ゴリスは「ユーリ」と呼び捨てだ。
愛称で呼び合うのは、別段おかしいとは思わない。特に後者に関しては、自分も機動六課時代に上司や後輩からもファーストネームで呼ばれていた。
しかし、前者に違和感がある。
確かに、報告の際には「カーネル班長」とは呼んでいたが、頭を叩かれた後、ユーリはゴリスに付いて行く時に「おやっさん」と口走った。
親戚か何かかしら…会話の少ない車内での話題作りにでもいいか、と思いティアナは聞いてみることにした。
「あの、少しいいですか?」
「「はい?」」
2人が息ぴったりに返答する。まるで今売出し中の双子の芸人のようだ。
「さっき、マイルズさんカーネル班長のことを“おやっさん”って呼んでましたよね?」
「え?あ…出ちゃってましたか…なるべく仕事中は“カーネル班長”って呼ぶようにしてるんですけどね」
膝にケースを大事に抱えながら「まいったなー」と苦笑いするユーリ。
それを見て、溜息をつくゴリス。
「それで、その…お二人は親戚同士なのかなーって思ったんですけど」
「お、さすが執務官さんですね!鋭いです!俺とカーネル班ちょ…今はおやっさんでいいか…おやっさんは遠縁の親戚なんですよ。
子供の頃、内戦地域で両親が亡くなったんです…それで、しばらくは武装隊の訓練校に通っていたんですけど、自分には向いてないなーと気づいてしまいまして…
で、どうしようかー、と管理局に自分に向いている職業ないかなーと思ってたらおやっさんに拾ってもらったんです」
“両親が死んだ”というショッキングな事実をさらりと言ってのけるユーリに少し気後れするティアナ。
しかし、ここで自分が下手に謝ってしまうと会話も終わってしまうし、向こうにも気を遣わせてしまうだろう。
声の調子から行くと、特に両親が亡くなったことに関しては心の傷にはなっていないようだし、このまま会話を続行することにする。
「へー…武装隊の訓練校にいたんですか。もしかしたら私と同期だったかもしれませんね」
「え?執務官さんって年おいくつですか?」
「19歳です」
「うわっ!若っ!俺より1つ年上なのに…
でも、執務官の選定試験って相当ハードなんですよね?法律とか魔法の実技以外にもいろいろあるって聞きますけど…」
「えぇ、そうですね。法律の知識以外にもちょっとした語学も試験範囲ですから」
「へー…すごい…頑張ったんですねぇ」
「いえ…」とティアナは照れ隠しに、車内のミラーを少し弄る。
少し後部座席の方を覗くと、本当に感心した様子で自分の背中を見るユーリの姿があった。
そして、助手席の方を見ると、何か納得いかない感じで溜息をついているゴリス。
「どうかしましたか?カーネル班長」
いきなり声をかけられ驚いたのか、ビクッと肩を震わすゴリス。
「いえね、よく陸戦Aマイナーの分際で“向いてない”なんて言えるもんだと思いましてね」
ねちっこく誰かを責めるようにゴリスが口を開く。
陸戦Aマイナー?え?りくせんえーまいなー?ティアナの中でイマイチ彼のいった意味が咀嚼できない。
誰が陸戦Aマイナーだって?
今日という日は驚きの連続だ…自分の脳が対応しきれていない。
そうしてると、後ろからユーリが微妙に弱弱しい口調で反論を始めた。
「別にいいでしょー。向いてないって思ったんだから!
あのまま武装隊に勤めていても、きっとどこかで限界感じて辞めてたって」
あぁ、やっぱり…陸戦Aマイナーはユーリだったようだ。
後ろに座っているパッと見優男の彼はかなり腕っ節が強いらしい。
確かに、あの重そうなアタッシェケースを片手で軽々持っていたのには驚いたが、まさかAマイナーとは…
人は見た目で判断してはいけないんだなぁ、と改めて思う。
ティアナが物思いに耽る中、口論の内容はユーリの進路変更から昨晩の晩御飯のおかずを取った取らないの話に飛んでいた。
“親子喧嘩”で騒々しい車内、ティアナは思う。
確かにこれは厄介だわ
執務官の事件簿 1話(中)
「では、3階の奥の部屋、会議室Bをお使いください」
湾岸部署に着いた3人は、まず受付で遺跡で録画されたであろう映像ソフトを見るために、会議室の貸し出しを申し出た。
専門の人間でもない自分がこのような物を見ていいものかと、疑問に思いゴリスに自分は席を外すべきではないかと進言したのだが
「ランスター執務官にはこのケースの中にあるベルトを守ってもらわなくてはいけませんからな。このベルトと遺跡に関係する今のところ得られる情報は与えておきたいのですよ。
それに、あの写真に写っていた化け物はコイツに興味があるようでしたしね、もしかした狙っている敵のことも知っておいた方がいいのではと」
と、言い返され、自分もこの場に一緒にいることになった。
会議室に入り、ユーリが再生ソフトを起動している間に遺跡の広間のことを思い出す。
画像で事件が起こる前のあの部屋の光景と、自分が実際に見た地獄絵図はまるで別物だった。
死者を棺に入れ、侵入者が来ないようにまでして、大事に保管されていたあの奥の間。
しかし、その部屋でまるで死者を冒涜するかのような暴挙に出た“怪物”。
もしかしたら彼らの全てが映っているかもしれない…
ティアナは憤りを感じながらも、彼らがどういう存在なのかに興味がわいていた。
「一体どんな奴らなんでしょうね、こんなことしたのって…」
考え事に夢中になっているとティアナの隣にユーリが立っていた。
ソフトの設定が終わり、今は記憶端末をゴリスがつなげている最中だった。
「隣の席いいですか?」と聞かれそれに肯定するティアナ。
「あの部屋、というか遺跡か…俺たちが入る時に遺族の方が入れてくれって何度も警備員さんにお願いしてたんですよ。
入れてあげてもいいんじゃないかな、って外では思ってたんですけど、中に入ってあぁ、入れないでよかったって、そう思いました」
「そうですね。あの光景を見たのであれば、死体を見たことのない一般人はきっと耐えられません。
ショックを受けて倒れ込んでしまう可能性もありましたから」
「死体、なかったそうです。奴らに肉片までもボロ雑巾みたいにされたって、地元の警察の方たちが言ってました」
俯いて両の拳を握るユーリ、それにティアナは「そうですか」と、どのセリフに対してかわからない受け答えしか出来なかった。
「じゃあ、準備終わりましたんで。再生しますよ」
2人がそれに頷くと会議室の明かりが消え、スクリーンに発見された頃の綺麗な遺跡が映し出された。
「思ってた以上にキツかったわ…」
休憩時間をもらい、会議室から出た後、ティアナはアイスコーヒーを自販機で買い、それを頭にあてて冷やす。
熱を出したように頭が重いのが、気分的にだが晴れてくようだ…
映像ソフトの内容は写真から少し録画時間が増えただけだった。
デバイスや武器を持った研究員が怪物に挑む。しかし、怪物の指が少し光ったと思うと、そいつはただの手一振りで彼らを切り裂いた。
そして恐怖に竦んでいる女学生の首をつかみ、上へ持ち上げてから圧し折る。
そこでカメラを支えている脚立が崩れてしまったのか、画面が真っ暗になった。
あとは阿鼻叫喚の断末魔と、柔らかい物が空気とともに潰される音と、大量の水が高い所から零れ落ちる音が何遍も繰り返された。
「そいや、彼、最後まで出て行かなかったわね…」
と、隣にいた青年のことを思い出す。
時々、辛そうに顔をゆがめるが、自分が運ぶものはこの人達の代わりに運ぶもの、しっかりと意志を引き継がなくてはいけないと思っているのだろうか、スクリーンから目を逸らさなかった。
その責任感の強さは感心するが…
「あれじゃあ、武装局員は務まらないわよねー…」
残っているコーヒーを一気に飲み干す。
自分だってあの映像に恐怖を感じていないわけではない、しかし血が出るたびに分かるのだ。
ユーリの呼吸のペースが僅かだが乱れるのが…
紙コップを握りつぶすと、ゴミ箱に捨てる。
そして、会議室へ戻ろうとした時、見知った影が目の前にいた。
「あれ?ティアだ?どして?」
長年連れ添った友人スバル・ナカジマだった。
どうして自分がここにいるのか分からない彼女は首をかしげてつま先から顔まで何度も繰り返し見ている。
「ん、ちょっと輸送の途中に寄っただけよ」
「へー…それはまた、偶然だね」
「そうね、そっちは?仕事はどうしたのよ?」
昔ほどでないにしろスバルはデスクワークが苦手だ。
もしかしたら、5分おきに休憩という名の散歩をしていたのかもしれない。
ティアナはカマをかける。
しかし、スバルの反応は自信満々に胸を張ってのものだった。
「へへーん!もう終わったのだよ!」
「へー、しっかり成長してるのね。少し驚いた…」
「でしょー!これで出動さえなければ定時帰りだよ」
寂しくもあり嬉しくもあるが、スバルもしっかり成長しているようだ。
ここは得意げなスバルを今は持ち上げておこう。
ハイハイ、とよく出来ましたーとスバルに少し拍手をする。
「あ、執務官さん」
すると、今度はスバルの後ろからユーリの姿が見える。
自分の横にある自販機で飲み物を買うつもりだったのかサイフ片手に突っ立ていた。
「あ、マイルズさん。どこに行っていたんですか?」
「えーと…ちょっと屋上まで風に当たりに…」
やはりあの映像に相当ダメージを受けたようだ。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい!もちろん!もう全回復です!」
そう言って遺跡でもしたようにサムズアップをする。
「そうですか、よかったです」
強がっているのだろうが、そこら辺は詮索しないのがマナーというものであろう。
「ねぇ、ティアはこの人は…?」
スバルがユーリを指してティアナに聞いてきた。
いけない、コイツに紹介するのを忘れてた。ティアナが「この人は」と紹介しようとした時に
「あ、俺は管理局本局所属 遺失物保安部 管理取引担当3班のユーリ・マイルズです。
ランスターさんには今回、遺跡の出土品の輸送につき合っていただいています」
と先にユーリに返されてされてしまった。
「私は港湾警備隊・防災課特別救助隊セカンドチーム 防災士長のスバル・ナカジマです。
ティアとは訓練校時代からの付き合いなんです!」
スバルも元気に自己紹介をし返す。
同い年同士、似た者同士息があったのか、2人はティアナの仲介がなくても世間話をし始めた。
「あー、やっぱりそっくりだわ」
一歩離れたところでティアナはしみじみと独り言をつぶやく。
人を真っ直ぐに見て、話すところとかまさにそんな感じだ。
「それで、訓練校の教官にティアがー…」
そうそう、そうやってうっかり口が滑っちゃうところとか…
ん?まて?ティアが?と言ったな?
「へー…ランスター執務官さんって昔は結構やんちゃだったんですねー」
「そうですよー。一度暴走しちゃうと中々止められないというk…」
「待ちなさい!!!バカスバル!!
今アンタ何て言った!何についてしゃべった!!!」
「いひゃいお、ひふぃれひゃうひょー!!」
ティアナがスバルの頬を思いっきり引っ張るが、時すでに遅し。
彼女がしみじみと感慨にふけっている間に、自分の恥ずかしい過去の1つがユーリにばらされてしまったようだ。
しかも、彼は目の前の光景に呆気にとられて二の句が継げずにいる。
何を言おうか、フォローしようか、謝罪にしようか、それを迷っていた。
「えと…」
「あの!!」
オロオロしているユーリにティアナが声をかける。
必死な形相&スバルに絞め技をかけているという非常に鬼気迫るものがあった。
「この話は聞かなかったことに…!お願いします!」
「はい!!」
一応、敬語は使っているが「てめぇ、首縦に振らなかったら虚数空間に落とすかんな?」と言いつつ鎖鎌を振り回してる女学生の霊がティアナの背後にいるのを、ユーリは見た気がした。
もちろん彼には首を縦に振ることしかできない。
「ありがとうございます…」
いい返事をもらって安堵したティアナは既に腕の中でグッタリとしたスバルを離す。
スバルは地面にへたり込み「イタイイタイ…」と泣き崩れた。
「アンタねー…話が盛り上がるのもいいけど、そんな風にホイホイ色んなこと口に出すのやめなさい。もう18なんだから…」
「うん…ゴメン…」
「ナカジマさんも18歳なんですか?」
「ふぇ?そうですけど…」
「俺もなんですよ!防災士長なんて肩書だから俺よりランスター執務官と同い歳かなーって思ってたんです!」
「わぁ!年上に見られたの初めてだー!なんか嬉しいなー!
いつも年下に見られちゃうんですよね、私」
同い年仲間がいたことと、初めて年上に見られたことに両手を合わせて喜ぶスバル。
年上に見られたのはアンタの経歴だって…と言いたいことを心に秘めるティアナ。
正反対のように見えて、この2人は本当に仲が良い。ユーリがそれを微笑ましく思っていると廊下の向こうからゴリスの声が聞こえた。
「それでは本局の方へ移動しますので、ランスター執務官、お願いします」
振り向くとケースを重そうに運ぶゴリスがこちらに向かってきていた。
「すいません!もちます!」とユーリはゴリスの元へ駆けて行った。
「じゃあ、ティア気をつけてって、さっきもこんなことあったよね」
「そうね、それじゃあね。定時に帰れることを祈ってるわ」
お互いに健闘を祈ると、ユーリ達がやってきた。
「話せてよかったです!もしかしたら、本局とか任務とかで会うかもしれませんがその時はよろしくお願いします!」
「こちらこそ!楽しかったです!ただ、あまり私に会うっていうのは状況が芳しくないとは思うんですけどね…」
「あ、確かに…」
2人は笑いあってお辞儀をする。中央のエスカレーターから外に出ようとしたときである。
正面出入り口のガラスを突き破って、バリアジャケットを来た男性が1階フロアに突っ込んできた。
「え?」
何のことかと思い呆気にとられるスバル。
一瞬の沈黙の後、1階フロア、エントランスホールが騒がしくなる。ボロボロになった武装局員を担架に乗せ、無駄のない動きで緊急エレベーターで移動していった。
ユーリが辺りを見回す、何が起きたか、この場にいる誰もがわからないらしくデバイスや各々の通信端末で連絡を取り合っていた。
「一体、何が…?」
「わかりません。ただ、もしかしたら…」
ティアナは言い淀む。
「最悪のケースかもしれません…」
「それってどういう!?」
少しの沈黙の後ティアナの口が紡いだ言葉は、何とも抽象的なこと。
スバルは意味がわからずにティアナに聞き返す。
「いい?もしかしたら私たち、映画に出てくるような化物と戦うはめになるわよ」
「何言ってるの?ティア…意味が…」
わからない、そこまで言おうとした時、またも武装局員がエントランスホールに飛び込んできた。
今度は2人だ。2人とも意識は失われており、うんともすんとも言わない。
彼らを庇うようにして、杖を持った武装局員5人が編成を組んで、杖を入口に構える。
「ってー!」
一人の合図により魔法陣が展開。鋭い光弾が外へと吸い込まれ大きな爆発が起こった。
爆発の余波で建物内にも少し煙が流入する。
「終わった…かな…」
ゴリスが呟く。
皆も緊張のために声が出せずにいた。見たところ非殺傷設定は解除されていたようだ。
あれだけの爆発…誰がこの騒ぎを起こしているのか分からないが、犯人もきっともんどりをうっているころだろう…
そう思っていた、期待していた。
しかし…足音が聞こえる。砂利、ガラス片を踏みしめこちらに向かってくる。
煙から人影が見えた。
いや、アレは人なんかではない。
煙から姿を現したのは、蜘蛛の形をした顔、映像で見た奴ほどではないがそれでも常人以上に発達した筋肉、どこかの原住民のように最低限の急所を隠した衣服。
誰が見てもわかる異形の存在。
そう、アレは…バケモノだ。
バケモノは建物内を見回すと呟いた。
「パダゲ…デスドンクウガゾ…」
<あとがき>
1話中編まで書きました!!
ようやくグロンギさん、もといグムンさん登場です。
グロンギ語、間違ってたら本当にごめんなさい…
感想の方、ありがとうございます!
自分で創作活動をして、それを人様に見せるという経験がない自分にとって、もの凄く励みになります!
ストックは今回の分までだったので…ペースは次回からガタ落ちかもしれませんが、これからも付き合ってくださるとうれしいです。