新暦78年 11月27日 AM 7:22 管理局本局 廊下
「なんてこと…!!なんと申し開きすれば!」
私、ティアナ・ランスターは遺失物保安部に向けて歩いていた。本局内なので走ったりはしないが、この年頃の女の子にしてはあり得ない程大股かつ早歩きである。
私がそこに向かっている理由は只一つ、遺失物保安部管理取引担当3班の責任者であるゴリスさんに昨晩の未確認生命体4号の射殺の件の報告だ。
未確認生命体第4号ことユーリ・マイルズはゴリス班長の身内であり直属の上司でもあるが故の用事。
私の直属の部下ではないのだから必要はないのであろうが恐らくは謝罪もするだろう。
どうして第4号は射殺対象から外すようにと武装局員を説得出来なかった、どうしてもっとユーリの行動に注意をしておかなかったのか…次から次へと溢れてくる後悔を払うための自己満足かもしれない。
だけど、それでも私は自分で直接このことについて彼にお話をしなくてはいけない。
「あった…!!」
壁に掛けてあるルームプレートにお目当ての部署が刻印されてある一室を発見、暗い気持ちでインターフォンを押し入室の許可を得る。
「申し訳ありません、こんな朝早くに…」
「いやービックリしましたよ。何か御用ですか?」
こんな朝早くに来たのに笑顔で迎えてくれるゴリスさんを見ると胸が締め付けられる。これから残酷なことをお話ししなくてはいけない…
「いえ、そのマイルズさんの件なのですが…」
「おや、ユーリのことですか?また何かランスター執務官に御迷惑を?すいません、アイツにはコッチに来たらよく言い聞かせておきますので」
この反応…やはり、昨晩の一件は知らないと見える。気が重い。
一回深呼吸をして気合を入れる。よし…!!
「いえ、そうではなくてですね。昨晩の未確認生命体第3号の件なのですが」
本当はもっと早くに、昨晩事件が起こってすぐにお伝えすべきだったのであろうが、各関係者に連絡を取って事実確認を取っていたせいでこんな時間になってしまっていた。
「え、また未確認の連中ですか!?」
「えぇ、フットキャスト駅で目撃されたのですが、そこで偶然居合わせたというマイルズさんが4号になり戦闘。その最中に武装局員が周囲を包囲し、彼らを一斉攻撃」
一気にまくしたてる。相手の反応をうかがってしまうと、最後まで言い辛くなるからだ。
「約5分間による一斉射撃により目標は沈静化。つまり…両者とも射殺されました」
停滞した空気が流れる。重い……暗い……呼吸するのすら辛い。
さて、次に来るのは罵倒か泣き言か…準備は出来てないが覚悟は決めた、どんと来い。
しかし、実際にかかってきた言葉は私の予想したものとは全く異なるものだった。
「いやー…執務官殿も冗談をおっしゃるんですねー」
――――――――――――は?
ハハハ、と苦笑いしながらコーヒーを啜るゴリスさん。
「いえ、これは冗談ではなく、実s…!」
私がくい気味に事実を話そうとしたところで、扉が開く音が聞こえた。
「ゴメンゴメン、おやっさん!着替え持ってきてくれた!?」
―――――――――――――なんで、アンタがここにいる―――――――――――――
そこには昨晩、私が死亡報告を聞いた男が立っていた。
「ぶえっくし!!」
全身びしょ濡れで。
執務官の事件簿 4話 “審判” (中)
新暦78年 11月27日 AM 7:50 管理局本局 遺失物保安部管理取引担当3班オフィス 待合室
「で、それで第3号と取っ組み合っているうちに川に落ちて全身びしょ濡れになったと…」
ティアナがホッとしたような、バカバカしい物を見るような目でユーリに事実確認をとる。
一方、ユーリは先ほどシャワーを浴びて無駄にさっぱりスッキリしていた。
しかし、あのずぶ濡れの姿で電車やら公道やらをつかってここまで来たのだから驚かされる。よく職務質問されなかったものだ、とティアナは心中で安堵を覚えた。
世間一般ではエリートといわれている管理局員があのなりで職質されようものなら変な噂が立ちかねない…
ちなみに、ゴリスはユーリの着物を洗濯するため別室である。
「えぇ、大体そんな感じです。あ、スイマセン。さっきコンビニで買ってきたお弁当たべていいですか?」
どうぞ、と覇気も緊張感もない返答に「ありがとうございます!」といって袋から弁当を取り出すユーリ。
箸を割り、備え付けの調味料をおかずにかける様子を見ていると、とてもじゃないがあの第4号に見えない…
「あ、それでその時にちょっとおかしなことが起こったんですよね」
「まずは口に入ってるもの飲みこみなさいよ」
「あ、すいません………で、そのおかしなことっていうのがですね」
軽い、ノリが軽すぎる…少し痛くなる頭を押さえつつとりあえずは彼の言うことに耳を傾けることにする。
「俺、姿がまた変わったんですよ!!」
「また?」
「えぇ、またです!ほら、今までのは赤いクウガだったじゃないですか!でも今回は紫のクウガに変わったんですよ!」
「は?」
「つまりアレか?お前、紫色の4号に変ったってことか?」
洗濯を終えていつの間にか帰ってきていたゴリスが合いの手を入れた。ユーリが「いや、4号じゃなくてクウガなんだけど…」という呟きをティアナは無視する。
「どういうこと?どんな状況でそうなったの?」
「えぇっと…未確認と取っ組み合ってたら殺傷設定弾撃たれて、なんとかしなきゃ!って思ったら紫になりました!」
「…………」
子供か、とティアナは心中で思いっきりツッコミをした。こんな高純度のボケは自分には裁ききれない。
犯罪者との尋問によるネゴシエーションや長時間の聞き込みでようやく出てきた自信が少し揺らぐ瞬間。
目の前の彼からはふざけている様子など微塵も感じられないのが余計に厄介だ。いや、ふざけた様子で回答してきてたら今持っているホットコーヒーを弁当に流し込んでやったところだろうが。
ティアナがもう一度証言を咀嚼していると再びゴリスが口を開いた。
「するってえと、アレか?その、お前の意思に反応して姿が変わったってことか?」
いた…コレに反応できる人がいた…流石は長年の付き合い、コレを単なるボケと取らずに普通にさばけるとは。
“だけど、私はそこまで行ける自信はないなぁ”
憧憬にも似た諦めを感じている間にも会話は進む。
「そうそう、なんていうのかな…外見をちょっとだけ見れたんだけど、身体の部分々々が鎧っぽくなってたんだよね。目の色も紫色に変わってたし!」
「鎧?紫?たしか赤いのはもっと肉感的なイメージがあったのだけれど」
「はい!でもそれが変わったんですよ!それも一瞬で!」
一瞬でか…この変化の件についてはティアナも情報を仕入れてはいない。おおよそ上層部が公開していい情報かどうかを決めあぐねているのだろう
「まったく…これだから管理職って奴は…」
誰に聞かせるでもなくティアナはため息をついた。そういえば、昨晩お会いした提督はとても立派だった。心の中で「保身に走る」と訂正文を付け加えておく。
ユーリの無事も確認できたのでそろそろ自分の業務に戻るために、ソファから立ち上がったところで思い出したことがあった。
そう、未確認生命体合同捜査本部の件だ。ユーリにはとりあえずこのことは話しておくべきだと思った。しかし、ここではゴリスもいるし場所が悪い。
「あとで、話があるから。出来れば昼に時間空けといてくれない?」
「はい、わかりました!」
いつもの人懐っこい笑顔でユーリはティアナに返す。
“ま、こんな奴だもんね”と一時間前までユーリが死んだなどという誤報に頭の中を支配されていた自分が馬鹿らしくなってこちらも思わず笑ってしまう。
「失礼しました」と一礼し、待合室から出ようとした時である。背後から声がかかった
「あ、あと、ありがとうございました!」
ユーリが笑顔でお辞儀をしていた。
「なんのことよ?」
自分には彼にお礼を言われる覚えなんてない。むしろ言うのはこちらの方か…先日教会で助けてもらったし、その後でお姫様…
と思考が加速したところで強制的に停止をかける。
「だって、今日ここに来たのだって俺のこと心配してくれたからですよね?だからありがとうございました!」
「~~~~~ッ!!」
やりにくい!本当に天然ってやりにくい!どうしてこう時々鋭いところがあるのだろうか!?
ティアナは仕事では極力見せないようにしているお人よしの思考を停止させる。少し紅潮する顔を見られないように、「別にそんなんじゃないわよ」とだけ言って待合室の扉を少し強めに閉めた。
新暦78年 11月27日 ?????????? ????????
「ハァ…ハァ…」
荒い息遣いが下水道に響く。まさか自分がここまでの傷を負わされるなんて。抉れた右目部分に手をかざす。何も見えない、広がるのは暗黒のみだ。
“彼ら”は武器を持ったことは知っていた。だが、ここまでやるとは。
本来ならばこのような状況は自分にとって願ってもないことだ、しかし状況が違った。
あの時はクウガがいた。クウガとの一対一、ここで自分がクウガを倒せば確実に上位の“集団”へと上がることが出来る。
もしかしたら“最後”まで行けるかもしれないのに。
「グッ…!!?ウゥウウゥウ…」
突如右目が痛み出す。
そう、その一対一の戦いに無粋にも土足で入ってきた奴らがいる。それが今の自分の右目を奪った連中だ。
グムンから聞いた話ではそこまでの戦力はないように思えたのに…
「グムン、ブバダダバ」
だから簡単にクウガに殺されるのだ…痛みに耐えながら嘲笑をこぼす。
幸いここは人も少ない。しばらくここで痛みを癒し、そしてまた“始めれば”いいさ―――喘ぐ息を無理やり飲みこみ、ゆっくりと呼吸をする。
まるで自分が吐いた空気とともに闇に溶け込んでいくような、自分たちの存在には似合わないゆったりとした感覚に身をゆだねた。
呼吸が整い始め、さて、次の獲物を…と、この闇の出口を探し始めた時である。
緑色の光の球がふわふわと漂ってきた。
「なんだこれは?」自分たちがいくら封印されてきたとはいえ、目の前の物が自然現象で起こりえないことくらいは知っている。
ゆっくりと手を伸ばした…瞬間、今までの緩慢な動きから一転、それは紐状にかわり自分の腕をへし折らんばかりの力で締めあげてきた。
「!?バンザ!?」
痛みよりも突然のこの状況への驚きで戸惑っていると「かかった!」「こっちだ!」などという男たちの声が聞こえる。
なるほど、どうやら自分は連中の罠にかかってしまったようだ。
しかし残念だな、私は「生」の為にひたすらに暴れる獣と違う。
「ククク」
右腕の罠をあえて外さないまま声のする方へ向き直る。
やれやれ、この時代は本当に面白い…
新暦78年 11月27日 AM 12:30 ミッチルダ中央区画 某定食屋
「わざわざ呼び出して悪かったわね。さ、入って」
「はい、失礼します」
昼時にティアナと本局で合流し、連れてこられたのはミッドチルダの定食屋である。
わざわざ昼飯なら本局の食堂ですればいいじゃないか、とユーリが理由を聞こうとしたとき、突然念話通信が入った。
相手は目の前のティアナである。
『通信、出来るわよね?』
目の前でここの魚料理が結構おいしくてね、などとこちらにメニューを見せてくれる外とはまるで別人のまじめな声。
ユーリも『一応…簡単な暗号通信程度なら』とメニューを受け取りながら答える。
『上等よ。わざわざここにしたのは、本局だとどこで聞き耳立てられてるかわからないからね。ちょっと場所を変えさせてもらったわ』
『なるほど…』
『ここだと通信傍受系の探査魔法やジャミングとかをされる心配も少ないし、それにここの料理長さんの使い魔がそういうのに敏感だからすぐに教えてくれるのよ』
さすが執務官、カッコイイ。などと緊張感のかけらもない感想を持ちながら水にユーリは口をつけた。
いつも通りのマイペースに慣れてきたティアナはそんな様子を流して話を進める。
『今度、時空管理局に未確認生命体の“未確認生命体合同捜査本部”という未確認対応の特別班が出来るわ。』
―――――思わずユーリ動きが止まった。
『未確認の特別班ですか?それってもしかして…』
『えぇ、未確認を“倒す”目的で編成される特別のチームよ。私、スバルはそこへの転属が決まってる』
あえて、“殺す”という表現は使わなかった。だが、ユーリにもその真意はわかったであろう。
顔が明らかに強張っている。『ナカジマさんも?』と聞き直してくるその声も心なしか震えているようだった。
『えぇ、まぁ、詳しいことは省くけど…単刀直入に言うわ。アナタ、この班に配属されなさい』
「はぁ!!?!?」
縮こまっていたユーリの身体が跳ね上がり、思わず大声で聞き返した。すぐに自分の行動を顧み、周りに「スイマセン」と苦笑いしながら着席する。
ティアナにしてみればこのボリュームは確かに驚いたが反応は予想通りだった。そりゃ、いきなりそんなこと言われたら驚くに決まっている。
『いや、でも…なんで?』
『今、管理局にはアナタの別の姿を知る人間が私を含め4人いるわ。私、スバル、アナタも先日会ったフェイト・T・ハラオウン執務官、そして――――クロノ・ハラオウン提督』
『提督!?なんでそんな人が…』
『あぁ、ハラオウン提督はフェイトさんのお兄様なのよ。それに、今回の未確認の件、最初に対策に動き始めた方でもあるからね』
『なるほど…でも俺、武装局員じゃなくて基本事務方ですよ?クウガになって戦おうにもオフィス勤務じゃ出来ませんし、それに・・・』
ユーリが挙げるいくつもの懸念事項は確かに現状では未確認生命体合同捜査本部に彼が加わることはおよそ不可能なように思えた。
しかし、ここである一つのピースをはめることでこのパズルはその光景を180度変える。
『簡単よ、アナタが私の補佐になればいいの』
新暦78年 11月27日 AM 14:20 ミッドチルダ中央区画
ユーリに自分の考えている今後のプランを打ち明けた後、ティアナは未確認生命体第3号の捜査に、そしてユーリは自分の職場へと戻っていた。
今、ティアナは第3号とユーリが取っ組み合っていた橋の付近で現場検証に立ち会っている。
(非殺傷設定の雨あられ…これだけの量やられると最早「面」単位での攻撃よね)
橋の表面は一面えぐれ、所々に穴が開き、彫刻の出来損ないのような様相を呈していた。
「また作り直しでしょうね」
痛々しくデコボコに歪んだ看板を横目にティアナはこちらに向かってる市警の人間に一礼をした。
「時空管理局より派遣されました執務官のティアナ・ランスターです」
「お話は伺っています。ランスター執務官は未確認との戦闘経験もあるとのことですので、是非お力を貸していただければと」
やってきた男も一礼を返し、自分の手に握られてるカード型のデバイスを操作する。
ウィンドウが表示され、そこには未確認生命体第3号と思しき姿が映っていた。しかし、ピンボケが酷く画像ではそのシルエットがいまいちハッキリしない。
「これは…?」
「えぇ、ウチの職員が目撃したんですが…異常なスピードだったようでして、動画でも姿をとらえられてるのはほんの一瞬でして…」
「そうですか」と簡単に返事を返し、目が痛くなるような画像を検めて眺める。
異常なスピードとの証言と(ぼんやりとではあるが)このフォルムからして、きっとこの第3号もユーリや第1号とはまた異なるタイプであろう。
「第1号や第4号とはやはり姿や特性も違うように見受けられます。他に何かわかっていることは?」
「いやー…それが…凄い速いということと、女性的なフォルムらしいということしか判明しておらず…あ、ですが、昨晩の戦闘で第3号に手傷を負わせた際の血痕を採取しました!
今、鑑定にかけておりますので、分析が終われば何か手がかりになるものが出てくるかもしれません!」
つまり現状手がかりはほぼナシに等しいということだ、とティアナは心中でシビアに結論づける。
こうしている間にも未確認生命体は凶行を繰り返しているかもしれない…焦る気持ちをなんとか宥め、現状で打てる手を模索する。
人海戦術?アウト、市警の方に協力してもらおうにも戦力の分散は連中相手では危険すぎる。
捜査範囲に支援魔導師による探索魔法や結界の展開?アウト、中央区画でこんなことをしたらパニックになりかねない。そもそも現状市民への未確認生命体の公表に渋い顔をしている上層部が許可を出すはずがない。
あとは、あとは…めぐる思考は出来もしない夢のような一手ばかり。奴を補足して追いつき倒す。それが最も効率的で周囲に被害を出さずに解決できる方法だ。
頭を悩ますティアナ、遠くから目の前の男を呼ぶ男が聞こえる。
必死の形相でこちらに駆け寄ってきた。息も切れ切れに報告を始める。
「警部!!第3号が!第5区画の下水道内で!!」
新暦78年 11月27日 AM 15:30 管理局本局局員専用通路
「いやー、参った…まさか執務官本人から“補佐になれ”なんて言われるなんて」
管財課に今度使う機器類の申請をし終え、その帰り道にユーリはポツリと呟く。
幸いにもこの時間帯に通路でたむろしている局員などほとんどいない。いたとしても、何やら口論に夢中になっていたり、余程疲れているのかベンチで仮眠をとっていたりで自分に注目している人間はいない。
この誘いが来るまで、ユーリの中では管理局を辞めてフリーターをしながらクウガとしてティアナ達に協力するつもりでいた。
その証拠に彼の制服の胸ポケットには辞表が収まっており、近いうちにそれを上司に提出する準備は出来ていたのである。
危なかった…と仕舞ってある場所を軽く叩きながら安堵のため息をつくユーリ。
「まぁ、おやっさんもこの話には満足してくれてたみたいだしいい感じにまとまったのかもな」
足も軽く自分のオフィスに戻ろうとした時、後ろから「ちょっといいかな?」と呼び止められた。
声だけ聴けば若い男性の声だ。しかし自分の周囲の人間にはそのような声を持つ人間はいない。
「はい?なんでしょう?」
なんの気なしにユーリは振り返る。
そこにはスーツを着ていてもわかる屈強な身体でありながらも理知的な雰囲気を纏っている、およそ彼とは似ても似つかぬ人生を歩んできたことが一目でわかる――――要するにいかにもキャリアマンな男性が立っていた。
あれ?そういえばこの胸章…とユーリがなにか気づく前に目の前の男性が口を開く。
「ぶしつけですまない、僕はクロノ・ハラオウン。一応、提督という立場で管理局に身を置いているものだよ」
<あとがき>
クウガといったらTRCS(BTCS)!!
やっぱり出したかったので無理くり登場させることにしました。