ガラン・・・ガラン・・・という不規則に鳴る鉄が軋む音と叫び声、そして周囲に満ちる埃。これで何も起こってないなんて判断する人間なんていないに等しいだろう。
「大丈夫ですか!誰かいませんか!?」
ユーリはライトの光を辺りに翳しながら、誰かに呼びかける。今しがた起きた事故、大きなモノかもしれないがすぐに応急手当を行えば命は助かるかもしれない。
幸いこの時間帯は交通量も少ないし救急隊が到着するのもさして時間はかかるまい。
「誰か・・・!」ともう何度目かによる呼びかけをした時である。
「た、たすけてくれええええ!」
走る、というよりかは“転げる”といった方が正しい、そんな体を成した男性が埃の中から飛び出してきた。
「だ、大丈夫ですか!?」
ユーリはその彼を両手で受け止め様子を確認する。特に酷い外傷はない。すり傷や切り傷、上着のジャンパーが切れている部分もあるが問題ないであろう。
髪の色や、アクセサリーなどを見るにあまり褒められた人種でないであろうと考えられるが、この際それは置いておくことにする。
「たすけて・・・バケモのがぁ!!」
ユーリの姿に安心したのか男性は彼の体に縋りつく。
「化け物・・・!?」
嫌な予感がして、先ほど男性が飛び出してきたあたりを眺める。街燈で舞う埃に映されたシルエットがうっすらと見える。
息をのむ。
何人もいるとは予想はしていた、しかしまさかこんなに早く会うなんて…ユーリは心中で毒づいた。
誰に聞こえるわけでもなく静かに、だけれども深くため息をついた。
でも、自分がするべきことはもう決まっていた。
「逃げて…!」
「え?」
「逃げて!!!」
珍しく大声で叫び男をこの場所から遠ざける。
緊張と疲労で上手く走れてはいないが、この際しょうがない。とりあえず彼が逃げ切るまでの時間は稼いでみせる。
ユーリは影に向き直った
「ゾグ…ガダサギギ・ゲロボバ」
出てきたソレは女性的なラインを持ちながらも人とは異なる形、そして人をはるかに超える威圧感を備えていた。
執務官の事件簿 4話 “審判” (前)
新暦78年 11月26日 PM 19:20 管理局本局 提督室
「凄い、こんな装備が…!」
スバルが表示されたウィンドウを見ながらつぶやく。
「確かにこの装備があれば陸戦隊の機動力ははるかに上がります。ですが、このスペックを量産するとなりますと…」
ティアナがそれに応じ、クロノに向き直った。
「あぁ、予算が…それに運用するための人員が圧倒的に限られてくる…よってお蔵入りだ」
クロノがため息をつきつつ肯定の意を示す。心なしか笑っているようだった。
――確かに――こんな化け物スペックを持つ機動兵器なんて武装局員でも動かせる人間はそうそういない。よしんば乗れたとしても、逆に制御できずに自爆がオチだ。
兵器というのは安全性があってこそ、スペックお化けになってはガラクタも同然だ。
興奮してウィンドウに表示されたスペックを眺めるスバルを尻目に、ですよねぇ…とティアナが表示を消した瞬間、提督室に無線が入った。
コール音から緊急通信用、穏やかではないことが怒っていることがうかがえる。
さして緊張した面持ちでなく、クロノは通信を開いた。すぐに事務服を着た男性が話し始める。
「ん、どうした?」
『提督、執務中失礼いたします。実は…あ』
男性がティアナとスバルの姿を見て言いよどむ。「構わない」とクロノが告げると気を取り直して報告を再開した。
『未確認生命体第5号がフットキャスト駅付近で発見、未確認生命体第3号と戦闘中に武装局員が到着』
な…!ティアナが息を呑む。スバルも不安な表情を隠さない。
フェイトはいたって冷静な表情を装っているが、腕組みの向きを変える。
『その場で射殺となったそうです』
――――――――――――うそ…でしょ…―――――――――――――――――――
新暦78年 11月26日 PM 19:00 フットキャスト駅付近
「くっ!!」
強靭な脚から繰り出される蹴劇を体に受けて思わず赤い体が周囲の工事用具を吹き飛ばして転がる。
すぐに体制を立て直すために、吹き飛ばされた勢いを利用し横に転がりながら立ち上がる。
息をととのえる暇すら許さず、次の攻撃が赤い体を揺らす。
「ぐあっ!?」
腕を組みガードをしたおかげでなんとか直撃を避けられたが、それでもダメージは残る。
ユーリはその後すぐに変身を行い、戦士クウガへとその姿を変えていた。
自分が初めて求めて手にした力―――いまだに身体的スペックの急激な上昇になれないせいか上手く立ち回れない。
「いや、違うな…」
先ほど自分にキックをかました怪物がこちらに向き直る。女性的ではあるが無駄のない絞られたボディライン、そして豹のような衣装の顔。
外見に違わず素早い攻撃を繰り出してくる相手、それに加えてこの障害物が多すぎる戦場はユーリにとって圧倒的に不利だった。
無論、彼が戦いに不慣れなせいでもあるのだが…
「ドゾレザ…!!」
怪物が腰を落とし、こちらにとどめを刺そうとするのがわかる。
ユーリは身構えてカウンターを狙う、このまま突っ込んでも先ほどのように吹き飛ばされる場合だってある。
少しの静寂の後、怪物が前傾姿勢になった。「来る!」そう思い、右手を前方へ伸ばした瞬間、彼らの周囲を光が包んだ。
『こちらは武装管理局です!すぐに武装を解除し投降しなさい!さもなくば武力を用いてそちらを止めるさせてもらう!』
ライトに照らされ思わずユーリは周囲を見回す。気づけば橋の周辺に武装隊がデバイスをこちらに向けて構えている。
装甲車の周りにはあわただしく人が動き、年配の人間が通信で怒鳴り散らしていた。
上にはヘリ、ゆっくりこちらを観察するかのごとく迂回する様子をみるに有人操作、おそらくはこちらを攻撃するための狙撃要員も配備されているだろう。
「うわぁ…」
戦いに夢中になっていたとはいえ、ここまで戦力が集中するまで気づかなかったとは…
目の前の怪人からも先ほどの自分への殺気は消えうせ、辺りに威嚇をしている。苛立ちを隠そうともせず吠えるその姿は獣そのものだ
「ザボゾロザ…!!」
自分から標的を変え、武装局員に飛び掛かろうとする。
「やらせるか!」
反射的にユーリは怪物にタックルを仕掛ける。
「ビガラ!!?」
思わぬ方向からの攻撃、しかも打撃ではなく捕縛のための掴み技。肘鉄を空いたユーリの背中にぶつけて何とか振りほどこうと怪人が悶える。
困惑したのは武装局員も同じだ、先日の第1号の件で第4号は他の未確認生命体と戦っている情報は知ってはいたが…この行動は余りにも不自然だ。
これではまるで…
「我々を、まもっている…?」
装甲車に乗り、各武装局員に作戦指示をしているオペレーターが通信回線が開いているのにも関わらず思わずつぶやいてしまった。
――――マモッテイル?ミカクニンセイメイタイガワレワレヲ?――――
小さな波紋がまるで大津波を引き起こすように、個人の呟きは周囲に広がり形容しがたい感覚、言うなれば“不安”が彼らを包む。
「バカ者!!何を言っている!!?」
局員のざわめきを感じ取った上官がオペレーターから通信権を剥奪する。極めて迅速な対応であった。
『本部から各員に伝令!非殺傷設定を解除!ターゲットは未確認生命体、総員構え!』
本部からの命令を受け我に返る武装局員。目的を失い惑っている群衆にとってシンプルな命令は非常にありがたい。
自分のが決断し行動する必要などそこにはないからだ。
「り、…了解!」
すぐに手持ちのデバイスを非殺傷設定を解除、目標を眼前で取っ組み合っている未確認生命体に絞る。
「これでいいのか?」という小さな疑問がノイズのように思考を邪魔をするが、それを全て振り切る。これは命令だ、自分に選択の余地などない。そう言い聞かせながら。
『撃て!!』
その発令と同時にいくつもの光弾がユーリ達を襲った。工事用具が吹き飛び、周囲に火花が散る。
「うあああ!!」
思わず叫び声を上げるユーリ、怪人も同じように呻く。殺傷設定の魔力弾は肉を抉りとることはないが、それでもユーリの体に深刻なダメージを与える。
飛んでくる鉄球の直撃を喰らっているような感じであろう。
「グアッ!!」
その中で怪人がひときわ大きな悲鳴を上げた。ふとみると右目がない。どうやら魔力弾が直撃したようだ。
「ビガラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
怪人が吠える。武装局員に向き直り、飛び掛かろうとさらに体の意識を集中させる。
――――どうする?――――
怪人の状況よりかは多少はマシというだけで、ユーリの状況だって決して好転したわけではない。
むしろどんどん悪化しているといっていい。全方位から飛んでくる殺傷設定の魔力弾。
それに加え武装局員と怪人の距離を保たなければならない。
「なにか…ないのか?遮蔽物とか…身を隠せるモノ!!」
息が上がり意識がそぎ取られ視界がかすむ。
――――――――――――――もう限界か――――――――――――――――
その瞬間、腰の宝石が赤から紫色へと変化した。
低く重厚な音が響き、ズシン、と自分の体が重くなったような感覚を覚える。自分が感じた違和感がどういったものか把握するより先にユーリに気づいたことがあった。
「痛く…ない?」
先ほどまで自分の肉体を虐めていた痛みがなくなった。いや、今までに受けたダメージあるのだが、それからの感覚がサッパリ消えた。
まるで綿の弾を投げつけられているかのような軽い痛覚。
その瞬間に砲撃が止み、再び周囲がざわつく。“変わった…”“今度は紫?”というつぶやきが聞こえる。
「紫…?」
自分の二の腕を眺める。今まで赤一色で肉感的な趣だったプロテクター、しかし今は紫のラインまとった銀色のプロテクターのようになっている。
「なんだ…コレ…」
更に割れたガラス片で今の自分の姿を眺めた。その姿は赤のクウガとは異なるものだった。
紫の複眼、先ほどのプロテクターのようなデザインのアーマーが胸部を覆い、肩部の飾りは丸い物ではなく鋭利的な鎧に代わっている。
「アアアアアアアアアアア!!!」
自分が呆けている間に怪人が再び動き出した。右目を手で庇ってはいるが、その獰猛さはいまだに健在。
集中砲撃が止んだ隙に武装局員に襲いかかろうとしている。
「だからやらせないって!!」
橋の向こうへ飛びかかった瞬間、同じようにユーリが怪人に飛び掛かる。横から衝撃を受けた怪人とユーリは橋から転げ落ち、下の川へ真っ逆さまに落ちていく。
『撃て!!逃がすな!!』
我に返った本部が命令を下す。
2人が落ちた周囲をヘリがライトで照らし、そこをさらに魔力弾を集中させた。水しぶきがあがり周囲の沿が衝撃で削り取られていく。
無慈悲な集中砲撃。この布陣で仕留められない敵はいないであろう。
そう、今までの常識の範囲で通じる相手であれば…であるが
~あとがき~
お久しぶりっす…