新暦78年 11月26日 PM 15:30 ミッドチルダ市街 喫茶店
「ではこの条件でよろしくお願いします」
黒縁眼鏡、スーツ、丁寧にセットされた黒髪、ステレオタイプなサラリーマンの風体の男は対面にいるゴリスとユーリに一礼をする。
ゴリスは礼を返して苦笑いをしながら口を開いた。
「はい、こちらこそ。色々と我儘を聞いてもらって申し訳ありません…」
「いえ、そちらにはいつもお世話になってますからね。お得意様の些細な我儘くらい聞かないと、こちらの顔が立ちません」
それに笑顔でハッキリと答える男性。
肩幅が広くスーツも似合っている。
モデルのような体型も相まって、この男性は非常に爽やかな印象を纏っている。
自分はこんな社会人にはなれないだろうなー、などという諦観と憧憬の念が混ざった複雑な心境になりながら、ユーリは提出された書類を纏め始めた。
判子や、名前、日付等の確認を改めて済ませる。
「ランスターさんならもっと早く出来るんだろうなー…」
それなりに手際よく済ませたつもりだが、切れ者と評される彼女の事を考えると、自分の仕事の手際が子供だましのように見える。
誰にも聞こえないよう小さく呟くと、ゴリスの横に並び、喫茶店を去ろうとする取引相手のサラリーマンに再度頭を下げる。
店を出ていく際、こちらに気付いた彼は小さく会釈をして出て行った。
それを起立したまま見送る二人、姿が見えなくなると、ようやく大きく一息ついて席に着いた。
「よかったね、この交渉上手くいって」
「まぁなぁ、こっちもそれなりに納期とかでお世話してたしな。
持ちつ持たれつだよ」
そう言い、交渉中一回も口を付けなかったコーヒーをようやく飲み始める。
いつもなら時間をおかれた独特の生ぬるさが嫌いなゴリスではあったが、交渉中ずっと喋り続けていたのだ。
今は喉を潤すものがあるだけでもありがたい。
すぐにカップを空にしてしまう。
「店員さん、コーヒーのお代りお願いできるかな?」
近くを通りかかった、若い女性の店員にコーヒーのお代りを催促し、ユーリの正面にわざわざ座る。
腰を落ち着かせ、腕を組むとユーリに真正面から向き合い、口端を吊りあげた。
「それで、悩みは振り切れたようだな?」
「へ?」
「ほら、葬儀へ向かう途中でワシに聞いてきただろう?ホラ、“俺に足りないモノ”とか…」
「あぁー」
そういえば、そんなこともあった…とユーリは記憶を遡って思い出した。
もう、あの件についての自分自身の心のありようについては片がついた。あとは周辺環境に自分がどう動きだすかである。
未確認生命体の動向次第では自分は今の仕事を離れなければならなくなるだろう。
愛着のある今の職場だ、いざとなったら辞める決心はもう付いているが、ゴリスをはじめ管理取引担当3班の皆にどうやって自分がそのことを伝えようか、それについて頭を悩ませていた。
「うん、この間迷ってたことは振り切ったんだけど…それをクリアしたらまた新しい問題がね」
「ほーう、そうか」
「うん、そうなんだ」
ここで、先程の女性の店員がポットを持ってやってくる。
「失礼します」と一礼をし、ゴリス、ユーリの分のカップも彼女は自分の手前まで引き寄せた。
ポットを取り出し、中身をカップに注ぐという単純で機械的な作業ではあるが、どこか熟練度の技が光るという一連の動きを2人はただ見つめる。
その視線に少し恥ずかしそうにしつつも、彼女は2人分のカップにコーヒーを注ぐと、再び一礼をし、その場を去って行った。
その背中を見つめ、他の接客をし始めると仕切り直しの様に先程のように再びゴリスは腕を組み直し、口を開いた。
それはどこか躊躇いがちで、寂しげだ。
「じゃあ、そうだな…連中と戦う決心はついたってことか」
「………うん」
一瞬の間の後、ユーリは真っ直ぐ答える。
自分が悩んでいたこと、答えを出したことについて、しっかりと見当がついていたことに驚きは隠せなかったが、
「そうか…」
このやりとりだけで、ゴリスは全てを理解した。
ユーリが自分の意思で未確認生命体と戦うことを決意したこと、そして、今の居場所を去ろうとしていることを。
しかし納得したわけではない。
胃どころではない、体中が溶けた鉛に浸かっている様な気持ち悪さを抱えている。
自分の息子を戦場にただ送り出す親の気持ちというのはこんな気持ちなのかも知れない、もしかしたら今なら引き止められるのかも・・・・・・
彼は虚空を見つめながら、ユーリを普通の人間として今まで通りの生活を送れるように説き伏せられるような言葉を探し始める。
「ごめん、よりかはありがとうかな」
ユーリがポツリと口を開いた。
頭を悩ませていたゴリスは我に帰り真正面のユーリを見つめる。
ユーリはコーヒーにミルクを入れ、かき混ぜながら恥ずかしそうに笑ってた。
使っていたスプーンを小皿に置くと、その表情は迷いのないものになり、いつもの穏やかな雰囲気が消える。
「3班を紹介してくれて、ありがとう。でも、すぐに辞めるようなことになっちゃってごめんなさい」
それは正面から告げられた決別の言葉だった。
そうだよな、もう決めちまったんだよな…
声にならない声、ただ溜息しか出て来ずに鬱屈した気持ちを自らの頭を掻き毟ることで発散しようとする。
もちろん、そんなことでゴリスの気持ちが晴れるはずもない。
少し間をおいて、せめてもの厭味事を目の前の相手にぶつけることにした。
「ったく、せっかくワシが紹介してやったのに…!」
「うん、ゴメン…」
それっきり会話は途切れてしまう。
基本的に静かな店内、彼らの間に流れるのはクラシックの名曲だ。
生憎、2人にはその分野の学はないので「いい曲だなー」程度でしか捉えてない。
2人ともただ無言で目の前のコーヒーを飲み続ける。
手持無沙汰という訳ではない、自分の気持ちを整理し納得するために時間が必要なのだ。
クラシックが終わり、今度はジャズが店内に流れる。
曲が変わる数秒の無音の時間、このタイミングでゴリスは口を開いた。
「まぁ、アレだな…しっかりやれよ。ワシもぼちぼち古代文字の解読はしてやるから」
「うん、しっかりやるよ。だからよろしくね」
「おう」
どこか影はあるものの、憑き物が取れた笑顔をしてユーリはいつものようにサムズアップをした。
それに呆れたような、本物の保護者のようにゴリスも釣られて笑う。
「そろそろ戻るか。これで本日の業務は終了だ。この重要な書類仕事はお前に任せられんからな」
ゴリスがユーリの纏めたファイルと伝票を片手に持つと、立ち上がった。
「ひどいな、俺だってしっかり進歩してるよ」
「この間の報告書、誤字脱字箇所が3か所あったぞ。30ページに及ぶ奴だったけど、しっかり仕事しろよ」
「うぇー」
苦笑いをしながら付いてくるユーリにゴリスは今朝聞いた彼の今日の予定を思い出す、振り向いて彼に問いかけた。
「そう言えばお前、これから孤児院に行くんだろ?」
「うん、最近行ってなかったからね。久々に会うの楽しみだなー!」
ユーリは本当に嬉しそうに顔を綻ばせながら、ゴリスの横に並ぶ。
どこまでも無邪気で自分の軸がぶれないユーリにゴリスは少し羨ましさを覚えながら、彼に言うまでもないアドバイスをした。
「しっかり楽しんでこいや」
執務官の事件簿 3話 “転機” (後)
同時刻 管理局本局 提督室
「“未確認生命体合同捜査本部”…ですか?」
ティアナはクロノから渡された書面の中央に大きなフォントでうたれた文字を、そのまま朗読する。
ページを捲ると各機関への協力要請のハウツーや、現在確認されている未確認生命体の写真とその他の情報が書かれていた。
「あぁ、管理局本局を中心とした連中と戦うために新たに組織される部隊だ。
創設の責任者は僕が引き受ける。もっとも部長は僕ではないけどね。もっと適任の人間を今選抜中だよ」
ティアナが早いペースで読み進めるのを眺めながら、クロノは彼女の問いに答える。
一方、彼女の横で座っているスバルもティアナほどではないが、しっかりと読んでいた。
しかし、読むのに夢中でティアナとクロノの会話には耳を傾ける余裕はない。
「それが、今日呼ばれた理由だと?」
ティアナは一端書面から目を外し、クロノを見つめる。
それに彼は無言でうなずき、腕を組みかえた。
「そうだ。これからはこの部隊を中心として、未確認達と戦って行ってもらおうと思う。
各地方の部隊にも“なるべく”指揮権を優先させてもらうように融通をとってもらうつもりだ」
「そうですか…」
「そこでだ。ティアナ・ランスター執務官、君にはここに所属してもらいたいと思う」
特に動揺もせずにティアナはクロノをそのまま見つめる。
第4号の正体を知っており、なお且つ未確認との戦闘経験もある彼女だ。
対策組織が編成されれば、声がかかるのは当たり前の事。
対処法が明確に分かってない未確認に対する道の恐怖もある、しかし“望むところだ”と不思議な高揚感が自身を包んでいるのも事実だ。
戦いに対するものではない。
未確認のみではない、管理局すらも命を狙われている未確認生命体第4号=ユーリ・マイルズをこれから守れる立場に自分が行けるのかも知れない…
いや、もしかしたら、自分の働き次第では第4号が人類の味方だと、証明できる可能性だってあるのだ。
何も見えない、立っているのか堕ちているのかすらも分からない暗闇に、少しだけだが光が見えた気がした。
だからこそ、ここでしっかりと自分の意思を告げる。
「はい。ティアナ・ランスター執務官、この若輩の身に大役とは存じますが、その任お受けいたします」
少し古めかしく儀式がかった口調ではあるが、どこまでもその口調は凛々しいものだった。
クロノはそれに満足そうにうなずき、ティアナの横顔を見つめるスバルに目を向ける。
「そしてスバル。君にも出来れば対策室への所属を願いたいんだ」
いきなり名指しで呼ばれ、スバルは体を萎縮させる。
流れからスバルもスカウトされるのは当たり前の事なのだが、それに彼女は意外そうな顔を見せた。
「え、私…ですか?」
「あぁ」
聞き直すスバルに即答するクロノ。
「どうして…私なんかが…」
ティアナは執務官という立派な立場もあるし、文武にも秀でているから納得は出来る。
しかし、自分なんかが推薦されるのかが分からずに困惑していた。
スバル自身も相当優秀な局員ではあることは、彼女は自覚していないらしい。
「会議で聞いて知っていると思うが、連中…未確認生命体の身体の構造は僕たちとほとんど同じなんだ。
よって対象を共振動によって破砕させる、君のIS“振動拳”は彼らにも有効だと考えられている」
「え…でも、あの時クリーンヒットしたはずのに反撃してきましたよ?」
「あぁ、クリーンヒットしたからこそ、『第2号』の攻撃で第1号は撤退したんだ。
湾岸部署、昨日の倉庫街、そしてランスターが担当した教会での戦闘記録を見ると第2号のスペックは第4号に比べて著しく低いということがわかる。
弱点や相性の関連性も否定できないが、第2号単体のスペックでは第1号を退けることは不可能だったと技研では今のところ考えられている」
「待ってください!それはティアナの魔力弾によるダメージとも考えられませんか?」
思わず、スバルがそれに口をはさんだ。
「確かにランスター執務官のバリアブルシュートによる攻撃も効果的だった。
だが、これまでの武装隊との戦闘記録から言うと、魔力弾や直接攻撃、つまり外側からの攻撃には連中は相当の耐性、回復力があると思われる。
ランスター執務官クラスの魔力弾でも、大きな一撃は与えられてもそのダメージを長時間保たせることは難しい。
しかし、内側へのダメージ…筋肉組織や神経系へのダメージは有効だと考えられるんだ。
魔力弾と比べて、通った攻撃が小さくとも、持続的なダメージを与えることで連中の動きを封じることもできるだろう。
それにその間にデータをまとめ上げ、君が自分の身体を傷つけながらISを放たなくとも効果的な攻撃が出来るような戦略も組めるかもしれない」
「…私の振動拳が…」
「そうだ、君の戦略的にも、戦術的にもISが切り札になる。
もちろん、僕の方から君のIS使用にはある程度の制限を付けるけどね」
湾岸部署での一件、スバルはティアナの射撃が大部分のダメージを与え、自分は思いっきり吹き飛ばしただけだと思っていた。
自分の使いたくない奥の手が連中に効果がないと思って落ち込んだ半面、この技を使わなくてもいいかもしれないということに安堵していた。
このまま、未確認生命体連中のみに対してとはいえ振動拳を使っていたら、いつか人間に対しても同じような流れでこの技を放ってしまうかもしれない恐怖を彼女は感じていた。
それと戦いではない、“破壊すること”に対する慣れも彼女の心を乱していた。
彼女のその葛藤はティアナも十分に分かっている。
スバルの本質は戦うことではない、守ることだ。
救命の最前線、レスキューフォース…彼女が今いる場所と信念は彼女の理想と言える。
そんな彼女が自らの研鑽した力を化物相手とはいえ“戦う”ために使うのはきっと辛いはずだろう。
ティアナはスバルがこの申し出を断ると予想していた。
しかし…
「わかりました…少々時間はいただきますけど…
今の部署での都合もあるので急な移転ということは出来ないとは思いますが、近いうちに届を提出します」
スバルはこの場で自らの口で答えを紡いだ。
「ちょっとスバル!?」
提督室であるにもかかわらず、ティアナは隣にいるスバルを問い詰める。
「アンタ、自分が何言ってるか分かってるの!?今の場所は自分の夢だったんでしょ?
それに、ISを使えって言われてるのよ?
自分がボロボロになってもいいの?」
場所も状況も弁えずにひたすらに親友のために案じるティアナの姿にクロノは自分がいかに残酷な要請をスバルにしたか、改めて自覚した。
何も言わずに、その光景をじっと見つめる。
提督になる、大きな権力を得るということは、この様な決断に慣れることだと皆は言う。
しかし、クロノは真正面からその慣習を否定する。
この罪の意識や、自分が及ぼす影響力、その他諸々全てをひっくるめて背負った上でクロノは自分の理想のために邁進する。
そのためなら塵芥に成り果てる覚悟は出来ていた。
勇往邁進だったか…昔、彼が執務官だった頃に少し滞在した世界で書物を読んでいたら、見つけた言葉だ。
何の気なしに意味を検索し、その4文字に大きな意志の強さを感じ、心震わせたのが懐かしい。
大きな転機を迎える度に、ぶつかる人の感情。もしかしたらそこで絆が途切れ、その関係者とは二度と合わなくなるかもしれない。
それでも…善であれ悪であれ、クロノはそれらを胸に刻み込む。
じっと、2人のやり取りを眺め続ける。
ティアナの心配から来る、叱責をスバルは苦しそうにじっと聴き続けていた。
クロノは自分に何か誹りが来ても、それを受け止めるつもりでいた。
言いたいことは終わり、ティアナは黙り込む。
スバルの言い分もとりあえず聞いてあげる、そんな表情をしていた。
しばらくの間、そしてスバルがゆっくりと口を開く。
「うん、ティアの言うとおり、今の職場は私には夢の居場所だよ。
でも私の本質…っていうのかな…したいことって“守ること”…だと思うんだよね。
今の職場でもそれは出来ると思う。
でも、未確認はもしかしたらその間にも誰かを傷つけて回ってて、もしかしたら私達が助ける以上の人を手にかけてるかもしれない」
少したどたどしく、そして言葉を選びながらだが、その言葉に込められた力は重い。
「たとえ、今の自分の理想の居場所を去ったとしても、私にはとっては誰かが傷つく…
その方がよっぽど嫌なんだ」
ティアナの顔を真っ向から見て、自分の意見を告げる。
昨晩にもこんなこと言われた…ティアナは最近多く感じるデジャヴに少し頭を抱える。
「あぁー…」
そうだった、昔から付き合ってきた目の前の親友は誰かのためにボロボロと大粒の涙を流してしまうような人間だった。
自分の事を蔑ろにして、たとえ自分が馬鹿を見てもそれでも笑うのだろう…
そんな羨ましいほどに馬鹿で純粋で眩しい奴だったのだ。
「ハァ…」
思わず声が出るほどに大きな声が出てしまう。
それを納得の合図と受け取り、スバルがもう一回口を開く。
「それにマイルズさんのことも気になるしね。
あの人、どんな無茶するか分からないもん。なんとなく私に似てるな―って思ってたし」
今度は少し茶目っ気をきかしながらティアナに笑いかけた。
「あーもー、わかったわよ…好きになさい」
それをシッシと犬をはらうように掌をヒラヒラさせて、強制的に会話を打ち切る。
「申し訳ありません、ハラオウン提督。見苦しい所お見せしてしまいました」
ティアナは自分達をずっとクロノが見つめていたのに気付くと、表情を整え、謝罪をする。
もちろんクロノにはそれを咎めるつもりなんて毛ほどにもない。
「いや、構わない。むしろ申し訳ないと思っているのはこちらの方だ。
君達にはいつも迷惑ばかりをかけている…」
「「いえ、そんな!…あ」」
思わず正面に座っていた2人の反応が重なる。
フェイトがその様子を見て嬉しそうに微笑み、クロノもそれに釣られて笑ってしまう。
ティアナとスバルは恥ずかしそうに肩を縮ませて、黙り込んだ。
「君達は強いんだな」
こみ上げて来た笑いを抑えると、クロノは感嘆のため息をもらした。
クロノに言われたことに呆気にとられる二人、きっと彼女達はクロノの心中なんて知る由もないだろう。
目の前にいる未来への芽を守る…クロノは自分の胸が熱くなるのを感じた。
PM 18:53 ミッドチルダ中央区画 フットキャスト駅付近
この時期の陽は短い。午後の4時頃から傾き始め、この時間になるとすっかり陽は落ち、辺りはすっかり暗くなってしまう。
小春日和の温かさも顔をひそめ、刺すような冷たさが辺りを包む。
そんな中、ユーリは階段を一気に下り降り改札を飛び出て、そのままの勢いで歩道を走っていた。
幼少期の彼が過ごした孤児院へと行くためだ。
院長にはおろか、関係者にも今日行くなんて伝えていない、完全なオフレコだ。
急に顔を出したとなれば、きっと孤児院にいる人間は驚くに違いない。
しかし…
「うわー…着く頃には晩御飯の時間終わっちゃってるかなー」
“アイツら”とはもちろん孤児院の子供たちの事である。
腕時計を見ながら彼はぼやく。
なぜ、このような結果になってしまったのか…
要因は2つある。
1つは彼の足である、バイクが昨晩の教会での騒動で大破してしまったこと。
そして、もう1つはどこかの駅の付近で起こった交通事故でダイヤが乱れたために数時間も車内で待ちぼうけを食らわされたこと。
これらによって彼の「サプライズで俺登場、弟妹分達と楽しく遊びながら懐かしの院長さんの手料理に舌鼓を打つ作戦」が破たんしていた。
「これは、もう帰らなきゃ駄目かもなー…」
明日も仕事はある。
しかし、どうも諦めきれない…グダグダ悩みながら、それでも目的地へ走っていると、彼の目の前に一つの看板が目に入った。
「工事中…か…」
孤児院まで行くのに使っていた鉄橋、そこが幸か不幸か工事中であった。
黄色と黒の柵、その前には赤いコーンが並んでおり、とてもその中へと入れるような雰囲気ではない。
この橋を迂回して通るとなると、相当時間をかけなければいけなくなる。
徒歩だと着くのは、何時になることやら…
「なら、しょうがないよな」
ここまで、不運が重なってはしょうがない。
きっと天の神様とか運命司っている人とかが、自分に今日は孤児院に行くな!と言っているのであろう…
「せっかくここまで来たのになー…」
しかし、まだ諦めきれずに、工事の看板に描かれているマスコットキャラを少し恨めしそうに見つめた。
数秒の後、踵を返し、自宅へ戻ろうとした時である。
明らかに改造した具合のあるエンジンの爆音とクラクション、そしてライトがユーリを包んだ。
咄嗟の事に体が竦み、その場にへたり込みそうになるが、武装隊譲りの反射神経と受け身術で横へと飛び退く。
ユーリの数センチ横を、バイクはそのままの勢いで看板へと突っ込んでいった。
まさに奇跡体験、もう少し反応が遅れればユーリはバイクごと看板を突っ切り、橋の中央まで投げ飛ばされていただろう…
彼は自分の呼吸を落ち着けると、バイクの運転手の安否を確認するために柵を越えて中に入った。
タイヤが空回りする音とドラム缶が転がる不愉快な音、ゴムが擦り切れた時の独特の嫌な匂いがした。
ユーリが「大丈夫ですか」と声を上げようとした時、彼の「真上」を何かが通過するのが分かった…
もちろん鳥なのではない、気配だけだが、それよりももっと大きく質量のあるものに感じた。
運悪く、今は月が雲で遮られて視界一帯は暗やみに包まれている。当然、自分の上を通った「何か」の正体なんて分かるはずもない。
目を細めて覚束ない足つきで歩を進めていると、自分の持ち物にライトがあったことを思い出し、ユーリは自分のバックの中を弄った。
その時、男の悲鳴が辺りに木霊した……
<あとがき>
生きてますよ!
とりあえず、一応続いてます兼生存報告・・・という感じでしょうか