ドロアと見知らぬ女が横をすり抜けていくのを見てから、ギルバートは思った
敵の数が今までより随分多い。賊どもの殆どは、東を中心に展開されていたと見える
ドロアが首だけ振り返ってギルバートに叫んだ。そしてその後直ぐに、ドロアと女の姿は遠く見えなくなった
「済まん! 礼は必ず!」
呆け野郎と笑う。余り好きでは無い相手からの言葉とは思えぬほど気分が良い。公平公正清廉潔白を旨に教育を受けた男だから、苦手な人物が窮地立っているからと言っても、それで喜ぶ訳では無いが
「ぬ、おぉンッ!」
ギルバートは巨剣を振り回し、自分の左右に配置されていた太い縄を断ち切った。建築物の上に仕込んだ落ち物仕掛けだ、臨機応変の策である
途端、商店の屋根から大量の角材が降り注ぎ、騎兵集団は出鼻から挫かれる。ギルバートは其処に、問答無用に襲い掛かった
「おっしゃァッ! このギルバートの後に続け、何ならば追い越して行っちまっても構わねぇぞッ!」
斬りこむ勢いは途轍もない。馬鹿みたいな荒々しさで角材を乗り越え、飛び込んでいくギルバートとその部下達。連戦の疲れなど全く感じさせないまま、ギルバートは巨剣を振り回した。その豪気と勇気と不屈の闘志が、兵を駆り立てる
ふと馬蹄の音に顔を巡らせれば、高路を掛けていくユイカ軍団騎兵隊の姿がある。一人がちらりとこちらを向いた。ギルバートにとって見覚えのあるそれはカモールの顔
カモールの率いる騎馬が両翼からギルバート隊と賊達を飛び越え、そして完全に背後に抜けてから、華麗に高路より飛び降りた
強襲。ギルバートの隊に押されまくっていた賊の背後をカモールの隊が襲う。訓練で腐れて吐き出す程に繰り返した連携だ。最も今は率いる立場だったが、その呼吸は変わっていない
この状況で誤る訳がない!
「第一軍団推参! 命が惜しくば武器を捨てて投降しなさい!」」
「遅ぇ! 次からはもうちょっと急ぐこったなぁッ!」
思わぬ援兵にギルバートはガハッ、と笑った。良いタイミングで現れる物だ。ここまでされて壊滅せぬ賊など居る物か
事実、賊の兵団は一撃で四散した。しかしそれでもギルバートは止まらず、散り散りに逃げようとする敵を容赦なく叩き潰して行った
オリジナル逆行17
医局はどこも開いていなかった、丸ごと避難してしまっている。仕方なくドロアは遠くの屯所まで出向き、そこに仮設された陣幕医局の中の医師に、ランを預けた
「ランさん……眠っているだけなのか。…………今は、そうしていてくれ」
陣幕医局は傷を負った民や兵士でごった返していた。かなりの人数が居る物の、今この王都で起こっている騒ぎを鑑みれば余りにも少ない数である。迅速な対応は今日一日で賊を殲滅せしめるだろう。ドロアは陣幕医局の入り口の掛け布を荒々しく振り払い、外に待つリーヴァに歩み寄る
リーヴァが髪で隠している瞳を、ふ、と開いた
「ランとやらの容態はどうだ」
「………無事だそうだ。傷は残るが、重傷ではないと言われた。………本当に、感謝する」
「………あぁ?! ………あ、あぁ、うむ。………別に、大した事ではない」
目を閉じて真摯に礼を述べたドロアに、リーヴァは一瞬面食らった。彼女にしては珍しく……本当に珍しく、口篭りながら返答する
鉄面皮のまま腕組みしてむぅ、と唸るリーヴァ。ドロアはその横を歩いて、己の馬の鐙に手を掛ける
そしてふと振り向いて、跨るのを止めた。そこにはドロアが現れたことを伝令で知ったアルバートが、態々出向いてきていた
「アルバート殿」
「暫くぶりだな、ドロア殿。そして……、貴女は西方馬民族の方とお見受け致すが?」
「そうだ。友好深きダナンの族、氏族長リーヴァ。宜しく頼む」
リーヴァが何時もの調子を取り戻して、不意に尋ねてきたアルバートに返した
ドロアが馬鹿者と罵る。少しは口の聞き方に気をつけねば、長生き出来んぞ
「いや、良い。そうか、ダナン軍師の縁の方か。こちらこそ宜しく頼む」
アルバートは続けた
「賊どもの殲滅戦で迷惑を掛けた様だ。しかしこれも国の大事、悪く思わないで欲しい」
「解っております。………あぁ、俺とて………。アルバート殿に責は無い、根本的な部分から、ラグランで暴れまわるあの阿呆どもが悪いのだ」
苦々しげに口を閉じ、ドロアは風見鶏が後ろを向くような角張った動きでアルバートに背を向けた
「…母君が怪我を負われたそうだな、行くのか?」
「逝かせて頂く…!」
纏う空気が一変した。ゴゥと耳鳴りがしそうな程に圧迫されるような空気は、ドロアの武威。リーヴァは面白げに鼻を鳴らして受けとめ、ドロアは轡にブーツを咬ませ、落ち着いた動作で馬に跨った
尋常ではない。途轍もなく巨大な硬い鋼の塊か、若しくは岩石が、不細工にも馬に跨っているような存在感だった
「止めてくれるなよ、アルバート殿」
リーヴァもそれに習う。先を制してぬけぬけと言った。アルバートはふむ、と顎に手をやって、目を瞑った
「客将と言う位置付けとなる。良いのか」
「構いませぬ。あの蝿ども、これ以上の無道を許しては置けませぬ故」
「即応はしたが、敵の展開を読み違えたのは私の責任だ。……尻拭いをさせて済まぬ」
其処まで言ってドロアは一礼し、馬を駆けさせた。敵の展開を全て予測するなど土台不可能なのだが、そんな事で慰めを言う男ではない。『大盾』とてそれを欲しいと思わない。アルバートは見送る。ニヤニヤと、族長の位に就いてからするようになった笑いを浮かべながらリーヴァが併走し、矢筒に予備の矢を差し入れながら、ドロアに言った
「…いい気分だ、二週前をまざまざと思い出す。どうするドロア、また私が率いようか。お前に選ばせてやるぞ」
「ほざくなリーヴァ。お前は俺の後ろをついて来るだけで良い。その台詞はもう少し柄を上げてから言うんだな」
リーヴァには二週間前に無かった縦横さがある。憎まれ口叩きながらもドロアは感じていた。この身の程知らずは、この若さで最早老獪さまで手に入れようとしているのか
勢いだけではなくなっている。ドロアは何時か、本当にこの少女が自分を率いるような事になるのではないかと、悪寒に眉を顰めた。リーヴァはふ、と、目を大きく開いた
「ふん、強引傲慢な台詞も、お前が言うと嫌に男らしく聞こえてくるな」
そういった途端機先を制する。リーヴァは早駆けが得意だ
「ここは貴様に恩を売る事にするぞ、ドロア!」
リーヴァが速度を上げてドロアを追い抜いた。調子に乗るなじゃじゃ馬。ドロアがこちらも速度を上げ、リーヴァに追いつく
「身の程知らずめ!」
「無礼者、さっきのようにリーヴァと呼べッ」
……………………………………………………
ギルバートが一歩踏み出した瞬間
唐突にその身体がグラリと揺らいだ。地を踏みしめていた靴の底が浮き、ギルバートは歯を食い縛って受身も取らず、敢えて堂々と倒れこんだ
よくよく考えれば昨日の夜より眠らず、食わず、少しの水を飲んだまま働き詰め、戦い詰めだったのだ。部下達には休息を取らせたが彼自身はそうではない
グ、と地面を押そうとする手すらも、酷く重たい。賊の殲滅を終えたカモールがエウリを伴ってギルバートに駆け寄った
「ギル!」
「騒ぐんじゃねぇよ…、ケッ、ザマぁねぇ。腰が抜けてやがら」
「あ、アンタ顔色悪いぞ、大丈夫かよ!」
「誰に言ってやがる。…っつーか、何で手前が此処に居やがる、ドロアの阿呆は何やってんだ…?」
睨まれたエウリがばつの悪さから目を逸らした。ギルバートは捨て置く。彼に取ってエウリなど、興味の対象外なのだ
今もギルバートの中にある熱は、そんな事よりも余程重要だった。本格的に兵を率いる心地、感慨も何も無い癖に、ただただ只管に使命感が募る
ギルバート隊、総員三十五名。負傷離脱、八名。戦死、五名。その力の向かう先を示す事こそが、使命
「う…ん、んんん…! 戯けが、このギルバートともあろうモンがよぉ…!」
腰抜かしたままで居られる物か
…だが、立てなかった
ギルバートは目を閉じる。弱音は吐かない、部下に手を貸せとも言わない。そしてジッと沈黙を守っていたカモールに、先に行けとだけ伝えた。エウリにはしゃしゃり出るんじゃねぇよ小娘と罵る
カモールは頷き、踵を返した。エウリは激戦と言う聞きなれない言葉をそのまま体言しているかのようなギルバートに言われ、何も言い返せない。だがそれは聞けない話だった。例え誰に言われても
「エウリ、早く乗って。……ギル、先に行く」
「行けよ、行け。俺とお前は対等だ、一々報告みてぇな真似するな」
「進発! 全速!」
騎兵隊が駆けて行く。ギルバートは途端ぜぃぜぃと、荒く息を吐き始めた。やせ我慢だ。正直限界なのである
だがギルバートは目を閉じ、身体を好きに投げ出しながらも部下達に休息の命令を出した。終れば再び戦わせる。とことん過酷な道を逝かせる心算だった
「畜生、何だか俺…」
エウリがカモールの後ろで呟く。抱きついた腰は鎧越しなのに酷く熱い。エウリは荒い息を吐くギルバートの強がりを、確りと見ていた
その様がまるで父の死に際の様に思えた。ドロアもギルバートと言う男も、兵士とはこんな奴等なのか、皆こんな奴等なのか。胸から叫び声がせり上がって来る。エウリの前に広がっている覚悟の世界
そんなエウリの、背後から腹に回される手を、カモールは出来るだけ優しく包んだ
「解る。解るぞ畜生。俺の親父は兵士で、俺は兵士の娘なんだ。糞、逃げないよ、逃げない筈だよ、例え死んでも…!」
「ギルバートの事?」
「アイツだけじゃない、アンタや、ドロアや、俺の…親父。辛いなら、苦しいなら逃げれば良いのに、兵士なんだ。――兵士なんだ」
エウリが背に顔を埋めてくるのを感じて、カモールは首だけ振り返る。最後尾で騎馬を走らせるカモールは、ギルバートのような勢いは無いが、緻密だ
「…ギルは、ただ無鉄砲なだけだと思うけどね」
小さく、疲れたように笑う。そして、続ける
「だけど私にも解る。散々言われてきた。私達は骨の髄まで兵士なんだ。ドロアさんや、エウリのお父様や、多分ギルバートも。当然私だって」
その時、横合いから飛んできた投槍がカモールの目の前を霞め、そのまま石壁に突き立つ。カモールはパッ、と視線を巡らせた。ここいらは一本道で、横からの強襲なんて出来る筈が無い。一体どんな手を使ったのか
右手に片腕の無い賊将アイゲン部隊を見つけて、エウリは驚愕した
穴だ。地面にでかい穴が開いている。短い攻穴を複数繋げて移動路、退路にしたと言う戦の話をカモールは聞いた事があった。しかし、まさか本当に穴の準備までしていたとは!
「…へ、早速出くわしたか」
アイゲンが先頭切って走り出した。彼はカモール等とは比べ物にならない、幾つもの敗戦を糧にしてきた歴戦だ
この期に及んで、迷う所など少しも無かった
「良いぜ、そろそろ疲れたのよ俺ぁ。手前が引導を渡してみな」
下知はする。だが間に合う等と淡い希望は抱かない。駆け出しだがカモールだって統率者だ。進むにも逃げるにも、無様なんて曝して堪るか
だからカモールは隊を呼び戻しつつも単騎で前に出た。こんなのはカモールの動きではない。彼女は一騎当千の勇ではないのだから
だが今だけは
「誇り高い兵ならば! きっとただ生き続けるような自然さで、民と国の為に一つの命を投げ出せる!」
エウリ、死ぬ気で! そう呼びかけられたエウリは熱い衝動のままに毒剣を引き抜いていた
……………………………………………………
乗馬がすれ違いざま、細槍の一撃で葬られた。良く心得た物だアイゲン。カモールは落馬し背中を激しく打ちつけたが、それでもエウリだけは抱き寄せて庇る
鎧が無かったら確実に背骨が折れていただろう。直ぐに立ち上がろうとしても、激しく咳き込んでしまい無理だった
「アイ、ゲェェーーンッッ!!」
エウリがカモールを守ろうと、仇の名を怒鳴りつけながら迫るアイゲン隊の前に立ち塞がる。違う、それでは立場が逆だ。何故、私はエウリに守られているんだ
カモールが無理矢理立ち上がる。敵部隊は直ぐ其処だ。アイゲンも馬から槍を引き抜き、こちらへ走り出そうとしている
立場が逆だ、もう一度心の中で叫んだ。エウリに守られて、どうするんだ!
「エウリィィッ! 飛べぇぇッッ!!」
落馬の前に咄嗟に掴んでいた弓矢を構えた。幸いに損傷は無く、問題なく使える。エウリが横に飛び退いた。カモールが矢を放った
一矢、アイゲン隊の先頭を走っていた者に命中した。カモールは弓矢を投げ捨ててエウリを抱きかかえる。其処に漸く、戻ってきた騎馬隊が突撃を仕掛ける
転がるように逃げる二人を騎馬隊が間に割り込んで救った。しかし、其処に尚も飛び込んでくる影。咄嗟に抜剣するカモールよりも早く、エウリがそれに牙を向く
アイゲンだ。少数が多数を倒すにはあらゆる手段が必要となる。戦術、地の利、個人の武勇、兵器
そして乾坤一擲。相手の指揮官を討つ事。アイゲンは忠実に実行したのだ
「女子供が戦場に出しゃばるかァーーッ!」
「うわぁぁああああああ!!!」
アイゲンは例え回りを取り囲まれる事になろうと、少しも脅えはしなかった
「このぉ、命知らずの傭兵――ッッ!」
「首が飛んでから同じ台詞を吐いて見やがれッ!!」
――ランク「血風ドロア」
…………………………
どんなに頑張っても話が盛り上がらない女、カモーr(ry
同じくエウr(ry
いや、御免なさい(・∀・)