今回は三人称です。
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「あーもーなんであんなんと喧嘩せにゃあかんのじゃ!」
〈いい加減覚悟を決めんか馬鹿者〉
控え室でうだうだと文句を言っている横島に、呆れた声を上げる心眼。
実力的にはむしろ横島の方が上だと心眼は見ている、そもそも180階クラスでは横島が勝っているのだからある意味当然だが。
素手同士の200階以下ならば兎も角、御神流の武器全てを使える上に、念の習得状況としてはカストロと比べた場合、横島の方が一歩先を進んでいる。
恐らく現状のカストロは練が出来ない、或いは出来ても1分も維持出来ないハズである。
前回の試合ではカストロの攻撃を躱し続け、疲労が溜まり動きが鈍った所を神速で仕留めた。
横島の方が体力が上である事と武器が一切使えない為、攻撃力不足である為、そういう戦術に出たのだがつまる所、今回も気をつけるべきは虎咬拳の両手だけである。
念を身につける前から無意識に両手をオーラで覆っていたアレは、カストロが念を習得した今、現状の横島のオーラでまともに喰らって防げる威力ではない。
つまり、最悪逃げ回ってガス欠になった所を狙えば問題なく倒せる相手である。
逃げに定評がある横島ならば怪我もせずに倒せるのだ。
と心眼が分析してそれを伝えたところで横島が落ち着く事はあるまい。
本質的には戦いが嫌い男なのだ、痛いのが嫌だからだ。
――タダオ選手、入場して下さい。
「しゃーねーなーったくよぉ」
〈何処のヤカラだおぬしは〉
えっちらおっちらと抜き身の小太刀二本――元々は士郎が静香に用意していた、祖父の形見・紅竜と蒼虎という銘。
士郎曰く、虎とか竜とか鵺とかそういうのが大好きな父だったという話だが、刀としては実用本位の、もはや鉈に近い二本である。
両の手に一本ずつ握った抜き身のそれを肩で担ぐようにして、薄暗い洞窟のような入場ゲートへの道を歩く。
〈一番手っ取り早いのは、とっとと10勝してしまう事だ〉
「なんでよ?」
〈10勝すれば2年後のバトルオリンピアまでここでは試合参加不可能になる〉
「ああ、資格的に参加不能ならくじら島戻っても文句言われないもんな」
にっと笑う横島。
〈少しはやる気出たか?〉
なお、10勝までの間に確実に一回はヒソカが関わってくる事は黙っておく。
あのバトルジャンキーが試食しない訳が無いのだ。
「おう! とっとと勝って静香ちゃんのおっぱいを揉まねば!」
〈口に出すな馬鹿者が〉
「だってそろそろ母乳プレイが可能なんやぞ!? 滾る!」
〈いっぺん死んだ方が良いなおぬしは〉
「ところで母乳って美味しくないらしいな?」
〈当然だ、血液を乳腺で濾過した液体だぞ〉
「忍やすずかちゃんがよ牛乳好きなのはそういう理由か」
〈まあ所詮代替品だがな〉
「忍も結構大きかったけどすずかちゃんも中学生にしてはけしからん乳してたなぁ」
〈一応言っておくが牛乳に胸を大きくする作用はないぞ〉
「そーかぁ?」
〈静香は余り牛乳は飲まない方であろう〉
「野菜ジュースとかよく飲んでるよな」
〈妊娠してからはトマトばかりだがな〉
――さあ、タダオ選手の入場です!!
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BUUUUUU!!!
「俺が一体何をした……」
〈諦めろ〉
盛大なブーイングと共に入場した横島に、カストロの眼光が集中する。
気合い十分という言葉の見本のような男がそこには立っていた。
なお、分身はまだ習得していないからか、原作のようなひらひらなマントはなく、武道家の見本のような道着に短髪姿である。
――さあ! 本日一番の注目の一戦です!
天空闘技場でも珍しい珍事!
闘技場史上一番の美女と評判の選手を妊娠させて雲隠れさせたタダオ選手です!!
BUUUUUU!!!
「……何で付き合ってる彼女妊娠させて親以外から文句言われなあかんのじゃ」
男として師匠である士郎から半殺しに遭う事自体は嫌だが覚悟もしている横島である。
調子扱いて大樹も殴ってきそうだからそっちはきっちり反撃してやろうとも決めているが。
〈諦めろ〉
空気すらうねりをあげる程の怒号やブーイングが闘技場内に鳴り響く。
横島忠夫、完全にアウェーであった。
――おおっと! 先日の試合まで素手で戦っていたタダオ選手、本日は二本の剣を持って登場だ!
200階1戦目まで素手だったのは念の修行優先だったからだ。
「180階クラスでの借りを返す時が来たようだな」
「何も貸してねーっつの。勝った負けたに拘りすぎだろ」
「ふん、ヒソカに負けて以来全力を出した事はないが、貴様相手ならば本気で行かせてもらう」
「負けて以来ってまだ俺で3戦目やろが。アホちゃうか」
戦績は横島が1勝無敗、カストロが2勝1敗である。
限界まで戦わないよう修行優先だった横島と、怪我が治るなり戦い始めたカストロの差だ。
「どうやらお前も本気のようだ、楽しませてもらおう」
「一回俺にも負けてる癖になんなんだこの自信は。というか人の話を聞け」
〈念を手に入れて有頂天、といった具合だろう。実際、こやつは念使いとしての才能は十分だからな〉
でなければ非効率極まりない分身(を強化系で作れるハズもない。
仮に強化系でないにしろ、ヒソカほどの実力者があそこまで探りに力を入れなければ見極められなかった能力が弱いという事はあるまい。
原作のカストロが惨敗した一番の理由は分身(の弱点と対応策に関して考慮しなかった事、その上で速攻で攻め落とせば勝利出来たはずが、余裕から能力を見せすぎ弱点を看破された事だろう。
ヒソカが余裕を見せてるうちに片付けてしまえば良いものを、ヒソカが本気を出すまで嬲り、挙げ句逆転されるという間抜けな結果である。
事実、虎咬拳の威力はヒソカの腕を喰い千切るように切り裂く程だったのだから、余裕かましてるうちに首でも千切ってやればカストロの勝ちだったのだ、流石に首を狙えば凝なり硬なりで防ぐとは思うが。
戦いを楽しみ過ぎて相手の能力全て引き出してから決着をつけたがる癖がカストロを負けさせたと言って良い、尤も同様の癖はヒソカにもある。
この辺り、武道家というかバトルマニアというか、戦いを心から楽しむ馬鹿の面目躍如と言うべきか。
とは言え能力自体は強い能力ではあった、例えカストロの系統が強化系でなく操作系・具現化系であっても分身(は非効率的な能力であったが。
ヒソカの評価や分身(の出来を考えると、メモリを全て強化系に振り切った能力にすれば、大破壊拳(クラスの能力であった事は想像に難くない。
「では――試合開始!」
審判の声で双方構える。
カストロは拳を牙のように前へ突き出した虎咬拳の構え、横島は小太刀を握った右手をだらりと下げた右腕と、小太刀を肩に担ぐように構えている左腕、そして右足を一歩引いて斜に構えている。
〈気を抜くな、両手の攻撃力だけはヒソカ以上だぞ〉
「へいへい!」
実際の所、刃物を使ってすら人間の肉体を切り裂くというのは難しい。
骨や筋肉は人が思うより遙かに固く、滑りにくいのだ。
尤も、この世界では割と当たり前のように首が跳ね飛ばされ捻り切られるが。
「しっ――!」
跳ねるように飛びかかってきたカストロの一撃を、身体を開いて躱し肩に担いでいた左の小太刀を叩き付ける横島。
足下を爆発させるような勢いで跳ねそれを躱し距離を取るカストロ。
追いかけるように飛針を飛ばし更に左側のスペースを潰すように走り寄る横島に、カストロはその場から動かず飛針を手で弾き、そのまま流れるように、刃振り下ろさんと迫り来る横島に牙と化した掌を向ける――と同時に一気に後退し距離を取った。
「化けモンかこいつ」
「…ふん、そういう小細工が貴様の本気か?」
5m程の距離を置いて、軽口を叩く。
そう、小太刀を握ったままの拳から垂れ下がった1番鋼糸、直径0.01mの糸のようなソレでカストロの指を狙ったのだ。
虎咬拳は両手を牙や爪と模して戦う拳法ゆえに、指の重要性は高い。
小指一本でももぐ事が出来ればそのまま横島の勝利だったろう。
「うちの流派は何でもありなんで――な!」
攻撃に合わせて練!
「ちっ!」
刀を握りながらも残像の残らないような速度で腕を振り飛針を二本飛ばす横島。
そして再び舞台を踏み込み猛然とカストロへ駆け寄る。
「どうでも良いけど静香ちゃんより威力なくね?!」
堅の事など知らねど、攻撃時に防御時にとタイミング合わせて練と纏を切り替えて動く横島。
〈本気でどうでも良いわ。試合に集中せい〉
念能力者が相手の場合、横島の飛針では瞳や喉奧と言った急所中の急所に当たらないと、致命傷にはならない。
なぜなら横島は周で、飛針をオーラで覆っていないからだ。
単純に周の存在を知らない上に、漸く発の修行を始めたばかりでは周など出来ても体力の方が持たないだろう。
更に静香の場合、放つ瞬間に流で手から肘のオーラを増大している上に放出系。
これで特質系の横島の方が威力が高かったら化け物である。
軽口を叩きながら放たれる横島の嵐のような二刀流。
器用な事に右と左の放たれる速度やタイミングを少しずつ、しかし決定的にずらし緩急をつけてカストロを襲う。
この小器用な所が横島の持ち味で、虚実の駆け引きが実に上手く読み辛いのだ。
斬鉄すら可能な小太刀の一撃は流石のカストロとて喰らう気にはならない。
巧みに間合いを外してカストロの得意な最近接戦闘ではなく、刀の間合いの中距離戦闘で試合を優位に運んでいた。
若干の余裕すら見える横島の戦闘を眺めながら、心眼は内心で予測に狂いが生じた事について考えていた。
そう、もう少し横島が追い詰められる予定であったのだ。
予想以上にカストロが弱い。
正確には横島の試合の流れをコントロールするのが上手い。
自分の得意な事だけを相手に押し付けて戦っている。
原因は先生たるシンの存在であろう。
才能が同じならは先達に導かれた者こそ上へ昇るのは理の当然である。
まして強化系としては理想的な貂蝉と、そして練達の技に指導の経験優れたシン、溢れんばかりの才能の静香とほぼ毎日やり合っていたのだ。
単純な殺し合いの経験ではなく、念能力者との対戦という意味では横島のソレはカストロを圧倒している。
天空闘技場の念能力者達のレベルなら、人一倍才能があり努力出来る者は四大行を修めるだけで小手先の発など一蹴できる。
それは原作のゴンやキルア、或いはカストロが証明している。
カストロもまたヒソカとの再戦までは『本気』を出さなかったのだから。
流石に分身(を使っておいて「本気になった事はない(キリ」という事はないと思いたい。
「ちっ!」
「逃がさねぇよ!」
距離を取ろうと跳ぶカストロを追い詰めるように追いかける横島。
蹴ると同時に飛ばした飛針がカストロの心臓へ向かう。
宙に浮いている瞬間で躱す為の動きは取れず、腕で飛針を払いのける。
――神速!
静かに世界がモノクロへ塗り変わる。
横島の主観ではゆっくりと――実際にはカストロでさえ反応するのがやっとな高速の動きで刀を振るう。
そして二人が着地し、間合いが詰まった瞬間――!
――薙旋!!
がっがががっ!!
「ぐっ――」
「おらっ!」
神速を解除し、腕を払われ胸、鳩尾、腹に三発、ほぼ同時に叩き込まれ動きが止まったカストロの背後に回り首筋に二刀たたき込み意識を刈り取った横島。
本来抜刀から放たれる技だが、横島は抜き身で使うやり方を好んだ。
いちいち納刀するのが面倒だからだ。
その分刀速は劣るが、それでも横島のソレはこの世界にくる以前の実力で、美沙斗のソレを上回っていた。
美沙斗が刺突に全てを掛けて修行していたとは言え、横島の天与の才が窺われる。
ゆっくりと倒れるカストロに審判が駆け寄り、呼吸や鼓動を確認し横島の手を掲げて叫ぶ。
「カストロ選手の気絶により横島選手のKO勝ち!」
BUUUUUUUUUUUU!!!
一際大きくブーイングが響く。
「ざっけんな!」
〈全方位に喧嘩売ってないでとっとと下がれ〉
ペットボトルやらゴミやら投げ込まれるのを小太刀で払いつつ、控え室まで戻る横島。
闘技場ではアナウンスが煽り、客が引けるまでずっと鳴り響いていた。
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「概ね及第点と言えるか、現状では」
「勝ったのに厳しいっすね」
「まだまだ未熟という事よ」
終始押して勝ったように見えるが、その実、カストロが念能力に対応しきれていないだけだからだ。
絶同士ならまた違った結果になっただろう――ゴンではあるまいし試合中にそんな事にはなるまいが――今回のカストロは要所要所で纏が途切れて垂れ流し状態になっている場面がいくつもあった。
そこを狙って攻めきれなかった点が横島のマイナス点である。
尤も、周を知らず流も修めていない、更に堅を行える訳でもない現状でそこまで求めるのは酷というものだが。
「それにしても兄さん遅くないっすか?」
「ふむ、誰かに絡まれておるんではないか? ヒソカとかな」
「そりゃ不幸だ」
「強くなったねぇ♤」
「なんでお前がおるんじゃ!!?」
〈諦めろ〉
試合会場を後にした薄暗い通路、原作で両腕千切ったヒソカを待っていたマチが居たその場所にヒソカが立っていた。
相変わらずのピエロメイクによく解らん服である。
「くっくっく……♥ いやいや、天空闘技場で参加している選手を孕ませるとか珍事があったんだ、押っ取り刀で駆けつけてもおかしくないだろう?♧」
「うるへー! 俺が俺の女どーしよーと他人に言われる筋合いないわい!」
壁に寄りかかったまま、怖気が走る微笑みを浮かべて語るヒソカに、散々罵倒されていたフラストレーションを叩き付ける。
「それはその通り♡」
ヒソカ的にはサラブレッドとして産まれるであろう二人の子供がどう育つか興味津々ではあるが、その事自体には何の思い入れもない。
本人も言った通り、自分達のプライベートの範疇であろう。
尤も、こんな注目されるような場所で無計画に妊娠させているのだから何を言われても仕方ないとも思うが。
「そんな事より、今度ボクと遊ぼうヨ♦」
「イヤじゃ!」
「ツレないなぁ…♥」
「そのオーラやめぇぇ!」
怖じ気立つオーラから身を躱すよう距離を取る横島。
見ようによっては人懐っこい笑みを浮かべたままのヒソカがにじりよると、一歩後ろへ足を引く。
〈まあ、待て、ヒソカ殿〉
「ん? …ひょっとしてその瞳かい?♢」
〈うむ、心眼と言う〉
「へぇ…タダオは具現化系能力かな?♥」
〈それは想像にお任せしよう〉
「てめーら勝手に話進めてんじゃねーよ」
〈黙っておれ。この馬鹿はまだ発の修行を始めたばかりだ。
そこを了承した上でなら試合を組んでも良い〉
殺さず身体に必要以上の欠損を与えないなら戦っても良い、という意味である。
要するに試食ならさせてやるが本気で喰う気ならお断りだ、である。
「…なるほど♪ ボクの事をよぉく解ってるんだネ、イイよ♧
それで試合をシようじゃないか♡」
「勝手な事ぬかすなぁぁ!?」
〈諦めが悪いぞ〉
「じゃあ、日時は――んー、ボクの次の予定は決まってるし、そっちの90日後でイイカナ?♧」
〈うむ、それで良かろう〉
「ちっとも良くねえぇぇぇ!?」
バンダナを引きちぎって黙らせたい衝動に駆られるも静香の事を考え思いとどまる。
その場でじたばたしつつ騒ぐも何ともなりはしない。
「楽しみにしてるヨ、タ・ダ・オ♥」
「いーやーじゃぁぁぁ!?!」
含み笑いを残して立ち去るヒソカの背中に響く横島の絶叫は何の意味もなく薄暗い廊下に響くのみ。
〈気合い入れて修行せんと死ぬぞ、割と本気で〉
「ちくしょぉぉぉぉぉ!! 後で静香ちゃん文句言ってやるぅぅぅ!!」
〈静香は関係なかろうよ〉
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若干短いですが既に相当お待たせしてるんで多少短くてもと。
実際の所、常時纏状態+攻撃時と防御時に練を行う横島に対して常時纏も怪しいカストロではまだ勝てません、とさせてもらいました。
師匠って大事ですよね、というのが結論ですな。