今回は三人称です。
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この世界に来てから、半年以上が過ぎ頓に静香が横島にくっついてくるようになった。
手を繋ぐ、腕を組んで歩くのは当たり前で、寝る時も腕枕でなきゃ寝ないし、与えられた自部屋で特にする事もなく過ごす時もお互いの背中を背もたれにしたり膝枕したりされたり胸枕したりと、大凡漫画のような恋人同士と言った風である。
以前は人前で恋人らしい振る舞いをする事を嫌がってたとは思えない程、積極的であるとさえ言える。
横島的にはむしろ大歓迎であるのだが、同時に涙を流す事が多くなった。
有り体に言えば、情緒不安定悲しくないのに涙が出ちゃうという奴だ。
この二つの現象の原因ははっきりしていた。
横島のようにあまり人の気持ちを顧みず、自分の意志を最優先して突っ走るタイプの男でもはっきりと分かる。
『不安』である。
そもそもの話、高町静香という人物の周りには常に誰かがいた。
妹のなのはやフェイト、ユーノだったり、横島忠夫だったりとその時によってメンバーは違うものの、誰かが側にいた。
一人になっても、別に孤独という訳ではない。
帰宅すれば、常に何人もの家族がいる。
だが、この世界で一人になるという事は即ち孤独である。
彼女自身自覚してはいないが、酷く孤独を恐れるのが彼女の本質である、一度『死』を経験しているが故に。
便宜上、ハンター世界と呼ぶこの世界では横島忠夫とポケモン三匹以外、『身内』が存在しない為に、彼女は支えが足りない建築物のような精神状態なのである。
ゆえに、自分でもある程度自覚出来る程、元の世界でも恋人として自身を陰に日向に支えてくれた横島忠夫に縋り付くようになってしまった、精神的にも、肉体的にも。
それでも最初はミトとゴンがいた。
特に弟的存在であるゴンは常に横島か静香のどちらかにひっついて、遊びに誘っていた。
妹分は――フェイトやはやてを含む――多いが弟分はユーノしかいない彼女にとって、ユーノとはタイプの違うゴンの存在は新鮮で可愛かった。
また、ミトの母性と寛容さ、ある種の厳しさは母というより姉に近く、年上の兄姉を持たない静香にとって、やはり新鮮で、暖かい関係を築けた。
だが今は横島とポケモンを除けばゼブロとシークアントの二人しかいない。
これでは静香にとって横島にしがみつくなという方が無理である。
横島としては何の問題もないどころか、このままでも良いじゃないかとさえ思う。
よって今日も横島は甘えたさんになってしまった静香と可愛がるのであった。
まあ二人っきりの時限定ではあるのだが。
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「この世界はおかしい」
約一ヶ月、ククルーマウンテンに滞在している二人。
「何度目だその科白は」
全身合計150㎏の重り付きで腕立て伏せをしている横島の上で、同じ重りを身につけた静香が座禅を組んでいる。
横島は知らないが、燃の点――心を1つに集中し、自己を見つめ目標を定める――を行っている。
想いは一つ、必ず帰る、である。
不安定に揺れる横島の体の上での座禅はバランス感覚を大いに養う。
ちなみにこれは昔、恭也がなのはを上に乗せて同じように修行していた。
終わった後なのはは目を回していたがそれなりにバランス感覚はあるようだ、基本的には割と運動神経が繋がってない子であるハズなのだが。
「だってさー、地球じゃこんなスピードで超回復なんて絶対にあり得ねーっすよ」
「まあな」
静香の声は淀みない。
話しかけるなという事だろうが、横島のようなタイプからすればただひたすら単調な腕立てを続けるだけの修行は正直飽きる。
お話しながらやっても良いじゃないかと思うのだ。
おまけに重りが各所にくっついてる為、静香の尻の柔らかさすら味わえないという、何ともつまらん状況である、横島的には。
「うっし、500回終了」
「では交代だな」
横島の上から退くと、側に纏めてあった荷物から腰痛ベルトのようなモノを取り出して胸に巻く静香。
上下運動繰り返す為の揺れ対策――ではなく、腕立て伏せすると胸を何度も押し潰す事になるのでそれを防ぐ目的である。
さらに念を入れて静香が腕立てする時はタウンページのような雑誌を両手の下に一冊ずつ、足元に一冊置いてその上で行う。
高さを出して胸が潰れたりしないようにしてるのだ。
形が崩れるとか見た目上の問題もあるが、それ以上に単純に痛いのだ、潰れると。
つくづく巨乳――いや爆乳、魔乳クラスか――というのは戦いや運動に不向きなのが分かる。
世の中そんなの関係ねぇとばかりに乳揺らして戦うゲームもあるが、その内千切れるんじゃないかと心配になる位だ、激しくどうでも良い話ではあるが。
パイロットスーツなどは特に防弾・防刃・防塵・耐火など様々な人体を保護する機能が凝縮された、着心地が決して良いとは言えない服である。
にも関わらずあそこまで柔らかく揺れるとかどういう素材で出来ているのだろうか。
更にどうでも良い話だが静香はみっともなく乳が垂れるのを恐れてる為、クーパー靱帯を強化し、再生機能の乏しい靱帯である故に再生機能を操作・強化する時間を寝る前に取っている。
「では乗れ」
「うい」
大体腰の上、肩胛骨の下辺りで胡座をかいて座る。
多少苦悶の表情を浮かべるが、誰に気づかれる程でもない。
そのまま腕立てを開始した。
横島は揺れる静香の上で瞑想する、下手にお喋りすると静香が後で五月蠅いからだ。
尤も、瞑想内容は18歳未満はお断りせざるを得ない内容なのだが、問題はなかった。
瞑想の要点――というか燃の点の要点は一つの目標に心を集中する事である。
そしてエロい妄想で他人の言葉や外界の情報が入らない程集中するのは横島の18番である。
腕立てをしながら、時が過ぎる。
時折横島の笑い声が口から漏れる以外は、風と森が声を上げる程度の、静かな世界。
守衛のバイトも基本的には3交代で、静香は横島と一緒に守衛室に入る。
その代わりに夜食も含めて食事の準備をするのは静香の仕事になった。
勿論、静香としては望む所である。
夜中だろうが時間がくれば小屋に戻り、食事の支度をして、岡持に横島と自分の分の食事を入れて守衛室に戻る。
あるいはゼブロかシークアントが守衛室にいる時は、食事を横島が持って行く。
二人からはいっそここで一生働かないかと誘われる位、静香の食事は好評であった。
最初のうちは嘔吐感と戦いながらの料理で有りながら絶賛された程である。
二人とも大人だからだろう、静香が嘔吐したり夜中横島にしがみついて啜り泣いて響く声もなかったように振る舞ってくれていた。
料理を褒めたのもその一環だろうか。
尤も、料理に関しては静香にとっても予想だにしないイベントを引いてきたのだが…
「うーっす。シズカーご飯作ってくれー」
「また来やがったこのくそガ――ぼっちゃん」
横島の首に背後から触れる金属質。
変な髪型と言わざるを得ないがこの世界では大分普通でもある少女、カナリアの剣が上下に動く横島の喉に当たる。
本気ではないのは丸わかりなのだが、基本的に横島はへたれであるからして――
「すんませんカナリアさん、ナマ言いました」
「タダオもいい加減懲りろよなー」
ケタケタと笑う銀髪の少年――キルア。
そう、何考えているんだか、キルアは静香の料理を気に入ってしまい、ちょくちょく遊びに来るようになったのだ。
原作からして、ゼブロのゾルディック家そのものに対する口調や意見と、キルアに対して命まで張ってその友人を守ろうとした態度から、個人的な交流があった事は十分に推測が可能である。
勿論、静香はそんな細かい所までは覚えていないが。
ゆえに、初めて守衛用住居で彼の姿を見た時は心臓が止まる思いをした。
このアルバイト滞在中にゾルディック家の人間に接触するつもりは欠片もなかったからだ。
特にキルアと接触した場合、とんでもない方向へ話が飛んでいく可能性も高い。
イルミと出会って結婚させられるという展開(も静香的には大分嫌なのだが、常識的に考えればそうそうあり得ることではない。
少々、二次創作の読み過ぎである、まあこんな事態になれば宜なるかなと言った所か。
まあ、それも横島と離れたくないからという口には出されない本心からなのかも知れない。
「…もう、少し、お待ち、ください、後、100、回程、で、切り上げ、です、キルア、坊ちゃん」
「それ辞めろって言ってんべ」
無視し黙したまま、腕立て伏せを続ける。
ちぇーっと舌打ちて、適当な樹に寄りかかるように腰掛けるキルアと、その側に立って身じろぎもしないカナリア。
カナリアが付き添っているのは、シルバの命令である。
正確には静香がキルアに、自分たち二人に接触する際に執事一人を連れて行かなきゃ許さない、とシルバに許可を取らせたのだ。
正直、シルバ・ゼノの二人はたかだか一の門開けられるかどうかの守衛に会ったからキルアがどうこうなるとは思ってもいない、と静香は考えた。
同時に、イルミとキキョウの二人は花に付く害虫許さんとばかりに排除する可能性も、だ。
その結果がキルア本人にシルバの許可を貰いに行かせるという行動だ。
キキョウやイルミがどうこう言った所でゾディアック家では家長の発言は絶対である。
ついでにコミュ不足な親子の触れあいの一旦にでもなれば良いと思って行動した事である。
しかし、これが後に、静香当人にとって割と洒落にならない事態を引き起こすことになるのだが…
「ああ、そうだ。卵、殆ど、切れてる、んです。2パック、ほど、買って、きて、おいて、くれません、か?」
流石に150㎏×2+横島の体重を乗せた腕立て伏せの最中では息も切れる。
同じ事をキルアが軽々とやって見せた時は才能の差というものに対して絶望に唸りそうではあった。
「おう、いいぜ」
カナリアは何も言わない。
こうやって静香に買い物へ行かされる事すら、キルアの息抜きになっているのを熟知しているから。
正直、買い物へ行かせるのは兎も角、カナリア付きとは言えよく外出許可が出るものだと思うが、近所へ――と言ってもバスで片道30分かかるが――行く程度なら良いという事なのだろうか。
「行くぞカナリア」
「はい、キルア様」
言うが早いか、あっという間に走り去って言った二人。
「はえぇぇ…」
「言っておくがあの二人は、この世界じゃ割合、下の方に位置する強さだからな」
「…あり得ねぇ」
頭を振って否定するが、横島自身も七の門を軽々と開けた化け物を見ている。
「気合い入れて鍛える事だ」
「ういー」
鍛えてどうにかならんやろか、とか考えてるんだろうな。
静香の予想通りではあるが、横島の場合は鍛えれば鍛える程何とかしてしまう雰囲気がある。
それに賭ける以外、今のところ帰る当てなどないのだ。
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「ふう…」
汗だくの身体で料理するなんてとんでもない。
キルアが騒ぐのを尻目にざっとシャワーを浴びてすっきりした静香。
横島は濡れタオル一つ渡されて身体を拭いていた。
勿論、横島は一緒に入りたがったが、ここは共同生活の場である。
いくら何でもその手の事を許す静香ではない。
しかし重りを150㎏もくっつけた服は脱ぐのも着るのも一苦労である。
「忠夫、卵を10個。
白身と黄身に分けて、その後メレンゲを作れ」
「りょかー」
キルアが買ってきた――お金はゼブロからもらった――卵を、先ほどの重りを付けたまま器用に割り、セパレーターの上に卵を落として行く。
静香は2㎏は有ろうかという大きな豚バラから、重さ10㎏の包丁――というかもはや鉈か――で脂身と肉を切り分けていた。
フライパン三つ――重さ20㎏――に水を張っておく。
「メレンゲ完了-」
「次は黄身」
「うっす」
重さ5㎏の泡立て器で今度は黄身をぐりぐり回していく。
「肉は夕飯にするか」
脂身を完全に切り分けられた肉をラップして冷蔵庫へ戻し、牛乳パックを取り出す。
脂身を賽の目状に切り刻んで熱湯寸前の中フライパン三つそれぞれ投入。
火を付けてラードの作成開始である。
「黄身も混ぜ終わったっすー」
「メレンゲと合わせろ」
長年静香のサポートし続けた横島とのコンビネーションは流石である。
「ほい」
ちなみにカセット式のコンロが一基しかなかったのを、わざわざ静香が用意させた四つ口でガスバーナー並の火力も出せる、かなり高級なガスコンロである。
まあお金は意外と金持ちなゼブロとシークアントの財布から出たのだが。
「はーやーくー」
「黙ってろ」
守衛小屋に入ればとりあえず監視の目はないはずなので、ため口もありである。
なによりキルアの方が敬語を嫌がるので、小屋の中にいる間は普通に接する事にしている二人。
ジャッ!
牛乳がラードに投入され跳ねる。
そして十分に油を吐き出した脂身をかす揚げで拾い集め、二つのフライパンの火を弱めておく。
「はっ!」
横島の手で五等分された卵液の一つを火がガンガンに焚かれたフライパンへ投入する、同時に円!
静香の円はネフェルピトーに似て、一部分だけ伸ばせる。
円に触れても別段念に目覚める事はないようだが、念のためにフライパン周囲にだけオーラを伸ばす。
余談だが彼女は円と周は原作中の誰より得意だか硬が致命的に苦手である。
全身に対する絶は兎も角、一部分を残して絶となると何故か上手くいかないのだ。
静香としては後に判明する事だが、念の修行に於いて基本の四大行は遅い早いを別とすれば目覚めた人間の大半が修める事が出来る。
しかし応用となると途端に習得率が下がる特徴があった。
つまりそれほど念に於ける応用技術が難しいという事であり、あっさりやって見せるゴンキルコンビがおかしいという事でもある。
「いつ見てもすげー」
カナリアを背に立たせて、静香の手元を覗き込むキルア。
その目の前で綺麗にオムレツが形成されていく。
気付いてる人は気付いてるこのオムレツ、元味皇・葛葉保名が年齢詐称フランス人・アンナに作ったオムレツである。
静香が男性だった頃に何度か挑戦して、すべて出来損ないの卵焼きに化けた難しい料理だった。
円を使うようになって初めて高確率、そして練習を経て完璧に作れるようになった料理で、なのは達お子様に大人気だった料理である。
当然の如く、キルアも大好きになった。
「シロップかけろ」
「うーい」
わずか十数秒で完成したオムレツを皿にあげると、すかさず横島がメープルシロップをかける。
「よっしゃっ!」
横島からかっさらうように皿を奪って、居間まで駆け込むキルア。
横島からしてみれば暗殺者とか何の冗談だという位には子供っぽい。
既に二の門まで軽々と開けられる10歳を見ているので、納得できない事もないのだが。
「はっ!」
そうこうしているうちに二枚目、三枚目、四枚目の皿が次々と完成した。
これはゼブロとシークアント、カナリアの分である。
カナリアは当初、職業意識から断ったのだが、喰わねばキルアにも喰わせないと脅した結果、同じ席に着いて食べるようになった。
竃の神に勝てる存在はそうはいないのである。
「忠夫、シークアントに持って行ってやれ」
「うい」
岡持に皿を入れて外へ走る。
今日の昼の当番はシークアントである。
最後にもう一度、脂身を切り出す所から初めて、メレンゲを立てて卵液を作って、五枚目の皿を完成させた。
これは横島と自分の分なので、他の皿よりも大きい。
「うめー!」
「いやあ、シズカちゃんは料理上手だ」
キルアがバカみたいな勢いで食べれば、ゼブロもカナリアもゆったりとしたペースで味わっている。
「ただいまっと」
空の岡持を放り出して席に着く横島。
一の門の片側だけに限ればもはや片手でも開けられるようになったのだ。
「では食べるか」
フライパンすべてを浸け置きしておいて、席に着く。
体中を重りで鍛えてる事を除けば、概ね良好な職場である。
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「さてミケの散歩と毛繕いだ」
「ういすー」
洗い物を済ませ一休みしてから、並んで小屋を出る二人。
本来、ミケの世話係が主なのだからこれは当然の仕事である。
毛繕いする必要があるかどうかはミケにしか分からないが、散歩の――というか命がけの追いかけっこはする必要がある。
静香達が来てから既に十数人腹に収めているのだ、人間一人分のカロリーなんて計算したくもあるまいが、運動の必要はある。
「なーなーそんな事よりプレイキャスト64で遊ぼうぜー。
タダオに負けっぱじゃ悔しーしさー」
カナリアを従え、二人の後ろを付いて歩くキルア。
キルアは以前、横島がゲームの達人と知って、拉致って無理矢理遊んだことがある。。
その時、キキョウがたまたま外出中だったらしいのだが、一緒にいたカルトにじー…と無言で見つめ続けられて死にそうであったと横島は語った。
その状態でもキルア相手に格ゲーと落ちモノで共に横島がトータルで勝ったので、キルアのゲーマーとしての腕はそこまでではないと思われる。
その後、頼むからいちいちシルバに許可を取ってくれと静香がキルアに頼んだのは言うまでもない。
こんな所で働いていれば、屋敷の人間を垣間見ること位ある。
そしてキキョウやイルミを間近に見た感想と原作の記憶と併せれば、もはや語るまでもあるまい。
もはや静香の中でシルバだけが常識人枠であった。
実際のところ、そんな事は静香の思い込みに過ぎない。
ただしイルミ・キキョウと違い、シルバとゼノは「キルア本人の意向」を可能な範囲で融通してるだけである。
まあ、たとえ理由がなんであれ、自分の所の従業員に問答無用で発砲する奥方を静香が怖がるのも無理はないのだが。
「坊ちゃん。私たちはお仕事中です」
「そーそー。お前は一人で遊んでな。俺らは喰う為に仕事せなあかんの」
「別に食事代くらい出してやるからさー」
そういう意味じゃねーよ。
奇しくもカナリア、静香と横島、三人の心の声が一致した瞬間であった。
「頼みますから、旦那様か、せめてゼノ様の許可を取ってから誘ってください。
本音で言わせてもらいますが、私は死にたくないし旦那にも死なれたくはありません」
大旦那様だとゼノとマハのどちらか分からなくなる為、こういう言い方になる。
そしてどうでも良い事だが静香に旦那扱いされてテンションage状態の横島。
カナリアが一歩引く位にはキモい。
「大げさだろー?
いくらお袋でも一緒にゲームした位で殺すかよ」
「奥方様もそうですが、イルミ坊ちゃんが何より怖いんです」
これは本気である。
正直、原作からの情報でしかないがヒソカの方がまだ怖くない。
あれはアレなりに遊んでるだけだからだ。
そして自分と横島なら遊び相手になる程度の実力はあるつもりだ、今は兎も角。
だがアレには理屈は通じない。
そもそも闇人形だの阿呆な事言ってる辺り中二病MAXで怖い。
シルバやゼノ、或いはミルキを見れば別に仕事は仕事、趣味は趣味と割り切ってる。
つまり、キルアに自分の理想を押し付けている教育ママみたいなモノだ。
何よりイルミの「友達は要らない」発言がある。
『一緒に遊んだ=友達』理論を持つゴンやなのはなどを身内に持っている静香としてはドキドキである。
そしてそんなスリルを楽しむ程、酔狂ではない。
「カナリアさんもそう思われますよね?」
「…キルア坊ちゃま、静香さんの言う通りかと」
言葉少なに肯定してくれる。
はっきり言って、庭の何処で何を発言してもあのメカメカしいキキョウのゴーグルで盗視・盗聴されるかと思うと気が気がでない静香である。
こんな事で撃たれたら目覚めが悪いったらない。
撃たれる可能性に関しては静香と横島もどっこいどっこいだが。
「…わーったよ。今日は諦める」
「ありがとうございます」
「だから敬語辞めろっての」
「分かりました、キルア坊ちゃん」
そんな風に談笑しながらある程度開けた場所まで歩くと、ミケを呼ぶ。
これは賢い猟犬で、試しの門から初めて入った匂いがある場合は言われずともそちらへ行くし、森の何処でも呼べばやってくる。
呆れる程巨体で俊敏、かつ強力な事を除けば正しく猟犬の鏡である。
「では始めるか」
「ういー」
横島が重りを50㎏ほどに外し、目の前に聳える巌のようなミケを見上げる。
「ミケー、追いかけっこすんぞー!」
「よーい、ドン!」
静香の声かけでほぼ同時に走り始める横島とミケ。
ミケの方が巨体である為、木々を縫うように走る横島の方が若干速い。
「速くなったなー、タダオも」
適当に車座に座る三人。
ちらり、と木製の、瀟洒なアナログの腕時計を見る静香。
横島が誕生日にプレゼントしたもので、戦闘になる可能性がある時などは付けない事にしている。
つまりそれだけ大事にしているという証左である。
一応、月村忍に頼んで耐電処理もしてある一品だ。
「ま、五分が良いところ、か」
「根性ねーの」
なにせ50㎏抱えた上に纏もしていない横島ではそんなものだろう。
ミケの戦闘能力は正直多少の念使いでは勝負にならない程強いのだ。
そうでなければ、念能力者からも襲撃される可能性があるここで番犬はやってられない。
というか、50㎏も重り抱えて四足動物から5分逃げられれば大したものだと思うのだが。
やはりこの世界はおかしい、というかジャンプの漫画は大概おかしいと静香は思うのだった。
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「いやしかしシズカちゃんもタフになったねぇ」
食後のコーヒーを啜りながら、ゼブロが独り言を言うように呟いた。
ミケの散歩というなの逃走劇と毛繕いを終わらせ、再びシャワーを浴びた二人は、ゼブロの入れた。
ちなみにキルアが試しにとミケの散歩をしてみたのだが、5分どころか30分は捕まらず、もういいやと適当なところで切り上げてしまった。
強さ青天井過ぎて涙が出そうな話である。
「…まあな」
慣れれば慣れるもので、もはや静香が食事を戻す事はなくなった。
それどころかミケが食事しているシーンをナマで見ても平気になった。
最初はそれこそ夢に見るほどであったが、人間は目に見える恐怖には慣れる事が出来るのだ。
ちなみに初めてここにやってきた時から1ヶ月経過している。
暦は7月だが割と緯度の高い所にある上に、標高自体も高いここククルーマウンテンはむしろ快適な位であった。
「俺にはよく分かんねーや」
育ちが違うからな。
そう言おうとして、辞める。
キルアが自分の家と家業を好いていない事はよく知っているから。
「それよりさー、またシズカの妹とかゴンの話してくれよ」
「キルア様、そろそろお戻りになられませんと、奥様が…」
「もうかよ。あーあ、いっそこっちに住みたい位だぜ。あっちは息苦しくてさぁ」
「ゼブロさんが胃痛で倒れるから辞めておいてやれ」
「いやいや、キルア坊ちゃんがお望みなら、私は良いんですけどね」
「奥方がどう暴走するか見物だな」
「へいへい。んじゃ帰るぞ、カナリア」
「はい、キルア様」
「また喰わせてくれよ」
「では…」
言うが早いか外へ出て行ったキルア。
「お? あのガキ帰ったんすか?」
「タダオ君、誰かに聞かれたら冗談抜きに殺されるからね」
「いやあ、あの我が儘っぷり見てるとどうしてもなぁ」
頭を拭きながら居間に戻ってきた横島に、無言でコーヒーを淹れる静香。
横島の気持ちはよく分かる。
口は悪いし基本的に我が儘だし、下手なこというとお付きのカナリアが刃光らせるし。
横島にとってみればくそガキそのものだろう。
「まあ許してやれ。
生まれた時から人殺しの修行させられれば、愚痴の一つも我が儘も言いたくなるだろうさ」
「ホント、変わった家っすよね。
別に人殺しじゃなくても稼げそうな感じだけど」
「人それぞれさ」
「…寂しい家ですよ、キルア坊ちゃんのようにまっすぐ育ってしまえば、相応にね…」
そう、キルアはゾディアック家では異端な程、普通なのだ。
イルミは言うに及ばずミルキやカルトですらああなのに、キルアだけは普通の少年のように生きている、色々歪んではいるが。
「そう言えばそろそろアルバイトの期限が切れますが、どうしますか?」
「ああ、世話になったが、そろそろ旅立つ時期だな」
既に二人とも全力で挑めば二の門まで開けられるようになったので当然である。
「漸くこのくそ重たい服から逃げられるんすねー」
逃がさねー、ちゃんとゼブロさんにお持ち帰りの承諾は得てるからな。
静香が胸の内で呟くが口には出さない。
後でショック受ける横島が可愛いからだ。
「まあ、キルアに挨拶してから、だな。
後でどんな恨み言言われるか知れん」
「キルア坊ちゃんはシズカちゃんの家族の話が何より好きですからねぇ」
自分の家族がああだからか、キルアは静香の家族の話を好んだ。
その勢いでゴンの話まで出してしまったのは静香の勇み足である。
この事でゴンとの出会いに悪影響が出ないと良いが、等と心配してみても始まらないのは当人が一番分かっている事なのだが。
「次は何処へ行くんすか?」
「天空闘技場」
「またやくざな所に行くもんだ」
ゴンの顔を見に行きたい所だが、国境越えがまた面倒過ぎる。
くじら島までイチローで飛ぶのも現実的ではないし、正直、今年の試験受けておいた方が良かったと思わないでもないのだが…
交通手段、というより戸籍がない事が現状、静香達にとって最大の足かせである。
次のハンター試験はヒソカが試験官を半殺しにした回、その次がゴン達が合格した回である。
予定通り進めば、であるが。
「なかなか難しいもんだ、な」
ふう、と一息吐いて、静香は窓の外のミケの欠伸を眺めた。
操作系の犬使いとかミケ使えば最強だったんじゃね? とかどうでも良い事を考えながら。
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放出系でバランスの取れた能力って難しいですねー。
具現化と特質が一番楽なのがよく分かりますw