強行捜査課長であり、養殖科五年のフォーメッド・ガレンは少々困っていた。
ツェルニの治安を守るという職業について五年。
色々なことがあったのは当然だとしても、今年は何時も以上に揉め事が多いような気はしていた。
その多くがレイフォンと言う一年生に起因しているのは、ある意味当然なのだろうとも思う。
そう。第五小隊戦が終了した夜、祝賀会に参加したフォーメッドが見た物とか。
あれは今から思い返してみても恐ろしい体験だったと、背筋が凍る思いである。
十重二十重に包囲されたレイフォンが、扉を開けたフォーメッドに助けの視線を向けてきた時点で、逃げ出したいという心境に狩られた物だ。
警察官という仕事から来る義務感が、逃げるという選択肢をかろうじて取らせなかっただけで、本心では非常に逃げたかったのだ。
何しろ、包囲しているのは全員が女性であり、されているのは気の弱そうな黒髪の少女とレイフォンだ。
何が有ったかは分からなくても、かなり異常な事態であることだけは間違いない。
丁度そこにいたナルキも動員して、二人を助け出すのに三十分近い時間を要したほどには、その包囲網は完璧にしかれていたのだ。
まあ、それに比べたら目の前で起こっている困りごとなど、ものの数ではない。
「だから! 犯罪者を殺しちゃ駄目なんです!!」
「ええぇぇ!! いいじゃねえか。拘置するのだってただじゃねえんだ」
「そう言う問題じゃありませんから。それと、普段訓練で使っている錬金鋼を使って下さい」
「ええぇぇ! 切れない刀じゃ首跳ねられないだろう」
「跳ねなくて良いんです」
違法学生による密輸事件。
どうも違法酒も絡んでいそうな今回のヤマ。
限定的ではあるが、なぜか密輸組織の具体的な情報が都市警へと密告されてきていた。
残念ながら、相手側に武芸者がいるかどうかや、その実力に関する情報は全く無かったが、それでも都市警としては十分にありがたい情報量だった。
とはいえ、相手側の戦力が具体的に分からない以上、出来ればレイフォンを含めた第十七小隊の助力が欲しかったのだが、生憎と強化合宿を行っていると言う事で、違う助っ人を頼むこととなった。
そこで引っ張り出されたのが、レイフォンに次ぐ実力と評判の、武芸科教官であり傭兵でもあるイージェである。
折衝役というか、緩衝材は当然ナルキに丸投げしてしまったのだが、現状を考えると少しだけ後悔してしまっても居た。
そう。暇をもてあましたイージェが、ナルキをからかって遊んでいるのだ。
ナルキもからかわれていることは理解しているのだろうが、根が真面目なために一々きちんと反応してしまっているのだ。
見ている分にはほほえましいが、延々とこんな状況を見せつけられては、少し胃もたれ気味になって来たりもする。
既に日は沈み、目星を付けた建物の周りはきちんと包囲してある。
何時ぞやのレイフォンの包囲網以上に、厳重な布陣を敷いているから、そうそう抜け出せるとは思えないのだが、それでも保険としてイージェは必要だった。
必要だったのだが、早く向こうからアクションを起こしてくれないと、少し胃が痛くなってくるかも知れない。
痛む前に、突入命令を出せばいいのだろうが、会話のテンポを考えるとそれも実は難しい。
と、現実逃避をしているわけにも行かないので、ナルキとイージェに話を振る。
「ああ。そろそろ突入したいんだが、そちらの準備はどうだ?」
「おう。俺なら何時でもいける」
「止める自信はありません」
二人から当然の返事が返ってきたので、シリアスモードへと移行する。
違法学生などと言う物は、単位が取れないために滅多にいないのだが、それでも存在する不条理を何とかしなければならない。
「武芸者はいるのか?」
「ああ。小生意気にこっちを威嚇してやがるのが一匹と、弱そうな奴が二・三匹」
既に人間扱いしていないところから考えると、暴力沙汰になった場合の手加減は、一切無用なつもりのようだ。
非常にイージェらしいと思うが、あまり派手にされて後始末が面倒になるのは少しだけ困る。
「家の連中も少しは使えるようになっていると言うし、これなら何とか取り押さえられるか」
幼生体とやらに襲われた少し後、新作作物の遺伝配列データーが盗まれるという事件があった。
その時の相手は、熟練の武芸者が五人だった。
こちらの武芸者も五人だったが、残念なことに対人戦闘の熟練度に決定的な差があった。
瞬きする間に、機動隊員が切り伏せられてしまった、危機的状況を救ってくれたのが、今回呼べなかったレイフォンだった。
その後、イージェやナルキ、時々レイフォンに頼み込んで機動隊員の訓練をやって貰った。
その甲斐有ってか、最近ではよほどの実力差がなければそれなりに戦えるようになったらしい。
らしいというのは、教官役からの情報で、フォーメッド自身が確認したわけではないからだ。
そして、今夜その成果が試されるのだ。
「っち! くるぞ!!」
何故か、今まで弛んでいたイージェが慌ただしく錬金鋼を復元。
次の瞬間には、シャッターが内側から爆発したように吹き飛んだ。
あちこちから悲鳴が聞こえてくるが、まだ距離があったためにそれ程深刻な事態にはなっていないようだ。
催涙弾の斉射を指示しつつイージェを見ると、既に突っ込んだ後だった。
段取りや手順という単語を知っているか、一度聞いてみたい男であるが、今はそれどころではない。
「さぁぁぁぁぁ!!」
「っち!!」
爆発から数秒後、煙を引き裂いて一人の武芸者が目の前に迫っているのだ。
フォーメッドに真っ直ぐと突っ込んできたところを、何とかナルキが前に出て防いでいるが、あまり楽観していられる状況ではない。
実力が上の人間との対戦に慣れているとは言え、それだけでは決定力に欠けるのは当然である。
「刀?」
だが、それよりも、驚いて動きが止まるナルキの方に、よほど驚いてしまった。
止まったら死んでしまう戦場を前提に鍛えられているはずの、ナルキが驚きで止まってしまったのだ。
「はぁぁ!」
「あ!」
案の定、そんな決定的な隙を見逃すほど相手は甘くなかった。
刀を受け止めていた打棒を軸に、ナルキを踏み切り板代わりにして大きく跳躍する。
当然、空中では身動きできないはずだが、それを攻撃できる状態の人間など一人としていなかった。
街頭を足場にして、あっと言う間に遠ざかってしまう。
「逃がすか!!」
この段階になって、やっとナルキが復活。
フォーメッドが何か言うよりも早く、逃げた刀男の後を追ってしまった。
もしかしたら、決定的な隙を見せてしまったために逆上してしまっているのかも知れない。
かなり危険な状況だ。
「全力で犯人を確保!! それが終了し次第イージェはナルキを追ってくれ!! 念威繰者はナルキの追跡とレイフォンへの連絡」
その後も、手短にしかし確実且つ具体的な指示を立て続けに出しつつ、フォーメッドはかなり焦っていた。
都市警とは都市民の安全を守るためにある組織だが、だからと言って損害を無視して犯人を追って良いというわけではない。
特に、今のナルキのように冷静な状況判断が出来ない警官では、返って周りに被害を出しかねない。
そうなっては、ナルキにとってもツェルニにとっても害だけが残る結果になってしまう。
こんな状況で頼りになるのは、傭兵として修羅場を潜ってきたイージェと、ツェルニ最強という噂が流れているレイフォンだ。
他力本願だが、使える物を使わずに被害が出るよりはかなり増しなはずである。
屋根の上を連続で飛びつつ、ナルキはかなり真剣に自己嫌悪を覚えていた。
一瞬とは言え、致命的な場面で完全に思考と運動を止めてしまったのだ。
顔の左半分に刺青を施した、赤毛の武芸者と目があった瞬間、これはやばいと言う事ははっきりと認識できた。
普段はそれ程でもないが、訓練中のレイフォン並に危険な生き物だと言うことが、はっきりとナルキには分かったのだ。
そして、彼が持っていた武器にも驚きを覚えた。
刀である。
犯罪武芸者がどんな武器を持っていようと、それは別段驚くことではない。
だが、その刀があまりにも見事な一品だったために、一瞬戦いを忘れてしまったのだ。
今ナルキが生きていられるのは、相手に殺意が全く無かったからに他ならない。
いや。害意という物が全く感じられなかった。
それどころか、良く反応したと褒められている雰囲気さえ感じられてしまった。
もしかしたら、そう感じたことが硬直の間接的な原因なのかも知れない。
だからと言って、見逃すなどと言うことは出来ない。
改めて決意を固めたナルキが、脚に回す剄の量を増やして刺青刀男との距離を僅かずつ縮める。
とは言え、単独で何とか出来る相手ではない事は重々承知している。
フォーメッドを狙われたために、数秒逆上してしまっていたようだが、上空の冷たい空気が頭を冷やしてくれたのだ。
目的は、イージェやレイフォンが到着するまでの時間稼ぎ。
延々と追いかけっこをしていても、相手の方が実力は上なので、何時かは引き離されてしまうだろうが、援軍が到着するまでの時間を稼げればナルキの勝ちである。
「とは言え」
訓練中のレイフォン並に危険な生き物相手に、時間を稼ぐと言う事だけでも十分に命がけだ。
それでも、治安を守る警察官としてはやらなければならないのだ。
そして、唐突にナルキの計算が崩壊した。
「さぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁ!」
突如、前を飛んでいた刺青刀男が振り返り、旋剄でナルキへ向かって突っ込んできたのだ。
ナルキ自身も高速移動中だったために、その相対速度は想像を遙かに超える物となっていた。
何とか体制を整えつつ、活剄を総動員して、刀の攻撃を都市警支給の打棒で受け止める。
レイフォンやイージェの動きを見慣れていなければ、今の一撃はもろに食らっていたことだろう。
高速移動同士のぶつかり合いだ。
いくら武芸者だからと言っても、致命傷を受けかねない破壊力を、活剄を総動員して骨格の剛性を高めつつ何とか耐える。
だが、ナルキよりも先に打棒の方に限界がやってきた。
見る間に罅が入り、どう楽観的に評価しても武器として使えそうもないレベルへとだ。
「さぁ!!」
更に、刀刺青男の一声と共に、一瞬で打棒が砕け散った。
そして気が付いた。
全ての動きではないにせよ、かなりの部分に見覚えが有る。
そして、今打棒を粉砕した技を、ナルキは一度以上実際に受けて良く知っている。
「蝕壊」
ヨルテム時代に、レイフォンの攻撃を真っ向から受けようとして、何度かこれで錬金鋼を破壊された経験がある。
そして、蝕壊の後にやってくるのは。
「さぁぁぁぁ!!」
「やられるか!!」
旋剄の速度から予測できた勢いそのままに、蹴りがやってきたが、来ることが分かっていれば何とか防ぐことが出来る。
カウンター気味の蹴りを放ったが、そこで致命的なミスに気が付いた。
一撃で、脛骨に罅が入ったのだ。
相手の蹴りの威力を受けたから当然である。
金剛剄で防ぐべきだったと今頃気が付いたが、既に遅いのだ。
「っち!」
痛む脚を無視して、相手を蹴る要領で距離を取り、手近な建物の上に着地する。
ナルキのこの状態を認識していれば、相手は確実に逃げるはずなのだが、悠然と着地した。
お互いの間合いの少し外側へと。
「大したもんさぁ。あれを食らったら普通吹っ飛ばされて瓦礫に埋もれる物さぁ」
余裕なのか、それとも語尾にさを付けるのが癖なのか、非常にむかつく喋り方をする。
だが、そのむかつきを相手にぶつける事さえ今のナルキには少々無理な話だ。
打棒は既に粉砕され、攻撃力の大半を失っているのだ。
それを理解しているからこそ、相手は悠然と対面していられるのだろうと言う事は分かる。
そして、それよりも問題は脚の方だ。
脛骨は人体の骨の中で、最も骨密度が高く強度が高い。
そう。骨密度があまりにも高すぎて、一度折れてしまえば回復するまでに三ヶ月はかかるという、脛骨に罅が入ってしまったのだ。
どれだけ活剄を動員しても、短時間に回復する事など不可能。
いや。病院に入って全力で治療をしたとしても、完治までには一月近くかかるだろう。
そして、脚の負傷はナルキの高速攻撃手段と、逃走手段の喪失を意味する。
「さぁぁ? どうかしたかにぃちゃんさぁぁ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。ころす」
暗いから仕方が無いのだとは思うが、ナルキを男だと思っている目の前の刀刺青男に、深刻な殺意が湧いてきてしまう。
湧いてきてしまうが、移動と攻撃双方に致命的とは言えないが、深刻なダメージを受けている現状では、それはほぼ不可能な話だ。
ならば、ウォリアスのような悪辣な罠に落とす。
「・・・・・・・・・・・・」
無理である。
そんな頭があるのだったら、最初から使っている。
ならば、方法は一つしか存在しない。
「サイハーデンの技を受け継いでいる割には、ずいぶんとお粗末な人生送っているな」
「!! 何故それを知っているさぁ?」
かかった。
レイフォンやイージェの攻撃を散々受けてきたために、目の前の男の動きは何となく読めるのだ。
もちろん、完璧にでは無いし、全てでもない。
そして、ナルキの仕掛けた罠にはまりつつある。
「さあな? お前みたいな変態刀刺青男に、懇切丁寧に教えてやるほど、私はお人好しじゃないさぁ」
「・・・・・・・・・。オカマだったさぁ?」
「・・・・・・・・・・・・・。ぶちころすぞ」
一人称でやっと女である事を認識したかと思ったのだが、反応はナルキの想像とは別の方向へと進んでいた。
もはや生かして返す事など出来はしない。
「ほう? 今の一撃、向こうずねに罅は入ったさ。それでオレッチをぶち殺すさ?」
「ふん。一歩も動くことなく貴様を殺す事など、ホットケーキを作るよりも簡単さ」
何でいきなりホットケーキかという疑問を、相手も持ったようだ。
実を言うと、ナルキ自身も少し疑問だ。
すぐに焦がしてしまうので、苦手である事は事実なのだが。
それは置いておいて。
「レストレーション02」
唯一残った、本来は補助武装の鋼糸を復元する。
紅玉錬金鋼製の、二十本の糸が辺りに広がる。
少し慌てて後退する刀刺青男。
鋼糸の危険性を十分に知っている事が、これではっきりとした。
「厄介なもん使うさ」
相手の評価は割と高いようだが、これはあくまでも補助武装である。
レイフォンのように、幼生体の虐殺など出来る代物ではないし、そもそもが取り縄の延長でしかないのだ。
繰弦曲など、夢のまた夢でしかない。
だが、少しだけ慎重にさせる事が出来た。
「なんてさぁぁぁ!!」
「う、うわぁぁぁ!!」
と思ったのも束の間、いきなり旋剄で飛び込んできて、大上段からの一撃を放ってきた。
何とか打棒の残骸で防いだが、当然完璧などと言う事はなく、後ろに飛ぶ事でやっと衝撃を吸収できたという始末だ。
「鋼糸でオレッチを倒せるんだったら、即座にやっているはずさぁ。思わせぶりな態度は拙かったさぁ」
「・・・・。っち。見た目よりも頭が良いのか」
「・・・・・・・・・・・・。ぶち殺すさ?」
痛む脚に鞭打ちつつ、立ち上がり鋼糸を回収して、防御陣らしき物を引く。
ついでに化錬剄で作った電撃を流し、不用意に触れたら危険だと相手に知らせる。
何処まで通用するか分からないが、やらないよりはましである。
「高速移動が出来ない上に、武器もないお前が出来るのは、せいぜいが時間稼ぎさぁ」
「その割にはのんびりしているじゃないか」
こちらの手の内を読まれていたのは痛いが、それでもなんとか時間を稼がなければならない。
刀刺青男の実力ならば、短時間でナルキを戦闘不能にする事も出来るだろうし、殺すのはもっと簡単だ。
こちらが高速移動できない事を知っているならば、逃げる事などそれこそ赤子の手を捻る程度の手間で出来るはずなのだ。
なのにそれをしようとしない。
「さぁ? オカマなんか始めてみたから、もう少し観察してみるさ?」
「・・・・・・・・・・・・」
完璧にナルキを男だと思い込んでいるようだ。
なんとしてでも一矢報いなければ気が済まない。
警官である事は間違いないのだが、それでもナルキには女としての矜持があるのだ。
だが、戦闘能力がほぼ無くなっているのも事実だ。
(いや)
鋼糸という、本来補助の武装が残っているし、強力な電撃を打ち込めれば、時間稼ぎとしては十分だ。
そして、もう一つ試行錯誤して手に入れた技がある。
それを試すために、出来うる限りの最高速度で剄を練り上げる。
サリンバン教導傭兵団の団長であるハイアは、少々困っていた。
何故か必要に追ってくるオカマに悩まされていたのである。
違法酒絡みでツェルニに来たので、当然追われる事はわかりきっていたのだが、それでもこれは少々異常な熱意を持っているように見える。
「さぁ? もしかして奥の手でも出すのかさ?」
そんな物があるなら是非見てみたい物だと、割と期待しているのだ。
目の前のオカマは、武芸者としては割と良い線行っていると思うのだ。
活剄の速さと切れは、二流の上の方か一流の下の方と言った感じだが、酷く場慣れしているのだ。
自分よりも格上の人間と戦うコツという物を、きちんとわきまえているのだ。
そうでなければ、最初の攻撃の時に撃破している。
そして、何故かサイハーデンについても詳しいのだ。
そうでなければ、蝕壊を正確に言い当てられるはずがない。
とは言え、勝負自体は既に詰まれてしまっているはずだというのに、諦めずにハイアに向かって突っかかってきているのだ。
いくら時間稼ぎのためとは言え、執念さえ感じる情熱の理由がさっぱり分からない。
「良い事を教えてやろうか?」
「さぁ? ただで教えてくれるんだったら、聞いてやっても良いさぁ」
「いいぞ」
急速に剄が練られている事は理解しているが、それをどう使うか見てみたいので、未だに逃げ出さないで居るだけなのだ。
これでつまらない技を見せられたら、もしかしたら間違って殺してしまうかも知れない。
この先の事を考えると、かなりよろしくない事態に違いないが、それだけハイアは目の前のオカマに期待しているのだ。
「良いか、良く聞けよ」
「さぁ?」
「私は、女だぁぁ!!」
「さ?」
一瞬何を言われたか、全く理解できなかった。
その僅かな一瞬の隙を突く形で、鋼糸が複雑に絡み合う。
そして、細長い筒のような形状へと変化を遂げる。
外力衝剄の化錬変化・炎破 鋭。
練り上げられた剄が鋼糸を駆け巡り、高速回転をしつつ化錬変化を起こす。
そして出現したのは、高速回転によって細長い杭のようになった、灼熱の固まり。
「反則さ」
全長二十センチくらいでしかないが、問題は刀を接触させる事が出来ないと言う事だ。
もし、一瞬でも接触してしまったら、膨大な熱量を吸収し、良くても強度が下がってしまう。
それは、鍔迫り合いが不可能になった事を意味しているのだ。
とは言え、紅玉錬金鋼本体にそれ程の熱が伝わっているわけではないようなので、驚異度としてはそれ程大きくない。
大きくはないが、殺さないように倒す事が、少しだけ難しくなってしまった。
そう考えつつ、改めて目の前のオカマの動きに、注意を向ける。
「・・・・・・・? おんな?」
さっき聞いた単語を、やっと脳が理解し始めた。
そして、灼熱の固まりのせいで出来た陽炎越しに、赤毛で褐色な武芸者を観察する。
特に胸の付近を。
全集中力を総動員して、穴が開くほどの勢いで見詰める。
他の場所よりも性別を区別しやすいのだが。
最終的に、女であるとは判断できなかった。
「・・・・・・・・・・・・。嘘はいけないさぁ」
「貴様!! 私の言う事を全く信じていないな!!」
激昂しつつ技の制御は全く揺るがない。
思ったよりも腕の立つ武芸者かも知れないと、目の前のオカマへの評価を少し改める。
だが、このおかしな対決はいきなり終止符が打たれた。
「っが!」
「さ?」
何の脈絡もなく、いきなりオカマが倒れたのだ。
編み上がった鋼糸もそのままに、前のめりに倒れてぴくりともしない。
だが、高速回転する灼熱の杭は綺麗にかき消えている。
ハイア自身何もしていないので、少々意外な成り行きだ。
状況を確かめようと、用心しつつ何かの罠かと思って近付いたが、全く反応がない。
逃げ腰になりつつ、左の爪先で頭を小突いてみたが、これでも反応がない。
ここまで来ると、残る選択肢は、急性の剄脈疲労。
「身の程を知らないで、技を使うからさ」
考えてみれば、鋼糸を使って化錬変化を起こし、灼熱の杭を作るなどと言う事は、かなり効率が悪いはずだ。
ハイア自身も化錬剄を使うから良く分かる。
きちんと熟練していないと、非常に剄脈に負担がかかるのだ。
「そこまでして、オレッチを捕まえたかったのかさぁ?」
既に意識を失っているオカマに向かって、少し呆れ気味の一言を放つと、ハイアは本格的に逃走する事とした。
後の事を考えると、これ以上揉め事を起こすのは拙いのだ。
既に遅いかも知れないが、状況を悪化させるわけには行かないのだ。
と言う事で、オカマ警官をその場に残して逃げだそうとした。
「さ?」
そして気が付いた。
何時の間にかミュンファが近くまで来ていた事に。
狙撃担当なのに、殺剄が下手なミュンファの接近に気が付かなかった事から考えて、ハイア自身かなり勝負にのめり込んでいたようだと、少し他人事のように考える。
「団長?」
「殺してないさ。勝手に倒れたさ」
錬金鋼を基礎状態へと戻し、ミュンファへと向きながら、何故か視線が何時もよりもきつい事に気が付いた。
普段、おっとりとしているというか、迫力のないミュンファだが、この瞬間だけはなぜだか非常に怖い目でこちらを見ているのだ。
「何かあったかさ?」
「・・・・・・・・・・・」
答えは沈黙だった。
ますます何が何だか分からない。
「女の人です」
「さ?」
意味不明な単語を並べているミュンファの視線をたどると、オカマ警官に注がれていた。
つまり、オカマ警官が女だと言っているわけだ。
だが、それはあり得ないのだ。
「これが女だったら、男と呼べる生き物は今の三分の一になってるさ」
せせら笑いつつ、こちらに向けて何人かが高速で接近してくる事を認識した。
明らかに武芸者である。
そして、その内の一人は、明らかにオカマ警官よりも強い。
倒せない事はないだろうが、時間がかかるかも知れない。
となれば、これ以上ここにいる事は害だけが残る。
不満そうなミュンファに合図を送って、今度こそ本格的に逃走に移ったのだった。