「白菜も購入済…と。必要な食材はこれで一通り揃いましたね」
「そうね…あとは萃香からお酒を頼まれてるから、酒屋さんに行かないと。咲夜、荷物は重くない?大丈夫?」
「ご心配ありがとうございます、母様。この程度では何の負担も感じませんから大丈夫です」
お昼時の人里の中を、私と咲夜は二人で談笑しながらショッピングを楽しむ。
いや、ショッピングというか、単に今夜のご飯の買い出しなんだけどね。文が今日は館にいないから、私と咲夜がこうして買い出ししてるって訳。
こうして愛する娘である咲夜と二人で買い物…うん、凄く良い。私、ちゃんとお母さんしてるって実感。
咲夜も咲夜で楽しそうにしてくれているから、こっちも無駄に張り切っちゃう訳で。そういえば、こういう風に咲夜と二人っきりで
買い物なんて久しぶりかもしれないわね。いつもは美鈴やフランが一緒だから、本当に二人だけというのは滅多にないかも。
でも、こういうのもたまには悪くないかもね。家族とはまた違う、親子だけのコミュニケーション。親と子供の隔たりが嘆かれている
今だからこそ、こういう機会は大切にしないといけないの。一人の母親として、咲夜には私の背中を見て育って……訂正、背中は
フランや美鈴達の立派な背中を見て育ってくれていいから、両手いっぱいの幸せを掴んで欲しい。うん、幾つになっても親にとって子供は
大切な子供なの。咲夜には沢山沢山たーくさん幸せになってもらいたいから、そのために私に出来ることはなんでもするつもりよ。
「咲夜、貴女は今幸せかしら?」
「はい、世界中の誰よりも幸せだと断言出来ます」
「え、それはちょっと困るかも。だって、私の幸せは咲夜の幸せなんだもの。
咲夜が世界一幸せになっちゃうと、必然的に私がその上になっちゃうから、咲夜が世界で二番目に幸せになっちゃうわ」
「母様ったら…ふふっ、それなら何とか二人で一緒に世界で一番幸せになれる方法を考えないといけませんね」
「そうねえ、パチェに相談したら何か良いアドバイスくれるかもしれないわね。パチェの頭脳は世界一ィ、だもん。
という訳で、咲夜が日々幸せに過ごす為にも私は今を全力全開よ!さあ咲夜、母さんにしてもらいたいこととか要望とかないかしら?」
「わ、私はその…母様が笑ってくれるなら、それだけで…」
くうう、何よこの可愛い生き物。咲夜ちょっと可愛過ぎるでしょう。ちょっとこの娘育てた親出てきなさいよマジで(お前だ)。
本当、最近は咲夜といいフランといい可愛過ぎる娘が増え過ぎて困る。こんな魅力的な娘達だもの、きっと人里では男の人達から
沢山の好意を抱かれるに違いないわ。今の人里だって絶対に熱烈歓迎サク者、流石だよな私達状態に違いないわ。
…でも、その割には人里の男の人達が咲夜に声をかけてきたりしないわね。輝夜の時は『リア充みんな指先一つでダウンしろ!』って
くらい言い寄ってきてたのに、咲夜には誰も声をかけないなんて…正直不思議過ぎるわ。
いや、だって親の贔屓でも何でもないくらい、咲夜って美少女なのよ?身体もスラってしてて、私みたいなレジェンド・オブ・まな板みたいな
ひんそーボディでもないし。一体どうして…ふと、咲夜の方に視線を向けると、咲夜の視線が何故か私から外れてて…鬼怖っ!!
その時咲夜がしてた視線はあれよ、一時期のフランが私に見せてたような『消えろ屑が』的な冷酷な視線。ど、どうしたのかしら咲夜、何か不機嫌になることでも…
「しゃ、しゃくや…?」
「――はい、母様。何か?」
「あ、いや、うん、何でもない…かな」
超ビビりながら声をかけると、何時も通り温かな優しい笑顔を浮かべる咲夜。あれ、全然怖くない…何で?
咲夜が先ほどまで睨みつけていた視線の方を見ても、里の男の人が二、三人呆然と突っ立ってるだけだし…訳が分からないよ。
まあ、咲夜も女の子。女心と秋の空、そういう心模様になることだってあるわよね。無駄に不機嫌になったりすることもあるわよね。
霊夢とか魔理沙とかも、一定周期で何故か不機嫌になったり体調悪くなったりするもんね。咲夜も元人間、そういう気分になったりすることだってあるんでしょう。
私にはそういうときは全然無いんだけど…自慢じゃないけれど、人間に最も近い妖怪を自認する(戦闘力的な意味で)私としては、いつか私も
そういう人間的一定周期の機嫌の機微が理解できるようになりたいわね。そうすれば不機嫌な霊夢に怒鳴られずに済むし。本当は優しいと理解してても
不機嫌な霊夢ってやっぱり怖いのよ畜生。大好きなんだけど不機嫌な時はやっぱり近寄りたくないのがビビり根性なのよ。
そんな感じで、咲夜とお話しながら次なる目的地である酒屋に足を運ぼうとした私だけど、ふと人里の通り道にできたある人だかりに気付く。
里の人が十数人集まってて、中心で何が起きてるのかは分からないけれど、人里でこういう光景を見るのは珍しいかも。何かしら、
チンドン屋さん?それにしては騒がしい音も聞こえないし…そういえば、あの場所って三週間くらい前に私が早苗に出会った場所と同じね。
そのことを思い出し、雑談の中で咲夜にそのことを伝えてみることに。
「咲夜、今あそこに人だかりが出来てるじゃない。あの場所で私は以前早苗と出会ったのよ」
「早苗…確か、幻想郷に越してきた外界の巫女ですよね?以前、母様がお話して下さった」
「そうそう、その早苗。そういえば、早苗と貴女はまだ面識がないんだっけ?」
「ええ。母様の他に魔理沙やアリスから話は伺っていますが、実際にお会いしたことは」
「そっかあ…早苗は咲夜と歳も近そうだから、仲良くなれると思うのよね。実際、魔理沙やアリスとすぐに打ち解けてたし。
もし人里で早苗を見つけたら、お母さん、咲夜のこと紹介してあげるからね?そうだ、今から早苗を探してみるというのも…」
「ありがとうございます。ですが、母様にご足労頂かなくとも、どうやら出会うことは出来そうですよ?」
「へ?どういうこと?」
私の疑問に、咲夜はそっと人だかりの方を指出した。
人だかりに生じた人と人との隙間の中、その中心に立つ少女の姿に私は『成程』と納得する。
確かに咲夜の言うとおり、私が探す手間をかける必要もなく、目的の女の子は目と鼻の先にいたみたい。
どうやら、向こうも私の存在に気付いたみたいで、凄く華やかな笑顔をみせてこちらに手を振ってくれている。その姿に嬉しくなりつつ、
私は日傘を片手に持ち替えて、手を振りながら彼女の方へと近づいて行った。
「お久しぶりです、レミリアさんっ!」
「ええ、久しぶりね、早苗」
「――レミリア?レミリアってもしかして、あの…」
早苗が私の名前を呼ぶや否や、人垣を作っていた人々が様々な表情を浮かべつつ、まるで蜘蛛の子を散らすようにこの場から去っていく。
…え、あれ、何で?もしかして私、余計なことをしちゃってた?何で私の名前を聞いただけであんな風に…あ、そういうことか。
私、よくよく考えてみればこの人里で『幻想郷最強の一角を担う妖怪』なんてトンデモ噂を流されてるんだっけ。しかも私には紅霧異変という
実力を人々に知らしめる程の前科がある。それらが全部嘘っぱちだと知らない人が、私の名前を聞いてさっきみたいな反応を見せるのは
当たり前のことだ。なんせ相手は気まぐれで何をするか分からない実力者の妖怪。幾ら人里内でも、剥きだしのナイフはやっぱりナイフ、凶器に違いないのだから。
…あー、これは早苗に本当に申し訳ないことをしちゃった。どうみても早苗、布教が上手くいってる最中だったもんね。私は力なく肩を落として早苗に謝る。
「ごめんね、早苗。私のせいで折角集まってくれた人達が…」
「え、え、え?わわわっ、お願いですから頭を上げて下さいレミリアさん!私は何も気にしてませんからっ!
というか、私どうしてレミリアさんに頭を下げられているのかもさっぱりで…」
「へ?だ、だって今の人達って、その、私のせいで…」
「?そういえば、皆さん帰られましたね。恐らく、他に用事が出来たからだと思いますが。
貴重な時間を私のお話を聞いて下さったことに感謝の言葉を告げ損ねてしまいましたね。また明日改めてお礼を言おうと思います」
「え、そ、そうなの?ああ、何だ、安心した…てっきり私のせいでみんな怖がって帰っちゃったのかと。
そうよね!よくよく考えれば私如きがレミリア名乗ったところで『何この嘘つき幼女』って思われるのが関の山よね!
だれがこんなちんちくりんに怖がるかって話よね!…ううー!!うー!!うー!!うーーー!!!」
「えええええっ!?急に泣きだしてどうしたんですかレミリアさん!?えっと、は、ハンカチハンカチ…」
そっか、もろ刃の剣ってこんなにダメージ大きいんだ。まさか自分の言葉にこんなに傷つくなんて思いもしなかったじゃない、畜生。
慌てて私の涙をハンカチで拭ってくれる早苗…本当に良い娘やわ。私は情けない姿を頑張って払拭すべく、笑顔を作りなおして早苗に声かける。
「急に取り乱してごめんなさいね、早苗。改めてこんにちは」
「ええ、こんにちは。あの、お隣の方は…?」
挨拶をしあった後、早苗は視線を咲夜の方へと向ける。さっきから咲夜の方見てたもんね、流石に気になるわよね。
その言葉を待ってましたとばかりに、私は胸を張って自慢の娘を早苗に紹介する。
「この娘は私の一人娘の咲夜…っと、自己紹介は本人からの方がいいわよね。咲夜、お願いね」
「ええ、初めまして。私はレミリア・スカーレットの娘、咲夜・スカーレットと申します。どうぞお見知りおき下さいね」
「あ、はい、こちらこそ初めまして。私は東風谷早苗と申しま……え?レミリアさんの娘さん?」
「そうよ。私の自慢の一人娘!どう、すっごくすっごくすーーーっごく可愛くて綺麗でしょう?」
「え、ええええええええええええ!!?な、何でレミリアさんに娘さんが!?しかも私と同じ歳くらいの!?」
「…魔理沙があんなに楽しそうに語る訳だわ。妖夢に似てるわね、リアクションが」
ポツリと零す咲夜の一言に言われてみれば。妖夢もそうだけど、この娘も反応が面白いわね。
まあ、流石に私のような大人の女性的冷静リアクションを取れとは言わないけれど、女の子には慎ましさも必要よ?
どんなことにも動じず騒がず慌てず。揺るがぬ心と一途な想いで佇むその姿ことが乙女として必要な…
「せめて逆じゃないんですか!?レミリアさんが咲夜さんの娘とかそういうドッキリばらしとかは…」
「だ、誰が紅いランドセルを背負って通学する事を楽しみにしてるもうすぐ卒園式を迎えそうな咲夜の娘だこらああああ!!!」
「落ち着いて下さい母様、早苗はそこまで言ってませんから」
「ご、ごめんなさい…あの、本当にその、お二人は親子…」
「本当よ!血はつながってないけど、咲夜は私の大切な一人娘だもん!そうよね、咲夜!」
「ええ、私が母様の娘であることは過去未来永遠に変わることのない事実ですわ」
私の熱の篭った説明に、ようやく早苗は私達が本当に親子であるということを理解してくれた。
どうやら早苗は私が咲夜を産んだものだと誤解していたみたいで、それが自分の早とちりだと気付いてくれた。
…まあ、気持ちは分からないでもないけどね。見た目がこんな風な私が、咲夜を連れて『娘です』なんて言ったら
普通は早苗みたいな反応するわよね。普通に『へー』で済んでる魔理沙とか霊夢とかの方がおかしいわけで。
大体娘がどうして母親より発育しまくってるんだって話だしね。…咲夜、あと千年待ってなさい。ごぼう抜きしてあげるから。
「それはそうと早苗、随分と人が集まっていたみたいだけど…もしかしなくても布教が絶好調だったり?」
「そうなんです!先日頂いたレミリアさん達からのアドバイスのおかげで、最近は多くの方がお話を聞いて下さっているんですよ!」
「アドバイス?…ああ、私達というか、アリスの話してくれた『神の代行者として結果を人々に示すこと』だったかしら」
私の問いに、早苗は『そうです』と力強く頷いて返してくれる。
早苗の話によると、あの後早苗は神様と相談して(仏壇に御祈りでもしてたんだろうか)、アリスの言葉を実行することにしたらしい。
その内容は人里で困っている人の力になること、早苗の持つ神の力の一端によって問題を解消してあげること。
そしてこの三週間、早苗は人里の人々の力になりになり抜いたらしい。体調が良くない老人に祈りを通して健勝へと導いたり、
日照りが続く畑に雨乞いをして雨を降らせたり…いや、早苗、何気にチート過ぎじゃない?治癒能力とか天候変化とか…巫女ってやっぱりそういう化物(もの)なのかしら。
中でも、特に人々から乞われて行ったのが妖怪退治らしい。よく人里外で悪さをしたりする妖怪を何とかしてほしいとの
要望に、早苗は二つ返事で了承。実際に人里の外で迷惑をかける妖怪を何匹もびしばし退治したらしい。
それを聞いて、私は最早絶句するしかなく。人里外の妖怪って、妖怪よね…妖怪って言えば人間じゃない化物の妖怪よね…それを
早苗は人に頼まれたからというだけで、余裕で倒しちゃったの?妖怪には鬼とか隙間妖怪とか吸血鬼とか天蓋の存在もいるのに…そんなの倒せとか
言われたら、私なら泣いて喚いて必死に土下座して勘弁して下さいと許しを乞う自信があるわ。(←吸血鬼です)
まあ、それらの結果が見事に早苗の思い描いた通り、人々の信仰への力となり、人里の人々は早苗を『口先だけの存在じゃない』と
認識して話を聞いてくれたり中には信仰を始めてくれたりする人も出てきたらしい。それが早苗の語るこれまでのお話だった。
「そっかあ…早苗、凄く頑張ってるのね。恐ろしい妖怪達が跋扈するこの幻想郷で妖怪退治なんて、私は考えるだけでも恐ろしいというのに」
「ありがとうございます…って、あれ、レミリアさんも妖怪ですよね。妖怪であるレミリアさんが恐ろしいと言うのは…」
「同じ妖怪でもピンキリなのよ。ほら、よく見比べてみなさい。
貴女がこれまで戦ってきた妖怪と私、埋められない程の絶対的な力の差が存在するでしょう?私から妖気なんて微塵も感じないでしょう?
その辺のノラ妖怪が野生の虎とするならば、私は人間に飼われているジャンガリアンハムスターよ」
「あ、あはは…で、でも私はレミリアさんの方がずっとずっと好ましい妖怪だと思います。
私が人里の外で出会った妖怪は、私の話を少しも聞いてくれないし、一言目二言目には食べさせろだし…」
「普通、妖怪ってそういうものだと思うわよ?人と妖怪とは食べられるモノであり、退治されるモノって紫も言ってたし。
でも早苗、妖怪退治を頑張って布教するのもいいけれど、あまり無理をしては駄目よ?」
「無理、ですか?」
「ええ、そうよ。貴女はまだ出会ってないみたいだから分からないだろうけれど、この幻想郷には本当に洒落にならないくらい
力を持つ妖怪達がこれでもかってくらい存在してるからね。下手に対峙すれば怪我だけでは済まないくらいの恐ろしい化物がいるの。
だから早苗、幻想郷の先人として私から貴女に一つアドバイス。絶対に勝てないと思ったら即座に逃げること。
この幻想郷の妖怪は力の強さと比例して誇りの高さを備えてる。そういう連中は背中を向けて逃げる相手に追撃をかけるような
真似はしないわ。だから早苗、どんなに格好悪くても情けなくても構わないから、命が危ないと思ったら迷わず逃げること。それがこの世界で一番大切なことよ」
私の真剣な言葉に、早苗はコクコクと頷いて返す。
多分、いいえ、間違いなく私の言ってる言葉は全てが真実だと思う。早苗が同じ巫女である霊夢と同等の強さを持つとしたら、
この娘にとって敵わない敵のレベルとはつまり紫や萃香、幽香クラスの存在だ。みんな私の友達なんだけど、幻想郷の絶対強者に数えられる
彼女達に共通している一つの事は強者として、上に立つ者としての誇り。彼女達は存在そのものが他者に畏怖を抱かせる程の幻想。
そんな彼女達が怯え逃げる下郎など相手にする筈が無い。彼女達は下らない存在など視界にすら入らないのだから。
…うん、だったらカス子な私も視界に入れるなボケって初めの頃はよく思ってたわねえ。紫とか紫とか紫とか紫とか紫とか。
まあ、私は例外中の例外のゴミ子として、紫レベルの妖怪相手に退治を試みるなんて無謀な真似は自殺と同じ。だから早苗には
自分を大切にして、ヤバいと思ったら逃げて欲しい。財宝に目を眩ませてマジンガ様に撲殺されるような真似は避けて欲しいのよ。
私の話に、早苗はちゃんと理解を示してくれている。うんうん、良かった。これが霊夢相手なら『私が気に入らない奴は強かろうと弱かろうと
ぶっ潰すだけよ』なんて言って話を聞いてくれなさそうだけど、早苗はちゃんと話を分かってくれて…
「レミリアさんの心遣い、大変感謝します。
ですが、私は逃げません。人里でその妖怪の存在に困ってる方がいます。心を痛めてる方がいるんです。
ここで私が逃げてしまっては、一体誰がその方の不安を取り除けるのでしょう。例え勝ち目が薄くても、私は絶対に負けません!」
「って、霊夢以上に話を聞いてくれてないじゃない!?ちょ、ちょっと早苗、貴女私の話を…」
「ええ、レミリアさんの優しさには本当に心から感謝しています。ですが、私は先ほど人里の方から強力な妖怪の退治をお願いされたのです。
もう私はお願いを受理してしまった。もし、ここで怯え逃げかえってしまえば私はただの嘘つきです。それはすなわち、神様の顔に
泥を塗るも同じことではありませんか。そんなこと、私自身が私を許せません。八坂様に仕える風祝として、絶対に曲げられません」
目を輝かせて語る早苗の何と眩しいことか…って、違う!コレヤバいって!早苗に死亡フラグビンビン立ってるって!
くうう…、一体何処の馬鹿よ!早苗にヤバい妖怪退治をお願いした奴は!こんな真っ直ぐで優しい早苗に無茶ぶりなんかするな!もし
この娘が退治をお願いされた妖怪が本気でヤバい妖怪だったら…あ、あかんあかんあかんあかん!折角出来た友達が幽々子のもとへ旅立っちゃう!
何とか妖怪退治を止めさせようにも、早苗の決意は固そうで折れる気配ゼロだし…ど、どうしよう…
オロオロと困惑していると、これまで話を黙って聞いていた咲夜が私の耳元でそっと助言を送ってくれる。
「私が早苗に付添いましょうか。もし、その妖怪が母様の知人である大妖怪なら、事情を話して適当にあしらってもらうようお願いします。
仮に私達の見知らぬ妖怪であったとしても、私の能力ならば早苗一人担いで逃げ帰ることは可能です」
「そ、そうね…咲夜の能力と力なら、どんな化物と出会っても大丈夫そうね…申し訳ないんだけど、咲夜、お願いできるかな…」
「全ては母様のお心のままに」
そう言って微笑んでくれる咲夜の何と男前なことか。
くー!咲夜、本当に素敵よ!いつの間にかこんなに素敵な女の子に成長して、母さん嬉しい!
とりあえず、早苗が無茶して命を落とさないことが第一。多分、早苗も『本物の化物』をその目で見れば、考えが変わると思う。
幻想郷は本当は凄く凄く恐ろしい場所で、自分を超える化物、死を目前に感じる瞬間が何処にでも在り触れているということを。
…でも、それで早苗が死んじゃうのは絶対に駄目。早苗は良い子だもん。凄く凄く良い子だもん。今は自分の役割、使命への責任感と
妖怪を退治出来たという達成感がこの娘を突っ走らせちゃってるけれど、それが原因で派手に転んで取り返しがつかないなんてことは絶対に駄目だ。
だから咲夜、お願いよ。どうか、どうか早苗を死なせないで。私は…まあ、雑魚だから早苗と一緒に居ても強い妖怪相手に土下座するくらいしか。
ヘタレなことしか考えられない私を余所に、咲夜は早苗に先ほどの打ち合わせ通りの展開となるように話を始める。
「ところで早苗、これから貴女が退治しようとしている妖怪のことを訊いてもいいかしら?
もしかしたら、その妖怪は私達の知っている妖怪かもしれないわ。何だったらアドバイスだって出来るかもしれない」
「あ、ありがとうございます咲夜さん!と言っても、実は私も名前までは知らないんですよ。
先ほど里の人から『この幻想郷で一番危険であろう妖怪』としか聞いていない訳でして…あはは」
「…そのフレーズには思い当たる節が幾つも存在するんだけど、個人的予想としては紫か幽香ね。
お願いします、そのどちらかなら私が頑張って土下座して頼み込めば何とでも…」
「あ、でもその妖怪の棲み処は聞きましたよ?何でもその妖怪は妖怪の山の麓の湖に居を構えているらしく」
「へえ…近くに棲んでるけど、そんな化物が棲んでるとは知らなかった。あの湖って何か化物が存在してるんだ。どんな奴?」
「えっと…人間を何とも思っていない残忍な化物で、部下には竜や鬼や天狗や魔法使いを従えているそうです」
「マジで!?そんな化物を部下にするとかどんなトンデモ存在な奴よ!?
ちょっと帰ったら美鈴や萃香や文やパチェに話をしないといけないわ。貴女達みたいな化物を部下にするヤバい奴が幻想郷にいるって!
話だけ聞けば紫や幽香すら凌駕する存在じゃない…ヤバい、近くにそんな化物が棲んでいたなんて怖くなってきた。これちょっと引っ越し考える必要があるかも…」
「…母様。あの、早苗の言っている化物とは恐らく…いえ、間違いなく母様のことかと…」
表情を引き攣らせた咲夜が私に再度耳打ち。
ああそうか、成程。そのトンデモ化物の正体は私――私っ!!!!?ちょ、ちょ、おま、ま、待って!マジで待って!?
何で私になるの!?私には部下なんて一人もいないのよ!?そりゃ家族はいるわよ!?竜に鬼に天狗に魔法使いに…って、よく考えれば
私の家族構成と全く同じじゃない!?一応、紅魔館の主だから形だけをみると私の部下、になるのかな…ってうおおおおおい!?
大体危険な妖怪=私とか連想出来るかっ!阿求のときもそうだったけど、何よこの無理ゲー連想ゲーム!?いやいやいや、そうじゃなくて
問題は早苗が退治しようとしてる妖怪=私な訳で!どどど、どうしよう!?このままじゃ私が早苗に殺される!!嫌よ!巫女に命を狙われるのは
一度だけで十分過ぎる経験なのよ!?こ、こうなったら早く館に戻ってまた家出の計画練らないと…って、これも違う!!そんなことしてる
暇があったら早苗の誤解を解かないと!私が危険な妖怪じゃないってことを話さないと、本当に拙…
「…私はこのまま早苗に紅魔館を攻めさせることを提案します、母様」
「うええええ!?な、何で!?咲夜本気で言ってるの!?母さん死ぬから!!母さん早苗に殺されちゃうから!!」
「いえ、それだけは絶対にあり得ません。そもそも早苗は母様が紅魔館の主であることに気付いていない様子。
ですから、母様はこのまま事が終わるまで人里で過ごして頂ければいいのです」
「た、確かにそうだけど…でも、早苗が紅魔館に…」
「…私は早苗の攻め入る場所が紅魔館であったことを幸運だったと考えています。
あの場所なら、早苗が死ぬことは絶対にありません。逆に早苗に『現実』を教え込むのに最適な教育者が門前に存在します。
早苗がこれから幻想郷で生きることを選んだのならば、彼女はいつか誰かに挫折を教えて貰わなければならない。
――母様、この一件を私に預からせてもらえないでしょうか。この経験は必ずや早苗のプラスになることをお約束いたします」
そこまで語る咲夜は本当に真剣そのもので…咲夜が何をするかは分からないけれど、この目は真剣に早苗のことを考えてくれてる目だ。
…うん、私には咲夜が何をするつもりか全然見当もつかないけれど、この件は咲夜に任せた方がいいと思う。
私には何とかして早苗に行動を起こさせないようにすることしか思いつかないけれど、咲夜にはきっと別の見方が出来てるんだろう。
そしてそれは、きっと私よりも早苗の為になること。私よりも早苗の未来を考えての行動。
そんな咲夜の意見を私が断れる訳が無い。何より私は咲夜を信じる、そのことに疑いなんて持つ訳が無い。コクリと頷いて、私は咲夜に全てを委ねる。
咲夜に全てを任せ、人里にて全てが終わるのを待つことにした。本当に何をするかは分からないんだけど…早苗、頑張って。
~side 早苗~
自惚れていた訳ではなかった。
自分の力に酔っていた訳ではなかった。
全ては神奈子様の為に、全ては私の信じる神様の為に。それだけを願い考え行動した。
「どうしたの、風祝ちゃん。動きがどんどん遅くなってるわよ?」
「くっ――」
その結果がどうだ。
人里の方に妖怪を倒すと約束した。強力な妖怪だとは聞いていたが、神奈子様の力添えがある限り負けはしないと信じていた。
その結果がどうだ。
今の私は満身創痍。方や相手は傷一つついていない。
笑えてしまう。どうしようもない程の力の差に、涙など流すことも出来ない。
私は、私の力は人里の方に倒すと約束した妖怪――その配下である門番にすら遠く届かなかった。
門の前で悠然と佇み微笑む紅髪の妖怪。彼女には私の繰り出す秘術一つすら届かない。彼女の身体に傷一つつけることすら出来ない。
「素材が良い、そのことは認めるよ。
風祝ちゃんは言わば光る原石だ。博麗の巫女や魔法使いちゃん同様、もう少し時間を経たなら私なんて軽く凌駕する存在になれるわ。
だけど、原石は所詮原石。所有者が正しい方向に磨いてあげなければ、それは路傍の石も同義。
いや、磨いていなかった訳じゃないんでしょう。ただ、所有者が願う方向とは異なる地に原石が落っこちちゃったんでしょうね」
「――蛇符『神代大蛇』、吹き飛びなさいっ!!」
「貴女は絶対的に経験が足りていない。こんな風に『本物の』妖怪と対峙した経験なんてないんでしょう?
聞けば貴女は最近外界から幻想郷にやってきたらしいじゃない。それならば仕方のないこと、外の世界にもう妖怪なんて数えるほどしか存在しないでしょうから」
私の弾幕が、紅髪の妖怪によって容易くかき消される。
嘘だ。この秘術は前に対峙した妖怪にはとても効果的だったのに。
嘘だ。この秘術を腕をたった一薙ぎするだけでかき消してしまうなんて。
この力は神奈子様の力、私の信じる神様の力の一端。それをこんなにも、こんなにもあっさりと――
「加えて、風祝ちゃんの力の使い方はあまりにぎこちないね。その力、本当に風祝ちゃんの真の力なの?」
「ッ、愚弄するんですか!!私の力を、八坂加奈子様に授かった神の力を貴女はっ!!」
「いや、別に馬鹿にするつもりはないよ。ただ、貴女が操る力その力だけという点に違和感を感じただけだから。
しかし、別の力を隠していた訳でも封じていた訳でもないとしたら、貴女の選択は実に失敗ね。
私は最初に訊いた筈よ?『この勝負は弾幕によるお遊び勝負か、それとも――』って。それに貴女は何と答えたかしら」
「人々に迷惑をかける妖怪相手に、お遊びなんてするつもりは最初からありませんっ!!」
「――戯け。それがお前の慢心だと言うのよ、小娘が」
私の言葉に、紅髪の妖怪は表情を変えた。それは獰猛な獣の瞳――人を獲物としか捉えていない、残虐な色。
刹那、私は後ろへ加速する。何をされた訳でもない。何があった訳でもない。ただ、睨まれた。それだけを理由に私は退いた。
それは言ってしまえば人間の本能だ。絶対的強者を恐れる弱者の心、それが私の命を救った。
私がそれまで立っていた場所に、恐ろしい程の力の気流が荒れ狂い、その場所を呑みこむ。一歩逃げ遅れれば、私はあの暴風に身体を
蹂躙されて意識を保つことすら不可能だっただろう。息を呑む私に、門前の妖怪は再度言葉を紡ぐ。
「他者と対峙して、大切なことは相手の力量を見抜くこと。相手の力を見抜き、その相手から最も勝算を得られる戦いを挑むべきだった。
そして『命を落とす』という最悪の敗北から絶対に逃れる道を確保し続けること。命さえあれば何度でも機会は訪れるのだから。
その二つを、貴女はどちらも自分から放棄してしまった。同じ妖怪退治を生業とする博麗の巫女ならば、こんな悪手は絶対に取らなかった筈よ」
その指摘が私の胸に痛い程に突き刺さる。これが、レミリアさんの言っていたことだ。
強き妖怪だとは分かっていた。自分が勝てないかもしれない妖怪だと感じていた。だけど、私は戦いを挑んでしまった。
逃げれば良かった。逃げてしまい、改めて策を練れば良かった。だけど、私はそうはしなかった。出来なかった。
その結果が今の惨状だ。慢心と油断が、私の負けを決定付けてしまった。信じれば必ず勝ち目はあると、神奈子様の力なら負けはないと
盲目に力に溺れた結果が、この状況なんだ。言ってしまえば、これは当たり前の結果。私はレミリアさんの言葉を何一つ耳にしようとしなかったのだから。
必死に反撃に転じようとする私だが、その足掻きもこれまで。一気に距離を詰められ、強烈な蹴りを腹部に叩き込まれ、私は地へと叩き伏せられる。
「かはっ――あ」
「貴女の選んだその行動は、結果として貴女の命を縮めるだけだった。
勇気と言えば聞こえはいい。けれど、貴女の取った行為はあくまで油断と慢心に誘われた無為で無謀な選択に過ぎない。
勝てると思ったんでしょう?何匹か妖怪を蹴散らして、自分の力は誰にでも通用すると誤認したんでしょう?
貴女をそう思い込ませてしまったモノ、それは貴女が今まで敗北を味わったことがないから。
負けを知らないから、自分は強いと何処までも思いこんでしまう。負けを知らないから、死の恐怖を感じない。
言ってしまえば、勝ち続けることは勝利に酔い続けることと同義だわ。それは貴女が悪い訳じゃない。貴女が悪い訳じゃないんだけど――」
そう告げ、紅髪の妖怪は獰猛な笑みを浮かべてその身を眩しい光に包ませる。
彼女を包む光が収まる刹那、幻想郷中に響き渡ろうかと言うほどの恐ろしい獣の咆哮が光の中央から放たれる。
その声に、私はようやく現実というものを知った。ああ、そうか――私はここで『死』ぬのだと。
光が収束したその先から現れた巨大な獣に、最早私は零す言葉すら思いつかなかった。それは私にとって絶対の死。
幻想の地だけに住まうことを許された存在。私の居た世界では夢物語の一説にしか登場しない空物語の生き物――竜。
その紅竜が一歩、また一歩と近づく姿を呆然と見詰めながら、私は他人事のように自分の終わりを感じていた。そうか、私はここで終わるんだ。
『――無知の罪、その対価は命で支払われるのが野生の掟。
さて、これまでは貴女が妖怪を狩る者だったみたいだけど、立場が逆転してしまったみたいよ?
今日、この場所で今から貴女は命を落とす訳だけれど…何か言い残すことはあるかしら?貴女の最期の言葉くらい待ってあげるわよ』
最期の言葉、か。そのようなものを許してくれるとは、何とまあ心の寛大な妖怪だろうかと私は内心笑ってしまう。
さて、そんな時間を許して貰えたものの、今の私には特に思うことなんて在りはしない。ただ、あるのは悔しさだけ。
神様の、神奈子様の力になれずに命を失うこと。そんな馬鹿な行動を選んでしまった自分自身、そのどれもがただ情けなくて悔しくて仕方が無い。
でも、そんな愚痴を目の前の妖怪に零すことなんてない。だって、それは本当に格好悪いと思ったから。今の今まで十分に
格好悪い私だけど、それでも最後のその格好悪さだけは見せたくはなかった。
私の命を奪うこの妖怪には、最後の最後まで八坂の風祝は心折れなかったという姿を見せつけたかったから。
それはきっと、私の馬鹿な意地。何一つこの妖怪には敵わないけれど、心だけは決して負けたくなかった。それはきっと八坂様が
どうとかは関係の無い、ただの一人の『東風谷早苗』という女の子の意地だ。昔から負けず嫌いだった、そんな私のちっぽけな。
無言のまま、じっと紅竜を見つめる私。最期の言葉なんて必要ない。それは心の中だけで済ますこと。
示すのは、私がこれまで生きた姿。それは情けなく泣き喚くことでも何でも無い。ただ、私らしく意地っ張りに。
そんな私の姿に、紅竜もまた私から視線を外さず、そっと言葉を紡ぐ。
『…後悔の言葉も、恐怖も無く、あるのは真っ直ぐな意志だけ、か。
成程ね…あの娘が頼みこむのも分かる気がするわ。普段は他人に興味をあまり示さないあの娘があんなに言ってくるから
どんな娘かと思えば…貴女は似ているのね。その意志の強さ、心の強さがどうしようもなく――』
「別に強くなんてありませんよ…今から死ぬのかと思うと、恐怖で心がどうにかなってしまいそうです…
でも、それでも気持ちだけは負けたくありませんから。私、どうしようもなく意地っ張りで負けず嫌いなんですよ」
『――良く言ったわ、人間。あの娘と同じく、私も貴女のことが実に気に入った。
前言を撤回させてもらう。貴女は無為で無謀で愚か――だけど、それ以上に
大切なモノを守り通せるだけの強き意志と心のある、素敵なお嬢様(おんなのこ)だわ』
その言葉を最後に、私の視界が暗転に染まる。薙ぎ倒されたか喰われたのかは分からない。だけど、これが私の最期だというのは嫌でも分かる。
自分の死なんて私はあまり考えてこなかった。誰かに殺されるなんてニュースの中だけの出来事だった。
だけど、これが現実。私は自分の命と引き換えにようやく現実を知ることが出来た。
悔いなんて沢山ある。やり直せたなら、なんて考えれば切りが無い。
だから、私は無駄なことは考えない。私が取るべき行動は祈ることだけ。
私の最期の想いが、少しでも大切な人『達』に届きますように。私の死が、少しでもあの方『達』の負担になりませんように。
(――お力になれず、申し訳ありませんでした。八坂神奈子様………洩……訪子様)
薄れゆく意識の中で、私は愛する神々に祈るだけ。
私のよく知る最愛の神様と、私の知らない最愛の神様に。
「お疲れ様。だけど言わせて。美鈴はやり過ぎ」
「ええええ!?だ、だってこうしろって言ったの咲夜じゃない!?私だって頑張って…」
「…いや、流石にこれは私もやり過ぎだと思うわよ?
この娘、お姉様の友達なんでしょう?お姉様が帰ってきたときの美鈴の言い訳が楽しみね?」
「ふ、フランお嬢様まで!?あわわ…お、怒られる…レミリアお嬢様に怒られる…」
「怒られるというか、泣くかもね。レミィのことだから」
「…起きて風祝ちゃん!!今から起きて私をボコボコにして頂戴!!私何も抵抗しないから!!何なら私の全妖力を貴女に送…」
「「「ちょっと待て馬鹿門番」」」