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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 嘘つき永夜抄 その十二
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:dcecb707 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/10/24 02:53






 薄暗い部屋明かりを見上げる私。
 そんな私と天井をつなぐ線上から、私を覗き込むように微笑み、声をかける少女。

 ――何て、綺麗。

 その少女を見たとき、私が感じた第一印象は、たったそれだけ。私には、その感情以外持つことが許されなかった。
 黒髪の少女の見目麗しさ、それは一つの芸術に昇華してしまっている。
 紫が西欧の美の頂点だと例えるなら、少女は間違いなく大和の美の結晶。誰が見ても美しいと、その美を賞賛するに違いない。


 その少女の笑顔を眺めながら、私は思う。心の底から思う。――嗚呼、私もこんな美人に生まれたかった、と。
 私もこれくらい美人で、出るとこ出てたら、今頃恋人の一人や二人くらい…ちくせう、世の中ってなんでこんなにも不公平なのよ。
 きっとこの黒髪少女は、今まで散々男達に言い寄られてきたに違いないわ。年齢=彼氏いない歴の私とは
まさしく月とすっぽんなのよ。こんな五百年経ってもつるぺたノー魅力女とは生まれも育ちも違うのね。
 う…うううう、羨ましくないもん!ええ美人よ!貴女は確かに美人、私は貴女の足元の石ころにも満たないちんちくりんよ!
 でも、仕方ないって…それが自分なら…自分自身というものなら…しゃあないやろっ…!そこからいけって…!逃げるなっ…!夢想に…!
逃げないっ…!尽くすっ…!運命を全て…!いいじゃない…!三流で…!熱い三流なら上等よ…!
 今は届かないけれど、私には辿り着けないかもしれないけれど、いつか私だって、女の子として綺麗に着飾って…そして、辿り着く!
 沢山の人からチヤホヤされるなんて夢はみない…ただ、一人。たった一人だけでいい…私の、私だけのたった一人の旦那様に出会い、そして、添い遂げる…!
 そんな未来の為にも、私は自身を磨きに磨いてモテカワスリムで恋愛体質の愛されガールに…って、ちょっと待った。そこで思考を止め、
私は意識を視線の先にある黒髪美少女の方へと向ける。…いや、えっと、今更だけどこの娘、誰?
 いや、そもそもどうして私は見知らぬ美少女を見上げているのか…見上げてるってことは、この美少女が私より高い位置にいるってこと。
 空でも飛んでるの?いや、でも、そんな風には見えないっていうか、美少女の顔がちょうど、こう、なんていうか、膝枕でもされてるくらいの高さに…ひ、膝枕!?
 そこまで思考を働かせ、私はようやく自身の現状把握に辿り着く。私、見知らぬ美少女に膝枕なう。…いや、なんでさ。
 目を瞬かせて驚きを隠せない私に、美少女は楽しげに微笑んで…くうう、笑い方も上品だわ!くやしい、でもみとれちゃう!

「貴女、面白いわね。寝ても覚めても百面相。隠し事や偽り事が下手だってよく言われない?」
「…言われないわ。むしろそれは私の得意分野だもの。人間だろうが神だろうが惑わせてみせるのが悪魔でしょう」
「あら、そうなの。でも、悪魔ねえ…私には微塵も見えないけれど」
「私が悪魔に見えないなら、この世の何が悪魔に見えるのよ。貴女、見る目が無いってよく言われない?」
「言われないわね。モノを見る目には自信があるもの。世にはおしなべて中身の無い磁器ばかりなり、最後に頼れるのは自身の鑑識眼でしょう」

 私の言葉に、楽しげに笑いながら返答をする美少女。んー、なんかこの娘、最初のイメージとちょっと違う。
 最初に見たときは触れることも許されない、張り詰めた美の彫刻みたいなオーラを感じたんだけど、話してみると百八十度。めちゃくちゃ話しやすい。
 会話の波長が合ってるっていうのかな…ううん、一言二言会話しただけなのに、何故かよく分からないけれど、そんな風に感じてしまった。
 まあ、話しやすいならそれはそれで良いことよね。初っ端の紫みたいに話したくも無いオーラ出されるよりよっぽどマシだもの。あのときは本当に死ぬかと思った。
 いつまでも膝枕のお世話になるのもあれなので、私はゆっくりと美少女の膝から頭を上げる。うん、座って向かい合ってみると、やっぱり私より背は高い。
 …まあ、いいけどね。私より小さい奴なんて片手で数える程だもんね。萃香、私達、ずっと友達よね。一人裏切ってばいんばいんとかなったら本気で泣く。

「あら、もう起きて大丈夫なの?」
「心配は無用よ。まさか見知らぬ美少女に膝枕、なんて目覚めが用意されているとは思わなかったけれど」
「ええ、ええ、心から喜びなさいな。他でもない私が他人にこんなことをしたのは生まれて初めてなんだから」
「勿論、心から感謝してあげるわ。他でもないこの私に感謝されるんだから光栄に思いなさい」

 美少女と顔を突き合わせ、そして笑いあう。互いのお馬鹿なお姫様っぷりがちょこっとツボに入っちゃった。
 まあ、私はともかく目の前の美少女はお姫様って言われても納得しちゃいそうだけどね。凄く立派な…これ、なんていうんだっけ。
キモノ?ユカタ?フリソデ?ニニンバオリ?ジュウニヒトエ?ヒテンミツルギスタイル?よく分かんないけど、立派な和風正装だってことは分かる。
 対してこっちはフランの普段着。いや、フランも良いモノ着てる筈なんだけど、やっぱ目の前のコレと比べられると…しかも中身私だし。
 でも、いいなあ…女として、一度でいいからこんな服着てみたい。こんな服着て人里とか出てみたい。こんなオシャレしてみたい。
 そんなこと考えていたもんだから、目の前の美少女の問いかけに思ったまんまを答えちゃってて。

「それで、貴女は色々と訊きたいことがあるのでしょう?何せ突然こんな場所に喚ばれたんだものね。
面白くない存在だったら永遠の中にでも閉じ込めておこうかと思ったんだけれど…貴女なら良いわ。さあ、何でも答えてあげるわよ」
「その服何処で売ってるの?私もそれ着てみたいわ」
「えっ」
「えっ」
「…服?私のコレ?これが着たいの?」
「ええ、それ。それが着たい。それを着て人里とか歩いてみたいわ」
「コレねえ…うーん、これは人里じゃ売ってないと思うわよ。
貸してあげてもいいんだけど…貴女が着ると唯の七五三衣装じゃないかしら。身長とか…とか、色々足りないから、ズルズル引きずりそうだし」
「ひ、人の胸見て足りないとか言うなっ!」

 くっ…これだから富める人間はっ!私だってこれから、これからなんだから!
 …というか、質問に何でも答えてくれるとか言ってたわね。そんなときに私は一体何をいの一番に訊ねちゃってるのよ。
今一番大事なのは現状把握。気付けば見知らぬ場所、見知らぬ美少女、そして見知らぬ部屋。本当、何が何だか分からない状況なんだから。

「それじゃ真面目な質問何だけれど…ここ、何処?」
「何処…と問われると難しいわね。ここは外界から完全に遮断された永遠(せかい)。人も時も全ては閉ざされ、何者の干渉をも許さない終端。
どうして貴女がここに居るのかは…私が言わずとも分かるでしょう?ここに来るまでの経緯を思い出してくれればいいわ」

 美少女の答えに、私は言われるままにここに来た経緯を思い出す。
 私の記憶の最終末、そこで思い出されるのは涙。フランが、泣いていた。美鈴、パチェ、そしてフラン…みんなにお別れを言った。
 そこまで思い出したとき、私の霞がかってた頭の中は驚くほどにクリアになっていて…ああ、そっか、そうだったわね。


 ――私、死んじゃったんだ。


 身体が消滅し始めて、どう考えても助からないような状況の中、フラン達にお別れを言って…そして、気付けばこの場所に。
 となると、目の前の美少女の言葉の意味がようやく理解出来てくる。彼女は言った、ここは外界から完全に遮断された世界だと。
 外界とは…生きている人々とは完全に遮断された世界、それはすなわち死後の世界で。死後の世界だから、人も時も関係ない。何の干渉だってない。
 そこまで理解すると、後は呑みこむだけ。私は大きくため息をつき、力なく再び身体を寝かせて大の字を作る。勿論頭は美少女の膝の上だ。

「あら、現状把握が済んだと思ったら大きな溜息」
「…つきたくもなるよ。理解は出来たけれど、納得なんて到底出来やしないんだもの。私は聖人でもなんでもないんだから、泣きたくもなる」
「泣いてもいいけれど、お願いだから私の着衣は汚さないでね。一点物でお気に入りなんだから」
「私の傷ついた心だって立派な一点物よ。はあ…痛かったり苦しかったりしなかったことだけが、唯一の救いなのかも」
「痛いのも苦しいのも生きてる証。それらに恐怖を感じることは何より幸せなことなのよ」
「ご高説、心に染みるわ。出来ればもっと早くに聞きたかったけれど」
「それは残念。けれどこっちも商売だから、お代はしっかり頂くわ」
「…人の頬をつついて楽しいかい?」
「ええ、楽しいわ。背中に羽を生やした妖怪の子供を触るのなんて初めての経験だもの。兎はもう飽き飽き、新しい玩具が欲しいのよ」
「玩具が欲しけりゃ人里に行きなさい。人形師に頼めばぬいぐるみだって作ってくれるだろうさ」

 楽しそうに人の頬を玩んでくる美少女に私は抵抗もせずされるがまま。もう何か、色々と反抗する元気も無い。だって私死んじゃったし。
 自分が死んだって聞かされてまだ元気でいられる人なんて絶対いないわよ。むしろショックで口もきけないってレベルになっても
おかしくないと私は思う。私がその状態にならないのはまあ…一応、心の準備は昔からしてたしね。私、いつ死んでもおかしくなかったし。
 それに、本当にちょこっとだけど、フラン達にお別れは言えた。だから…心残りは在り過ぎるけど、無いことにする。
 フラン、泣いてたな…美鈴もパチェも、凄く取り乱してた。本当、ごめんねみんな。こんな唐突なお別れで、最後の最後まで足を引っ張るような
駄目駄目ご主人様で、本当にごめん。結局、最後まで私が弱いことは秘密だったなあ…それはそれで、良かったのかもしれないけれど。
 …咲夜、泣くかな。泣いちゃうよね…あの娘、なんだかんだいって私想いだもん。娘より先に逝けたこと、私は喜ぶべきなのかな。
 もし、未来が続いていたと仮定すると、咲夜は人間だから間違いなく私より先に死ぬ。その未来がこんな風に変わっちゃったこと、
そういう意味では良かった点もあるのかな…こんなこというと、咲夜本気で怒るよね。ごめんね、咲夜。臆病な母さんで、本当にごめん。

 でも、振り返ると…本当、波乱万丈だけど、良い人生だったと思う。沢山の家族に恵まれた。フラン、美鈴、パチェ、咲夜。みんなみんな自慢の家族だ。
そして沢山の友達にも巡り会えた。霊夢、魔理沙、妖夢、アリス、紫、幽々子、萃香、慧音…そして今回の異変で知り合った妹紅にミスティア。
 もう会えないのは分かってる。もう二度と会えないのは誰より理解している。でも、でも少しだけ思うことを許してほしい。
 …もっと、みんなと一緒にいたかった。もっともっと、みんなと時間を共に過ごしたかった。
 色んな大騒ぎをしたり、ときには面倒事に巻き込まれて、でも、みんなが最後には笑いあって…そんな、私の大切な日常。私の大好きだった日常。
 終わってみて、分かる。失ってみて、分かる。私の日常がどんなに幸せで満ち溢れていたか。私の全てがどんなに幸せで輝いていたことか。
 騒がしくも温かい日常、それがどんなに掛け替えのないものか。どれだけ大切なものだったのか、それが今更に理解出来るから――だから、どうしようもなく涙が止まらないんだ。

「…本当、百面相ね。笑った鴉がもう泣いてる」
「…みるな、ばか」

 少女の言葉を突っぱねて、私は右腕を必死に両目に押し当てて、只管声を押し殺して泣いた。
 心の慟哭が止まらない。こんなの嫌だと、みんなに会いたいと、もう一人の本当の私が必死に訴えてくる。でも、もう一人の私が現実を突き付ける。
 それは無理だと。もうそれは終わったんだと。だから私は声を押し殺す。声を、自分の本心を、必死に押し殺して泣き続ける。
 そうしないと、きっと心が保てないから。そうしないと、きっと諦められなくなってしまうから。だから、必死に。

「泣きたいなら好きなだけ泣きなさいな。ここは私の司る永遠、時間は幾らでも許されているもの。
…ただ、少しだけ残念ね。本当なら慰めの言葉の一つでもかけてあげたいのだけれど…生憎と私、他人の心は全て切り捨てて生きてきたの。
だから私には貴女が求めるだろう優しい言葉の一つもかけてあげられないわ。貴女のこと、嫌いじゃないから本当に残念」
「…言葉なんて、いい。今は…傍にいてくれれば、それで、いい。一人になりたく、ない」

 嗚咽交じりの私の弱音に、少女は笑うことも否定することも無くただ静かに受け入れてくれた。
 …ごめんね、フラン、パチェ、美鈴、咲夜。覚悟は決めていたつもりだけど、やっぱり私、全然強くなかった。強い私なんて結局うそっこだった。
 涙が止まらない。嗚咽を止められない。悲しみを抑えられない。温もりを渇望して止まない。
 会いたい。会いたいよ。みんなに会いたい。死ぬなんて嫌だ。こんなお別れなんて嫌だ。みんなと…みんなとずっとずっと一緒に生きたかった。
 格好悪い。多分今の私は凄く格好悪い。本当なら、紅魔館の主として、威厳ある在り方でみんなのこれからの幸せを願い続けることが
正しい姿なんだと思う。誇り高き吸血鬼として、己の死なんて笑って迎えてやるくらいしなければいけないんだと思う。
 でも、私は弱いから。自分でも情けないくらい本当に弱い吸血鬼だから。そんな私だから、自分の死を容易く受け入れられない。
 手放したくない、みんなの温もりを。離れたくない、みんなの笑顔と。嫌だ、嫌だ。死ぬのは嫌、別れるのは嫌、死にたくない。死にたくない。



 フラン、パチェ、美鈴、咲夜…本当、最期の最期まで格好悪いこんな私でごめんね。

 もし、もしも次があるのなら…もしも、もう一度生をやり直せるのなら、私、頑張るから…
 みんなの足を引っ張らないくらい、強くて格好良くて…誰が見ても立派な『本当のお嬢様』になってみせるから…

 だからみんな…叶うなら、もう一度だけ機会を頂戴。
 どうか…どうか来世でも、私が貴女達と再び出会えるような…そんな『運命』を私に――






















 ~side 永琳~



 ――強い。

 彼女達に対する言葉を述べさせて貰えるならば、私が紡げる感想はその一言だけに全てが凝縮される。
 指折り数えることすら児戯に思えるような年月を生きてきた私だけれど、長きに渡る生涯の中で
私をこれほどまでに追いつめる者など存在しなかった。月の都の賢人と謳われ、命を賭す機会が少なかったから
そう感じるのではないか…今の私にそう問う者がいたならば、私は即座に鼻で嗤ってやってもいい。
 永きを生きるということは、持てる引き出しの数を際限なく増やしていくということ。経験が人を造り、歴史が人を育む。
 事実、私は頭を使う者でありながら、月の中でも指折りの戦闘力を有している。力、魔力、妖力、神力。その全てを誰も比肩しうることの
出来ない経験と知識によって打ち破ってきた。だけど、そんな私の自負を彼女達は悉く打ち破ってくれる。

 私の内包する技術を彼女達はどこまでも純粋な力で押し通す。唯只管に一つの目的の為に己の身体を突き動かす。
 彼女達の狙いは私の命。私を殺す為に、ただそれだけの為だけに今の彼女達は在る。身体中から呪いとすら化してしまった殺意をばら撒いて、
唯只管に私を殺しにかかるのだ。その行為に彼女達は何一つ思考を挟む余地も無い、ただ美しい程に純粋な殺意。
 現に私はこれまで彼女達に数えて六十と九つの命を奪われた。魔法使いに十七つ、紅竜に二十と二つ、そして破壊の化身に三十。
 恐ろしい程に苛烈な彼女達の殺傷行為、それを私以外で受け止められる存在などいるのだろうか。私でなければ…いいえ、
輝夜の力を借りている私でなければ、恐らくは彼女達は抑えられないのではないかとすら錯覚しそうになる。
 一人でも厄介な暴力の塊、それが三人同時という時点で並の存在なら諦めたくもなるだろう。それほどまでに彼女達の巻き起こす殺意、悲しみの嵐は凄まじい。
 一人の少女の命が、彼女達をここまで変えてしまった。恐らく…いいえ、間違いなく私の消失させた少女は、彼女達にとっての主。
 いうなれば、私にとっての輝夜。それを失ってしまえば、彼女達は私と同様、最早この世に生を送る意味など在りはしない。
 どうしようもない絶望を、慟哭を共に、彼女達に出来ることは全てを滅ぼすことだけ。私も、世界も、主の存在しない、認めない全てを。
 今の彼女達は思考することなく暴れまわる唯の殺戮機械。彼女達の取るべき行動は最早律されることのない殺戮衝動だけ。
 そこまで考え、私は思わず口元を歪ませる。本当、残念ね。貴女達は強い、確かに強い。実力だけなら私は当然、最強と謳われる妖怪達にだって引けを取らないでしょう。



 だけど、それだけ。妖怪として、貴女達は確かに強い…本当にそれだけなのよ、今の貴女達は。

 全ての布石を終え、後は彼女達に教えてあげるだけ――強さだけでは、決してこの私には辿り着けないことを。



 通算七十度の死を迎えると同時に、私は今まで抑え続けていた身体の力のギアを一段階高見へ上げる。
 片腕は吹き飛んだまま、けれどそんなモノは気にしない。痛みはとうの昔に別れを告げている。人間の忌避する感覚で私は退けられない。
 床を強く蹴り、私は真っ直ぐにターゲット――魔法使いの方へ翔けていく。
 私の動きに魔法使いが気付くものの、彼女は即座に迎撃に移れない。ええ、そうでしょう。今の貴女は絶対に動けない。何故なら
そこが貴女の『隙』だと九つの死を犠牲にして探り当てたから。属性魔法を迎撃され、それを抑え込もうとワンランク上の属性魔法を
紡ぎ直した貴女には、小さな防御魔法すら張ることが出来ない。ましてや貴女の左肩には私の放った数本の魔矢が刺さってる。
 私への殺意を頼りに随分誤魔化して集中力を研ぎ澄ませていたみたいだけど、貴女達のような死を超えられない者に痛みは最高の幻惑となる。
 今、私が真っ直ぐ向かってきてると知って尚、貴女は最早何も出来ない。貴女の身体能力では避けることも防ぐことも出来はしない。そして
肝心なお仲間達は理性を失っている。だから『貴女を助ける』なんてチームプレイが出来る訳がない。故に――

「如何に膨大な魔力を持てど、有効に使えぬ頭がなければ唯の持ち腐れ――まず、ひとつ」

 掌を魔法使いの懐に押し当て、私は相当量の力を込めて彼女に放つ。
 防御も回避も出来ず、魔法使いは強烈な衝撃と共に床を転がり壁に押し付けられる。感覚からみて彼女ではもう立ち上がれないでしょう。
 私の憶測通り、彼女はそのまま気を失い魔力を霧散させた。彼女の周囲に漂っていた恐ろしい程の魔力の塊である七色の石は失われていく。
 気を失った魔法使いを見て、私は残る二つの化物に向き直る。これで厄介な魔法砲台は潰したものの、残る二つも面倒なことこの上ないわね。
 けれど、私が一番抑えたかった魔法使いは封じることが出来たのだから不満はないのだけれど。魔法使いを潰すこと、それは私にとって何より
急務だった。何故なら、魔法使いは下手をすれば『冷静さ』を取り戻し、彼女の知識を基に三人がまとまる可能性があったから。もし、彼女達が
チームであったなら、間違いなく私は彼女達の前に敗北していた。だからこそ、まずは頭となる可能性を潰したかった。…まあ、もうその心配は不要みたいだけど。

「オオオオオオオオォォォォ!!!!!!!」

 仲間を討ち取られたことを悟っているのか、紅竜が一際大きな咆哮をあげ、私に強大な爪を突き立ててくる。
 それを避けると同時に、吸血鬼の少女が紅の槍を私へと投擲、私の心臓を穿たんと狂った妖気を放ち、槍が疾走する。
 深紅の投槍…あれは確かに恐ろしい力を秘めている。もしこの館の結界が輝夜の力に頼っていなければ、間違いなく崩壊していたでしょうね。
屋敷だけではなく、地面も抉り、地底のマグマにすら辿り着く…それ程の力をアレは秘めている。けれど、当たらなければそれで終わり。
 あれは本来なら不可避の魔槍なのでしょう…もし、担い手が冷静ならば、その前提が付くけれど。私は回避行動のままに身体を空気に溶け込ませ、次なる
ターゲット――紅竜の死角へと潜り込む。こちらは魔法使いとは異なり、私にとって正直相性が悪い。何せこちらの攻撃がごく一部にしか通らないのだから。
 この紅竜、神聖を感じられないこととその容姿から、間違いなく純粋な『龍』ではない。人々から崇め祀られる存在ではなく、獣に特化したその在り方。
 長年生きてきた私も初めて見るけれど…恐らくは、半人半獣。その中でも、過去に例が幾つかしか存在しない龍と人の禁忌の申し子…龍人。
 神としての存在理由も人として生きることも許されない半端者の異端…その存在を世界が許す筈も無く、現世では唯のお伽話と化していた存在、それが今、目の前に在る。
 幻想郷は全てを受け入れるとは八雲の言葉だったか…本当、その懐の深さに恐れ入る。私は軽く息をつきつつ、紅竜を止める為に次なる一手を打つ。
 紅竜の恐るべきはその龍種としての破格の力でも、妖力でもなく、決して貫けぬ堅甲な身体に在る。通常の攻撃では傷一つ付かない竜鱗は
外界のお伽話の多くに伝えられる程。共に暴れている吸血鬼のお嬢さんならその鱗すら容易く貫くだろうけれど、私では間違いなく不可能。
 外が駄目ならどうするか、答えは単純、内から貫けばいいだけのこと。その為に私は全身を余すことなくこの竜に喰らわせていたのだから。

「――――――!!!」
「薬も過ぎれば毒となる。次に獲物を喰らうときは相手を確認してからになさいな――二つ」


 私は術式を紡ぎ、紅竜に捕食された肢体に埋め込んでいた禁薬の全てを解放する。
 それは一つ一つでは何の意味をも為さす薬剤。けれど、私の紡ぐ術式を起点に一つへ結合すれば、その薬は転じて凶悪な毒となる。
 他の誰でも無くこの私、八意永琳自ら調合した毒薬。鯨は勿論、幻想の龍種とて例外は無い。万人平等に毒は体内を駆け巡る。
 必死にもがき苦しむ紅竜だが、智慧の回らぬ今の貴女ではこの毒は防げない。殺すという意識だけが空回りし、人間体に戻って対処を行う
ことにすら辿り着けない。よって、獣の暴走劇はここで終わり。やがて、操り糸が切れたように、紅竜は地に伏す。そして、その身体が光に包まれ、
現れたのは紅髪を持つ人形の女性。紅竜の身体、力、妖力、再生力、その全ては測り終えた上での毒薬投与。三日は意識を失えど、死には至らないでしょう。
 二人目の獲物を仕留め、残る一人に私は視線を向ける。そこには最初と何一つ変わらぬ殺意と暴力の塊が在った。
 …仲間をやられても、この娘は微塵も動揺しないわね。本当、ご立派だわ。美しいまでの『壊れ方』、これがもしかすると妖怪の在るべき姿なのかもしれないわね。
 荒れ狂う吸血鬼の魔弾を避けながら、私は再びこの少女を観察する。先ほどの二人も大した化物だったけれど、この娘はその二人とも比肩出来ない化物。
 何せ、一匹の妖怪がこれ程までに凝縮された力を放てることがおかしい。私が回避する彼女の通常魔弾、その一発一発ですら普通の妖怪は
跡形も無く吹き飛ぶでしょう。ましてや、彼女の両手に持つ剣と槍は言わずもがな。あれらは伝承に伝わる魔剣、神槍の類だと言われても納得してしまいそう。
 おまけに、彼女は奇妙な力を行使する。私が彼女の攻撃に触れずとも、彼女は私を『破壊』する。私の腕を、心臓を、頭を、幾度となく吸血鬼は
壊してくれた。その不可思議な能力に予備動作など存在しない、本当に唐突に、その破壊は訪れる。無慈悲に、容赦なく、彼女は私を壊すのだ。
 唯でさえ数ある妖怪の中でも特A級と言っても過言ではない力に、その能力。そして、吸血鬼という種族からみて歴史は幾千と刻んでいないでしょう。
 あの幼さ、若さにしてこの力。本当、末恐ろしいとはこのこと。恐らくこのまま順調に生き永らえれば、彼女は世界中に恐れられる存在と
成り得るでしょう。名を歴史に残す…いいえ、吸血鬼最強存在として、その生涯を刻むことは間違いない。本当、惜しいわね…私はつくづく他人事のように思う。

「吸血鬼さん、貴女は強い。私がこれまで出会ってきた者の中でも、本当に数える程しか存在しない程。
それだけに残念…貴女では、決して私には勝てない。貴女なら鬼にも、九尾にも、天狗にも…もしかしたら、八雲にだって勝てるかもしれない。
けれど、他の誰でもない、私だけには決して勝てないのよ。貴女の敗因を語るなら――それはたった一言、『相性』の問題よ」

 私は笑みを零し、目の前の少女に『ワザと』その身を無防備に曝け出す。
 この隙を目の前の殺戮機械が見逃すことは無い、そのことを私は幾度と無く自らの命で証明した。この少女はどこまでも純粋な戦闘者。
 相手の命を奪うことに躊躇いは無く、その流れも実に手慣れている。隙を見せれば、己が持ち得る最大の火力で敵を消炭へと化す。
 その威力は絶句する程で、月の戦争兵器と言われてもおかしくないレベル。だけど、それだけの力を発動させるにはノーリスクという訳にはいかない。
 強大な破壊を行う度に、少女は絶大な魔力妖力を引き換えにしている。その証明に、今私を殺したこの娘は大きく肩で息をしている。とうとう
外見に見せる程に消耗したのね…本当、分かりやすい。この少女の持つ最強クラスの力、その代償は魔力妖力そして――生命力か。
 即座に身体を再生させた私は、牽制代わりに弓を生み出し、少女に向けて魔矢を放つ。弓という誓約を重ね、魔矢は通常魔弾より威力は高めてある。
けれど、それは先ほど倒した魔法使いの魔法障壁や紅竜の竜鱗で十分防げる程度の威力――それなのに、目の前の少女は防げない。
 少女は避けるでもなく、その矢を身体に受け貫かせる。ワザと受けた?…否、今のは避けきれなかった、防ぎきれなかっただけ。一瞬、障壁を
出そうとした少女の姿は確認した。そこで出さなかったのは…いいえ、出せなかったのは、力を最早防御に回せないから。最低限の防御すら捨てて
少女は淡々と私を殺す為だけに刃を研ぎ澄まそうとしている。その姿は見事だけど…今の貴女にとってそれは間違いなく悪手ね。
 殺したい気持ちは理解出来る。憎む想いは理解出来る。だけど、それを押し殺せないのが貴女達の弱さ。それを騙せないのが貴女達の弱点。
 もし、本当にあの娘の仇を取りたかったのなら…私を殺したかったのなら、貴女達の取るべき手は『それ』じゃなかったのよ。
 私は力を再び暴走させんと高めている少女に大きく弓引き、私の持てる最大級の力を向ける。それは私が常時抑え続けている『輝夜以上』の力。
 弓を向けても、少女は攻撃に移らない。いいえ、移れない。最早あの娘に即座に魔剣や神槍を振う力など残されていない。彼女に出来ることは、
己が身体に残された生命力を力に変換させ、無意味の己の生を縮めることだけ。その姿に、私は軽く息をつき、そして――矢を放つ。

「――っ」

 私の放った濃密度の力を込めた矢は、吸血鬼の身体、その中心に大きな風穴を空けて疾走した。
 やがて、ゆっくりと己の身体の異常を確かめるように、少女は口から血を零し、床に両膝をつく。最早、少女に私に反撃する力などない。
 確かに、その力は強大だった。妖怪としても天蓋のレベル、純粋な力比べの殺し合いなら彼女が負けることなどあり得ない。
 けれど…けれど、私にそれは通用しない。私には死が存在しないから、だから彼女の目指す『ゴール』など有り得ない。
 前提条件が最初から違っていたのだ。この娘達の目的は『私の死』だけれど、私の目的は『彼女達の自滅、および時間稼ぎ』。ならば私は彼女達を
引っ掻き回し、こちらに有利な条件に誘導し、彼女達を掌の上で転がせばいい。事実、それは相成った。
 彼女達は大切な『頭』を潰され、思考能力を失った。思考能力を失い、『弾幕勝負』という最良の条件提示を捨て、私との殺し合いを望んだ。
 そして、彼女達はチームプレイも作戦も何一つなく、ただ殺意と破壊衝動のみに突き動かされ行動した。それでは私は倒せない。故に私はこの策を取った。
 無論、彼女達にも私に勝利する方法はあった。一つは弾幕勝負という平等な土台に私を連れだせばよかった、そうすれば私の不死性など無意味なのだから。それで
打ち破った上で、冷静に最初に私が消した彼女の行方を問い詰め異変を終わらせればよかった。幻想郷に住まう上で、私はその提案を断れないのだから。
 もう一つは殺し合いなら殺し合いで『冷静に』挑むべきだった。少なくとも三人が個人ではなく、チームであったならば、私は間違いなく為す術無しに敗退していた筈だ。
 彼女達に求められたのは、私を『如何に残虐かつ無慈悲な暴力で殺し尽すか』ではなく『最小限の労力で如何に素早く数多く殺すか』だった。
 そうすれば、彼女達は己の力をセーブしながら、私を復活できない程に疲労させきることが出来た筈。もしくは、私が復活しても動けない程に疲労させ、捕縛すればよかった。
 現に今の私とてかなり疲労している。恐らくあと、五、六回も復活すれば身体は指一本動かせないだろう。そこまで彼女達は私を追い詰めた。だからこそ私は彼女達を強いと賞賛した。
 そう、彼女達は勝つべき道があった。それを自ら放棄したのは他ならぬ彼女達――そして、それを放棄させるように策を弄したのは他ならぬ私なのだけれど。

「…だからお嬢さん、もう諦めなさい。今宵の殺し合い、既に勝負はついてる――貴女達の敗北という結果で」

 呆れるように溜息をつき、私は必死に立ち上がろうとする吸血鬼の少女に声をかける。
 私の問いかけに彼女は応えない。ただ、呼吸を荒げ、床に血だまりを作り、身体に風穴を空けてなお、立ち上がろうとする。
 満身創痍、身体の臓物を失ってなお、少女の瞳に憎悪の焔は消えない。ただ私を殺す為だけに、その為だけに剣を取ろうとする。

「無駄よ。貴女達に私は殺せない、それは嫌になるほど理解出来たでしょう?
魔法使いも紅竜も立ち上がれない。三人でも駄目だったのに、手負いの貴女一人で一体何が出来ると?」
「…して、やる…ころ…して、やる…コロシテ、ヤル…」
「…聞く耳持たず、か。もういい加減眠りなさいな。安心なさい――夜が明けたら、貴女達の悪夢も全てそこで終わるわ」

 会話を打ち切り、私は眠りの術式を吸血鬼に展開する。
 私のような純粋な魔法使いでも術師でもない者の暗示術式は頗る効果が弱いモノの、今の完全に戦う力を失った吸血鬼相手には有用。
 如何に魔抵抗に定評のある吸血鬼と言えど、死の一歩手前まで陥ったそれでは防御など出来はしない。少女は崩れるように倒れ落ちる。

「――三つ。これで、終わり…ね」

 崩れ落ちた三人の姿を見届け、私は全身の徒労を感じながらようやく一息をつく。
 薬で脳を弄り、大分誤魔化しているけれど、正直もう何度も復活するような余裕はない。本当に紙一重、そこまで私は追いつめられた。
 こんなこと、過去に一度とて無かった。それほどまでに、この娘達は化物だった。時間稼ぎの為に、弾幕勝負ではなく殺し合いになるように
策を弄したのは私だけれど、ここまで己が危機に立つ展開は予想していなかった。幻想郷、その化物の棲む世界に私は改めて驚かされる。
 けれど、そう長くは息をつけない。何故ならこの状況でもまだ、この幻想郷の管理者、八雲紫は姿を現していないのだ。
 偽りの月を掲げる、なんて妖怪達にとって危機以外の何者でもない状況にも関わらず、彼女はまだ行動に移していない。恐らく、今までの
私達の様子を観察しているのは間違いないでしょう。ならば、気付いているか。私達の目的を、それが一夜限りのものであることを。
 ならば、人妖に危険が無いと私達を見過ごす?…馬鹿な、それでは何の為の管理者か。有り得ない。彼女は必ず次の一手を打っている筈。それでこそ妖怪の賢者。
 この吸血鬼達で時間は随分稼げたけれど、まだ足りない。次に来るのは九尾か、博麗の巫女か…どちらにせよ、時間は稼がなければいけない。

「手当は…不要ね。どれも死には至らない。
無いとは思うけれど、もしあの吸血鬼が実力者でこの場に戻ってきたならば、この三人を人質にとってもいい」

 そう考え、私は最初に魔法陣で転移させたもう一人の吸血鬼のことを思い出す。
 彼女に私が施した術式は転移魔法。この幻想郷、外界の何処かに対象を強制的に転移する軍事技術の応用術式。
 指揮系統を混乱させ、冷静さを失わせる為、そして相手戦力を少しでも削ぐ為に、私とてゐが用意したモノ。
 その術式に彼女がかかり、私の目論見は叶い、残された三人は一人余すことなく冷静さを失った。私の狙いは予定通り、結果だけを見れば…だ。
 そう、その結果はあくまで結果。私の予定では、一目で実力者だと感じ取れたもう一人の吸血鬼、彼女を転移させる筈だった。
 …だけど、それをもう一人の吸血鬼は防いでみせた。決して分かる筈の無い転移術式の発動を感じ取ったのか、その身を犠牲にして
もう一人の吸血鬼を庇った。結果として、私の狙った人物ではなく、もう一人の吸血鬼が対象となってしまった。
 その彼女の行動、それに対し、非常に疑問が残る。どうして彼女は私の術式を感じ取れた?アレは発動するまで決してばれない細工を
幾重にも施してある。少なくとも月のことを微塵も知らない妖怪に破れるようなものではない。それなのに、どうして…

「疑問点なら他にも在る。転移術式が発動するとき、僅かだけど術式に狂いがみえた。
…誰かが転移に干渉した?転移先を強制的に指定して…真逆。あの術式を制御できるのは、私に、てゐ、それに…」

 そこまで思考を働かせたとき、私の答えが導かれるのと同時に室内の扉が外から開かれる。
 そして、そこから現れた団体客に視線を送りながら、私は大きく溜息をつくしか出来なかった。
 …本当、今夜は千客万来ね。さて、私に残された復活は幾許か。このまま押し切る形で逃げ切れるかしら…ね。



















 ~side 霊夢~



「落ち着きなさい、咲夜。何が起こっても驚かない、その覚悟は出来てた筈よ」
「…ええ、分かってる。分かってる、から」

 アリスの制止の声に、咲夜の奴は必死に自分を抑え込みながら話してる。
 殺気の発生源『だった』その部屋に入るなり、アリスが咲夜に一声かけた理由、それは勿論私にも理解出来る。
 そこ部屋に広がっていたのは、一言で言うならば間違いなく地獄絵図。部屋中に紅い血がまき散らされ、床に倒れている三人の見知った奴ら。
 紅美鈴、パチュリー・ノーレッジ、そしてフランドール・スカーレット。その三人の誰もが力を失い、気を失っているのか死んでいるのか遠目では分からないけれど、
横たわった身体が地べたに存在しているのだから。その光景に私も言葉を失うしかない。
 あの門番が、あの魔法使いが、そしてあの吸血鬼が、負けた。あれほどの実力者達三人が、地べたに這い蹲ってる。
 突き付けられた現実が私達を戦慄させる。三人の身体とは対照的に、ただ一人その場に立ち尽くす女…アイツが、一人でやったと言うの?
 あんな妖気も魔力も霊気も感じない、普通に見える奴が、たった一人で。あの化物達を、たった一人で。

「嘘…だろ…美鈴とパチュリーの奴の実力は私がよく知ってる。それなのに…」
「…フランドールだってそうよ。あれは、私の知る限り、紫と同レベルの化物だった筈なのに」

 魔理沙の呟きに、私は力無く返すことしか出来ない。
 紫や幽々子、萃香と対峙するのとはまた異なるプレッシャー。強大な力ではなく、理解できない薄気味悪さ。
 そんな重圧が、私達の心に重くのしかかる。けれど、ここで怯える訳にはいかない。引く訳にはいかない。何故なら私達はアレに
問い詰めなければいけない。この場に後一人、居る筈の人物が存在しない理由を――レミリアの居場所を。
 いざ問い詰めんと私は気を入れ直し、部屋の中央に立つ銀髪の女を睨みつける。よくよく見れば、その女は返り血で分かりにくくはあるものの、
容貌がなんとなく咲夜の奴に似ている気がする…けれど、今はそんなことはどうでも良い。私達が知るべきは、レミリアの居場所。

「アンタ、レミリアを何処へやったのよ」
「…レミリア?」
「とぼけるなよ。もう一人、この場所に吸血鬼が来ただろう?そいつの居場所を吐けって言ってるんだよ」

 私に追随するように魔理沙が言葉をたたみかける。
 もう一人の吸血鬼、その点に心当たりがあったのか、女は『ああ』と思いだしたように言葉を返す。

「残念だけれど、あの娘ならもうこの場所にはいないわ」
「『もう』?『この場所には』?それはつまり、以前はここに居た、今は別の場所に連れだした…そう取って構わないのかしら?」
「構わないわよ、冷静で優秀な魔法使いさん」
「…悪かったな、冷静でも優秀でも無くて」
「あら、貴女のことを揶揄した訳ではないわ。ごめんなさいね。
私が言ったのは、そこで眠る魔法使いのこと。彼女は大切な主を失ったという現実に押し潰され、
ブレインとして何より重要な冷静さを放棄した、その点で貴女は優秀だと褒めただけ」

 女の呟き、それは私達にとって表情を凍りつかせることになる。
 パチュリーが主を失った――それを意味することはたった一つ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
 アイツが…あの臆病で泣き虫でお人好しな吸血鬼が死ぬもんか。だけど、現にアイツはここにいない。女は言った、以前はここに
居たけれど、もうここには居ないと…それはつまり、もうこの世にはいないという意味にも取れる。だけど、だけど…
 心が恐怖に支配される、そんなとき、冷静に対応したのはアリスだった。今にも叫び出しそうな咲夜や魔理沙、そして私に言い聞かせるように
声を荒げて女に言葉をつきつける。

「空言で私達を揺さぶろうとする…それはあまりに品が無くて芸がないわね。下衆びた真似は貴女の品性を疑われるわよ。
レミリアは殺してもいなければ、傷ついてもいない。レミリアがこの場にいないことを上手く利用して、私達を柳の下の泥鰌にしようなんて甘いのよ、女狐」
「へえ…本当、優秀ね。彼女がこの場に居ないという条件、そしてちょっとした言葉遊び…それだけで他の娘達は心乱してくれたのに」
「以前萃香にも言ったけれど…他の連中が頭に血が昇りやすい分、常に自分を律するように心がけてるだけよ。それが私、魔法使いの役割だって
レミリア自身から教えられたものね。レミリアがこの場に居ない理由、それは貴女が『コレ』を使って何処かに転移させたから…違って?」

 そう言ってアリスはコンコンと足元の床をつま先で軽く叩く。
 そこに描かれていたのは、血塗れになって見えにくくなってはいるけれど、確かな魔法陣が描かれていた。けれど、これが
どうして転移魔法でレミリアがそれに巻き込まれたって分かるのか。ただ、アリスの答えは正解らしく、女はこちらから見て分かるくらいに驚きを見せている。

「…どうして分かったのか、訊いても?」
「一つはレミリアの居場所を訊いた時の貴女の様子。あの反応は殺した相手にみせるような反応じゃない。
もう一つはこの大がかりな魔法陣。普通の連中なら、唯の結界魔法か何かと錯覚するんでしょうけれど…生憎私は幻想郷生まれじゃないのよ。
何処の出身かは知らないけれど、魔法と科学が発展し、それを技術として利用しているのは貴女の住まう世界だけじゃない。
閉ざされた世界ならともかく、私の生まれ育った観光地にとって団体客の誘致に転移術式は必要不可欠。形態は変わっても、基本術式に違いはないなら分かって当然だもの」
「…そういうこと。本当、幻想郷は不思議な場所ね。こちらが予想だにしない人妖が次々と」

 アリスと女の言葉の応酬、その内容の深い意味までは分からないけれど、一番重要な情報をアリスは引き出してくれた。
 この惨状の中、私達の目的であるレミリア…あいつは死んでいないということ。この場所から転移させられてはいるものの、
命を奪われたり、他の連中のように傷つけられたりした訳じゃない。だったら、打てる手は増えてくる。不安に心潰される必要も無い。
 …本当、頼りになる相棒よね。この異変が終わったらアリスの奴に何か礼でもしてあげないとね。勿論、この場みんなの割り勘で。
 私達の中の大きな不安を一つ解消し、再び女の方に向き直る。さて、レミリアの件はひとまず棚上げとして、問題はまだ山積みなのよね…
そのレミリアの居場所をどうやってコイツから訊き出すか…あの紅魔館の三人を相手して勝つような相手、しかもこの惨状を見るに弾幕勝負に
乗るような空気でもない。やるとしたら真正面から…どうするか、そう考えていたとき、今までずっと沈黙を保っていた咲夜が一歩前に踏み出し、女に訊ねかける。

「…私が訊きたいのは二つ。一つは、母様の…お前の転移させた吸血鬼の居場所。
そしてもう一つはこの惨状…この三人を、私の家族を傷つけたのは貴女、それに間違いはないか」
「前者に関しては分からない、としか言いようがないわね。私が行ったのは強制乱雑転移だもの。幻想郷内にいるか、外界にいるか…
居場所を知るには、魔法陣の術式と魔力残光を読み解けば足跡が分かるかもしれないけれど…正直薄い可能性ね。
もし彼女を探したいのなら、自らの足で世界中を回った方が早いかもしれないわ」
「馬鹿なこと言わないで。博麗大結界が在る限り、私や紫に断りなく内から外への転移や干渉なんて出来るわけないじゃない。
つまり、レミリアは間違いなくこの幻想郷内にいるって訳。アンタ、人を舐めるのも大概にしなさいよ」
「…貴女、何を言っているの?そもそも博麗大結界とは一体何の事を…」
「もう一つの問いの答えを早く返しなさい。貴女が、私の家族を傷つけたのか?答えはYESか、NOか」
「…YESよ。この三人は私が手を下したわ。私の目的の邪魔になりそうだったから、排除した。ただそれだけよ」
「それだけ分かれば十分だわ。お嬢様は幻想郷内に在り、貴女はフラン様、美鈴、パチュリー様を傷つけた。
ええ、理由としてはそれで十分過ぎる――今ここに、貴女を殺すことを、約束してあげる」

 咲夜は言葉を切り、女に向けて所持していたナイフを突き付ける。
 ただ、その動作を見せる前に私達に小さく言葉を紡ぐ。『予定通りに、フラン様達のこと、お願い』と。
 私達がここまで来る途中に練った対策。現状はその中でも比較的マシな部類に入る。なんせレミリアの生存が知らされ、他の三人もなんとか
死んではいない状況。だったら、私達に打てる手は在る。やるべき仕事、担うべき役割は在る。
 咲夜の声に、私達は頷き合い、予定通りに陣形を固める。前に出る咲夜に並ぶように私と妖夢が、そしてその横を固めるように魔理沙とアリスを。
 今、私達が…私と咲夜、妖夢に与えられた為すべき役割は、魔理沙とアリスの補助。二人が紅魔館の三人を救出し、この部屋から脱出するまでの
手助けと時間稼ぎをすること。咲夜の家族を助ける為に、少しでも多くの時間を稼ぐこと、それが私達の出した為すべき役割、結論だった。
 …情けないけれど、この異変は最早私達の手に負える代物では無くなってる。恐らく…いいえ、間違いなくこの女が全ての異変の元凶だろう。
 だけど、そいつをぶちのめす手段が今の私達には存在しない。フランドール達を退けた相手に、私達がどうこう出来るとは思えない。
 …けれど、簡単に白旗を上げてやることも出来ない。私は博麗の巫女、異変を解決する者。こんな風に弾幕勝負のルールを護らない
馬鹿だって相手にしなくちゃいけない、こんな機会はざらに在る。だから私は退けない、逃げない。例えその結果、命を失うことになっても、自分の意志は決して曲げない。
 それに、今は博麗の巫女って理由だけが戦う理由じゃない。咲夜の…コイツの家族を助ける為、そんな大層な理由まで背負ってる。
 だったら、負けられないじゃない。簡単にやられる訳にはいかないじゃない。勝てなくても、結果は出す。結果を出して、これから先ずっと
咲夜の馬鹿に言い続けてやる。私のお陰で三人を助けられたんだから、しっかり感謝を態度に表しなさいって馬鹿にして、そしてまた下らない喧嘩を繰り広げて。
 …負けられないわね。そんな馬鹿みたいな理由の為に、私は決して負けられない。フランドールも、門番も、魔法使いも全員助けてみせる。
 私一人なら不可能かもしれない。だけど、こっちは五人。この幻想郷で心から信じあい、背中を預け合える最高の五人。だったら私達に負けなんて無い。
 気合を入れ直し、今にも飛びかからんとする私達に、女は軽く息をつき、最後に言葉を紡ぐ。

「最早、退けなんて言うつもりもないわ。けれど、最後に一つだけ訊ねさせて。そこの銀髪の貴女…貴女の名前は?」
「――十六夜咲夜。それが私が母様に貰った、たった一つの大切な名前」
「そう…貴女が、咲夜なのね。人間でありながら、吸血鬼の寵愛を受けし者…十六夜咲夜、良い名ね。
…始めましょうか。何を『本当の』目的とするかは知らないけれど、せいぜいその狂気に狂った娘達の二の舞とならぬように」

 女の紡いだ言葉はそこで終わり。私達の放った弾幕を、女は想像以上の動きで回避し、それを切っ掛けに舞台の幕が上がる。
 さて…らしくないけれど、私は私なりの戦いをしてみせる。魔理沙、アリス、しっかり頼むわよ。アンタ達に救出は掛かってるんだから。



 …そして紫、どうせアンタのことだから私達の現状を覗いているんでしょう?

 私達は、間違いなく手を回せないから…だから、この異変解決とレミリアの捜索、任せたわよ。
 この化物は私達がなんとかしてみせるから、アンタは幻想郷の平和とその象徴をさっさと取り戻してきなさい。
 似合わない役どころに不満はあるでしょうけど、自分で異変解決に乗り出さなかったアンタが悪いんだから、文句は受け付けないわ。
 だから…だから紫、本当に頼むわよ。今はアンタだけが、頼りなんだから――
 









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