私がその後、目を覚ましたのは自分の部屋のベッドの上だった。
そして、自分の右腕と左足に巻かれた包帯、全身の激痛によって、あの光景が夢でなかったことを知ったわ。
結論から言うと、巫女がやってきたあの日から、私が目を覚ますまで丸三日ほど経過していた。
私が目を覚ましたとき、傍には咲夜が居た。なんでも私が目を覚ますまで、ずっと傍に居てくれたらしい。
その割には寝不足や疲労を咲夜からあまり感じられないけど。気のせいかしら。
目を覚ました私は、開口一番咲夜に巫女のことを尋ねかけた。何でも巫女との弾幕勝負に私は負け、
私が気を失ったと同時に幻想郷を包む紅霧は綺麗サッパリ収まったらしい。これは全部咲夜の証言そのまんま。
勿論、そんな訳がない。咲夜は知らないだろうけれど、私は弾幕勝負どころか弾幕の一発も打てやしないし、
そもそも巫女と戦ってすらいない。これは一体どういう訳かと少し考えたところで、すぐに答えに辿り着く。勿論フランよ。
巫女と対峙ししているなか、何故かあの娘は私と同じ服、同じ髪の色に染め、間に割って入ってきた。
そのフラン直々に地面に叩きつけられ気絶した為、私は記憶にないのだけれど、フランが私の代わりに巫女と弾幕勝負をしたのだろう。
それで、フランはその時私の格好をしていたから、その勝負をしていた巫女はフランを私だと勘違いをしたに違いない。
咲夜達が駆け付ける前に巫女との勝負に負けたフランは、気絶した私を放置してさっさと姿を消したのだろう。
そして、約束通り紅霧を止め、巫女も満足して帰っていったと。何その結末。結局私は無駄に怖い目にあって気絶してただけじゃない。
しかも、咲夜の話を聞く限り、私の右腕と左足は見事なまでに折れて下さってるらしい。
いや、普通の吸血鬼だったら自己再生とか出来るんだけど、私出来ないから。だって私最弱だし。というか再生出来ないことに咲夜も少しは不審がりなさいよ。
その事を遠回しに聞いたら、『妖力を相当消費してしまっているのでしょう』なんて答えが返ってきた。
…本当、咲夜って私のことになると勘が鈍いというか何というか。まあ、折角向こうが理由を考えてくれたのだから、その案に乗るとしましょう。
そして、咲夜と入れ替わるように室内に入ってきたのは他ならぬ全ての元凶、我が妹フラン。
久し振り(三日ぶり)に見るフランはいつもの小悪魔なフランだが、心なしか眼の下に隈が出来ていたりした。
あまり眠ってないのかしら?どうせ漫画読んだりゴロゴロしてたりしてただけなんでしょうけど。
嬉しそうにニコニコとしながら開口一番『ご機嫌は如何?お姉様』なんて聞いてきたからね。
とりあえず拳骨をくれてあげたわ。貧弱な私の拳だから全然痛くないんでしょうけど一応ね。お姉様として妹の教育は大事だものね。
頭を押さえて不満そうな顔をするフランに、私は問い詰めたのよ。一体どうして紅霧なんか発生させたのかって。
もう全部終わった事だし、今なら話してくれるかなってなんとなく思った訳よ。そしたらフランの奴、
『博麗の巫女っていう奴と遊んでみたかったから』
なんて素敵な回答をくれたのよ。とりあえず拳骨もう一発入れておいたわ。痛くもなんともないでしょうけど。
何でもフランの奴、何処からかこの幻想郷に問題が起こると、博麗の巫女というとんでもない人間が
異変解決に乗り出すという情報を何処からか仕入れてきたらしい。それで、そいつと遊びたいから紅霧を幻想郷中に発生させたという。
だから、巫女が私の前に対峙した時、私と無理矢理入れ替わって心行くまで弾幕を楽しんだということだ。
『あの時は不意打ちしてごめんなさい』って少しも悪びれることもなく反省の弁を紡がれたけど、
私にしてみれば本当に九死に一生を得たのだから何も責めない。フランの不意打ちが弾幕とかじゃなくて本当に良かった。
それで、どうして私の格好をしていたのかと尋ねると、『あとあと巫女に紅霧事件の責任追及をされたくないから』とのこと。
つまりこの我儘お姫様は、巫女と遊びたい→だけど異変を自分自身で起こすのは後々面倒なことになる→だったら
全部お姉様のせいにしてしまえば良いじゃないという戯けた三段論法で今回の騒動に至ったらしい。とりあえずもう一発殴っておいた私は全然悪くないわ。
このフランの計画は100パーセント成功と言っていい結果となったわ。紅魔館の部下達はおろか、
巫女も金髪女(後で知ったのだけれど、この女は幻想郷を管理するとても偉い妖怪らしい)も、今回の事件を私、
レミリア・スカーレットが引き起こしたものだと断定していた。フランのフの字も二人の口からは紡がれることはなかった。
おまけに言えば、館中を滅茶苦茶にしてくれた巫女との弾幕勝負も、これまたやっぱり私がやったことになっていて、
その激しい戦いの爪痕をみて部下達が『流石はお嬢様』などと酷い勘違いをしていたりした。いや、私気絶してただけなんだってば。
また、この一件のせいで私の悪名は幻想郷中に見事に広まって下さりやがった。
どれくらいかというと、この幻想郷においてレミリア・スカーレットの名を知らぬ者はいないってレベル。いや冗談じゃなくて。
何でも妖怪達の間では幻想郷のパワーバランスの一角を担う悪魔などと恐れられているとか。いや、私人間の子供にも負ける自信あるんだけど。
そんな訳で、私の命が懸った(真剣)紅霧異変は一応の解決を迎えたわ。
幻想郷におけるレミリア・スカーレットという吸血鬼の名声と、全治一月という長きに渡る治療生活を私に残して。
それから時間は流れ、一月と少しの月日が流れた秋の日。
私の怪我は綺麗さっぱり完治し、今日は久方ぶりの外出と相成った。
「レミリア様、準備のほうはよろしいですか?」
「ああ、いつでも構わないよ。憎々しいくらいの晴天なのが癪だけれど」
咲夜の尋ねかけに頷き、私はお気に入りの日傘を開いて自らの頭上に掲げる。
そんな私に、咲夜は満足そうに微笑み、『お持ちしますわ』と告げて私の手から日傘を受け取った。
別に重い訳でもないし、構わないんだけど…まあ、咲夜が持ちたいなら仕方がない。私は躊躇することなく咲夜に日傘を任せた。
そして、軽く息を吸って、私は治りたての左足で幻想郷の大地を踏みしめ、一か月ぶりに紅魔館の外に自らの足で踏みだしたわ。
もうね、嬉しさのあまり庭を全力で駆け回りたい。咲夜の目があるから、そんな恥ずかしいことは絶対出来ないんだけど。
自らの足で大地を踏みしめることがこんなに嬉しいことだなんて思わなかった。今なら某エースの『こんなに嬉しいことはない』の
言葉の意味がしっかりと理解できる気がするわ。さようなら、咲夜の看護無しではトイレにもいけない私。こんにちは、一人でトイレにいける私。
それはさておき、紅霧が消えたことにより、世界は以前と変わることなく太陽が幻想郷の大地を覆い照らしている。というか暑いわよ本気で。
「全く…こんな天気が続くとやってられないね。もう季節も秋だというのに」
「そうですか?これくらいなら、私はあまり気になりませんが…」
「お前は我慢強いからそう言えるのさ。そう、咲夜は何時だって我慢ばかりしていたわ。
だからまあ、育児という面に関しては実に手のかからない娘だった訳だけれど」
昔を思い出して、ニヤニヤしながら言う私に、咲夜は少し恥ずかしそうに微笑み返してくれた。
いけないいけない。機嫌が良いあまり、ちょっと咲夜を弄っちゃったわ。ごめんね、咲夜。お母さん、今ハイテンションでAIが止まらない状態だから。
関係ないけれど、咲夜は昔の話をすると、こんな風に普段の姿からは想像も出来ないような年相応の少女の顔を見せてくれる。
私はこっちの方が好ましいから、無理に大人ぶらなくていいっていつも言ってるんだけど…難しい年頃なのかもしれない。人間って面倒だと思う。
咲夜弄りはさておき、怪我が治った私がこうして外出しているのには勿論訳がある。ただ単に久方ぶりに外の空気を吸いたかった訳ではない。
私はこれからとある場所へ咲夜と共に赴こうとしていた。その場所とは、博麗神社。
紅魔館を襲撃した恐ろしい化物(化物とかいて『みこ』と読む)の住処だ。この一カ月の間で私の見る悪夢に度々登場してくれたマイベストトラウマ的存在。
そんな化物巫女のもとに、私は今から向かおうとしているわ。それも今日限りではなく、週に二、三回くらいのペースで
何度も何度も会うつもりよ。その巫女――博麗霊夢と仲良くなる為に。
どうしてと思う人もいるでしょう。まあ、ハッキリ言うと自分の命の為よ。ええ自分の身を守る為よ。それ以外にあるもんですか。
紅霧異変で巫女と対峙した時に私は悟ったの。吸血鬼なのに並の人間よりも貧弱な私がこの幻想郷を生きていく為には、もっともっと強い味方が必要だって。
勿論それは紅魔館の連中が頼りないと言ってる訳じゃないわ。咲夜は強いし美鈴は頼りになるしパチェは博識よ。
だけど、その三人をもってしても、博麗の巫女である霊夢には勝てなかった。あれは三人をたった一人で一蹴したわ。
もう分かってるだろうけれど、博麗の巫女は反則なのチートなのペンは剣よりも強しなの。最後のは関係無いけど。
どんな妖怪をも倒してみせる博麗の巫女。だから、最強であるあの娘と仲良くしておけば、私の幻想郷における生存率はグッと高まるのよ。
…卑怯だと思う?汚いと思う?だったら一度あなたも幻想郷で紅魔館の主として祭り上げられてみなさいよ!
あの紅霧異変以来、私の名前が勝手に一人歩きしまくっちゃってるのよ?なんか『最強の吸血鬼』とか言われてるのよ?妖精にも勝てない私が!
今までは骨折が完治するまで館に引きこもってたからいいものの、こんなんじゃいつ私の命を狙う輩が現れるか分かったもんじゃないわよ。
幻想郷は化物達が集まる場所、すなわち戦闘狂(バトルジャンキー)も絶対多い筈よ。某戦闘民族みたいな奴らがごまんと居るわ。間違いないわ。
もしそいつらが霊夢みたいに馬鹿強かったらどうするのよ。その時の為に、私は今、自分が出来ることを精一杯頑張るの。この幻想郷で味方をより作る為に。
私は紅霧異変の時に誓ったの。もう二度と自分の命を危険に曝すような真似はしないって。だって死にたくないもの。
何時の日かケーキ屋さんの夢を、幸せな家庭を築く夢を実現させるときまで、私は死ねないのよ。
だから私は今日から頑張るのよ。正直嫌だけど。泣きたいくらい怖いけど。今でも悪夢に見るけど。そんな弱い自分の心に決別し、
博麗霊夢とお友達になって、命の危険とは今回限りでオサラバするのよっ!頑張れ私っ!負けるな私っ!えい、えい、おー!!
「お、お嬢様、あまり激しく動かれますと日傘の陰から…」
「あ、熱っっっ!!!らめええええ!!!」
…博麗霊夢に会いに行くのは明日じゃダメかしら。本当、もう嫌。