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No.13774の一覧
[0] うそっこおぜうさま(東方project ちょこっと勘違いモノ)[にゃお](2011/12/04 20:19)
[1] 嘘つき紅魔郷 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:52)
[2] 嘘つき紅魔郷 その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[3] 嘘つき紅魔郷 その三 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:53)
[4] 嘘つき紅魔郷 エピローグ (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[5] 嘘つき紅魔郷 裏その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:54)
[6] 嘘つき紅魔郷 裏その二 (修正)[にゃお](2011/04/23 08:55)
[7] 幕間 その1 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:11)
[8] 嘘つき妖々夢 その一 (修正)[にゃお](2011/04/23 09:24)
[9] 嘘つき妖々夢 その二[にゃお](2009/11/14 20:19)
[10] 嘘つき妖々夢 その三[にゃお](2009/11/15 17:35)
[11] 嘘つき妖々夢 その四[にゃお](2010/05/05 20:02)
[12] 嘘つき妖々夢 その五[にゃお](2009/11/21 00:15)
[13] 嘘つき妖々夢 その六[にゃお](2009/11/21 00:58)
[14] 嘘つき妖々夢 その七[にゃお](2009/11/22 15:48)
[15] 嘘つき妖々夢 その八[にゃお](2009/11/23 03:39)
[16] 嘘つき妖々夢 その九[にゃお](2009/11/25 03:12)
[17] 嘘つき妖々夢 エピローグ[にゃお](2009/11/29 08:07)
[18] 追想 ~十六夜咲夜~[にゃお](2009/11/29 08:22)
[19] 幕間 その2[にゃお](2009/12/06 05:32)
[20] 嘘つき萃夢想 その一[にゃお](2009/12/06 05:58)
[21] 嘘つき萃夢想 その二[にゃお](2010/02/14 01:21)
[22] 嘘つき萃夢想 その三[にゃお](2009/12/18 02:51)
[23] 嘘つき萃夢想 その四[にゃお](2009/12/27 02:47)
[24] 嘘つき萃夢想 その五[にゃお](2010/01/24 09:32)
[25] 嘘つき萃夢想 その六[にゃお](2010/01/26 01:05)
[26] 嘘つき萃夢想 その七[にゃお](2010/01/26 01:06)
[27] 嘘つき萃夢想 エピローグ[にゃお](2010/03/01 03:17)
[28] 幕間 その3[にゃお](2010/02/14 01:20)
[29] 幕間 その4[にゃお](2010/02/14 01:36)
[30] 追想 ~紅美鈴~[にゃお](2010/05/05 20:03)
[31] 嘘つき永夜抄 その一[にゃお](2010/04/25 11:49)
[32] 嘘つき永夜抄 その二[にゃお](2010/03/09 05:54)
[33] 嘘つき永夜抄 その三[にゃお](2010/05/04 05:34)
[34] 嘘つき永夜抄 その四[にゃお](2010/05/05 20:01)
[35] 嘘つき永夜抄 その五[にゃお](2010/05/05 20:43)
[36] 嘘つき永夜抄 その六[にゃお](2010/09/05 05:17)
[37] 嘘つき永夜抄 その七[にゃお](2010/09/05 05:31)
[38] 追想 ~パチュリー・ノーレッジ~[にゃお](2010/09/10 06:29)
[39] 嘘つき永夜抄 その八[にゃお](2010/10/11 00:05)
[40] 嘘つき永夜抄 その九[にゃお](2010/10/11 00:18)
[41] 嘘つき永夜抄 その十[にゃお](2010/10/12 02:34)
[42] 嘘つき永夜抄 その十一[にゃお](2010/10/17 02:09)
[43] 嘘つき永夜抄 その十二[にゃお](2010/10/24 02:53)
[44] 嘘つき永夜抄 その十三[にゃお](2010/11/01 05:34)
[45] 嘘つき永夜抄 その十四[にゃお](2010/11/07 09:50)
[46] 嘘つき永夜抄 エピローグ[にゃお](2010/11/14 02:57)
[47] 幕間 その5[にゃお](2010/11/14 02:50)
[48] 幕間 その6(文章追加12/11)[にゃお](2010/12/20 00:38)
[49] 幕間 その7[にゃお](2010/12/13 03:42)
[50] 幕間 その8[にゃお](2010/12/23 09:00)
[51] 嘘つき花映塚 その一[にゃお](2010/12/23 09:00)
[52] 嘘つき花映塚 その二[にゃお](2010/12/23 08:57)
[53] 嘘つき花映塚 その三[にゃお](2010/12/25 14:02)
[54] 嘘つき花映塚 その四[にゃお](2010/12/27 03:22)
[55] 嘘つき花映塚 その五[にゃお](2011/01/04 00:45)
[56] 嘘つき花映塚 その六(文章追加 2/13)[にゃお](2011/02/20 04:44)
[57] 追想 ~フランドール・スカーレット~[にゃお](2011/02/13 22:53)
[58] 嘘つき花映塚 その七[にゃお](2011/02/20 04:47)
[59] 嘘つき花映塚 その八[にゃお](2011/02/20 04:53)
[60] 嘘つき花映塚 その九[にゃお](2011/03/08 19:20)
[61] 嘘つき花映塚 その十[にゃお](2011/03/11 02:48)
[62] 嘘つき花映塚 その十一[にゃお](2011/03/21 00:22)
[63] 嘘つき花映塚 その十二[にゃお](2011/03/25 02:11)
[64] 嘘つき花映塚 その十三[にゃお](2012/01/02 23:11)
[65] エピローグ ~うそっこおぜうさま~[にゃお](2012/01/02 23:11)
[66] あとがき[にゃお](2011/03/25 02:23)
[67] 人物紹介とかそういうのを簡単に[にゃお](2011/03/25 02:26)
[68] 後日談 その1 ~紅魔館の新たな一歩~[にゃお](2011/05/29 22:24)
[69] 後日談 その2 ~博麗神社での取り決めごと~[にゃお](2011/06/09 11:51)
[70] 後日談 その3 ~幻想郷縁起~[にゃお](2011/06/11 02:47)
[71] 嘘つき風神録 その一[にゃお](2012/01/02 23:07)
[72] 嘘つき風神録 その二[にゃお](2011/12/04 20:25)
[73] 嘘つき風神録 その三[にゃお](2011/12/12 19:05)
[74] 嘘つき風神録 その四[にゃお](2012/01/02 23:06)
[75] 嘘つき風神録 その五[にゃお](2012/01/02 23:22)
[76] 嘘つき風神録 その六[にゃお](2012/01/03 16:50)
[77] 嘘つき風神録 その七[にゃお](2012/01/05 16:15)
[78] 嘘つき風神録 その八[にゃお](2012/01/08 17:04)
[79] 嘘つき風神録 その九[にゃお](2012/01/22 11:18)
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[13774] 追想 ~紅美鈴~
Name: にゃお◆9e8cc9a3 ID:2135f201 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/05 20:03



 どうしようもなく乾いていた。酷く、とても酷く心が乾ききっていた。


 生きるという意味を見いだせない空虚な存在。心に空洞を空けたまま、ただ無意味に年月を浪費し続ける日々。
 終わりの無い無意味で無価値な煉獄。自身の存在意義を何一つ理解出来ない愚かな私。
 だけど、己が手で死を選ぶことなど出来はしない。死は敗北、それは私の存在が世界にとって本当に無意味なモノであったことの証明につながるから。
 だから生きた。何百の年月を。何千の年月を、私は生きた。だけど、私の求める何かを手に入れることなど出来なくて。



 乾く。酷く心が乾く。



 故に私は求め続ける。私が世界に存在する意味を、誰にも望まれずこの世に生を受けた私に与えられた役割を。
 数多の大陸を渡り歩き、記憶が擦り切れる程の年月を重ね、幾万もの月を頭上に見上げ。私は渇望した。私は望み続けた。
 それは自分の手で掴み取れるものなのか。それは他人の手で与えられるものなのか。それを手に入れて私はどうなるのか。それを手に入れられたら、私は変わるのか。
 何一つ分からない、暗闇の中を私は我武者羅に歩き続けた。その道の先に私の待つ何かが在ると信じて。私の求める何かがあると信じて。
 私の取れる行動は、全て実行に移した。意味も無く強者に喧嘩をふっかけたりもした。生死の駆け引きが私に何かを与えてくれるかもしれないと考えたから。
 けれど、その行動に意味は無く。何一つ手に出来ない現実だけが私の心を押し潰し、摩耗させる。やがて、破綻のときはゆっくりと訪れて。



 乾く。酷く心が乾く。



 私の渇きが私の全てを壊す。
 数百の年月で、私は味覚を失った。モノを味わう必要が無いから。
 数百の年月で、私は声を失った。会話をする必要が無いから。
 数百の年月で、私は音を失った。音が無くとも、空気や気配で必要な情報は察知出来るから。
 数百の年月で、私は視界を失った。目が見えなくとも、音同様に私は全てを気によって感知出来るから。
 数百の年月で、私は嗅覚を失った。匂いが嗅げなくとも、私の行動に何ら支障を生じなかったから。
 数百の年月で、私は心を失った。否、もしかしたらそのようなモノは最初から無かったのかもしれない。



 乾く。酷く心が乾く。



 結果、数千という年月は私から全てを奪い去るには充分過ぎる程の年月だったと言えるかもしれない。
 数えるのも億劫なほどの年月により、私は世界を失った。私がこの世界で与えられた役割など何一つありはしない。
 許されざる忌み子としてこの世に生を享け、世界と契約することも出来ず、人に交わることも許されず。
 意味など無い。意味など無い。意味など在りはしない。けれど、欲する。欲する。私は求めてしまう。
 今は無くとも、明日には手に入れる事が出来るかもしれない。明後日には手に入れる事が出来るかもしれない。
 淡い希望に縋り、私は無様に生を続ける。生きる意味を探す為に、私は生き続ける。全てを失っても、私は探し続ける。
 最早、己が足を自らの意志で動かすことすら叶わない。私が取るべき行動はただ自衛の為の殺戮劇。人の実力も理解出来ぬ、私の命を狙う愚者の首を刎ね続けることだけ。
 そんな生活を幾年と続けていれば、自然と私の周囲は死体の山で積み重なるのは必然。その死体の山の頂上で、私は幾度となく太陽を眺めた。幾度となく月を見上げた。
 生きる意味が欲しいと、生きる道標が欲しいと。大空に君臨する太陽や月にただただ嫉妬しながら、私は空を眺め続けた。
 目は見えなくとも、私はただただ大空だけを見上げ続けたのだ。



 乾く。酷く心が乾く。



 黙々と死体を築き上げている生活の中で、私は一人の男と出会った。
 その男は私に会うなり、一つの交渉を持ちだしてきた。その男の姿や声は見えず、聞こえずとも、空気の震えが全てを私に伝えてくれる。

『お前のそのどこまでも血生臭い在り方が気に入った。その力、私の下で存分に奮うが良い。
もし私の配下となるならば、お前の求めるモノを何でも与えてやろうではないか』

 交渉というより、命令に近いもの言い。けれど、私は微塵も気にする事は無かった。
 妖怪としての誇りなど無い。他人に見下されて揺れ動く感情など無い。私に在るのは渇望感だけ。
 そして、男は私に求めるモノを与えてくれるという。なればこそ、この誘いを断る道理は無い。私は男の誘いに首を縦に振った。
 もし男が本当に叶えてくれるなら、それでいい。もし空言で私を謀ったなら、その時はすぐに殺してしまえば良い。
 そうした判断の下、私はその男――下衆びた吸血鬼の配下となり、館の門番を任ぜられる。館を訪れる人妖達を根こそぎ始末する殺戮機械として。
 その日から、私は館に訪れる妖し共を数えるのも億劫な程に殺した。殺し尽くした。時には多勢で、時には一人で向ってくる妖怪共を何の感傷も無く屠り去った。
 物言わぬ番人として、他者の生を奪う事でしか自身の存在価値を示せない人形のように。そして、私はこの場所でも大空を見上げ続けた。
 自分の渇望する心、求める心が失われないように。それを失ってしまえばきっと、私はこの世に存在する理由を失ってしまうだろうから。
 だから私は必死につなぎ止めた。摩耗し続ける心を、必死に。ただ必死に。空に輝く太陽と月に羨望を覚えながら、私はただ只管に欲していた。



 乾く。酷く心が乾く。



 ただ繰り返されるだけの無意味な日常。最早この場所は私にとって何も見いだせないと決め、私を利用した館の連中を皆殺しにしようと
行動に移そうとした日の夜。私は一人の少女に出会った。
 少女は館から外出し、キョロキョロと周囲を見回していた。恐らくは、館の庭に誰もいないことを確認しているのだろう。
 少女の心配は不要なモノだ。何故なら、館の外に有事の際以外で外出する輩など存在しないのだから。この館の誰もが
私を恐れている。だからこそ、私の居るこの場所に好き好んで近づこうとしない。下手に近づけば、自らの命が危ういのだから。
 けれど、そんな事情を知らないのか、少女は周囲に誰も居ない事を確認し、早足で私の居る門の傍へと近づいてゆく。
 どうやら私の存在に気付いていないようで、少女が一歩、また一歩と私に走り寄ってくる。そんな少女に私は気にする事も無く、気配を
消し去ったまま、拳を軽く握る。館の外の人間であれ、中の人間であれ、私に近づく者に例外など無い。私に寄らば、例外なく死を与えるだけ。
 一歩、また一歩と近づいてくる少女。彼女は私に気付けない、気付かない。なれば殺す。私は粛々と己が役割を果たすだけ。恐らく、これが門番としての最後の仕事。
 私の領域まで、あと数歩。そして、少女はとうとう私の間合いへと足を踏み込む。刹那、私は拳を少女に――奮うことはしなかった。



 乾く。酷く心が――



 気付けば、拳を止めていた。少女の頭を打ち抜かんとする刹那、私は拳を振り切る事が出来なかった。
 拳を止めた私に気付くことなく、少女は門を通り過ぎ、館の外へと出ていく。このとき、私は少女を追う事はしなかった。否、出来なかった。
 ――何故、止めた。私は自分の取った行動が、自分自身で理解する事が出来なかった。行動に移す際、私は確実に少女を殺すつもりでいた。
 それが何故だ。何故私は拳を振り切らなかった。振り切れなかった。何が私を押し留めたというのか。
 それは私が生まれて初めて味わう不可解な感情。頭と体が乖離するどうしようもない程に難解な問題。何故。何故。何故何故何故何故何故。
 気付けば、私は消えた少女を追っていた。頭と体は以前つながってはいない、けれど、身体は考える時間など許さない。思考の余地を挟むことなく、私は気付けば駆けていた。
 門の外、館を囲む柵壁。そこに、少女は居た。身を屈め、必死に背中に生えた小さな羽を羽ばたかせ、彼女はただ必死に大空を睨みつけていた。
 ――何をしているのか。そのような疑問を抱いた時、少女は行動によって私の疑問に答えを紡ぎ出す。少女は全身を躍動させ、宙に舞ったのだ。
 その様相に、私は息を飲んだ。それは酷く不格好な飛行。妖怪はおろか、幾人かの人間にすら許される空を駆ける力、その行使のなんとか弱き事か。
 少女は宙に舞い、右に左にこの葉のように酷く歪に飛行する。その様は、なんと滑稽なことか。他の妖怪達が見れば指をさして大笑いするかもしれない。
 そして、少女は一分と持たず身体を地に委ねることになる。フラフラと大地に落ち、少女の未熟な夜間飛行は終わりを迎えることになる。
 その様に、私は理解する。――この少女は、空を飛ぶ力も有していないのか、と。成程、今になって気付く、その少女の身体から妖気が一切感じ取れないことに。
 けれど、少女は人間である筈も無い。彼女の背に生えた蝙蝠の羽が、その何よりの証拠。ならば、彼女は妖しであるにも関わらず、妖魔の力を持ち得ないのか。
 そのことに、私は少なからず同情の念を禁じ得なかった。妖魔の類に生まれながら、この少女はその力を有していない。それは一体どれほどまでに惨めなことだろう。
 妖怪としての力を許されない少女、それは果たしてこの世界に生きる意味など存在するのか。少女は一体何の為にこの世界に生を享けたのか。そこまで
思考し、私は思わず苦笑を浮かべてしまう。嗚呼、何だ。つまりはそういうことか。この少女は私と同じなんだ。存在に意味など在りはしない、酷く歪な存在なのだ。
 大地に寝転がり、息を乱す少女を横目に、私は自分の持ち場へと戻る事にする。滑稽だ。ああ、実に滑稽だ。この少女は自分と同じ、ならば今の私は実に滑稽な存在だ。
 その日、私は館の連中を皆殺しにするのを取り止めた。そうすればまた、この少女と会えるかもしれないと考えたから。ただ、それだけ。
 今になって思う。その時、私は確実に変化を迎えていたということに。少女に出会った私には、確実に失った筈の『心』が存在していたのだから。



 乾く。酷く――



 少女と出会った夜から一月。あの日から、少女は毎晩欠かさず館の外に来ては、空を飛ぶ練習を重ねていた。
 その姿を、私は少女に見つからないように、毎日傍で息遣いを感じていた。何故そのような行動を取っているのか、自分でも分からない。
 けれど、少女が飛行練習をするとき、私は必ず彼女の傍に居た。そして、彼女が夜空に浮かぶ月を目がけて空を舞う姿を幾夜も追い続けてきた。
 ある夜は少女は一分半も空を舞う事が出来た。ある夜は一分に満たず大地に落ちた。けれど、少女は気にすることもなく何度だって空を舞い続けた。
 その光景を私は己が『瞳』で見つめていた。彼女が大地に沈む音を己が『耳』で聞き取っていた。彼女が夏風と戯れる匂いを己が『鼻』で嗅ぎ分けていた。
 この世界で生きるには不要とし、自ら遮断していた全ての感覚を、私は蘇らせた。そうすれば、もっと少女を深く知る事が出来ると思ったから。そうすれば、もっと少女を
感じ取ることが出来ると思ったから。私は知らないうちに、自らこの世界に再び色を取り戻していたのだ。その切欠は全てあの少女。
 毎晩のように空を目指し不格好にも舞い続ける少女。そんな少女を、私は美しいと思った。私は綺麗だと思った。
 力の無い妖怪、そんなこの世の理に反する歪な少女の舞踏劇。それは酷く滑稽で、見る者全てが嘲笑するものなのかもしれない。事実、
初めて少女の飛行を見た私がそう感じなかった訳ではない。しかし、今の私はそんな無様な姿こそが何よりも美しいと感じてしまっていた。
 一体何度少女は地に叩きつけられただろう。一体何度痛い思いをしただろう。けれど、少女は決して諦め無い。ただ夜空に浮かぶ月だけを
見つめ、少女は愚直に何度も何度も空を目指し舞い続ける。決して手を伸ばしても届かない月に向って、何度も、何度も。
 その光景に、私は笑う。以前、私は少女に対し、少女は自分と同類だと断じたことがある。本当、笑ってしまう。少女は私などとは全然違うというのに。
 ――少女は、決して諦め無い。自分の求める空を目指し、自分の望む夢を目指し、彼女は必死に小さな羽を羽ばたかせて空を目指している。
 その点、私はどうだ。私はただ、空に浮かぶ月を見上げ羨むだけ。自分には無い何かを求め、ただ願うだけ。望むものの、今の私は最早諦めてしまっている。
 少女の姿が眩しいと思った。私には眩くて、どうしようもなく羨ましくて。だから、私は願った。もっと少女に触れてみたいと。
 彼女なら、もしかしたら私に与えてくれるかもしれない。彼女なら、私の追い求める答えを知っているかもしれない。それは何処までも情けない
他力本願な想い。だけど、今の私はそれでも良いと思えた。少女に触れれば、もしかしたら私も空を飛べるかもしれない、そう思えたから。
 だから、私は最後の枷を外した。永い間発する事は無かった己が声帯に、久方ぶりの熱を込めて。迷子の子供のように、私は必死に手を伸ばしたのだ。



 乾く。酷『こんばんは、お嬢さん』



 私の声に、大地に寝転がっていた少女は驚愕の表情を浮かべて慌てて身体を起こす。
 当然だ、一人だと思っていたところに、突如として他人が現れたのだ。驚かない訳が無い。
 そんな少女に、私は生まれて初めて笑みを作り、優しく話しかける。少女を怖がらせないように、脅えさせないように、そっと。

『夜分遅くに館の外から何やら激しい衝突音が聴こえたので、何事かと見回りにきたのですが…如何いたしました?』
『そ、そんなに私は重くないっ!!…って、あ、貴女もしかしてさっきからずっと見てた!?』
『見てた、と申しますと?』
『あ、い、いえ、見てないなら良いのよ!そう、貴女は何も見てないし私も見られてない!』

 必死に言葉を並び立てる少女に、私は少女の意図するところを理解する。成程、つまり先程までの飛行練習は人には知られたくないらしい。
 ならば無理に少女の望まぬ道に沿う必要もないだろう。そう考え、私は笑みを浮かべたまま『そうですか』とだけ言葉を紡ぐ。
 そんな私の反応に安堵の息をつき、少女は私に疑問を訊ね掛ける。

『…ところで、貴女、誰?お父様の部下?』
『お父様、と申しますと?』
『えーっと…この館の主。貴女達にはスカーレットって言った方が良いかしら。
この館の住人みたいだから、お父様の部下の人かと思ったんだけれど…』
『はてさて、どうでしょうか。契約こそ結びはしたものの、あの方の部下になった覚えはありませんね』
『…契約を結んだ時点で、普通は部下って言わないかしら。変な奴ね、貴女』

 少女の言葉に、私は肯定も否定もせず、ただ笑うだけ。
 そんな私に、少女は軽く息をついて、ゆっくりと立ち上がる。腰に付いた泥を払いながら。

『私はレミリア。レミリア・スカーレットよ。まあ、さっきも言ったかもしれないけれど、ここの館の主の娘。一応長女よ。
…まあ、私は自分の部屋からあまり出てこないから、貴女達にはフランの方が知られてるかもしれないけど、ね』
『へえ、レミリア・スカーレットって言うんですか。…うん、レミリア、良い名前です』
『そ、そう…えっと、ありがと。人に自分の名前を褒められるなんて経験ないから、どう反応して良いのか分からないけれど』
『安心して下さい、私も他人を褒めるなんて初めてですから』
『…そう。なんていうか、貴女、本当に変わってるわね…まあ、良いか。私が人に言えるような台詞じゃないし。
それより、見回りならもう結構よ。私はすぐに館に戻るから、お父様に報告も不要よ』
『見回り?なんですかそれ?』
『…いや、何って…貴女、不審な音が聴こえたから、見回りついでにここに来たってさっき言ったじゃない。
何って言われても、私が困るじゃないの。そんな『何言ってんのコイツ』みたいな視線向けられても…』
『ああ、そういえばそんな理由にしてましたね。では見回りは終了ということで、少し私とお話しませんか?』

 私の言葉に、レミリアは再び目を丸くして私の方を見つめていた。何か変なことを言っただろうか。
 そして少し間をおいて、レミリアは抑えきれないとばかりにクスクスと笑いだす。そんなレミリアに釣られて、私も思わず笑ってしまう。
 別に何が面白いという訳ではない。ただ、笑いたくなった。レミリアの笑顔を見ていると、そうした方がきっと楽しいと思えたから。だから、笑った。
 そんな私に、レミリアは笑いながら言葉を紡いだ。『本当、変わってるわね』と。



 ――



 その日から、私は夜が訪れる度、レミリアの飛行練習が終わるのを見計らって彼女に話しかけた。
 そんな私に、最初の頃は不審そうな表情を浮かべていたレミリアだけれど、彼女の持って生まれたお人好しの性格の為か、
三日ほど過ぎれば、私に何一つ嫌な顔することなく笑って雑談に興じてくれた。
 やれ、館内は退屈過ぎてやることがないだの、やれ私には妹が居て生意気なんだけど可愛い妹なんだだの、それは本当に他愛もない話。
 そんなレミリアの話を聞くのが私は好きだった。彼女が身振り手振りを加えて楽しそうに話す姿を見るのが、私は本当に大好きだった。
 けれど、そんな日常が一週間も過ぎれば私とて違和感に気付く。レミリアの話題に登場する世界があまりに小さ過ぎることに。
 彼女の話す話題は、自室で退屈なこと。妹との会話。たったその二つだけ。館内での他の従者の話も、父親の話も何一つ出てこない。
 不思議に思った私は、ある日、気配を殺して館内に忍び込み、情報収集に努めた。そして私は、そこでレミリアを取り巻く周囲の環境のおぞましさを知る。


 館内での主の長女である筈のレミリア・スカーレット。
 そんな彼女を館内の連中はたった一言で表現していた。あれはただの『屑』であると。


 レミリアに戦う力は無い。それは館内の連中にとっては周知の事実であり、何より父親である当主自身がレミリアを塵扱いしているらしい。
 主の娘故、直接そのことをレミリアに伝える奴こそいないものの、レミリアの居ない場所で彼女の扱いは散々たるものであった。
 戦う力の無い吸血鬼など塵に等しい。その点、妹であるフランドール様は実に優秀で、後継者に必要なお方。レミリア様は唯のお飾りのお姫様だと。
 その評価を聞き、私はレミリアの世界の狭さの理由を知った。彼女は、許されていないのだ。自室という檻以外に彼女の存在が許される場所などこの世に存在していない。
 故に、彼女が心許す人物など実妹以外に存在しない。何故なら館内の従者全てがレミリアを見下し不要な塵であると断じているから。
 きっとそのことをレミリアは知らないだろう。けれど、他人の誰もがレミリアを必要としないことを、少女はきっと感じ取っている。
 だからこそ、レミリアは他者とは交わらない。交われない。彼女が触れるは妹と私だけ。そんな小さき世界の出来事を、レミリアは私に楽しそうに話すのだ。
 それはどこまでも惨たらしくて。それはどこまでも許されざることで。その日、私は館内でレミリアを愚弄した屑を二十人程屠り去った。
 そのことにレミリアの父は『なんのつもりだ』と意図を訊ねてきたが、私は軽く一蹴して告げてやった。『レミリアを愚弄するなら、お前も殺す』と。
 私がその旨を告げた日から、館内での表立ったレミリアへの侮辱は消え去った。無論、影では続いているだろうが、それがレミリアに直接届かなければそれで良い。
 加え、私はその日から門ではなく、レミリアの室外を警護するようになった。この小さき少女を汚す連中が来たら、即座に殺してやろうと
考え、私はレミリアに気付かれないように行動に移した。『契約違反だ』とがなり立てる当主には、門外に敵が来たら仕事だけはしてやると言葉を返した。



 ――かない。



 夜はレミリアと言葉を重ね、それ以外はレミリアを警護する。それが私の生活サイクルとなっていた。
 レミリアに触れるとき、レミリアの笑顔を眺めるとき、私は心の渇きを忘れられた。レミリアの傍に居れば、私は飢えを感じる必要は無くなった。
 この少女の傍に居たい。この少女の笑顔を見つめていたい。気付けば私は、どこまでもレミリアに心惹かれていた。
 そして、そんな年月を重ねたある夜、私はレミリアといつものように会話していた。その際、レミリアが一つの疑問を口にした。

『そういえば、貴女は結局私に名前を教えてくれないのね』

 レミリアがむ~っとむくれて告げる言葉に、私は苦笑しながらいつもの返答を繰り返す。
 それは、レミリアと私が仲良くなってから、週に何度も何度も繰り返される問答。

『私は、自分の名前が嫌いですから。だからその名前を他ならぬレミリアに告げられたくないのです』

 その私の言葉に、レミリアはいつも納得出来ないという表情のままで言葉を返すだけ。
 不満な気持ちは分かるが、レミリアには納得してもらう他ない。レミリアに返した通り、私は自分の名が心から嫌いだから。
 私をこの世界に生み落とすだけ生み落とし、名だけを授けた私の両親。私は、そんな連中を心から恨み憎んでいた。
 彼らのせいで、私は苦しみを受けた。望まれぬ子と知りながら、生を授けた彼らのせいで、私は何色にも交われぬ存在となった。
 だからこそ、他人に私の名前を呼ばれたくはない。特にレミリアにだけは、私の名を呼ばれたくは無かった。
 そんな私の言葉にレミリアが納得出来ない様子なのはいつものことで、その光景を私は苦笑交じりに眺めていた。
 けれど、今日のレミリアはいつものレミリアと違っていたようで。ポンと軽く手を叩き、良い考えだとばかりに一つの考えを提案する。

『なら貴女に私が名前を付けてあげる。もう『貴女』とか『お前』とか呼ばなくていいように、私が良い名前をつけてあげるわ!』
『名前…ですか?』
『ええ!だって、貴女は私にとって家族みたいなものだもの。家族を呼ぶのに貴女とかお前とか使いたくないのよ。
私は貴女を名前で呼びたい。名前で呼んでこれからも貴女と一緒に生きていきたい。貴女にはずっと傍に居て欲しいのよ。
ああ、勿論貴女が嫌だっていうのなら止めておくけれど、どうかしら…って、な、何で泣くのよ!?』
『…泣く?私が、ですか?』
『あ、貴女よ!普通に目から涙こぼしてるじゃない!ええ、そ、そんなに嫌だったの!?』

 ――違う。嫌な筈などあるものか。私は涙をぬぐいながら、心の中でそう何度も呟いてみせる。
 嬉しかった。レミリアが私を家族だと言ってくれたこと、レミリアが私を何かに属させてくれたこと、それが嬉しかった。
 生きる意味も、この世界に存在する理由も何一つ持ち得ない私に、レミリアは私という存在を認めてくれた。それが私には嬉しくて。
 涙を拭い、私はレミリアに心からの笑みを零して告げた。私が追い求め続けたモノ、私が探し続けたモノ、嗚呼、私は決して間違いじゃなかった。

『――お願いします。貴女に、レミリアに私の全てを委ねさせて欲しい。
私の名を、私の生きる意味を、私の存在する理由を、私の追い求めてきた全てを…レミリアに』

 その日、私は本当の意味でこの世に生を受けることが出来たのだろう。
 レミリアの傍で生き、レミリアと共に歩み続けることを生の理由とする妖怪――紅美鈴が。



 ――は乾かない。



 それから幾年が過ぎた日の夜。私は一つの光景に涙することになる。
 夜空の月を追い求め、レミリアが羽ばたき続けた飛行練習。そこでレミリアは飛行時間三分の大台を突破してみせたのだ。
 その事実に、飛行しているレミリアは驚き慌てふためいているが、私は胸に溢れる感動を言葉にする事が出来なかった。
 己が不幸、己が理不尽な現状、そんなモノをレミリアは自らの力で飛び越えてみせたのだ。それは形にすればたった一歩、たった一歩の
進展だけれど、レミリアは見事に成し遂げて見せた。決して心折らず、諦めず、それはどこまでも強い心の在り方。それはどこまでも美しい姿。
 私は涙を拭い、レミリアの前に姿を現した。飛行の成功に機嫌を良くしているレミリアは、いつも以上に笑みを零しながら私に
日常生活を語ってくれた。そんなレミリアを愛しく思い、口には出さないけれど、レミリアの努力の結果を私は心から賞賛していた。
 機嫌の良さが最高潮に達していたのか、レミリアは私に面白い提案をしてみせる。

『ふふっ、今日は機嫌が良いからね。美鈴、貴女の望むお願いをなんでも一つだけ叶えてあげるわ』
『唐突ですね。本当になんでも良いんですか?』
『ええ、勿論よ。ああ、当然だけど私に出来るお願いにしてね?間違っても紅魔館の主の座とかそういう願いはしないように』
『要りませんよそんなの。そうですね…』

 レミリアの問いに、私は少しだけ考えたのち、一つの答えを紡ぎ出す。
 それは以前から考えていた私の願い。レミリアとの結びつきを、もっと強める為に。レミリアのずっと傍に居る為に。
 強欲な私は、レミリアの優しさに付け込んで卑怯なお願いをするのだ。いつまでも愛する少女の傍で歩き続ける未来の為に。

『――私をレミリアの従者にしてくれませんか?他の誰でも無い、レミリアだけの従者に』
『…は?いや、でも、貴女はお父様の…』
『当主は関係ありませんよ。昔も言いましたが、元よりそのような契約を結んだ覚えはありませんし。
私はレミリアの為に生きたい。レミリアを護る為に、レミリアの傍に居る為に、レミリアと共に未来を歩む為に生きたいんです。
だからこそ、許して欲しい。私がレミリアに仕える事を、レミリアの為だけに生きることを、貴女に誓わせて欲しい』

 私のお願いに、少し困った顔をした後、軽く息をついてレミリアは笑って言葉を紡ぐ。
 その言葉を、私は生涯忘れたりしない。私とレミリア――いいえ、お嬢様を結び付ける確かな絆。

『誓いなさい、紅美鈴。これから先、どのような未来を歩もうと、お前は必ず私の隣を歩み続けると。
私の為に生き、私の為に全てを差し出し、そして私の為に笑いなさい。ただし、私の為に死ぬことは決して許さないよ。
私を想うなら、私と共に在りたいと願うなら、必ず私の為に生き続けなさい。その想いが続く限り、私はお前に報い続けるでしょう』
『――誓いましょう。紅美鈴、我が全てを賭してレミリアお嬢様の為に生き、その心に沿い続けると』



 ――、私の心は乾かない。



 それから私達が歩いてきた未来、今に続く軌跡は言葉にするには易くない。
 私がレミリアお嬢様に誓いを立てて間もなく、フランお嬢様が私と接触してきた事。
 当主の右腕である魔法使いの娘…パチュリー様が気付けば私同様レミリアお嬢様に心惹かれたこと。
 幻想郷への来訪。そして、当主達が八雲の妖怪達にやられる様を私達は地下で笑って眺め続けていたこと。
 フランお嬢様とパチュリー様の共謀により当主を謀殺し、館内のレミリアお嬢様の命を狙う連中を一掃したこと。
 紅魔館の主の座にレミリアお嬢様が不承不承で座った事。
 レミリアお嬢様が咲夜を拾い、我が娘として育てた事。
 あとは紅霧異変から始まり、現在へと続く未来が残されただけ。私とお嬢様は数百年の年月をそうやって共に過ごしてきた。


 全てを振り返ってみて、解かる事がある。私は間違いなくレミリアお嬢様に救われ、今ここに生きているということ。
 レミリア様と出会わなければ、私は以前空に浮かぶ月を見上げるだけだっただろう。この世での存在意味などというモノを追い求め続けていただろう。
 けれど、私の求めていた全てをレミリア様は与えてくれた。お嬢様は何一つ惜しみなく私に与えてくれたのだ。
 それは決してお嬢様が意図して行った訳ではない。だけど、結果としてそれらをお嬢様が私に与えてくれた事に変わりは無い。
 私の求める何か、それはきっとお嬢様しか私に与えることが出来なかっただろう。だからこそ、私はお嬢様との出会いを用意してくれた天に感謝する。
 お嬢様という月を、どんなに無様でも屈しない美しい姿をあの時見つけられたから、私は今こうしてお嬢様と笑い合うことが出来ているのだ。

 愛している。そんな言葉では終わらせたくない程に、私はお嬢様を愛している。お嬢様は私の全て、お嬢様のいない未来など考えられない。
 だからこそ、私は護ってみせる。どんなことをしても、どんな手を使っても、何を犠牲にしても、お嬢様だけは護ってみせる。
 私に生きる意味を与えてくれたお嬢様。私に世界の色を与えてくれたお嬢様。そんなお嬢様がいつまでも笑っていられるように。どんなときも幸せに過ごせるように。



 ――大丈夫、私の心は乾かない。



 紅美鈴。レミリア・スカーレットに仕える為に生きる妖怪。
 レミリアお嬢様の笑顔を誰より傍で護る事――それが私のこの世で生きる、誰にも譲れないたった一つの理由なのだから。






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