鬱です。レミリアです。今まで何百年と生きてきたけれど、ここまで気が滅入ったのは過去に類を見ないかもしれない。
その理由は勿論、先日紫が…いいえ、幽々子が引き起こした異変によるもの。そうね、ええ、そうね、知りました。レミリア全部知っちゃいました。
今回の何処何処までも続く幻想郷の冬は、紫じゃなくてなんと幽々子が引き起こした異変なのよね。どういうことよ、話が全然違うじゃない。
私が犯人だと思ってた紫は今回の件には完全にノータッチで…くきー!!だ、誰よ紫が犯人とか言ってた奴は!ぶっこおすぞ!!
幽々子が幻想郷から春を奪って、その春を取り戻しに来た霊夢達。それが丁度、私が幽々子にお呼ばれした日のこと。つまり私は最悪のタイミングでの招待に承諾したらしい。
つまり、あのとき私が参加するって承諾したのは、パチェや美鈴達からすれば『今回の異変に一枚噛む』と言ったも同じことだったらしくて。
全てを集約するならば勘違い。何もかも私の思い違い。そのせいで、今回私は本当に悲惨な目に沢山あってしまった。本当に泣きたい。というか、その日の夜は自分の部屋で一人本気で泣いた。
今まで頑張って必死でトラブルから逃げようとしてたのに、私は気づけば自分から嵐の中で輝こうとしてたのよ。運命の神様なんて絶対に許早苗。最早悲劇を通り越して完全な喜劇やな…
それを知ったのが、幽々子のところで桜の木が大暴れした日の夜。パチェ達に遠回しに遠回しに話をして訊き出した話。
とりあえず、パチェ達の話や様子から、私の弱さバレしてなかったのは不幸中の幸いだったんだけど…あれだけ醜態を晒しても、まだバレ無いって。本当、悪運だけは強いみたい。
そして私が泣きたい程に鬱なのはここからが本題。あの事件から一週間が経った本日、私は今、咲夜達を引き連れて博麗神社に向ってる。
どうして霊夢のところに皆で向っているのか、それは巫女様にお呼ばれしたから。春を取り戻し、一週間前の寒気が嘘のように温かくなり、
あちらこちらで春の風景を取り戻した幻想郷。貯め込んでいた春が奇跡を起こしたのか、蕾も無かったような木々が花を咲かせちゃってたりしてる。
…うん、そうね。桜、咲いたものね。桜が咲いたら、神社で飲み会するって、霊夢達、あの日の別れ際に言ってたのよ。で、あっけなく咲いちゃいましたよ、と。
正直ふざけるなと言いたい。何で桜は空気が読めない子なの?あれだけ冬が長かったのよ?花が咲くまであと二カ月は待つでしょ普通。
私がこれ程までに桜に苦言を呈する理由…実は私、あの異変の後で霊夢とまともに会話して無かったりする。というか、一言も会話して無い。
で、それの何が拙いかというと…私、前回の異変の元凶の一人だったりするのよね…ふ、不可抗力よ!?不可抗力だけど…霊夢から見れば変わらないわよね…
結局、霊夢から見れば私は幽々子側に居た訳で。実際、幽々子と私はお友達な訳で。勘違いが生んだ結果だけど、その事実は変わらない訳で。
それらのことを考えると、私が霊夢にフルボッコにされるのは確定事項。出来るだけマシな未来を想像すれば、パンチ+絶縁。異変の元凶相手だもの、霊夢なら絶対やる。
思わず大きな溜息をついてしまう。…はぁ、これで『霊夢と私達ずっと友達だよね~Blue 鳥が空高く飛ぶ~作戦』は試合終了かあ…諦めなくてもゲームセットじゃない。
まあ、仕方ないわよね。私、もともと霊夢に嫌われてたみたいだし、最初から上手くいく可能性なんてこれっぽっちもなかったし。私みたいな根暗引き籠り女が
他人と仲良くなろうと頑張っただけでも大したものよね。うん、そう自分を慰めよう。明日があるさ明日がある若い私には夢がある。
「はぁ…世の中は押し並べて何事も上手くいかないものね」
「お嬢様、どうかなされましたか?」
「いや、何でもないよ、咲夜」
心配そうに私の顔を覗き込んでくる咲夜に、私は無理矢理笑みを作って返してみせる。
あの日が終わって咲夜はいつもの咲夜に元通り。結局、あの時咲夜は何で泣いてたのか理由も聞けず仕舞い。
まあ、年頃の女の子だものね。誰だって泣きたいときくらいあるわ。私?私はいつだって泣きたいわ。誰か私に胸を貸して頂戴。三秒で号泣するから。
そうそう、余談だけど異変解決の日から三日は本気で体中が痛かった。当然よね、あの変態桜に右に左に失神するほど振り回されたんだもの。
今日だって平然としてるように見えるかもしれないけれど、私の背中と太ももと首の下には湿布が貼られてるから。そこ、湿布臭いとか言わない。気にしてるんだから。
まあ、あと数分後にはその湿布の枚数も更に増えることになるんだけどね。ええ、ええ、もう覚悟は決めたわ。霊夢にぼっこぼこにされる覚悟完了よ。
命さえ助けて貰えるなら、骨を折られるくらいは我慢してあげるわ。…嘘です、お願いですからびんた位で済ませて下さい。痛いの本当に嫌なんです。
また一か月紅魔館のベッドで過ごすのは嫌なのよ。咲夜に介護して貰って一人でトイレにすら行けないのは嫌なのよ。だからお願いします霊夢様。どうか、どうか…
「よう、レミリア。それに咲夜、美鈴、パチュリー。少し遅かったな一番乗りならぬ一番遅れだ」
神社の階段を登り終えた私達を最初に迎えてくれたのは魔理沙。
どうやら彼女の口ぶりからして、他の人達はもう来ているらしい。魔理沙が素面の様子を見ると、宴会はまだ始まってないみたいだけど。
「いやあ、レミリアが来てくれて本当に助かったぜ。危うく火山が噴火するところだった」
「火山が噴火?どういう意味?」
「いや、お前達が予定の時間になっても来ないもんだからさ。ウチのお姫様が段々落ち着きが無くなって不機嫌になっていったんだよ。
誰が見ても分かるくらいにそわそわしてさ、その事を指摘したら『ああ?』って睨んでくるし。本当、迷惑な奴だよな」
「へえ…それは見たかったわね。むしろ来ない方がよかったのかしら」
お姫様?お姫様というと、西行寺幽々子のことかしら。何、幽々子ってばそんなに早くお酒が飲みたかったのかしら。
別に私達のことを待たずに始めちゃってて構わなかったのに。変に律義な奴ねえ、あんな大それた異変をしでかしたくせに。
しかし、咲夜も幽々子の不機嫌な姿が見たかったって…この娘、意外とSっ気でもあるのかしら。幽々子の不機嫌な姿なんて私は絶対にノーサンキューだけど。
「まあ、そういう訳でレミリア、お前もさっさとお姫様のご機嫌取りに…」
「…魔理沙、アンタはそんなに冥界に送られたいのね。安心しなさい、私が迷わないよう極楽に送ってあげるから」
「そいつは御免被るな。さあて、世界で一番お姫様な友人にゴーストスイープされないうちにスタコラサッサだぜ」
苦笑を浮かべながら、神社の奥へと逃げていく魔理沙と入れ替わりにやってきたのは…げえっ、霊夢!
私達の前に現れたのは、誰がどう見ても『私、不機嫌です』と顔に書かれてるようにしか見えない博麗霊夢さん。メッチャ怒ってるやんコレ…
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。怒ってることくらい分かってたけど、本物を前にしてプレッシャーが半端じゃない。馬鹿な、この紅王の足が震えて…(いつものことです)
諦めたら試合終了とかそんなレベルじゃない、もう完全に積んだ状態。正直ね、甘く見てた。もしかしたら、泣いて土下座すれば許して貰えるかもしれないとか考えてた。
でも駄目だ。こんな今にもハイパー化しそうな状態の霊夢相手に私がどうこう出来る訳がない。私に残された道は光を抱いて夢を見るくらいしか出来っこない。霊夢の瞳に虹が掛ってくれないかな。
あわわわ…霊夢が一歩ずつ私の方に近づいてくる。駄目、完全に無理。咲夜も美鈴もパチェも霊夢には勝てないし…もう駄目だ、お終いだ…霊夢の怒りが有頂天になってる。
お、お願いだから顔だけは許してくだしあ!私まだ嫁入り前の女の子なの、本当に顔だけは止めて!あとは好きにしてくれていいから!我慢するから!泣き寝入りするから!
…やややっぱり身体も駄目ええええ!!嫌ああ!!痛いのは嫌あああ!!れれれ、レミリアしゃがみガードっ!!
…あれ、霊夢からの外道パンチもヤクザキックも来ない。何で?
しゃがみこんでガクガク震えている私だけど、いつまで経ってもこない霊夢のお仕置きに、おそるおそるゆっくりと顔を上げる。
すると、私の顔の前に、私同様しゃがみこんでる霊夢の顔が。ひ、ひぃぃ!!冷たい霊夢のじと目が私の鼻先5cmに!?ななな、何事!?
混乱と恐怖から立ち直れない私に、霊夢は何も言わずにじっと睨んだまま、ゆっくりとその重い口を開く。すすすスペルカード発動!?
「身体の方は大丈夫な訳?」
「…ふぇ?」
「同じことを二回も言わせんな。身体の方はもう大丈夫なのかって訊いてんのよ。
アンタ、妖怪桜にあのとき力いっぱい振り回されてたでしょ」
何が何だか分からない。え、今の言葉って…お仕置きと全然関係なくない?え、何これ、どういう展開?
私が返答に困ってると、霊夢はさっさと答えを返せとばかりに眼力に更なる圧力を加える。こここ怖いいいい!!人里の子供、コレ見たら絶対泣くわよマジで!
その時の霊夢があんまりに怖かったもので、私は必死にブンブンと首を縦に振る。情けない?笑わば笑え、だって怖いんだもんこの巫女。
私の肯定を見て、霊夢は大きく息をつく。そして、おもむろに私の額を人差し指でツンと突く。急にそんな力を加えられると、私は後ろに転ぶしかない訳で。
情けなく地面にすてんと転がった私を見ながら、霊夢は立ち上がり、ぽつりと言葉を零した。
「ったく、心配掛けるんじゃないわよ…ばーか」
「え…れ、霊夢、今なんて」
「っ、うっさい!さっさと宴会始めるって言ったのよ!この馬鹿吸血鬼!アンタ達もさっさと来る!」
顔を真っ赤にして怒声咆哮。霊夢は肩を怒らせて神社の奥へと戻って行った。
…えっと、霊夢の呟いた言葉はよく聞き取れなかったんだけど、霊夢の様子から見てお仕置きは免れたみたい。
なんだろう…お仕置き免れてホッとしたとかじゃなくて、逆に怖い。あの霊夢が私をフルボッコにしないなんて今の私には理解出来ない。
一体どうして。そんな風に首を傾げていると、後ろから三人の声が。
「ふふっ、あのお嬢さんも素直じゃないですねえ。見ていてこっちが微笑ましくなってしまいます」
「まあウチにもなかなか素直になれないのが一人居るみたいだけどね。ねえ、咲夜?貴女もウカウカしてるとレミィを一人占めされちゃうわよ?」
「余計なお言葉ですわ、パチュリー様。魔理沙ならまだしも、博麗霊夢に私がお嬢様をお渡しするとでも?」
…なんか訳の分からない会話してる。なんか気まずくて、会話に入るに入れないし…
とりあえず、一つだけ分かるのは、私が霊夢に許されてる…と思う。許されたんやな、喜劇やな。少なくとも私の命の危険は去ったのね。
本当に良いの?信じても良いのね?私は助かったのね?超許されたのね?無罪放免なのね?ひゃっほーう!!博麗最高ー!!信じてたわよ霊夢!!
ああ、こんな幸せな気持ちになったのは初めてです。途方に暮れた昨日にさよならふつふつと湧きあがるこの気持ち。人それを幸福という。
そうよ霊夢、私は悪くないのよ!この異変に私は何も悪いことしてないのよ!流石霊夢さんや、ホンマ霊夢さんの優しさは天井知らずやで!
今日はパーティーよ!レッツパーリーするわよ!誰か喜びの松竹梅買ってきてー!霊夢、貴女の心の広さを私は死ぬまで語り続けることにするわ。
まず手始めに人里での布教活動からね。ここの巫女は良い巫女だー人外に優しく最強だーああ巫女よフォーエバーソーファイン…
「ちょっと!!いつまでグズグズしてんのよ、宴会始められないでしょ!さっさとこっちに来なさい!」
はい、グズです、ごめんなさい、すぐに行きます。危ない危ない、折角お仕置きを避けられたのに、ここで霊夢の不興を買っては何の意味も無いわ。
何はともあれ私の命の危険は去った。それさえ分かれば私に怖いものなんて何もないわ。今日の宴会は大いに楽しんでやる!Touch me baby 気分はHoliday 星空のメロディー!
楽しくない。全然楽しくないわよこの宴会。ちょっと霊夢、どういうことよ。話が全然違うじゃない。
宴会が始まり、お酒をちびちびと飲み始めた私なんだけど…おかしい、おかし過ぎる。面子の配置がおかし過ぎるじゃない。
私は視線をちらりと少し離れた桜の木に向ける。そこに居るのは、魔理沙とパチェ、そしてアリスとかいう魔法使い。
ああ、三人とも楽しそうにお話しながらお酒飲んでるわね。魔法の話かしら、何か凄く盛り上がってるし。私も混ぜて欲しいなあ、どうせ話の内容微塵も分からないけどさ。
私は再び視線をちらりと別の方向へ。そこで飲んでるのは、美鈴に妖夢、そして霊夢と咲夜。
ああ、妖夢と美鈴は仲良いからね。そりゃ話も弾むってものよね。咲夜と霊夢は…何あれ、いがみ合いながら酒飲んでる。
でも、美鈴が間に割って入らない様子を見るに、結局あれでも仲が良いってことなのかな。良いなあ、そういう関係憧れるなあ。楽しそうだなあ。
というか、思うのよ。私、こういう女の子のすぐグループに別れて行動するのって良くないと思う。一つの場所でみんな一緒に飲んだ方が楽しいわよ絶対。
…ああ、分かってる。分かってるのよ、本当はみんなが私達に気をきかせて自分から離れたことくらい。でもね、ハッキリ言わせて。それは余計な気遣いっつーのよ。
お願いだから、私の隣で一緒にお酒を飲んでる女性――西行寺幽々子、この人と私を二人っきりにしないで。今回の件は色々あり過ぎて、私何を話して良いのか本気で分かんないんだから。
「フフッ、桜の木の下で貴女と二人酒を酌み交わす…願いを叶えることが出来て、本当に嬉しいわ」
「そうかい。それは何とも慎ましやかな願い事だね。白玉楼の主ならもっと夢を大きく持った方が良いわ」
そう、私のようなその辺でささやかな日常を享受して幸せを噛みしめているような小物じゃなくて
もっと大物妖怪と酒を飲んで頂戴。例えば紫とか紫とか紫とか紫とか紫とか。そういえば紫の奴は冬眠から目覚めたのかしら。このままずっと寝てて欲しいけれど。
「あら、私にとってはとてもとても大きな夢だったのよ。ただ、贅沢を言えば、西行妖の桜舞う下でという情景が望ましかったのだけれど」
断固拒否。絶対嫌。あの桜の下で酒を飲むとかどんだけマゾプレイなのよ。死んでも嫌よ。
というか幽々子の奴、あの化物桜を処分したのかしら。出来ることなら焼却処分して欲しい。あんな卑猥桜は存在してはいけないのよ。汚物は消毒だわ、ひゃっはー。
…というか、まさか幽々子の奴、あの桜の下で宴会しないか誘ってこないでしょうね。ううん、無いとは思うけれど、一応手を打っておこう。
「私はそうは思わないけどね。今日、ここで酒を酌み交わして理解したよ。
お前と一緒に飲む酒なら、桜が舞おうと青葉に覆われようと紅葉が繁ろうと枯れ葉が舞おうと何処だって同じさ。
私と幽々子、二人で酌み交わし合う酒の味は自然の情景などに移ろいやしない。私達の酒は何時だって美酒に決まっている、そうだろう?」
「…ふふっ、ええ、そうでしたわね。私達が酌み交わし合うお酒がどうして口に合わないことがありましょうや。
レミリア、貴女と知り合えて本当に良かったわ。私、本当に貴女のことが気に入っちゃったみたい。貴女は本当に魅力的な人ね」
…うわ、今背筋がやばかった。ちょちょちょ、いくら気に入ってもそっちはノーサンキューよ?私はノーマル、至ってノーマルなのよ。
こういう私の中の危険警報が鳴った時は話題を逸らすに限る。私はレミリア、危険の分かる女。藪蛇を突くような馬鹿な真似はしないのよ。
「買被り過ぎだ。お前には私なんかより魅力的な人がいるだろう?」
「そうよ幽々子。あんまり浮気をされちゃうと私も寂しくなってしまうわ」
「あら紫、お久しぶりね。冬眠前以来かしら」
「そう、例えば紫のような…って、紫っ!?」
突如として幽々子の隣ににゅるんと隙間から登場したのは八雲さん家の紫さん。な・ん・で・だ・よ・う。
いや普通に『例えば妖夢とか』って続けようとしたら、どうしてここでインチキ妖怪登場なのよ。エジソンが偉い人なことくらい私だって知ってるわよ。
全力で驚いている私に、紫の奴は『久しぶり~』とニヤニヤ楽しそうに笑ってらっしゃる。いや、誰もアンタなんか呼んでない以前に
何で幽々子とさも当り前のように会話してる訳?え、何で幽々子も普通に応対してる訳?しかも紫のこと普通に紫って呼んでるし…
「再会の挨拶は構わないのだけど、幽々子は紫のことをどうして知ってるのよ」
「あら、言わなかったかしら?私と紫は昔からの友人なのよ。大体千年くらいの付き合いかしら」
「き、聞いてないわよ?ゆ、紫からも幽々子のこと一度も聞かされたこと無いし…」
「あら、だって訊かれなったもの。私としては、幽々子と貴女がお友達だったことが驚きよ」
「ふふっ、最近仲良くなりまして。紫、貴女には謝らないといけないわね。貴女の話していた通り、本当に素敵な娘だったわ」
「でしょう?幽々子ならレミリアの良さが分かってくれると思っていたわ。これからは仲良く共有し合いましょうね」
「ええ、喜んで」
ちょ…わ、私の良さって何!?私の良さが分かるって何!?私を共有するって何!?考えたくない考えたくない無理無理無理無理!
霊夢からの危機を脱出出来たと思ったら、次は最強妖怪と最強亡霊の夢のタッグトーナメント!?私のようなジェロニモは放置して頂戴!
紫から無意味に気に入られたのは知ってた。今回の件で幽々子からも何故か無意味に気に入られているのも感じてる。
だけど、このコンビに私が共有されるとか…一日置きに玩具にされる未来とか想像したくない。しかも二人化物クラスだから私何も抵抗出来ない。
あわあわと内心慌てふためいてる私を余所に、幽々子はふと先ほどまで食べていたお酒のツマミが無くなっていることに気付いたらしく。
「ちょっと妖夢のところに行って何か貰ってくるわね」
「いってらっしゃ~い。留守してる間、レミリアの面倒は私が責任を持って見てあげるから」
「…あのね、紫。人を子供扱いしないで頂戴。私はこう見えても五百を生きた吸血鬼だよ」
「あら、私は年齢で他人を判断しませんわ。私は私の思うがまま誰にも束縛されることなく他人を扱うのです」
「はあ…妖怪でも亡霊でも強い奴は皆例外無く変わり者だわ」
「あら、褒め言葉をありがとう。スカーレット・デビルに実力を褒められるなんて光栄この上ありませんわ」
だからスカーレット・デビルは辞めろおおお!!あれは咲夜が勝手に広めた中二ネームだあああ!!いや、ちょっと格好良いとは思ってるけど!
かといって、ここでそんなこと指摘出来る訳も無く。この場の誰もが私のことを強い吸血鬼だって思ってるし、それを否定する訳にもいかないし。
だから私は紫を無視して、黙々とお酒を飲み続ける。ああ、やっぱり赤ワインはたまらないわね。この芳醇なトマトの香りが素晴らしいわ。
ただ、私はアルコールに対して異常に強いみたいだから、お酒に酔えないのよね。だから私は咲夜から渡されてる、この特別製の赤ワインしか飲まない。
というか、これ以外飲んだことがない。咲夜達が言うには、他の酒は不味くて私に口にさせる訳にはいかないらしい。一度くらい別のお酒も飲んでみたいけれど、
咲夜達が駄目っていうなら仕方ない。私はこの赤ワインで我慢するとしましょう。しかし、爽やかなトマト味は他のワインじゃだせない清涼感ね。
そんな私のお酒が気になったのか、紫はニコニコと微笑みながら私の飲んでるお酒について幾つか訊ね掛けてくる。
「そのお酒は赤ワインかしら?随分と美味しそうに飲んでるのね。相当上質なモノなのかしら?」
「ああ、咲夜達が紅魔館の地下室で作ってくれた特別品よ。うん、このほのかな酸味からして三十年モノくらいかしらね」
「ぶっ!!…ごほっ!!!ごほっ!!」
「?何よ、いきなり噴き出して。失礼な奴だね」
「ご、ごめんなさい、なんでもないわ…ふ、ふふふっ…さ、三十年モノね。ほ、本当に駄目、今のはちょっと本当にツボに入って…」
いきなり顔を両手で覆ってぷるぷるし始める紫。何こいつ、変なモノでも食べたのかしら。
あ、もしかして紫ってワインの知識が疎いのかしら。三十年モノ=腐ってるって感じなのかしら。駄目よ紫、大人の女は酒の一つでも語れないと。
良い女というものわね、酒と色香で男を惑わすことが出来て当然なの。まあ、私もボデーは少しばかり足りないかもしれないけれど、その分はお酒でカバーよ。
ふふん、なんだか紫に対して一つ勝ってるところがあるって少し嬉しい。紫、貴女はゆっくり大人の女になりなさい。そう、この私のように。
「あー、おかしかった。本当、私をここまで笑わせてくれるのは貴女くらいのモノだわ」
「最近似たような台詞をよく言われる気がするね。貴女は良いだの気に入っただの貴女くらいだの。
本当、みんな買被り過ぎよ。私なんかより興味を引く奴なんて五万と居るというのに」
「あら、それは大きな間違いだわ。少なくとも私は貴女のように人を惹き付ける妖怪を他に見たことがない。
貴女には他の誰にも持ち得ない輝きがあるのよ。だから私も幽々子も貴女に惹かれるの。私達だけじゃなく、霊夢達だってそうね」
「煽てないで、くすぐったくて仕方がない。まあ…それで皆が良いなら別に構わないけどね。
ただ、期待外れに終わっても人のせいにしないでくれよ。勝手な期待をされて勝手な失望をされてもこっちは腹立たしいだけだ」
「しないわよ。だから貴女は安心して自由奔放に振舞いなさい。それが貴女を望む未来へと勝手に導いてくれる筈よ」
「望む未来…か」
好き勝手したらケーキ屋さんになれるのかしら。森の小さなケーキ屋さんの店長になれるのかしら。…無理よねえ。
まあ、その未来はもっと先に取っておくとして…今は命が助かればそれで良いわ。平穏無事な毎日ならそれでいい。
紅魔館で咲夜と美鈴とパチェと…それと、憎たらしいけどなんだかんだで可愛いフラン。あの娘と一緒に穏やかな日々を過ごせれば、それで良いのよ。
そんな些細なことだけど、それが大切な私の幸せ。地位も名誉も力も要らない、何処にでもあるようなほっこりした幸せを感じられればそれで良い。
…幸せ、か。続くと良いな。そんな毎日がずっとずっと続けば良い。私は心からそう思う。この騒がし過ぎるのも良くないけれど、忙しくも優しい毎日が何処までも続けば。
「何を考えてるの、レミリア」
「…別に。ただ、こんな毎日がいつまでも続けば良いなって、そう思っていただけよ」
「…そう。そうね、こんな日々がいつまでも悠久に続けば良い…私もそう思うわ」
紫はくすりと小さく微笑んで、先ほど幽々子が運んできた酒瓶のうち一本を左手に持つ。
そして右手には余っていた二つのグラスを。いきなりお酒何か持って、何をするつもりかしら。
「それじゃ、私はこれで失礼するわ。幽々子にはよろしく言っておいて頂戴ね」
「もう帰るのかい?宴はまだ始まったばかりだと言うのに」
「あら、引き止めてくれるの?ありがとう。
もともと少し貴女達と顔合わせしたら帰るつもりだったから。そして、この宴は春雪異変に臨んだ者達だけの特別な宴だものね。
無関係だった私は裏方らしく、同業者と二人でゆっくり酒を酌み交わすことにするわ」
…紫の言ってる言葉がさっぱり分からない。あいも変わらず言葉の八割が意味不明で構成されてる女ね。
とりあえず、紫はお帰りということだろう。OKOK、こっちは望ましい展開よ。早く帰って酒盛りでも何でもしてて頂戴な。
社交辞令で『それは残念だ』と呟き、私は手に持つグラスを口元で傾ける。ああ、紫様の帰宅で今日もワインが美味い。酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞー。
ワインを飲み、ふうと息をついて、紫に別れの言葉を告げようとそちらを向くと…あれ、いない。紫の姿が影も形もなかった。
紫ったら、もう帰ったのね。本当、神出鬼没で訳分かんない奴。まあ、いいわ。幽々子も居ないし、のんびり酒の続きでも…そう考えた瞬間だった。
背後から誰かの両手が突如として現れ、私を抱き込むように優しく腕を回された。えええ!?ななな、何この展開!?というか誰!?
慌てふためきそうになった私に、その腕を持つ人物――八雲紫は普段のお茶らけた様子からは考えられないような優しい声で私に語りかける。
「…ありがとう、幽々子を護ってくれて。
貴女のおかげで、私は再び大切な親友を失わずに済んだ。こうしてまた幽々子と笑い合うことが出来た」
「え…」
「――永遠に幼き紅い月、レミリア・スカーレット。必要な時は、他の誰でもなくこの私を頼りなさい。
紅月が闇を厭う時、私はその群雲を払い除ける敵無き牙となりましょう。最強の妖怪、八雲紫が貴女の力にね」
それだけを言い残し、紫は今度こそ隙間の中へ消え去っていった。
…紫の奴、一体何だったのかしら。幽々子を護ったって…むしろ私が護って貰った気がするんだけど。化物桜から助けて貰ったし。
しかし、紫が力になってくれる…か。よし、もし幻想郷にケーキ屋さんをオープンするときは少しだけ紫に出資して貰おう。うん、店を始めるにはお金かかるもんね。
私が未来を楽しく想像していると、幽々子がこちらに戻ってきた。私の周囲を見渡して、首を傾げながら訊ね掛けてくる。
「紫はもう帰ったの?色々と積もる話もあったのに」
「全く持ってアイツは本当に良く分からない奴だよ。ま、どうせ紫のことだ、すぐに会えるでしょう」
「それもそうね。紫の件はまたにして、今はこの宴を愉しむと致しましょう」
幽々子が腰を下ろし直し、持ってきた新たなおつまみに手を伸ばす。本当、幽々子も良く食べるわね。
やっぱりあれだけ食べるからボインボインになれるのかしら。くそう、私だって沢山食べればあれくらい…無理ね、あれは無理だ。
よし、目標は近いところから。マラソン方式ね。まずは妖夢に勝つ。そうしたら魔理沙や霊夢に勝つ。うん、そういう順序を踏もう。
私もおつまみを食べながら、神社に咲く桜達に目を向ける。うん、綺麗だわ。本当、あのくそ変態桜なんか目じゃないくらい。
…そういえば幽々子の奴、妖怪桜を処分したのかしら。というか、あんなの放置してちゃまた来年暴走するんじゃないの?
「あの妖怪桜はどうしたの?まさかそのままという訳ではないでしょうけれど」
「あら、西行妖なら以前と変わりなく庭に在りますわ。桜の花は散ったけれど、今後も咲かぬ桜として冥界で生き続けるでしょうね」
「おいおい、良いのか?またいつ暴走するとも分からないのに」
「大丈夫よ。今回の件は、西行妖に無理矢理春を与えたから生じたこと。
同じようなことをしない限り、西行妖が再び花開くことは無いでしょう」
「まあ、それなら良いけれど…しかし、あの化物桜もよくもまあ人様に迷惑をかけてくれたわよね。私だけ何故にあんな目にあうのやら」
私の漏らした不平不満に、幽々子はくすくすと楽しそうに微笑む。むぅ、こういう幽々子の姿を見ると本当に美人さんだなって思う。
紫とはまた違う、別の一線を極めた美少女っていうか。私が男なら放っておかないくらいだわ。まあ、私女だから全然興味無いんだけど。
笑い終えた幽々子は、少しばかり考えるような仕草を見せ、何か思いついたのか軽く掌をぱちんと合わせる。そして私に笑顔でこんなことをのたまうのだ。
「そうね、こういうのはどうかしら?
西行妖に封ぜられている見知らぬ誰か――その人もきっと、レミリアのことが好きで好きで仕方ないのよ」
眩しいばかりに輝く笑顔でそんなことを言ってのける亡霊姫、西行寺幽々子。
彼女の笑顔を眺めながら、私は一人思うのだ。ああ、紫同様この変人とも永い付き合いになっちゃうんだろうなあ、と。
どうかその予感が当たりませんように。遅れてやってきた春風の中、私は新たな友人の眩しい笑顔を見つめながら一人そんな溜息をついたのだった。
幻想郷の春はやってきたけれど、どうやら我が世の春はまだまだ当分先のことみたい――凄いよこの幽々子さん、流石は八雲紫の親友さん。
~side 霊夢~
レミリアが幽々子と酒を飲んでる姿を眺め、私は軽く息をつく。分かっていたことだけど、レミリアの奴、幽々子とも仲が良いのね。
まあ、今はそんなことはどうでも良い。私には少しばかり用事がある。それは、私の中の小さな疑惑を確信に変えること。
正直、七割八割は決定している。ただ、その裏付けが欲しい。だから私は気は進まなくとも、コイツなんかを呼んだのだ。
「で?人を呼びだしたかと思えば、一人で延々と酒を飲み続けるだけ?用がないなら、お嬢様のところに戻されてもらうわよ」
「うっさいわね…これから話をしようと思ったのよ、良いからそこに座りなさい」
私が呼びだした相手、それはレミリアの従者である十六夜咲夜。
別にコイツじゃなくても良かったんだけど、門番とは会話をあまりしたことないし、魔法使いに至っては尚更だ。
だから紅魔館の面々で私は咲夜を選んだ。ただまあ、咲夜の苛立たしい態度を見ると失敗かなと思わないこともないけど。
私の言葉にわざとらしく肩を竦めながら、咲夜はその場に腰を下ろす。ふん、悪態をつく前に最初からそうすれば良いのよ。
私は自分が使っている酒升とは別のモノに酒を注ぎ、無言で咲夜に渡す。咲夜もまた無言で受け取る。本当、愛想の無い奴よね。人のこと言えないけど。
「まさか仲良く二人でお酒を酌み交わしましょう、というつもりでも無いんでしょう?」
「当り前だ。アンタとそんな時間を過ごすくらいなら一人寂しく飲んでる方がマシよ」
「でしょうね。私も同意見だわ。だったら、さっさと用件を言って頂戴。私は貴女と違って暇人では無いのよ」
ぐ…こいつ、本当にムカつく。いちいちいちいちいちいちいちいち一言が多いのよクソメイドが。
言われなくてもさっさと済ませてやるわよ畜生。私は軽く酒を呷り、息をついて咲夜に確認するように訊ね掛ける。
それは私が以前から生じていた疑問。紫に問うても返って来なかった本当の答え。
「アンタのご主人様…レミリア・スカーレット、本当はメチャクチャ弱いんでしょう」
私の問いに咲夜は答えない。咲夜の方に視線を向けると、咲夜は眉を寄せて私の方を睨んでいる。
いや、睨んでいるというか判断してるのか。私がどんな意図で質問したのか、また、私がその答えを知ってどうするつもりか。
下手をすればレミリアに危害を為すかもと考えているんだろう。本当、コイツは馬鹿だと思う。そんな訳ないでしょうに。
「返答が無いということは肯定と見做すわよ」
「…自分に都合の良い答えを引き出したいだけなら、好きなだけそうすれば良い。
お嬢様が弱いですって?寝言は寝てから言うものよ、博麗霊夢。話はもう終わりなら私は戻るわよ」
「逃げんな十六夜咲夜。そもそも証拠だって完全に出揃ってるのよ。
西行妖相手にアイツは微塵も抵抗出来なかったし、情けない悲鳴をあげてまで私達に助けを求めてる」
「急激な状況変化に対応出来なかっただけでしょう。パニックを引き起こせば、私だって無様に泣き叫ぶわ」
「…あのねえ、私は別にレミリアが弱いからどうこうするつもりはないのよ。ただ…」
そこまで口に出して、私は気付いた。ただ…なんだろう。
レミリアが強かろうが弱かろうが別に関係ない。魔理沙風に言うなら、レミリアはレミリアだ。私は別にレミリアの強さで何かを決める訳じゃない。
ただ、レミリアの本当の姿が知りたい。そう考えているんだ。そしてレミリアが弱かったら…また、今回のようなことが起こりかねない。
もしそうなれば、またレミリアは危険な目にあうんだろうか。アイツ、弱いくせに意地張って危険に首突っ込んで馬鹿みたいな目にあうんだろうか。
そこまで考えた時、私は胸の中が少しだけチクリと痛んだ気がした。その痛みが感情になったのは、数瞬経ってから。
ああ、そういうことか。ようやく分かった。私はただ『レミリアが危険な目にあうのが嫌』なんだ。レミリアが大怪我をするんじゃないかってことが嫌なんだ。
だから私は知りたがってるんだ。もし本当にレミリアが弱いなら、誰かが護ってやらないといけない。レミリアが無茶しないように見てないといけない。
だってそうじゃない。レミリアが痛い思いをするなんて、誰だって嫌だ。レミリアが…友達が痛い思いをするなんて、そんな未来は絶対に嫌だから。だから私は…
「っ、と、友達を心配するのがそんなに悪いことなの!?私はただあの馬鹿が心配なのよ!!」
自分の感情に気づけば、後は口にするだけで。私の言葉に、咲夜は唖然とした表情を浮かべている。
咲夜に遅れること少し。私は自分が如何に恥ずかしい言葉を口にしたのかに気付き、顔が熱くなるのを感じた。
ああもう、畜生、それもこれもみんなみんなあの馬鹿のせいだ。アイツが心配をかけるからこんなことになるんだ。
らしくない。こんなの全然私らしくない。何よ何よ何よ。レミリアの馬鹿、馬鹿、馬鹿。アイツのせいでこんな赤っ恥を…
「…貴女の推測通りよ。お嬢様は何一つ戦う力を持たない吸血鬼、だから私達がこうして必ず一人はお嬢様の傍に居る」
「あ…」
咲夜の答えに驚きのあまり言葉を零してしまう。まさか、咲夜の奴が本当に答えてくれるとは思わなかったから。
そんな私の様子に、咲夜は笑うこともせず、酒を一度喉に通して言葉を紡ぐ。
「博麗霊夢、私は貴女が嫌いだわ。正直顔を見るのも辟易するし、こうして会話をしてても腹立たしくて仕方がないわ」
「ぐ…こ、こんのクソメイド、言わせておけばっ」
「――でもね、お嬢様のことを心から心配してくれる相手を笑ったり偽りで返したりなんかしないわ。
貴女がお嬢様のことを想い、考えて行動しているのなら、私はただ貴女の行動に対し相応の返答をするだけ」
そう告げ、咲夜は一瞬…本当に一瞬だけど、笑ってた。いつものコイツからは考えられないような、子供みたいに嬉しそうな顔で。
そして咲夜は酒升を置いて立ち上がり、うんと一度背伸びをして口を開く。
「そろそろお嬢様のお酒がきれそうだから追加してこないと。それじゃ、話は済んだし私は行くわよ」
「え、あ、うん…」
レミリア達の居る方へ歩き出そうとした咲夜だけど、何故かふとその場に一度立ち止まる。
そして私に背を向けたまま『そうそう』と呟いて、再び言葉を続け出す。
「お嬢様が弱いからといって、貴女は何一つ心配する必要無いわ。だって、お嬢様はこの私がお守りするもの。
貴女みたいな役立たずのヘッポコ怠惰巫女が居なくても、お嬢様には何の問題も無いから安心なさい」
「んなっ…けけけ、喧嘩売ってるのかこんのクソメイドがああああ!!」
「あら、その喧嘩遠慮なく買ってあげるわ。今日の私は何時にもまして調子が良いわよ。貴女にこの美しき銀の弾幕、かわせるかしら?」
「アンタこそ私の封魔針でハチの巣にしてやるわっ!さっさと上空に上がりなさい!ぶっ潰してやる!」
私と咲夜は互いに上空へと飛翔する。その私達の騒ぎを見て、魔理沙がいいぞいいぞと囃し立てる。ふん、酒の席の良い余興だわ。
とりあえず、レミリアの弱い強いはどうでもいい。今はこの傲慢なメイドをフルボッコにしてやる。いい加減、どっちが本当に強いのか分からせてやる。
どうやら、私達の弾幕勝負に気付いたのか、レミリアも私達の方を見上げて必死に何か叫んでる。
「ちょ、ちょっと二人とも何やってるのよ!?折角の宴会に…」
「お嬢様、ご安心ください。霊夢など物の敵ではありませんわ、三分で沈めて御覧にみせましょう」
「レミリアー!今からコイツをぎったんぎたんにするけど良いわよね!?勿論、許可なんか求めてないけどね!」
レミリアの制止の声も振り切り弾幕勝負開始。ちっ!咲夜の奴、相変わらず鋭いトリッキーな弾幕をっ!
幾度も弾幕を交わし合い、嵐の吹き荒れる中、私は少しだけ…ほんのちょっとだけ思ったことがある。
それは恥ずかしくて決して口に出したりなんかしないけど。絶対に誰にも話すつもりなんてないけれど。
「そもそもどうして異変解決に出向くのよ!人の仕事を奪うな!
大体レミリアの傍に居るのが仕事なら大人しく引き籠ってなさいよ駄犬!!」
「もう貴女に話す舌は持たないわ!!私が出向くまで異変解決に動こうとしなかった女に!!」
「それでも私は博麗の巫女だ!!」
「それは一人前の楽園の巫女の台詞よ!!」
「いやぁぁぁ~!!私の平穏が!」
私達の弾幕勝負を青ざめた表情で見上げている少女。強そうに装っていて、その実誰よりも弱い小さな小さな吸血鬼。
もし、咲夜達の手がどうしても届かないときに危険が迫ったら…そのときは、私が護ってあげよう。
そんな恥ずかしくて誰にも言えないことを私は小さく思っていた。まあ、そんな日はこの化物が居る限り絶対に来ないでしょうけれど。
~side 紫~
隙間を通り抜け、辿り着いた屋敷の一室で私はその部屋の主に向けてニコリと笑顔を浮かべる。
その部屋の主は、少しばかり鬱陶しそうな表情を浮かべたものの、私の手に持つものを見て私の意図を理解するや、
しかたないとばかりに苦笑を浮かべる。成程、なんだかんだいってこの娘も付き合いはそう悪くないみたい。
「久しぶりね、お姫様。いいえ、黒幕とでもお呼びした方が良いのかしら?」
「誰が黒幕よ、人聞きの悪い。今回の異変に関して私は完全にノータッチよ。傍観者として楽しく鑑賞させて貰ったわ」
「傍観者…ねえ。人の式を苛めておいて良く言うわ」
「あら、あれは立派なお仕事の一つだわ。今回の異変に冬眠中の貴女はお呼びではなかったわ、西行妖を貴女が止めては舞台が台無しだもの。
お姉様を中心に皆がまとまることにこそ意味はある。良好な結果を導き出してあげたのよ、感謝されこそすれ責められる言われは無いわ」
私の問いにしゃあしゃあと答える傍観者さん。本当、姉と違ってお腹の中まで真黒だこと。まあ、それもまた面白いのだけれど。
まあ、確かに彼女の言い分も正論だ。今回の異変に私が関与するのはあまり得策ではない。今宵の舞台は幽々子とレミリアの二人だからこそ意味がある。
そう、確かにその通りだと言うことは分かる。だけど…あの西行妖の開花が『幽々子の消滅』と知っていながら藍による私の呼び出しを邪魔したのはなら許せない。
私は指をパチンと鳴らし、背後に無数の隙間を生じさせる。その隙間は全て私の発射砲台、何処からでも人妖を滅する光を放つことが出来る。
「ふぅん…意外と感情に左右されるのね、最強の妖怪は。貴女の望みは私との殺し合い?」
「さて、それは回答次第ね。西行妖の開花、それが何につながるか他の誰でも無い貴女だけは知っていたのではなくて?」
「そうだとしたらどうする?その物騒な魔力光を解き放つつもり?あははははっ!そんなモノで私を殺すつもりなんだっ!?笑わせてくれるわねっ」
「笑ってばかりでは品が無いというものよ。解答は頂けるのかしら、お嬢さん?」
私の問いかけに、彼女は笑いを止め、視線を私の顔に固定する。
数秒の間をおいて、軽く息をついて少女はつまらなさ気に表情をころころと万華鏡のように変えてしまう。それはすなわち――
「つまんない。どうせ道化を演じるなら骨の髄まで台本を叩き込んできなさいよ。
折角久々に殺し合いが出来ると思ったのに、相手が『やる気皆無』なんじゃ少しも面白くない」
「あら、そうかしら。私程の妖怪が相手なのよ、やる気は無くとも十分に面白いモノが見れるかもしれなくてよ?」
「失せろクソ妖怪。手を抜いたお前なんて飲み残しの紅茶分の価値も無いわ。
先程の質問の答えは『NO』よ。西行妖の下にアレが埋まっていることは知っていたけれど、所詮そこまでだわ。お前の邪魔をしたことは謝るよ、妖怪」
「素直な解答でよろしい。さて、お互い誤解も解けたところで二人だけの宴会といきましょうか」
「勝手にやってきて勝手に誤解して勝手に喧嘩を売りつけてきたお前が言える台詞か」
悪態をつく友人――レミリアの妹、フランドール・スカーレットに私は笑みを浮かべて隙間を閉じ直す。
フランドールが腰掛ける椅子の向かい側に腰を掛け、持ってきた酒瓶とグラスをテーブルに置く。
「日本酒だけど大丈夫でしょう」
「安心しなさい、私に飲めない酒はないよ。お姉様は未だに限られたお酒(トマトジュース)しか飲めないけれど」
「ああ、あれは本当に面白かったわ。レミリアったら、いうに事欠いてアレを三十年モノなんて言うんだもの。
三十年も経てばトマトジュースは腐ってしまうのにね、本当、面白い娘だわ」
「良いのよ、お姉様があれをお酒だと思ってくれてるならあれはお酒だもの。
それにお姉様は本当に弱いからね。本物のアルコールなんて飲んでしまえば、ものの三秒でひっくり返っちゃう」
「ああ、成程、それで…」
だからあのメイドはレミリアに他の酒を渡そうとはしなかったのね。魔理沙達が持ってきても断らせていたし。
五百年も生きた吸血鬼がトマトジュース飲んで『お酒は良いわ』なんて胸を張ってるなんてギャグ以外の何物でもないじゃない。
私は日本酒の封を開け、持ってきたグラスに注いでゆく。自分の分とフランドールの分を注ぎ終え、互いにグラスを持って小さく掲げ合う。
「さて、何について乾杯しようかしら」
「決まっているわ。お姉様の明るい未来に、よ」
「ふふ、そうね。それでは、レミリアの明るい未来に乾杯」
軽くグラスをぶつけ、私達は互いにお酒を喉に通してゆく。
レミリアは今幽々子が一人占めしているから、その妹さんは私が一人占めさせて貰うことにしよう。レミリアも好きだけど、
私は彼女の妹も嫌いじゃない。レミリアとはまるで正反対で、吸血鬼らしい傲慢さとプライドと他者への侮蔑の表情。そのどれもが面白いと思う。
そして彼女が唯一レミリアにみせる尋常なまでの狂気と執着。最早崇拝ともいえるその彼女の歪さが実に興味深い。本当、面白い姉妹だこと。
「今回の異変でレミリアは幽々子との接触を果たし、幽々子の様子を見る限りでは彼女と仲良くなるのは上々ってところかしら」
「西行寺幽々子とお姉様が出会ったのは全くの偶然よ。敢えて言うなら美鈴の機転がプラスに働いただけ。
だから、今回は実に僥倖な結果だわ。労せずして白玉楼の主とつながりを持つことが出来たものね」
「あら、幽々子だったら私に相談してくれれば紹介しましたのに」
「お前を間に挟んでは何の意味も無いじゃない。『お姉様』が『西行寺幽々子』に興味をもたれることに意味がある」
「そんなものかしらねえ。まあ、つまるところ、貴女の思い描いた計画図通りとなってくれた、と」
「だから今回は何も描いていないと言ったでしょう。あまりしつこいと壊すわよ?」
フランドールの脅しに私は肩を竦めて答える。そんな反応に、彼女はフンと顔を不機嫌そうにそっぽ向かせるだけ。
まあ、彼女の言うことは全部確かなのだろう。今回の件は紅霧異変とは違い、紅魔館側は完全に計画だてて行ったものではない。
だからこそ西行妖の暴走などのイレギュラーに対応出来なかった。けれど、終わり良ければとも言うべきか、流れは確実にレミリアの下に手繰り寄せられている。
…さて、そろそろお話を伺わせてもらうとしましょうか。彼女には肝心なことを訊かせて貰わないといけないのだから。
「博麗霊夢、八雲紫、そして西行寺幽々子。レミリアが手にしたカードはこれで三枚。
さて、一つお話を伺いたいのだけれど、今後もレミリアはこの幻想郷にてドローを続けるのかしら?」
「勿論よ。手札を増やすのは基本中の基本、枚数無くして勝負はあり得ない。お姉様が望むにしろ望まないにしろ、私達はその線路を描くだけ」
「カードを増やせば窮屈になるだけかも知れなくてよ?レミリアの望む平穏な未来からはどんどんかけ離れて行くと思うのだけれど」
私の問いに、フランドールは応えない。
少しの間を置き、手に持っていたグラスを一気に飲み干して、フランドールは小さく息をついて言葉を紡ぐ。
「八雲紫。お前はこの幻想郷が何時まで続くと考えているかしら?」
「あら、他ならぬ管理者の私にそれを尋ねるの?勿論、幻想郷は未来永劫続いてゆきますわ」
「そういう意味じゃない。私が訊いているのは、いつまでこのクソ温くクソ甘ったるいチャイルド・ココアのような平和が続くかと訊いているんだ。
外の世界で人を食らい貪り、他の妖怪を捻り潰しては己が強さを誇る。そんなイカれた殺戮狂どもがいつまで弾幕勝負(てなぐさみ)で我慢出来るんだ」
フランドールの言葉に私は口元に酒を運ぼうとした手を止める。
その質問の解答を私はすぐに口にしない。この世界にはルールがある、制約がある、制裁がある。それらが彼らを縛る限り、そのような未来は。
「お前や天魔、加えて閻魔のような強力なバックが居る限り、そんな馬鹿な真似をする奴は居ない…そう考えているのか。
だとしたら甘いね、考えが実に甘過ぎる。最強の妖怪も平穏続きで頭の中がお花畑か、春告精でもやってきたのかい?
本物の狂人にはそんなルールなんて通用しないんだよ。かつて私達の血族である屑がそうしたように、ね」
彼女の言う通り、彼女の父は確かに私達との盟約を良しとしなかった。それどころか、幻想郷中に牙を剥いた。
けれど、結局それも私が彼を押し込めることで解決した。私達クラスの強さがあれば何の問題も無いことだ。そうではないのか。
「例えそうであれ、私達なら何とでもなるでしょう。違って?」
「そう、私達程度の実力があれば幻想郷で誰が何を企もうと問題にならないでしょう。けれど、そこに『お姉様』は入っていない」
「あ…」
「例えば雑魚妖怪達が集団で徒党を組んでお姉様を狙ったとする。そのとき、私達はどうとでもなるけれど、お姉様は戦う力を持たないわ。
私とパチェ、咲夜と美鈴が如何に獅子奮迅の働きを見せようと、たった一匹の雑魚妖怪がお姉様に軽く爪を穿つだけで全ては終わってしまう。
…脆いのよ、この幻想郷に成り立っている平和は。この平和がお姉様の安全を保証するモノと安堵するほど私は馬鹿じゃない。だから足掻くのよ。
もし、この幻想郷でルールがただの形式上のモノとなってしまったとき、お姉様を確実に守る術を増やす為に、私達は強力無比なカードを増やすのよ」
――そういうことか。だから紅魔館の面々は、私や幽々子をレミリアといち早くくっ付けたがったのか。
私が居れば、瀕死の状態でも境界を操ることで簡単に治癒してしまえるし、幽々子がいれば、最悪の最悪を想定した時、魂を白玉楼に置いておける。
成程、この妹を始めとした紅魔館の面々が裏に表に必死に奔走する理由、それは全てやはりレミリアの為なのか。
「八雲紫、断言しても良い。将来、必ず幻想郷に破綻の日が訪れる。
それが明日のことか、はたまた数千年後のことかは分からない。だけど、私はその未来が確実なモノと考えているわ。
殺戮が殺戮を生む、そんな惨状に瀕した時、お姉様の為に集ってくれる人妖…例え私達が死ぬことになっても、お姉様を保護してくれる人々。
お姉様の未来を守る為に、私達は今を必死で足掻いているのよ。ご理解頂けたかしら?」
「ええ、十分過ぎる程に。貴女達のレミリア・スカーレットに対する狂気染みた愛情、しっかりと感じ取りましたわ」
「それは良かったわ。これで分からないなんて言ってたら本気で磨り潰してたところよ」
笑って言うフランドール。冗談のように聞こえるが、彼女なら間違いなくその場で実行してのけるだろう。
しかし、これでようやく理解した。彼女達が裏で奔走するのは先ほどの話が全てだ。何もかもレミリアの為の行動。
レミリア・スカーレット、彼女は一体何処まで愛されているというのか。私や幽々子も彼女のことは気に入っているが
紅魔館の面々のそれは異常だ。恐らく彼女達はレミリアの為ならば喜んで死を享受するだろう。最早狂信を通り越した忠誠。
しかし、だからこそ気になることがある。彼女達の中心はあくまでレミリア。レミリアを中心に彼女達の世界は回っているのだ。
ならば、もし…本当にもしもの話だけれど。彼女達がその中心を失ってしまったら、一体どうなるのだろう。
もし、彼女達の心の支えとなっている生きる意味を失ってしまえば…ああ、実に簡単なことだ。そんなことは考えるまでも無い。
「ねえ、フランドール。仮にもしも…もしも貴女達の力及ばず、レミリアを失ってしまったらどうするつもり?」
彼女達にとってレミリアこそが暗き大地を照らす唯一の光。もしその光を失ってしまったならば。
私の問いに、フランは考えるまでも無いと笑みを浮かべる。その微笑みは何処までも真直ぐで、そして何処までも歪で。
「なんだ、そんなこと考えるまでも無いじゃない。
――お姉様の居ない世界に存在する価値なんてないわ。そんな意味の無いものは全て壊れてしまえばいいのよ。
いいえ、お姉様がいないのに他の命が存在することなんて許されない。そのときは私達がこの世界の全てを壊してあげる」
ケタケタと愉しそうに愉悦を零す壊れた少女。その時、私は一つのことを悟ってしまった。
もしも、もしも仮にこの世界からレミリア・スカーレットという光が消えてしまったとき…その時、世界は一つの敵と戦うことになる。
最強の吸血鬼、フランドール・スカーレットと紅魔館の従者達――最狂の悪魔集団との神々の黄昏(ラグナロク)が引き起こされるだろう、と。