部屋で待つこと二十分。魔理沙、パチェ美鈴の順に帰ってきたけれど、白玉楼の住人達が帰って来ない。
なんでも魔理沙曰く妖夢は急に屋敷の外に飛び出して行ったらしい。買い物か何かかしら?魔理沙は料理を運んで、みんなの傍に居るように言われたとか。
幽々子の方は、パチェが言うには出し物の準備をしているのだとか。出し物ねえ、八雲紫がいつここに来るか分からないというのに、豪胆なことだわ。
まあ、そんなマイペースを何処までも貫くところが頼もしいのだけれど。私が幽々子の立場だったら、迷わずこの屋敷から逃げ出すわね。
しかし、決戦を前に私達を持て成してくれるなんて幽々子凄過ぎる。やはり一国の主たるもの部下達を鼓舞する術の一つでも身につけて当然なのかしら。
紅魔館は…ううん、駄目だ。私が何を言ったところでパチェや美鈴がやる気になるような行動なんて思いつかないし。後でこっそり幽々子に秘訣でも聞いておこうかなあ。
幽々子ぐらいのカリスマ主になると『主様HOWTO本』とか出せば印税で簡単に生活出来るんだろうな。ああ、幽々子のカリスマが妬ましい、実に妬ましい。
まあ、幽々子が来るまでのんびり料理でも食べながら待っていよう。ああ、出し物って何をしてくれるのか楽しみだなあ。幽々子、早く来ないかなあ…
「…来ますね」
「ええ、流石に早かったわね。まあ、ウチの相手に妖夢もよく持った方だわ」
「今のあの人は私でも勝てませんからねえ。まあ、決着が弾幕勝負で何よりです」
え、来るって幽々子もう準備出来たの?もう出し物見せてくれるのかしら。
どうやらその通りのようで、パチェと美鈴は何も言わずにその場に立ち上がる。あ、移動するってことね。
そうね、確かにこの部屋も広いことは広いけれど、出し物をするような部屋じゃないし。ほら、壺とか花瓶とか割ったら大変だしね。
二人につられるように、私と魔理沙も慌てて立ち上がる。さ~て、出し物の場所は何処かしら。二人はさっきまで幽々子と話していた
みたいだから、知ってるみたいね。美鈴とパチェは外に繋がる障子を開き、迷わず外に足を運んで行く。あ、外なんだ。まあ、外は温かいしね。
太陽は出てないから日傘は無しでOK。靴を履いて二人を追うと、庭を少し歩いたところで空を見上げてる美鈴達が。
「知ってる奴?なるべく正体を探って頂戴。今の状況では極力不確定な要素は除しておきたいわ」
「ん~、やっぱりちょっと見たこと無い顔ですね。身体を包む力の流れは…私達や博麗の巫女よりも、パチュリー様や魔理沙に近そうです」
「魔法使いか。もう少し分からない?魔理沙と私、どちらにより近いかとか」
「近くでハッキリ感じてみないと断言出来ませんが、どちらかと言われればパチュリー様ですかねえ」
「全く…博麗の巫女が連れてきたのか自分で来たのかは知らないけれど、厄介事を増やすんじゃないわよ」
「パチュリー様、最近愚痴が多いって言われません?」
「うるさいよ」
うわ、なんか二人とも何もない空を眺めながら変な会話してる。パチェの愚痴が多いというのには私も同意するけどさ。
二人の見つめる方向を目を凝らしてみても何も見えやしない。まあ、私は自慢じゃないけれど視力も普通の人間レベルだからね。
加えて言うなら最近漫画の読み過ぎか確実に低下してきてるしね。そろそろ眼鏡を考えないと駄目かしら。
「なんだなんだ?二人して何を見てるんだ?」
おお、ナイスよ魔理沙。私も訊こうと思ってはいたんだけど、先に訊いてくれるなんてラッキー。
や、だってほら、二人とも見えてるのってもしかしたら強い妖怪なら見えるモノとかだったら困るじゃない。
それを私が見えないなんて言ったら『あれが見えないなんて…失望した』なんてなるかもしれないじゃない。弱さバレするかもしれないじゃない。
自慢じゃ無いけれど、私はこういう細かい些細なところを気をつけて今まで生きてきたのよ。姑を制するものは家庭を制す、金言だわ。
「…お客様よ。西行寺幽々子が非礼の無いように張り切ってお出迎えする、ね」
「ああ、そういうことか。結局どっちが来たんだ?霊夢か、それとも咲夜か」
?魔理沙の奴、何訳の分からない事を言ってるのかしら。霊夢は知らないけれど異変解決に向ってる咲夜が幽々子のところに来る訳ないじゃない。
今頃咲夜は八雲紫のところに潜入してくれてる筈だもの。ああ、お願いだから咲夜、早まった真似だけはしないで頂戴。
貴女が無理しなくても、幽々子がアイツをぎったんぎたんに叩き潰してくれるみたいだから。お願いだからアレに単身で喧嘩を売ることだけは止めて。
そんなことを考えながら、私は二人が空を見上げてる姿に習って自分も見上げることにする。いや、何も見えないんだけどね。でも見えてないとおかしいみたいだし。
「三人よ。魔理沙、貴女は幻想郷内に居る金髪の魔法使いを知っているかしら」
「勿論だぜ。その魔法使いは幻想郷最速を誇る恋の魔法使いって専らの評判だな」
「…貴女以外で、よ。私の魔力で水増しした視力じゃおぼろげにしか見えないけれど、美鈴、他に特徴は」
「数体の人形を連れてますね。まるで自分の意思を持っているかのように人形を動かしてますね。魔法使いってあんなことも出来るんですか?」
「人それぞれよ。一点特化の属性なら奇跡を起こすことすら可能、それが私達だもの。人形遣い、心当たりは?」
「これっぽっちもないな。あー、いや、待てよ?確か人里で時々ふらっと来ては人形劇をする魔法使いが居るとか聞いたことがあるような…」
「…まあ、いいわ。あれもどうせ博麗の巫女同様、幽々子が相手してくれるんでしょうし」
…え、ちょっと待って。何、霊夢本当に来てるの?それも幽々子が相手するってどういう意味?
霊夢の仕事って博麗の巫女として異変を解決することでしょう。異変の犯人は紫なのに、なんで幽々子が相手するの?
いけない、本気で訳が分からなくなってきた。何か三人の話によると、あのお空の向こうには霊夢が居て。
で、その霊夢が幽々子と戦うらしくて。あれ、ここで全然話がつながらない。というかぷっつり切れてる。
う~ん…だって、霊夢が幽々子と争う理由なんて何も無いじゃない。戦うなら紫、幽々子に協力こそすれど、ぶつかり合う必要が何処に…
「お姫様も降臨したわね。さて、お遊びには違いないけれど、閻魔に冥界の統治を任ぜられる亡霊の力、見せてもらいましょうか」
「全力を出しますかねえ。私は幽々子嬢がカードを全て表に晒すとは思えないんですけどね」
「晒さざるを得ない状況に追い込めば良いのよ。幸いなことに、あちらにはウチで一番優秀な奴がついてる。
博麗の巫女と見知らぬ魔法使い、そして悪魔の狗を相手に余裕を見せる暇なんてあるかしらね」
「えええ、三対一で勝負するんですか?」
「するわよ。話してみて分かったけれど、アレはそういう奴よ。そして、それを平然とやってのけるだけの力が在る」
「なんとも剛毅なお姫様だことで。ま、私達は単なる観客ですからね。美しき桜の舞いを精々愉しませてもらうとしましょう」
「ん~、私も出来るなら参加したいんだが…今の機嫌悪いあいつらに混じって弾幕勝負はなあ…今日はパスだ」
「賢明よ。桜は触れて戯れるものではない、眺めて愉しむものだから」
いや、眺められないから。見えないから普通に。
話からすると、幽々子もあっちに居るみたいだけど、もしかして今からあんなところで出し物するの?
あんなに離れられると、何をされても見えないというか…幽々子も私のこと強い吸血鬼だと思ってるから、
『これくらいの距離見えて当然』なんて考えてるのかな。やばい、どうしよう。後で『よく見えませんでした。てへり☆』なんて言えないし…
とりあえず幽々子の出し物とやらが私に見えるようなモノであることを祈ろう。この距離でもよく見えるような。
そうね…例えば、この空を彩るような綺麗な花火。そんな風なモノだったら、流石の私でもよく見えると思うわ。
とりあえず、向こうの空を見てれば何か始まるみたいだし…あれ。
「…この桜って」
「?どうしたんだ、レミリア」
「い、いえ…なんでもないわ」
ふと視線を空から外した先にあった一本の大桜。それは確か前に来た時幽々子が言ってた永遠に咲かない筈の桜。
…何があっても咲かない桜って言ってたわよね。おかしいな、それなのにどうして、今にも花開かんとばかりに蕾がついてるのだろう。
嫌な予感がする。私の全身をチキン警報が鳴り響いてる。なんでだろう、この桜を見ていると泣きたいくらい嫌な予感しか感じられないのは。
~side 霊夢~
――十六夜咲夜は強い。
紅霧異変のときから出来る奴だとは薄々感じていたけれど、正直これ程とは思わなかった。
今しがた、私達の邪魔をした半人半霊の剣士だって決して弱くは無い。むしろ弾幕勝負の腕前としてはかなりの部類だ。
その剣士を十六夜咲夜はものの数分で打倒してみせた。弾幕勝負はお遊びといえばお遊びだが、当人の実力を測る意味ではかなりの意味がある。
簡単に言い換えれば、咲夜と剣士の間にはそれだけの差が在るということだ。正直、今のコイツは紅霧異変とは完全に別人だ。正直、今のコイツとやり合って勝てるなどと楽観出来ない。
ムカつくし腹立たしいし本気で気に食わない奴だが、その点は認めなくちゃいけない。レミリアの奴、とんだ化物をメイドで雇ってる。
「弾幕勝負を初めてから五分と十三秒で決着。霊夢、あれって本当に人間なの?」
「あいつのことなんか知らないわよ。本人に訊けば?」
どうやら私と同じ感想を持ったのか、アリスの奴も眉を顰めて思考中。やっぱ誰だってそう思うわよね。
あれだけの激しい弾幕戦闘を繰り広げながら、呼吸一つ乱していない姿は最早異常としか言えない。そして驚くべきは咲夜の戦闘スタイル。
魔理沙みたいにスピードに頼って弾幕を避ける訳でもない。私のように引き付けて経験と直感で弾幕を回避する訳でもない。
ただ、敵の弾幕を流れる水が如く避け、リスクの少ないかつ効率の良い最短距離を駆け抜けていく様は見ているこちらが寒気を催す。
咲夜は外見から私とそう歳は変わらないだろう。この歳であんな真似が出来るなんて、一体どれほどの修練と研鑽を積んできたというのか。
正直、咲夜のことを認めたくない私が居る。だけど、認めざるを得ないと感じている私が居るのも事実。コイツは口だけじゃない、本当に何もかもが一流だ。
「さて…邪魔も無くなったことだし、このまま元凶のところまで駆け抜けるわよ。
博麗の巫女も魔法使いも張り切るのは構わないけれど、私の邪魔だけはしないで頂戴。その時は容赦なく刺すから」
「うっさいわね。アンタこそ最後の最後でドジ踏まないように精々気をつけることね。足手纏いになったら遠慮なくぶっ飛ばすから」
「…貴女達、そんなにいつもいつもいがみ合っててよく飽きないわね。ともかくさっさと異変を解決してしまいましょう」
「「途中参加のくせに偉そうに仕切るんじゃないわよ」」
「そういう時だけ同調するなっ!!」
声を荒げるアリスの声を私は聞こえない振りをする。どうやら咲夜も同様みたいだ。
こんな扱いこそしているけれど、本音ではアリスには感謝している。コイツがいなければ、今頃私は異変そっちのけで間違いなく咲夜とバトルしてると思う。
――アリス・マーガトロイド。私と咲夜が魔法の森の近辺で出会った魔法使い。コイツと出会ったのは本当に偶然だった。
バラバラになって異変解決を目指していた私と咲夜だが、事あるごとに目的地がバッティングしてしまった。一度は寒気の妖怪(これは私が倒した)、二度目は黒い化け猫(これは咲夜が倒した)のとき。
そして三度目のバッティングを果たした時、私と咲夜は互いに我慢の限界だった。今にも掴み合いになりそうな、そんな空気の中でアリスは現われたのだ。
アリスの奴、最初は人ん家の近くで騒いでるうるさい奴らを追い払おうと、弾幕の一つでもぶつけるつもりだったらしいんだけど、
いざ外に出てみれば今にも殺し合いが始まりそうな空気が充満してる馬鹿二人。流石にこれは拙いと思ったらしく、私達の仲裁を買って出たのだ。
そして、アリスの奴にどうしてこんなことになったのかを話すと、話題は異変のことに。それでアリスの奴が『目的は同じなんだから一緒に行動すれば良い』と
提案したが、私達は声を揃えて『コイツと二人っきりなんて死んでも御免だ』と言い放った。それを聞いた時のアリス、心から呆れてたわね。仕方がない、嫌いなんだもの。
で、結局アリスの奴が『なら私も同行してあげる。この寒さはいい加減なんとかしたかったところだし』と私達の緩衝役を買って出てくれたのだ。
そういう理由で、アリスは私達に同行している。本当、咲夜と二人っきりなんて嫌だからアリスにはお礼を言いたいくらいだ。いや、言わないけど。
私と咲夜、アリスは幻想郷のあちこちを飛び回り、春度が冥界に集まっていることを突き止め、ここまでやってきた。
だけど、それもここで終わり。さっきの半人半霊から、ここに元凶が居るという言質は取れた。どうやら剣士のご主人様が
『西行妖』というのを満開にさせる為に、今回の異変を引き起こしてくれたらしい。何とも傍迷惑な話だ。こんなに春を集めてまだ足りないと言うのか。
とにかく私のやることはお嬢様とやらをぶっ飛ばす。そして幻想郷に春を取り戻す、それだけだ。そしていつも通りの日常が始まるだけ。
それにこの寒さが消えてしまえば、最近めっきり来なくなってるあの馬鹿も来るようになるかもしれないし…私、何を考えてるんだろ、下らない。
今はあの馬鹿のことなんて考えてる暇なんか無い。私のやるべきことは全ての元凶を全力で懲らしめるだけだ。そう、全力で――
「――止まりなさい、二人とも。どうやら元凶が自分から現れてくれたみたいよ」
「っ!」
先頭を飛行していた咲夜の声に、私達はその場で身体を止める。来たか、幻想郷中を大混乱に導いてくれた大馬鹿野郎が。
その咲夜の言葉通り、遠くの空からこちらに近づいてくる一つの人影。そして、その影に群がる大量の何か。
――蝶。それは桃色で淡く輝く神秘の華蝶。その美しさはきっと、芸術を理解出来たなら言葉にならない程のものなのかもしれないわね。私はそういうのよく分からないけど。
その人影はやがて私達にも肉眼ではっきりと確認出来るようになる。桃髪を携えた大和美人、大人と少女の境界を揺らがせる美の女性。
そして、彼女から立ち上る圧倒的なまでのプレッシャー。成程、コイツが元凶か。間違いなく紫やあのときのレミリアクラスだ。
「ようこそ冥界へ、生き人方。冥界を管理する立場の者として、皆様のご来場を心より歓迎申し上げますわ」
「御託や前置きはどうでも良いのよ、この元凶。さっさと春を返しなさい。このままじゃウチの神社の桜も咲かないじゃない」
「あら、桜ならここにいくらでも咲き乱れてますわ。お花見がしたいのならどうぞご自由に。冥界の桜は何処よりも美しいと評判よ」
「私達は顕界の春を愉しみたいのよ。こんな死臭漂う場所はお呼びじゃないわ」
アリスの言葉に、元凶はくすくすと微笑みを浮かべるばかり。なんか調子が狂う奴ね。得体のしれないというか、掴み難い。
睨みつける私達の視線に、元凶の女は口元を隠していた扇子を閉じ、瞳を閉じて口を開く。
「もう少し。もう少しで西行妖が満開になる。桜の封印を解くまでは、はいどうぞという訳にはいかないわね」
「なんなのよ、西行妖って」
「うちの妖怪桜この程度の春じゃ、桜の封印が解けないのよ。だから妖夢に命じて私は春を集めさせているのよ」
「へえ…ちなみにその封印を解くとどうなる訳?」
「それはそれは沢山良いことがありますわ。桜は満開になり、妖怪桜に封ぜられている何者かは目覚め、
私は最近出来たばかりの愛しい友と酒を酌み交わすことが出来る。ほら、ここまで話すと春を集めない方がおかしいと思いませんか?」
「全然思わない。それ全部あんたにとっての良いことじゃない」
「当然でしょう。己の欲望すら満たせぬことに、このような労をする必要が何処にありましょうや」
「良い返事よ、このクソ妖怪。これで安心してアンタを心置きなくぶちのめす事が出来る」
「妖怪ではなく亡霊ですわ。そして貴女は私が理由を語らずとも容赦なく叩きのめしたでしょう?」
「分かってるじゃない。理解の早い奴は嫌いじゃないわ」
どうやらこの幻想郷全体を巻き込んだ異変は、この亡霊の自己満足の為に引き起こされたものらしい。
そんな下らない理由の為に、私を散々寒い目にあわせてくれたのか。絶対に許せない、一生どころか三生くらい後悔させてやる。
「アリス、咲夜、私がやるわ。アンタ達はその辺でのんびり眺めてなさい。
さっきの咲夜の最速記録を私が簡単に塗り替えてやるわ。この馬鹿亡霊、しばらく流動食以外食えなくしてやる」
「本当、物騒な言葉遣いばかりの乱暴な巫女ね…まあ、貴女がやるきなら私は何もしないわ。無駄な力は使いたくないし」
「咲夜、アンタも引っこんでなさいよ。ここは私が…」
これまでずっと沈黙を保っていた咲夜に声をかけるものの、返答は返ってこない。何、どうしたのよ急に黙り込んで。
もしかして目の前のアーパー亡霊にびびったとかそんなんじゃないでしょうね。もしそうならさっさと下がりなさいよ、邪魔だし。
未だに反応しない咲夜に、苛立った私がそう声を掛けようとしたその刹那だった。私が咲夜の肩を掴む前に、コイツは重い口を開いた。
「…どういうことかしら、西行寺幽々子。何故、冥界に『お嬢様』が居る」
咲夜の言葉に、私は伸ばそうとした手を止めてしまう。明らかに咲夜の空気が変わったからだ。
その声は何処までも鋭く加工された短刀のようで。その声は何処までも凍てついた吹雪が荒れる雪原のようで。
苛立ちでも無い。殺意でも無い。美しいまでに磨き抜かれたひと振りの刃が、ただ亡霊の額に突き出された、そんな幻想が私の脳を支配した。
そんな咲夜のプレッシャーを、亡霊はただ笑って空かすだけ。常人なら気絶してもおかしくない程の威圧感だと言うのに、亡霊は気にした様子が微塵も無い。
そして咲夜の発した言葉の意味。…レミリアの奴がここに居る?一体どうして、何の目的で?何故レミリアが異変の元凶と共に在る?
「何故不思議がる必要があるかしら?レミリアと私は友人ですもの。親しき友を喜劇の最終章にお呼びしても何ら不思議はないでしょう?」
「そのような事は訊いていないわ。お嬢様がここに居るのは自発か強制か、そこを訊いているの」
「従者二人が彼女に寄り添っているでしょう?手紙でお誘いこそすれど、彼女がここに来てくれたのは彼女の意志よ」
「…お嬢様はお前側に付いているの?」
「さあ、どうかしら。案外、何も知らずに友の家で寛いでいるだけかもしれない。この異変の本当の黒幕は彼女なのかもしれない。
不思議ねえ、悪魔の狗を放っておきながら、自分は何故か獲物の傍に居る。こういうとき、よく訓練された狗はどうするのかしら」
「どうもしないわ。お嬢様がそちらに居るのなら、私はその傍で新たな命令を享受するだけ。
霊夢、アリス、私はここで降りるから。後のことは二人でなんとかなさい」
「はぁ!?」
咲夜の言葉にアリスが驚き眼を見開いてる。私は別に驚いたりしないけど。十六夜咲夜はそういう奴だ。
レミリアがここに居る、その時点でレミリアがこの異変に絡んでいるのは明白だ。そして、咲夜はレミリアの忠実な従者、その邪魔をすることは決して出来ない。
咲夜に異変解決しろと言っておきながら、その異変の元凶の下にレミリアが居るのはよく分からないけれど、これで咲夜は新たな命令を受けない限り次の行動に移れない。
完璧なまでの一流なレミリアのお人形。本当、反吐が出る。何時だって自分の意思を持たないコイツが、私は前から気に入らなかった。
「異変は私が解決するって最初に言ったでしょ。アンタは好きなだけ悪魔に尻尾を振ってなさい、飼犬」
「言われなくてもそうするわよ。せいぜい亡霊姫に魂を冥府に引き抜かれないように注意することね」
私の嫌味にも眉一つ動かしやしない。その様子が更に腹立つ。コイツとは一生分かり合える自信がない。分かり合いたいとも思わないが。
この場所から飛び立とうとする咲夜だけど、その行動は目の前の亡霊に防がれることになる。咲夜の周囲を妖力で紡がれた蝶で取り囲んだからだ。
「…何のつもり、西行寺幽々子。私は貴女の邪魔をするつもりはないと言ったのよ」
「あら、この舞台の仕切りは私よ。勝手に役者が舞台を降りるのを認める筈が無いでしょう。
貴女も主を持つ従者なら、一度受けた命令は何があろうと遂行しないとね。それではレミリアが失望してしまうわ」
「臨機応変に対応するのも優秀な従者の仕事だと思っているのだけれど」
「ならば必死に対応して頂戴な。貴女も所詮、この舞台劇の一役を担うただの人間に過ぎない。
悪魔の狗と紅白の蝶、そして七色の魔女。お前達の持つ春を私が直々に奪うことで、この永い劇も終焉を迎えるの。
さあ、もう言葉遊びにも飽きた頃でしょう。かかってらっしゃいな、生人達。この西行寺幽々子が貴女達の相手を務めてあげましょう」
「…まさか、一人で私達三人を相手にするつもり?どれだけ人を舐めれば気が済むのよ」
アリスの言葉も尤もだ。たった一人で私達の相手を出来るだなんて、ふざけるにも程がある。
怒りの込められた言葉を受け、亡霊は依然優雅に微笑んだままだ。その脱力具合が癇に障る。こいつ、人を馬鹿にして。
だが、私の亡霊への印象はここで百八十度変わることになる。再び閉じた扇子を口元で大きく開き、私達を見据えながら口を開く。
「――舐めているのではないわ。これでようやく『対等』なのよ、お嬢さん達。
我が愛しき友人に送る一生モノの花火に彩りを備えるには、貴女達一人一人じゃ荷が重い。物足りないにも程がある」
「っ!!二人とも、くるわよっ!!」
「フフッ…所詮貴女達は私の掌で踊る駒に過ぎない、その自覚を持ちなさい。
身のうさを思ひしらでややみなまし
そむくならひのなき世なりせば
死蝶に捕らわれてしまわぬように、精々必死に逃げ回りなさい。不格好な演舞でも、命を掛けたものならば力強く煌めく明星となるでしょう。
――さあ、久方ぶりに舞うとしましょうか。少しでも美しく、少しでも優雅に。私の描く弾幕(はなび)が、どうか友の心を少しでも胸打つモノとなるように」
喋り終えるや、幽々子は圧倒的な量の弾幕を私達三人に向けて展開する。何て圧倒的な物量、これが冥界の主の力なのか。
ハッ、上等よ。その人を舐め腐ってる増長した鼻っ柱、全力で叩き潰してやる。コイツをぼっこぼこにした後で、この異変に関係してるっぽいレミリアもシメる。
冥界の姫だかなんだか知らないけれど、幻想郷の春は私のものよ。神社で花見をする為にも、さっさと春を返してもらうわよ!