結界を抜けるとそこは春の国でした。冥界に辿り着いた私達を待っていたのは、右を見ても、左を見ても咲き乱れる桜の木々。
気温もぽかぽか暖かくて、さっきまでの寒さが幻だったと勘違いしそうになるくらいの見事な春。なんで?なんで冥界は春をちゃんと迎えてるの?
冥界の春に、私同様魔理沙も声に出して驚いてる。パチェや美鈴はあんまり驚いてないみたいだけど、これ見ると普通驚くでしょうに。
しかし、どうして冥界と外界で四季に違いが出てるのかしら。顕界は凍えそうな季節に私が何をどうこう言うくらい寒気が荒れ狂ってるというのに。
冥界がおかしいのか、顕界がおかしいのか。前に来た時は冥界とあちらでは四季にズレがあるなんてことは無かったし…不思議だわ。
何かしたとしたなら、この冥界の管理者である幽々子しか考えられないけれど…幽々子の奴、一体どうやって冥界に春を呼び寄せたんだろう。
大体どうして冥界だけ春を一人占めしてるのか。そもそも、こっちと向こうの違いって何よ。こっちは幽々子が管理して、向こうは紫が管理して…
…あ、あああっ!分かった!分かりまーした!分かっちゃいまーした!I am 優!そう、そういうことだったのね。何て単純。
ふふ、月並みだけど言わせて頂くわ。謎は全て解けたってじっちゃんが言ってた!ようやく分かったわ、私達の世界の謎の寒気の原因が。
「おいおい、妖夢さんとやら。どうして冥界はこんなに暖かいんだ?」
「っ、そ、それは…」
「冥界だけ春が訪れてる、それは誰が見たところで一目瞭然だ。なのに幻想郷には待てど暮らせど春は来ない。
お前、何か顕界の冬について実は知ってるんじゃないか?もしくは隠し事をしている、か?」
あら、魔理沙の奴、冥界と顕界での気候の違いの原因に気付いていないみたいね。
ふふ、答えが分からないからって何の関係も無い妖夢を責めるのはいけないわ。ほら、妖夢も困ってる。言葉を返せないオーラがダダ漏れよ。
いきなりそんなことを突っ込まれてもねえ。そりゃ今回の寒波に微塵も関係の無い妖夢も困るというものよ。仕方無いわね、ここは助け船を出しますか。
「やめなさい、魔理沙。それ以上妖夢を強請ったところで、何の欠片も出やしないよ」
「レミリア、でもコイツ絶対…」
「――やめろ、私はそう言ったよ。そんなに急かさずとも、異変の犯人はもうすぐお出ましさ。
それに魔理沙、貴女が熱くなってどうするのよ。貴女は道化を着飾るくらいが丁度良い。普段の魔理沙なら、どんな状況でも楽しめる筈だろう?
例え妖夢が何かを隠してるとしても、それを踏まえた上で現状を愉しみなさい。その方が実に面白いじゃないか」
何とか矛先を収めてくれたようで、魔理沙は少し考える素振りを見せた後、『それもそうだな』と笑って妖夢に『悪かった』と謝罪した。
ああ、びっくりした。魔理沙が真面目な表情なんて初めて見た。というか、真剣な顔が少し怖かったし。今はいつもの魔理沙だけど。
うん、やっぱり魔理沙は魔理沙のままで居てほしい。怖いのは霊夢達だけで十分だもの。元気な魔理沙が好き、ほら笑顔がう~☆魔理沙にはやっぱり似合ってるわ。
「…レミリアさん、本当にありがとうございました」
「別に構わないよ、妖夢の気苦労も推し量ってるつもりさ。
やましいことなど微塵も無いわ。お前はお前らしく胸を張って堂々と振舞えば良い。私達を幽々子の下へ案内する為にね」
「は、はいっ!」
あらやだ、妖夢ったら良い笑顔。何だ、こんな表情も出来るんじゃない。ああ、咲夜も昔はこんな風にいつも子供らしい笑顔を(以下略
しかし妖夢も本当に大変よね。きっとさっきの魔理沙の時のように、冥界に訪れる人訪れる人に『なんで冥界だけ暖かいの?顕界は寒いの?』
なんてイチャモンをつけられてきたんでしょうね。ええ、何て可哀そうな。別に外界の寒さは妖夢がやったことでも何でもないというのに。
そう、今回の異変は妖夢の責任なんかじゃない。ましてや、その主である幽々子のものでもない。私にはちゃんと分かってるのよ。
この異変の犯人はそう――幻想郷の管理人、八雲紫よ!あいつが幻想郷の気候管理をサボって冬眠し続けてるから未だに春が幻想郷に来ないのよ!
ああ、なんで最初に気付かなかったんだろう。犯人は紫、そう考えれば全ての線が一本につながるじゃない。アイツが惰眠を貪ってるから、
幻想郷のバランスが狂っちゃってるに違いないわ。八雲紫は天蓋の化物、あれの行動一つの乱れでそれくらいの異変が起きてもおかしくないわ。
くそう、何てこと。あんなのが今回の黒幕だっただなんて予想外も甚だしいわ。あいつが相手じゃ、この異変誰も解決出来ないじゃない。
だって八雲紫って最強の妖怪じゃない。勝てる奴ゼロじゃない。きっとこのまま幻想郷に永遠の冬が訪れるに違いないわ。助けてジャバウォック。
いいえ、違うわ。私達はまだ負けた訳じゃない。まだ私達には切り札が存在してるもの。そう、私達には最強の亡霊――西行寺幽々子という存在が。
全てを理解した今なら分かる。幽々子は私達の味方、そして最後の希望だったのよ。
幽々子は冬に閉ざされてゆく幻想郷に危機感を抱き、せめてこの冥界だけはとピラミッドパワー(レミリア語。すんごく信じられない何かの力という意味)か
何かで冥界の春だけは必死に守り抜いたの。そして、この地に紫に対抗出来るだけの人材を集めて反攻に出ようって魂胆なのよ、きっと。
…幽々子、今まで同性愛者のペドフィリアだの歩く肝試しだの心の中で思っててごめんなさい。貴女、本当は凄く良い奴だったのね。貴女は己の全てをかけて
寝起きの紫と対峙しようというのね。感動した!寒波に耐えて良く頑張った!ここにZ戦士を集めて限界バトルかっとばして燃え尽きるつもりなのね。
美鈴、パチェ、魔理沙、妖夢、そして貴女。ああ、実にラストバトルに相応しい盛り上がりだわ。この面子で銀河ぎりぎりぶっちぎりの超激戦を繰り広げるつもりなのね。
…大丈夫、私は自分のポジションを理解しているつもりよ。私のポジションは某世界チャンピオン、貴女が魂玉を撃つ前に倒れた妖夢を抱えて走れば良いのね。
そういうこと。貴女は敵(八雲紫)に私達とつながっていることを知られたくなかった、だからあんな解読不能な手紙をよこしたのね。
熱い女ね…この異変に己の全てを賭しているのね。分かってるわ、皆まで言われずとも分かってる。私は貴女の力となりましょう。私は戦力外も甚だしいけれど、応援くらいなら頑張るから。
幽々子の熱い決意(レミリアの勝手な妄想です)を反芻しているうちに、気づけば白玉楼に。妖夢に案内されるままに、以前同様の客間に
辿り着くと、そこには私達の希望が優しい笑顔(今ならそう思えるらしいです)を浮かべた幽々子が腰を下ろして待っていた。
「あらあら、これはこれは随分と団体様で」
「久しいね、西行寺幽々子。他ならぬお前の御誘いだ、嬉々として駆け付けさせて貰ったよ。何やら面白いことになってるみたいじゃないか」
「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるわね。ええ、実に面白いことになっているわ。
けれど、これは唯の寸劇に過ぎませんわ。本当に楽しいのはこれから、そうではなくて?」
「ククッ、違いない」
…凄い女だ。八雲紫とぶつかることを楽しいなんて言えるなんて。ヤバい、幽々子、メチャクチャ格好良い。
強くて優しくて皆を護ろうとする正義感と勇敢さ。勇者って本当にいたんだ。今の内にサインとか貰った方が良いかしら。
「どうやらちゃんと手紙の真意も伝わって頂けたようですし…ふふ、実に僥倖ですわ」
「糸を引いて躍らせた張本人が良く言うわ。それで、どうするつもりな訳?」
「そうねえ、貴女とのお話は事後で構わないでしょう。今はレミリア、貴女の考えが知りたいわ。
異変の犯人はこの冥界の桜が物語る。幻想郷に春を再び呼び起こすには、座して待つにはまだ遠い。
さて、貴女はどうするおつもり?ひとつ道化を演じるか、はたまた観客に徹するか。もしくは思いきって舞台を台無しにしてみせる?」
私の選択ですって?水臭い、水臭いわよ幽々子。私と貴女は友達じゃない。貴女を一人にさせやしないわ。
確かに紫は怖い。怖過ぎる。正直、相対したくない。でも、私達が頑張らないと幻想郷のみんなが死んじゃうのよ。
だったら頑張るしかないじゃない。私は弱い、泣きたいくらい弱い。だけど、一人犠牲になろうとしてる友達を見捨てるような真似はしたくない。
弱き者の盾になんてなれない。世界を導くことなんて出来ない。だけど覚悟を身に纏い、幽々子と一緒に羽ばたくことは出来るわ。だから――
「――お前の意志を違えるつもりはないさ。西行寺幽々子、私は端役なんかで満足しないわよ?」
「え…」「へ?」「ふぇ!?」「はぁ!?」「ちょ」
…あれ、何この空気。幽々子も妖夢も美鈴も魔理沙もパチェでさえも凄く表現しずらい微妙な顔してる。何この予想外の反応。
え、何。もしかしてみんな紫と戦うの嫌なの?いや、そりゃ私だって嫌よ。怖い。無茶苦茶怖い。泣きたいくらい怖い。
でも、ほら、幽々子が味方なのよ?幽々子、めちゃくちゃ強いのよ?だったら最悪、こっちが怪我することはないんじゃないかなとか
思ってるんだけど…ほら、私非戦闘員だし。あ、そうか、みんなは参加=Z戦士扱いだから話は変わるのか。それなら…
「ああ、お前達は勿論別だよ。これは私の勝手な独断、都合の良い暇潰しみたいなものさ。
美鈴もパチェも魔理沙も好きにすると良い。このままここに留まるも良し、帰るも良し。そのことに別段怒りはしないさ。
ただ、私達の邪魔だけはしてくれるなよ?まあ、そんな愚かなことはしないと分かってはいるけれど」
…本当は残ってほしい。少なくとも美鈴だけは残ってほしい。主に私の命の危険的な意味で。
だけど、私の勝手な都合であの最強妖怪と対峙させるなんて言えない。だから私は必死に神様に祈る。お願いします、どうかどうか残って下さい。
幽々子と幻想郷と私と私の命と私の安全と私の未来の為に、どうかどうかどうかお願いします。
「勿論、私は残りますよ。咲夜さんが離れている今、お嬢様の傍に居ることが私の役目ですからね」
「はあ…どうなっても知らないからね。全く、レミィったら、何をどう勘違いしちゃったのやら…」
Q.神様は居ますか?A.今私の目の前に二人居る。キターーーー!最強の盾(イージス)と最強の銃(レールガン)がリーチ一発イーペーコードラドラ満貫!
助かった。本当に助かった。何だかんだ言って、正直二人が嫌だといったら私も色々と理由をつけて逃げるしか出来なかった。
友達を見捨てないって言ってたじゃないかですって?おばか!幽々子は大切な友達だけど、私だってケーキ屋の夢を果たさずして死ねないの!
後は魔理沙なんだけど…ああ、やっぱり迷ってる。当然よね、魔理沙は人間だもん。私と一緒でちょっと怪我をすれば、それが即死に至ることもある。
まあ…魔理沙は帰って貰った方がいいわよね。折角出来た私の大切なおしゃべり友達だし、魔理沙は紅魔館の住人って訳でもないし…うん、そう言おう。
「魔理s「ああもう、分かったよ!けど、私は最後まで傍観者だからな。私はこの異変に一切関与しないだけだ」…」
帰れと言おうとしたら先に残ると言われてしまったの段。えっと、魔理沙、残ってくれるの?
いや、それは凄く助かるんだけど、本当に良いのかしら。だってこれ、結構危ないのよ?美鈴達がいる分、私は護って貰えるけれど、
魔理沙は下手すれば命が…一応、最終的な意思確認だけでもしてあげないと。
「本当に良いのかい?別にここで帰っても誰も咎めやしないよ」
「良いんだよ。元々異変解決は私の仕事って訳でもないし、こちら側に立つのも後で良い笑い話になるだろうしな。
ああ、しかしこれで私も幻想郷を騒がせる悪党の一味って訳か。そのうち宝船にでも乗ってレミリア海賊団とでも名乗ってみるか」
「センスが悪いわね。悪党一味を名乗るなら、どちらかといえばもっとドロドロしてる方が私は好みだわ。GUNG-HO-GUNSとか」
「おっと、好意は抱いてるが、まだお前の為に死ねはしないな。メンバー集めは悪いが他を当たってくれよ」
軽口を叩いて笑う魔理沙に私は軽くため息をつく。どうやら帰るつもりはないらしい。まあ、仕方ないか。言いだしたのは私だし。
でも、流石に魔理沙に死なれると寝覚めが悪いからね。幸い、美鈴は有能で実力者。一人くらい増えたって構わないでしょ。
「――美鈴、命令よ。これから先、何が起ころうと魔理沙を護りなさい。私の美鈴だもの、当然出来ないとは言わせないわ」
「な!?ちょ、ちょっとレミリア、私は別にそんなの必要な…」
「無論です。その程度ならお嬢様の傍仕えの片手暇でも出来る実に単純作業ですね。
なんなら護衛対象をこの場の全員と指示して下さっても私は一向に構いませんよ?それくらいの方が実に遣り甲斐がありますし」
「フフッ、吠えたわね。だけど駄目よ、幽々子を護るのは妖夢の役目。他の従者の仕事を奪ってはいけないわ。
けれどまあ、魔理沙を護ると言い切ったその言葉、しっかりと行動で示してもらうわよ」
「ええ、おまかせ下さいな」
「だからっ、私を無視して話をっ」
「ほーら、お嬢様がそうお命じになられたんだから、うだうだ言ってないで納得しておく。心配しなくてもお姉さんがきっちり魔法使いちゃんを護ってあげるから」
「魔法使いちゃんって言うな!」
流石は紅魔館が誇るSGGK、信頼の守護者ね。美鈴に任せればどんな危険も危なくない君との誓い遠くじゃないのね。
あとは傍に咲夜が居てくれたら鉄壁の布陣になるんだけど、それは無いものねだりか…って、咲夜に異変解決頼んじゃったけど大丈夫かしら。
いくら咲夜が強いからって、八雲紫に勝てるとは思わない。どうか先走ってくれなければいいけれど…咲夜、無事で帰って来て頂戴。
「さて妖夢、宴の時刻までまだ幾分か余暇があるわ。数奇な運命に集ったお客様方に、今我々が出来る最高のお持て成しを」
「あ、はい!」
幽々子の合図と共に、妖夢が部屋を飛び出してゆく。どうやら諸悪の根源(何度も言いますが八雲紫のことです)が来るまで余裕があるらしい。
それまでは精々のんびりさせてもらうとしよう。まあ、紫が来襲してきたところで、私に出来るのは応援だけだから、あんまり休んでも仕方無いんだけど。
そうねえ、今のうちにみんなを応援する練習でもしておこうかしら。ううん、どんな応援が良いかしらね。掛け声かあ…
フレーフレー頑張れ!!さあ行こう♪フレーフレー頑張れ!!最高♪、とか。駄目だ、私のこんな応援で誰が頑張るのよ…ちょっと真面目に考えよう、うん。
~side 美鈴~
「『幻想郷の春が来ない異変の犯人は八雲紫。アイツがぐーたらで冬眠しているせいで、冬が来ないに違いない。
そして、そんな最強の妖怪を打倒せんと立ち上がったのが、冥界の管理人、西行寺幽々子。彼女は幻想郷に春を取り戻す為に、
己の命の危険を顧みずに一人戦おうとしている正義の味方。ならば、私達がどちらに助力するかなんて明白でしょう?
私は幽々子のような気高い崇高な人間を初めて見た。アレならきっと、八雲紫を打倒してくれる。私達も邪魔にならない程度に強力すればいい』
…以上がレミィの勘違いの全容よ。何か質問は」
「あはははははははっ!!!!」
「笑うなっ!」
そうは言うけれど、パチュリー様のお願いはどうやら聞き入れられそうにない。おかしくておかしくて涙が出そうになる。
どうしてお嬢様が西行寺幽々子の異変に手を貸すのか…自ら危険に足を踏み入れようとするのか考えていたけれど、そんな勘違いをしていたとは。
こんなの笑うなという方が無理だ。お嬢様は本当にいつもいつも私の想像を遥か彼方まで容易に超えて下さる。正直、幽々子が正義なんて発想は無かったわ。
「全くもう…命の危険には人一倍敏感なくせに、肝心なところで抜けてるのは問題ね。こんな勘違いやろうと思っても出来るものじゃないわ。
大体、何処をどう考えればあの西行寺幽々子が良い奴になるのかしら。異変を起こしてからレミィや私達への接触法を考えると、八雲紫より性質が悪いというのに」
「ほら、お嬢様って変な人に好かれやすい体質ですから」
「へえ、レミィのことを良く見てるのね、変人一号」
「お褒めにお預かり光栄です、変人二号様」
くすくすと笑い合う私達だけれど、さてはて、どうしたものか。この展開は正直予想外だった。
私達としては西行寺幽々子と会談し、レミリアお嬢様が幽々子が異変の犯人だと気付かせるつもりだった。
そして、当然お嬢様は自身の保身を第一に考えざるを得なくなり、この異変を傍観に回ることになる。あとの始末は全て咲夜さんに任せれば良い。
咲夜さんが幽々子を弾幕勝負という決闘ルールで打倒し、お嬢様の部下が異変を解決したという事実を幻想郷中に広めるだけで良い。
そうすることで、お嬢様と西行寺幽々子の仲が離れることは、彼女の性格からして無いだろう。幽々子はお嬢様のことを気に入っている、そして彼女は
そのような狭量な俗物ではない。恐らく大局を俯瞰し、下手をすれば咲夜さんに自ら勝ちを譲るかもしれない。そういう人物だ。
ただ、その流れはもうこの源流に存在しない。異変の犯人を知らぬまま、お嬢様は異変を起こす側、西行寺幽々子の力になると言った。
結果はどうあれ、それはお嬢様の選んだ道。お嬢様の望んだ道。ならば私はあれこれ言うつもりは無い。私はお嬢様の力になる為だけに生きている。
お嬢様の望むがままに私は今を行動するだけだ。…まあ、早い話が面倒な話は全部パチュリー様に押し付けちゃおうということで。
「…『面倒なことは全部パチュリー様に押し付ければ良いや』。貴女は今、そう思ってる」
「うえ!?おおお、思ってませんよ?嫌だなあ、パチュリー様ってば人聞きの悪い」
「まあ、別に責めるつもりはないし、そうして貰えると逆に助かるけどね。貴女、頭使うのあまり好きじゃないでしょ」
「あはは、面目ないです。他の仕事なら得意なんですけどねえ。例えば、息を殺して私達の話を盗み聞きしてるお転婆姫を発見したり…とかねっ!!」
掌に殺傷能力を極限まで殺した気弾を作り、私は掌から零して地面すれすれから右脚を撓らせて拾い上げるように強く蹴り飛ばす。
蹴り放たれた気弾は、パチュリー様の頬を掠めるように飛んでゆき、数メートル離れた桜の木へと衝突する。大きな破裂音こそ響くものの、
中身は詰まっていないスカスカのこけおどし弾だ。桜の木も、お転婆姫も怪我をすることはないだろう。
「…驚いた。まさか気付かれていたとは思わなかったわ、華人小娘さん」
「私相手に『気』を殺すなんて無駄な真似は止めた方が良いですよ、櫻姫。
お話が聞きたいなら隠れる必要なんて何処にもないですよ。実はパチュリー様はこう見えて意外とお喋り好きでして」
「余計なことは言わなくても良いのよ、馬鹿門番。しかし、よく気付けたわね。
本当、うちの門番はこういう奇抜な能力だけは優秀だわ。コレのおかげで八雲紫の侵入も気づける訳だから助かるといえば助かってるのだけど」
「慣れれば誰だって出来ますよ。パチュリー様もお一つ鍛錬してみては如何?健康的な生活を送れるかもしれませんよ?」
「結構よ。レミィじゃないけれど、私も堕落した生活の方が楽で好ましいのよ。貴女こそ漫画ばかり読んでないで歴史書の一冊でも読んでみたら?」
「私が漫画を読まずして誰がお嬢様と漫画を語り合うんですか。そう思いませんか、幽々子様」
「あら、私もお話に混ぜてくれるの?てっきりこのまま仲間外れかと思っていたわ」
口元を扇子で上品に隠してくすくすと微笑みながら、幽々子は一歩ずつ私達の方へ脚を進めてゆく。
さてさて、私の仕事はこれで終わりかな。後は魔女と亡霊姫の化かし合い、阿呆な私の入る隙は無し。まあ、のんびり会話を聞かせてもらいましょう。
恐らく、選択肢こそ与えていたものの、お嬢様の選んだ選択は幽々子にとっても予想外のモノだっただろうし。
このお姫様がどういう考えを持って、お嬢様にこの異変でどのような役割を改めて与えるのかも気になるしね。
「障子に耳を立てていたのなら、レミィの勘違いを知ったのでしょう?さて、どうするの正義の味方」
「フフッ、どうしましょう。いっそ、この面子で紫の屋敷に殴りこみでもかけてみようかしらね」
「心にも無いことを言うんじゃないよ、西行寺の。本当のことをレミィに告げるつもりは今更無いんでしょう?」
「勿論。だって、その方が絶対に面白いじゃない。きっとあの娘、異変の犯人が私だと知ったら目を白黒させて驚くわよ」
「性格が悪い。まあ、その意見には同意だけどね。困り慌てふためく涙目のレミィを見ないと、労力に対する賃金が見合わない」
「あらあら、何の労力かしら。冥界までご足労頂いたことへの労力?」
「決まってるでしょう。互いの台本を書き換え直す労力よ、西行寺幽々子」
「私にとってそれは喜ばしい徒労ですわ。白銀の雪原にそり道一本では趣が無いと思いませんか?彼女自らの脚で踏み敷いた道にこそ意味がある」
「転んで大怪我しないようにするだけよ。別に私達は縛るつもりは無い」
「そうですか。それを聞いて安心しましたわ。ならば私達はお互いより良き盟友となれるでしょう。
貴女達は私を存分に利用すると良い。私は私で好きにするとします故」
「これ以上は深く触れてくれないでよ、ウチには怖い怖い妹さんが棲んでるんだから。滅びの悪魔に招かれないように注意なさい。
それと、レミィの事を周りが知っている件を二度と交渉の場に出すな。一度は見逃した、だけど次は容赦しないわよ。隙間にも伝えておきなさい」
「あらあら、怖い怖い。勿論、私は誰にも言うつもりはありませんわ。このような楽しい秘密は少ない人数で大事に大事に共有しませんと」
女狐。食えない奴。掴みどころが無い奴。それがきっとパチュリー様の西行寺幽々子への評価だろう。
まあ、この手のタイプは私は嫌いじゃないけれど。無駄話や意図を掴めない話を聞いてるだけでも十分楽しいし時間潰せるし。
どうやら話を聞く限りではお嬢様に害を為すつもりもないみたいだし、どうこうするつもりもないようだ。問題無しと見做して良いだろう。
何故かお嬢様というより、パチュリー様と良い友達になれそうな感じだけど。ま、そこは私の気にすることじゃないかな。
そうそう、肝心なことを聞き忘れてたわ。お嬢様の安全の為にも、一応は聞いておかないと。
「幽々子様、今回の異変ではお嬢様にどのような役回りをお与えになるおつもりですか?
お嬢様はああ言いましたけど、我が主様が弾幕ごっこなんて到底出来ないのは既にご存じの筈。よもや同じ舞台に上げるという真似はしませんよね?」
「勿論よ。折角だもの、レミリアには、私の舞いを見届けて貰おうと思っているわ。
春を集めるこの異変もクライマックス。だけど、このまま易々とエンディングを迎えさせて頂ける訳では無いみたいだしね」
っ、確かにこのまま終わりを迎えるということにはならないみたいですね。
今、冥界に侵入してきた二人…いや、三人分の気配を感じる。一人は咲夜さん、もう一人は博麗の巫女、もう一人は…不明。知らない気の流れね。
どうやら幽々子はこのことを指摘しているらしい。異変の大詰めを邪魔しようとしている三人を持て成す様をお嬢様に見てもらおうと。
「さて、妖夢は前座を務めてくれるみたいだし、私も準備を始めないとね。
レミリアに伝えておいて。空に咲く夜桜の雅さ美しさを西行寺幽々子が教えてあげる、と」
「慢心して散ってしまわないよう、精々気を付けることね」
パチュリー様の言葉に、幽々子はクスリと微笑んで私達の前から去っていった。
さてさて、この異変もとうとう大詰めか。あ、そういえば幽々子に聞き忘れていたことがまだあったっけ。
――結局、西行寺幽々子はどうして春なんかを集めていたんだろう。まあ、それは異変が終わった後の楽しみに取っておこう。
…というか、幽々子嬢、咲夜さんは相手にしないで良いですからね。咲夜さんはお嬢様の姿を見ただけでナイフ捨てて異変解決取りやめますからね。
~side 妖夢~
レミリアさん達を持て成す準備をしている中、私は一人大きくため息をついた。
嘘をついた。レミリアさん達に嘘をついた。春を集めているのは私だと言うのに、私は何も言わなかった。
魔理沙という人に問い詰められたとき、レミリアさんは私を庇ってくれたが、そのことが逆に私の心に小さなトゲを残したようだ。
嬉しかった。レミリアさんの行動が心から嬉しかった。そしてそれ以上に情けなかった。全てを知っているレミリアさんに
あのようなフォローをさせてしまう己の未熟さが何よりも情けなかった。
「はあ…駄目だなあ、私。本当に全然駄目だ…」
「何が駄目なんだ?少なくとも料理の腕前はそんなに悪くないと思うけどな」
「それは勿論、私のあまりの未熟さ…って、う、うわあっ!?ままま、魔理沙さん!?」
「ナイスリアクション。こういう反応が沢山返ってきたのが昔の幻想郷なんだよな。
今の友人達はレミリア以外素のリアクションを取ってくれないから困る」
私の背後から声をかけてきたのは、先ほど知り合ったばかりの霧雨魔理沙さん。あ、勝手に摘み食いしてる。
指摘しようかと思ったけれど、客人に対して非礼を働くのも悪い。私は何も言わないままで居ると、魔理沙さんはどうやら少し不満だったらしい。
もうひとつお皿の中から料理をつまんで口に運ぼうとする。流石の私もこればかりは見逃せない。慌てて魔理沙さんに注意を試みる。
「駄目ですっ。いくらお客様とはいえ、そういうはしたない真似はよくありませんっ」
「うん、そうだな。確かに私が悪かった」
「…え?」
私の注意を素直に受け止め、魔理沙さんはぺろりと小さく舌を出して笑い、手にした料理をそのまま食べる。
あ、食べるんだ…謝るのに食べるんだ。食べ終えた後、魔理沙さんは指先を一舐めし、楽しそうにしながら口を開く。
「悪いことをしたらハッキリ注意、だけど私は馬鹿だから反省しない。そして妖夢が怒りだす、私は初めて心からの反省をする。
どうだ。そいつは実に面白い関係だと思わないか?怒り怒られ呆れ呆れられ、そして最後は互いに馬鹿笑いするんだ」
「はあ…」
「生真面目過ぎるのも悪くは無いが、そんなのはレミリアお付きのメイドだけで十分だ。
少なくとも私は、そんな馬鹿をやりあえる友人に妖夢とはなりたいと思ってるぜ。折角知り合えたんだしな。
それに正直、私も少しまともな友人ってのが欲しくてな。霊夢はあれだし、レミリアもあれだし。まあほら、つまりそういう訳だよ、うん」
照れながら笑う魔理沙さん。彼女の言葉の意図するところが、全然掴めなくて。けれど、知ってしまえば簡単で。
ああ、そうか。彼女は私と友達になりたいと言ってくれてるんだ。最初は冗談かと思って。だけど、そう告げる彼女の心に偽りなど存在しなくて。
だから私は困った。慌てた。情けないくらい動揺した。だって仕方がない、私は友達なんて一人も居ないのだ。こういう時、どうすれば良いのか分からなくて。
そんなオロオロとしている情けない私に、魔理沙さんは困ったように笑い、そして力強く私の背をバンバンと叩いて教えてくれた。
「なりたいなら『OK』、なりたくないなら『だが断る』。YES、NOははっきりさせなきゃ何でも曖昧に終わっちゃうぜ。
まあ、なんていうか、お前レミリアみたいだから放っとけないんだよな。今日異変について訊いたときとか本気でオロオロしてたし…
あ、そういえばあの時は改めて悪かったな。レミリアの言うとおり、私もこの異変を愉しむことにしたからな。別に責めるつもりはないから安心しろよ」
「あ、ありがとうございます…ええと、その」
「ほら、早くYESって言っておこうぜ。堅苦しく考える必要は無いんだよ。ようは友人として私やレミリアと一緒に馬鹿しようぜってだけさ」
「は、はいっ!魔理沙さん、私とお友達として…」
「魔理沙。私はお前を妖夢って呼ぶから、お前も魔理沙って呼んでくれよ。堅苦しいのは嫌いなんだよ」
「え、ええと…ま、魔理沙」
「おう、魔理沙だぜ。これからよろしくな妖夢」
そう言って、私の頭をわしわしと撫でながら魔理沙さん…否、魔理沙は笑って言ってくれた。
本当、メチャクチャな人だなと思う。力強くて無理やりで、だけどそれを不快に感じさせない人。
…不思議だ。さっきまであんなに陰鬱としていた気分がびっくりするくらい消え去っている。胸のモヤモヤが何処かに行っちゃってる。
それも全部このメチャクチャな人のおかげなのは明白だ。これが友達というものなんだろうか。幼いころから家族と幽々子様しか接する相手がいなかった私に出来た、初めての友達。
今はこの人に心から感謝したい。この幽々子様を起点とした異変はもうすぐ終焉を迎えるのだろう、そんな大事を前に心乱れたままで客人と対峙することが無くて済んだ。
「ありがとう、魔理沙。私は貴女に心から感謝するわ」
「は?ああ、別にお安いもんだ。いや、何に対する感謝かは分からんが。
まあ、レミリアじゃないが、お前は普段からそうやって笑ってる方が良いと思うぜ。息詰まった顔ばかりしてちゃ人生面白くないだろ」
「ええ、そうね。一意専心、今私がとるべき行動は幽々子様を護るだけっ」
「…おお~い、いきなり空を飛んで何処に行くつもりだ?そっちは冥界の出口だろ?」
「魔理沙は幽々子様達の傍に居てっ!そして幽々子様に客人の応対をしてくるって伝えておいて頂戴!あとついでに料理も運んで!」
「…妖夢って、結婚すると人が変わるタイプかなあ。流石は妖夢だ、遠慮が無いぜ」
あれこれと言い残し、私は冥界と顕界をつなぐ結界の解れへと翔けていく。
魔理沙と話していた時に感じた気配、これは間違いなく幽々子様を邪魔する者。幽々子様が仰っていた博麗の巫女だろう。
残念だけど通さないよ。私の後ろにはレミリアさんが、幽々子様が――そして初めての友達が居るんだ。絶対に通してなるもんか。
西行妖が満開になるまで後僅か。貴女達の持つなけなしの春をもってして、この異変は終焉を迎えるのよ、博麗の巫女。
~side レミリア~
トイレから帰ってきたらみんな部屋から居なくなってたでござるの巻。
そして20分程待ったけれど誰ひとり帰ってきてくれないという二段オチ。
「ううぅぅぅ…美鈴の馬鹿、パチェの馬鹿、魔理沙の馬鹿、妖夢の馬鹿、幽々子の馬鹿。
寂しいよう、お腹空いたよう…咲夜の温かいご飯が食べたい。咲夜の温かいお茶が飲みたい。咲夜、早く帰って来て頂戴…」
頑張れ私。負けるな私。しっかりするんだ私。泣いちゃ駄目だ私。今こそあの応援をするときじゃない。
フレーフレー頑張れ!!さあ行こう♪フレーフレー頑張れ!!最高♪…はあ、死にたい。
冥界ルールでの最高の持て成しって、一人ぼっちにされることだったのね…何この生き地獄、鬼過ぎる。あ、ぎたーそろ、かもーん(棒読)