麹義
「―――ということは、漢の将軍を命じられ、民族が認められて自治権も与えられる引き換えに、漢の配下に入れと、そういうことだな?」
田豊の話を聞いた卑弥呼が内容をまとめて確認する。
「そういうことです。
悪い話ではないとおもうのだけど」
「うむ、確かに悪い話ではない」
「では……」
と、進めようとする田豊を貂蝉が遮る。
「でもねぇ、わたしたちも民族の誇りがあるの。
わたしたちが漢の配下になってもよいという、証がほしいの」
「証?」
「そうよぅ。
これでも騎馬民族だから、馬術と弓術には秀でているという自負があるのよん」
貂蝉と卑弥呼が馬に乗って弓を射る!
想像が難しいシーンである。
素手の方が圧倒的に強そうだ。
それ以前に馬が潰れてしまうのでは?
「ということは、袁紹軍が南匈、烏丸の騎馬隊に勝てるだけの力があることを見せればいいのね?」
「そうだな。それがいいだろう」
「わたしも賛成よう」
「では、今回兵を5000連れてきましたから、南匈・烏丸も5000の騎兵を用意してください。
袁紹軍は全て歩兵であたります。
同数の歩兵で同数の騎兵を凌駕したら袁紹軍が下るに足る十分な力を持っていると判断してくれますね?」
「何!騎兵に同数の歩兵で当たるというのか!
それはいくらなんでも無謀だろう。
騎兵は歩兵の2~3倍の能力があるとされているし、私も実際そのくらいの能力があると思っている。
私達の兵の能力を侮ってもらっては困る」
「それは知っています。
その代わり、私達もあなた方を殺さない程度に色々な兵器を使わせてもらいます」
「あらん、こわいわぁ」
怯えた声を出す貂蝉だが、表情は逆に来る戦いへの期待に満ちているようにも見える。
「それならいいだろう。
お前はどうだ?貂蝉」
「いいわよ。
民族の誇りに掛けて負けないわよ~ん」
「戦いは明日でどうですか?」
「うむ、よかろう!」
ということで、南匈・烏丸連合軍 vs. 袁紹軍の模擬戦が行われることとなった。
漢側の将はもちろん麹義。
もちろん、やるきあるバージョン。
史実では公孫讃を破り、南匈を破ったスーパーマンである。
袁紹も、彼を使いこなせれば、ってそれを言ってはいけませんね。
恋姫麹義は、(一刀がこちらの世界に来てからは)今のところほとんど出番がないが、それ相応の強さを持っているのだろう。
麹義の兵器の十八番といったら弩。
強力大型弓である。
だが、流石にそんなものを模擬戦に使ったら、死者続出だろうから使わないのだろう、と思っていた一刀であるのだが……
「朱雀さん、どうして弩を準備しているんですか?」
「これか?もちろん、使うためだ」
「そんなもの使ったら、相手が死んじゃうじゃないですか!」
「いや、な。菊香が作戦を考えて、相手に向けないでこれを使うのだ」
「そうなんですか。どんな風に?」
「それは秘密だ。フハハ」
麹義は嗤いながら一刀に答える。
「ねえ、菊香。どんな作戦で騎馬隊に臨むの?」
「うふふ。知りたいでしょ?
でも、秘密。
明日を楽しみに待っててね。
絶対勝つから!」
余程自信があるのだろう。
表情からもそれが伺える。
そして、南匈・烏丸連合軍 vs. 袁紹軍の試合が開始される。
連合軍という名称も何なので、漢女軍ということにする。
………漢でも女でもないのだけど。
立会いは華佗、見物は一刀と呂布。
呂布の横には山のような肉饅。
肉饅を食べながらの観戦である。
昔から、ながら族はいるようだ。
「それでは、これから南匈・烏丸連合軍対袁紹軍の模擬戦を行う。
怪我をしたら、この俺が治すから、相手が死なない程度に力一杯戦って大丈夫だ。
それでは、始め!!」
劉虞の発声で戦の火蓋が切られる。
が、動きはほとんどない。
袁紹軍の前面にはかなり大きめな楯がずらりと並んで、漢女軍との間に壁を作っている。
その楯を持った兵がじわっ、じわっと前進する。
漢女軍も、様子見の雰囲気で、何もしていない。
そのうちに、楯部隊がピタッと止まり、その場で楯を布団のようにして寝てしまう。
楯に篭った亀という表現の方がぴったりするかもしれない。
漢女軍は馬術と弓術に優れるが、楯に引きこもられると自慢の弓が使えない。
「あれは何をしているのだ?」
「わかんないわぁ。
こんな敵は初めてみたもの」
漢女軍の最前列で卑弥呼と貂蝉が話し合っている。
本当に二人とも馬に乗っている。
何か底知れぬ違和感がある。
一刀は麹義が何をしようとしているのかわかった。
麹義が公孫讃戦に使った、驚馬作戦(命名一刀)だろう。
「だが、このままでは拉致があかぬ。
馬の力を見せてくれようぞ!」
「そうね。ちょっと馬の力を見せてあげなくちゃ。
みんな~、突撃するわよ~ん」
漢女軍は馬を一斉に前進させる。
だが、袁紹軍前列は何もしないで楯に引きこもったままだ。
漢女軍は更に前進を続け、このままでは袁紹軍が馬に踏みつけられてしまうという、まさにそのときに、麹義の声が響き渡る。
「今だ!!」
その声を聞いた楯隊は一斉に起き上がって馬の前に楯の壁を作る。
驚いたのは馬である。
今まで遥か彼方まで開けていた視界が、一瞬で閉ざされてしまう。
馬は基本的に臆病な生き物である。
急に目の前に壁が出来たのでパニックに陥ってしまう。
ヒヒーーーン
大急ぎで止まろうとしたり、向きを変えようとしたりして、ひっくり返ったり隣の馬とぶつかったりしている馬に、後続の馬が驚いて、という状況が連鎖して、連合軍全体がパニックに陥ってしまった。
「どう、どう……」
漢女軍は必死に馬を鎮めようとしているが、なかなか鎮まらない。
そんななか、麹義の第二声が発せられる。
「撃てーーー!!」
その声で、弩が一斉に発射される。
弓、というより丸太は、地面には平行でなく、かなり上方に飛んでいった。
よく見れば丸太の後ろには紐がくっついていて、さらにその後ろには大きな網がついていた。
そして、網が着地したとき、漢女軍はまさに一網打尽にされてしまった(数網打尽?)。
「押さえろ!!」
超大型の網の周りを、兵達が押さえつけていく。
網から逃げられた騎兵は、今度は歩兵の餌食となってしまう。
9割方網に捕らえられてしまったので残りは高々500騎。
一部、押さえ込みに当たる兵もいるが、それ以外の兵は騎兵に当たることができるので、騎兵1に対し、5倍以上の兵が当たることができる。
もはや、騎兵といえども歩兵の敵ではなかった。
あんなに巨大な網を使うというのは恋姫田豊のオリジナルだろうか?
実は何気に結構色々作戦や兵器を考え出している田豊であった。
こうして、あっさり決着がついてしまった漢女軍と袁紹軍の戦い。
やっぱり、麹義-田豊コンビは強い!
実戦だと、弩の向かう先が騎馬そのものになるので、やっぱり麹義が勝ったであろうことは容易に想像がつく。
「むう、ここまで徹底的にやられると、悔しいを通り過ぎて、むしろすがすがしい気さえするな!」
戦いの後で卑弥呼が田豊、麹義に話しかけてきた。
「どう?これで袁紹軍は下るに足る存在だと認めてくれるわね?」
「うむ、約束だ。私達は漢の配下となることを宣言しよう」
「あらん、もういやだわ。
田豊ちゃんも麹義ちゃんもこんなに強かっただなんて。
ちゅ~しちゃうんだから」
唇を突き出す貂蝉。
「いりません!」
「私も要らぬぞ!」
田豊も麹義も本当に嫌そうに拒否している。
「これにて、一件落着!」
華佗が金さんのように閉会の挨拶をする。
ここに、南匈、烏丸が漢に下ったと同時に、袁紹は河北を全て平定することに成功したのである。
いよいよ河南に侵攻する時期が来た。