疑念
翌日、城内は昨日の暗殺騒動で大騒ぎをしていた。
「陽、曲者が忍び込んだようでしたが……」
安全に慣れつつあるとはいえ、まだまだ暗殺とかそういうことには人一倍敏感な劉協が曲者が忍び込んだ事に気がつかないはずがないのである。
「はい、献様は私がいつもお守りいたします。
曲者は呂布が退治しましたが、逃げられてしまったようです」
「そうですか。怖いことです」
当然、皇甫嵩もすぐに騒ぎに気付き、皇甫嵩は劉協の身柄を守るために劉協に侍っていた。
が、幸いにも劉協の許に危害が及ぶことはなかった。
呂布の戟は血がべっとりとついていた。
間者も相当な重傷を負ったことが予想されるが、血の跡もなく、どうやら城外に逃げ延びてしまったようだ。
騒ぎに関係ない人間もいる。
「どうしたのですか?
何を皆で騒いでいるのですか?猪々子」
「麗羽様、昨晩曲者が忍び込んだじゃないですか。
それで、みんなで曲者の痕跡を探しているんです。
麗羽様も賊が侵入したことはご存知ですよね?」
ちょっと引きつる袁紹。
「も、もちろんですわ。
相国として、自分の身に降りかかる危険は常に察知する必要がありますからね。
お、おーっほっほっほ」
もちろん、城内大騒ぎをしていた中、ぐーすか寝ていた袁紹である。
実は、大物なのかも。
賊の侵入は、当然賢人会議の議題に上がる。
「狙われたのは一刀よね?」
田豊に聞かれた呂布は、
「間違いない」
と、それを肯定する。
「明らかにご主人様を狙っていた」
「は?俺?どうして?
暗殺するなら陛下とか麗羽様だろうに」
「あんたねえ、もう少し自分の重要性を認識しなさいよ。
権力を握っているのは陛下とか麗羽だけど、参謀や将をまとめているのは、一刀の存在なのよ」
と、一刀に説教するのは、賢人会議に参加するようになった曹操。
「そういうこと」
と、田豊もそれに追随する。
「そうなのか?」
「そう。一刀はいるだけでみんながまとまるの。
ある意味女性全員の共通の敵で、別の意味でも女性全員共通の敵だから、一刀がいれば団結するのよ。
男の軍師、将からは冷ややかな、というか呆れたような視線がくるかもしれないけど、それはそれで男性を女性に強く惹き付けるのに役立つから、最終的にみんなが団結するの。
華琳を見ても明らかでしょ?」
結局一刀は酷い男だと言っているようだが、田豊の意図がわかって、はいはい、と諦める一刀ではある。
「華琳様、よもやこのクズのような男と交わったと言うようなことは……」
「き、菊香!話を進めましょう!!
今、重要なのは暗殺者がこの城内に入ったことへの言及」
荀彧の追求を冷や汗混じりに交わす曹操である。
「そうね。それに、一刀がいるから麗羽様は私達の案を採用してくれるようになったし」
「じゃあ、誰が俺を襲ったんだ?」
「劉備しかいないでしょ、もう漢以外には」
「漢の中という可能性は?」
「漢の中で一刀を殺して益を得るものはいないから、それはないわね」
「……劉備さんがねえ?」
「私に一刀を攫うように提言するほどよ。
間違いないわね」
「何、それ?」
田豊が曹操の発言の内容を確認すると、曹操が先日一刀にしたのと同じ説明を繰り返す。
田豊は暫く考えて、
「もしかしたら、劉備ってとてつもない策士なのかしら?」
と言うので、一刀も、
「菊香もそう思うんだ」
と、それに追随する。
「どういうことよ?」
尋ねる曹操に、一刀がもしかしたら、と思った考えを説明する。
「劉備が?
あれがねえ………
いきあたりばったりで暗殺を指示したんじゃないの?」
「いえ、華琳様、案外ありえそうな話ではあります」
とというのは程昱、早くから劉備の危険性を認識していたから、劉備が優秀なのではないか、と言われてもそれほど違和感を感じない。
「それに、現実に蜀の皇帝となり、孫策を臣下に迎え入れています」
「まあ、確かにそうだけど………」
と、どうにも劉備=優秀という図式がイメージできない曹操である。
「まあ、劉備が刺客を送ったのは間違いないようだから、蜀を倒すように陛下に進言して」
と、結論を出す田豊に、
「う、うん。まあ、わかった」
と、今一つ乗り気でない様子で答える一刀。
「ちょっと、しっかりしてよね。
自分の命を守るためなんだからね!」
「そうだなあ……」
曹操同様、頭では分かろうとしても、どうにも劉備=優秀という図式がイメージできない一刀であった。
強い意志がないと、説得も難しい。
劉協に蜀の討伐を提案したが、証拠は?と尋ねられ、うまく誤魔化せないうちに、蜀の討伐は否定されてしまった。
劉協、優しいから。
でも、今回はちょっと意思決定を誤ったかも。
一方こちらは蜀。
「そう、周泰がやられたの」
「はい、桃香様。
胸に重傷を負い、どうにか蜀に戻ってきたようです。
命も危なかったようですが、どうにか一命は取り留めたようです。
他の刺客を送りましょうか?」
「いいわ、周泰で駄目なら誰が行っても駄目でしょう。
一体、一刀にはどんな護衛がついているのよ!
本当に私の作戦を悉く潰してくれる男ね」
流石の劉備も、当世最強の呂布が護衛だとは思わなかった。
「曹操もあの男に投降したようだし、もう蜀は風前の灯火ね」
と自嘲気味に笑い、それから表情を厳しくして、
「これからは、ひたすら漢の猛攻に耐えなくてはならない。
何度攻め込まれても、その全てを撃退する必要があるの。
こちらから攻め込んでいくなんて戦力的にとても無理だし。
朱里ちゃん、手伝ってね」
と、諸葛亮に話しかけて、それから、
「じゃあね、袁紹ちゃんが攻め込んでこないうちは内政に重きをおくことにしよう!
朱里ちゃん、そういうのは得意だもんね。
あとね、周瑜ちゃんにお願いしている船団の準備、急がせて」
と、桃香ちゃんに戻り、そう蜀の方針を決定する。
「はい、わかりました」
一刀の命も蜀の存在も当面安泰のようだった。
おまけ
会議の後で………
「華琳様!はっきり仰ってください!
あのクズ男とは何もないのですね?!」
「う、うるさいわね。
やましいことは何もないと言っているでしょ!」
「やましいことはないということは、していないと言うことですね?!」
「桂花!しつこいわよ!!」