合肥
「敵の方が上手だったわね」
傷の治療を受けながら、孫策が傍で心配そうに見ている周瑜に話しかけている。
「ああ。誰しも考えることに大差ないということだ。
我々の士気が下がったところで、明日朝一気に攻め込んでくるのだろう。
曹操軍もやるな」
「ええ。敵を倒すどころか、触れることすらできなかったわよ」
「ところで、怪我は大丈夫か?」
「ええ、このくらいかすり傷よ」
「そうか?その割りに深々と刺さっていたようだが」
「うるさいわよ!
かすり傷といったら、かすり傷。
それより、あの弓の対策、大丈夫なのでしょうね!」
「自信はないが、やることはやったつもりだ。
敵が遠くにいる間はこちらの弓は届かないから、ひたすら楯で耐える。
そして、敵が近づいてきたら楯と城壁の隙間から射るというのが作戦なのだが……」
「まず防げるか、それから射た弓があたるか、それが問題ね」
「そうなのだ。
試した感じでは、いい具合だったのだが……」
「まあ、明日の様子をみてみましょう」
「そうだな」
そして、夜が明ける。
曹操軍から、曹操が数名の兵を引き連れて、馬でやってくる。
「孫策!聞いてる?
今投降したら、重用してあげるわよ。
昨夜の戦いで、あなた達が勝てないことはわかったでしょ?
私も無益な殺生はしたくないの。
今、あなた達と戦ったら、後々弱いものいじめの曹操と言われる気がして、あまり気が進まないのよ」
まったく、投降を促しているのか、挑発しているのか分からない曹操に、孫策が城壁の上から答える。
一刀が見たら、「あれ~?孫策、生きてる」と思ったかもしれない状況だ。
「ありがとう、曹操。お気遣い感謝するわ。
でもね、もうすぐ大陸を統べる私は、誰の臣下にもなる気がないの。
反対に、曹操が私の臣下になるなら、州の一つや二つ、任せてもいいわよ」
「あらそう。
どうやら、私達の考えが一致することはなさそうね」
「ええ、そうね。
もうすぐ、負けた曹操軍が敗走していくのを思うと不憫だわ」
「私も孫策がここで命を落とすのかと思うと、思わず涙が溢れてしまうわ」
二人は、そのまま睨みあって、それから曹操は自軍に戻っていく。
「攻撃開始!」
曹操の声が曹操軍内に響き渡る。
弓隊を乗せた雲梯車がずりずりと城壁に近づいていく。
孫策軍の弓の射程外なので、孫策軍はただ楯で自分の身を防ぐことしかしていないが、曹操軍もどうせ撃つなら敵に近づいてからの方がいいと思っているのか、何もせずに近づいていくだけだ。
そして、そろそろ曹操軍が孫策軍の射程に入るというところで、雲梯車が止まる。
「来るわ」
孫策がつぶやくように周辺の兵に注意を促し、自身も緊張を高めていく。
だが、飛んできたのは矢ではなく岩。
雲梯車に隠れるように霹靂車が配備されており、その射程に城壁が入ったので、岩をぼかぼか撃ち始めたのだ。
「な、なんなの、これは?」
流石の孫策もなす術がない。
そして、岩を避けようと右往左往しているところに、弓が射込まれる。
それに前後して、衝車が城壁に突入する轟音が響く。
「孫策様!」
「何よ!明命。この大変なとき…何をす……」
孫策は、いつの間にか傍に近づいていた周泰に腹を殴られ、そのまま気を失ってしまった。
「明命!何をしている!」
そんな周泰の行動を叱責するのは周瑜。
「周瑜様、申し訳ありません」
「思春!」
だが、そんな周瑜も甘寧に気を失わされてしまう。
「聞け!皆のもの!
今から私が孫家軍の指揮をとる!」
孫策と周瑜が気を失ったのを見て、孫権が全軍に自分が指揮をとる宣言をする。
「今の状態では曹操軍に勝てない。
一旦撤退する。
全員、私に続け!!」
曹操軍の猛攻を受けている最中である。
曹操軍の攻めが、今までの戦いとはレベルが違うことは全員体で理解している。
孫権の言葉は強い説得力で全員を引きつけることに成功した。
孫家軍は、孫権に率いられ、蜀へと逃げていった。
ほぼ全軍が逃げ延びることに成功した。
曹操軍も、袁紹の攻撃が危惧されるので、孫家軍を深追いすることなく、呉の討伐で満足するのであった。
何で蜀まで逃げなくてはならないのか?という疑問もあるが、曹操と交戦を続ける限り、常に孫家滅亡の危機にあるという必要以上の危機感が孫権にあったのかもしれない。
孫策らは、劉備に快く迎え入れられた。
「孫策ちゃん、曹操ちゃんにやられちゃったんだ。
今度、一緒に曹操ちゃんをやっつけようね!」
と、にこにこしている劉備である。
さて、その孫策。
バチーーン
と、孫権の頬をひっぱたいている。
いや、もう張り倒していると言ったほうがよい。
自分の肩の傷口が開くのも気にせず、力一杯孫権を殴っている。
孫権は床にひっくり返ってしまった。
頬は真っ赤だ。
孫策に矢傷がなければ、歯の一本も折れてしまったかもしれない。
だが、孫権は姉を恨むような表情も行動もしていない。
一方の、孫策の顔は、怒りに満ち満ちている。
「お姉様、申し訳ありません。
出すぎた真似をしました」
謝る孫権に、もう孫策は怒りの余り声も出ない。
「雪蓮、止めておけ。
蓮華様の判断は適切だった。
あのまま戦いを続けても殲滅させられただけだろう」
孫策はそう戒める周瑜をも睨みつけ、そのまま黙って宛がわれた部屋に引きこもってしまった。