拉致
………
………
……
夢だから。
そう、これは夢だから。
ゲームのやりすぎで陥った悪い夢だから。
自分の周りの風景がゲームの荒涼とした風景を実写にしたような風景になるなんてありえないから。
自分をつねると痛いけど、夢だから。ええ、夢だから。
だから、早く夢から覚めないと。
どうすれば夢から覚めるか、というと………
寝る?
……いや、なんとなくそれでは覚めない気がする。
もう本能的に分かる。
やはり、順当にゲームを進めてあがらないと。
普通に考えればルートは3つ。
魏呉蜀。
漢のルートは未完だそうだから、それに陥ると夢から覚めない………気がする。
魏ルートだとゲームが終わったときに戻れることになっていた。
他二人だと………それでも、多分ゲームが終われば夢が覚める、うん、そう信じたい。
今の状況は……時刻は昼。自分に意識がある。
ということは魏ルート?
それに違いない。
それなら簡単。曹操が迎えに来てくれるのを待てばいいんだ。
ああ、早く曹操迎えにこないかなぁ。
でも変だ。
確か盗賊が襲いに来るはずだ。
が……見渡す限り周りに盗賊がいない。
そもそも、国号は華と書かれていたから、第5の選択肢?
そんな華やかな国号をつけそうな登場人物は…………まさか!
「麗羽さまぁ、こっちでしたよねぇ」
「ええ、そうでしたわ、猪々子」
「あーん、まってよう」
この声、この台詞……
「あ、麗羽様、あんなところに人が」
「本当ですわね。ちょっと行って話してきなさい」
「わっかりましたー」
馬を降り、一刀の元に歩み寄ってくる女性一名。
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、この辺でピカーッて光が起きなかった?
流れ星かもしれないんだけど」
アニメベースの姿が実写ベースの顔かたちに変わっているけど、どうみても……
「文醜……さん?」
「へ?どうしてあたいのこと知ってんの?」
「い、いやぁ、その、…………勇名轟いていますから」
「そっかー。うんうん、有名になるって辛いねぇ。
ところでさあ、最初の話なんだけど、この辺で光見なかった?」
「い、いえ。別にそんなものは見なかった……ですよ、ええ」
「そう。ふーん。……ところでさ、その服随分光っているけどどうして?」
今、一刀の着ている服は、ただのTシャツにジーンズ。だが、Tシャツはメタリックのインクで光を反射してきらきらと光っている。恐らく、というより間違いなくこの時代の中国にはない。
それから、部屋にいたので靴がなく裸足。
持ち物はジーンズに入れっぱなしになっていた携帯、それと最後にクリックしたときに使ったワイヤレスマウス。
およそこの世界では意味のないものばかりだ。
「さ、さあ。どうしてでしょうね。
それじゃ、俺、用がありますんで」
一刀は袁紹に捕まってはかなわないとその場を立ち去ろうとする。
袁紹といえば、実際には天寿を全うするまでその州を維持した、それなりの人物であるようだ。
優柔不断、判断ミスで機を逃すことが何度もあり、結果として天下をとれず低い評価もあるが、袁紹以前には食物にすら事欠いていた冀州を裕福な土地に変え、曹操をはるかに凌ぐ大軍を常備し、民に慕われていたという実績は認められて然るべきであろう。
だいたい官渡の戦い以降も本物の袁紹はまだまだ巨大だったではないか!
だが、恋姫無双の袁紹は違う。
これでもかぁ!というほどに間抜けなキャラクターとして扱われている。
国を滅ぼされ、流浪の民になりさがってしまっている。
袁紹に拾われたと思しきゲーム版一刀は、漢ルートに一瞬でてきたようだが、その扱いは全く以って悲惨なものに見えた。
しかも、そのルートは未完!
袁紹に拾われたら最後、元に戻れる希望が潰えてしまう……気がする。
それはまずすぎる。
どうにか曹操の元に逃げ込まなくては。
一刀はゆっくりと文醜から逃げようとする。
だが、乾燥してごつごつになっている土地を裸足で歩くのはなかなか痛い。
そのうえ、一刀の首筋にピタッと当てられる冷たい刃の感触。
一刀の足はぴたっと止まる。
「ねえ、一緒に来てくれると嬉しいんだけどなぁ」
一刀がゆっくり振り返ると文醜がにこにこしながら太刀(斬山刀)を首の脇に差し出している。
うんうんと文醜に同意の旨を伝える。
二人は袁紹の許に向かう。
「いたた。もう少しゆっくり歩いてください」
「ん?どうしたの?」
文醜の後について歩いていこうとした一刀だが、靴がないので、足が痛い。
「あの靴がないので足が痛くって……」
「仕方ないなぁ。じゃあ、負ぶってあげるから」
「……すみません、お願いします」
かなり格好悪いので辞退しようともしたが、やはり足が痛いのは如何ともしがたいので、文醜の行為にあまえることにした一刀だ。
「麗羽さま~、つれてきました~」
「あ~ら、普通の男ですわね」
麗羽と呼ばれたので間違いないと思うが、その姿もやたらとボリューム過剰な金髪縦ロールが目立つ派手目な女。
「袁紹様……ですよね?」
「あら、どうして分かったのかしら?」
「それはその……見たこともないくらい華麗でしたから」
「オーッホッホッホ。本当のことを言ういい男ですわね。気に入りましたわ。城に連れて帰ることにいたしますわ」
(え~~~?)
かなり困った一刀である。
「ところで、猪々子、何でその男を負ぶってきたのですか?」
「ああ、靴がないんで歩くのが痛いんですって」
「麗羽様」
「何?斗詩」
「もしかしたらその人最近巷で噂になっている天の御使いではないですか?」
「管輅が予言したというあれ?どうして?」
「だって、光があったところにいた人ですし、見たこともない服をきていますし、それに歩くのが痛いっていっているのに靴もなしでどうしてあんなところに立っていられたのか不思議です。きっと天からやってきたのであそこにいられたんだと思います」
鋭い顔良。
「そうですの?」
「そ、そんなことあるわけないじゃないですか。アハハ」
「じゃあ、どこから来たか教えてください」
顔良の顔がきりっとしまり、尋問が始まる。
「あれ?どこ……だったかなぁ……」
「……持ち物を見せてください」
しぶしぶ携帯とマウスを見せる一刀。
「何ですか?これは」
「……さ、さあ、なんでしょうね?気がついたら入っていました」
ドガッ
顔良の金光鉄槌が一刀の袖をかすめ、立っている場所のすぐそばの地面に穴をあける。
「ひっ!」
「もう一度"だけ"聞いてあげます。あなたが天の御遣いさんですね?」
「は、はい!天かどうかはわかりませんが、こことは違う世界からやってきました!」
顔良はにっこりと微笑み、袁紹の方に向き直る。
「麗羽様~。やっぱりこの人、天の御遣いさんですって。
きっと麗羽様が天下を取る吉兆ですわ」
「オーーホッホッホ。斗詩ったら、そんなわーかりきったこと今更言わなくても分かっておりますわ。
ところで、天の御遣いさん、名前はなんというのかしら?」
「一刀、北郷一刀です」
「姓が北、名が郷、字が一刀なのかしら?」
「まあ、そんな感じです」
「真名は?」
「真名はないので、字で呼んでください」
「そう。天の御使いなら、私も真名を授けなくてはなりませんわね。
私は袁紹、字は本初、真名は麗羽ですわ。
これからは麗羽様とお呼びなさい」
「じゃあ、あたいも。
名前は知っているみたいだけど文醜、真名は猪々子。猪々子って呼んでくれ」
「私は顔良。真名は斗詩。斗詩って呼んでくださいね。
さっきはちょっと乱暴な感じでしたけど、そうしないと正直に話してくれない感じでしたから。
一刀さんが変なことしなければいつでも丁寧ですから」
「は、はあ……よろしくおねがいします」
「それでは、斗詩、猪々子、戻りますわ」
「はーい」
「わかりましたぁ」
こうして袁紹に捕らえられてしまった一刀。
とっとと袁紹に三国志の時代を終焉させてもらい、華の国を作らせて日本に帰ろうと固く誓う一刀であった。