アーク・ジィルが何をしようと、もはや何も意味をなさない。逮捕するには証拠もなく、殺すには小さすぎる。ならば、少し遊んでみるのも面白い。気分転換くらいにはなろう。
「転属、ですか?」
一匹狼であるアーク・ジィルであるが、それでも上司というものは存在する。無論、アークも部隊に所属しているわけだから当然のことなのだが。
呼び出されたと思ったら、転属の話だった。
「ああ、新設される部隊に、副隊長として抜擢された」
「部隊名は?」
「特別機動作戦一課、通称特機一課だ」
アークの未来が喜劇に変わった瞬間だった。
「アーク・ジィル、特別機動作戦一課に着任しました」
「アクア・ヴィットマンです。これからよろしく」
アークの前には、白っぽい水色をして特徴的なメガネをかけた美女。
一枚の湾曲したミラーコーティングされた細いレンズで構成され、その奥の眼は見えない。
この美女が特機一課の隊長だった。
「……あの、一つよろしいですか?」
「なんですか?」
「あの、戦車に乗っていた経験とか、祖先にドイツ人かベルカ人はいませんか? あるいは北欧のどこか出身だとか」
「何を言ってるんですか。祖先はわかりませんが私はミッド生まれのミッド育ちです。戦車は質量兵器でしょう? 私の世代が触れることすらありえないのですが」
「い、いえ。なんとなく、聞かなければならない気がして」
気まずい雰囲気に、一応取り繕うアーク。アクアのよくわからない迫力に、冷や汗が頬を伝う。
「まあ、そんなことはどうでもいいです。さっそく出撃です」
「え? 他の隊員は?」
着任の挨拶にきたら即出撃。アークに嫌な予感を感じさせるには充分だ。
「いませんよ。この特別機動作戦一課は超少数精鋭主義。ロッテさえ組めればいいのです。ではいきますよ」
「ま、まだ準備が」
「デバイスさえあればいいです。さあ出撃です」
「え、ちょ、話を!」
アークのその手を掴み、アクアは問答無用で引きずってゆく。
「ぜはーっ、はぁーっ」
大地で大の字になって荒い呼吸をしている男が一人。アーク・ジィルである。
「だらしないですね。まだ一件目ですよ?」
「そんな、はーっ、こといっ、ふーっ、たって」
反管理局組織の本拠地を襲撃するという、極めて普通のお仕事。ただし、敵が完全武装だったり千を超える兵力があったりと、そしてたった二人でその全てを逃がしてはならないという無理ゲーな状況に奔走せざるを得なかったアークは、かなり疲労していた。
「ヴィットマン一等空佐ですね?」
管理局の制服を着た男が、アクアに声をかける。
「あ、ここ担当の局員ですね? 後はよろしくお願いします。敵の無力化は完了していますので、あとは捕縛するだけです」
「了解しました。では」
アークは彼にすがるような眼を向けたが、終始気づかれなかった。
「さて、休んでいる暇はありませんよジィル一等空尉」
「え?」
再びアクアに手を掴まれ、強制的に転移させられる。
繰り返すこと4回。
「…………」
アークはぴくりとも動かない。
「大丈夫ですか?……死んでる」
「い……生きて……ますよ」
地獄から這い出た怨霊から絞りだしたような声で応じるアーク。
「情けないですね。SSS+だというから期待していたんですけど」
「誰から……」
せっかくランクをAとごまかしていたのに。一体誰が。
そんな猜疑心がアークの思考を走り出す。
「実力隠されると困るからと、何年か前から監査が入るって通達されていましたよ。管理局は人員不足ですから」
このイライラをどこにぶつければいいのか。心の中にあるもやもやとした怒りの落としどころを見つけられず、そしてそれを発散する体力など残ってはいない。
「同じSSS+でも、フェリスちゃんは凄かったのに」
「なん……元帥……」
声が出ない。「なんで元帥がそこで出てくるんだ!」と叫びたいのに、口も肺も動いてはくれない。
「昔、私とフェリスちゃんは相棒だったんです。あの頃はよかった……私が衰弱しきっても、飴玉を口に口移しで入れられて回復魔法をかけられて「まだいけるな。出撃だ」とそれはもうカッコよくて……」
(どんなバケモノだよ、この変態を衰弱させるなんて)
アクアはどこかに旅立っているが、それでも口に出す愚は冒さない。
「あのなびく髪……凛々しく精悍なお顔……絶対者とでも言うべき強さ……ああ、フェリスちゃんが敬愛するハンス・ウルリッヒ・ルーデルという方は、一体どれほど美しいバケモノなんでしょうか……」
(あれ以上がいるだと!?)
こいつもあいつもいい加減バケモノだが、それ以上。もしかして、この世界は僕が思っていた以上に人外魔境だったのか?
ああくそ、眠い。躯から力が抜けていく。
「おーい。あー、気絶しちゃいましたか」
報告書には『それなりに使える』という記述があった。
「フフフ……頑張ってくれているようだ」
フェリスが読んでいる報告書の内容に、私が笑う。
アクアは私がバイブルを渡したせいでああなってしまった。私が昇進するために無理な出撃に付き合わせてしまったのも原因なのだろう。先日過労で病院送りになったため、ブレーカー役を探していたのだが、ちょうどいい人材がいて助かった。アークならアクアの無茶に付き合わせてもあまり良心は痛まない。
『他に転生者がいないか、引き続き警戒します』
「ああ、頼む」
いるかどうかすらわからない存在を探すのに、大きなリソースを割くほど我々は冗長な組織ではない。管理局に潜伏したエイダが自動的に怪しそうな存在をリストアップしてくれる。今はそれだけで充分だ。
「そういえば、気になることを言っていたな」
『理使いに選ばれた、ですか?』
理使い。コトワリというのがなんなのかは理解できないが、少なくともあの傲慢な転生者アークに信望されるくらいには力があると考えられる。最悪、戦わざるを得ないだろう。『理使い』が選んだアーク・ジィルを殺さないにしても忙職に回して身動きできなくしたのだから。
「一応調べておくか」
『管理局データベースには、その単語に一致する存在はありません。無限書庫を探すことをお勧めします』
「姿形が一切わからない存在に、無駄に時間を割くほど暇ではないわ。アークのことを除けば、いまのところ」
「順調だな」
『闇の書以外は、ですが』
それはフェイトの件が終わってから本格的に始まるのだけど。ユーノがフェイトの裁判から離れられない今は、手探りで非効率に解析していくしかない。
「それはどうしようもない。さてと、次はフェイトの裁判か」
「面倒ね……もう少しスマートに判決を出せないものかしら? そもそも司法立法行政が一ヶ所にまとまっているのがおかしいのだけど」
『改革は難しいですね。この世界では既にこの体制が定着しているようですから』
「何かいい手はないのかしら」
『混ざってます』
「構わない。たとえ見られたとしても、せいぜい私の謎が増えるだけ。女はミステリアスな方が魅力的に見えるのよ」
『元男とは思えないセリフですね』
「男だからこそだ。男の視点からなら、どんな女が魅力的か的確にわかるのよ。男が萌えているポイントをほとんどの女は理解しがたいが、同性なら大多数が共感できる。そしてあらゆる属性を網羅しエミュレートできる私は、異性・同性問わず魅了することができる」
『その割には、私が浮いた話を聞かないのは何故ですか?』
「恋愛など面倒だから、なるべく他人との距離をとる。高嶺の華過ぎると、誰も手を出せないものよ。アイドルに憧憬や性的興奮を覚えても、恋愛感情はそうそう生まれない。それと同じよ」
私は書類をまとめ、フェリスは幾つかの書類に判を押す。インクが乾くのを待って、すべての書類をフェリスに渡す。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
『いってきます』
己が己を送り出す。奇妙だが、偽装のためだ。仕方ない。
早急にフェイトを自由にしてやらないと、プレシアに会わせる機会を失う。
「無理を通せば道理は引っ込む。ままならないな、まったく」
無理を通して道理も通す、そんな答えがあればいいのに。そうは思うが、しかし数京もの脳を回しても答えは出なかった。
《あとがき》
* o/
<θ *
/> *
いいえ、ヴィットマンです。
アクアはビットマンを擬人化したような人ですが、某戦車乗り、変態企業とは関係ありません。
えー、アーク君の処分が決まりました。ルーデル原理主義者のヒューズまたはブレーカーとして存分に役に立ってもらいます。ヒューズでは毎回切れてしまうので、ブレーカー役。
致命的に悪いことでもしていない限りエルテさんは寛大です。処分は残酷です。
そろそろ原作チームに活躍してもらうことにしよう。
>>う゛ぃえ様
非常にありがたいです。
かなり昔のまであるとは、感謝してもしきれません。
Feb.21.2011
修正パーティー終了。
疲れた……