明日、誕生日が来る。八神はやての。
「めっちゃ楽しいわー!」
昼は色々な場所を巡り、ルーデル屋敷の地下大ホールでコンサート。クラシックから電波まで、2時間ほど全力演奏。
「我が歌を聴くがよい」
「まさに恐悦至極!」
リクエストに応え分裂→破壊を歌う。ニコニコにどっぷり漬かりだしたのが顕著にわかる。あとCAVEシューもかなりやりだした。まさか緋蜂までいくとは思わなかった。東方はノーマルをほとんど初見から五周程度でノーミスするし、いや、STGのみならずFPS・ACT・RPG・SLGその他、かなり巧い。格ゲーはEFZだけ巧くあとは駄目なのが不思議だ。パソコンを本格的に使いだしてそれほど経っていないというのに、何故だ。
「Answer!!」
「了解!!」
恐ろしく手入れが面倒そうな長い黒髪の勇者の女の子のコスプレをして歌う。なぜはやてがエロゲの名曲を知っているか――――ニコニコでプレイ動画を観たということにしよう。ベッドの下に箱なんてなかった。シュレディンガーのベッド。
「午後、6時、49分、32秒を」
「タービン! タービン!」
「大声を出し! フルーツさえ叱咤し!」
「いつか超えたモーノクロのー」
「師匠メドレー……まさかそうくるとは思わんかってん」
「はやても歌ってみるか?」
私も少しテンションが上がっている。
「え? ええん?」
「無論」
はやてはこの世界のことを知らなさすぎた。インターネットという『脚』、いや、『翼』を与えて世界を広げてやったら、あらゆるメディアでの娯楽を網羅しだした。音楽・アニメ・ゲーム・洋ドラ・映画・その他サブカルチャー。
常に私が傍にいて、それで孤独は紛れるものの、それでも寂しいのは変わらないだろう。甘えさせることはできるが、本当の家族ではない。いつかは去ってしまう友達という認識だろう。どこかに遠慮が存在する。
「あー、楽しかったわぁ。なぁなぁえるて、次はどこ行くん?」
日も沈みかけ、夜がその顔をのぞかせる。東の空は既に黒に染まりつつあり、太陽は地平線に身を隠している。
「空を飛んでみたいと思ったことはないか?」
「え? 空? なんか怖いなぁ」
「大丈夫。死んでも生き返ることはできる」
「落とすこと前提かい!」
「冗談だ。絶対大丈夫。私がはやてを落とすと思うか?」
「さっきのセリフがなかったら信じとったけどなー」
そうは言うが、手を伸ばすはやて。私は信頼に背くことはない。
「では姫。参りましょう」
その手を取り、ダンスのように抱きしめ、ゆっくりと浮く。
「お、おお? これが未確認浮遊快感か~」
「若干違うな。ただぶら下がっているだけ。浮遊とは違うな……そうだな、もう少し上、もし落ちてもバックアップできる場所なら」
後半は独言になる。
「え? なんて言ったん?」
「後のお楽しみだ」
ゆっくり加速していく。下を見れば、大地がどんどん遠く離れていくのが見えるだろう。
「どこまでいくん?」
「ストラトスフィアまで」
「あー、あのやたらメチャクチャなブラックバードミッションの?」
「今の、何人が理解できるだろうか……」
「やったら、初音ミクの名曲?」
「色々台無しだな」
高度600m、海鳴の全てを見通すことのできる高度だ。
「さて、姫。下をご覧ください」
「ん。おお~、空が山吹色に輝いて」
「落とすぞ」
「冗談やって。せやけど、あのセリフってこういうことを言うんやね~って、なんかわかる気がしてん」
「もう少ししたら、闇が街を覆う……人間は闇を恐れたが故に灯を灯す。人工のものである灯が自然である闇を駆逐したとき、それはなぜか美しく見える。人は光を神聖視するからか、闇を不浄と見るからか」
「なあなあ、えるてってけっこう詩人やね」
「むう。そう言われると恥ずかしくなるのは何故だろう」
「でも嫌いやないで」
「お褒めに預かりまさに恐悦至極」
それから、会話は途切れた。
はやてはずっと眼下に広がる光景を見ていた。私ははやてを後ろから抱きしめている形だから、その顔を見ることは叶わない。どんな表情で、どんな気持ちでこの光景を見ているのだろう。
「地上の星っての、よぉわかる気がするわ」
「あの歌が意味しているのは違うと思うが。まあいい、もっと上から、世界を見てみよう」
「ストラトスフィアまで?」
「ストラトスフィアまで」
ふっと、空を駆け上がる。
「ロケットになったみたいや!」
「成層圏に突入するには最短である極点で地上8km、急がないと日が暮れる」
「え? 暮れんといけんのやなかった?」
「見てからのお楽しみだ」
大気圏を突破する勢いで加速していく。本来は月に行くための速度だが、今は成層圏で止まる必要がある。
「うわ!?」
「到着」
高度15000m。この領域は人間が存在していい場所ではない。天空からは大気減衰しない紫外線・赤外線が降り注ぎ、-70℃から0℃の極寒の世界。空気は薄く、猛毒のオゾン層が存在する。
それをどうにかできるのが魔法だ。温度は20℃程度に保ち、紫外線はカット、赤外線は害がない程度に減衰、空気は地上と変わらない組成・濃度。そしてもう一つ面白い効果を付与。そんなスフィアを周囲500mの範囲で形成している。
「あまり雲もない、いい天気だ」
「地球は青かったってホンマやったんやな……」
「それはもう少し高い場所で言うべきセリフだな」
「えるてが急いどった訳がやっとわかったわ。確かにこれは……綺麗や」
闇色と山吹色のグラデーションに彩られた世界。それが眼下に広がっている。
世界が東から闇に包まれていく。そこから光点がぽつぽつと灯りだし、やがて星空のようになる。
「はやてはいつか、この場所に至る魔法使いになれる」
「え?」
「その頃には家族も友達もいて、今なんかよりもっと幸せなはずだ。少なくとも寂しいなんて思わないだろう日々が待っている。今までが辛かったのは理解している。だが、それも今日まで」
「どういうことなん?」
「幸せはその手で掴むもの。聞いてばかり――――与えられるばかりではありがたみが薄れる。まあせいぜい悩み、今夜を楽しみにしているがよい」
「いじわるやなー……あれ?」
はやてが違和感に気づいたか?
「ちょ、ちょ、えるて! 落ち落ち落ち落ち……」
慌てて手足をばたつかせる。はやてを抱きしめるように掴まえていた私の腕は、完全に離れていた。
麻痺は膝くらいまで回復していたから、バタ足くらいはできるだろう。
「落ち着け。落ちはしない。未確認浮遊快感というやつだ」
「落ち落ち……へん? ほんまや、浮いとる」
なかなか器用に姿勢を制御している。
まるでプールで泳いでいるかのようにあっちにいったりこっちにいったりしている。
「存分に楽しんでくれ。明日はこんなことより遥かに嬉しいことが待っているはずだから」
空を無邪気に泳ぐはやてには、もう聞こえてないようだった。
はやての誕生日まであと4時間。
食事も風呂も終え、後はただ待つばかり。
夜天の書と魔力パスを繋いだ個体はゆっくりと消耗を加速していき、恐らくは交替しても生存は無理だ。麻痺は全身に及び、人工心肺などの外部人工臓器でどうにか生かしている状態だ。最悪でも脳さえ生きていれば魔力供給は可能だし、この個体のリンカーコアを経由すればどんな魔力ソースでも構わないからカートリッジやブラッディシードなどからも供給できる。
はやてと不毛にならないダウトをやりつつ、運命の時を待つ。
「ダウトや!」
「何故だ、何故これがダウトだとわかる」
「2がさっきまで4枚あったんや~」
なんという強運。
私は場のカードを半分に分け、片方を手札に、もう片方を山札に戻しシャッフルする。
「く……K」
「ドロー。1や」
「ドロー。2」
「3」
「ダウト」
「なんやてぇぇぇ!?」
適当に言ったが正解だったらしい。
どこにどのカードがあるかを予測し、そして相手の反応からも何が嘘かを見抜く。
山札から任意でドローして、そこに目的のカードがあるかどうかはわからない。手札に正しいカードが無いから引くのか、次のカードが無いから引くのか、それともフェイクなのか、それは『ダウト』と言うまでわからない。
「1」
「2」
「3」
「ドロー、4」
「ダウト! ダウトや!」
「無念」
これはこれで、不毛なダウトなような気もする。
さすがにはしゃぎすぎたようで、はやては2200時くらいに夢へ落ちた。
それから2時間。リミットは残り十数秒。私は夜天の書を手に、はやての寝室で、寝息をBGMに静かに時を待つ。
「さて、どうなることやら」
独り言を吐き、同時に夜天の書が私の手から離れる。
『Anfang』
鎖が砕け、開き、その666ページを誇示するかのようにめくれ、閉じる。
ベルカ式の魔法陣が床に描かれ、そこから浮き出るように4つの人影が現れる。
ついに、二度目の物語は始まりの時を迎えた。
《あとがき》
お待たせしました、A'ce編が続きます。
はやて誕生祭をエルテがするとこうなる。
ちなみにはやての誕生日の前日です。
どこかに矛盾がある気がしてならない。