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No.12354の一覧
[0] ゼンドリック漂流記【DDO(D&Dエベロン)二次小説、チートあり】[逃げ男](2024/02/10 20:44)
[1] 1-1.コルソス村へようこそ![逃げ男](2010/01/31 15:29)
[2] 1-2.森のエルフ[逃げ男](2009/11/22 08:34)
[3] 1-3.夜の訪問者[逃げ男](2009/10/20 18:46)
[4] 1-4.戦いの後始末[逃げ男](2009/10/20 19:00)
[5] 1-5.村の掃除[逃げ男](2009/10/22 06:12)
[6] 1-6.ザ・ベトレイヤー(前編)[逃げ男](2009/12/01 15:51)
[7] 1-7.ザ・ベトレイヤー(後編)[逃げ男](2009/10/23 17:34)
[8] 1-8.村の外へ[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[9] 1-9.ネクロマンサー・ドゥーム[逃げ男](2009/10/22 06:14)
[10] 1-10.サクリファイス[逃げ男](2009/10/12 10:13)
[11] 1-11.リデンプション[逃げ男](2009/10/16 18:43)
[12] 1-12.決戦前[逃げ男](2009/10/22 06:15)
[13] 1-13.ミザリー・ピーク[逃げ男](2013/02/26 20:18)
[14] 1-14.コルソスの雪解け[逃げ男](2009/11/22 08:35)
[16] 幕間1.ソウジャーン号[逃げ男](2009/12/06 21:40)
[17] 2-1.ストームリーチ[逃げ男](2015/02/04 22:19)
[18] 2-2.ボードリー・カータモン[逃げ男](2012/10/15 19:45)
[19] 2-3.コボルド・アソールト[逃げ男](2011/03/13 19:41)
[20] 2-4.キャプティヴ[逃げ男](2011/01/08 00:30)
[21] 2-5.インターミッション1[逃げ男](2010/12/27 21:52)
[22] 2-6.インターミッション2[逃げ男](2009/12/16 18:53)
[23] 2-7.イントロダクション[逃げ男](2010/01/31 22:05)
[24] 2-8.スチームトンネル[逃げ男](2011/02/13 14:00)
[25] 2-9.シール・オヴ・シャン・ト・コー [逃げ男](2012/01/05 23:14)
[26] 2-10.マイ・ホーム[逃げ男](2010/02/22 18:46)
[27] 3-1.塔の街:シャーン1[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[28] 3-2.塔の街:シャーン2[逃げ男](2010/06/06 14:16)
[29] 3-3.塔の街:シャーン3[逃げ男](2012/09/16 22:15)
[30] 3-4.塔の街:シャーン4[逃げ男](2010/06/07 19:29)
[31] 3-5.塔の街:シャーン5[逃げ男](2010/07/24 10:57)
[32] 3-6.塔の街:シャーン6[逃げ男](2010/07/24 10:58)
[33] 3-7.塔の街:シャーン7[逃げ男](2011/02/13 14:01)
[34] 幕間2.ウェアハウス・ディストリクト[逃げ男](2012/11/27 17:20)
[35] 4-1.セルリアン・ヒル(前編)[逃げ男](2010/12/26 01:09)
[36] 4-2.セルリアン・ヒル(後編)[逃げ男](2011/02/13 14:08)
[37] 4-3.アーバン・ライフ1[逃げ男](2011/01/04 16:43)
[38] 4-4.アーバン・ライフ2[逃げ男](2012/11/27 17:30)
[39] 4-5.アーバン・ライフ3[逃げ男](2011/02/22 20:45)
[40] 4-6.アーバン・ライフ4[逃げ男](2011/02/01 21:15)
[41] 4-7.アーバン・ライフ5[逃げ男](2011/03/13 19:43)
[42] 4-8.アーバン・ライフ6[逃げ男](2011/03/29 22:22)
[43] 4-9.アーバン・ライフ7[逃げ男](2015/02/04 22:18)
[44] 幕間3.バウンティ・ハンター[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[45] 5-1.ジョラスコ・レストホールド[逃げ男](2011/09/04 19:33)
[46] 5-2.ジャングル[逃げ男](2011/09/11 21:18)
[47] 5-3.レッドウィロー・ルーイン1[逃げ男](2011/09/25 19:26)
[48] 5-4.レッドウィロー・ルーイン2[逃げ男](2011/10/01 23:07)
[49] 5-5.レッドウィロー・ルーイン3[逃げ男](2011/10/07 21:42)
[50] 5-6.ストームクリーヴ・アウトポスト1[逃げ男](2011/12/24 23:16)
[51] 5-7.ストームクリーヴ・アウトポスト2[逃げ男](2012/01/16 22:12)
[52] 5-8.ストームクリーヴ・アウトポスト3[逃げ男](2012/03/06 19:52)
[53] 5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4[逃げ男](2012/01/30 23:40)
[54] 5-10.ストームクリーヴ・アウトポスト5[逃げ男](2012/02/19 19:08)
[55] 5-11.ストームクリーヴ・アウトポスト6[逃げ男](2012/04/09 19:50)
[56] 5-12.ストームクリーヴ・アウトポスト7[逃げ男](2012/04/11 22:46)
[57] 幕間4.エルフの血脈1[逃げ男](2013/01/08 19:23)
[58] 幕間4.エルフの血脈2[逃げ男](2013/01/08 19:24)
[59] 幕間4.エルフの血脈3[逃げ男](2013/01/08 19:26)
[60] 幕間5.ボーイズ・ウィル・ビー[逃げ男](2013/01/08 19:28)
[61] 6-1.パイレーツ[逃げ男](2013/01/08 19:29)
[62] 6-2.スマグラー・ウェアハウス[逃げ男](2013/01/06 21:10)
[63] 6-3.ハイディング・イン・ザ・プレイン・サイト[逃げ男](2013/02/17 09:20)
[64] 6-4.タイタン・アウェイク[逃げ男](2013/02/27 06:18)
[65] 6-5.ディプロマシー[逃げ男](2013/02/27 06:17)
[66] 6-6.シックス・テンタクルズ[逃げ男](2013/02/27 06:44)
[67] 6-7.ディフェンシブ・ファイティング[逃げ男](2013/05/17 22:15)
[68] 6-8.ブリング・ミー・ザ・ヘッド・オヴ・ゴーラ・ファン![逃げ男](2013/07/16 22:29)
[69] 6-9.トワイライト・フォージ[逃げ男](2013/08/05 20:24)
[70] 6-10.ナイトメア(前編)[逃げ男](2013/08/04 06:03)
[71] 6-11.ナイトメア(後編)[逃げ男](2013/08/19 23:02)
[72] 幕間6.トライアンファント[逃げ男](2020/12/30 21:30)
[73] 7-1. オールド・アーカイブ[逃げ男](2015/01/03 17:13)
[74] 7-2. デレーラ・グレイブヤード[逃げ男](2015/01/25 18:43)
[75] 7-3. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 1st Night[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[76] 7-4. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 2nd Day[逃げ男](2021/01/01 01:09)
[77] 7-5. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 3rd Night[逃げ男](2021/01/01 01:10)
[78] 7-6. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 4th Night[逃げ男](2021/01/01 01:11)
[79] 7-7. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 5th Night[逃げ男](2022/12/31 22:52)
[80] 7-8. ドルラー ザ・レルム・オヴ・デス 6th Night[逃げ男](2024/02/10 20:49)
[81] キャラクターシート[逃げ男](2014/06/27 21:23)
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[12354] 5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4
Name: 逃げ男◆b08ee441 ID:e809a8c1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/01/30 23:40
胴体の大部分を炭化させたオルターダーは比較的損傷の少ない首から上を動かすことで声を発していた。彼の肉体はどんどんと崩壊し始めており、既に四肢は半ばまで崩れ落ちている。


「我らは大地を取り戻し、お前たちは帰る場所を失うだろう。その前触れとして、見るがいい、守るべきものが失われる姿を。お前たちは闇夜、火に吸い寄せられて果てる虫に過ぎなかったのだ」


巨人のその言葉に応じるようにして、周囲を舞っていた粉塵が収まった。今だ周囲は高熱で包まれているため視界は滲んでいるが、それでも先ほどまでと比べれば正に雲泥の差だ。そしてその視界には、煙がたなびき火が躍っている。デニス氏族の陣から火の手が上がっているのだ。

それも一箇所だけではない。物資を保存している倉庫や負傷兵を収容していた天幕、そして司令部が置かれていた堅牢な建物──その全てから戦いの喧騒が溢れ出している。敵が侵入し、手薄となった本陣に襲いかかっているのだ。

一方でセントラル・ブリッジは封鎖されていない。橋よりこちら側では時折秘術や錬金術の炎が炸裂しており、敵を誘引した部隊は今だ戦いを続けている事がわかる。ならば一体、敵はどこからやってきたというのか?


「このオルターダーを倒したことは誇って良いぞ、人間の戦士よ。だが、全ては我らが将軍の掌の上だ。貴様が悲嘆にくれる姿を楽しませてもらうぞ──」


その言葉を最後にオルターダーの体は完全に崩壊した。最後に残された頭部も喉、顎、鼻が順番に灰とかして崩れ落ちる。そして最後の一欠片が重力に引かれて地面へと吸い込まれていく瞬間、まばゆい閃光が迸った。巨人の肉体をすっぽりと覆うほどの光の円柱。1秒にも見たぬその光の爆発が収まった後には巨人の遺灰はどこかへと消え失せていた。

ただ、彼が最後に立っていた場所には薄紫色の奇妙な石が転がっていた。"ジャーモタ・シャード"、そう呼ばれる秘石の一種だ。高熱を発する触媒の上へと落ちていたそれを《メイジ・ハンド》と呼ばれる弱い念動力を発生させる呪文で拾い上げ、回収する。ちょうどその頃、もう一方の戦いも決着したようだ。

空高く舞い上がったメイが放った《コーン・オヴ・コールド/冷気の放射》が巨人を氷柱へと変えて打ち砕き、その余波は地面を覆う触媒へと広がった。急速に冷却されたことで密度が変化し、波打つ地表は奇怪なオブジェを多数形成しては砕けていく。熱と冷気の激突によって攪拌された大気が落ち着きを取り戻した後には高台の風景は随分と様変わりしていた。高位の秘術によるエネルギーの激突、その恐ろしさを感じさせるには十分な光景だ。


「トーリ、無事か!」


エレミアが宙を蹴って駆け寄ってきた。彼女たちは爆発の衝撃を《ウォール・オヴ・フォース》で遮蔽した後、その壁を飛び越えて巨人たちに斬りかかっていたためか一番近いところにいたのだ。彼女に次いでルー、ラピス、メイ、フィアと次々とこちらへと移動してきた。地形を変えるほどの爆発に巻き込まれた直後に念話で生存を報告はしていたものの、どうやら随分と心配をかけたようだ。

確かにオルターダーは相当な強敵だった。信仰呪文で大幅に戦闘力が強化されていたとはいえ、今の俺に攻撃を命中させるだなんて普通に考えれば有り得ない話だ。これで将軍ではなくその配下の一人、元のゲームでは"メイジファイアー・キャノン"を守備する隊長に過ぎないというのだから尚更だ。


「ああ、傷の方は問題ない。大方癒したし、まだ十分に戦えるが──どうやらアグリマーよりも敵の指揮官のほうが上手だったみたいだな。どうやら俺たちは誘い出されてしまっていたらしい」


先ほどのオルターダーの発言からして、どうやらこれは罠だったようだ。"メイジファイアー・キャノン"という餌をチラつかせて敵の主力部隊を引っ張り出し、精鋭部隊と罠で殲滅する。そしてその間に本営へ部隊を浸透させて叩き潰す──複雑な仕掛けではないが、非常に有効な作戦だ。

文明を失って退化したといえど人間に知性で劣る巨人族はヒル・ジャイアントくらいのもので、ファイアー・ジャイアントともなれば人間並みの知性に優れた判断力を有している。単純に力で勝る相手が、さらに知恵でもこちらを上回っているというのは厄介な事この上ない。だが全てが連中の計画通りというわけではない。こうして俺たちは生き残っているのだから──。


「この調子だと囮役を買って出てくれた部隊の方にも何か仕込みがありそうだ。予定通り彼らの撤退支援をしてやりたい。

 巨人の軍勢相手に持ちこたえられる戦力はこの砦にそう残されていないだろうし、見捨てる訳にはいかないだろう」


本来であれば全員で応援に向かうはずだったが、本営の救援に一刻も早く向かわなければならない以上二手に別れるのは仕方がない。相談する時間も本来は惜しいが、手が抜ける相手ではない以上編成はしっかりと考える必要がある。


「撤退の支援は私が。"メイジファイアー・キャノン"が無ければ高空から安全に《ファイアー・ボール》なんかで攻撃できます。残り少ないですが解呪の呪文もありますし、敵の接近を防ぐことは出来ます。

 まだウォール系の呪文の残りもありますから、殿の部隊と敵の間に少しでも隙間が出来れば十分な時間稼ぎは出来ると思います」


最初に名乗りを挙げたのはメイだ。確かに術者が死んだことで再び俺達を覆い始めた《不可視化》の呪文の効果があり、さらに距離を取れば例え超視覚の持ち主だとしても上空遥か高くに身を隠し《カモフラージュ》した彼女を発見するのは至難の業だろう。


「そういうことであれば私も弓でそれを支援しよう。《火球》の呪文では衛士を巻き込む状況もあるだろう。

 生来の能力として空を飛ぶ敵が隠れていないとは言い切れないし、万が一に備えてメイの身を護るものが必要になるだろうからな」


さらにエレミアがメイの言葉に続けてきた。確かに高空とはいえ術士であるメイを単独で活動させるのは好ましくない。余程のことがない限り空中戦に縺れ込むことはないだろうが、万が一に備えてサポートはつけるべきだ。そしてその長距離での攻撃手段に優れているのは俺かエレミアの弓くらいになる。

エレミアの接近戦における"旋舞"と呼ばれる技法は圧倒的な機動力と手数を彼女に与えるが、その分肉体にかかる負担が大きくそう多用できるものではない。今日既にヒル・ジャイアントとの戦い、そしてこの砦での戦いと彼女には負担を駆けている。そういう意味でも彼女たちには撤退戦の支援に向かってもらったほうが良さそうだ。


「……判った、そっちのほうは任せる。敵の殲滅が目標じゃないんだから無理はしないでくれよ。俺たちは本営の方へ向かう。何かあったら念話で連絡してくれ」


「トーリさんこそ気をつけてください。おそらく巨人族の秘術の影響かと思いますけれど、次元界の境界が不安定になっています。次元界を移動する瞬間移動系の呪文は制御を離れて暴発するかも知れません。

 私はまず間違いなく制御仕切る自信がありますが、トーリさんの制御力だと万が一ということもあります。私が全員を"セントラル・ブリッジ"の直上まで転移させますから、そこから別れて行動しましょう」


やはりこういった局面で頼りになるのは高位の秘術呪文の術者だ。俺たちは輪になるように手を繋ぐと、メイの制御に身を委ねて次の戦場へと《転移》するのだった。









ゼンドリック漂流記

5-9.ストームクリーヴ・アウトポスト4












地下墳墓へ通じる通路は広く傾斜のある坂道になっていた。その直上に建築物が乗っている点もあってか地下駐車場への入り口に見えなくもない。その暗がりから角を生やした牛頭の人怪が姿を現すと、バリケード越しにそれを視認したデニス氏族の衛士が野太い声で敵襲を告げた。


「敵ミノタウロスを視認! チャージ来るぞ、踏ん張れ!」


その声が響き渡るそれよりも早く。巨大な蹄で石造りの床を蹴りつけてミノタウロスは加速を開始した。急峻な勾配を物ともせず、あっという間に最高速へと上り詰めた巨体が木箱を押し並べて構築されたバリケードへと迫っていく。木箱の後ろでは突破を許すまじと、何人かの人間が木箱に腕を突っ張って構えているがおそらくは何の慰めにもならないであろう。

ミノタウロスの体重は軽いもので300kg、優れた戦士としての訓練を受けた優秀な個体については500kgを超えることも普通だ。たった数人の人間が力比べを挑んで敵う相手ではない。それも突っ込んでくる相手を障害物越しとはいえ押し止めようというのだからむしろ正気の沙汰ではない。それは暴走する軽自動車に体当たりをするようなものだ。

そもそも彼らが壁にしている障害物自体も頼りない代物だ。物資の運搬に使用される木製の箱は内容物の重さを支えるために必要な頑丈さを備えてはいるものの、それはあくまで日常の生活の範囲内で必要な範囲内のものだ。戦争──それも人間より遥かに大きく強力な巨人族たちとの戦いの中で壁の役目など果たせるものではないのだ。

だが力で及ばないのであれば工夫を凝らすのが人間というものだ。今回はそれが功を奏した。彼らが予め撒いておいた粘度の高い油がミノタウロスの足を掬った。突撃の勢いはバリケードではなく地面へと向けられることとなり、激しい衝突音と共に牛人は転倒した。即座にその機会を待っていた衛士達が、バリケードの隙間から長手の槍を力の限りとばかりに突き込んでいく。

突き刺さった槍を引き抜きながら立ち上がったミノタウロスへ向かって今度は矢が降り注いだ。坂をほぼ登りきり、立ち上がったその巨体は上半身が丁度よい的になっていたのだ。多くは角や硬い外皮で弾かれたが、数本の内1本は確実にその肉体深くへと突き刺さっていく。そしてその中のうちの一矢が眼窩を射ぬいたことで、血塗れとなっていたミノタウロスは崩れ落ちた。だが、それは戦いの終わりを示すわけではない。

その崩れ落ちたミノタウロスを巻き込んで、バリケードが突如火の爆発に飲み込まれた。生死を確認し、必要であれば止めを刺そうと近寄っていた衛士が全身を火で炙られバリケードの隙間から押し出されるようにして飛び出てくる。周囲の何人かが身につけていた外套を取り外してそれで火を払おうとするが、体表の大半を焼かれたその兵士は既にショックで意識を失っている。だがそんな負傷兵に構っている時間は彼らに与えられなかった。


「カイバーの糞ったれめ、敵の術士に油を焼き払われたぞ! 弓隊はとにかく奥へと矢を射掛けろ、これ以上《火球》を撃たせるな!」


姿を現していたのは斧ではなく杖を持ったミノタウロスだった。トーテミックなシンボルとして人型生物の頭蓋骨と思わしきものを首から下げ、枯れ草を編んだ腰蓑に覆われていない肌には刺青が踊っているのが見える。その呼気すら炎を帯びているように見えるのは、単に先ほど火球を使用したからではない何か異常な理由があるに違いない。

そして敵の増援はそれだけに留まらなかった。術士の後ろからはさらに別のミノタウロスが現れ、邪魔な油が焼き払われた坂道を駆け上がっていく。頭部から生える巨大な角が木箱に突き刺さり、粉砕していく。その牛人が頭を上げると角に突き刺さったままの木箱が持ち上げられた。それらを支えていた衛士たちは衝撃で吹き飛ばされ、あるいはミノタウロスの足元で蹲っている。


「ドル・アラーに誉れあれ! 我らが"ソヴリンホスト/至上の主人"と"歩哨のマーク"の名の元に、例え屍の山を築いたとしてもこれ以上一歩も通すな!」


この地点の指揮をとる女性士官が"名誉ある戦いと犠牲の神"の加護を祈り、激を飛ばすと自らの剣を構えミノタウロスへと向かっていく。先ほどまで倒れていた兵士たちも、起き上がって剣を抜く力はなくともせめて仲間の助けにならんと牛人の足元へと組み付き、あるいは伏せたまま剣を振るった。鬱陶しそうにそれを手に持つ斧で薙ぎ払うミノタウロスだが、その間にも自らの命を顧みない突撃兵達の凶刃が襲いかかり、次々とその体に突き立てられていく。

全体重を乗せた一撃が突き刺さるや、その刃を抉りながら引き抜き即座にもう一度突き立てる。彼らは盾も持たず、ミノタウロスの膂力の前では紙に等しい薄い装甲だけを守りに離脱など考えることもなくひたすら敵を攻撃し続ける。生命力までもが強靭なミノタウロスは即死はせず、反撃によって何人かが胴を切断され、首をもがれて命を失うがそうやって出来た包囲の空隙には即座に新たな兵が現れる。さしもの狂戦士も無限の命を持つわけではなく、最後の一振りでさらに数名の命を刈り取ってから崩れ落ちた。その頃にはミノタウロスのシャーマンも数多の矢を受けハリネズミのようになって果てている。


「バリケードの穴を修復して、また油を撒いておけ! 弓兵隊への矢の補給はどうなっている!?」


指揮官の声を受けて複数人の衛士が近くに積み上げられていたコンテナを力をあわせて押し込んでいく。破壊された木箱の残骸を押しのけて再び坂道の頂上を塞ぐようにバリケードが構築される。周囲に倒れていた衛士達のうちまだ息のあるものが優先され、その場で《軽傷治癒》のワンドを使い応急処置を行われた後に衛生班に運ばれていく。傷の浅い者は包帯などを宛てがっただけでそのまま防衛に当っている。断続的に湧き出す敵の襲撃に耐え初めてから5分。防衛部隊はその摩耗の度合いを強めつつあった。

敵を待ち受ける形になっているうえに、上り坂にバリケードを構築して戦えるなど立地的には恵まれている。だがこの入り口を今の形で封鎖するまでに浸透した敵に後方を掻き回され、倉庫と天幕に火を放たれたため負傷兵の介護や物資の補給が儘ならない。現時点では戦闘力を維持できているが、このまま戦い続ければ遠からず均衡を破られるだろう。入り込んだ敵を排除し、支援体制を整えるのが先かそれとも敵に押し込まれて戦列が崩壊するのが先か。俺達が到着したのはまさにその分水嶺に差し掛かったタイミングだった。


「手助けは必要か? 良ければ状況を説明してくれ」


声を掛けて俺は指揮官の元へと舞い降りた。空から見下ろした時にここから最も激しい戦闘の気配を感じたのだが、どうやらその判断は正しかったようだ。予期せぬ援軍を迎えることとなった指揮官は獰猛な笑みを口元に浮かべてこちらを歓迎してくれた。


「火砲を破壊に向かった冒険者か? こちらからでもあの派手な爆発は確認できたぞ、良く無事に帰ってきてくれた!

 私はここの士気を任されているカタニ・ド=デニス。今はそれこそ猫の手どころかネズミの一匹でも貴重な手数として借りたいくらいだ、歓迎するぞ」


俺達を歓迎して迎え入れたカタニという女性士官は羽織のような特徴的な鎖帷子を着ていた。体の正面で鎖帷子が二重に重ねられ、留め具の役割を果たしている拳大の円盤は心臓を護るように胸元を覆っている。板金鎧にも劣らぬ防御性能と機動性を両立させたそれはデニス氏族のエリートのみに着用が許される品だ。鞘から抜き放たれ、無造作にぶらつかされているバスタードソードも柄に氏族のシンボルであるキメラが象嵌されている。まるでそれぞれの獣の口から吐き出されたように見える刀身も一目で業物と知れる品だ。そういった装備をしっかりと使いこなす覇気もしっかりと備えているようであり、どうやら目の前の女性は相当の実力者であることが窺える。

目元までを覆う兜により顔の半分は見えないが鼻から口にかけて整った容貌をさらけ出しており、この赤道近くの密林で戦いを続けているというのにシミ一つ見当たらない白い肌は今や煤で幾分か汚れている。兜から溢れる金糸のような髪も《火球》が間近で炸裂したためか所々縮れているが兜から覗く瞳に宿る強烈な意思の力が野生の動物のような美しさを彼女に感じさせる。氏族名を冠している名を名乗ったからにはそれなりの地位にある人物なのだろう。その身に宿したカリスマは彼女が優秀な戦士だけではなく"指揮官"であることを示している。ひょっとすれば"ドラゴンマーク・エア/継承者"なのかもしれない。


「治癒のワンドはまだいくらか融通できる。そちらで心得のある者がいたら手分けして治療にあたってくれ」


見れば応急処置だけ施して離れたところに転がされている者達も多くいる。普通であれば敵の攻撃が当たれば即死か瀕死だというのに、五体満足な者が多い。この部隊の衛士たちは相当に鍛えられているのだろう。俺の考えを汲み取ったのかフィアとルーはそれぞれたすき掛けにしていたワンドホルダーから必要なものを引き抜くと負傷兵の方へと向かっていく。カタニはそれを見て何人かの従兵に声をかけた。


「感謝する。おい、彼女たちと手分けして負傷兵の治療に回れ! 傷が軽い者を中心に部隊を再編して潜り込んだ連中を燻り出すぞ。脚がなくなった連中はここで弓兵隊で砲台を担当させる、ドル・アラーの身許に行く前に巨人共に文字通り一矢報いる機会を与えてやるぞ!

 矢の補充はどうなっている? デルヴァスコンに連絡はまだ取れないのか!」


彼女の声が周囲に響くと、周囲の部下たちがそれを受けて一斉に動き出す。その様子はまるで大海に泳ぐ魚の群れのようだ。だが彼らは群れをなしてその規模で他者を圧するだけの小魚ではない。一人一人が鋭い牙を持った捕食者でもあるのだ。


「さて、状況の説明だったか。では敵の増援が出てくるまでの間になるだろうから手短に説明しよう」


周囲を見渡し、統率する群れが正常に機能しているのを確認した彼女はこちらに向き直った。片手半剣を鞘に収めると体の正面でそれを床に突き、柄頭に両手を重ねるようにしている。


「現状については上空から見てることだし概ね察しているだろう。そこに至った経緯は簡単だ。

 そこの地下への入り口を塞いでいた扉を吹き飛ばし、ミノタウロスどもが現れたのだ。今はこのように我々が塞いでいる状態だが、このバリケードを構築するまでに少なくはない数の敵の浸透を許している。

 アグリマー司令が手勢を率いて掃討に当たっているが、苦戦しているようだな。ここの防衛に諸君らの力添えを得られた分、分隊を派遣して事態の沈静化を図るつもりだ。

 対巨人戦では弓兵に頼らざるをえんが、補給も満足に行えない状況では長い間ここを維持することは被害が大きすぎるからな。早急に混乱を収め、デルヴァスコンに物資を掻き集めてもらう必要がある」

 
体格で優る相手に接近戦で勝利を収めるには相応の代償が必要だ。それを考えれば彼女の判断は妥当なものだろう。


「奇襲を受けたって口ぶりだけど、足元に巨人族の遺跡があるってんならもうちょっと警戒していても良さそうなものだけどね。

 しかし崖の向こうまで繋がってるってことなら深さも相当なものだろうね。山2つをまるごとくり抜いて地下墳墓にするなんて、この大陸でも有数の規模なんじゃないの?」


俺の影に溶けこむようにして背中に張り付いていたラピスが口を挟んできた。彼女の物言いに対してカタニは苦笑しつつ口を開く。


「手厳しいな。この遺跡については前任の基地司令が周囲の巨人族を圧迫する傍らで調査を進めていたんだがね、入ってすぐの墳墓部分はともかくその奥にある迷宮に踏み込んだものが誰も戻って来なかったことから探索を打ち切ったのだ。

 よもや対岸の遺跡にまで繋がっているとは誰も考えてはいなかった。周囲の蛮族たちもこの遺跡の詳細については失伝していたようでね、それを敵が利用するとは考えていなかったのだ」


ラピスの言葉にも彼女は気を悪くしたような様子は見せない。粗野な冒険者の扱いには慣れているといった風だ。彼女のいう前任者とは現在シャーンでデニス氏族の責任者を務めている男のことだろう。周辺の部族をその武力で制圧し、この砦を建設したことでストームリーチの繁栄にも寄与した有名な人物だ。

この砦の兵士たちは好んでそのキアムというデニス氏族の将校が着用していたものと同じデザインの鎧を着る。それはこの周辺の者達がその鎧を見ると怯えて逃げ出すほど、彼がこのあたりで猛威を振るったからである。


「だがどうやら連中も正確な知識を持ちあわせては居ないようだ。おそらくはミノタウロスに先導させて無理矢理に突破してきているようだ。

 連中の嗅覚は道を嗅ぎ分けることはできても罠の有無までは解らない。敵の中にはあの坂道に現れた頃には体の半分をドルラーに突っ込んだような連中も多かった。そのおかげでどうにか守りきれているようなものだ。

 だがそろそろ連中も安全なルートを確保しつつあるようだ。先ほど現れた連中は大した手傷を負ってなかったようだしな」


D&Dに登場するミノタウロスは、そのモチーフとなった神話の伝承に沿った能力を有している。それは"いかなる迷宮であっても決して道に迷うことがない"というものだ。敵はその特性を利用し、此方側に兵を進めてきたのだろう。種族の特性を利用した厄介な用兵だ。


「いっそ上にある建物ごと、そこの入り口を潰してしまえば後腐れなくなるんじゃないのか? 下り坂はしばらく続いているようだし、いくら連中が馬鹿力でも完全に塞がった通路を上に向かって掘り進めるような真似は出来ないだろう」


「いつかジャイアントを完全に追い出して、遺跡の発掘を行えればその広さに応じたお宝が手に入る──そう考える連中が多いということだ。

 それにこの辺りの建築物は全て磨き上げられた高品質の黒曜石だ。潰すには砦中の連中にアダマンティン製のツルハシを渡して取り掛からなければ。とてもではないが今の我々にそんな余裕はないな──待てよ、聞こえたか?」


気が合ったかのか響きあうように話し合っていた二人だが、突然会話を止めた。カタニは僅かな間瞳を閉じ、開いた次の瞬間には鞘を払って剣を抜きバリケードの方へと駆け寄った。


「非常事態! 敵の部隊が突入してくるぞ!」


おそらくは敵襲を感じていたのだろう。巨人族が地下から歩み寄ってくる足音が微かに空気を揺らしている。しかしラピスならともかく、カタニまでがこの微細な音を察知しているとは驚きだ。〈聞き耳〉という技能は専業の戦士の訓練課程には含まれていない。どちらかといえば"レンジャー/野伏"や"ローグ/盗賊"の得意分野だ。あるいは敵襲を察知するなんらかの仕掛けがあるのかもしれない。


「さて、どうする? 高みの見物ってわけにもいかないだろうけど」


そんなカタニを見送りつつ、ラピスが俺に声を掛けてきた。先ほどの襲撃からそう間も開いておらず、怪我人の治療はまだ半ばだ。


「そうだな、それじゃ俺が前に出よう」


ラピスは肩からナイフホルダーを襷掛けにしており、そこには投擲用のナイフが収められている。秘術を装填されたその武器は確かに強力な殺傷能力を有しているが、その篭められた秘術の効果は使い捨てだ。ファルコーの救出から始まった戦闘が続き、その補充はとてもではないが消費に追いついていないはずだ。ここは俺が主となって戦うべきだろう。

そう言ってバリケードに向かった俺はデニス氏族の衛士達が槍を手に戦いの準備をしているその上を、木箱ごと飛び越えると坂道の上へと降り立った。今や《ジャンプ》の呪文に頼らずとも、4メートル程度の高さであればちょっとした助走さえすれば飛び越すことが出来る。まるで懐かしの格闘ゲームのキャラクター達のようだ。後ろから驚きの声が聞こえてくるが、これくらいは秘術の助けを借りた大道芸人などでもこなすことであり大したものではない。

それよりも今大事なのは目の前から伸びる、地下へと続く下り坂だ。巨人文明の遺跡だけあってその大きさはかなりのものだ。縦横それぞれの幅は10メートルほどもある。そしてそれは奥行きにも言える。投光式のランタンによって、40メートルほどの距離までは明るく照らされているが強化された俺の視覚はその4倍ほどの距離を見通す。だがそれでも底が見えない辺り、随分と長い通路のようだ。

そしてランタンの照らす光の先、微かに蠢く影が見える。ミノタウロスが坂道を登ってきているのだ。先ほど俺達が感知したのはこいつの足音ということだ。足音を殺していないため、音が黒曜石の通路を反響して伝わってきたのだ。そんなミノタウロスの暗視能力は精々20メートル。相手はこちらを知覚出来ず、こちらは相手を射界に収めている。理想的な殺し間だ。

装備品としてブレスレットから弓を取り出し、矢筒から引きぬいた矢を番える。コルソスでも使用した銀の長弓はシルヴァーフレイム教会によって鍛えられた逸品だ。聖なる炎が引き絞った弦から送り込まれ、放たれた矢は悪の敵を焼き尽くす。ひゅ、と空気を切り裂く音を果たしてミノタウロスは聞くことが出来ただろうか? 俺が放った矢は狙い過たず牛頭の眉間へと突き刺さった。

だがミノタウロスは倒れない。人怪の頑強な頭蓋骨が鏃の侵入を防いだのだ。しかし頭部に与えられた衝撃までは無視できず、体をふらつかせる。そしてそこに続く一矢が襲いかかった。寸分過たず同じ箇所を抉ったそれは額の骨を破砕すると脳内へと潜り込み、そこで聖なる炎を顕現させる。さすがに耐え切れず、ミノタウロスはそこで崩れ落ちる。


「流石だね。手先が器用だから上手いだろうとは思ってたけど、弓まで専門家が逃げ出しそうな凄腕っぷりじゃないか。これなら僕の出番は無さそうだね」


俺と同じく強化された超視覚で暗闇の先を見据えていたラピスが感嘆の声を挙げた。そういえば彼女の前で弓の腕前を披露したのは初めてだっただろうか。普通は瞬間的な火力は接近しての斬り合いのほうが高い上、エレミアやフィアは弓を使えないわけではないがどちらかといえば近接特化だ。そんなメンバーで戦っていれば自然と弓を使う機会は減っていく。元のゲームにおいても弓職は不遇とされていた時代があったことを思い出し、その符号に懐かしさを感じてつい口元が緩む。


「これだけ条件が揃っていればここは俺ひとりでも十分だろう。とはいえ念のためラピスには残ってもらうとして、ルーとフィアには入り込んだ敵の排除に行ってもらおう」


ミノタウロスの足の速さを考えれば、この坂道を駆け上がるのに必要な時間は移動に専念しても40秒以上かかるだろう。それだけあれば俺は矢を20以上射ることが出来る。先ほどのようなクリティカル・ヒットに恵まれなかったとしても、それで5匹のミノタウロスを倒すことが出来るだろう。

ラピスもそのあたりを感じているのだろう、俺の言葉に頷きを返すと通路の壁際へと離れていった。壁にもたれかかったその姿は一見無造作に見えるが実際には気配が殺されていて余程注意していなければ視界に入っていても彼女の存在に気付けそうにない。おそらくは俺が撃ち漏らした敵へと奇襲を加えようというのだろう。

そうこうしている間に次の獲物が視界に入ってくる。先行していた味方の骸が転がっていることで警戒しているようだが、知覚範囲外からの攻撃にはいくら身構えても効果が無い。こちらからは相手の呼吸までもが手に取るように判るのだ。立て続けに速射した3本の矢が暗闇へと吸い込まれていき、最後の1本が喉を貫いて頚椎を破壊した。先ほどの骸の横に新たな死体が積み上げられる。


「……俄には信じがたいが、この暗闇の先を見通して敵を射殺しているのか。視力のこともだが、ミノタウロスを数射で倒すとはその弓は巨人用並の強弩ということになる──射ている姿からは想像も出来んな」


バリケード越しにこちらを見ていたカタニの驚きの声が耳に届く。確かに普通の常識から考えればこの弓の威力については驚くだろう。その辺りは筋力によるダメージ修整を無尽蔵に追加できるMMO独自のレンジャークラス特徴に拠る所が多いのだが、この世界でも弓自体を特注すれば不可能ではない。

常人にはとても引けない強度で弦を張れば弓の威力を上げることは出来る。だが今俺が使っているものは見た目からはそんな加工がされているようには見えないため、彼女は驚いているのだろう。とはいえ魔法の品が溢れているこの世界であればその程度のことは有り得ないことではないし、貴重なマジックアイテムだと判断してくれることだろう。


「その気になればこの倍の距離でも当ててみせるんだが、流石にそこまでは見通せないな。だがここを守り通すには十分だろう。

 俺がここにいる間は他の場所に戦力を向けてもらって構わない。掃除が済むまでの間くらいは支えてみせるさ」


背中越しにそう声を掛けた俺に対し、暫くの沈黙の後にカタニは返答してきた。


「……確かに一人で二十人分以上の働きはしてくれるようだ、その分の人員をここから割かせてもらおう。

 弓兵は残していくが、お前が背にしているバリケードが破られることになればその時はお前ごと敵を矢の雨に沈める羽目になる。私の部下に人間を射るような真似をさせるなよ」


おそらくは沈黙の間に俺の戦力評価をしていたのだろう。この世界のレベル格差というものは人数差で埋めきれるものではないのだが、純粋な火力という意味では計算は容易だ。この場合ミノタウロス1体を仕留めるのに20人からの攻撃が必要ということなのだろう。確かに命中率も考えればそんなものかもしれない。


「それは怖い、精々励むとするさ──その間、今治療に回っている二人にも入り込んだ敵の排除に当たらせて貰おう。

 ここは一歩たりとも通すつもりはないが、既に通り抜けた敵の中に曲者が混じっていたら大変だからな」


視界の先に3体目の死体を生みながら独自行動の許可を取り、フィアとルーに念話で連絡を取ると即座に了承の返答が返ってきた。二人の知覚能力は一般衛士とは比較にならない。隠れ潜む敵がいたとしてもあの二人から逃れることは出来ないだろう。

そういった遣り取りを交わした後、再び俺の知覚範囲内に敵の侵入が感知された。今までと違うところは同時に複数の敵が現れたというところだろうか。敢えて一呼吸分ほど敵を引きこんでから射殺していたため、敵の死体が積み上がっている事をミノタウロスが暗視で発見したときには既にその連中は俺に補足されている。彼らは慎重に敵の気配を探りながら歩みを進めている。見たところ術者と狂戦士の混成部隊のようだ。統率のとれた部隊が現れたということは、そろそろ敵の本格的な侵攻が始まるということだろう。

その俺の予想は的中した。警戒している敵集団の後方にどんどんと新たなミノタウロスが現れてくる。この通路は武器を構えたミノタウロスが3体余裕を持って並べるほどの幅があるが、整列した彼らは少なくとも3列は並んでいるようだ。彼らは呼吸を整え、一斉に突撃するタイミングを図っているようだ──ならば俺はその機先を制すとしよう。

矢筒から一度に2本の矢を引きぬく。人差し指から薬指にかけて1本ずつの矢を保持したまま、それぞれを同時に弦に番えた。腕に力を込めるにつれて精神が研ぎ澄まされ、周囲の時間の流れがゆっくりと鈍化するように感じられる。その中で俺の体は正確に、そして淀みなく動いていく。弓を持った左腕を前方に持ち上げながら、矢尻と弦を保持した右腕を後ろに引いていく。相反する方向に向けられた力のベクトルが矢のシャフトと重なった軸上で釣り合った瞬間、時が静止し視線の先の的と繋がったような不思議な感覚。無意識のうちに右手の指は開かれ、矢達は定められた軌跡を描いて目標へと飛翔していく。

それらが目標を貫くその瞬間には既に俺の手には新たな二矢があり、次の的に向けての動きに入っている。一呼吸の間に繰り返されたのは三射。だが放たれたのは六矢であり、それらはそれぞれ最前列に並んでいた牛頭の狂戦士の眼を抉ってから脳を破砕していた。敵襲を察知した術者が不可知の敵を焼き払おうと《火球》の呪文を放ってきた。効果範囲をずらすように調整されたそれらの呪文により、通路を爆炎が駆け上がってくる。熱された大気は膨張し、逃げ場を求めて出口に立つ俺へと吹きつけてくる。地上と地の底を繋ぐ長い通路で火球と矢が交差する。

魔法によって強化された矢は爆風を受けてもその軌道を歪めず、後方に並んでいた術者達の一列を屍へと変える。ここまででおよそ10秒。二列目に並んでいた戦士の一隊はその間に猛牛の勢いで坂道を駆け上がっている。"激怒"と術者による《ヘイスト/加速》の付与を受けた彼らは通常の10倍近い速度で迫る。だがそれでも彼らがこの間に詰めたのは出口までの距離の半分に過ぎない。さらに残りの半分を詰めている間に矢弾が彼らを刺し貫いていく。お互いの距離が詰まれば詰まるほど矢の精度は向上し、ミノタウロスが視界に俺を収めた頃には駆け上がる蹄の音は一対に減っていた。


「ザンチラー閣下に栄光あれ!」


雄叫びを上げながら振り上げられた斧は、だが振り下ろされること無くミノタウロスの掌から抜け落ちる。死角から歩み寄ったラピスが強烈な一撃を急所に見舞ったのだ。矢を受け傷つき、魔法の防護で急所を覆っていなかった狂戦士にそれを耐え切る体力は残されていなかった。真正面に立ち塞がっていたその体が崩れ落ち、通路の先が再び視界に入ったその瞬間。眼前には炸裂する直前の火球がいくつも現れていた。

狂戦士の叫びが俺の立ち位置を敵に知らせたのだろう。その味方の遺体をも巻き込んで行われた飽和攻撃。前後左右、固定砲台と化し捨て身で呪文を投射することに命を捧げた敵の攻撃が周囲を埋め尽くす。だが俺はそんな状況でも弓を構えたその姿勢を崩さなかった。押し寄せる熱波がミノタウロスの死体を炭化させ、四方八方から伸びた炎蛇の舌が俺に触れる寸前。見えざる障壁がそれを遮った。メイが付与していた《レジスト・エナジー》の呪文だ。

最高位に近い術者であるメイの防護呪文は、《ファイアー・ボール》の呪文効果を完全にシャットアウトした。俺に与えた影響は精々五月蝿い炸裂音くらいのものだ。その爆音が反響を繰り返して術者の下へと帰るより早く、俺の放った矢が彼らをドルラーへと連れて行く。呪文の放つことに注力し、身を守らなかった彼らはその代償を払ったのだ。爆発の残響音が消えた後、蹄持つ者達が全滅したことにより通路は完全な静寂に包まれた。


「……やれやれ、いまのでお終いかい? さすがに一度に1ダースも突っ込んできたら中には根性のある奴もいたみたいだね」


"みかわし"で《ファイアー・ボール》の影響を無効化したラピスが何事もなかったかのように姿を現した。彼女にも俺と同じ呪文が付与されているはずだが、ひょっとしたら衣服に煤が付くことを嫌ったのかもしれない。


「さっきは助かったよ。さすがにあれだけ多いとここまで接近されちゃうな」


そんな彼女に先ほどのフォローの礼を言う。さすがにこのレベルの敵が相手となると一撃必殺というわけにもいかず、数が多いと処理しきれない。範囲呪文を盛大に使えば一掃できるのだが、流石にコストパフォーマンスに欠ける。これからも戦いが続くことを考え、継戦能力を損なわないやり方を選んだ結果だ。


「あんな曲芸みたいな射ち方で全弾命中させているだけでも驚きだよ。《束ね撃ち》の技術自体は知っているけど、それをあの勢いで速射するなんて聞いたこともないね」


なるほど、ラピスの驚きも尤もだ。先ほど俺が行った《束ね撃ち》はMMO独自の仕様であり、攻撃速度は通常の射撃と変わらないというのに発射する矢弾の数だけが増加するというとんでもないものだ。その代わりにその能力を発揮できるのは30秒が限界で、その後はクールダウンが必要となる。今俺の右手の指に走っている痺れのような感覚がそれを示しているのだろう、今の俺は1本であればともかく、複数の矢を同時に番えようとするとすっぽ抜けてしまいそうである。


「まあそのへんは慣れだろ、きっと。俺のやり方にもメリットとデメリットがあるからな──あとどうやらさっきまでの連中は前座だったみたいだな。敵の本命がおいでなすったぞ」


雑談をしている間に通路の奥、視線の届くギリギリの距離に再び敵が集結を始めていた。先ほどのミノタウロスが子供に見えるような巨躯──ファイアー・ジャイアントだ。地下遺跡のトラップを斥候のミノタウロスで擦り潰し、突破してきた彼らの体は万全で傷跡はどこにも見えない。どうやらここからが敵の攻勢の本番ということだろう。


「なるほど、さっきと違って一筋縄にはいかなそうな連中だね。火砲に張り付いてた連中ほどの実力じゃあなさそうだけれど、数が多い。

 さっきと同じやり方じゃあすぐにここまで突破されちゃいそうだけれど……どうする?」


俺たちの視線の先では、集合して付与魔法を行使している巨人たちの姿が見える。対して俺の指先の痺れはまだ取れない。そこに頑強さで言えば先ほどのミノタウロスの3倍は矢を射ねば倒れないであろう巨人が、隊伍を組んで進んでくる。だが俺の心に焦りはない。左腕に装備した弓を別のものへと持ち替える。そして右腕を背中へと伸ばし、魔法の矢筒から矢を引き出すと弦に番える──。


「なに、俺にとっては大差ない連中だ。まあ見ていてくれ──」


俺がそう言って矢を放つのと、巨人たちが疾走を開始するのは奇しくも同時だった。鎧を着こみ、盾を前面に構えた巨人たちが地響きを立てながらこちらへと迫ってくる。俺が速射した3本の矢は最前列を走る巨人達の鎧と盾を掻い潜り、強靭な外皮を貫く。俺の筋力がいかに並外れているとはいえ、矢の一刺しでは例え急所に直撃させたとしても彼らを倒すことは出来ないだろう。

だが、現実はその常識を覆す。矢を受けた巨人は3体ともが即座に崩れ落ちたのだ。生命力を感知することが出来るのであれば、既に彼らが死んでいることが判ったであろう。その非常識な光景に次列を走る巨人達は顔に驚愕の表情を浮かべるも、足を止めずに動き続ける。特段致命傷ではない一刺しで何故巨人が死んだのか? その仕掛けは俺が放った矢にあった。

"スレイング・アロー"。特定の種族を殺害するためだけに創り上げられた呪いの矢。この鏃によって傷つけられた対象の種族は、どれだけ浅い傷であろうと即座に死へと誘われる。その死の呪いは抵抗することも出来、頑強なファイアー・ジャイアントを3体とも一射で倒せたことは幸運だといえるだろう。実際に次に放った三射は命中すれども1体しか倒すことは出来なかった。

頑強な巨人族であれば、十中七八は抵抗しうるかもしれない。だがそれでも、三射もすれば半分は生き延びられない。そして、持ち替えた弓がさらにその勢いを加速させる──"アンヴェイヴァリング・アーデンシー"──揺るがぬ熱情と銘打たれたこの禍々しいアッシュウッドの弓は、その名に反した恐るべき効果が付与されている。ナイトメアの鬣を編みこまれた弦は矢へ恐るべき呪いを吹き込み、この弓から放たれた矢を受けたものは足を萎えさせ、抵抗力を奪われるのだ。

例え死の呪いを打ち破ったとしても弱体化の呪詛が彼らを襲う。そしてその状態で受ける次の矢にも即死の呪いは付与されているのだ。巨人たちはそうやって倒された同胞の亡骸を踏み越えてこちらへと迫り来る。その士気の高さは見事なものだ。あるいはこのような呪いの矢が数多くは準備できないという事を理解した上での特攻なのかもしれない。だが、俺の矢筒には三桁を遥かに越える数の矢弾が用意されているのだ。巨人の軍勢といえども、その数は二桁から溢れることはあるまい。ならば1体に10矢放ってもなお余りある──!

面覆いから覗く眼窩へ、踏み出した足の膝頭へ、盾を突き破ってその握り手へ。矢が突き刺さるごとに生命力を根こそぎ収奪されて巨人達が朽ちていく。生き延びたとしてもその歩みは足を束縛されたかのように遅く、後ろを無傷で駆ける同胞らの歩調を鈍らせる。むしろ生き延びたことで仲間の妨げになるという矛盾。それを狙っているかのように降り注ぐ矢雨は"足萎え"の呪いを受けたものを避け、後方の巨人たちへと突き刺さる。巨人たちは怨嗟の声を上げながらも突進を続ける。だが、彼らが地上へと届けることが出来るのはその雄叫びのみ。体は通路にて滅び、魂は遥か遠くドルラーへと連れ去られるのだ。

彼らが機動性を重視して重い鎧を着ていなければ。あるいは範囲型の攻撃魔法に襲われることを恐れて広範囲に散らばらずに一度に襲いかかってきていれば、また別の結果となっていたかもしれない。だが俺の指先から痺れが抜け、再び《束ね撃ち》が使用できるようになった頃には再び通路は静寂に満たされていた。大した外傷も受けていないにもかかわらず、多数の巨人の骸が積み上がるその様はここが地下墳墓へと続く道ということもあってかどこか薄気味の悪さを感じさせる。だがどうやらそれは俺に限ってのもののようだ。背中を預けていた壁から身を離し、骸の合間を歩きまわりながらラピスはこちらへと声を掛けてきた。


「また随分と大盤振る舞いしたもんだね。まるで金貨をぶちまけてそれで窒息させるみたいなもんじゃないか。

 でもまあ赤字にはならずにすみそうかな。こいつらはみんな魔法で鍛えられた装備をあれこれと持ってるみたいだし、黒鉄亭ならデカブツ向けでも買い取ってくれるだろうさ。剥ぎとって掻き集めるのは一苦労だろうけどね」


ラピスにそう言われて俺ははっと気付く。今使用した矢はゲームの中では20本一束で8千枚弱という値段ではあるものの、弓キャラ自体が一般的に不遇であったこともあってオークションなどでは投げ売りされていたアイテムなのだが、この世界では1矢で金貨4千枚を超える高級品なのだ。消費を気にせず撃ちまくっていたが、彼女からしてみればとんでもない散財に見えたのだろう。目立たないように穏便に事に当たったつもりだったが、逆に悪目立ちしてしまったかもしれない。


「まあ矢筒の中で腐らせるよりは、丁度良い使いどころがあって良かったってことにしておこう。

 それじゃ一応値打ち目の品だけでも回収するとしようか。どっちにしろこう大きな遺体が転がったままじゃあ後続を迎え撃つときにも邪魔になるだろうし、片付けておく必要はあるだろうからな」


戦利品を得る権利は、その対象を倒した冒険者に与えられる。装備や支援を得ている場合は例外となることもあるが、これはこの世界で一般的な依頼形態の一つである。何しろ高級なマジックアイテムを持っている敵であればそれだけ打倒には危険性を伴うのが必然であり、その危険手当が敵の装備品という形で充当されるのである。

俺は自分の傍らに《アンシーン・サーヴァント/不可視の従者》を呼び出すと、ランタンを持たせて通路の前方を照らさせつつ坂道を下りていった。疎らに伏せる巨人達の遺体から魔法の反応がある品を取り上げ、遺体は魔法効果の付与された剣で斬りつけることで消し去っていく。ファイアー・ジャイアントは全員がフル・プレートと呼ばれる重装鎧を着用しており、さらに炎を帯びた剣と魔法で強化された盾で武装していた。これだけでも矢の代金には十分だろうが、他にも雑多な消耗品や護符などを含めれば黒字は間違いないだろう。

ラピスと手分けしてそういったアイテムの回収を行う。細かい品は"ポータブル・ホール"と呼ばれる異空間を折りたたんだ魔法のアイテムの中へと放り込んでいき、鎧などの嵩張るものはブレスレットへと収納していく。"ポータブル・ホール"に備えられた空間は秘術によって拡張されているとはいえ、その広さには制限があるたり大きな荷物を運ぶには不向きなのだ。対して俺のブレスレットは大きさは関係なく単純に個数のみが制限であり、それぞれの特徴を活かすことで非常に大規模な物資の運搬が可能になるのだ。

従者に持たせたランタンに前方を照らさせ、警戒をしながらの剥ぎ取り作業は続いた。敵と戦っていた時間はミノタウロスと巨人を合わせても数分といったところだろうが、戦利品の回収にはその10倍の時間が必要だ。ゲームではそもそも剥ぎ取りなどなく、落された宝箱を開けるだけの作業だったが現実にそんな楽ができるはずもない。単調な作業が終わりを迎えたのは、最初にランタンに照らされていた通路の底──入り口から150メートルほどの地点に辿り着いた時だった。

下り坂はここで終わり、通路はその幅を広げながら水平方向へと伸びているようだ。カタニが言うには巨大な棺が立ち並んだ地下墳墓へと繋がっているとのこと。だがそこへの通路は下り坂から転げ落ちてきたミノタウロスや巨人たちの死体で埋められていた。駆け上がろうとしていた運動エネルギーは死と共に失われ、崩れ落ちる体がバランスを失って転がり落ちたためだ。数はそう多くないとはいえ巨人たちは一人ひとりのサイズが大きいため、数人が積み重なっただけで十分な質量の障害物となっている。

通路の中央付近に固まっているため、壁沿いであれば迂回して反対側へと出ることも可能だろう。ラピスに目配せし、手分けして処理に当たろうとしたその瞬間──床から巨大な腕が現れたかと思うと、俺に掴みかかってきたのだ。不意打ちに立ちすくんでいた俺はそれでも直観に従って身を捻り、謎の腕から逃れようとする。だが相手はその俺の動きすら読んでいたようだ。体を翻したその先には、謎の化物のもう一方の手が待ち構えていたのだ──!


《トゥルー・ストライク/百発百中》と呼ばれる呪文を使用していたのだろう。未来予知のような反応で俺の足を掴んだその化物は、あろうことかそのまま俺を黒曜石の石床へと引きずり込んでいく。固形のはずの床面が揺らめき、その波紋が小波のように広がると俺の体は床の下へと沈められた。


("穴掘り"ではなく地中を透過する"地渡り"による移動──この腕の持ち主はアース・エレメンタルの眷属か?)


ひょっとしたら地中に引きずり込んで窒息死させるつもりだろうか。黒曜石の床面は相当な分厚さがあるようで、引きずり込まれて数秒が経過しても未だに途切れる様子はない。ようやく精神集中を取り戻した俺はこのまま生き埋めにされては堪らないと装備品を入れ替えた。新たなブーツが俺の足を包むと同時に《フリーダム・オヴ・ムーヴメント》の呪力が俺を保護し、足に加えられていた相手の力が緩む。俺が自由な方の足でその掴みかかっている腕を蹴り、その束縛から解き放たれたのは体が空中に投げ出されたのと奇しくも同時だった。

空中で姿勢を制御し、無音で地面へと着地する。一切の光がない暗黒の空間だが、秘術により増幅させた知覚は床も壁も先ほどまでと同じ黒曜石であることを伝えてくれる。外の景色が灼熱地獄に変わっているにもかかわらず、この地下の空気はひんやりとしており、同じように冷えている床面からは冷気が伝わってくるかのようだ。構造からして先ほどの地下と同じ遺跡の一部、だが通路の高さや幅が5メートルほどと巨人族には小さめの縮尺であり主要な構造区画ではないものと判断できる。10メートルほどの長さの通路、両端はT字路になっており、その先はまたすぐに曲がり角と分岐となっている──迷宮だ。

だが周囲を探索する間など与えられるはずもなかった。突如天井から腕が飛び出し、こちらへと向かってくる。先ほどまでと違うことはそこには大きな斧が握られているという点だ。腕といっても露出しているのは僅かに手首程度のみで、残りの部分は壁に隠れている。傍からは突如壁から大斧が生えて斬りつけてきたように見えていることだろう。

知覚範囲外からの攻撃、しかも先ほどと同様に《トゥルー・ストライク》を併用した苛烈な一撃。かろうじて防ぐことができたのは、掴み掛かりと異なって盾と力場の障壁が刃を逸らす役割を果たしてくれたおかげである。龍紋が刻まれたローブの上を無骨な斧の刃が滑るように通り過ぎていく。鋼よりも硬いその表面には傷一つつかず、接触の衝撃も受け流したことで影響ない範囲に留まっている。奇襲への反応としてはまずまずの結果だ。

だが、敵の攻撃を回避しただけでは状況は変化しない。周囲を囲む壁全てがいつ牙を向くかわからない状況。転移呪文が制限されているこの現状で手っ取り早く脱出するには天井の壁を破壊して、先ほどの通路に戻ることだろう。敵に掴まれていた間はそれほど長くはない。通路の傾斜を考慮しても、真上に向かって20メートルもブチ抜けば戻れるはずだ。そう考え頭上を振り仰いだ瞬間、うなじに走った直観を信じて体を宙に踊らせると、先ほどまで俺の膝があったあたりまでを斧の刃が通過していった。

体の一部すら露出させずに武器だけが現れ、俺を襲っていく。先ほどのように手首などが壁からつき出していればそこを攻撃することも可能なのだが、これでは反撃すら適わない。


「陰湿なのか臆病なのか……どちらにせよ、面倒な相手みたいだな」


自らが置かれた状況に思わず愚痴が漏れてしまう。ひとまず全方位どこから攻撃が行われても良いように通路の中央へと体を浮かべた。もし相手が振動感知で俺の居場所を察知しているならばこれで俺を見失うはずだ。壁を通り抜けて襲いかかってくる敵といえばシャーンで戦ったシャドウダンサーとその下僕が思い起こされるが、あの時は敵側もこちらを攻撃するときにはその姿を現す必要があったのに対し、今回の敵は体を壁面に沈ませたまま武器だけを突出させて攻撃してきている。どちらが厄介かは言うまでもない。


(トーリ、無事か? 現在地と状況を分かる範囲で教えてくれ。こちらは特に敵襲もなく落ち着いている。通路の維持はデニスの連中に任せられそうだよ)


敵への対応に苦慮していると、ラピスの《センディング/送信》呪文による連絡が届いた。75文字までの短文を相互にやり取りする特殊な秘術呪文だ。


(引きこまれた地下空間で襲撃を受けている。壁を透過する厄介な相手だ。位置は先程の場所から床を20メートルほど潜った辺りで、迷宮になっている)


限られた文字数の範囲内で必要な情報を伝える。その間にもなんらかの手段で俺の位置を特定しているのか、壁から斧が生え俺へと向かってくる。その攻撃の鋭さは先程戦ったオルターダーにも匹敵する程だ。それほどの攻撃が不可知の領域から襲いかかってくるのだ。不意打ちに対する訓練を積んでいない他の誰かが引き摺りこまれていれば、あっという間になます切りにされていたことだろう。本来であれば防戦であるこちらに地の利があるはずだった。だが今となっては俺が相手の俎上に乗せられている。

防戦に徹していれば決して被弾することはないだろう。だが、こちらから仕掛けなければ活路は見いだせない。武器破壊を試みても構わないが、敵が使用しているものは特に魔法で強化されているわけでもない、大きさだけが特別なグレート・アックスに過ぎない。時間稼ぎにしかならないだろうし、相手が斧でこうして攻撃してくれている間に対策を考えることが出来る。

相手が飛行能力を持っていないのであれば、頭上から襲いかかった所でその天井部分を《ディスインテグレイト/分解》の呪文で破壊すれば落下させることはできないか? あるいは想定されている進路を予め抉っておけば、その部分を通る瞬間に姿が現れるはず。そういった一瞬の隙を作り、攻撃を叩きこめばいい。残る敵軍の戦力やこの地下構造物の概要についても気になるため、出来れば情報を吸い出してしまいたい。俺に掴みかかってきた腕や、武器を握っていた手からして大型サイズの生物であることは判っている。心術に対する備えを剥ぎ取れば、《チャーム・モンスター》などの呪文で情報源にすることが可能のはずだ。

死角から襲いかかる攻撃を回避しながらタイミングを図る。幸いにも、その機会はすぐに訪れた。直上から振り下ろされる刃。寸毫の見切りで回避を行い、用意していたメイスに篭められた《ディスインテグレイト/分解》の呪文を解き放つ。緑色の光線が斧の軌跡を遡るようにして天井へと命中し、3メートル立方の黒曜石を塵と化し抉り取る。その残された中空に浮かぶのは、斧を握った大柄なミノタウロスの姿。泳ぐように天井を透過していたその肉体は支えとなる壁面を失い、重力に引かれてこちらへと落下してくる。"生来の巧緻"に長けたという種族特性はそのような状況に対しても即座に自身を対応させ、空中で姿勢を制御して俺に向き直っている点は見事だといえる。だがその肉体は既に俺の射程距離に収まっているのだ。まずは頭蓋を揺らして朦朧化状態に陥らせ、無力化する。

空中をジグザグに、不可視の壁に跳弾する弾丸のように不規則に跳ねまわりながらも稲妻の如き速度で接近する。迎え撃つ斧の薙ぎ払いの間合いの内側へと入り込み、握り締めたメイスの先端を最大限の遠心力で加速させてその牛頭の側頭部へと激突させた。分厚い金属の兜と強靭な外皮を撃ちぬいた感触が手に伝わる。徹った──そう思った次の瞬間、続いて手へと伝わった感覚に全身に怖気が走った。戦鎚が敵の頭部にめり込み、通過していく──目を押しつぶし、脳を蹂躙して反対側の耳を吹き飛ばして突き抜ける一方で、頭部自体は逆周りにフィルムを再生された映像のように復元されていく。

非実体? いや、俺の手を包むグローブは所持する武器に幽霊などの実体ない存在に干渉する"ゴーストタッチ"の効果を付与する能力を持っている。明らかな異常事態だ。そしてフォロースルーの勢いで体を泳がせた俺目掛けて、予想だにせぬ方角から斧が襲いかかった。刃は目の間のミノタウロスの首を切り裂いて俺の胴体を薙いだのだ。先ほどの迎撃のために振るわれた一撃はフェイク。回転する斧の先端は手首の返しによりミノタウロスの背後へと切り返され、そのままの勢いを持って所持者の首を切断しながら俺へと向かってきたのだ。

神秘の硬度を誇る龍紋のローブによって保護された俺の体は、"フォーティフィケーション"の護りもあって切断を免れた。しかし腹部を圧迫する衝撃により肋骨の数本が砕かれ、その破片が臓器や大動脈を傷つけ体内で大出血が発生する。その大部分は《フォールス・ライフ/偽りの生命力》と呼ばれる事前に付与してあった回復力により癒されていくものの、久々に感じた痛みと衝撃、切断を避けたが故に吹き飛ばされた浮遊感が俺を混乱させる。ゼアド同様に《魔導師退治》に連なる武技の一撃だったのだろう、俺の身を包んでいた強化呪文も解呪されている。そしてさらに目前のミノタウロスはこちらへ向けて加速を始めている。

蹄が中空を蹴って火花が幻視される。飛び出したその巨体はまさに砲弾だ。だが愚直なまでの一直線の軌道。俺は合気によりその進路を逸らし体勢を整えるべく迫るその角へと手を伸ばした。だが再びその伸ばした手は敵の体をすり抜ける。指先に伝わる感覚は生暖かい泥に指を差し込んだかのよう。そしてミノタウロスの体が俺の全身に重なるように迫ってくる。体を包む熱と肌を擦る独特の摩擦。そしてそれはある瞬間に衝撃へと転換される。全身がバラバラになったかのようなショックが俺を襲い、頭頂部から四肢の指先までが感電したかのように震える。突如実体を取り戻したミノタウロスの全質量が十分な加速と共に俺の全身へ隈なく叩きつけられたのだ。

またしてもあらぬ方向へと吹き飛ばされた俺は黒曜石の壁へと激突し、そこでようやく平衡感覚を取り戻す。ミノタウロスは再び別の壁へと溶け込んだようで既にその姿は見えない。俺は壁を蹴って再び通路の中央へと移動すると、最大限の治癒呪文で負傷を癒した。指先の痺れが収まり、メイスを取り落としていた事に気づくと《メイジ・ハンド》で取り上げた後にブレスレットへと収納した。先ほどの攻防で敵の絡繰は判明した。本来この敵部隊の司令官である将軍ザンチラー、その特殊能力の一つである"一部攻撃への完全耐性"をこのミノタウロスは有しているのだ。地中を泳ぎ回るその能力はその副産物だろう。思えばオルターダーが持っていた冷気の障壁も同じようにザンチラーの能力だ。なんらかの手段により彼らは分割されたそれらの能力を与えられているのだろう。そうなるとこのミノタウロスの正体も自ずと明らかになる。


「ミノタウロスの司令官、ヘロスか。こんな地下で会うことになるとは思ってなかったよ」


「我が名を知るとは奇妙な人間よ。だが我が役割までは知らぬか」


思わず口をついてでた呟きに、意外なことに反応が返された。構造物自体が震えるようにして音を伝えてくる。


「我は代々この地の守護を偉大なるものに命じられ、来るべき後継者へと受け渡すことを役割とせし墓守。

 いまや秘儀は伝承され、契約により我が身にもその一部は宿された。先ほどの傷を受けてなお立つは驚きなれど、我が身には汝の刃は届かぬ。

 深い絶望のうちにその魂を捧げよ。汝の救済は既にこの世にはあらず」



残念ながら声の出所からヘロスの位置を探ることは出来ないようだ。流石にそんなうっかりをするほど甘い相手ではない。この会話もおそらくは俺を斧の間合いに収めながら行なっているのだろう。呪文の行使に反応して斧が振るわれる気配を察して、産毛が逆立つような感覚が続いている。


「それはどうかな。こっちの攻撃手段をひとつ封じたくらいで勝ち誇るなよ」


メイスにかわって取り出したロッドを手に、俺はそう宣言し呪文の構築を開始する。即座に足元から突き上げられる斧。防御呪文を解呪された今の俺には回避は難しい、鋭さを十分にもった一撃だ。足首に刃が突き刺さり、激痛が呪文の構成を霧散させる。精神集中が乱されては呪文は成立しない。突如発生する神経パルスがデリケートな呪文構築に干渉するのだ。

霧散した呪文を破棄して次の呪文へ。再び魔術回路が描き出され、今度は右方から攻撃が差し込まれる。身を翻すが避けきれず、腕を斬りつけられる。再び霧散する呪文の構成。


「愚かな──無駄な抵抗だとなぜ理解せん」


呪文の構成と霧散が繰り返され、俺の体に傷が増えていく。致命的な攻撃を受けることは避けているものの、四肢を中心に叩きこまれた斬撃と衝撃は徐々に俺の体力を奪っていく。だがそれでも指先までしっかりと力は通っている。呪文を発動するのに必要な身振りに支障はない。そんな俺に対してヘロスは執拗に呪文妨害を繰り返す。

おそらくは《トゥルー・ストライク》の呪文を使用した後、いずこかの壁面へと移動し隠れながらこちらの呪文詠唱に合わせて攻撃することを繰り返しているのだろう。彼の攻撃は毎回異なる方向から打ち込まれており、そこに規則性を見出すことは出来ない。


「呆れた頑強さよ。だが我は汝が同胞を数多く屠った事を知っている。最後まで気を抜くつもりはないぞ。こちらを誘っているのであれば無駄というものだ」


相変わらず壁面自体を震わせてヘロスの言葉が届く。そして攻撃もだ。それは俺の左後方から振り下ろされ、肩口から心臓を狙う一撃。《シールド》の呪文が失われ、斧自体もミノタウロスの体と同様俺が触れることは出来無い以上身を捩って回避するしか無い。案の定回避しきれず、二の腕に傷が刻まれ魔術回路は霧散する。だがその攻撃を受けた俺の顔に浮かんでいるのは苦痛だけではなく、ようやくその位置から攻撃を仕掛けてくれたという笑みでもあった。

ミノタウロスの攻撃を受けて俺は今までのような"見せ餌"ではなく、本気で呪文を構築し始める。予め負っている傷の分であればそれを織り込んだ上で呪文を構築させることが出来る。極度の集中により再びコマ送りのようになった俺の視界に俺の体を抉り抜けていく斧と霧散していく魔術回路、そして急速に組み上げられていく本命の魔術回路が写っていた。


「万物尽く爆砕せよ──」


そうして二重に展開されたのは効果範囲を拡大された《グレーター・ファイアーバースト/上級火炎爆砕》の呪文だ。術者を中心に敵味方生物無生物の隔たりなく破壊する炎を生み出す、俺の手持ちの中では有数の威力を誇る攻撃呪文。その呪文が持つ本来の炎の上に雷のエネルギーが上乗せされ、火山の噴火口のような勢いで広がるエネルギーの爆発は周囲に広がる黒曜石の壁を食い破り、融解させながら拡散していく。敵が壁の中に潜み、物理攻撃を受け付けないのであればその壁ごと呪文で吹き飛ばしてしまえばいい──!

数々の呪文修正特技と俺が手にしたワンド、エネルギータイプ毎に専門化された研究により破滅的な威力を有した死の放射は小型の太陽が現出したに等しく、効果を受ければどんな存在でも絶命は免れない。だが迷宮の主たるミノタウロスロード、ヘロスは俺の呪文投射に優るとも劣らぬ素早さで反応を返した。武器を捨て、俺の反対方向へと全力で移動したのだ。手放した斧が一瞬で溶け崩れ、彼の身を包む黒曜石が熱波を浴びた氷のように消えて行く中で彼は壁から反対方向の通路へ脱出し、さらにその先の壁の奥へと逃げこもうとしたのだ。だが、彼のその計画は予想していなかった障害に遮られる。


「ガッ、壁が──」


壁から離脱しようとした彼は勢い良く体を不可視の障壁に打ち付け、立ち止まることを余儀なくされた。自分の歩みを妨げることのないはずの迷宮の壁、それに沿うように《ウォール・オヴ・フォース/力場の壁》が展開されている!


「ここは通行止めだよ、他をあたりな」


その向こう側にいる術者たるラピスの声は彼に届いただろうか。直後、《ファイアーバースト》に巻き込まれ肉片一つ残さず消滅した今となってはそれは定かではない。敵がいなくなったことを確認した俺は放置していた傷を癒していく。そんな俺へラピスが声を掛けてきた。


「また随分と派手にやったもんだね。下手したらこの辺り一帯が崩れちゃってたんじゃないのかい?」


彼女の言うとおり、周囲の様相は俺の呪文によって一変していた。俺を中心に呪文が放射された半径10メートルほどの空間は、球状に綺麗に抉れてしまっている。呪文によって放射された熱量はすでに消滅しているが、その余波を受けた迷宮の断面は破壊の惨状を示していた。


「注文通りに手伝ってくれたお陰で逃さずに仕留められたよ、ありがとう」


俺と同じようにアイテムにより飛行能力を付与されているラピスは、軽いステップで宙を踏むと俺の隣までやってくる。そして俺の腕を取ってじろじろと睨みつけている。


「しかし、もうちょっと上手な遣り方があったんじゃないか? 時間稼ぎが必要だからといって、無駄に傷を受ける必要はなかったと思うけどね」


すでに全ての負傷を癒した俺の体には傷口は残っていない。だが何度かの攻撃を受けてローブは摩耗してしまっている。この仕事が終わったら呪文による修理を行う必要があるだろう。


「あんまり上手に対応しちゃうと余計な疑念を持たれるかも知れないと思ってね。ある程度は戦果を感じさせたほうが引きつけられると思ったのさ。

 相手がどういう仕組みで俺を知覚しているか判らなかった以上、注意だけは俺に向けさせておきたかったんだ」


先ほどの絡繰は至極単純だ。この迷宮で壁を無視して縦横無尽に移動出来る以上、強力な呪文で焼き払おうにも迷宮の奥へ奥へと逃げこまれてしまうかも知れない。そこで予め都合の良い壁際にラピスに隠れていてもらい、俺と彼女の中間点にターゲットが来た時点で呪文を行使すればいい。

ラピスに気づいていない敵は、一直線に俺から離れようとするだろう。そこでその前方に奴が無視できない障壁を置くことで退路を断ち、焼き払ったのだ。この作戦の要はラピスが相手に発見されないことと、相手の移動を予想した上で封じられるルートに彼女を配置することだがその両方を彼女はこなしてくれた。

俺が言葉や呪文の遣り取りをしている間にラピスは密かにこの迷宮の構造を調べ、最適な位置に移動してくれていたのだ。《センディング》の呪文で密かに遣り取りを行なっていたのだが、それに気付く手段はない以上最後の瞬間までヘロスは彼女のことに気付いていなかっただろう。


「この迷宮のことも気になるけど、クライアントを放っておくわけにもいかないからね。僕は先に戻ってるよ」


一頻り俺の状態を確認して満足したのか、ラピスはそのまま上昇すると天井へと突き進み、そして天井に溶けるように消えていった。そう、ラピスはなんらかの能力でヘロスのように障害物を透過して移動することは出来るのだ。おそらく先日のヒル・ジャイアントの洞窟で先回りしていたのもこの能力によるものなのだろう。正直に入り口から侵入する必要など無く、そのあたりの地面や壁から潜り込めばいい。

天井を破壊して来たのであれば流石にヘロスも彼女を見逃すことはなかっただろうし、壁に移動を制限されてはここまで迅速に迷宮の構造を調べることは出来なかっただろう。非常に有効で、恐ろしい能力だ。

同じ能力を持たない俺は壁を破壊して戻るしか無い。幸い、先ほどの呪文で天井が薄くなっている部分がある。俺は武器を構え、帰り道を作り出すべく振り下ろすのだった。


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