ヒュンケル視点
「こ、こりゃあ一体…!?」
ポップが唖然とするのも無理はない。俺とて目の前の光景には我が目を疑ったからな。
「テランの城が朽ち果てて…? ダイは!? みんなはどこ行ったんだ!?」
死闘の末、ラーハルトを倒し、急ぎテラン城へ辿り着いた俺達を出迎えたのは、完全に朽ちた城と血のように真っ赤な空だった。
「ん? 壁に文字が…何々、肉の塊のような怪物を見ても攻撃はしないように。今のところニフラムしか効果がない事しか分かってないわ。レオナ…だって?
一体全体、どうなってやがる? 肉の塊? 怪物? 姫さん達は城の中か? ダイの無事どころかみんながどうなってるのか分からねぇ」
「少なくとも一筋縄ではいかんようだ…これを見ろ」
ポップは鎧を着た巨大なミイラ見て顔をしかめた。
「こいつの鎧…竜騎衆の一人だぜ。どうやったらこんな死体が出来上がるんだよ? 吸血鬼にでも襲われたのか?」
頬を引き攣らせて無理に笑うポップだったが、動揺は隠し切れていない。
どうやら死体は血だけではなく、肉や内臓までも失っているようだ。
「死体は魔王軍のもの。仲間にこんな殺し方ができる者はおらん…レオナ姫の書き置きと云い、容易ならざる事態のようだ」
「見りゃ分かるぜ! ザボエラが慌ててテランの様子をエターナルに報告する訳だ…どうする? 城に入ってみるか?」
「そうだな、うかつに入るのは愚の骨頂だが、今際の際のラーハルトにダイとバランを託されたのだ! 手をこまねいている訳にもいくまい!」
俺達は頷き合うと、ダイがいるという地下牢へと向かう。
その時だ。立つことも困難なほどの揺れが辺りを襲ったのは。
「じ、地震?! 空の色といい天変地異の前触れか!?」
下から巨大な気配が迫り上がって来る!?
俺は地下への階段へと足を踏みかけたポップの腕を掴んで引き寄せる。
刹那後、けたたましいラッパのような音とともに周囲の瓦礫が吹き飛んだ。
「な…なんだぁ!? まさか地下でバランの野郎が暴れてんじゃねえだろうな!?」
「いくらバランでもダイがいる状況でそこまで無茶はすまい! もしかしたらそこの竜騎衆を殺したヤツかも知れん!」
その時、吹き飛んだ瓦礫の中に小さな…それでいて巨大な力を感じる影が見えた。
『ウヂュアアアアアアアアアアアッ!! 逃がさないでチュウ!!』
同時に地下から灰色の巨大な獣が飛び出して、瓦礫の中の影に向かって襲いかかった。
「紋章閃!!」
しかし巨大な獣は金色の光に弾き飛ばされて地面へと落下した。
「い、今の声…まさか?」
「ああ、間違いない!!」
俺達のそばに着地した小さな影、その額に燦然と輝くのは竜の紋章!
「だ、ダイ!! 無事だったのか!? それにその額の紋章! 記憶が戻ったんだな!?」
ポップが嬉々とした声をあげるが、ダイは何故か怯えたような表情を見せた。
「あ…お兄ちゃん…記憶なんてボクは知らないって云ってるのに、まだそんな事を云うの?」
ダイの言葉にポップは人間の限界をとっくに超えている程に大口を開けて洟まで垂らす。
「ダイ…じゃあ何だって紋章の力を使えてるんだよ!?」
「知らないよ!! でもボクの為に傷ついたお姉さんを助けるんだ!! お姉さんを苛める悪いシスターをやっつけて!!」
そう云うやダイはむくりと起き上がった灰色の獣と対峙する。
『ウヂュアアアアアアアアアアアッ!! 調子に乗るなぁああああああああっ!! 邪神の堕とし児の分際でえええええええ!!』
修道女が被るようなウィンプルを頭に乗せた巨大な獣が吠える。
『太陽神の忠実なる僕達よ!! 邪教の手先どもに裁きを!!』
獣が巨大なラッパを鳴らして踊ると周囲に邪悪な気配が立ち込め、何かを引き摺るような音を立てて肉の塊のようなものが無数に這い出てきた。
「こ、これって姫さんが書き残してた怪物か!?」
「そのようだな! 竜騎衆を殺したのもこいつらかも知れん!」
腐肉のような臭いを発する肉塊には全身に妙に艶めかしい真っ赤な唇が無数にあり、それが不気味な笑い声をあげて生理的な嫌悪感を生じさせる。
「メラゾーマ!!」
ポップのメラゾーマが化け物を包み込むが、大した効果は無く、平然と不気味な笑い声をあげ続けている。
「クソ! 全然効かねえ!! やっぱ書き置き通りニフラムしか効果はないのか!! けど魔法使いの俺にはニフラムは使えねーし」
「紋章閃!! お兄ちゃん、逃げて!! そいつらにはボクが使える竜闘気(ドラゴニックオーラ)ってのしか効かないみたいだから!!」
額の紋章から光を放ち周囲の怪物を薙ぎ払ったダイを見る限り、紋章の力を使いこなしているようだ。
『おのれぇ!! よくも敬虔な信者達を…やはり竜(ドラゴン)の騎士は邪悪な神の創造物でチュウ!!』
「敬虔な信者だって!? こんな化け物が信者の宗教ってどんなんだよ!?」
『化け物でチュって!? 我らが神の為、教義の為、命を捨てて戦う健気な信者達を化け物呼ばわりするとは、やはり邪教の信徒は滅ぼすべき存在でチュウ!!』
灰色の獣はラッパを振り回して憤慨している。
『もう容赦はしないでチュウ!! いくら竜の騎士でもこれには耐えられまい!! 最大の威力の聖音波動を喰らわせてやるでチュウ!!』
ラッパを咥えた獣が大きく息を吸い込むと、ダイが真っ直ぐに飛び出した。
「そう何度も吹かせないよ!!」
ダイの紋章が再び光を放ちラッパの先端を明後日の方向へ向けると同時に、凄まじい衝撃波が発生してラッパの先の木々や地面を吹き飛ばした。
「なんてえ威力だ! バランの攻撃にも引けを取らねえぞ!?」
「確かに威力は凄まじいが戦い方は素人のようだ! 動きに無駄がありすぎる!!」
このままダイだけに戦わせる訳にもいかない。
俺はラーハルトから託された鎧を軽く叩き、ヤツに俺とダイを守ってくれと願いつつ魔剣を構えた。
『この餓鬼!! 大人しく聖音波動の餌食になれば良いものを!!』
巨大な獣はラッパで殴りかかり、長く伸びた爪を薙ぎ、時には鋭い前歯で噛みつくがダイはそれを悉くかわす。
「紋章閃!!」
モーションの大きな攻撃を繰り返したせいでよろけた隙を見逃さず、ついにダイが紋章の光をヒットさせた。
だが、なんと灰色の獣は数メートル押し出されただけで、憎悪をのんだ瞳をダイに向ける。
「しかし、俺にとっては十分すぎる隙だ!! ブラッディースクライドぉ!!」
剣の高速回転に乗せて放った俺の闘気は寸分違わず獣の心臓を貫いた。
獣はしばし呆然と俺を見つめていたが、やがて力尽きたのか地響きを立てて腰砕けに倒れた。
「やったな!! 変な化け物が出てきた時はどうなるかと思ったが、やっぱお前らは強いぜ!!」
はしゃぐポップに俺は、ダイの攻撃に便乗しただけだと返した。
すると急にダイが倒れて意識を失った。
「お、おい!? ダイのヤツ、どうしちまったんだ!?」
「分からん…だが、よく見れば口元が血で汚れている。恐らく戦闘前に大きなダメージを負っていたのだろう…」
「そうか…それで身の危険を感じて本能的に紋章の力が出てきたんだな?」
それもあるだろうが、それだけでは無いはずだ。
ダイは“傷ついたお姉さん”と云った…きっとダイは誰かを守る為に竜の騎士の力を使ったのだ。
「バランによって記憶を消されたとしても、ダイの本質はそのままだ…誰よりも優しく、勇敢な心…ダイはダイのままだったのだ」
「まったくだぜ。まさかこの俺が餓鬼に守られるなンてな…こりゃ帰ったら、とっつぁんから大目玉だ…油断のしすぎだ、愚か者めがってな」
笑いを含んだ女の声に振り向けば、確かエターナルとかいう女が苦笑を浮かべて立っていた。
だが、上半身の服は無惨にも焦げ落ちており、何かの布を申し訳程度に胸に巻いているだけだった。
「おい! ダイをどうする気だ!?」
エターナルはダイに近づくとその場に座り、ダイの頭を自らの膝に乗せた。
「どうもこうも治療だよ。この馬鹿、俺よりもデカイダメージを受けてた癖に無茶しやがって…」
ダイは苦しそうに短い呼吸を繰り返していたが、エターナルが腹部に手を当てベホマを唱えるとその表情は安らかなものに変わった。
「あのおぞましい結界を抜ければ魔法は普通に使えるンだな…安心したぜ」
「…っ!」
ダイの頭を撫でながら微笑むエターナルの姿は聖母を思わせて、同時にある女性を思い出させた。
「こいつ…魔王軍のクセにマァムみてぇな笑い方もできるんだな」
同感だ。落とし穴を平気で使い、相手を侮辱するあの時の女と同一人物とは思えん。
「あーっ!! やっぱり先に外に出てたのね!? あたしとクロコダインの苦労はなんだったのよぉ、もお!!」
「まあまあ、結局はみんな無事だったんですから良しとしないと」
瓦礫と化した城から出てきたのはレオナ姫とクロコダイン、それと占い師風の若い娘と老婆の二人組だった。
「バランはどうした?」
「おお! ヒュンケル、来てくれていたか!! バランなら途中で合流してな、地下でおぞましい結界を維持していると思しき核を発見したまでは良かったのだが…
我らには核を破壊する手段は無くてな、バランが核の破壊を申し出たので任せたままだ。代わりに俺達がダイを確保し、その後改めてダイを賭けて決闘すると約束してな」
そうだったのか。あのバランの事だから問答無用で攻撃するものと思ったが、やはり父親だな。ダイの安全を最優先するとは。
その時、先程以上の振動と爆発音が響き、同時に空は元の蒼天を取り戻し、朽ちていたはずのテラン城は美しい元の姿へと戻っていた。
「どうやら結界の破壊に成功したようだな。俺の獣王会心撃も受け付けぬ核をこの短時間で破壊するとはな…流石はバランだ!」
クロコダインの感嘆した声はすぐに落ちていった。
「だが、これからそのバランとダイを賭けて決闘するのだ…正直、未だに震えが止まらん!!」
「おっと、俺も忘れて貰っちゃァ困るぜ?」
ダイを地面に横たえたエターナルがゆっくりと振り返る。
「ぐっ…なんという殺気だ…!!」
あの聖母のような慈愛の笑みが嘘だったかのように、エターナルの目は死んだ魚のように濁りきっており、この世の者とは思えない濃厚な殺気を放っている。
右手には長剣を持ち、左手には短剣を逆手に持っている。これがあらゆる格闘技の長所を組み合わせて作ったというエターナルの戦闘術か?
『チューッチュッチュッチュッ!! そして私も忘れて貰っては困るでチュウ!!』
なんと俺のブラッディースクライドで心臓を貫いたはずの灰色の獣が再び起き上がったのだ。
「テメェ、まだ生きてやがったンか? つーか、今、俺ら決闘の雰囲気出してたろ? 空気読ンで死んどけ、ボケ!!」
『偉大なる太陽神から力を授かったと云ったはずでチュウ!! これしきのダメージなど蚊に刺されたようなものでチュよ!!』
「シスター・クンビーナ!? 傷がどんどん塞がっていく!?」
「あの化け物がシスター・クンビーナだってぇ!? 変わり過ぎてて判んなかったぜ!」
ポップは唖然としてクンビーナとかいう獣を見つめている。
だが、クンビーナの変化は傷を塞いだだけでは終わらなかった。
眉間に穴が開き、紅い宝石のような第三の目が現われ、ネズミのような長い顔は徐々に引っ込み人間に近づいていく。
「綺麗…」
レオナ姫が感嘆の声を上げるのも無理はない。
その姿はまるで生きた女神像だ。白磁のような肌、その身を覆う純白の衣、両目を閉じてエターナルやマァムを彷彿とさせる慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。
『さあ、おぞましき邪教の信徒達よ! 太陽神に成り代わり、この世で最大の慈悲…死を授けましょう!!』
巨大な女神がラッパを吹くと竜巻のような衝撃波が起こり、俺達を吹き飛ばしていく。
姫やポップは云うに及ばず、鎧を着けている俺とクロコダインですら全身から力が全て抜けるほどのダメージを受けた。
「あの化けネズミが正体じゃなかったのかよ、クソッタレ!!」
そんな中、上手い具合に衝撃波を潜り抜けたエターナルがクンビーナの股下をスライディングで抜けていた。
「牙狼月光剣『膝崩し』!!」
振り返り様にエターナルが跳び、右手の長剣がクンビーナの膝裏を薙いだ。
『あぐ!?』
堪らず片膝を地に着けたクンビーナの隙を見逃すエターナルではない。すぐさま再び跳んで首筋に長剣を突き立てた。
なんという洗練された流れるような美技…落とし穴など使わずとも、俺以上に剣の腕を持っているではないか!
「延髄は急所中の急所…普通はこれで終わるンだがな…」
首を刺されながらも平然と掴みかかる手をかわしたエターナルは呆れたように頬を指で掻いた。
『太陽こそ我らが力の源! 太陽がある限り私は不滅! 無敵! 魔王軍もアバンの使徒も偉大なる太陽神の力の前に平伏すのです!』
俺は馬鹿だ。この微笑みがマァムを思い出す? このような傲慢な笑みに慈愛を感じたとは汗顔の至りだ!
「ほう、太陽ねェ…じゃあ、近衛騎士団魔法開発課が最近完成させた魔法を試してみるか?」
魔法開発課? ヤツの率いる近衛騎士団はセクションが分かれているのか?
「闇の精霊達よ…けっぱれ! 新魔法の初御目見得だァ!! ドルマ!!」
クンビーナを包むように影のような黒い塊が圧縮していき、最後は爆発を起こした。
『ウヂュアアアアアアアアアアアアッ!? 太陽神の加護を得たこの体にダメージが!? な、何をした!?』
「なんて事ァねーよ。魔界の闇を呼び寄せて、その障気を極限まで圧縮させて爆発させただけだぜ?」
こんな風にな、と今度はドルクマと唱え、先程以上に濃い闇を凝縮させて大爆発を起こした。
体に開いた穴はあっという間に修復されていくが、塞がった部分は灰色の針のような毛が生えていた。
「太陽の力、即ち光の力に偏ったテメェには闇の力が効くだろう? 更にドルモーア、ドルマドンと上位呪文が控えているから、ついでに実地データを取らせてくれや」
エターナルの操る闇の力はクンビーナにとっては天敵のようで、どんどんダメージを与えていく。
改めてエターナルが恐ろしい敵であると再認識させられる。ハドラーや六団長を倒せばバーンに近づくと思ったが大間違いのようだ。
恐らく、このエターナルがバーンと戦うまでの最大の障害である事は間違いない。ミストバーンと双璧をなす側近中の側近…厄介だな。
「練度が足りねーせいか、一発一発の威力にバラつきがあるのが気になるっちゃァ気になるがまずまずだな…魔法開発課の連中には特別ボーナスを出してやるか」
エターナルは満足げに笑いながらクンビーナに近づいていく。
「随分とお似合いの姿になった…いや、戻ったなァ? テメェにはやっぱそのドブネズミみてーな姿がお似合いだよ」
エターナルの新呪文によって受けたダメージを回復するたびに灰色の剛毛が増えていったクンビーナは、最早女神とは呼べぬ姿へと変貌を遂げていた。
『チュウウウウウウ…おのれ…恨むべきは竜の騎士…結界の中に招き入れた巫女を逃がしたばかりか、結界の核まで…太陽神よ、何故我が行いを見守って下さらぬのか』
「さァな? 大方、眉唾物だったンだろ? テメェらの信じる神様ってのがさ」
『巫女が太陽神を愚弄するか!! 太陽は生きとし生けるもの全てに平等に光を与えて下さる!! 正に神と崇めるに相応しい存在ではないか!!』
エターナルは小指で耳の穴をほじりながら胡乱げにクンビーナを見つめる。
「平等と云っときながらテメェらは、ルビス信仰や人間の神を崇める連中とか他の宗教を邪教と称して攻撃してたじゃねーか…そんな教義、誰が支持すんだよ?
ああ、太陽神信仰の発祥は魔界だったっけな…太陽がある地上を羨み、地上で生きる人間を妬むような連中の作った宗教じゃ無理はねェ。
けどな? そんな僻み根性で祈られたって神様だって困ンだろーが!! 挙句に罪の無ェ餓鬼を生け贄にしやがって…そんな連中に加護を得られる訳ねーだろ!!」
怒りだ。エターナルはどうやらクンビーナ達、太陽神信仰に並々ならぬ怒りを感じているらしい。
クンビーナの云う巫女…そしてエターナルの体に彫られた炎の模様の刺青…もしかしたらエターナル自身、太陽神信仰に関わっていた過去があるのかも知れないな。
『偉大なる指導者・教皇スカイオーシャン様のお言葉に間違いなどない…あの御方が消えかけた太陽神信仰に新たな息吹を与えて下されたのだ…
モンスターに狩られるだけの弱者だった我らに力を授けて下さったのも、餓えし我らに糧を恵んで下さったのも、スカイオーシャン様…
我らはあの御方のお言葉ならば全てを信じる事ができる…あの御方の為ならば躊躇いなく命を捨てる事ができる…あの御方こそ、我らの希望!!』
「テメェは太陽神を信じてンのか、教皇とやらを信じてンのか、どっちだ?」
その言葉にクンビーナはハッと体を起こしてエターナルを見つめる。
しばし二人は見つめ合っていたが、急にクンビーナが頭を抱えて苦しみだした。
『わ、私は何故…私は…諌言…それはあまりに酷く…教皇にお会いしなければ…ネズミ…教義に反する…お諫めしなければ…私の命に代えても…教皇様…』
断片的な単語の羅列。意味は解らないが、重要な事を云っているような気がする。
『違う…考えるな…私は…お前は…操り人形…あれは敵だ…敵は排除しなければならない…お前は無敵だ…太陽神の加護…』
クンビーナは頭を抱えながらゆっくりとダイへと近づいていく。
『竜の騎士…あれは邪魔な存在だ…始末しろ…お前は殉教者だ…巫女の回収は…他の十二使徒がやる…殺せ…殺せ…殺せ…そして…死ね』
クンビーナがラッパを咥えると同時にエターナルの新魔法ドルマが腹に風穴を開ける。
しかし、クンビーナはそれに構わず、否、それに気付いていないかのように大きく息を吸い込んだ。
「させねぇ!!」
衝撃波がダイを飲み込む寸前、トベルーラで滑空するポップがダイを掴まえて救った。
「ベギラマ!!」
距離を取ったポップはすかさずクンビーナの腹の穴へと呪文を叩き込むが、さしたるダメージは与えられなかったようだ。
『私に呪文は通用しない…太陽神の加護を得た私は無敵…私は不死身…私は既に…死している…』
「なんだってぇ!?」
ポップは訝しむようにクンビーナを見つめているが、疑問を持ったのは俺達も同じだ。
『私の…体の…どこかに…教皇…かけられた…呪いの…核が…それを破壊…』
まさかクンビーナは自分を倒す為のヒントを口にしているのか?
『私の…罪…償わなけ…無駄だ…我が秘法は誰にも破れぬ…』
なんだ? まるでクンビーナの中に人格が複数あるような違和感は?
『殺せ!! 竜の騎士を殺すのだ!!』
今度の衝撃波は早い上に範囲が広く、最早ルーラでは逃げ切れん!!
我が身を盾にしようとも、脚の骨が折れていて駆けつけることができん!!
「一か八か、スカラ!!」
なんとポップはダイを抱えて背を向けると、衝撃波に備えて両足を踏ん張った。
瞬く間に衝撃波が二人を包み、砂煙で視界が遮られた。
「ポップ!! ダイ~~~~~~~~ッ!!」
やがて視界が開けると、そこには傷一つ負ってないダイと、全身が血に塗れながらもかろうじて立っているポップがいた。
「かああああ…凄ぇ痛ぇ…けど全魔法力をスカラに無理矢理詰め込んだお陰でなんとか死なずにすんだぜ…」
我が弟弟子ながら魔法使いの身で体を張ってダイを守るとは…褒めるべきか、無茶をするなと叱るべきか…
「ポップ…テメェ、そこまでしてなんでダイを守るンだ? 魔王軍と戦う勇者だからか?」
ポップの文字通りの献身に流石のエターナルも驚きを隠せないようだ。
「ダイは…ダイは俺達に希望を与えてくれたんだ…勇者とか関係ねぇ…ダイがいなかったら俺達は全員、ここにはいなかったんだ…
ダイがいなけりゃ姫さんは死んでた!! ダイと戦わなけりゃクロコダインのおっさんもヒュンケルも悪党のままだった!!
そして…俺はダイと出会えてなかったら、いつも逃げ回って、強ぇヤツにペコペコして、口先ばっかの最低な人間になってたに違いねぇんだ!!
ダイに出会えて俺達の運命は変わった!! ダイのお陰で俺達はここまで頑張ってこれた!! ダイは俺達の心の支えなんだ!!」
ポップに抱きしめられたからかダイは意識を取り戻し、血塗れのポップに一瞬驚いたものの、すぐに心配そうにポップの顔を撫でた。
「そのダイが人間の敵になっちまうなんて…殺されちまうなんて…死んでも我慢ならねぇ!!」
「テメェの想いがダイとバラン…親子の絆を断つとしてもか?」
「ああ!! 実の親のバランだろうと、ダイを心の底から慈しんでるアンタだろうと俺達の希望は…渡さねぇ!! 絶対にだ!!」
全身が血に塗れ、魔法力が尽きながらも、眼光だけは決して衰えさせずにポップは杖を構えてエターナルとクンビーナの二人と対峙する。
『ならば早々に死ね…クンビーナを道連れにくれてやる…』
地響きを立ててクンビーナがポップに近づく。
「させるか!!」
クンビーナの巨体を止めたのはクロコダインだった。
「ダイもそうだが、ポップもまた我らの希望!! 死なせる訳にはいかん!!」
クロコダインも先程の衝撃波でボロボロになっているはずなのだが、渾身の力を込めてクンビーナの左脚を掴んでいる。
『死に損ないが…ならば一生その脚を抱いていろ!!』
クンビーナは自分の左脚もろともクロコダインを衝撃波で吹き飛ばしてしまう。
片脚になってなおクンビーナは平然とラッパを咥えポップにトドメを刺そうとする。
「ポップ!! 逃げろ!!」
折れた脚を引き摺りつつ、俺はポップの救助に向かおうとするが、その前にクンビーナがラッパを口から離した。
『させない…この子達は…殺させない…私もまたダイに…ポップに…希望を見出した…天空の太陽のような…目映いまでの希望を…』
クンビーナは自らの腕に鋭い前歯を突き立てながら、懸命に何かに逆らっている。
その目には確かに人の理性が見えた。
『破壊して…教皇の呪いの核を…私の体のどこかにある呪いの根源を…そうすれば私を滅ぼせ…』
しかし、次の瞬間には、その瞳に再び獣の狂気が宿りラッパを咥えた。
ダイはポップを庇うように前に出ようとするが、何を思ったかポップはそれを手で制した。
「心配すんな。すぐに終わらせてやるからよ…」
ポップはダイの額に巻かれた布ごしに頭を撫でる。
「そのバンダナ…ずっと持っててくれよ…五つの頃から愛用してる…俺のトレードマークなんだからさ…」
「ボクが? なんで? そんな事よりお兄ちゃん、逃げて!! 死んじゃうよぉ!!」
「俺が逃げたらお前はどうなんだ? 竜の紋章は今、使えんのか?」
ポップの言葉にダイは力無く首を横に振った。
やはりさっきの紋章は火事場のクソ力だったのだ。完全に使いこなせてはいないのだな。
「だったら今のお前に出来る事は自分を守ることだぜ!!」
「お兄ちゃん…」
「解ったら…そのバンダナ…無くさないでくれよ!!」
血迷ったか、ポップ!?
ダイを突き飛ばしたポップはあろうことか杖でクンビーナに殴りかかったのだ。
『見苦しきかな、弱者の特攻…一思いにその頭を噛み砕いてくれる! やれ! クンビーナ!!』
迫り来るクンビーナの顔にポップのマントが絡みつく。
その隙にポップはクンビーナの頭を両手で掴み、組み付いた。
『ぬぅっ…抜けん! 非力な魔法使いの握力なのに、太陽神の加護を得たクンビーナの力を持ってしても抜けぬとは!?』
「あ…あったりめえよ! この指先にはな…俺の全生命エネルギーを込めてるんだ!! 抜けて貰っちゃ困るんだよ!!」
「お、おい! テメェ、まさかあの呪文を!? 馬鹿な事ァやめやがれ!!」
エターナルはポップを引き剥がそうとするが、衝撃波をアチコチ飛ばして暴れるクンビーナへ近づけずにいる。
『メガンテか!! 本来、僧侶のみが使える呪文を魔法使いの貴様が使えばどうなるか解っているのか!?』
「ああ、神の祝福を受けた僧侶なら蘇生の可能性もあるだろが…それ以外のヤツが使えば、下手すりゃバラバラだ…
アバン先生がそうだったようにな…アバン先生は尊敬してるけど…こいつだけは真似したくなかったぜ!!」
この期に及んでポップは薄く笑みを浮かべていた。
「やめろ、ポップ!! そいつは不死身だ!! 無駄死にする可能性が高い!! やめるんだ!!」
「…心配すんな…こいつだけは必ず道連れにしてやる…呪いの核がどんなんか知らねぇが、メガンテの威力ならシスター・クンビーナの体ごと滅ぼせるはずだ…
それに精霊の力を借りたベギラマと違って、メガンテは術者の生命を破壊エネルギーに変えてぶつける呪文…こいつにもきっと効果はある!!」
「ポップ、テメェはその女の戯言ォ信じンのかよ!? 出鱈目に決まってンだろ!!」
何故か敵であるエターナルまでもがポップの説得に回っているが、この際、ヤツを止められるのなら誰でも良い!! この馬鹿を止めてくれ!!
「俺だって馬鹿じゃねぇ…嘘か本当かくらい見抜けるさ…自分の弱点を喋ったこいつの目…嘘を云ってるヤツの目じゃなかった…俺は信じるぜ!!」
ポップの言葉にクンビーナの動きが止まり、再びその瞳に理性が甦った。
「シスター・クンビーナ! アンタも相当苦しんだんだよな!? だったら、その苦しみを俺が終わりにしてやる!! 道連れが俺って点は勘弁して欲しいけどな!!」
『ありがとう…私も最後の力を振り絞り…私を操る教皇に邪魔をさせません…』
「やめろ! 犬死には許さねェ!! バルジ島で潰された魔王軍のメンツを挽回する為にもテメェらは正面切って潰さにゃァいけねーンだよ!
自爆なんかされた日には、魔王軍総攻撃までしてテメェを仕留められなかった汚名をどうやって返上すりゃいーンだよ、ボケッ!!」
説得なのかどうか判断に苦しむエターナルの言葉にポップは苦笑を浮かべた。
「そりゃ悪かったな…その辺は生き残った仲間と戦うって事で勘弁してくれ。それに犬死にじゃねぇさ…
俺はダイの為に…勇者の為に死ぬんだ…云ってみりゃあ、俺達人間の未来ってヤツの為にさ…
こ…こんなカッコイイ死に方は他に無ぇよな…」
「よせえ!! よさんかぁ!! ポップ~~~~~~~~~!!」
俺やクロコダイン、レオナ姫、エターナルが口々に説得をするが、ポップは既に死を覚悟してしまっている目をしていた。
クンビーナに至ってはラッパを手放し、両手を組んで祈りを神に捧げている。
「姫さん…ヒュンケル…クロコダインのおっさん…みんな…後は頼まぁ…マァムにはうまく云っといてくれや…
それとエターナルさんよ…俺の死に免じて今日だけはダイを連れてかないでくれねぇか? …もうみんなはバランと決闘するだけの力は残ってねぇからよ」
ポップとダイの視線が合う。
ダイは焦燥感とも哀しみともつかない表情を浮かべている。
「ダイ…俺が死ぬところを見ても、まだとぼけたツラしてやがったら…恨むぜ…」
「あ…うわぁぁっ…!!」
「…あばよ…ダイ…お前と色々あったけど…楽しかったぜ…でも…俺の冒険は…ここまでだぜ…!!」
ポップの体から閃光が溢れ出す!!
『チイッ! クンビーナめ、最期の最期で!!』
「メガンテ!!」
ポップとクンビーナは閃光の中に姿を消し…ダイはその場に倒れ込んだ…
あとがき
ポップ散る! ジャンプ掲載時にこのシーンを読んで呆然としたのは良い想い出です。
読み返して、こりゃ絶対バランはピンピンしてるな、と冷めた予想もしたものですが(おい)
しかし、今回でバラン編に決着をつけるつもりでしたが、書いてみたらポップのメガンテまでだったとは…
プロットでは一行で済む事も、文章にすれば十数行になることはザラで、SSを書く難しさを痛感した今回でした。
次回はちょっと救いのない部分が出てきますし、いつも以上に無理な展開もあります。
今回、バランが合流できなかった理由も次回で明らかになります。
つーか、次回こそはバラン編を終わらせたいと思います(汗)
それでは、また次回に。