メルル視点
牢内で音叉を叩いたような音が充満した。
それはダイさんの額から発せられていて、呆然としているうちにポップさんが巻いてあげたバンダナが赤く染まった。
「誰か…ここへ来るよ…分かるんだ…ボクは…その人を知ってる!」
先程までの不安そうな顔が嘘だったように、ダイさんの顔には安堵の表情があった。
その瞬間、この城の東南付近に凄まじい力を持った者が現われたのを感じた。
「バランだ。間違いない…ルーラで先にこの国まで辿り着いたのだ!!」
クロコダインさんはダイさんとバランが紋章で繋がっている為、すぐにここを察知するだろうと守りを固めに外へ行こうとする。
それを姫様も同行するとおっしゃり、クロコダインさんを困惑させたけど、回復呪文の遣い手が必要だと諭されて結局は共に外へ…
「な…なあに? お姉ちゃん…」
じっと自分を見つめる姫様にダイさんは不安そうにされて…それを見た姫様は一振りのナイフをダイさんの腰に取り付けられた。
「なっ…何するの? 何これっ!?」
戸惑うダイさんに姫様は、自分の身は自分で守りなさい。これで戦いなさい、と諭されたけど、ダイさんはナイフを着けられただけで泣き叫んでしまう。
そんなダイさんに姫様は一瞬、哀しそうに目を伏せたあと、決意の表情を見せてダイさんと…口づけを…かわした。
「…ダイ君…何度も教えたけど君は勇者なのよ…ちっちゃいけど勇気があって…明るく真っ直ぐで…それが本当の君だわ」
そんな姫様の言葉でもダイさんは、まだ自分は勇者じゃないと云い張り、自分を守ってくれる人が近くまで来ていると云う始末だった。
「…違うわ…それは敵よ!!」
「敵!?」
ポカンとしているダイさんに姫様はさらに云い募る。
「そうよ!! 君の心から君と…あたし達の掛け替えのない想い出を奪った許せない敵だわ!! そんなヤツが来るっていうのにヘラヘラ喜んでないでよ!!
戦って!! ダイ君!! 戦って自分で取り戻すのよ!! 想い出と…勇気を!!」
伝えるべき事は全て伝えたと云わんばかりに姫様は立ち上がると、クロコダインさんと共にバラン迎撃に向かわれた。
…なんて強い女性なの…
「あらあら…折角、勇者様を守って下さる御方が来られるというのに、レオナ姫も酷なこと…否、余計なことを仰る…」
「えっ?」
振り向くとシスター・クンビーナが微笑みながらラッパに唇を当てていた。
「戦うなんて以ての外ですわ! 三匹の邪神が生み堕としたこの化け物には餌になって頂かないと…アレはコレがいたくお気に入りのようですからね」
「し…シスター・クンビーナ? 貴女はご自分が何を云っているのか分かっているのですか!?」
「えっ? …ええ…ええ、分かっていますとも!! この忌々しい化け物に惹かれたアレを拿捕…いえ、保護するんですわ!!
五百年前に私どもの手から抜け出した奇跡の巫女…我らが偉大なる太陽神に見初められた清き巫女…永遠なる純潔の処女(おとめ)っ!!」
シスター・クンビーナは前歯を突き出すように笑う…眼を細め、両腕を折り畳んでラッパを持つ姿はまるでネズミを連想させる。
「チューッチュッチュッチュッ!! さあ、邪神の堕とし児よ!! 我らが巫女を愉しいダンスでお迎えするんでチュウ!!」
彼女のラッパからおぞましい不協和音が放たれた!!
クロコダイン視点
ついにバランが来た!!
ヒュンケルは間に合わず、ポップも戻ってきてはくれなかったか…
「もう絶体絶命だって感じよね…何か策ある?」
「…俺が先に聞きたいくらいですよ」
ゆっくりとした歩調でありながら、俺にはそれが妙に早く感じた…恐らく、内心では来て欲しくはないと恐れているのだろう…
やがて我らの目と鼻の先まで来たバランは始めから竜の紋章を額に輝かせている。
おまけに今回は巨大な錨を携えたトドマンまで引き連れている…エターナルという女と魔族と思しき男はいない…どこだ?
「フム…たった二人で私を阻めると思っているとしたら、この間の戦いがまるで教訓になっとらんという事か…」
バランには最早、我らにかける情けはあるまい…凄まじい殺気が俺の体に絡みつくようで震えがくる…
「それとも何か策でもできたのか!?」
そんなものは無い! 俺と姫だけではバランを凌げる戦法などありえん!
「…そう、策で思い出したが、来る途中、いつぞやの魔法使いの少年が足止めに来たな…エターナル様にお任せして一足先に来たが…」
バランのその一言は俺と姫を愕然とさせるには十分だった。
「あんな未熟者を捨て石に使うとはクロコダインらしからぬ残酷な策だ…それとも、そちらのお嬢さんの思いつきかな…?」
ポップの真意を知った俺達は打ちひしがれる。
が、次の瞬間には俺は腹の底から笑っていた。
「く…狂ったか!? クロコダイン!!」
俺はなんたる馬鹿だ! お前のそんな心も見抜けず本当に逃げたものと思っていたとは…!
許せよ、ポップ! あの世で会ったら好きなだけ俺を殴れ!!
「我が心の迷いは晴れた!! バラン!! 勝負だっ!!」
「どうやら本当に気が触れたようだな!」
バランが剣を抜くと、その前にトドマンが脇から進み出た。
「裏切り者風情がバラン様に手を出そうとは百年早いわっ!! この海の王者ボラホーン様が捻り潰してやる!!」
「武人の勝負に横槍を入れるとは無粋な男だ! ならば、さっさとかかって来い!!」
「舐めるなっ!! 天下無双と謳われた、この海戦騎ボラホーン様の力!! 受けてみるがいいわぁっ!!」
フン! これで天下無双とは笑わせる!! 軍団長に匹敵するなどと、噂とは当てにならぬものだなっ!!
俺はボラホーンとやらのパンチを受け止めるとバラン目がけて投げ飛ばしてやった。
「腐ってもかつては百獣魔団を束ねていただけはあるか…ボラホーン…どうやらお前が敵う相手ではないようだ。引けっ!!」
やはりバランもあっさりとボラホーンを片手で受け止めよったか。
「なっ…!? お、お言葉ですが、今のは油断したまでの事!! ワシが本気を出せばこのような男…!!」
ボラホーンは大きく息を吸い込むと、巨大な冷気を吐き出した。
「焼け付く息(ヒートブレス)っ!!」
負けじと俺も奥の手である熱気を込めた息を吐きかけヤツの冷気を相殺する。
「な…何ぃ!?」
愕然とするボラホーンを上空へと投げ飛ばし、右腕に闘気を溜める。
「獣王会心撃っ!!」
ヤツは全身から血を噴き出しつつ地面へと落下した。。
「ほう…竜騎衆を一蹴するとは…あの戦いのダメージから癒えたばかりか強くなっていたとはな…“男子、三日会わざれば刮目して見よ”の喩え通りだな」
いよいよバランが本気になるか…
「姫、一つ策がある…ご助力をお願いしたい!!」
姫は無謀だと諭されるが、これ以外にバランに対抗するすべが無い以上、やるしかない!!
俺が覚悟を決めてバランに特攻を仕掛けようとしたその時だ!
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
城からの悲鳴に俺は勢いを削がれてしまった。
が、どうやらバランの方も虚を衝かれていたようで何事かと城へと目をやっている。。
「な…お城が…!? あれは一体!?」
なんと小さいなりにも周囲の自然と一体化したような美しいテランの城が数百年も放置されていたかのよう朽ち果てていた。
「い…一体、何が起こったの!?」
姫の問いに答えるすべは俺にもバランにも無かった。
「むっ!? 空が…紅い!?」
バランの声に空を見上げれば、確かに空が真っ赤に染まっていた。
勿論、夕焼けになったわけではない。それ以前に血のように空が真っ赤に染まることなど自然ではありえん!
「いや、城や空を気にしている場合ではない!! ディーノ!! ディーノは無事なのか!?」
バランは俺達には目もくれずにテラン城へと入っていった。
「ヒイイイイィィィィッ!?」
情けない悲鳴に目をやると、ボラホーンが奇妙な肉の塊に覆い被されていた。
「た…助け…ベギャアアアアアアアッ!!」
「姫! 見てはなりません!!」
ボラホーンはまるで全身の血を吸い尽くされたかのように干涸らびた姿へと変貌を遂げていた。
「な…なんだこのモンスターは!? 百獣魔団にも魔界にもこんな化け物はいないぞ!?」
肉の塊は全身を蠕動だせて俺達に向かって這い寄ってくる。
大した健啖家だな! ボラホーンだけでは満足しないと見える!!
「く…クロコダインっ!!」
姫の怯えた声に俺は漸く目の前のと同じ化け物に周囲を囲まれていることに気が付いた。
「メラミ!!」
「姫! 相手の正体も知れないのにうかつな攻撃は!?」
姫の指先から放たれた火の玉は化け物に命中はしたものの大して効果は無いよう見えた。
『グヒャ…グヒャヒャヒャヒャ…グヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ…』
むしろ気持ち良かったのか、全身を振るわせて不気味な笑い声(?)をあげる始末だ。
「ならばこれでどうだっ!!」
俺は渾身の力を籠めて真空の斧を振り下ろすと、化け物はあっさりと真っ二つになった。
しかし、仲間の化け物が傷口に吸い付くとソレは一体化して一回り大きくなってしまった。
『グヒャ…グヒャヒャヒャヒャ…グヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ…』
「この化け物ども…不死身か!?」
「ニフラム!!」
『ギュゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
太陽のような閃光が周囲を包んだが、目を灼くことはなかった。
光が収まると周囲の化け物は影も形もなく消え去っていた。
「腐肉のような臭いがするから試してみたが…どうやら効果があったようだな」
「え…エターナル!?」
なんと我らの窮地を救ったのはダイさえも軽くあしらった実力者、魔軍顧問エターナルとやらだった。
「チッ! どうやら本気で面倒な事になってるらしいな! ヒゲとトドはどうした!?」
「ひ、ヒゲ!? ば、バランだったらお城の中に…ボラホーンって男はそこに…」
姫の言葉にエターナルはボラホーンの死骸をしばし見つめ、黙祷した。
「事が終わったらきちんと埋葬してやるから、少しだけ待ってろ!!」
エターナルが城の中へ入ろうとするのを姫が制した。
「ま、待って! 一体、何が起こっているの!?」
「解らねーよ! 俺が知りてェくらいだ! だが、この気配…吐き気を催すほどの狂気に満ちた空間は俺の記憶を揺さぶりやがる!!
いやがる…この城の遙か地下で俺を呼んでいるヤツがいる…俺を誘っていやがる…早く来いと急かして、急かして、俺が来るのを待っている!!」
エターナルは心ここにあらずといった様子で城を睨み付けている。
「あ…そうだ! ポップ君は!? ポップ君はどうしたの!?」
レオナ姫が肩を掴んで揺さぶるが、エターナルはまったく意に介してはおらず、ゆっくりと城へと歩みを進めていく。
「…そこにいるの? お姉ちゃん…エターナルを待ってるの? …お転婆なシェラも早駆け自慢のレイルも…素直になれないメリッサもそこにいるのね?」
「え…エターナル!? どうしちゃったの!? ねえ、ポップ君は!? 何が貴女を待っているの!?」
エターナルは少し煩わしそうに姫の手を肩からどけると、恍惚の笑みを浮かべて更に進んでいく…
「…お姉ちゃん…エターナルね…会いたかったんだよ…一緒に日向ぼっこしたり…お姉ちゃんの膝でお昼寝したり…あ、お姉ちゃんの作ったシチューもまた食べたいな」
この世の光景とは思えなかった。
エターナルは時折、全身を痙攣させながら姿を消し、すぐさま少し進んだ位置で再び姿を現すことを繰り返して城へと進む。
「お姉ちゃん…待ってよぉ…お姉ちゃん…置いていかないで…おねえちゃん…えたーなるはここにいるよぉ…おねえちゃん…だいすきなおねえちゃん…」
エターナルはとうとう城の中へと姿を消した。
「ど、どうするの? クロコダイン!!」
「むやみに中へ入るのは下策でしょうな…しかし、中にはまだダイがいる! メルルやテラン王も…ならば、やることは決まっておりましょう!!」
「そうね! エターナルがあの化け物には二フラムが効く事を教えてくれたし、早くみんなを助けに行きましょう!!」
俺達は頷き合うとダイ達を救出しに腐肉のような臭いが漂う城へと入っていった。
再び、メルル視点
牢屋の中に限らず、お城の中の壁という壁には不気味に蠢く肉片がびっしりとついていた。
私は何度も何度も吐いて、既に胃の中は空っぽになったというのにそれでも胃液が喉を焼きながら逆流する。
鉄錆の臭い…血の臭い…腐肉の臭い…獣の臭い…胃液の臭い…人の臭い…
「シスター・クンビーナ…あ、貴女は何者なんですか?」
けたたましいラッパの音を鳴り響かせ、ダイさんと愉しそうに踊るシスター・クンビーナを睨むことしかできない…なんて無力な私…
「チューッチュッチュッチュッ!! 今更、貴女が知るひチュよう(必要)は無いでチュウ…貴女はそこで死ねば良いんでチュウ!!
精霊ルビスや人間の神なんて低俗なものを信仰している貴女に偉大な太陽神からの救済はないでチュウ…だから知っても意味はないでチュウ!!」
「ま…まさか太陽神信仰か!? 太陽を神として崇めながら、その狂信ゆえに他の宗教に残酷な攻撃を繰り返したせいで、時の権力者に滅ぼされたと聞いた事がある!」
「お…お婆様!? ご存知なのですか!?」
シスター・クンビーナは前歯を更に突き出しながらお婆様に近づくと、容赦のない蹴りを見舞った。
「チューッチュッチュッチュッ!! よく知ってたでチュウ…その通り、私は偉大なる太陽神にお仕えする修道女でチュウ!!
太陽神を崇めぬ畏れを知らぬ愚者どもに、太陽神に成り代わって神罰を下す武装異端審問会(アームド・パニッシャー)の一人でチュウ!!
我が名はクンビーナ!! 太陽神信仰・武装異端審問会・十二使徒が一人!! 聖なるラッパのクンビーナでチュウ!!」
「くっ…!」
彼女に蹴られたせいでぐったりしているお婆様を抱えながら私はホイミをかけようとしたけど、魔法はまったく発動しなかった。
「チューッチュッチュッチュッ!! 愚かでチュウ!! この神聖なる太陽神の結界の中ではおぞましい精霊の力を借りた魔法なんて使えないでチュウ!!
貴女達はそこで大人しくしてるでチュウ! もうすぐここに太陽神の伴侶となる聖なる巫女が来るでチュウ!! 神聖なる儀式の邪魔は許さないでチュウ!!」
シスター・クンビーナは更にラッパの音を響かせてダイさんと踊る。
しかし、ラッパの音と踊りは唐突に終わりを迎える。
「どうやらお待ちかねの巫女が来たようでチュウ!! 聖なる儀式を始めるでチュウ!! 邪神の堕とし児よ! 巫女を迎えるでチュウ!!」
床の肉片を踏み潰しながらフラフラとやって来たのは、確かエターナルという魔王軍の幹部だった。
「チューッチュッチュッチュッ!! 長年捜していた巫女が魔王軍にいるとは思いもしなかったでチュウ!!
ベンガーナで巫女を見つけた時は喜びのあまり、街の子供を数人ばかり徴集して太陽神に捧げてしまったくらいでチュウ!!」
さ…捧げるってまさか生け贄!? なんて酷い!
エターナルは最初、恍惚の表情を浮かべていたけれど、不意にその瞳に力が宿った。
「ハッ!? お…俺はいったい…?」
エターナルは頭を手で押さえながら何度も左右に振っている。
「ん? ダイ!? ダイか!? 無事だったのか!?」
ダイさんがエターナルに近づくと、彼に気付いた彼女は嬉しそうに中腰になって抱きしめた。
なんて慈愛に満ちた表情…これがあの大魔王バーンの娘だなんて信じられない…
「もう大丈夫だ!! ターさんが来たからにはもう誰にもお前を傷つけさせねーぞ!! さあ! 早くこんな気色の悪いところから出ちまおう!!」
エターナルの慈愛の表情は一変、キョトンとしたものになった。
次いで真っ赤な血で染まった自分の右手を見て驚いた顔になって、ゆっくりと後ろへ倒れる。
「偉大なる太陽神よ…今より聖なる巫女をそちらへお送り致しまする」
ダイさんが虚ろな表情でそんな事を呟く。
エターナルに視線を移すと、彼女のお腹は濡れていて、やはり虚ろな表情でダイさんを見ている。
ダイさんの右手にはレオナ姫様から貰ったナイフが握られていて、先端から半ばにかけて赤く濡れていた。
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
私の口から悲鳴が上がっていた事に気付いたのは、ダイさんの手からナイフが滑り落ちてけたたましい金属音を響かせた時だった。
あとがき
ターさん刺される! 果たして彼女の運命はいかに!?
そんな感じで今回は締めましたが、いかがだったでしょう?
ついに原作とは大きくかけ離れた展開に…第三勢力が出現しました。
ターさんやアバンの使徒はこれから太陽神の僕達とも戦う事になります。
展開と云えば今回不憫な扱いを受けたのは海戦騎ボラホーン…クロコダインの見せ場&かませ犬になってしまいました(汗)
ボラホーンファンの方、申し訳ありませんでした。
それでは、また次回に。